***
「……ここは」
意識を取り戻したハリーは、グリモールド・プレイスの屋敷にいた。シリウスが仕事に出掛ける最中、今日は練習があるんだろう、とシリウスの声がハリーにかけられる。
「……練習?シリウス、一体何の話?」
「クィディッチの練習だ。約束していたんだろう?急げ、ハリー。遅れるぞ。俺が途中まで送っていく」
そしてハリーはシリウスの手を掴み、シリウスのテレポートによって草原へと移動する。
(……風を感じる。草の匂いも、日の光も……)
ハリーはいつの間にか愛用のニンバス2001に跨がっていて、草原でクィディッチに興じていた。
シーカーとビーターのいないクィディッチだった。ハリーはロンとファルカスとチームを組んでいて、ドラコはザビニとクラブと組んでいる。ゴイルが試合開始のホイッスルを鳴らすと、ハリーは箒を加速させた。
喜びにハリーの体は震える。だが、ハリーの額だけはずきずきと痛んでくる。
(……違う)
(……こんなことは絶対にあり得ない)
ハリーはその痛みで正気を取り戻した。心地よい夢から醒めたあとは、辛い現実が待っている。ハリーは苦い思いを噛み締めながら、杖を取り出した。
「……これは……夢だ!スペシアリス レベリオ(まやかしは消えろ!)」
ハリーは夢に浸る自分自身を戒めなければならなかった。ドラコがハリーと遊びに興じることはない。たとえクィディッチであったとしても、ドラコがロンと行動を共にすることはない。
ファルカスと飛ぶこともあり得ない。これはハリーの願望が反映された都合のいい夢に過ぎなかった。
レベリオは確かにハリーの願望を暴いた。しかし、自分自身の願望を抜けた先にはさらに別の願望が広がっていた。
ハリーに接近してクァッフルを奪おうとしていたドラコの姿が消え、箒に乗っていたはずのハリーの身体は地面に足をつけていた。そこはホグワーツ城内部の大広間だ。深紅、翡翠、黄と黒、そして群青のそれぞれの寮のシンボルカラーで彩られたテーブルには大勢の人々でごった返している。
(……一体何がどうなってる?とにかく、ここを出て皆を探さないと)
ハリーは大広間から出ようとして、壁のようなものにぶち当たる。その壁はプロテゴよりも硬く、何かの結界のようにその先に進むことができない。
ハリーは自分自身に杖を向け、フィニート(終われ)をかけた。しかし、大広間の景色は変わらない。
「コンファンド(混乱)にかかってる訳じゃなさそうだ……」
ハリーは対処方法が分からない状況に焦りそうになる自分を自覚しつつ、深く深呼吸をして頭を働かせた。
(……惑わされている可能性がないとすれば。……さっきの僕と同じなら、これは誰かの望んだ願望なのか?……願望が実体を持つなんて聞いたことが……)
そう考えてハリーははっとした。自分が今どこにいるのかを思い出した。自分はボガートの巣の中にいるのだ。
(……ボガートは人の感情を読み取って、その姿に化ける。……あの転入生ほど力のあるボガートなら。人の望むもの全てに化けられるんじゃないか?)
その推測は飛躍に飛躍を重ねた突拍子もない考えだった。ハリーはボガートの亜種に二度遭遇したが、恐怖ではなく欲望を具現化するボガートは見たことがない。
それでも、今の自分が陥っている状況を説明するならば、ボガートによって変化した空間に取り込まれてしまったか、隔絶された空間に拉致されたと思うしかない。
(魔法で作られた空間に拉致されただけならホグワーツ城の大広間や草原になる理由が説明できない。……これは転入生の課した試練だ)
ハリーは瞳を見開いて周囲を見渡した。大広間にいる生徒たちは、普段と同じように友人達との会話に勤しんでいる。
(誰かいるはずだ。どこかに迷い混んでいるかも……)
「すみません、ちょっと伺いたいことがあるんですが、いいですか?ロンとハーマイオニーを見ませんでしたか!?」
ハリーはグリフィンドールのテーブルにいた双子のウィーズリーの片方に話しかけたが、彼らは新しく開発した増殖するファッキンボムの話題に夢中になっていた。ハリーがもう一度話しかけても反応がない。
(……どうすればいい?どうすればここから出ることができる?)
「スペシアリス レベリオ!……駄目か」
ためしに大広間でレベリオを唱えてみるが、効果はない。ハリーは自分自身に杖を向けてレベリオをかけてみたが、これも何の効果も示さなかった。
ハリーは空を飛んで天井から大広間を抜けようとしてみたが、やはり見えない壁のようなものに阻まれ大広間からは出ることができなかった。
ハリーは上空から生徒達を見下ろした。がやがやと会話に興じる生徒たちはグリフィンドールのテーブルが最も多く、グリフィンドールの反対側のテーブルであるスリザリン生達はほとんど何も話していない。ハリーはスリザリンのテーブルでザビニと共に朝食を取っている自分の姿を見つけた。
(明らかにグリフィンドール生の願望だ。ここは……もしかしてロンの願望なのか?)
ハリーはグリフィンドールのテーブルを注意深く見守ったが、ロンとハーマイオニーの姿はなかった。代わりに、深紅のテーブルには大勢の生徒達のなかで嬉しそうに会話に興じる二人のグリフィンドール生がいた。
コリン・クリービーは、弟のデニス・クリービーを相手に夢中で自分の活躍を自慢していた。
「……それでな、デニス。僕はあの森で、アクロマンチュラっていう蜘蛛と戦ったんだ!ビルみたいな大きさの蜘蛛さ。それを相手にして戦って、ハリー先輩にも褒められたんだぜ!」
デニス・クリービーは兄に尊敬の眼差しを向けていた。デニスの視線にはハリーも覚えがあった。コリンから向けられる憧憬と羨望が入り交じった視線と、よく似ていた。
「やっぱり兄ちゃんも凄いんだ……!」
「ああ、クラブに入って、ハリー先輩から教わって鍛えたからな!デニスも頑張れば兄ちゃんみたいになれるさ!」
(気が進まないな。……この時間を壊すのか……)
ハリーはコリンの幸せな時間を奪ってしまってよいのかと思った。あまりに自分の活躍を誇らしげに語るコリンは調子に乗っているとは言っても、全て事実なのだ。どうしてそれを止められようか。
それでも、止めなければならないのだ。
(……いや。ここでもたついていたらロン達がどうなっているか分からない……!)
ハリーはスペシアリス レベリオを唱えた。しかし、コリンの周囲の願望は消えない。
(……これは……?僕の時とは違う?別の魔法か?……それとも、何か他の原因があるのか……?)
ハリーはレベリオだけではなく、別の魔法を試した。アパレシウムやフィニート(終了)によって、コリンの周囲の願望を強制的に終らせようとした。
が、コリンの周囲の景色は揺らぐだけで消えはしない。
(まさか。本人じゃないと解けないのか!?)
ハリーはある仮説を立てた。この願望は、願望の本人でなければ解除できないのではないか、と。
(……なんとか解除させなければ先へ進めない……!)
「……コリン、コリン!聞こえるか、コリン!……フィニート!リディクラス(馬鹿馬鹿しい)!!エネルベート(意識を取り戻せ)!!リベナイト(蘇生)!」
ハリーは思い付く限りの魔法をコリンにかけてみたが、やはり効果がない。コリンは嬉しそうにデニスに自分を自慢していた。
「……兄ちゃんを見てろよ、デニス。僕はハリー先輩に習って、魔法使いのヒーローになってみせるからな!」
「ええーっ!?闇の魔法使いに!?」
「……ならないよ!まったく、デニス。今時デイリープロフィットなんて信じてたら立派な魔法使いになれないぞ!」
(……他の皆が心配だ。……どうすればここから抜けられる?……コリンに現状を伝えるには、どうすれば……)
コリンは朗らかにデニスに笑いかけていた。デニスはそんな兄に、何気なく問いかけていた。
「立派な魔法使いになったら、兄ちゃんはラブグッドさんに告白するの?」
「……なっ……!バカ、人に聞こえるだろ!」
「大丈夫だって。誰も聞いてないよ。皆、僕たちには興味ないもの」
「デニス、おまえなぁ。いったい誰からそんなことを吹き込まれたんだ!?」
「双子のウィーズリー先輩」
ハリーは漫才に興じるコリンと、コリンの願望によって作られたデニス二人を見ながら、昔ルーピン先生から言われた言葉を思い出していた。
『エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)はディメンターに対して効果がある魔法だが、実際の用途はそれが主目的ではない。ディメンターを相手にすること自体、本来の用途からは外れるんだ』
ルーピン先生の教えは解りやすく、何より何度やっても成功しないハリーにも根気強く指導してくれていた。だからハリーも、必死で幸福な記憶を思い浮かべようとしたし、ルーピン先生の話は記憶しようと努めていた。
『エクスペクト パトローナムは古い呪文でね。古くは自分の思いを相手に伝えるための魔法として使われていたんだ。幸福な記憶の中に、伝えるべき言葉や意思を込めてパトロナスを召喚する。するとパトロナスは、空間を超えて、自分も知らないはずの伝えたい人のところへ駆けつけて、自分の言葉を相手に届けてくれるんだ』
(僕にはもうパトロナスは使えない。それでも……)
ハリーは自分の柊の杖を強く握りしめた。たとえ自分が暴走するパトロナスに攻撃されるとしてもやらなければならない時はある。コリンに現状を伝えなくては、コリンを助けるなどできるはずもないのだ。
(……やるしか、ないか……!)
ハリーは一か八かの可能性に賭けた。パトロナスであれば、隔絶された空間すら超えて、コリンの意識そのものにハリーの推測を伝え、覚醒を促すこともできるかもしれないと思ったのだ。
「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)!!!!」
ハリーはザビニと共に箒で空を駆け抜けている光景を思い浮かべながらコリンに杖を向けてパトロナスを召喚しようとした。杖を持つ右腕が灼けるように赤く染まる。ハリーの額が鈍い痛みを発した。
そして、ハリーの意識はそこで途切れた。
***
コリン・クリービーは弟に対しての自慢話に夢中になっていたとき、弟から爆弾発言をぶちこまれた。
「……あのなぁ、デニス。人のことはよく見ないといけないんだぞ」
コリンは弟に対しては立派な兄であり魔法使いの先輩でありたいと思っていた。兄がなぜ早く産まれてきたかと言えば、弟より先にいろいろな経験をして色々な体験を重ねていく姿を見せるためだとコリンは己に言い聞かせてきた。
デニスは昔から、コリンのそういう背中を見て要領よく行動してきたが女子と話したところはあまりない。自分と同じ失敗はしてほしくないと、コリンはデニスを諭すように言った。
「ルナは戦って強いかどうかとかには欠片も興味がないんだ。だからな、アクロマンチュラを倒せたからって僕のことを格好いいと思ったりはしないんだ」
「ええーっ、女子ってそういうものなの、兄ちゃん?」
「何が好きかはその女子によるけど、自分の都合も考えずに男子の好きなことを押し付けてくる男子のことを好きになってくれることは早々ないぞ」
コリンはデニスにそう言い聞かせた。ルナが一般的な女子と全く同じかと言えば違うが、女子らしい感性の違いを所々で感じることはある。デニスはそんなコリンの顔もじっと見て、ズバリと言った。
「……でも最近、サーペンタリウスっていうスリザリンの人がラブグッドさんの近くにいるよね?気にならないの?」
「え、ええと。それはなー……」
「……取られるんじゃないの?」
別に付き合ってすらいないし、ルナに恋しているのかどうかすらコリンにはわからない。デニスにそう言おうとしたところで、コリンの左手に鈍い痛みが走った。
「痛っ……!?」
コリンは左手を咄嗟に庇った。左手には何か牙のある獣に噛まれた後のような歯形がついていた。
『コリン。……コリン!聞こえるか!僕だ!ハリーだ!!』
その時、コリンは自分に話しかけてくる
「その声はハリー先輩?」
「どうしたの、兄ちゃん?」
コリンはきょろきょろと周囲を見渡して、誰もいないことに気付いた。決闘クラブや秘密の部屋以外でハリーからコリンに話しかけてくれることはあまりなかった。
喜びのあまり周囲を見渡すが、コリンの周囲にはグリフィンドールの同級生やデニス以外には見知った顔はない。そんなコリンは、またも鈍い痛みを感じた。今度は肩だった。
『目を醒ませ、これはまやかしだ!レベリオを使うんだ、コリン!皆を助けるんだ!!』
(……そうか。僕は皆で森に来ていたんだった……!)
「……兄ちゃん。僕にもっと話を聞かせてよ。恋バナが聞きたいよ」
デニスはぐいぐいとコリンのローブの裾を引っ張る。
「……ごめんな、デニス。帰ったら恋バナじゃないけど、お兄ちゃんの活躍を聞かせてやるからな!……スペシアリス レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)!!」
コリンは弟の手をそっとはらって、自分の杖を掲げた。決闘クラブで習った隠蔽を解く魔法は、コリンにかかっていたまやかしを薄れさせ、周囲の全てを暴き出した。
「……ちぇーっ。恋バナ、聞きたかったなー……」
残念そうにそう呟くデニスの声は、妙にコリンの耳に残っていた。
***
「……う、うわああ!?」
夢から醒めたコリンが最初に見たものは、自分にのしかかる黒い獅子の姿だった。獅子はコリンが起きたのを見るや、ペロリ、とコリンの顔を舐めた。
その獅子はコリンが見た中で一番禍々しく、不吉な雰囲気を持っていた。獅子の顔は凛々しくグリフィンドールの象徴である勇敢さを思わせる精悍な顔付きだが、その尾には獅子ではあり得ない蛇がくっついている。蛇はコリンを見ると、しゅうしゅうと音を出した。
「プロテゴ(護れ)!」
コリンは蛇が好きではなかった。バジリスクを連想するからだ。蛇そのものに罪はないと解っていても、反射的に固まってしまう。コリンはプロテゴを展開して己の身を護った。そのコリンを見たとたん、獅子は悲しそうな顔になり、獅子の尾にくっついている蛇はニヤリと笑った。蛇はコリンにこう言った。
『よくやった』
(えっ……!?)
コリンは聞き間違いかと思った。その声は、ハリーの声とそっくりだったからだ。
獅子の体と蛇の尾を持つ怪物は禍々しい魔力を漂わせながら、まるで炎のように揺らめいて消えていった。コリンは全身から滝のような汗を流しながら周囲を見渡した。
「……ハリー!?」
そしてコリンは、右腕から血を流し倒れているハリーの姿を見つけた。ハリーの体はまるでインセンディオによって焼かれたかのように焼け、ただれていた。
***
ダフネ・グリーングラスは屈辱的な思いを味わっていた。
自分がひた隠しにしていたもっとも薄汚くどす黒い部分を、よりによって一番知られたくない人間に見られてしまった。これまでうまく外面を取り繕いやりくりしてきた関係も全て台無しになったと思った。しかし、ハーマイオニー・グレンジャーは頭が良かった。
「これはきっと、何かの魔法による罠よ。ダフネ、ここから出る方法を探しましょう。私はこっちを探すから、貴女は向こうをお願いね」
そうしている間にも、ダフネが純血主義のサバトに参加して穢れた血だのと差別用語を繰り返している過去は延々と流れ続けていた。ハーマイオニーがロックハート相手に頬を赤くしている過去など比べものにならないほどの醜態だった。
「え、ええ。……わかったわ、グレンジャー」
ダフネは自分に背中を向けるハーマイオニーに、オブリビエイトをかけてしまいたいという欲望に囚われた。
(消したい……こんな過去、知られてしまったらもう……!)
純血主義で育った自分の本性をよりによってハーマイオニーに知られたということは、ダフネにとって耐え難い恥だった。ハーマイオニーとの友人関係が破綻することは間違いないが、それだけではなく、ハリーの友人達にもダフネの過去は共有されてしまう。
そうなったとき自分がどういう視線を受けるか、ダフネは考えたくもなかった。アズラエルとハリーには知られているとはいえ、ロン・ウィーズリーやルナ・ラブグッドに軽蔑の視線で見られると思うとそれだけでダフネは消えてしまいたい衝動にかられる。
(すべてをなかったことにしたい。ま、前と同じように、うわべだけでも友人関係でいたい……!)
輝くような笑顔のロックハートの姿を見て、ダフネはごくりと唾を飲み込んだ。
ダフネはパンジーともほぼ縁を切り、スリザリンの女子グループで居場所がなかった。この上ハーマイオニーとも友人関係が構築できないとなれば、いったい何を支えにして生きればよいのかダフネにはわからない。
(で、でも。忘却呪文をかけるなんて。……アレと同じに堕ちるなんて。そんな、そんなことは……)
(……許されないことだわ……)
「グレンジャー」
ダフネはハーマイオニーに声をかけた。
「……こっちは行き止まりのようだわ。どうやっても先に進むことができない」
「私もよ。……この幻……いえ。この空間は何かおかしいわね。まるで私たちの妄想が具現化したみたい」
あくまでもたちの悪い妄想ということにしてくれるハーマイオニーは、大人も顔負けの自制心と冷静さを保っていた。これが自分なら杖を向けていたとダフネは思う。ハーマイオニーに対する劣等感と、せめて上部だけでも高潔でありたいという虚栄心がダフネの中でせめぎあう。
(黙って、彼女のいう通りにすべきだわ。アレが私の過去で本性だと認めて何になると言うの?)
折角なぁなぁで済ませられる落としどころを与えてもらったと言うのに、ダフネの中のちっぽけなプライドはハーマイオニーの差しのべた手を煩わしく思っていた。
自分より理性的で、感情に流されないハーマイオニーに対してダフネは嫉妬していた。妬けるような感情は、なかなかダフネから離れてはくれなかった。
(……どうしてそう……頭がいいのよ……!)
いっそ罵倒してくれたならと思った。そうすれば、ハーマイオニーも自分と変わらない人間なのだと思うことができた。
しかし、ハーマイオニーが理性的でその場に即した行動をすればするほど。その高潔さに触れれば触れるほど、ダフネは己に対する劣等感に苛まれてゆくのだ。
ふと、楽しそうに笑う三年生の時の自分と目があった。紛れもなくアレも自分自身なのだ。
(……これでいいのかしら。なあなぁにして終わらせるのは……)
(……不誠実なのではなくて?)
「……妄想。本当に妄想かしら」
「どういう意味?ダフネ、顔色が悪いわよ?」
ダフネは言葉に少しの苛立ちと刺を乗せていた。ハーマイオニーは、落ち着いてとそんなダフネに言い聞かせる。
「……そう。そうね。……ねぇ、グレンジャー。一つ聞いてほしいことがあるの」
「何かしら?」
ダフネは結局、ハーマイオニーへの劣等感を払拭できなかった。ただ、一つ覚悟を決めた。
「あの光景は妄想でも何でもないわ。……私の過去で、実際にあったことよ。スリザリンには今も純血主義を信奉する風潮はあるわ」
(勝てない。私は絶対にこの子には……!)
その時はじめてハーマイオニーは動揺した顔を見せた。ダフネはたった一つでもハーマイオニーを動揺させられたことに、喜びを感じる自分自身がいた。
「……嘘」
「どう受けとるかは貴女に任せるわ。……ただ」
「ハリーに協力して、貴女達に協力して戦うということは、わたしも色々なものを捨てて代償を払っているのよ。わたしだけではないわ。ハリーと、ザビニと、アズラエルが例外なの」
「誰もが、貴女たちのように勇敢でいられるわけではないの。仕方なかったの」
ダフネはハーマイオニーの目を直視できなかった。
「……」
ハーマイオニーは速答できなかった。あまりに身勝手な言い分に、ハーマイオニーの頭の中は怒りで煮えていた。
(まず謝るところからじゃないの!?)
(まずは、差別なんて良くないよねと言うところからじゃないの!?)
階級社会である英国において、差別は現実として存在する。
マグルの社会とは隔絶され、マグル差別は忌むべきものとされている英国魔法界においてすら差別は存在する。ハーマイオニーはその当事者で、現在進行形で理不尽な目にあい続けていた。
「…………都合のいい理屈ね、ダフネ。散々寮ぐるみで差別をしておいて、それを仕方なかったで済ませるなんて」
いかに理性的で忍耐強い人間にも限度はある。許容量を超えて耐えるという行為は、単に力関係による服従を強制されているに過ぎない。
だから、ハーマイオニーは怒りでもって答えた。それは健全な社会を目指すハーマイオニーにとっての最初の一歩だった。
(……何が敵なのか、やっとわかったわ。敵はヴォルデモートだけではないわ)
(純血主義。それをこれ以上蔓延させるわけにはいかない……!)
ハーマイオニーに断固たる決意が形成されていったのは、本人の気質と環境的な要因が大きい。
非差別者という己の立場と、同年代の人間の3倍の勉強量による努力によって、ハーマイオニーは同年代の大半より優れた魔女となった。そして、自分がマグル生まれというだけで、それらの同級生よりも不利な立場に居ることを自覚した。
純血主義が蔓延しているだけで、マグル生まれの人間は不利を強いられるのだ。スリザリンの、正確には英国魔法界の中でも最も下衆で醜悪な人間のために、理不尽な忍耐を強いられるのだ。
ハーマイオニー・グレンジャーはそう理解した。これまでマクギリス・カロー達純血主義者とも話し、彼らなりの大儀があることも、理解した。
それでも自分の、自分自身の尊厳を護りたいのであれば。他人の正義を尊重している場合ではないと、ハーマイオニーは理解した。
ダフネはハーマイオニーの言葉にそうよね、と納得した。
(……マグル生まれの生徒から見たら、釣り合わないわよね。差別されて命すら危ういという状況で。純血主義だった人間の言葉なんて信用できるわけがない)
ダフネは自分が身勝手で自分本意で自己中心的な人間であることをまざまざと実感していた。
ダフネにはマグル生まれの人間の気持ちなどわからないが、命を狙われる恐怖と理不尽さは三年生の時に嫌というほど思い知った。だから、ハーマイオニーの本音での顔を見たとき、ダフネは自分がすべきことを理解した。
何処までいっても、自分はスリザリンの純血の家に産まれた加害者であって、ハーマイオニーの友人にはなれないのだと。
「……ごめんなさい。確かに、馬鹿げた話よね」
そう理解したとき、ダフネは己のしたいことと、すべきことが見えてきた。
ダフネはハリーを生き残らせたい。ハリーと共に生き残りたい。そして、ハーマイオニーとは利害が今のところ一致している。
ならばハーマイオニーの邪魔や妨害はこれっきりにし、利害が一致している間は手を惜しまずに戦う。それでいいのだと、ダフネは自分に言い聞かせた。
ようやく本音で話すことができて、ダフネは安堵していた。ダフネは加害者であることが露見した今、それをなかったことにして善人面することに耐えられなかったのだ。
「アルバス・ダンブルドアと話がしたいのよ。……いえ、話さなくてはならないことがあるの。この状況を生き残ることができれば、だけれど」
(私は絶対にハーマイオニー・グレンジャーには勝てない……)
ダフネはパンジーの真似をして尊大に見えるように振る舞いながら言った。ダフネの胸はどくん、どくんと音を立てていた。
(……でも。スリザリンは別よ。ハリーが勝ってくれさえすれば。……そうすれば、スリザリンの汚名も少しは軽減される。……グリーングラス家や、純血主義へのあたりも。ハリーが勝てば、私の勝ちだわ)
ダフネがそう己に言い聞かせたとき、暖かい何かがダフネの掌に触れた。
「!?」
「え!?」
『聞こえますか、ハーマイオニー先輩、グリーングラス先輩!そこは危ないです。レベリオを使ってください!』
暖かい何かが触れたと思ったとき、ダフネは確かに誰かの声を聞いた。声を聞いたハーマイオニーは、驚きで目を丸くしていた。
「その声、コリンなの?何処にいるの!?」
『話は後です!助けてください!ハリーが大変なんです!』
切羽詰まるクリービーの声に、ダフネは一も二もなく杖を振り上げた。その動きには一切の迷いがなかったと、後にハーマイオニーはダフネをからかった。
ボガートは人間の感情を読み取ってその人の恐れるものに化ける。
つまりレジリメンスに長けた生物ということですね。
うまくすればオクルメンシーの訓練に使えそうなんだけどなぁ。