蛇寮の獅子   作:捨独楽

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リーダーの条件

 

 

「これ、今日中に上げてくれ。今のままじゃ使い物にならん。頼むぞ、ウィー……いや、イグネイシャス」

 

「承知しました、お任せを」

 

 

(早く戻ってきて下さい、ドロレス……!!!……DADAの呪いに打ち勝って、できれば五体満足で……!)

 

 そんな奇跡を願うのは、まだ二十歳にも満たない若者だった。

 

 パーシバル・ウィーズリー下級補佐官は内心でそう悲鳴を上げながら資料を受け取ると、それを魔法で縮小して胸ポケットに入れた。そしてすぐ、コーネリウス・オズワルド・ファッジ魔法大臣の護衛についた。護衛任務を終えファッジが眠りについたあとも、パーシーの戦場は続く。

 

 下級補佐官の夜は遅い。毎日十一時を過ぎるまで各部署から上がってくる案件の確認を行い、大臣に報告すべきものとそうではない案件について精査し、資料をさらに纏め終えたとき時計の針は十二時を回っている。

 

 そこからテレポートして魔法省の官舎に戻ることなく、パーシーは執務室で眠りにつく生活を送っていた。全ては、コーネリウスを護衛するためだ。コーネリウス・ファッジ魔法大臣の身に何かあった場合。たとえばデスイーターとして認識しているルシウス・マルフォイのように、闇の印を所持している人間と秘密裏に接触した場合、即座にテレポートできるようパーシーは常に備えていた。

 

 魔法使いはその気になれば風呂に入る必要はない。食事も、パーシ-ならば携帯している食料を増やすことで必要な栄養素を確保できる。魔法空間内で魔法によるスコジュファイを体にかけ、アグアメンティで擬似的なシャワーを浴び、スーツを整え空間内でベッドを用意して眠りにつく。そんな生活の繰り返しだった。コーネリウス・ファッジを支えることがパーシーに課せられた仕事であり、下級補佐官の一日なのだ。

 

 今日もマグル首相の護衛のために潜り込んだキングズリー・シャックルボルトからの報告を精査し、纏める。さらに、フランス魔法省大臣との会談のための資料に数値のミスがあったのでゼロから作り直した。国際運輸部の資料だった。

 

 クラウチ氏が失踪し国際運輸部をパーシーが異動したことで、運輸部の資料には細かいミスが目立つ。ろくな引き継ぎもできず、配属された新人も一人だけなのだから当然だ。パーシーは一刻も早く運輸部に戻らなければならないという気持ちを抑えてあらゆる資料を精査しつつ、ファッジのための仕事をこなしていた。

 

 

 ………………たった一人で。

 

 パーシーはホグワーツを首席で卒業した。自己認識では凡人である。そんな彼には、ある能力が不足していた。

 

 友人を作り、友人まではいかずとも仲間を増やす能力である。パーシーは孤立していた。ウィーズリー家であるというのは言い訳に過ぎないとパーシーは己を省みた。自分と長く続いた友達は、今思えばガーフィール・ガフガリオンくらいだったからだ。

 

 上司のドロレス・アンブリッジがホグワーツに赴任し、コーネリウスを支えるスタッフは四名となった。一国の大臣官邸のスタッフとしては少なすぎ、一人の魔法使いを支える人間としては多すぎる数。ドロレスが抜けた分の穴は、ドロレスと親しくもっとも経験が浅いパーシーに回ってくる。

 

 運輸部の小役人、新人の立場から大抜擢されたパーシーに敵は多く、とても手を借りることなどできなかった。誰も彼も忙しく、他人をフォローしている余裕など無いのだ。

 

 パーシーは不死鳥の騎士団に所属している。それを知るのはダンブルドアと、そしてアラスター・ムーディだけだ。パーシーは、当初はこう考えていた。

 

(……ファッジの不正の証拠を掴み、ファッジを権力の座から引きずり降ろす。それが今もっともすべきことだ……!)

 

 が、その考えはダンブルドアによって叩ききられた。

 

『ファッジが本人のスキャンダルで降りた場合は、純血派閥の誰かが権力を握ることになるだろう。無理をすることはないよ、パーシー』

 

 

 あまりに消極的な意見だと当初は思った。しかし、実際に官邸スタッフとして働くと見えなかったものも見えてくる。

 

(……ファッジ大臣は。……この人は……平和を取り繕うことだけはうまい……!)

 

 政治とは、社会の最大多数の人々が最大の幸福を得ることが目的である。たとえば狼人間という存在が魔法界における最大多数であれば、彼らが利益を得るために動くのが政治の役割だ。たとえば純血の魔法族が魔法界における最大の人数であれば、彼らが利益を得るために動くのが政治の役割だ。

 

 現在の魔法界における最大多数は、純血の魔法族でも、マグル生まれでもない。混血の、マグルとの関わりがある魔法使い達だ。

 

 ファッジの政策は、彼らの利益になる政策だった。魔法界の労働者階級が得をするように企業に賃金の底上げを要求し、知識階級を増やすために研究予算を増やす。スクイブや狼人間、そもそも魔法族ではないケンタウロスやゴブリンといった少数派の意見を聞いている場合ではないというのがファッジのスタンスで、それは大勢の魔法使い達の支持を得ていた。

 

(……僕は何のためにここにいる……?)

 

 官邸で魔法界の機密を知れば知るほど、自分が目指していた理想とは遠退いていくのがわかる。

 

 労働者の利益だの、賃上げだのをやっている場合ではないのだ。戦争のために備え、予算のほとんどを戦争につぎ込む勢いでなければ勝てるものも勝てはしない。

 

 しかし。

 

 それは、ファッジの政治家人生を全て否定することなのだと、パーシーは理解した。

 

 戦争が起きれば不況になる。人々は真新しいものや、研究によって産み出された新しく高価な先端技術が施されたものではなく必用なものだけ買い揃え、企業は人を雇う余裕がなくなる。結果生まれるのは外国やマグルの世界に異動し魔法を使おうとする魔法族達。人材の流出が起きることも間違いない。

 

 ありとあらゆる不条理と厄災を背負い、大勢の同胞達の怨嗟を背負いながら勝利のために仲間に死ねと命じる。それが出来るのが、戦時下の政治家にとって資質だ。

 

 

 そして。

 

 パーシーは自分にその資質があるのかと問いかけた。自分に、ファッジを非難できるのかと。

 

 不可能だった。そんなことはできはしなかった。

 

 戦わなければ。犠牲を出すとわかっていても、戦争の決断を早めなければ目の前で死んだファルカス・サダルファスのような不幸な子供が生まれてしまう。そう理解していても、自分の成したこれまでの仕事の全てが無に帰すとわかったときファッジが狂った気持ちをパーシーは心の底から理解できた。

 

(……今はせめて、ファッジやスタッフが操られないよう気を配り。ファッジが退陣したとき滞りなく引き継ぎができるよう準備しておくことしかできないか……)

 

(だが時間が作れない。魔法薬を駆使しても体力には限界がある。こんなことになるのであれば、学生時代にタイムターナーを盗んでおくべきだった……!!!)

 

 己の無力さを自覚しながら、パーシーはドロレスが五体満足で帰還するのを待った。

 

 ファッジは必ず退陣する。ダンブルドアはそう断言した。パーシーもその日が来ることを疑わなかった。現在の全ては砂上の楼閣で、淡く儚く崩れ去る夢に過ぎない。

 

 それでも、その夢を享受し平和を謳歌した世代として力を尽くす。それがパーシーの決断だった。

 

(早く帰ってきて下さい、ドロレス。貴女さえ居てくれれば、僕も余裕ができるんです……!引き継ぎの準備が早められるんです!)

 

 心の中で戦友の帰還を待ちわびながら、パーシーは今日も眠りについた。そして五時間の睡眠を経て戦場に帰還するのだった。

 

***

 

 

 寒気が流れ込み肌寒さを増してきたハリーは週末、日曜日のホグズミードでダフネと共にショッピングを楽しんでいた。

 

 ホグズミードでは仮装大会が開催されており、世界各国の民族衣裳をそれらしく着こなせた人間が表彰され、ホグズミードの全店舗で使用可能な割引券が手渡される。ハリーもダフネ共々参戦したが、二人揃って予選落ちした。ダフネはフランスの貴族が着るような動きづらくふかふかのドレスを、ハリーは騎士が着るようなトラザースに緑のマントを着て参加したが、落ちるや否や即座に普段のローブへと着替えショッピングに戻った。

 

 購入した年代物の鞄や、取っ手の取り外しが容易な筆をダフネが自分自身のバッグに収納したことを確認すると、ハリーはダフネと共に金物屋を訪れた。ハリーは髪の毛をストレートにして赤く染め、眼鏡を外していた。一方、今日のダフネは髪の色はそのままに風避けになるコートを羽織っていた。

 

「いらっしゃい……?」

 

 デイリープロフィットではない新聞を読んでいた人の良さそうな店主は、ハリーとダフネの姿を確認するとまた新聞に目を戻した。

 

「あまり繁盛していなさそうね、この店は」

 

 ダフネはハリーの耳にそう囁いた。確かに、ハリー達を除くとここに足を踏み入れていたのは女子生徒が一人だけで、その生徒もハリー達がカップルであるのを確認すると驚いたように店から飛び出していった。

 

「……邪魔をしてしまったみたいだね。すみません、大鍋を探しているのですが、ウェールズ・メトロ社のラージサイズの大鍋はありますか?」

 

 ハリーは以前のダフネの大鍋を連想してそう言った。記憶の中のダフネの大鍋はその会社の大鍋だった。

 

「もちろん取り揃えておりますよ」

 

 店主が杖を一振りすると、ハリーとダフネの目の前に大鍋は現れた。武骨だが、以前のダフネの大鍋とほとんど変わらない。ハリーはにこやかに笑いながら言った。

 

「この大鍋を火にかけて、確認してみても構いませんか?」

 

 店主はそれまでは気の無い対応だったが、その一言で明確に目に輝きを見せた。こん、と杖を一振りすると、ポスターが貼ってあった壁がめくれ、地下へと続く階段が出現する。階段はよく観察すると、鉄板が敷き詰められていた。

 

「どうぞどうぞどうぞ。こちらへお通りください。ああ、足元にはお気をつけて。下手に動くと、金属にぶつかりますよ」

 

 店主の忠告のとおり、ダフネは階段の金属がときおり乗っている人間をはね飛ばそうとするのに驚いていた。

 

「捕まって」

 

「ありがとう。……なぜこんなものを作ったのかしら?普通に降りる階段で良かったのではなくて?」

 

「いやぁお恥ずかしい。マグルのエスカレーターを再現してみたんですがねえ。なにごともうまくはいかないもんです」

 

「いわゆる、失敗作ですな、こいつは」

 

 

 金物屋の店主ははっはっと笑うと鼻をかいた。ハリーとダフネは苦笑しながら顔を見合わせた。

 

(面白い人だな)

 

 ハリーはそう思う。魔法界にいながらマグルの文化を再現しようと試すのは相当な変わり者だ。不完全で部分的とはいえそれを再現してしまったのは評価に値するし、完成度の低さを恥じて失敗作と認めたことも、好感が持てた。見栄をはって成功と偽るよりは。

 

***

 

「……出来たわ。……でも、おかしいわね?前に作ったときはうまく行かなかったのに」

 

 ダフネは提示された大鍋を使って調合に成功したことに驚きを隠せなかった。調合内容は、魔法薬の授業で新しい大鍋を使い調合した筋肥大薬。結果は成功。新しい大鍋を使ったとき、ダフネはこの薬の調合に失敗していた。

 

「いやあ本当にお上手だ。腕のいい魔女や魔法使いに巡りあえて大鍋も喜んでいますよ」

 

 店主はダフネの腕前を褒めちぎった。ダフネは称賛に悪い気はしなかったようだが、自分がうまく行った原因について考える顔をしていた。

 

「近頃は大鍋の質に拘ってくれる方もめっきり減ってしまいましてねぇ。火の通り具合、鉄量が溶出しないための加工具合。そういうところに拘る人を待っておりました。お客様、こちらの大鍋は耐火性能に優れた最高の一品です。性能はご覧の通りですよ」

 

「いい鍋です。見ているだけで心が軽くなりますよ。これと同じものを三つ、頂けますか?支払いは僕が」

 

「畏まりました!では、お値段はこちらに……」

 

 店主が提示した額は29ガリオンと8シックルと23クヌート。ハリーは9シックルを提示して、釣りを待つ間に店主との雑談に興じた。

 

「そんなに買う人は少ないんですか?」

 

「そうですねぇ。私の時代は違いますが、昔の魔法薬は、人それぞれできあいのものを持ち寄って使うのが当たり前だったらしいですから。大鍋に拘るのは邪道だって人もいますよ。新品の、それもメーカー品を買うのはピッカピカの一年生くらいのものだって言う人もいるくらいです」

 

 ですけどね、と店主は続けた。

 

「経済新聞に載ってたんですけどねぇ。近頃、大鍋が盗まれたみたいなんですよ。どこのドイツらがやったのか知りませんが、メーカーの大鍋をごっそりと」

 

「それはいつの話ですか?」

 

「8月の頭でしたかねえ」

 

(………………ダングだ!!!)

 

 ハリーは怒りに震える演技をしながら、盗みの首謀者に心当たりがあった。マンダンガス・フレッチャーが盗んだのはその大鍋に違いなかった。もし違うのだとすれば、魔法界の治安は末期だと言わざるをえないだろう。

 

「まぁ。なんて不愉快な連中なのかしら……」

 

「本当にねぇ。自分の店の商品がやられたら、あたしゃとても正気ではいられませんよ。メーカーから卸されたものとはいえ、大鍋には製品ごとに個性があって、得手不得手もある。……それの正しい価値も理解してない人間に盗まれていいものじゃあないんです」

 

 ですからね、と店主は言った。

 

「大鍋の価値がわかる人に巡り会えた大鍋は幸せなんです。大切に使ってやってください。その子達は、どんな高熱にも耐えて魔法薬を煎じてみせますよ」

 

 ハリーは店主から大鍋と釣銭を受け取ると、大鍋を鞄に収納して店を出た。喫茶店に入ると、ハリーは自分の鞄をダフネヘ手渡す。

 

「この間、君は僕の命を助けてくれた。こんなものじゃとてもお礼にはならないけど、君とアストリアに一つずつどうぞ」

 

 ダフネは暫くの間無言だったが、やがて大鍋を二つ、自分のバッグへと移動させた。それからダフネは顔を赤くして恥ずかしそうに呻いた。

 

「……いやぁ……スネイプ教授……私……私が、チベット産の大鍋を使っているところを見たのよね」

 

「一回だけだよ。たった一回だ」

 

「火の管理や道具の管理なんて基本中の基本よ!私、自分がミスをしたのかと思って疑わなかったけれど。そういうことだったのね」

 

「……何事も経験だよ、ダフネ。チベットの大鍋も悪くはなかった。チベット独自の魔法薬を作るときは、あの大鍋は最高の性能を発揮するんだ」

 

「……私はヒーラ-志望よ。それでこの出来よ!?……もう駄目よ。進路志望でスネイプ教授からお小言をくらうわ……」

 

 ハリーは暫くの間机に突っ伏したダフネの変わりに女性店員にオレンジジュースを注文して待った。やがてダフネは羞恥心から回復したのか、のそのそと顔を上げてジュースに口をつけた。

 

「……どうやって気付いたの?」

 

 ダフネの視線には、転んでもただでは起きないという強い意思が感じられた。

 

「……たった一回よ。たった一回魔法薬を煎じただけなのに。……私は気がつかなかったわ。私だけじゃなくて、グレンジャーを含めてクラスの人間は私の大鍋の性能なんて気にも留めていなかった」

 

 

 ハリーは自分が注文した紅茶を口に含んで少し考えた。

 

(たまたまなんだけどなぁ。どうやって説明しようか…)

 

 見栄を張って魔法薬なら何でもお見通しだと言いたい気分はあった。しかし、ハリーは自分の限界にも気付いていた。今回気がつけたのは本当に運が良かったのだ。

 

「君が優秀だから気付けたんだよ」「皮肉で言っているのかしら?」

 

 ダフネは少し拗ねたように言った。しかし、ハリーとしては本気だった。

 

「魔法薬の調合は必ず理論が紐付けられている。世に生まれた魔法薬の中には偶然発見された後でその原因を考察して後から理屈がつけられたものもあるけど、重合や分解といった理論に基づくものだ」

 

「……ええ」

 

「前々回の調合で君の作業にミスはなかった。少なくとも君はミスをしたらその部分に引っ掛かりを覚えるだろう?だけど、君は完成した薬品が思いどおりになっていなかったことに疑問符を浮かべていた」

 

「……そうよ。そのときは確かにね。でも、わたしが気付いていないだけでどこかにミスがあったのだろうと流したのよ」

 

 ダフネはハリーの言葉を認めた。

 

「材料の切断面、大きさ、投入のタイミング、撹拌の回数、そして炎の温度。私は自分が炎の温度の調整を間違えたのだと思ったの。大鍋に原因があるとは思いもしなかった」

 

「……あの筋肥大薬を煎じたことはあまりなかったんだろう?」

 

「当たり前じゃない。グリーングラス一族にゴリラを愛でる趣味はないもの」

 

 ダフネは半ば自棄になりつつ、ジュースのグラスを指で弾いた。ジュースの中に浮かぶ氷はダフネの魔力に反応して砕ける。

 

「けど。それは言い訳にしかならないわ。原因と結果に対する考察が甘かったということだから」

 

「原因に対する結果の推定がうまくいったのは、ダフネが適切に授業に取り組んでいたからこそだよ」

 

 ハリーは断言した。ダフネは拗ねたように眉を寄せたが、ハリーはさらに言葉を続けた。

 

「本当に駄目な魔法薬は、失敗の原因が多すぎて原因の推定なんてできない。君は自分の能力不足だと思ったと言うなら、それはある意味では君のいう通りかもしれない。でも、君が炎の温度管理を間違えるような魔女なら、大鍋の方に原因があることすらわからなかった」

 

「……そう言われても、皮肉にしか聞こえないわ……」

 

「魔法薬は確かに難しくて、複雑で、0と1のどちらかにわかれてしまう。けど、失敗の原因がわからなければゼロはゼロのまま終わってしまうんだ」

 

「もしも君が、必要な工程を飛ばしていたら。もし君が、炎の扱いが下手くそな魔女だったなら。僕も大鍋に原因があるとは考えなかった。原因が別のところにあると誤解していた。君は魔法薬学に対して真摯に取り組んでいたから気付けたんだ。君がなんと言おうと、君は優秀な魔女だよ」

 

 ハリーは心の底からそう言った。が、ダフネはやや不貞腐れていた。

 

「……それじゃあ、ハリーはどうやって調合に成功したの?貴方はあのシャングリ・ラの大鍋を使いこなしたわ。始めてだったのに。教科書どおりにやったのでは絶対にうまく行かなかった筈よ」

 

「それは才能があったと言うことではなくて?」

 

 ダフネはじっとハリーの瞳を見つめた。ハリーは才能じゃないと言った。ハリーは遮音魔法をかけて、自分たちの声が自分たちだけに伝わるようにした。

 

「僕は昔から生き残るために炎を使わざるをえなかったから、温度管理と制御の経験だけは人一倍あると思ってる。薬の状態を把握しながら炎の勢いを調整した。それだけだよ」

 

 ハリーはプロテゴ・ディアボリカ(悪魔の護り)やペスティス・インセンディウム(悪霊の炎)を制御することができる。それはハリーがそれらの魔法を制御できるほど炎の扱いに慣れ親しんできたからに他ならない。

 

 たとえば、ディフィンド(切断)魔法に秀でた薬学教授がそれを発展させた闇の魔術を編み出してしまったように。身に付けた技術は時としてその人の助けとなる。ハリーは才能ではなく、経験によって炎の調整をこなしたに過ぎないと言った。

 

「……それなら、理解できなくもないけれど……」

 

 ダフネはそう言いながら、オレンジジュースを飲み干した。果汁100%を謳いながらマグルの作り出した甘味料で味付けされたそれは少々甘すぎた。ダフネはそれなら、とハリーの側に近付き、耳許に囁いた。

 

「……ねぇ、ハリー。あなたの優秀さが才能じゃないなら。私にも、あなたの経験を分けて。私に闇の魔術を教えてくれる?」

 

「……え?」

 

 ハリーは驚いてダフネを見た。

 

「森であなたの火傷を治療したとき思ったの。重度の熱傷を治療する経験が私には不足しているって」

 

「……カースレベル以上の火傷を治療するためには、炎系統の魔術の知識を覚えておく必要があるわ。たとえばそれが闇の魔術だとしても。治癒の幅を広げるためには、覚えておかなくてはいけない知識もあると思うの」

 

 ダフネはまるで悪魔のようにそう囁いた。ダフネには、思惑があった。

 

(……これで。これでやっとなにかひとつ、グレンジャーに勝てるかもしれない……)

 

(……闇の魔術を治癒できるようになれば。私も貢献できるかも……)

 

 ダフネには、誇れるものがなかった。参謀としてハリーを支えるという役割はハーマイオニーとアズラエルが担っていて、戦闘能力では他の誰にも及ばない。咄嗟の場合の機転や経験に基づく判断力では、ロンどころかコリンやルナにも劣る。

 

「お願いよ。私、いつまでも足手まといでいたくはないの。皆の役に立ちたいのよ」

 

 そんな自分が一味で貢献するには、闇の魔術すら治療可能なヒーラーとなる以外に道はない。ダフネなりに考えて出した結論が、闇の魔術をハリーから学ぶことだった。

 

 以前のダフネであれば、闇の魔術に興味を示すことはなかった。忌避感や嫌悪感が先に立ち、手を出そうとは思わなかっただろう。

 

 しかし、今のダフネは森で殺戮の楽しみを覚えてしまっていた。転入生に叩きのめされ現実を思い知らされたが、ハリーがアクロマンチュラを倒した光景は今でも目に焼き付いていた。

 

 闇の魔術を覚えれば、皆と対等になれるのではないか。

 

 自分の身を自分で護れる程度には強くなれるのではないか。

 

 火の扱いに熟達し、薬学の面でもスキルが向上し。ヒーラ-としてより高みに近付けるのではないか。

 

 そう思い込むほどに、ダフネはダフネで迷走していた。

 

(……ファルカス……)

 

 ハリーは一瞬ぐらついた。ダフネの姿を失った友の姿と重ね合わせた。

 

 ファルカス・サダルファスは闇祓いを志望していた。彼は闇祓いとしてデスイーターに対抗するためならばと、闇の魔術にも興味を示していた。

 

 闇の魔術に対しても理解のある友人は、今はもう居ないのだ。

 

(……もし、ダフネがファルカスの代わりになってくれたら……)

 

 そう考えて、ハリーははっとした。ハリーの中には自分への怒りが渦巻いていた。

 

「………………闇の魔術を使わせるわけにはいかない」

 

(僕はいま何を考えた!?馬鹿げたことだ。闇の魔術を教えるなんて。ダフネとファルカスを重ねるなんて)

 

 ハリーはダフネにファルカスの姿を重ねた自分を恥じた。

 

「命の危機以外で闇の魔術を使わないと誓うわ。契約してもいいの」

 

 ハリーとダフネは今や顔と顔が近付くほどに接近していた。ハリーは、ダフネの手を取った。魔法薬の調合によって少し汗ばんだダフネの手は、ハリーが思っているよりずっと華奢だった。

 

「……わかったよ、ダフネ」

 

「!」

 

「だけど。僕にわがままを言わせてくれ。僕は、君には手を汚して欲しくない」

 

「君が好きだから」

 

 それから、ハリーとダフネの距離はゼロになるまで近付いた。店員の女性は、あまりにも大胆な二人に対して近付くこともできずに同僚とため息をついていた。

 

「……ドリンク一杯でいつまでも粘ってるカップルがいます。ほんと、嫌になっちゃいますよねー………」

 

「いやぁ、青春だねえ」

 

「回転率をあげないと売り上げにならないじゃないですかぁ。もう。お客様ってやつは店の都合なんて考えちゃくれないんだから。……あ、いらっしゃいませ-!」

 

 同僚と愚痴をこぼしながら、女性店員は新しく来た客から注文を取るべく厨房を出た。

 

***

 

(私は優秀、か……)

 

 ダフネ・グリーングラスはハリーの言葉を反芻していた。

 

(……ふふふ。絶対に嘘よ。嘘……)

 

 そう自分を戒めてみる。ダフネは優秀では、ない。それは自認している。彼女は、父親のラドンからかけられた言葉を反芻していた。

 

『お前は真面目な性格だ。私と同じでな。ミトスやアストリアと違って愛嬌がない。』

 

『愛嬌がない』

 

『愛嬌がない』

 

 さらに、親友だと思っていたパンジーから投げ掛けられた言葉を思い返す。

 

『あんたごときが、私に上からものを言うの?能無しのあんたを守るためにいろいろとよくしてきたのは私だってことを分かってる?』

 

 その言葉は夢にまで出てきて、ダフネの心をへし折っていた。

 

(五月蝿いわよ)

 

 ダフネは己の心の中から、父親を追い出した。そして彼女は、ハリーを助けたあとコリン・クリービーからかけられた言葉を思い返す。

 

 

『凄いです、ダフネ先輩!ハリー先輩を助けていただいて本当に……本当にありがとうございます!』

 

 尊敬に満ちた眼差しを思い返すだけで、ダフネのへし折れた自尊心は輝きを取り戻すことができる。

 

 ダフネはもうハリー達を裏切ろうとは考えていなかった。自分を肯定してくれる居場所として、ハリー達に依存しかけている自分を認識していた。

 

(……こんな本音、ハリーには聞かせられないわ。ハリーは家族思いの私が好きだって言ってくれたのに……)

 

 ハリーの後ろを歩きながら、ダフネは笑みが溢れそうになるのを感じた。

 

(……ねぇ、ハリー?私、今はお父様よりは、あなた達の方が大切なのよ?)

 

(……私が変わってるってことを知っても。それでも私を好きだと言ってくれるかしら?)

 

 ダフネはそれを確かめたいという欲求を抑えた。それは愛ではなく、単なる欲望に過ぎないと思ったからだ。

 

***

 

「何で今更ディゴリーをリーダーに立てなきゃいけねーんだ」

 

 

 ハーマイオニー・グレンジャーはブレーズ・ザビニにそう詰められていた。

 

「おい、待てザビニ。ハーマイオニーに当たるのは筋違いだろ!」

 

 

 ロンはそう講義するも、ザビニは荒んだ目でロンを見返すだけだ。ザビニのかつてないほどの怒りように、普段のほほんと笑っているだけのルナも驚きを隠せない。

 

 ハーマイオニー達八名が集まったのはホグズ ヘッド インというホグズミードでもっとも寂れたパブだ。ハリーが森でのお礼にと、ハーマイオニーとダフネに用意した店一番のパスタは手をつけられることなく置かれ、ザビニの威圧感にハーマイオニーの肩が震える。

 

「待てよザビニ。ハーマイオニーの考えも間違いじゃない」

 

 むしろ正しいよ、とハリーは続けた。

 

「僕の評判は今地の底なんだ。話を信じる人なんて居ないし、僕がリーダーだからってついてきたい人間はそうはいない。仲間を集めたいなら擬似的な決闘クラブを再結成して集める方がいい」

 

「……俺は俺が認めたやつ以外の指示を聞く気はねーよ。ディゴリーと比べたらロンのがまだマシだ」

 

 ロンは一瞬嬉しそうな顔をザビニに向けた。

 

 ザビニは不機嫌さを隠すことなくテーブルの上に足を乗せた。年代物というよりは古すぎる丸形のテーブルはぎしりと不快なおとを立てる。ハリーの無言魔法で、即座にザビニの足を下ろした。

 

「ザビニ。あんまり行儀の悪いことをするものじゃないよ」

 

「わーったよ。すまねぇ、ハーマイオニー」

 

「え、ええ……」

 

 ハーマイオニーはぎこちなく頷いた。先輩達のやり取りを見守っていたコリンは、本当にまずいなぁ、と内心で思った。

 

(……ザビニ先輩……自分とハリー先輩を重ね合わせてめちゃくちゃキレてる)

 

 コリンは相手の立場に立って考える、という難しいスキルを磨こうとしていた。好奇心に駆られて相手の都合も考えずに突っ走る自分の悪い癖を是正するためには、相手が何に対して怒り何に対して喜んだのかを考えることが一番効果的だ。

 

 そんなコリンは入学時とはうってかわって、人並みの観察眼を手に入れることに成功していた。それこそ、ドラコ・マルフォイの心情を一部だけではあるが言い当ててしまうほどに。

 

(……噂が流行る度にハリー先輩は掌を返されてきた。それこそ、母親の件が報道されたときのザビニ先輩みたいに。何度も何度も。今回ハリー先輩がリーダーを降ろされる理由がメディアの報道だから、ザビニ先輩も怒りを抑えられないんだ!)

 

 ザビニは不貞腐れたようにバタービールを流し込む。ハーマイオニーは、なぜ詰め寄られたのか理解できないという風に動揺を隠せないでいた。気まずい沈黙を破ったのはルナだった。

 

「えーと。……それで……結局。新しい指導者は誰にすんの?ロン?それともダフ姉にやってもらう?」

 

「無茶を言わないで!私にリーダーが出来るわけがないでしょう?」

 

「そこだけは自信を持って言うんだ……」

 

 

 ダフネがルナの用意した呆けに乗っかることで何とか場の空気を取り戻そうとする。

 

(ルナも最近は意図的にボケるようになってきたな……)

 

 コリンはルナの変化に気付いていた。場の空気を読まないことで定評のあるルナですら、笑えない雰囲気を改善しようと必死になるほどに最近の状況は悪いのだ。

 

「……ディゴリーを推したのは理由があるのよ。彼は一連の騒動でずっと一貫してクリーンで、フラットな態度を保ってきたわ。ホグワーツ生の大半が安心してついていける人間なのよ」

 

「ハーマイオニーのいう通りですよ。いまは一人でも多くの仲間が欲しいんです。カリスマ性のある人を味方にすること程心強いものはない。そうでしょう?」

 

「……」

 

 アズラエルはザビニを諌めるように言ったが、ザビニは何も言わない。ザビニ不満を抱えているのは明らかだ。

 

「セドリックが僕らのリーダーになるメリットが無いという部分を除けば、ハーマイオニーの言っていることは正しい」

 

 ハリーはリーダーを変えると聞いても冷静だった。ハリーのそんな態度は、ザビニを苛立たせた。

 

「何冷静に言ってんだ。あんなカスみてぇな記事を」

 

「問題は、バグマンのスキャンダルじゃない。ザビニもわかってるだろ?皆は僕が『アレ』を使ったことが怖いんだ。恐ろしいし関わりたくないんだ」

 

 ハリーは君たちだってそうだろう?と視線を回した。皆無言だった。

 

 闇の魔術の恐ろしさは取り返しがつかないことだ。黒炎による焼失も、緑の閃光による死も、拷問による魂の破損も。それらを使えるというだけで忌避されることはある意味当然で、それらに手を出したことを馬鹿にされるのはハリーが自分自身で背負うべき罰だった。

 

「ハリーはそれでいいのか?」

 

「くどいよ。女子に詰め寄るなんて君らしくないよ、ザビニ」

 

 

 

 ハリーはにこやかに宥めた。ザビニはハリーから宥められたことでやっとわりー、わりーとおどけてみせる。

 

 ザビニは口調こそ軟化したが、それはハリーを立ててのことで、まだ納得まではしていなかった。

 

「お前がいいってんならいーけどよー。何でハリーのがつえ-のに今更ディゴリーだよ?俺らはディゴリーから教わることとかあんのか?」

 

 ハリーやハーマイオニーに視線を向けてザビニは言う。ハーマイオニーは即座に反論した。

 

 

「オクルメンシーの基礎、テレポート。まだ私たちが知らない高位の魔法。無言呪文。実技の知識と経験。トライウィザードでの経験。OWLを受験した経験。どれも私たちに無いものよ。ディゴリーから学ぶことは多いわ」

 

「ハリーならまだしも。私たちはまだまだだってことはわかっているでしょう?段階を踏んで強くならなければいけないのよ。ご理解頂けたかしら?」

 

「お、おう……」

 

 ハーマイオニーから箇条書きで自分達とセドリックとの差を言われると、ザビニは何も言い返せなくなる。

 

「セドリックには高度なコンジュレーションと飛行魔法もあるね。それから、メンタルの強さも」

 

 ハリーはハーマイオニーの言葉を補足した上で、さらに付け加えた。

 

「ちなみにセドリックの飛行魔法の完成度は僕よりも上だよ」

 

「マジで?でも俺、セドリックが飛んでるところは見たことないんだけど……?」

 

「僕もはじめて聞きましたね。そこまで強かったんですか、ディゴリー先輩は」

 

 アズラエルに対してハリーは深く頷いた。

 

 そもそも言うまでもないことだが、セドリックは双子や他の七年生、六年生を差し置いて代表選手に選ばれている。年齢制限に引っ掛かり出ることができなかった生徒こそいるが、セドリックがホグワーツ最優の生徒であることは誰の目にも明らかだった。だからこそ、ヘッドボーイにセドリックが選ばれたのだ。

 

「セドリックは勉強熱心だったんだ。出来ないことをそのままにしておく性格じゃない。飛ぶ方法を勉強して、自分で昇華してきたってことだよ」

 

「じゃあ何でハリーはディゴリー先輩に勝てたんだ?話を聞く限りじゃあ勝てる要素ねぇぞ?」

 

 ロンをはじめとする面々は興味津々でハリーを見た。ハリーは素直にこう言った。

 

「運と偶然、だよ。決闘は十回やって九回負けるとしても、最後の一回勝てればいい。その一回を引いたんだ」

 

「それを引くにはどうすればいいのかしら?」

 

 ダフネはハリーにそう尋ねた。ハリーは精神論になるけど、と前置きして言った。

 

「どんな小さなことでもいい。希望が見出だせなかったとしても諦めないこと。手を止めないこと。足を止めないこと。グリフィンドール的に言うなら勇気で、僕たちスリザリン的に言うなら生き汚くなることかな」

 

(本番に対する強さ。それがハリーの強みなのね……)

 

 ダフネは内心でそう思った。どれだけ訓練で試行錯誤しても、挫けずおれずに対策を考えて先に進む。その繰り返しではじめてスキルは向上する。そして、向上したスキルを己の技術として定着させるには努力がいるし、本番で技術を使う勝負強さは、一度きりの修羅場を繰り返さなければ身に付かない。

 

 ハリーが一年生のときから繰り返してきた経験こそが、ハリーの強さの源なのではないかとダフネは思った。

 

「……そろそろね」

 

 ハーマイオニーは腕時計を確認してそう呟いた。何を、と言う前に、ホグズ ヘッド インの扉がぎい、と音を立てて開いた。来客を告げる鈴の音が鳴り響く。

 

「やぁ、ハリー。それからハーマイオニー。このパブでよかったみたいだね」

 

 ハリー達八人は揃って入り口に視線を向けた。はにかむようにハリー達に笑いかけていたのは、ローブよりは格段に動きやすいブリティッシュスーツに身を包んだセドリック・ディゴリーだった。




ザビニ、キレる!!
ハーマイオニー(な、なんでわたしが怒られてるの……?何で……?)

コリンかハリーがザビニの気持ちをこっそりとハーマイオニーに伝えないとこの後尾を引くくらいにはギスギスしまくります。
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