本人の理想は権力者に取り入って器用に立ち回ること。
なお現実は嫌われて孤立しているし拗らせているという……
***
ハーマイオニー・グレンジャーはザビニに詰め寄られロンに護られている間、転入生と邂逅したときのことを思い返していた。
転入生は、一言で言うならば『理不尽』の塊だった。
ハリーやコリンが魔法によって空を駆け回るとき、その動きには必ず法則性がある。魔力によって重力に抗うため、目を凝らしハリー達の目線を追えば次の行き先を予測できる。重力に抗っているだけなので、下降気味のときは必ず速度は加速し、逆に上昇気味のときは速度が落ちる。それを把握しておけば、飛行するハリー達の動きを予測して魔法を『置く』ことは難しくない。
が、転入生は規格が違った。
「ノックもなしに他人の家に足を踏み入れた以上……家主から制裁を受けても仕方ないと、わかっているよね?」
「貴女がここのご主人なんですか?……あの、勝手に入ったことは謝ります。すみませんでした。ただ、私は友達から誘われて」
謝罪するハーマイオニーに与えられたのは、無慈悲な赤い閃光だった。ハーマイオニーは即座に会話を打ち切って戦闘態勢に移行する。
(いきなり撃ってきた!?何なの、この人!)
ハーマイオニーは空を飛ぶシオニー・シトレの姿をした転入生の動きを追うために集中薬を服用して挑んだ。
飛行魔法で浮遊する転入生の挙動に合わせて、プラチナブロンドの長く伸ばした髪が揺れ、宙を舞う。
(……よく見たら闇の魔法使い!?でも、彼女は死亡した筈よ!)
ハーマイオニーの記憶力は鮮明で、目の前の何かが、かつて死亡した闇の魔法使いと瓜二つであることを導きだした。
「レベリオ(化けの皮よ剥がれろ!)!」
しかし、効果はない。目の前の魔女が本物のデスイーターであるはずはないが、明らかにその目はハーマイオニーを敵視していた。
(……とにかく、攻撃をさせてはいけないわ!)
明らかにおかしな状況だ。レベリオを使っても目の前の魔女はシオニー・シトレのままで、破片が掠めた肩からは痛みが走る。つまりこれは夢でもない。
「ステューピファイ デュオ(失神魔法連射)」
ハーマイオニーは牽制のためにステューピファイを何発か放ち、転入生の逃走ルートを限定して本命の赤い閃光を撃ち込む。
(当たった……!)
そう思ったとき、シオニーの姿をした転入生は消えた。
転入生は、ハーマイオニーの予想よりさらに上空へと上昇していたのだ。
(はやっ……)
「エクスパルソ(爆破)」
転入生がそう言って杖を振ったとき、ハーマイオニーの全身は粟立った。カースである。直撃すれば死は免れない。
「プロテゴ……っああ!!」
ハーマイオニーの保護魔法は間に合った。が、転入生の撃ったエクスパルソの青い閃光は、ハーマイオニーの前方に着弾して地面もろともハーマイオニーを弾き飛ばす。ハーマイオニーの頭に硬い岩がぶち当たる。
「魔法を撃つ時動けなくなるのは致命的だね。それじゃあ、ちょっと強い闇の魔法使いには勝てないよ?」
(……うっ……)
強靭な魔法族のタフネスをもってしても、ハーマイオニーの意識は飛びかける。かろうじて杖を手放しはしなかったが、それだけだ。
(……何か……魔法を……プロテゴを……)
ハーマイオニーの体は上空へと浮きあげられ、プロテゴ(防壁)やフィニート(終われ)を唱えるより速くディセンドによって地面に叩きつけられる。
「はっ……」
空気が肺に入らず、ハーマイオニーは地面に衝突した激痛に悶えた。シオニーのような魔女はハーマイオニ-を冷たく一瞥するとこう言った。
「……うん。まぁ、こんなものでしょ」
コツ、コツと石造りの地面をハイヒールで叩く音がする。痛みによってハーマイオニーの意識が戻る。ハーマイオニーは絶望的な状況の中でも、知恵を働かせようともがいていた。
(強い……ロン……ロンは無事なの……?ハリーは……?ど、どうしてこんな人が。こんな化け物がこんなところに。……いえ。今は理由を考えることよりも。この魔女を、皆に合わせてはいけないわ……!)
ハーマイオニーはその時、朧気に死を覚悟していた。恐怖に震える中で感じたのは、友人達の安否。
ここが『転入生』とやらのすみかであるとロンやザビニが話した以上、転入生はここにいるのは間違いない。しかし、出てきたのは闇の魔法使いだ。転入生のすみかにいるということは、その『転入生』を殺害したか、ムーディのように操ったということ。
そこまで予想して、ハーマイオニーは決意を固めた。絶対に、彼女を他の誰かと遭遇させてはならない。ここで倒さなければ殺されるか、ハリーが彼女を殺してしまう。
そんな未来は認められないと、ハーマイオニーは意識を失ったふりをしてうつぶせになる。そして謎の闇の魔法使いがコツ、コツと近付いてきたことを耳で確認する。
「案外呆気なかったねぇ」
「ステューピファイ(失神)!!」
ハーマイオニーが持てる力の全てを振り絞って放ったステューピファイは、謎の魔女のプロテゴに弾かれる。その結末を確認するより先に、ハーマイオニーは謎の魔女のステューピファイを胸に受けて意識を失った。
意識を取り戻したハーマイオニーの前に出てきたのは、シオニー・シトレではなくニンファドーラ・トンクスだった。親しみやすい豚のような鼻をしたトンクスは、紫色の髪の毛を虹色に変化させながらハーマイオニーににこりと笑いかけた。
「……ああ、良かったあ、気がついた?ごめんなさいね、おばさんここに来る人には手加減ができなくて」
そしてハーマイオニーは転入生に、皆が無事であることを明かされた。森の中の家についての説明を受けた。古代魔法を護っていること。訪れた人に試練を課して、古代魔法を受け継いでくれるかどうか試していること。滅多に人に会えなくて寂しいこと。かつてスリザリン生だったこと。
ハーマイオニーも納得できたわけではないが、受け入れるより他の選択肢がなかった。他の仲間の無事を保証してくれるというなら敵対する理由はないからだ。
「……おばさんのことばかり語ってごめんねえ。ハーマイオニー達は何でここに?……え?強くなるため?……ふんふん。ふーん。それで、どうだった?何かコツは掴めたかな」
「……いいえ。正直に言うと、私たちと貴女とではレベルが違いすぎました。とても話になりませんでした」
「……おばさんが戦った感触で言うと」
転入生はハーマイオニーの肩を優しく叩いて言った。
「追い詰められてからも思考を止めず、自分にできることをやりきった君は本当によくやったよ。あとはそれを続けられるかどうか、だね」
基礎が足りてない部分は練習しかないけどねー、と転入生は釘をさしてきた。
「魔法族の戦いはどうやっても反射神経の勝負になる。マグルの兵器を持ち込むことは国際条約において禁じられていてできない以上、魔法族には魔法族のルールで戦うしかない。そうなると、『魔法によって、魔法界のルールに則って、自分は傷つかず相手を傷つけるか』を競うことになる。闇の魔法使いが得をするわけだよ」
「……それでも、戦いを止めることはできません。諦めたら全てが無駄になってしまう」
ハーマイオニーの決意は固かった。ハーマイオニーと、目の前の転入生との戦力差は、おそらくはハリーと例のあの人ほどに離れている。単体では決して勝てないだろうとハーマイオニーは確信できた。
それでも自分たちは挑まなければならないのだ。自分や友達の命と尊厳を護るために、勝ち目がない相手であろうと勝算を作り、ゼロの勝率を少しでも上げる努力をしなければならない。そうハーマイオニーは確信していた。
(諦めに支配されてはいけないわ……!生物である以上必ず弱点は存在する。付け入る隙はある……!数を揃えれば、いけるはず……!)
ハーマイオニーは自らにそう言い聞かせていた。
聡明なハーマイオニーには、懸念があった。
どうして魔法界の大人達は、たった一人のヴォルデモートをあそこまで恐れているのか。ハーマイオニーはその理由を想像して二つの結論に至っていた。
殺せないから。それもおそらくは理由のひとつだろう。ハリーにかけられた愛の護りでも、霊魂のような姿になりクィレルに乗り移ったヴォルデモートを消滅させるには至らなかった。最悪の闇の魔術でも、肉体を破壊しただけで魂の死へは届かなかった。決して殺せず他人を殺しに来る化物が怖くない人間など居ないのだ。
だが、もうひとつ。絶望的な仮定があった。それはどのような仮定より説得力があり、そして現状の酷さを認識させるものだった。
目の前の転入生と同じように。あるいは、目の前の転入生すら足蹴にしてしまうほどに。
ヴォルデモート卿はどんな精鋭の魔法族が束になってかかっても勝てないほどに強い。アルバス・ダンブルドアですら対抗するにとどまり、殺す術を持たない。そんな理不尽な存在なのではないか。ハーマイオニーはそう連想してしまった。頭がよいがゆえの悲劇だった。
そんな仮定にたどり着いたとき、ハーマイオニーは絶望に飲み込まれそうになる。
それでも、自分たちなら。絶望の中に少しの希望を見出して勇気を育てていけるはず。そうハーマイオニーは信じていた。
そんなハーマイオニーに対して、転入生はどこまでも優しく、暖かかった。彼女はスリザリンの同級生達について、ハーマイオニーがどう思っているか訊いてきた。
「スリザリンの後輩たちについてだけど。正直、ちょっとなー……って思うことない?」
「ちょっと、というのはどういった状況のことですか?」
「いや、これはおばさんの世代の話なんだけどねー」
転入生は瓦礫の上に腰掛けて足をぶらぶらと遊ばせながらハーマイオニーに苦笑いする。
「おばさん達スリザリン生はさー。どうしても他所より身内で固まっているからねえ。いざ他の寮の生徒と交流すると、親しくなった人に身内のノリを出してきて、引かれるってことがあってねー……」
「いえ、そんなことはありませんよ?」
ハーマイオニーは棒読みにならないよう気を付けなければならなかった。
「そうかなぁ。私の記憶の限りでは、グリババが出てきた辺りから後輩たちの縄張り意識が強くなってきたなぁ。……なんか迷惑をかけてたり、しない?」
ハーマイオニーは一瞬ドラコ・マルフォイとパンジー・パーキンソンの顔を連想し、次にハリーとアズラエルの顔を連想した。ダフネのことを思い出すと少し腹立たしくもなってきた。
転入生はまるでハーマイオニーの内心をわかっているかのように、本当に申し訳なさそうにハーマイオニーに謝ってきた。
「それさえなければいいやつなんだけどねー。うちの寮の後輩たちはよくも悪くも癖が強すぎるから。ちょっと困ることもあるかもしれないね。大抵、自分の過ちに気付くのが遅すぎるんだけど……」
(……ダメよ。警戒しなければ。……この人のことを信用してはいけない。……どうしてこの人は私の内心を当てたの?どうして私が、スリザリン生でないことを言い当てたの?………考えられる可能性は?……この人が転入生で、ロン達から私の話を聞いていた。……あるいは、さっきまでの私達の願望を何らかの形で知っていた?)
ハーマイオニーは高速で思考を回転させる。考えられる可能性について考慮すると、目の前の魔女は自分を騙そうとしている闇の魔女である可能性も捨てきれない。
だから習得しかけのオクルメンシーを使って、あらんかぎりの好意を心の表層に浮かべながら嘘をついた。
「……それでも、友達ですから。私は厄介ごとに巻き込まれて動揺している友達を見過ごせません」
ハーマイオニーはこれから自分を待ち受ける困難を予想してはいた。ハリーだけではなく、アズラエルもダフネもどこかがおかしくなっている。それはスリザリン生の愛情の深さも原因のひとつだろうが、同級生の親がテロリストであるという異常事態も原因だとハーマイオニーは思っていた。心の表層では。
内側は一言では言い表せない葛藤やモヤモヤが渦巻いている。一番大きな感情は、理不尽すぎるということだ。
魔法世界がマグルの世界に比べて前時代的であっても、その文化を尊重して可能な限り善くしたいと思ってきた。SPEWの活動も、対ヴォルデモートのための組織作りも、一貫して魔法界やそこに棲む人々や、ハウスエルフやウェアウルフなどの魔法界において光があてられない弱者が少しでも魔法界の恩恵を享受して、彼らということだ。魔法界双方がより発展していくのためのものだ。
弱者が排斥されるか、その意志などまるでなかったかのように扱われることに対するする怒りや憤りはある。マグル生まれだからと侮られることに対する葛藤は、(微々たるものではあるが)ある。だが、目の前の魔女にそこまで明かす意味はない。
「今は異常な状態なんです。私達ホグワーツ全体が」
ハーマイオニーは魔女へ断言した。
「ルームメイトが殺されて。同級生が信用できなくて。友達の両親が殺人犯なんておかしすぎます。だから、例のあの人に勝つ方法を探して。勝って。速く終わらせないといけないんです、こんな事態は」
「……うん、そうかぁ。偉いね。そのためにこんなところまで来るなんて」
「力を貸してはいただけませんか?」
「無理。私はここから出られないんだ」
目の前の魔女は、どこか他人事のように言った。当事者として、戦争に参戦するとか世界をより良くするといった意志は感じられない。
「私もそうだけどね。辛い道だよ、君達の進路は。他人は理想より現実を取るからねぇ」
転入生の言葉にハーマイオニーは去年の自分を思い出していた。SPEWの活動を主張し、ハウスエルフの人権を認めてほしいという自分の訴えは大多数の人々から無視され、笑われるか忘れ去られた。
「……ほとんどの人は、つらい現実にも諦めたり妥協したりして生きている。今よりも『自分が』より良くなるように自分を高めるために努力はできても、『他の誰か』を助けるために頑張ろうってことができるような余裕はない。……それでも、やるの?他人なんて面倒くさくて身勝手で、関わるのも億劫な生き物なのに?」
(それは……いえ、違う。絶対に違うわ)
転入生の言葉に共感しそうになる自分をハーマイオニーはぐっと堪えた。
ハーマイオニーは友達を作ることが苦手だった。今も苦手だ。知識の正しさを優先するあまりにラベンダーの気持ちを考えずに喧嘩したこともある。
孤独に耐えかねて転入生のような思考を働かせてしまったことはあった。一年生のとき、ハーマイオニーはグリフィンドールに馴染めない自分を責めた。友達ができなかったとき、グリフィンドールらしくない自分が悪いのだと思った。ハロウィンでロンと仲良くなることができなければ、ホグワーツで一人の友人も見つからなければ、何かをこじらせて転入生のようなことを言い出さなかったとは言いきれない。
「怖くても前に進むことが、『勇気』なんだと思います。あくまでも、私の意見ですけど」
それがハーマイオニーの出した答えだった。転入生の見せた笑顔は、ハーマイオニーですらどきりとするほどに魅力的だった。トンクスの陽気さと、転入生本来の人間性はおそらくは近いところにあったのだろうとハーマイオニーは思った。
転入生には誤算があった。
転入生は、ハリー達の願望を露出させた。結果出てきた願望の中に、転入生にとって少々看過できないものが混ざっていた。
元とはいえ純血主義者が紛れ込んでいたり、リーダーのハリーが評判を悪くしていたり、頼れると思っていた友人は狂気に飲み込まれていたり。
転入生から見て、明らかにグリフィンドール生のハーマイオニーやロンにかかる負担が大きかったのだ。
転入生は編入当初から破天荒と呼ばれ続けてきたが、純血主義ではない。スリザリンの最も酷い部分に振り回され続けているハーマイオニーやロンに対しては、彼女なりに申し訳なさや感謝の心があった。
「ありがとうねぇ。本当に苦労をかけることになるけれど。……どうか、この先何があっても、一人にだけはならないでね。スリザリンの後輩どもは使い潰してもいいけどね、自分に味方してくれる寮生たちは大切にして。何よりも孤独を恐れて。きっとそれが、君にしかない力だよ」
トンクスの姿をした転入生は、ぎゅっとハーマイオニーの手を握って言った。そして、煙のようにかききえていく。ハーマイオニーが驚いて叫び声をあげたとき、ハーマイオニーの手には、小さな宝石が収まっていた。宝石は硝子のように周囲の光を反射していた。
『その聖石はカプリコ。理論さえ理解していれば、一日一回はほとんどのものを自分の変えたいものに変えられるよ。一日で元に戻るけど』
『おばさんはあんまり使わなかったけど、ハーマイオニーなら使いこなせるかもしれないね……』
ハーマイオニーは転入生から与えられた聖石を握りしめ、仲間を探した。
その時ハーマイオニーは、転入生の言葉の重さを実感することになるとは思っていなかった。
***
(……どうして……?)
ホグズ ヘッド インで自分に噛みついてきたザビニの心情が、ハーマイオニーには全く理解できなかった。
少なくとも、ザビニはこれまでハーマイオニーの意見には大体賛同してくれていた。賢者の石を護るために共に石の守りを突破しようとして以来、ハーマイオニーはザビニは信頼できると思っていた。
だからこそ、転入生の言葉は重かった。身内でも、身内だからこそ、時として衝突することはある。しかし、今のハーマイオニーには、ザビニがどうしてあそこまで怒りを露にしたのか。その理由がわからないのだ。
***
「……正直に言ってもいいかな。僕は君たちに打ち明けて欲しいことがあるんだ」
ホグズ ヘッド インにおいて、セドリックはバタービールを注文して席に座るとそう言った。セドリックはハーマイオニーを見て、次にハリーに向き直った。
「ハーマイオニー・グレンジャーさんから僕はこう聞いた。『決闘クラブのかわりになる自主勉強がしたい。けれど、自分たちだけでは知識に偏りがあって不安があるから人を集めたい。リーダーになって欲しい』とね」
「僕はそれなら引き受けてもいいかなと思った。決闘クラブが解散させられたのは理不尽だった。丁度いい機会だと思ったよ」
無愛想な店主から置かれたバタービールにセドリックは口をつけなかった。
「……でも、この店の前に来たとき話し声が聞こえたよ。ザビニ君はずいぶんと怒っていたよね。僕はリーダーには相応しくないと」
「え、ええと。違います。それには理由が……」
ハーマイオニーはしどろもどろになりながらセドリックの淡々とした追及を聞いていた。ザビニのように詰められるのではなく、単純に疑問を聞かれているだけだ。しかし、セドリックは暗にこう言っていた。
『隠し事をせずに正直に話してくれ』
と。
「まぁ考えてみれば、最初からおかしな話ではあったよね。単なる決闘クラブの代わりならロン君を立てればいい。でも今外から聞いた限りだと、最初はハリーをリーダーにしようとしていたらしい」
「……ザビニが怒っていたのは、僕のためであってセドリックに不満があったわけではありません」
ハリーは気まずい雰囲気の中でセドリックにそう説明した。セドリックは困ったように腕を組んでいた。一年前、新聞記事でセドリックの面子を潰したときのことを思い出してハリーは胃が痛くなった。
「ハリー。それからハーマイオニー。人に頼んでくるなら、自分たちの間で意見の統一はしておいてほしい」
「……申し訳ありません、セドリック先輩。事前に相談しておくべきでした」
ハリーは素直に頭を下げた。ここでセドリックを怒らせるメリットは皆無だった。ザビニはあからさまに狼狽えた。
「いや、待ってください!俺はなにも、ディゴリー先輩に不満があった訳じゃあないんです!ただ、いきなりだっもんで動揺してしまって……!」
ザビニはハリーに頭を下げさせたことに動揺した。ザビニはハリーを立てたかったのであって、ハリーに恥をかかせたかったわけではまったくない。
「そういうこともあるだろうさ。僕とザビニ君は大して交流もなかったからね。……君達は何を僕に隠しているんだ?」
セドリックはこれまでになく鋭い眼で、ハリー達の一人一人と目を合わせた。
「決闘クラブの代わりをやるってだけじゃないだろう?……何をやるつもりなのか、一から説明してほしい。それを言わないのはフェアじゃない」
ハーマイオニーはハリーに何かを訴えるかのように視線を走らせた。ハリーには、言わないで、と言っているように見えた。
「もしも僕のことが信用できないと言うのならこの話はなかったことにしよう。僕も聞かなかったことにする。アンブリッジ先生に告げ口はしないと杖に誓うよ」
「待ってください!」
ハリーは席を立とうとするセドリックを必死になって止めた。ハリーなりの意地があった。
そもそもこうなった責任は自分にあるとハリーは考えていた。バグマンはまだしもノットとの喧嘩や闇の魔術への傾倒はハリーが自分の意志でやったことで、その結果として周囲に白い目を向けられるのは仕方のないことだ。そのせいで信用を失って人を集められないのもハリーの責任だ。
だから、そのツケを支払うのはハーマイオニーでもザビニでもロンでもなく、はハリーがせねばならなかった。もう形振り構っている場合ではないのだ。
「……僕たちはヴォルデモートに対抗したいんです」
「……何だって?」
「……ハリー!その名前を口に出すなよ!」
セドリックはヴォルデモートの名を聞いて眼を見開いた。ホグズヘッドインの空気は三度ほど下がった。
ダフネはひいっと小さな悲鳴をあげ、ロンは名前を呼ぶなと抗議した。その名を恐れていないのはマグル生まれのコリンくらいで、アズラエルですらハリーに奇異の視線を向けた。ハリーは取り合わなかった。セドリックだけに視線を向け続けた。
「単刀直入に言います。僕たちは自分達で魔法を使って訓練をしたいんです。強くなって生き残るために。そのために、貴方に教えてほしいんです。僕たちの先生になってください。貴方しか頼れないんです」
「……なぜ僕に?」
セドリックは席についた後、ザビニを流し見した。ザビニは居たたまれなさそうにしていた。コリンが声をあげる。
「あの……ザビニ先輩は、『説明もなしにいきなりセドリックを巻き込んだらダメだろう』って怒ってたんです」
「……?」
アズラエルはコリンにウインクした。セドリックは何を言ってるんだこの子は?という顔になる。
(よ、よく言いました。それですよ、それ!論点のすり替えです!ここは誤魔化すべきです……!)
「僕に対して説明をしてくれるというなら聞こう。ハリー、何をするつもりだ?」
「……わかりました。一から説明します。……本当は、決闘クラブで人を集めるつもりだったんですが……」
そしてハリーは全てを明かした。トライウィザードトーナメントの最終日で起きた一連の出来事を。
「……!!」
セドリックは絶句していた。ヴォルデモートやデスイーターの所業を聞いて、動揺するセドリックにハリーは畳み掛ける。
「……今しかないんです。今、立ち向かうために力をつけなければ。ぼくたちはあいつに殺されるか、支配されるか。どちらにせよ、未来はないんです」
さらにハリーは語り続けた。
決闘クラブに集まった人の中から、ヴォルデモートに敵対してもよいという人間を勧誘するつもりだったこと。集めたメンバーには、ハリーが教師役になって実践的な訓練をするつもりだったこと。決闘クラブが無くなってしまい、ハリーの報道も加熱して、当初の目論見は達成できそうにないこと。
「……まず、人を集めるところからなんです。僕たちでは、人を集めることすらできません。けど、セドリックがやると言えば、皆はついてきます。だってセドリックは誰より公正でした」
ハリーはセドリックを全面的に立てた。事実そうだからお世辞とも思わなかった。しかし、セドリックの表情は渋い。
「……自分に勝った人間にそう言われてもね。他人を集めるっていうのはそんなに簡単なことじゃあないんだけどなぁ……」
セドリックは複雑そうに唸っていたが、やがて、こう言った。
「自主勉強の計画について見せてくれ」
ハリーたちは喜びで顔を見合わせた。セドリックは、明らかに乗り気になっていたからだ。
自主勉強の計画について、セドリックは少なくない突っ込みを入れた。まず、アズラエルの薬品による強化計画は承認しなかった。
「何故ですか?」
「そこまで行ける人が少ないからだよ。……君達、決闘クラブではどこまで学んだ?パトロナスとプロテゴ、そのどちらかを使えるかい?パトロナスは無形でもいい」
ハリー達全員が手を上げた。ハリーはパトロナスが使えないのだが、弱点を明かす必要はなかった。
「恐らくだけど、僕がいる間に君達の領域に到達できるのはよくて数人だろう」
「そんな。私は……フリットウィック教授のお陰ですけどパトロナスを習得しました。才能のある人たちなら、私よりすぐに強くなれるはずです」
ダフネはすぐにそう言った。が、セドリックはいいや、と首を横に振る。
「それは君達が必要に駆られてではあるけれど、必死になって努力し続けたからだ。ハッフルパフ生として言うけどね。君達は才能がある。努力し続ける才能だ。君達、無意識でそれをみんなが持っていると思っていないかい?」
「……それは……」
「いや、俺らぜんぜん頑張ってないっすよ?それこそ、ハーマイオニーに比べたら……」
ロンはそう抗議するが、セドリックは違う違うと落ち着かせる。
「……何も死ぬほど勉強している人を引き合いに出してどうするんだい?いいかい、ふつうのホグワーツ生は、魔法の勉強がしたい、あんな魔法が使いたい、と思ってもエクスペリアームスやプロテゴなんて覚えないんだ。皆、自分の好きな魔法を覚えていくものなんだよ」
「『人を集める』ことはできても、『戦う人』とは限らないということですか」
ハリーはルナを想定しながら言った。ルナはエクスペリアームスやプロテゴ、ステューピファイ、そしてエクスペクト パトローナムを習得しているが、戦闘意欲は著しく低い。
才能があるからこそモチベーションが低くともそこまで習得できた、と言えるだろう。
(……ルナのように『才能はあるけどやる気がない』タイプや『やる気はあるけど才能がない』タイプ。そして、『才能もやる気もない』タイプが来ることも想定しなきゃいけないってことか……)
「正直なところ何人が来てくれるかどうか分からない。それこそ、僕が誘ったとしても一人も集まらない可能性だってある。それでも集まってくれた人に対して誠実に対応すると、この場で誓えるかい?君達は、彼らを自分達と対等だと言えるかい?」
セドリックは一人一人の目を見て問いかける。アズラエルは明確に怯んだ。ハリーは手を上げて言った。
「僕には不安が一つあります。集まった人は、ぼくの姿を見て去っていくのではないかという懸念です」
「……それは……」
ロンはギクリとして呻いた。負の可能性を考慮することは皆、避ける。思い付いたときはなんて素晴らしいアイディアだろうと思う。しかし、そのときと今とでは状況の悪化度合いが違うのだ
「それでも、認めてもらえるように努力します。……決闘クラブに来た日のことを思い出して」
ハリーがそう言うと、ロンはほっとした顔を見せた。セドリックはハリーに悪戯っぽく笑った。
「その意気だ。君の言葉が本当かどうか、これから先、確かめさせて貰うよ」
それから、セドリックは決闘クラブのリーダーとなることを了承してハリー達を解散させた。ハリーはセドリックに呼び止められた。
「門前までは時間がある。……少し話せるかい?」
「セドリックとなら喜んで。……ザビニ。ダフネを寮まで頼む」
「おう、任せろ。……遅くなるなよ?」
ハリーとセドリックはホグズ ヘッド インに残り、セドリックから話を切り出す。
「君、いい友達を持ったね」「な……」
開口一番でセドリックは破顔した。セドリックはこういう砕け方をするとは思っていなかったハリーは、少し狼狽えた。
「いいチームじゃないか。ここまで計画を練って、君をリーダーだと認めて。戦うことを諦めていない友人達を持てて。ハリーは果報者だよ」
セドリックとは対称的に、ハリーは笑えなかった。ハリーは口の端を吊り上げて笑ったふりはした。
「僕には勿体ない友達です。……正直なところ、今でも迷ってはいるんです。怖くなりますよ。これで本当に正しいのか」
「正しいかどうかは後になって決まることだ。重要なのは、正しいと信じて進むことだよ」
セドリックは冷徹に言った。
「努力は必ずしも報われるとは限らないし、むしろ報われないことの方が多い。僕は君のお陰でそれを思い知った」
ハリーは何も言えずに黙ってセドリックの言葉を聞いた。セドリックは杖を使わずに、コップの水を増加させた。
「!これは……」
(杖なし魔法(ワンドレスマジック)!まさか、セドリックもこれを……!)
セドリックの研鑽と努力は驚嘆に値した。ワンドレスマジックでコンジュレーションを使うことはハリーにはまだ不可能だからだ。
「君達の頼みを引き受けたのは、僕の頼みを聞いてほしかったからだ。……ハリー」
「はい、何でしょう」
(……セドリックは一体何をさせようって言うんだ……?)
「僕にワンドレスマジックを教えてくれ。君がやった、杖なしのエクスペリアームスを、僕も使えるようになりたいからね」
セドリック・ディゴリーは向上心に溢れていた。その目には、まだまだ闘志が宿っていた。魔法使いとしての技量を向上させるために、学べる技術は何でも吸収してやろうという意欲がセドリックにはあった。
「……勿論です。僕の知っている限りの全てをお伝えします」
ハリー・ポッターが最初に教えることになった生徒はセドリック・ディゴリーだった。セドリックは、あらゆる生徒の中でも最も勤勉で、妥協しない生徒だった。
***
そして一週間後の日曜日。
『三本の箒』は、貸し切りとなっていた。
セドリックの友人であるハッフルパフ生のナザレ・タービン。セドリックと同じ監督生のアミダラ・アルカを筆頭に、ハッフルパフクィディッチチームのメンバーが一人を除いて揃う。
セドリックと同学年のロジャー・ディビスやフレッドとジョージとその友人、さらにアンジェリーナ達グリフィンドールのチェイサーが真っ先に三本の箒に訪れた。ハリーはダフネと共に、彼らのあとに三本の箒に足を踏み入れた。
セドリック効果は絶大だった。ハッフルパフ生のタービンやアルカといった面々はセドリックが居なければ来なかったであろう面子だった。フレッドとジョージは、ハリーに対しては嫌悪感を滲ませていたものの隣のダフネに対してはそうでもなかった。彼らがダフネをからかってくるのをいなしてハリーは席についた。
「早く来すぎだわ。もう少し後にすればよかった……」
「後の方が目立つよ。……あ、ロン達も来たね」
ロンは同室の黒人、ディーン・トーマスと、少し顔色の悪いブロンドのザムザ・ベオルブをつれてきていた。そのすぐ後にセドリックのファンだというミーハーそうなスリザリンのブロンドの女子、ラフタ・フランクが来ていた。
「……あのあの、今日は皆で勉強会とかやるんですよね!その後って何か予定とかあるんですか!?なかったら、映画とか見に行きません?セドリック先輩!」
間の悪いことに、その発言の直後にセドリックと交際しているチョウ・チャンがマリエッタ・エッジコムを伴って入ってきた。場が一触即発の雰囲気に発展しかけたとき、セドリックの友人であるアルカがラフタをたしなめた。
「セドリックにはお相手が居るんだよ?あんたじゃあ釣り合わないねえ」
「……そんなぁ!」
ラフタはアルカから注意を受けるとすぐに大人しくなり、ダフネの隣に座った。
ダフネがあれこれと捲し立てるラフタの対応に追われる中、ハリーはコリン達を発見して自分の近くに座らせた。コリンは弟のデニスとその友人だというナイジェル、ナイジェルの友人だというスリザリン生のマクネアを引き連れていた。
「ハリー先輩に話しかけたかったけど、話す機会がなくて……!」
「あー、いや、気にしなくていいよ。そう固くならなくてもいいから……」
どうやらデニスやナイジェルはマローダーズマップにあった抜け道を自力で見つけ出したらしい。ハリーは心の中に要注意人物としてデニス達の名前を記憶した。
そうこうしているうちに、アズラエルとザビニがハッフルパフの同窓生たちを引き連れてやってきた。ザビニの彼女であるスーザンを中心に、その親友のハナ・アボット、ハナと同じ監督生のアーニー・マクラミン、セドリックと同じハッフルパフクィディッチチームのザカリアスが入ってくる。ザカリアスはアズラエルと口論になっていたらしく、ハリー達のことを憎々しげに睨んできた。
「……いつか分からせてやりましょうかぁ」
ザカリアスに敵対心をもやすアズラエルをハリーとザビニが宥める、という場面も見られた。
「あんまり虐めんなよー。ディゴリー先輩の手前、おとなしくしとこうぜ」
ロンとハーマイオニーがレイブンクローのアンソニー・ゴールドスタインやテリー・ブート、マイケル・コーナーを引き連れて三本の箒に足を踏み入れたとき、店の前でがっしゃあんという音がした。
「なんだ何だ?」
「お……オッス……三本の箒ってここであってるっすか?自分、ダチから今日はここにこいって言われたもんで……」
グリフィンドール四年生のゴルバ・シノは箒の法定速度を守っていなかったらしく、ブレーキをかけ損なったらしい。ダフネの治癒を受けて全快となったシノは、フレッドとジョージから弄られ席につく。シノのすぐ後に、シノのルームメートのヤマギがやってきてシノの隣に座った。
会合の開始まで後5分となったとき、ルナが三人の生徒を引き連れてやってきた。
「……なんか入りたそうにしてたから……」「いや返してこい」
ロンが即座に突っ込みを入れたものの、入ってきた生徒は顔を赤くしながら席についた。
「ど、どうも~……」
「マジで来るなって言っただろうが……」「皆だけ魔法を使おうだなんてずるいよ!」
ジョージが呆れた目でジニーを見ていた。ジニーは後輩のカテジナ・ルーズとフレイ・アレイスター・クロウリーという女子生徒をつれてきていた。フレイは赤毛で、ジニーとキャラが被っていることを気にしていた。
「ヤバい、埋もれる……!」
とどめを飾ったのはハリーの後輩である四年生のオルガ一派だった。
オルガはシュラークとミカエルという二人の親友と共に入ってきたが、そこから十二人もの生徒をつれてきた。寮はスリザリンだけではなくグリフィンドールやハッフルパフの生徒も居た。オルガはグリフィンドール生の、ネビル・ロングボトムをリスペクトしており、一方、一緒に入ってきたスリザリンの双子の姉妹については扱いかねているようだった。
スリザリンの姉妹は、なんと、ハリー達の一つ上のカロー姉妹だった。
「……先輩はどう言ったご用件でここに?」
「まぁ冷たい」「氷のようね。」
「でもどうしてって?」「そうねどうしてかしら。」
「言っちゃおうか?」「言いましょうよ。」
「「従兄のマッキーから頼まれたのよ。決闘クラブを存続させてくれって」」
アズラエルがひきつった笑みを浮かべるなか、ハリーは覚悟を決めた。
(……この中で何人が裏切って。何人が、僕たちの味方に……いや、闇陣営の敵になってくれるだろうか)
内に闇を抱えたまま、この日、新たな決闘クラブは始動した。セドリック・ディゴリーをリーダーとして。
セドリックとしてはハリーと話し研鑽できることが何よりの報酬です。
オルガは学力はないけど人望ならトップクラスです。
マリエッタはチョウのお供として軽い気持ちで参加しています。
エイドリアンはセドリックに誘われたから来てみたらハリーが居て驚いています。
マクネアくんはあのワルデン・マクネアの息子です。セドリックとは魔法生物の規制管理部繋がりで家族ぐるみで付き合いがあります。