三本の箒に集ったホグワーツ生達は、こぞってセドリック・ディゴリーに賛同し、魔法の練習がしたいと申し出た。もともとセドリックを慕って集まった面々だけでなく、オルガに誘われた面々やレイブンクロー生ですらそうだった。
「俺、決闘とかにはそんなに興味はなかったんですけど。魔法の練習ができるッつーならめちゃくちゃしたいっす!魔法が使えない今のホグワーツなんて炭酸の抜けたコーラみたいなもんっすよ!」
決闘クラブを引き継ぎ、皆で自主的に魔法の訓練をしたいと切り出したセドリックに真っ先に賛同したのは、グリフィンドールの四年生、シノだった。
この茶髪の大柄なグリフィンドール生は、所謂ムードメーカーであった。ハリーが見る限りコリンも邪険にはしておらず、むしろよく言ったと言わんばかりに頷いている。
「アンブリッジのバーさんの言うことを聞いてたらホグワーツがつまんなくなっちまう」
グリフィンドールのシノがそう言ったのを皮切りにして、三本の箒はアンブリッジ先生への不満で溢れかえった。
「君、いいこと言うねぇ」「あざっす!」
アーニー・マクミランはシノをそう称賛した。アンブリッジに鬱憤を溜めていたのは不良暴走族のようなシノだけではない。勉強をしたいと思っている五年生や七年生ほど、アンブリッジを憎んでいると言ってもよかった。
「参ったわね、フローラ」
「そうね、ヘスティア。グリフィンドールの生徒と意見が合うなんて前代未聞よ」
シノは声の大きな男子生徒だった。そういう人間が一人居ると、周囲もそれに合わせようとする。シノの言葉に、スリザリンの双子姉妹であるヘスティアとフローラは真っ先に頷いていた。それによって場の雰囲気はずっと柔らかいものになる。
スリザリン生であるハリー達やカロー姉妹に対して、特にウィーズリーの双子は警戒する視線を向けていた。が、場の空気を読んで盛り上げようという姉妹を頭ごなしに否定することもないと思ったのか、双子はカロー姉妹から視線を外した。
「僕たちが思っていたよりずっと嫌われていたようだね、アンブリッジ先生は」
ハリーはザビニへそう囁いた。ハリーもアンブリッジの溜めたヘイトは大きいだろうと思ってはいたが、予想以上だったのだ。
「何かを好きって感情よりは嫌いって感情の方が人は共有しやすいからな。嫌われる要素しかねぇアンブリッジは可哀想ではあるがよ。自業自得だ。ここは遠慮なく利用させて貰おうぜ」
「そうだね。僕たちにとっては追い風と考えようか」
「…………」
ダフネは何かを考え込んでいるのか、何も言わなかった。ハリーもあえて声をかけるべきではないと思ってそっとしておいた。
(あの人個人に恨みはないんだけど、まぁ仕方ないか……)
アンブリッジが魔法省の意向に対して反抗的で、ホグワーツに忠実であればここまで嫌われはしなかった。役人が役所の意向に従うのはなにも間違ってはいないが、アンブリッジはあまりにも敵対心を煽りすぎたのだ。
大勢の学生から慕われ半ば伝説と化していたルーピン先生を侮辱し、生徒から魔法を訓練する環境を奪い、さらに教師達の監査をする。
これらをこなしたアンブリッジは孤立への道を歩んでいた。同じスリザリン生であろうともアンブリッジを擁護する人間はいない。ハリーも恩はあると言えばあるが、この場で庇い立てするほどの義理はないのだ。
(僕たちは魔法族だもんな。学校ですら魔法を禁止されるなんてそりゃあ反発する。今まではオーケーだったなら尚更だ)
ハリーは会話の流れでシノを褒めたあとで、会話の流れを見ながら周囲を観察した。レイブンクロー生のアンソニーやテリーは魔法を使いたいという思いは強いものの、アンブリッジ・アンチでは無さそうだった。
(個人主義とはいえ勉強できる環境は欲しいってところかな。なんとかこちら側に引き込めればいいんだけど……)
ハリーはアンソニー達を見てそう想像した。ハリーの知らない魔法を知っている可能性が高いのは、レイブンクローの秀才や天才達だった。できることなら味方に付けておきたい面々だった。
レイブンクロー生とは逆に、ハッフルパフの生徒達は場に流される傾向が強かった。アーニー・マクミランはハリーがここに来ていたことに驚きの顔を見せていたが、アンブリッジをけなすディーン・トーマスに同意し、何はともあれ魔法の練習ができるならいいと喜んでいた。
「ディーンの言う通り、あの人は間違ってると僕も思うよ。ルーピン先生の授業がどれだけためになったか」
思い思いにアンブリッジへの不満を口に出す生徒達と並んでアーニーもそう言った後、さらにアーニーは続けて言った。
「今はもう夏休みじゃないんだから、僕らも学校でも魔法を使いたいですよ。五年生や七年生は試験もあるのに実技の練習ができないなんて馬鹿げています。セドリックが主体となって、僕らに魔法を教えてくれるんですよね?」
アンブリッシ・アンチに沸き返る流れをなんとか引き戻して本題を進めて欲しいとアーニーは目で語っていた。セドリックは苦笑しながらそうだね、と頷いた。
「……アーニーの言う通りだ。決闘クラブが解体されたから、僕たちが自分達で決闘クラブを引き継いで、自主練をしていこうと思う。本来のリーダーはロン君の筈だったが、ロン君に異論はないかい?」
「お願いします、ディゴリー先輩」
ロンが頭を下げると、ハッフルパフ生達は喜びに顔を輝かせた。それだけで、ハッフルパフが普段どれだけ下に見られているのかがよくわかる。
「他の皆は?」
異論はある筈もなかった。スリザリン生のマクネアやラフタはうんうんと頷き、早く次に進んで欲しいという雰囲気で一杯だった。ハッフルパフの四年生、アキヒロ・ガンビーノは大きなくしゃみをした。オルガが引き連れてきた生徒だった。
「お、ハッフルパフから異論発見?」
ラフタ・フランクはふざけてバーン、とアキヒロを指差し、撃つ真似をした。アキヒロはラフタには取り合わずセドリックに頭を下げた。
「すんません、俺も異論ありません。話を先に進めて下さい」
「漫才なら後にしろよー。話進めてんだからなー」
フレッド・ウィーズリー(ハリーには見分けはつかないがおそらくはフレッドの方だとハリーは思った)に笑ってたしなめられると、ラフタ・フランクは舌を出して答えた。
「うす」
「オーケー。まぁ、異論や疑問はやっていくうちに出てくることもあると思うよ。そういうときは僕に聞いて欲しい。次に決めておくべきことは……」
セドリックが何か言う前に、フレッドとジョージが爆発した。
「会合の日取りだな!?」「場所は?」「連絡手段は?」「どんな魔法をやるんだ?」「結局決闘クラブと何が違うんだ?」
「アンタらが漫才してどうする!話の腰を折るな!シレンシオ!」
アンジェリーナ・ジョンソンの魔法による制裁で双子が沈黙させられ、セドリックは腹を抱えて笑いながら言った。
「いい質問だ。まずはルール決めかな。折角自分達で集まって活動するわけだし、決闘クラブと全く同じルールと言うのも味気ないから決めておこう。多数決でね」
(……上手い)
ハリーはいい手だと思った。多数決で承認するという手順を踏むことは重要だ。特に、この集まりに関して何も分かっていないうちに決めておくことは大切だった。
「ひとつ。アンブリッジをはじめとして、部外者にはこの集まりを告げ口しないこと。これに賛成の人は挙手してくれ」
「ういっす!」
カロー姉妹やマクネアを含めたほとんど全員が挙手した。マリエッタというチョウの友人はチョウが挙手するや否や追随するように自分もと手を挙げた。
「ひとつ。この集まりではリーダーの方針に従うこと」
「さらにひとつ。この集会のリーダーは多数決によって変更することができる。立候補者一人一人に賛否を取り、最も賛成の多い人間がリーダーとなる」
セドリックが提案したこれらのルールは、みんなの賛成多数によって承認された。最後の方針はハッフルパフ生のザカリアスやアーニーは反対に票を投じたが、結果は賛成多数による成立だった。
「うん。いきなりルール決めなんて堅苦しいかもしれないけど、大切なことだからね。またおいおい決めていこう」
そして、次に決めたのは集会の予定日だ。セドリックは周囲を見渡して尋ねた。
「なるべくみんなの予定が合う曜日にしたいんだ。この中には部活を掛け持ちしてる人もいる。全員の都合がつく日は取れないかな?」
「来週の火曜はグラウンドに整備業者が入るからクィディッチの練習はありません。とりあえず火曜日でどうでしょうか」
「わかった。じゃあリーダーの権限で来週の火曜日に、『必要の部屋』での会合とする。いいね?」
「流石優等生。わかってるね!」
「どうもありがとう」
セドリックの提案に誰も異論はなかった。弾けんばかりの笑顔でセドリックを褒めるアンジェリーナ・ジョンソンを見て、フレッドとジョージは露骨に顔をしかめていた。
(……なんというか、わかりやすいな……あの人達は……)
「すいません、ちょっといいですか?」
セドリックに待ったをかけたのは、レイブンクロー生のテリー・ブートだった。テリーは少し不安そうにしていた。
「必要の部屋というのがどこかはわかりませんけど、これだけの大人数でゾロゾロとそこへ向けて移動したら絶対バレると思うんです……」
「それについては」「何とかなるぜ」
言ったのは双子のウィーズリーだった。双子はテリーと、そしてスリザリンのカロー姉妹にウインクするとさらに続けた。
「ヘイセドリック。必要の部屋ってのはどこにある?」
「ホグワーツ城の七階だ」
「んー、それなら四階から六階にワープする隠し扉を知ってるぜ。」「一階から五階にも飛べる」
「それは助かるね。七階から他の階にワープすることはできるかい?」
「何ヵ所か知ってるけど安全が保証できねえところがある。直接行って教えねぇとまずい」
「じゃあそのルートを僕に教えてくれ。皆には手紙や口頭でおって連絡するよ」
「僕に言ってくれるなら、僕からスリザリンの仲間に伝えます」
ハリーが言うと、オルガもセドリックには言った。
「それなら俺もミカやシュラ達に伝えますよ」
「そうしてくれると助かる。はじめての会合ではまず基本から魔法の練習をしていくことになる。そこで、今日は紙を用意したよ。ディフィンド(裂けろ)。エンゴージオ(肥大せよ)」
セドリックが取り出したのは一枚の羊皮紙だ。セドリックが魔法によってバラバラに引き裂かれた羊皮紙はみるみるうちに拡大し、人数分の枚数となる。セドリックはコーパス(動け)で、全員に羊皮紙を配布した。
「この中には決闘クラブと違うことをしたい、という人も多いと思う。まずはここに集まったみんなのやりたい魔法を書いてくれ。皆、今使えない魔法とか使いたい魔法とかあるだろう?それを自分の名前と一緒に書き込んで欲しい。ないならないで構わないよ」
セドリックは皆から受け取った紙を見て顔をしかめた。双子に対してはあきれた目を向けた。そしてハリーには首を横に振った。
ハリーは羊皮紙に自分の名前と共にテレポートと書いた。
(……本当は錬金術でも学びたいけど……今できることは、誰でもできることを完璧にこなすことだ……)
錬金術。
錬金術によって作られたヴォルデモートの肉体を滅ぼすために、闇の魔術を除けば最も効果のありそうなものがそれだった。しかし、セドリックはアルケミストではない。錬金術の本場であるボーバトンですら居ないほどに希少な技術を会得することなどできる筈もなかった。
そして、テレポートの訓練をすることも不可能だ。ホグワーツの敷地内部では、テレポートなどできないのだから。
「……うん、わかった。いくつか教えられない魔法もあるけどね。教えられる魔法もある」
「ホントに出来るのか~?」「やって見せるさ。フレッドも協力してくれるか?」
「やだよ、面倒クセェ」
セドリックが笑うと、周囲の生徒達にも笑いが広がった。決闘クラブの代わりとなる集会はまずまずのスタートをきったと言えよう。最後にセドリックはマダムに目配せした。
「今日は集まってくれてありがとう。最後にちょっとした余興をしたいと思うんだ」
ハリーはコリンとルナがモゾモゾと手を動かしているのを見た。アーニーはキョトンとした顔でセドリックを見ていた。
(お手並み拝見かな。頑張れ、コリン)
「余興って何ですか?」
アーニーの言葉と共に、三本の箒は闇へと包まれる。
「えっ!?」「何だぁ!?」
(無言消灯!ノックス マキシマ(闇に落ちろ)か!!)
三本の箒を照らしていたライトは消え去り、即座にコリンが魔法を唱えた。
「インセンディオ(燃えろ)!!!」
闇に包まれた空間に、突如として黄色く輝く穴熊が表れる。コリンの唱えた魔法によって輝くのは、炎で象られた穴熊だ。
「アヴィホース(鳥よ)」
「今度は烏か。洒落てるねぇ」
七年生のナザレ・タービンは感心したように呟いた。テリー・ブートは驚きで上ずった声をあげた。
「……バカな、魔法で精製した炎を変える?そんなことが出来たのか……!」
ルナが炎でできた穴熊をレイブンクローの象徴である烏へと変える。青い羽根を持つ烏は転入生のように生徒一人一人を見下ろしその隙間を縫って移動していく。
「インセンディオ!」
そして、ハリーとダフネの間を通り抜けた鳥はまたも形を変えた。コリンのインセンディオによって鳥は緑色に燃える蛇へと形を変え、とぐろを巻いて宙へと浮かんでいく。
最後にセドリックは、光り輝く蛇をボンバーダで爆破した。最小火力のボンバーダは完璧な花火となり、赤い獅子の姿が浮かび上がり、消えた。
一連の動きが終わり灯りが灯った時、ハリー達の手にはバタービールのジョッキが握られていた。
「では、ここに集まったホグワーツの四寮生を祝して乾杯!これから宜しく!」
セドリックの音頭と共に、割れんばかりの歓声で三本の箒は沸き上がった。マダム・ロスメルタは満面の笑みでホグワーツ生を見ていた。
「若いっていいわねぇ……」
ハリーは事前にセドリックにガリオン金貨を渡していた。集会に必要な経費として必要だと言うと、セドリックは帳簿をつけて釣りは返すと言った。
律儀な人だとハリーは思った。トライウィザードの優勝賞金は(大金を持たせるのはよくないと言うマリーダの意見をシリウスが採用し)後見人の権限によってシリウスの手でグリンゴッツにあるハリーの口座へと保管され、ロックされている。ゆえに、セドリックに渡した金はトライウィザードの優勝賞金ではない。
アクロマンチュラを討伐した報酬だった。
ハリーは毒液の売却代金とは別に、アクロマンチュラを討伐した報酬をグラブリー教授から受け取っていたので懐には余裕があった。
セドリックに奢ってもらったバタービールを飲み干したハリーは、同じスリザリン生のカロー姉妹に話し掛け真意を探ろうとした。カロー姉妹はのらりくらりとはぐらかし、なかなか腹の中を見せなかった。
***
ドロレス・アンブリッジはホグワーツにおいて規則正しい生活を送っていた。
他人の作ってくれた食事(パーシーの用立てた紅茶は除くものとする)を、ゆっくりと時間をかけて味わってから咀嚼し。
授業用のカンペを作り、教材を読み込んで説明できるようにしておき、監査予定の教科について、確認項目を用意しておき。
時計の針が十二時を回るより早くに眠りにつく。
ドロレス本人が望んだわけではないが、ファッジの補佐官として駆け回っていた頃に比べればはるかに人間らしい生活だった。本人の自覚とは別に、体はこの生活を気に入っていた。過密すぎる生活で荒れ果てた肌も回復し、ドロレスは本来の自分自身を取り戻していく。
弱者に対して残酷で、自分より弱い立場の人間を踏みつけることに喜びを覚えるという人格を。
ドロレスは次の日の朝、舌なめずりをしながらターゲットを見ていた。ドロレスが出世するための生け贄として選んだのは、占い学教授のシビル・トレローニ。ドロレスから見て真の預言者を自称する紛い物の預言者であり、こんな人間を雇っているホグワーツの非を糾弾するのにうってつけの人材だった。
ドロレスは知らない。ドロレス以外のほぼ全てのの魔法族も知らない。
シビル・トレローニが表面を取り繕うことが上手いだけの凡夫ではなく、本物の預言者であり。
教師として占い学教授として、預言の才能がない生徒達にも向き合い、占いという学問を伝えてきた功績を。
とくに可哀想でもないアンブリッジ……
ひとえにてめえの素行のせいだが……