蛇寮の獅子   作:捨独楽

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悪への道

 

 ドロレス・アンブリッジは、目の前にいる眼鏡の男子生徒をどう追い払おうかと思考を巡らせていた。

 

「ロングボトムへの罰則を緩和してほしい、と言うのですね?ミスタ・ポッター?」

 

「ええ。少し罰が重すぎる気がしましたので」

 

 ハリー・ポッターはにこやかにそうドロレスに言う。目の前の男子生徒はこれまでドロレスに対して従順な姿勢を見せていた。ドロレスはチッチッとわざとらしく舌打ちをして返答する。

 

「罰というものはね、ポッター?その当人にとって重いものでなくては意味がないのよ?暴力行為を見過ごしては、ホグワーツの秩序を取り戻し、魔法省の望む『改革』を実行するなど不可能ですの。お分かり?」

 

「ですがその『改革』は生徒から賛同を得られていない。違いますか?」

 

(……いちいち鬱陶しいクソガキが……)

 

 ドロレスは苛立つ内心を抑えた。

 

 ドロレス、試みは上手く行ってはいない。教職員達はこぞってドロレスを目の敵にした。普段シビル・トレローニと反りが合わないミネルバ・マクゴナガルも含めてだ。

 

 教育現場の改革というのはただの建前。実際には、アルバス・ダンブルドア子飼いの教師を幾人か追い出し、あわよくば任命責任を追及してアルバス・ダンブルドアの力を削ぎ落とす。そのために自分はここに来ているのだ。

 

(反発の声は負け犬の遠吠え。私には心地よくすら感じるっていうのに。大人の世界に口を出してくるんじゃあありませんわよクソガキが)

 

 そんなドロレスの内心は、半ば現実逃避に近かった。

 

 『呪い』がかけられたDADA教授職への任命。これは、ファッジにしてみれば使えない部下を切り捨てるための丁度良い言い訳ができたとも取れる。

 

 ドロレスが今歩んでいるのは出世街道ではなく破滅へと突き進むだけの道かもしれない。

 

 DADA教師とはそれほど呪われた立場であり、ドロレスはファッジから都合良く利用されているだけかもしれない。

 

 ドロレスは愚かな魔女であった。しかし、大人の世界で本音と建前を使い分け、酒の席で失態を重ねてきた彼女には知識と経験があった。

 

 自分自身が既に後がない崖っぷちに立たされていることも、どれだけ可能性が細くても、結果を出さなければいけないことも自覚している。

 

(……ポッターに罰則を与えて虐めるのもいいが。……いや。…………後日、ブラックに報復される可能性はあるか…………?)

 

 ドロレスは溜まりに溜まったストレスを弱者に対する罰によって晴らそうとしていた。なにも不安要素がなければドロレスは目の前のハリーにもネビルと同様の罰を課していただろうが、ドロレスから見てハリーに直接手を出すことはリスクが大きすぎた。それには幾つかの要因があった。

 

 まず第一に、ハリーはこれまでドロレスに対して友好的に接しているということ。

 

 ドロレスの醜いガマガエルのような容姿、教職員に対する執拗な『尋問』と言う名前の現場への口出し。魔法省の意向に則った実技の廃止。生徒からも教職員からも嫌われるなかで、ドロレスを敵に回すことは避けたいと考える数少ない生徒もいた。

 

 そして、ハリーは数少ない生徒の一人だった。

 

 自分に対して反抗的で、魔法省を愚弄するような生徒であればなんの躊躇いもなく罰を課すことが出来る。しかし、ハリーはここまでドロレスに友好的ですらあった。

 

 ドロレス自身は忘れていたが、一年の頃に友好的に接したからか、直後のロックハートが無能な上にハリー達を攻撃したからか、ドロレスがスリザリンのOGであるからか。とにかく奇跡的な要因が積み重なって、ハリーとドロレスは友好的な関係を構築していた。それを切り捨てて無碍にすれば、ドロレスに従おうと言う生徒の数はますます少なくなる。目的を達することは難しくなるだろう。

 

 そして第二に。ハリーの裏にはあのシリウス・ブラックがついているということ。

 

 ブラックはドロレスの悲願であった反人狼法を廃案に追い込んだ政敵であった。単にそれだけであるならば、ドロレスはブラックを恐れない。今のドロレスは崖っぷちにあるからだ。

 

 だが、ブラックは親しい人間のためならば殺人も厭わないほどの狂人だった。少なくとも、ドロレスはブラックをそう認識していた。

 

 親しい友人と言えるセルウィンにすら内心で嫉妬心を積み重ねていたドロレスに、ブラックとジェームズ・ポッターとの友情の重さが理解できる筈もなかった。人は自分が理解できない未知の存在を最も恐れる生き物だ。ドロレスが直接ハリー・ポッターに手を出したとき、ブラックがドロレスの命を狙わない保証はどこにもなかった。

 

 誤解を招かないよう重ねて言うが、ドロレスは愚かな女である。強者に媚びへつらい弱者を虐げることが生き甲斐の魔女に、自分より強い立場にあるだけでなく自分の生命を脅かす可能性のあるシリウス・ブラックと敵対する度胸など存在しない。

 

(適当にあしらって追い返すか)

 

「改革に痛みはつきものですわ。いつの時代も、旧態を破壊しなければ秩序と言うものは構築できませんの。……けれど、ね?」

 

 ドロレスはにこにこと笑いかける。

 

「廊下で無防備のマルフォイ君に殴りかかったミスタ・ロングボトムを処罰なしで返すなんて、ああ、いくら私でもそんな真似は出来ませんわ。教師として罰を与えることこそ、ミスタ・ロングボトムのためになると信じていますの」

 

「ネビル・ロングボトムが『純血』であってもですか?彼はセイクリッドトゥエンティエイトだった筈です」

 

「その彼を。たった一度の間違いで彼の居場所まで奪ってしまっていいのですか?ドラコもロングボトムも、表面上は互いに干渉しないことで折り合いをつけています。これ以上の罰は必要ないでしょう」

 

(……面倒な知恵をつけやがって。)

 

「チッ……」

 

 ドロレスは明確にハリーの前で舌打ちをした。取り繕うための仮面が剥がれそうになる。ドロレスは笑顔でそれを誤魔化そうとした。

 

「ミスタ・ポッター。確かに、ミスタ・ロングボトムは純血ですわ。ええ、ええ。由緒正しいセイクリッドトゥエンティエイトの一員ではありますわよ、ええ。」

 

 ただし、とドロレスはドスの効いた声で凄んだ。

 

「ミスタ・ロングボトムは大臣の理想……魔法界の保守思想の要である純血主義に対して従順ではありませんわね。大臣もよく嘆いておりますわよ。英国魔法界に対しての『責任感』や『愛』がない人間。それは魔法界の癌細胞であると…」

 

(自虐かな?)

 

 ハリーにはファッジが魔法界への愛に満ち溢れているようには思えなかった。顔には出さないが。

 

「愛というのは、つまり、『魔法族の誇りと伝統を守る国民』に対しての愛ですか?」

 

「よく分かっているではないですか、ミスタ・ポッター。スリザリンに一点差し上げましょうか。……それともう一つ記憶しておきなさい?政治家にとっての『国民』とは、『自分を支持して票を入れてくれる』人間のことなのですよ」

 

「……なるほど、理にかなっていますね」

 

(……だから子供の意見なんて聞く必要はないっていうことか。大人はこれだから信用できない。……まぁ、アンブリッジ先生の話も一般論に過ぎないか……)

 

 ドロレスに話をあわせていたハリーはファッジの底の浅さを感じ取っていた。

 

 クラウチJr.の魂をディメンターによって破壊した日のファッジに愛があったとは到底思えなかった。彼にあったのは自分の保身ただ一点のみで、英国魔法界を闇陣営から守ろうという気概などない。国民への愛など存在しないようにしか思えない。

 

(……いや……いやいや。駄目だ、敵を低く見積もるのは。過大評価はチャンスを逃すことになるが、過小評価からの油断はもっといけない。アンブリッジの話から、何かファッジの思惑でも引き出すことが出来れば……)

 

 

 

「純血かどうかもわからないような出自の怪しげな人間を重用する『どこかの校長』がのさばっているようでは……」

 

 

 傲慢きわまりない表情でドロレスは言った。

 

「魔法界に真の秩序と安寧がもたらされることはないと。ダンブルドアが誤った人材を登用し続けるからこそ、純血思想の教育が不十分だったのですわ。そう……だからこそ、ミスタ・ロングボトムは同胞を、よりによってあのマルフォイ君を傷つけるに至ったのです」

 

 ドロレスはあえてハリーを煽った。ハリーが怒りに任せて反論してくれば、ドロレスにはハリーを処罰する口実ができる。教師に対して反抗的だという大義名分で軽い嫌がらせの罰則でも課して追い返すことで手を打とうとドロレスは思った。

 

 一方のハリーは、ポーカーフェイスのままだった。ダンブルドアに対する敬意や怒りからドロレスに反抗すると言ったことはなかった。ハリーはドロレスやファッジの本性を垣間見て落胆していた。

 

(……こんなものなのか。大臣と、その側近が……)

 

 ハリーの言葉に本心など何一つなかった。

 

 純血は尊ぶべきです、という他人の考えをハリーは否定しない。それだけであるならば。本当にそれだけでナルシズムに酔っているとしても、外面に出さずに過ごしているならば気にはしない。スリザリン生が大なり小なりそういう風潮に染まるのは仕方のないことだし、ハリーだって仲間のそれに干渉しなかったからこそ快適な寮生活を送ってきた。

 

 本当に一度、どうしても我慢が出来なかったのはダフネが恐怖のあまり純血主義を信じ始めた時だ。スリザリン生として本当に純血を尊重するならばヴォルデモートやその支持者とは縁を切るべきだ。ヴォルデモートへの恐怖から純血思想に傾倒するのでは、血や保守思想を冒涜していることになる。

 

 ハリーにはファッジが恐怖のあまり、保守思想を言い訳にして向き合うべき問題を先送りにしているようにしか見えなかった。目の前のドロレス・アンブリッジにしてもそうだった。ただただファッジの思惑を遂行することだけを重視していて、生徒のことなどうでもいいと思っているようにしか見えなかった。

 

(……いや。この人が僕に本心を全て明かす筈もないか。どんな裏があるかはわからない。クィレルやクラウチJr.を思い出せ。人を表面だけで判断しないようにしないと……)

 

 ハリーは自分を戒めながら、しっかりと澄みきった目でドロレス・アンブリッジを見た。

 

「…………?」

 

 ドロレス・アンブリッジはハリーの目を見て不快な気分になる。

 

(……何だその目は……?)

 

 迷いも気負いもない澄んだ瞳だった。ドロレスやパーシーや官僚達が失った、決意に満ちた瞳だった。

 

 ドロレスの中でも欲求が膨れ上がる。適当な理由をつけてハリーを処罰し、何なら体罰を与えてマウントを取りたいという衝動が走る。

 

(……いや駄目だ……抑えろ。しかし、こういう人間を従えてマウントを取るために私は官僚になったわけで……)

 

 ドロレスが大人として身に付けた保身感覚が、スリザリンで養ったマウント精神とせめぎあっていた。

 

 その時、教員室の扉が三回ノックされる。ドロレスは反射的に猫なで声で答えた。

 

「どなた?」

 

「フィルチです。じ、じ、尋問官殿……ど、どうか手をお貸しください……!あの双子、今度は大広間のシャンデリアを拡大して……シャンデリアが爆音を鳴らしはじめました!手に負えません……!」

 

「わかりましたわ。……ポッター?私には尋問官としての仕事があるのです。ミスタ・ロングボトムの一件は諦めなさい。わたくしも胸が痛みますが、それとこれとは別の話ですわよ」

 

 フィルチは涙目になりながら窮状を訴える。ドロレスは都合がいいとばかりにハリーを追い出そうとした。

 

 が。

 

 ここでハリーはドロレスにある提案をした。

 

「でしたら、先生のお役に立てるかもしれません。同行させて頂けませんか?」

 

 ドロレスは威厳たっぷりに見えるように笑った。が、ハリーの目には邪悪なガマガエルが獲物を補食しようとしているようにしか見えなかった。

 

***

 

 ドロレスがポッターの同行を許したのは、自分自身のマウント欲求と保身感情の両方に折り合いをつけたからだった。

 

 双子の悪戯をさっさと解決し、ポッターやスリザリン生相手に自分自身の魔女としての力量を誇示しておきたかった。『実技をさせない魔女』であるドロレスに対するホグワーツ生徒らの評判は著しく悪い。

 

 ドロレス自身が大したことのない魔女か、あるいはスクイブだと思われるのはドロレスのプライドが許さなかった。フィルチに音をあげさせた悪戯を解決すれば、ホグワーツ生のドロレスを見る目に畏怖が加わる。

 

 ドロレスはハリーにマウントを取りたかった。どれだけ優秀であろうと所詮は五年生と舐めていたのである。

 

 大広間で爆音を鳴らし踊り狂うシャンデリアは、まさに災害のような轟音で歌を大広間中に響かせていた。

 

「あ、あれは止めようがないのです。歌が終わっても終わっても歌い、躍りが一段落したと思ったら、また最初から繰り返すのです……!」

 

 

 ドロレスはチラリとポッターを見た。

 

「フッ。やはり子供の悪戯ですわね。たかがシャンデリア。フィニートで終わらせれば問題はありません。皆さん、よく見ておくのですよ?」

 

 ドロレスは拡大したシャンデリアが大広間中に嵐を巻き起こしている場面に遭遇した。大広間を照らすために輝く灯は魔法によって七色にその色を変え、下品な色合いで大広間全体を覆っている。

 

 シャンデリアに本来存在しない筈の口からは、ドロレスの嫌いな『妖女シスターズ』のヒット曲が垂れながされていた。

 

 そんなドロレスに対して、ハリーはそっと言った。

 

「待ってください、先生。先生のフィニート(終われ)と一緒に、クワイエタス(静まれ)を使っても宜しいですか?」

 

(……………………鬱陶しい………………が、……………………魔法薬の授業を見る限り、ポッターには多少才能がある。ふん)

 

 ドロレスはハリーの訴えを退けなかった。ハリーの言葉が間違っていればそれを指摘してマウントを取るチャンスでもあるのだ。

 

「そう思う根拠を述べなさい。なぜそう思ったの?」

 

「あのシャンデリアはタラントアレグラ(踊れ)とカンティス(歌え)、そしてコンジュレーションによる拡大化がかかっています。フィニート(終われ)の効果がどれに発動するかわかりません」

 

 それに、とハリーは続けた。

 

「歌と躍りを繰り返しているとフィルチさんは仰いました。もしかしたら、フィニートで終わらせたとしても、また最初から繰り返すかもしれません」

 

「……確かに。フィニートによって魔法を初期化しようとしても、アレにかかっている魔法全てに適応は出来ませんわね。先に魔法一つ一つの効果を弱めるのが適切か。いいでしょう。魔法の行使を許可します」

 

 ドロレスのフィニートよりも先にハリーのクワイエイタスが決まる。シャンデリアの口はすぼまり、勢いも弱まっている。

 

「……いい腕をしていますね、ポッター?続けなさいな。見てあげましょう」

 

(……教えることなんて何一つなさそうだがな!)

 

 ドロレスは指導という体で手を抜いた。ハリーは成績優秀者らしく、シャンデリアにかかる魔法を一つ一つ反対呪文で無力化していった。

 

「フィニートを、使うまでもありませんでしたわね。よく頑張りましたね、ポッター?」

 

「ありがとうございます、先生」

 

 ドロレスは最後は簡単にシャンデリアを元の状態に戻すことができた。が、内心はびくついていた。

 

「ポッター。どうやら貴方はよく勉強をしているようね。……そうねぇ、聞き分けのいい子には、相応の見返りをあげなければいけませんわねぇ」

 

(あ、あっぶねぇ~。タラントアレグラ(踊れ)の反対呪文忘れてたわ……)

 

 社会人の魔法使いにありがちなことの一つに、チャームを止めるためにフィニートを使う癖がつくというものがある。

 

 フィニートはほとんどのチャームを終わらせ、魔法がかかっていない状態に戻すことができる。だから魔法事故の対応やアクシオのキャンセルなどちょっとしたことでフィニートさえおさえておけば大抵のことはなんとかなる。

 

 そこに落とし穴がある。

 

 フィニートに何の対策もしていなければ、市販されているような魔法のアイテムの魔法まで終わらせてしまいかねないのだ。

 

 だから相応の値段がする魔法アイテムにはフィニート防止のルーンを刻んだり、一定期間魔法が継続するよう保護魔法をかけていたり、フィニートの反対呪文で始めたりといった対策をするのだ。

 

 双子はアンブリッジのような大人がフィニートに頼りすぎることを知っていて、フィニート対策をしていたのだろう。

 

 

 ドロレスはハリーに尋問官親衛隊のバッジを与えると、今日の褒美に、と一言言った。

 

「双子の対応は貴方に一任しますわ。……それと、ロングボトムへの罰則の件。尋問官親衛隊には、罰則を決める権利もありますの。だから、ポッター。貴方に任せます。わたくしは授業の教材を作らなくてはいけませんの」

 

 そしてドロレスは己の教員室に戻ると、教科書を引っ張り出すと、魔法の復習に勤しんだ。

 

 ドロレスは忘れていた魔法の数々を思い出すことができたが、学生時代と同じようにドロレスの魔法を受け止めてくれる学友は居なかった。

 

***

 

「ほう、尋問官親衛隊」

 

「ええ。それにポッターが選ばれたそうです。何やらロングボトムの件で生徒同士のいさかいがあったようですが」

 

「彼らには彼らの考えがあるのだろう」

 

 アルバス・ダンブルドアはミネルバ・マクゴナガルからの報告を淡々と聞いていた。

 

(ドロレス・アンブリッジ……)

 

 

(己の幸福を知り、己の野望を知り。そして己の限界を知った。それでも、過ちを悔いるのではなく、開き直る道を選ぶか……)

 

 アルバスは4年前にホグワーツに戻ってきたドロレスの姿に、一人の魔女としてのドロレスの成長を期待した。

 

 ホグワーツに居る子供達は純粋である。単に純粋な善であるというだけではなく、純度の高い悪性を孕んでもいる。学生達の姿と過去の自分、そして現在の自分とを照らし合わせて己の所業の愚かさや、まだやり直すことが出来る部分もあるということにアルバスは気がついて欲しかった。

 

 が、4年の歳月を経て舞い戻ったドロレスは以前に輪をかけた権威主義の権化となっていた。ドロレス個人の性質と魔法省の体質が組合わさり、哀れな魔女が出来上がってしまった。

 

(……性根から腐りきっているものに対して情けをかけることは、悪手なのだがね……)

 

 

 アルバスは心の中で自分と、そしてハリーに対してため息をつく。

 

 アルバスがスリザリンの監督生をドラコやパンジーに任せたり、ドロレスの専横に苦言を呈しなかったのは理由がある。

 

 スリザリンの生徒達にまともな人材が居なかった、というのがまず一つ。ハリーは論外として、アズラエル、ノット、ミリセント。監督生に足るだけの学力を持ってはいるが、無難に職務をこなすことが出来る人材はこの中にはいない。

 

 例えばノットは学力においてはドラコと遜色がなく、上回っている部分もある。しかし、社交的にスリザリン内で人脈を作れているかと言えば否だ。他の候補達も同様に、何かしらでドラコやパンジーに劣るのである。

 

 アルバスが人間的に問題のある二名をあえてそのままにし、監督生として選んだ理由。

 

 それは彼らがまず間違いなく、ほぼ確実に何かしら他寮生にとって不快な行動を行うであろうと確信していたからだ。

 

 責任ある立場に居る人間というものは、当然ながら普通の生徒より人品に優れ己を律し、適切な行動を取ることが求められる。スリザリンの悪癖に染まりきったドラコが何かしらで軋轢を生むことは分かりきっていた。

 

 そして、残酷なことだが。だからこそ都合が良かった。

 

 責任ある立場に立ち、周囲から本気の憎悪と敵意をぶつけられてはじめて、ドラコ達は己の愚かさを自覚するだろうとアルバスは期待していた。

 

 たとえそうでなくても、彼らがスリザリンに相応しい『狡猾さ』を発揮して外面を取り繕ってくれるならそれにこしたことはない。そう期待して、アルバスは監督生の席を純血思想に傾倒しているドラコやパンジーに与えた。

 

「彼らが己の所業のせいで他寮生から何らかの行動を起こされたのならば、それはよい兆候だ」

 

「本気で仰っているのですか、校長先生?」

 

「……その様子では、単なる学生の口喧嘩、ではないのだね?」

 

「ええ。ロングボトムは複雑な事情を持つ生徒です。マルフォイは知らず知らずのうちに、彼の最も触れられたくない部分に触れて、ロングボトムの心を傷つけたようです。」

 

「……………………。ミスタ・マルフォイを監督生にすべきではなかったかもしれないな」

 

「ここ数年で最低の監督生であったことは確かでしょう。と言っても、スリザリンの男子で他に適任が居るとも思えませんが。ポッターはあまりにもトラブルに巻き込まれ過ぎますし」

    

 アルバスにしてみれば、過激思想を拗らせたまま大人になられるより、学生のうちに己の愚かさを省みる機会が得られるのであればそちらの方がよほど教育的だとすら思っていた。

 

 甘い考えであったと言わざるをえなかった。憎悪と怨恨はそこかしこで燻っていて、些細なことで容易に燃え広がるのだ。

 

「そのポッターは尋問官親衛隊として、権力を振りかざしているのかね?」

 

「いいえ。今のところは何も噂は聞こえません。双子の起こした悪戯を解決しつつ、双子と楽しそうに魔法を掛け合って居ましたが」

 

「……私はその光景を見て、昔を思い出しました。ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックの再来のような双子を止めようとしているのがあのポッターの息子だと言うのは意外ですが」

 

「ふむ。うまくやっている、ということか」

 

 ハリーを監督生に任じなかったのは、ハリーの精神状態がその職責に耐えられないだろうと判断しての慈悲の意味が大きかった。しかしそれ以上に、アルバスはハリーが権力や特権に溺れ、増長することを恐れた。

 

 その時、校長室にミネルバとアルバス以外の声が響いた。

 

「ふん、先ほどから聞いていれば不愉快極まりないな。伝統あるホグワーツにおいて監督生という制度をここまで蔑ろにしたのはあの女がはじめてだろう」

 

 

 肖像画のフィニアス・ナイジェラスのぼやきは歴代校長の総意だと言っても過言ではない。アルバスはうむ、とフィニアスに同調した。

 

「若者はいつも己を大きく見せるために何かしらの箔をつけたがるものだ。ドロレスもポッターも私達から見ればまだまだ若輩者には違いない。彼らを見守ってあげなさい、ミネルバ」

 

「……畏まりました。ですが、我々の忍耐にも限界というものがあります。我々は『見守る』だけです。宜しいですね、校長先生?」

 

 ミネルバは暗に、アンブリッジを潰しても良いかと問いかけていた。

 

 ホグワーツの教師陣は善人である。そして、全員が己の分野に関しては確固たる自信を持つ魔法使いでもある。己の職務に忠実で、教師として生徒に自身の研究成果を還元することにも躊躇はない。

 

 それは時に、不出来な同僚に対する厳しい視線となって現れる。単に仕事をこなせていないというだけならば、ミネルバもここまでドロレスに激怒はしない。

  

 しかし、ドロレスは職務を遂行している同僚のシビルに圧をかけ、免職に追い込もうとしていた。

 

 ホグワーツにおける新参者が、長く勤めた同僚を追い出そうとしているばかりか勝手な制度をぶち上げて規律を乱す。ミネルバが激怒するのも無理はないことだった。

 

 と言っても、彼らは善人である。

 

 意図的にドロレスの成果を妨害しようとか、ありもしない失点を作り上げて追い出そうと言うような真似は絶対にしない。

 

 ただ、ドロレスが何かしらで困っていようが一切手を貸さないというだけのことだ。

 

「……もしも」

 

 アルバスはあり得ないだろうと確信しながら、それでもミネルバに言い含めた。

 

「ドロレス・アンブリッジが己の行いを恥じて行動を改めるのであれば、そのときは君の手腕が試されることになるだろう」

 

「校長先生は冗談がお上手ですね」

 

 ミネルバもドロレス・アンブリッジが素行を改めるなどと思ってはいなかった。

 

 長く生徒や保護者を見続けた歴戦の教師として、ドロレスのような人間を教師として認めることはあり得なかった。

 

***

 

 

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