パーシー・ウィーズリーは以前より滞りなく雑務を終えられるようになっていた。
それはパーシー個人の成長……慣れ以外にも、アンブリッジに代わり補佐官達を纏めあげていた代理リーダーのミラー魔法省大臣付次官代理がチームの仲を進展させたことが原因だった。
ミラーは壮年の魔法使いで、アンブリッジがいた頃は寡黙に己の仕事をこなす実直な人だった。が、どうやら彼は能ある鷹であったらしい。
ミラー次官はアンブリッジが居なくなりチームの人員が減っている今、各々に割り当てられた仕事を見直すと独断で決定した。
「……レオーネ。ケビン。イグネイシャス。お前達の持っている仕事を見直す」
「待ってください。それではアンブリッジ次官の指示に背くことになります!」
パーシーより十歳は年上のブロンドの魔女、レオーネはアンブリッジを恐れていた。彼女はパーシーに対して好意的だったが、それはパーシーがアンブリッジから目をかけられていたからだとパーシーは理解していた。
ドロレス・アンブリッジは、部下達をマグルで言うところの馬車車のように働かせる一方で、各々の交流が最低限になるように仕事を割り振っていたことが判明した。
「私は賛成です。正直なところ、履修もしていないルーン文字の解読作業をやらされることにはうんざりしていましたから」
二十代前半の黒髪を刈り上げた魔法使い、ケビンはぐるりと周囲を見渡した。
「今まで仕事にミスはなかったのに、ですか?卒業後に独学で??」
「それくらい出来んで官僚が務まるか。……とはいえ作業効率は悪くてな。正直なところ、俺の手には余るんだ」
「数占いではOを取得していましてね。どんなおかしな表が来ても見抜ける自信がございます」
「その程度、ここでは当たり前のことよ。誇れることじゃない」
「そういう貴女はどれ程のものですかね??まさかE止まりだったのか?この間のグラフは間違っていましたが?」
「…………」
レオーネとケビンが口論をする姿を半ば呆れた目で見ていたパーシーは、ミラー次官代理から苦笑いを向けられた。
(ガス抜きだと思え)
と、視線で語ってくる。職場で下っ端のパーシーとしては眼前で繰り広げられるガス抜きを兼ねたいがみ合いには辟易していたが、それでもドロレスが居たときよりはマシだった。
ドロレス・アンブリッジが己の権力欲を優先するタイプであることに、パーシーはまざまざと思い知っていた。
ドロレスは、己の立場が取って代わられることを恐れていた。だから彼女はレオーネやパーシーを自分の派閥として遇する一方で、下克上しかねないミラーやミラーを支持するケビンにパーシーやレオーネが彼らの悪評をばら蒔いていたのだ。
ミラー次官代理は流石にこの状況を憂慮して、ドロレスによって蔓延していた誤解を解いた。ドロレスにいびられ続けたレオーネは未だにドロレスに対する忠誠心と恐怖心が抜けておらず、マウント癖や加虐的傾向も確認される。パワハラは伝染するものなのだとパーシーは理解した。
ドロレスの残した爪痕は深かった。レオーネはドロレスに弱みでも握られているのか強硬にミラーの指示はドロレスの意向に背いている、と主張したが、パーシーが説得して何とか折れた。
「レオーネ。聡明な貴女であれば現状の不味さは理解できるでしょう」
パーシーは必死になって訴えた。パーシーの目の下には大熊猫のような隈が出来ていたし、レオーネもおよそ女性としてしてはいけない顔になっていた。
「ドロレスの分の仕事が今の我々に分配されています。ですが、その仕事内容の分け方がおかしいために余裕がなくなっているんです!各々が得意分野を共有して効率化しなければ……眠る余裕すらなくなってしまいます」
パーシーはドロレスがホグワーツに赴任するためその代役として異動になった新入りだ。ドロレスはパーシーにあれもこれもと仕事を任せてくれたし、パーシーも期待には応えられたという実感はあった。しかし、問題は他の三人である。
ミラーはドロレスの代理として、大臣付次官としてファッジのブレインとしての職務を果たさなければならない。ミラーが担当していた分の仕事の一部はドロレスの手でケビン、パーシー、レオーネの三名に分配されたわけだが、その配分にも悪意が込められていた。
ドロレスに従順ではないケビンに対して過重な負荷をかける一方で、レオーネの得意とする分野への仕事はなかった。これはレオーネがドロレスに対して萎縮して能力を発揮できていなかったことも理由のひとつである。
ミラーは早急に改革に乗り出した。レオーネが何を言おうとも采配の権限はミラーにあるのだ。
レオーネが地位もない下級官吏一年目のパーシーの説得に耳を貸す道理などない。しかし、ミラーに歯向かうのが自分だけという状況にレオーネは耐えられず、あっさりとミラーに両手を挙げて従った。
効果は劇的だった。
しわが寄っていたレオーネの表情はミラーが指揮を執ってから改善した。レオーネの仕事をパーシーに回した分、レオーネは各局の同期や元上司、元部下らの伝手を頼りに山積みになっていた外交関係の書類を片付けていった。
ケビンの担当していた仕事をパーシーが担当してルーン文字による機密文書の作成に着手した。ケビンは数学の鬼であり、各局の提出してきたどんな数値の漏れも見逃さなかった。
「……つくづく癌だったな、あの『セルウィン様』は。出自も態度にも品というものがなかった。つくづく人の品性というものは態度に出る。そうは思わないか?」
ケビンが仕事の合間にカフェインを接種してそう呟いた。砂糖もミルクも入れない正真正銘のブラックコーヒーは、睡眠時間六時間であろうが頭をすっきりと覚醒させてくれる。六時間睡眠が可能になったのも、ミラーが指揮を執ってからだった。
「ここに居ない人の話をしても仕方がないでしょう、ケビン。頼まれた資料は完成しています。目を通して頂きたい」
「おっと。そうだった、お前は一応『セルウィン派閥』か。なぁ、『イグネイシャス』?」
どこか見下したような蔑んだ視線をパーシーに対してケビンは向けてきた。パーシーはポーカーフェイスを装い、何食わぬ顔で言った。
「生憎、私は人の生家がどこであれ気に出来る余裕はありませんので」
「俺は身分を偽る賎しい性根こそ問題だと思うがね」
パーシーもケビンも、会話の最中に杖を動かす手は止めない。無言呪文によって自動筆記により書類を作成していく傍ら、パーシーがケビンに対して反論をしようとした矢先にじりじりと電話の音がした。
「……はい、こちら大臣室です。はい、はい。……少々お待ちください」
「ミラー代理次官。執行部のアメリア・ボーン部長です。近頃、マグルの失踪事件が多発している件について大臣に報告したいとのことです」
「その件か。……おかしいな、先月アンブリッジに報告をあげた筈だが……」
(……ドロレス……貴女は……)
パーシーはミラーの表情から、ドロレス・アンブリッジが報告を握りつぶしていたことを察した。
ドロレスはファッジの機嫌を取るために、都合の悪い報告、つまりは、マグルの失踪事件や不審な事故といった例のあの人の関与が疑われるような一件について握り潰していたのだ。
パーシーの中でドロレス・アンブリッジに対して憐れみと嫌悪という二種類の感情が同居していた。ケビンのように、純血ないし良家の血統を重んじる考えの人間は魔法省には多い。
また、レオーネや以前のパーシーのように上司の意向を絶対とする人間も多い。出世のために右に倣えでその風潮に染まることを誰が責められるだろうか。
魔法省で出世したいと願った若手の官僚は誰もが何かしらで折り合いをつけるのだ。ホグワーツで四つの寮に配属された人間が、そういう人間になろうと努力するように。
そうやって周囲に合わせ、他人の顔色を伺い、機会が来れば今回のケビンのように己を出す。そういう社会だからこそ、ドロレス・アンブリッジという魔女もそうなったのだろうとパーシーは一瞬考えかける。
(……大臣付きのチームはファッジの独断で選抜されている。つまりはファッジがそういう人間をよしとしたわけだ……)
パーシーは初対面での自分に対するドロレスの態度を思い返した。地位が上であるのをいいことに、ウィーズリー家に対して見下した態度を取ってくる。
その裏には、不安定な立ち位置である自分自身に対する劣等感らしきものがあったのではないかとパーシーは思案する。
(……出自によるマウントか。……ドロレスも、昔さんざんされたのだろうか……)
出自を理由に偏見で接するケビンの傾向も、上司に媚びへつらおうとするレオーネの傾向も、地位による金銭と出世による名誉を望むパーシーの傾向も全てファッジが気に入って取り立てたものだ。これらの傾向は当然ドロレスにも存在すると見てよかった。
そうやって配られたカードを、ドロレス・アンブリッジは扱いきれなかった。ファッジは、ドロレスよりもミラーを取ったのだ。
わいわいと騒がしくじゃれ合いながら仕事に励むケビンとレオーネの姿は疲労の色こそあるものの、確実に以前よりも生き生きとしていた。ドロレス・アンブリッジの居ない職場は一致団結とはいかずとも、活力を持っていた。
(……申し訳ありません、ドロレス・アンブリッジ。貴女には恩もあります。ですが……)
パーシーは社会の仕組みというものの一端を見る思いだった。
ドロレスは、ケビンに対して出自を理由に何らかのマウントを取ったに違いなかった。パーシーが初対面のときドロレスからされたように。
相手の出自を理由に態度を変える。それは、かつてドロレスがスリザリンの誰かしからから受けたか、あるいは、スリザリンの誰かしらを見て覚えた悪意かもしれない。あるいは、魔法省に入ってから誰かしらから受けた悪意かもしれない。
確かなことは、その悪意をドロレスは昇華出来なかった。己の内にくすぶり続けた悪意を他人にぶつけた結果として、ドロレス・アンブリッジは己自身の居場所を無くそうとしていた。
(……この部署に、貴女の席を残す気はありません。純血主義者は危険すぎる。……ケビンとレオーネもそういう意味では不安だが……)
パーシーは心中でドロレスを見限った。受けた恩はある。美点も、わずかながら見出だした。しかし、英国魔法界をヴォルデモート達純血主義者から守る上で、ドロレスが英国のために働くとは思えなかった。己の保身と出世のためなら、容易くケビン達を切り捨てヴォルデモートに与するだろうと確信できた。
なぜならドロレスは、職場の誰からも好かれていなかったのだから。
「戻ってきたとしても居場所はないな、セルウィン様には」
そう嘯いて我が世の春を謳歌し(ながら激務に忙殺され)ているケビンが去るや否や、レオーネはポツリと一言呟いた。
「思慮が足りないわね、あの男には」
「……疲れているのでしょう。あるいは、カフェインの摂りすぎか。レオーネもレモンティーはいかがですか?酸味が脳を癒してくれますよ」
ふん、とレオーネは鼻を鳴らした。三十路手前の女性にしてはやや子供っぽく、負け惜しみのようにレオーネはパーシーに言う。
「このままミラーが立場を取って代われるほどファッジ大臣は甘くはないわよ。ドロレス・アンブリッジが己の抱えている案件全てをミラー代理に教えておく筈もない。ファッジは己の地位を安泰にしてくれる人間しか側に置くことはないわ」
「……どうでしょうか。僕には、仮にも大臣たるものが国家のための諫言を受け入れられないとは思えません」
パーシーの本音は別のところにあった。ファッジがヴォルデモート復活という現実を受け入れなかったから、パーシーは今無為な時間を過ごしている。本当ならばミラーやレオーネやケビンに対してファッジの誤りを明かしてヴォルデモート復活の真実を伝えておくべきなのだろうが、パーシーにはそれは出来なかった。
レオーネに対してもケビンに対しても、パーシーは信頼すべきではないと二の足を踏んでいた。新人の言葉など受け入れられる筈もないのだ。パーシーが思っているよりもずっと、魔法省の役人はそれぞれの政治的立ち位置や省内部の力関係に支配されていたのである。
***
グリフィンドール対スリザリンの試合開始2日前になって、スリザリンの談話室にはある掲示がなされた。臨時の教育令である。
スリザリン生達はドロレス・アンブリッジから下される教育令というものを冷ややかな目で見ていたが、今回のそれはいつもの身勝手な規則とは訳が違った。
教育令にはこう記されていた。
『いつ如何なる理由があろうとも、外部の人間ないし団体に対して不適切な言動および行動が見受けられた場合、監督生ならびに尋問官親衛隊はこれを罰する権限を有する』
この規則そのものは、監督生に与えられた権限である。監督生は寮生が寮の内部、あるいは学校内において喧嘩や問題を起こしたとき叱責し、指導し、処罰する。時間を取って罰則を与え、寮全体から適切な点数を減点する。
これは教職員の負担を軽減すると共に、寮生達の自主性を育て、監督生という形で生徒のリーダーシップを育むための規則である。尋問官親衛隊などという突然沸いた権限の持ち主がやっていいものではない。
だが今になってこんな教育令が掲示されたことに対して、察しのいいスリザリン生達はその意図を理解した。
「これって……」
ライデン・マクネアが友人のオーディン・オースティンと顔を見合わせる。
「……例の『応援歌』も不味かったりするのかな?でもまさか、僕らスリザリンの生徒達全員を罰したり出来ないよね……?」
オーディンは隣の部屋の生徒から押し付けられた応援歌を思い浮かべる。
『ウィーズリーこそ我が王者』。ウィーズリー家を嘲笑し辱しめるためだけの歌だ。ウィーズリー家に恨みもつらみもないマクネアやオーディンにとっては迷惑きわまりない応援歌だったが、歌わなければ寮内で悪目立ちしてしまう。それはスリザリン生にとって死活問題だった。
(……や、やった……!マジでやってくれた!すげぇ……!けど、これだけで止まるか……?)
常識的に考えてこんなものを世に出した瞬間、スリザリンの評判は地に落ちる。ハリーはまさにそれを防ぐためだけにわざわざこんな掲示をしたのだ。
「いいえ。ヤバいに決まってますわ。ポッターはやると決めたならやり抜く人間ですわ」
「えっ」
「アストリアさん??」
「ええ、そのアストリアですわ」
ローブの裾をつまんで淑女らしい会釈を返すアストリアに対して、困惑しながらもライデンとオーディンは礼を返す。仮にも純血の一族であるアストリアとは異なり、ライデンもオーディンも(話を合わせるために純血だと偽っているだけで)混血だった。
「……確かにミスタ・オースティンの仰る通り、わたくし達全員を処罰することなど物理的に不可能ですわ。罰則とは生徒一人一人のパーソナリティを鑑みて、相応しい罰となるものを与えるものですもの」
ですが、とアストリアは自信満々に胸を張った。
「わたくし達全員から一点を減点することはできますわ。……例の『応援歌』が流れた瞬間、スリザリンの点数は寮の人数分減点される。最悪一人あたり二点という可能性もありますわ。……そうなれば、応援歌を流す意味もありませんわね。歌を流して試合に勝ったところで、スリザリンの点数空になってしまいますもの」
アストリアはどこか嬉しそうな顔で、小癪なポッターですわ、とハリー・ポッターをなじった。
(嘘つけ。あんたポッターの身内だろ。姉さんが付き合ってる癖に)
マクネアは喉から出かかった言葉を抑えた。
スリザリンの内部で、マクネア達は肩身が狭い。『純血しか入れない』と主張しているが、実際にはマクネアは半純血だ。スリザリン内部では尊重されない出自なのだ。
自分たちと違って、アストリアをはじめとした純血の一族はそういう気負いがない。姉が平然とポッターとも交流を持ちながら、アストリアが後ろ指を指されることはない。
ライデンはそんなアストリアの心持ちが苦手だった。自信満々な態度の中に、自分が持ち得ないものを感じるからだ。己や、己の属する一族の繁栄のために尽くす『高貴さ』や、それが正しいと信じて疑わない『傲慢さ』。
それがあまりにも眩しく映るのだ。
「……えっとぉ。じゃあ……僕らは歌わないってことでいいですかね?正直、ポッター先輩に目ぇつけられたくないんで……」
「ええ、そういうことで構いませんわよ。試合では普通に観戦を楽しみましょうか」
ライデンはオーディンと共に逃げるようにその場を後にした。アストリアは取り巻きの女子と共に、ウィーズリーこそ我が王者の歌詞が書かれた羊皮紙を回収して回っていた。
***
「……本当にいいのか、ポッター。俺達は君に一切協力しないぞ」
「構いませんよ。もしも皆が歌ったとしても、減点は実行します。全て僕の責任でやりますよ」
監督生に与えられる個室にハリーは呼び出されていた。ケロッグ・フォルスターという七年生の男子監督生は、すまないな、とハリーに頭を下げた。
「正直、あの歌詞が流れてきたときは目を疑った。夢じゃないかと思ったよ」
「悪夢よりタチが悪い僕みたいな人間が実在する以上、何が起きてもおかしくはないですよ」
「はは。君も冗談を言うようになったね」
ハリーはケロッグ・フォルスターに対して話を通してから、スリザリンの掲示板に紙を貼り出した。事前の根回しもなくいきなり減点すると言うのは筋が通らないし、同窓生に対して警告はしておくべきだとハリーは理解していた。
ハリーの権限で減点することに対して反発と嫌悪感が沸き上がることは間違いない。むしろそれが主流で、スリザリン生全員があの忌まわしい応援歌を熱唱する可能性すらあった。
それでも、ハリーは動かずにはいられなかった。これが権力の濫用であり私的利用であるとしても。
「……ポッター。これは冗談だと思って聞いてほしい。あの歌詞を考えたのは、君の同級生の」
「先輩」
ハリーはケロッグの話を遮った。
「……止めましょう。それ以上は。僕は、あの歌詞をスリザリンの外に出したくはない。それだけです」
ハリーの翡翠色の瞳には闇が澄んでいた。ケロッグは少しハリーに気圧された。
「……君がそう言うなら、僕も言わない。ただポッター」
ケロッグ・フォルスターはマクギリスからスリザリンの純血主義過激派の立場を引き継ぐことはできなかった。半純血であり、裕福な家柄ではなく、魔法の腕が突出している訳でもなかったからだ。
ただそんなケロッグだからこそ、スリザリンの闇を誰より理解していた。
「……君のやっていることは、僕たちの後輩たちのためになることだと思う。純血主義は表には出してはならないものだと今なら理解できる。……だが」
「純血主義が醜態を晒している方が、君にとっては都合が良いのではないかな」
「そんなことはあり得ません。他所の寮の生徒から見れば、僕も純血主義のスリザリン生も同じです」
断言するハリーに対して、ケロッグはいいやと首を横にふる。
「君はね、『例外』なんだよ。どこを探しても、君のようなスリザリン生は他にいない」
ケロッグにはケロッグの思惑があったのだろう、とハリーは思った。彼があの応援歌を肯定するとは思えないが、かといって止めようとする勇気を持てたかどうかはわからない。
考え込むハリーをよそに、ケロッグは言葉を紡いだ。監督生としてスリザリンの後輩たちの将来を考えるが故の言葉だった。
「……あえて恥を晒して批判を受けることで、変わる人間も居る。そういう考え方もできるよ、ポッター。君は少し気負い過ぎている。スリザリンの闇を君一人で背負いきろうと言うのかな」
「……まさか。千年続いた闇が僕一人で背負いきれる程度のものな筈がないでしょう。僕は歴史の勉強はしてきたつもりですよ」
ハリーはケロッグの労りを笑った。笑っているのは口だけで、瞳は黒く澄んだまま。
「……僕はただ、こんなことで後輩たちの居場所がなくなって欲しくない。単なる我儘ですよ」
部屋から出ていくハリー・ポッターの後ろ姿を眺めながら、ケロッグは呟いた。
「……マクギリス先輩はポッターを評価していたけど、正直、扱える気がしないな。問題児のポッターとマルフォイが僕と同年代じゃなくてよかった……」
己の幸運に感謝しながら、ケロッグはNewtに向けた課題に取り組むのだった。
***
「……あ、あの……お疲れ様です、先輩……」
「ライデン・マクネア君ね。楽にして頂戴」
「ミス フランクもどうぞ。どんな紅茶をご所望かしら?」
「先輩のお勧めにあやかりたいです~」
ライデンは緊張のあまり少し音を立てながら椅子に座った。年代物のひじ掛け椅子はぎしぎしと音を立てる。
ライデン達DAに参加中のスリザリン生は、土曜日にホグズミードで集まっていた。純血主義なのではないかと噂されるカロー姉妹から声をかけられて嫌ですとは言えない。ライデンは胃の一部がひっくり返るような嫌な感覚を覚えながら、紅茶を口につけた。
「あっ……美味しいです」
肌寒さを和らげる熱と共に、まろやかな舌触りの紅茶が舌の先に入ってくる。ライデンが普段口にしているものよりも数段上の紅茶は、ライデンの緊張を解きほぐしてくれた。
「それは良かったわ。ヘスティアが選んだ茶葉なのよ」
「淹れたのはフローラだけどね」
双子姉妹とライデン、ラフタは暫くの間、DAでの話に興じた。と言ってもライデンは専ら聞き役だった。女子三人は姦しく、気になっている男子の話題やDAメンバーのちょっとした悪口で盛り上がり、ライデンは時折リアクションを取りながらその話を楽しんでいた。
フローラ・カローは最近ハッフルパフの男子が気になっているらしいが、ハッフルパフの男子には幼馴染みがいる……といった話を十分ほど聞いた後、フローラは本題を切り出した。
「……ポッターに、例の『応援歌』を密告した人間が居るらしいわ」
(……っ。うわ、やっべ。俺が密告したってバレてないよな……?こえー)
ライデンは初耳ですという雰囲気を装い、初々しい表情を貼りつけた。
「応援歌っていうと、あの……」
「『ウィーズリーこそ我が王者』ね。『教育令』が掲示されたのはそれが原因よ、きっとね」
「教育令そのものはよかったと思うわよ」
双子姉妹が教育令を高く評価していることにマクネアは驚いて突っ込みを入れた。
「えっと……何でですか?あんなアンブリッジの考えた命令なんて、誰も従いたくないじゃないですか」
「その……お二人は純血主義……ですよね?あの歌があった方が気持ちがいいのでは?」
ラフタとマクネアは二人で突っ込みを入れた。
カロー家も古くから続く純血と言われる名家だ。その血を継ぐ二人が純血思想教育を受けていない筈はないし、純血主義という前提で話すことがスリザリン流のマナーなのである。
果たしてヘスティアとフローラは口を揃えて言った。
『その通りよ』
「でもね」「でもね?」
「あんな歌歌って」「ヘイトを溜めて」
『私達に得なんてないわ』
「ご、ごもっともです」
一切の迷いもなく断言する双子姉妹に、マクネアは頷くことしかできない。
「私達はただでさえ肩身が狭いのよ。スリザリン生はね、マイノリティなの。それなのにこれ以上敵を増やしてどうするの?」
「あのアンブリッジのように人を考えなしに貶めるような人間はね。必ず後で手痛いしっぺ返しを喰らうのよ。当たり前だけどね」
双子姉妹は純血主義に対して肯定的な言動を重ねるアンブリッジにもいい感情は持っていなかった。
アンブリッジが言動を重ねれば重ねるほど、純血主義そのものの品位が貶められると言わんばかりだった。
「「それを理解していないバカが多すぎるの」」
「お、お気持ちはよく……本当によくわかります……!」
(……そうか。そう言えばこの二人、DAでは最近パフの生徒とよく話してる)
(……だからこそ、あんな歌が広まるのは困るわけだ)
双子のように『純血』であることが知れ渡っているスリザリン生こそ、『過激な純血主義者』を憎み恐れていた。
もう六年生となり、DAで目当ての人間と付き合おうという段階になって『純血主義』が理由で問題が起きればどうなるだろうか。
相手の男子もいい気分はしないだろう。カロー姉妹とは距離を置きたいと思うかもしれない。真っ当な神経をしていれば、特定の一族を貶めるようなグループの人間と付き合いたいとは思わないからだ。
ライデン・マクネアは複雑そうに見えて真っ当な神経を持つ双子に付き合わされた後、解放されてホグズミードから帰路についた。帰り際に梟小屋に立ち寄り、両親への手紙を持たせて送った。
(……でもまぁ。カロー姉妹にしろ、ポッター先輩にしろ。純血の家柄とか色々と気にして?自分のことだけじゃなくて俺みて~な木っ端のことまで気にかけてくれてんだよな)
ライデンのようなふつうの半純血の生徒と、アンブリッジのように純血主義に傾倒していった者とではいくつか違いがあった。
それは上昇志向の有無であったり、同級生や上級生と接するうちに、彼らの抱えている問題の重さや大きさに触れる機会を得たり。それらの小さな積み重ねを糧にして、自分なりの人生を歩もうとする意思の差でもあった。ライデンはいい意味で力を抜くことができる生徒だった。
ある意味、ライデン・マクネアのような生徒こそがスリザリンに求められる資質なのかもしれなかった。
(あーいうの見ると、俺んちは普通でよかったなーって思うわ。ありがと、父さん、母さん)
マクネアは内心で父母に感謝の祈りを捧げた。純血主義も、闇の帝王も、デスイーターという人殺しも。
ライデンにとってはすべて他人事だった。
少なくともこの時は。
***
「…………満足か?ポッター」
「……なんの話だ、マルフォイ?」
クィディッチの試合は終始スリザリンのペースで進んだ。
『ウィーズリーこそ我が王者』の応援歌は、流れなかった。ハリーはいざという時のために、コリン・クリービーに透明マントを貸し与えて唐辛子入り催涙ガスを持たせてスリザリンの応援席に待機させていた。ハリーの根回しが身を結んだのか、応援歌は流れなかった。
男子達はケロッグ・フォルスターの指示に従って、普段通りの応援を心掛けた。一方女子達を統制したのはカロー姉妹だった。双子の姉妹は女子達に睨みを効かせて萎縮させ、ウィーズリーのWの字も出ないように威圧していた。
それはあるいは、意中の男子に好かれたいという恋愛感情が純血主義の悪意に打ち勝った瞬間かもしれなかった。カロー姉妹は都合よく己の立場を使い分けた。純血主義者としての権力すらフルに活用して。
ライデン・マクネアはハラハラしながら試合の趨勢を見守っていた。
ハリーがゴールを決めて、遂にスリザリンは百九十点になった。その瞬間、試合終了のホイッスルが鳴った。スリザリンの観客生からはライデンのものも含めた悔しげな呻き声が、グリフィンドールの観客席からは首の皮一枚繋がったという安堵の声が漏れた。
試合は終始スリザリンのペースだった。スリザリンは新しく加入したチェイサーのブレーズ・ザビニを軸にグリフィンドールのチェイサー陣とキーパーのロン・ウィーズリーを翻弄した。
ウィーズリーはオリバー・ウッドの幻影を追いかけているのか、それとも別の要因でもあったのか、ハリーのフェイントに引っ掛かるなどしてペースを乱していた。そんな状況にあって、スリザリン生達はしっかりと統制されていた。ライデンはウィーズリーこそ我が王者の歌詞が流れなかったことに酷く安堵した。
試合終盤になって、ロン・ウィーズリーは遂に覚醒した。ビーター二人をチェイサーの補助ではなく、スリザリンシーカーの妨害とグリフィンドールシーカーの護衛につかせた。ウィーズリーはこの日百点を得点していたブレーズ・ザビニのシュートを二回連続で防ぎ、スリザリン生達は流れがグリフィンドールの手に寄せられていく恐怖をひしひしと味わった。
試合終了のホイッスルが鳴る最後の瞬間、ハリーとの一騎討ちに敗北して同点を許したロン・ウィーズリーは鬼気迫る表情をしていた。上手くなる人間の顔だとマクネアは思った。
(この屈辱を晴らすために、ウィーズリーはきっと死に物狂いで練習するんだろうなぁ)
「…………こえー。ポッター先輩のせいでグリフィンドールのキーパーが上手くなりそうじゃんかよー」
「……ま、まぁ……そのときはきっとポッター先輩が得点してくれるって……!」
「だな!」
ライデン・マクネアは親友と共に笑いあって帰路に着く。その時、監督生のケロッグ・フォルスターにファイア・ウイスキーを手渡された。
「すまないが、これをエイドリアン・ピュシーに届けてくれないか?勝利とはいかなかったが、今日はまずまずの出来だった。次も期待しているとフォルスターが言っていたと伝えてくれ」
「いいっすよ!お安い御用で!」
硬い瓶の中身を味わってみたいという誘惑を我慢してマクネアは選手控え室をノックしようとした。
が、漏れ出る声にマクネアはノックの手をピタリと止めた。
「…………僕のやり方に不満があるって言うのか、ポッター?」
「…………君のやり方?」
「応援歌でウィーズリー達を揺さぶる計画が、君のせいですべて台無しだ。わかっているのか?血の裏切り者の妨害さえなければ、僕はスニッチを取れていたんだ!」
「負け惜しみは止めろ。お前はチームのシーカーだろうが」
ザビニの正論にも、ドラコ・マルフォイは耳を貸さなかった。
「お前はいつもそうだ!スリザリン生の癖に、いつもいつも他寮生の味方をする!……ふざけるな!そんなやつがどうしてチームに居る!」
「僕がこのチームの勝利に貢献できるからだ。調子を上げたロンから得点できるのは僕かピュシーだけだ。グラハムにもそれは不可能だ」
ハリー・ポッターの声は沈んでいた。そんな声は聞いたことがないほどに落ち込んでいることは明らかだった。
(……こ、こえー。こえーよ。……で、でも……ちょっとだけ見てえ……!)
ライデン・マクネアは好奇心を抑えられなかった。控え室の硝子の窓から、ライデンはなかの様子を覗き見た。
「シーカーは僕だ。チームを降りろ!お前もザビニもこのチームには不要だ!」
マイルズもピュシーも苦い顔で立ち尽くす中、ハリーとザビニという二人組と、マルフォイ、クラブ、ゴイルが対峙していた。ドラコ・マルフォイはあろうことか、ハリーとザビニをチームから追放しようとしていた。
(……先輩ら、ヤベェ顔してる……)
一人一人の困惑や怒り、呆れ、失望といった表情の中でも、ハリー・ポッターの表情はもっとも印象に残った。
ポッターはドラコ・マルフォイに向けて、裏切られたという顔をしていた。それは失望と哀しみが入り交じった顔だったと、マクネアは思う。
「断る」
ハリーはあっさりとマルフォイの命令をはね除けた。マルフォイの唇はわなわなと震えていた。
「……そうか。つまり君は……クィディッチを利用したんだな。……クィディッチを使って自分を飾り立てたかったわけだ。クィディッチに対しては真摯だと思っていたのに」
ハリーの声はどこまでも沈んでいた。
ライデン・マクネアは知らなかった。
クィディッチだけが、ハリーとドラコを繋ぐ絆であることを。
他の何に対して不誠実で、他の何を踏みにじろうとも。クィディッチだけは神聖で侵してはならないものの筈だった。二人にしかわからない絆があったのだ。
ハリーはもはやかける言葉もないと、マルフォイから背を向けた。
「……っ!」
その背中に声をかけることが出来ないマルフォイを置いて、ハリーは出口まで歩いてくる。ザビニもハリーに続いて歩いてきた。ライデンは咄嗟にその場を離れ、クィディッチメンバーの誰にも遭遇しないよう必死になって寮に戻った。
ライデン・マクネアは寮への帰り道の途中にミセス・ノリスに見つかり、フィルチへとファイア・ウイスキーを献上する羽目になった。エイドリアン・ピュシーは、同級生からの贈り物を受けとることは出来なかった。
アンブリッジはこの二次創作だと純血主義者からも呆れられております。
まぁ当然ですね。
そしてハリーはなあなぁにしたかった現実を突き付けられ続けています。