蛇寮の獅子   作:捨独楽

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足抜けした闇魔術師はセカンドライフを謳歌する

 

 ワルデン・マクネアは誤って人を害した魔法生物を殺処分する仕事を終えて帰路につこうとしていた。

 

「やぁワルデン。今日はもう上がりかい?」

 

「エイモスか。今回の仕事はまったく楽しくもなかったのでな。さっさと帰って妻の手料理で気分を変えようと思う」

 

「ほう、君がぼやくとは珍しいな」

 

「通報を聞いて駆けつけて見れば、スウーピングエビルが人を襲っている最中だった。……飼い主は密猟者から購入したようで、飼育に必要な免許も持っていなかったよ」

 

 

「……何てことだ。……また密猟者が活性化し出したのか」

 

「連中は幾らでも沸いて出る。需要が有る限りはな」

 

 スウーピングエビルは危険度XXXXの魔法生物である。青く美しい羽根は見るものを惹き付けてやまず、富裕層を中心に根強い人気がある。が、危険度XXXXは、魔法使いでも死ぬ可能性がある魔法生物だ。

 

 スウーピングエビルもその例に漏れず、人間の脳を貪り喰らう食性と、いくつかの魔法を弾く外皮を持つ。気を抜いた魔法使いを殺害できる怪物なのだ。

 

「……そうか……それはまた、君も災難だったな。会議の議題に上げておこう」

 

 マクネアは内心ではやめておけ、と言おうとした。

 

 どのみち闇の帝王が復活を公にすれば、木っ端密猟者に構っている余裕などなくなる。これから先は地獄が続くことになるのだ。

 

「そうか、それは助かる。俺個人としても、殺さずにすむならそれに越したことはないからな」

 

 それを分かっていてマクネアは魔法省でできた友人の仕事に感謝した。魔法省への潜伏。偽りの平和の演出。それがマクネアの役割なのだ。

 

 

 

「……どうだ?今度の休日に私の家で友人達とパーティーをする予定があるのだが、気分転換に君も来てみないか?奥方も連れて」

 

「気を遣うな、エイモスよ。俺としては一人で居る方が気楽なのだ」

 

 マクネアはエイモスに感謝しつつ、逃げるように誘いを固辞した。

 

 以前までであれば、迷いなくエイモスの誘いに乗り魔法省職員としての自分を演じることができた。かつての過去も忘れて、何食わぬ顔で生きることができた。

 

 しかし、今のワルデン・マクネアにはそれが出来ない理由があった。

 

***

 

「あああなた、お帰りなさい。ご友人のガーレンさんがいらしているわよ」

 

「……あ、ああ、そうか。……久しいな、ガーレン」

 

 テレポートで自宅へと戻ったワルデンは、自宅を訪れていた見知らぬ友人に対して必死になって笑いかけた。

 

 そのロシア系の男は金色の髪の毛を持つ四十代前半の精悍な顔つきの魔法使いだ。しかし、それは仮の姿である。

 

 ガーレン正体はコンジュレーションによって顔と体格を擬装したアントニン・ドロホフであった。

 

 ドロホフは十数年前デスイーターとして活動する最中、あえて顔形を変えて行動することがあった。デスイーターとして活動するドロホフの容姿は有名で、引き込みたい普通の魔法族を勧誘する時に別人を演じることをワルデンはよく知っていた。

 

 古い友人と思いがけぬ再会をした、という設定で談笑し、ガーレン(という設定のドロホフ)は何食わぬ顔でマクネアの家から出ていった。

 

 ワルデンは妻の飲み物に眠り薬を盛り、妻を寝かしつけるとドロホフを家に招いた。

 

「……何のつもりだ、ドロホフ。……我が君からの命令は下されていなかった筈だが」

 

「フフフ、なぁに。俺はお前達がしっかりと我が君の命令に忠実かどうか監視するように申し付けられている。……旧い友の幸せを祝うことくらいは許せよ、ワルデン」

 

 ドロホフは尊大な態度でソファに腰掛けると、煙草の煙を気持ち良さそうに吐き出した。煙の香りが充満するなか、ドロホフはワルデンに嫌らしく笑いかけた。

 

「……しかし驚いたよ、ワルデン。お前がまさかマグルを妻にするとはなぁ。あれほどマグルを躊躇なく殺害していた人間が、変われば変わるものだな、ええ?」

 

「妻はスクイブだ。……何の用件だと聞いている、ドロホフ。俺は自分の家にまで仕事を持ち込む趣味はない」

 

「ほう?それでお前は何人洗脳した?お前のガキからの手紙に出てくる『ディゴリー』とやらは落としたんだろうな?」

 

 ワルデンに与えられた命令は現状維持。闇の帝王の復活が気取られぬように慎ましく真面目に生きつつ、見込みのある人間をインペリオで従わせながらろう絡していく予定だった。

 

 

「……あいつは真面目なだけで役に立たん。それに覚えているだろう、俺は元々インペリオは使えん」

 

 しかし、ワルデンはインペリオは不得手だった。デスイーターとしての活動中も、使った魔法で言えば専らアバダケタブラによる殺害やクルシオによる拷問の方が多かったのだ。

 

 実際のところ、ワルデンはインペリオを友人に使いたくないと思っていた。偽りの平和であろうが、見せかけの友人であろうが、魔法省職員として作った友人に対しては仮面を被り続けていたかったのだ。

 

 気に入らない部下にハラスメントを繰り返す若僧は即効でインペリオにかけて手駒にしたが、それをドロホフに明かす義理はなかった。闇の帝王に報告済みの事を他の人間にわざわざ伝える必要はなかった。

 

「どうだかな。お前達は長い間ぬるま湯に浸かりすぎた。今の居心地のいい場所を棄てるのが惜しいのではないか?え?不忠者よ」

 

 ドロホフからの圧力が増す。ワルデンは内心の恐怖をオクルメンシーでおさえつけて、何食わぬ顔で言った。

 

「……何とでも言うがいい。我が君のためのお役に立てる時点で、俺の行動には意味があった。我が君のために身命を捧げる覚悟はできている」

 

 ワルデンの挑発を聞いて、ドロホフ側からの殺気が膨れ上がるのを感じた。

 

 マクネアはデスイーターとしての犯罪を隠して社会に溶け込み、闇の帝王を捜しもしなかった。ドロホフから快く思われていないのは当たり前だ。

 

 それでもワルデンには勝算があった。まだまだ自分達には利用価値があるという打算と確信が、ワルデンが虚勢を張れるだけの根拠になっていた。

 

 ルシウス・マルフォイが英国魔法界において無視できない影響力を保っていた恩恵を、ワルデン達は一身に受けていた。政治的、経済的にルシウスの影響力は大きい。ルシウス派閥のワルデンをドロホフが癇癪で処分すれば、闇の帝王の恐ろしさを知らしめることには繋がっても組織運営の面で不利益も大きくなる。

 

 それが分かっているからこそ、ドロホフは矛を納めて皮肉を言うにとどめた。

 

「ならばお前の覚悟、見せてもらおうか。俺についてこい、ワルデン。仕事だ。お前の本来の、な」

 

 そしてワルデン・マクネアは金髪のロシア人に擬装したアントニン・ドロホフとともにテレポートで家を出た。ワルデンのセカンドライフは、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

 

***

 

「……何だここは」

 

「一人暮らしの孤独な老人の住まう家さ。見てみろ、庭も手入れされていない」

 

「マグルは不便だからな」

 

 ドロホフの誘導に従いワルデンが訪れたのは、かなりくたびれた住宅だった。

 

 サボテンやマリーゴールドといった花の植木鉢は手入れが行き届いておらず、雑草が伸びきっていて家の扉にまで触手を伸ばしている。ワルデンは内心の嫌な予感を抑えつつ、では俺が行こう、と先陣をきった。

 

(……こういう場所は、逃亡者が隠れすむには持って来いの場所だ)

 

 ワルデンの脳裏に十七年前の記憶が甦る。

 

 闇の帝王に勧誘されながら与することを拒否した魔法族はいた。彼ら彼女らは用心深く他人を信用せず、ひとところに落ち着かずにあちこちを転々として闇の帝王やデスイーターから逃げ回った。

 

 そんな魔法族も文明の光は恋しいのか、マグルの空いた住宅地に隠れ潜むことが多かったのだ。ワルデンはいつ死の魔法や失神呪文の閃光が飛んできてもいいように構えながら、ドロホフの盾になるよう自分から進んで前に出た。

 

 はたして、ワルデンの懸念は的中しなかった。その家に住んでいたのは、八十歳になろうかという老婆一人だった。魔法的な罠など何一つない。この家の持ち主であろう老婆一人と、質素だが品のいい調達品だけがあった。

 

「……??」

 

「……くっく。腕が錆び付ききっている訳ではないらしいな。ワルデン、命令だ。ソイツを火薬に変えろ」

 

 困惑気味のワルデンをよそに、どこまでも残酷な命令は下された。ワルデンの脳裏に去来したのは、罪悪感だった。

 

「…………………………」

 

 ワルデンは即座に老婆を火薬樽に変えた。老婆の瞳が樽の側面から出て、現実を受け入れられないという風にワルデンを見てくる。

 

 ワルデンは思わず目を背けた。そんなワルデンをよそに、ドロホフは火薬樽を己のトランクの中に無慈悲に投げ入れた。

 

「よし。よくやった、ワルデン。これからも宜しく頼むぞ」

 

 ニコニコと満面の笑みでワルデンの肩を叩くドロホフに対してワルデンが出来たことは、笑うことだけだった。

 

「ああ、ドロホフ。……お安い御用だ」

 

(馬鹿め。何を勘違いしていた?俺は?)

 

 ワルデン・マクネアはドロホフに微笑みながら、心の底から己を嘲っていた。

 

(真っ当な人間のフリが出来るなどと……本気でそう思っていたわけでもないだろう?思い上がるなよ)

 

 

 そしてこの日から、妻と同じマグルを変身させ、あるいは殺害して死体のストックとするワルデン・マクネアの生活が始まった。

 

 ワルデン・マクネアの辞書に、勇気という言葉はなかった。

 

 付き合いだした女性がマグルと知りながら結婚を諦める勇気が。

 

 己の過去を省みて、息子にスリザリンに入らないよう教育する勇気が。

 

 己自身の過去の行いを償う勇気が。

 

 ルシウスをはじめとしたデスイーター仲間と縁を切る勇気が。今の仕事も、ルシウスの口添えのお陰で得たものなのだ。ワルデンには己自身の天職を諦める勇気など存在しなかった。

 

 己自身の過去を妻や息子に打ち明ける勇気が。

 

 そして何よりも、現在進行形で罪を重ねることを拒否する勇気が。ワルデン・マクネアには存在しなかった。




マクネア家とマルフォイ家の崩壊まであと少し。
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