蛇寮の獅子   作:捨独楽

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理想と現実

 

「もう切り替えましょうよ、ハリー。……ハグリッドも帰ってきたんですから……」

 

 寮の部屋でアズラエルはそうハリーに語りかける。アズラエルの手は、自動筆記魔法によって淀みなく動き続けている。

 

「……うん、分かってるよアズラエル。ハグリッドにアクロマンチュラのことを詫びないといけないしね……」

 

「アレ、黙ったままにしませんか?アクロマンチュラがあんなところに居るなんて想像できませんでしたし、事故ですよ、事故」

 

「そういう訳にはいかないよ。ダンブルドアかプランク教授が話してるはずだ」

 

 クィディッチの一件以来、ハリーとドラコの決裂は寮内でも分かるほどに決定的に表面化した。気落ちしているハリーを見かねてアズラエルが励ますものの、ハリーの気分は晴れない。ドラコのこともあるし、ハグリッドが帰ってきたことで、森に立ち入ってアクロマンチュラを殺害したことを報告しなければならないという義務感でハリーは憂鬱な日々を過ごしていた。

 

 ドラコ率いる純血派閥はとうとうハリー達へグリフィンドール生に対して行なうような態度を取りはじめた。大半は幼稚な嫌がらせで流せる程度のものだった。

 

 ほとんどのスリザリン生はドラコにもハリーにもつかずことの成り行きを静観していた。ハリーとは関り合いにならない方が身のためだと感じたのだろう。

 

「あんまり陰気な顔をするのはやめましょう。俺らはよくやった。あの歌は存在しなかったし、マルフォイも外に悪事は露見していない。それでいいはずです」

 

「……ああ」

 

「権力を振るってしまったことを後悔してるんですか?」

 

「まさか。今さらそんなことを悔やんだりしないよ」

 

 変身呪文の長いレポートを書き終えたアズラエルが皮肉げに笑ってハリーに問いかけた。

 

「確かに、尋問官の権力なんてものを使った君は薄汚れているでしょうがね。『ウィーズリーこそ我が王者』が流れていれば痛い目を見るのはマルフォイでした」

 

「君の行動はスリザリンの、あと、マルフォイの外部に対する評判を救ったと思いますよ、僕はね」

 

「……どうかねぇ」

 

 アズラエルはそう言ってハリーを励ます。が、部屋に入ってきた声はアズラエルの意見に否定的だった。

 

「ザビニは違うと言うんですか?僕は上場廃止寸前だったマルフォイの株価をそのままにとどめたくらいには大きな効果があったと思いますが」

 

 ハリーは魔法薬のレポートを書き終えると、ザビニの方へ目を向けた。

 

 ザビニはスリザリンクィディッチチームの一員として華々しいデビューを飾ったことで、スリザリンの外にファンを増やしていた。何人かの女子からから告白(ザビニ曰く、そういう趣向の罰ゲームらしい)を受け、今日も寮に戻るのが遅くなっていた。

 

「ああ?マルフォイにそんな価値があるわけねーだろ。……あのよ、ハリー。マルフォイのバカの尻拭いするのはこれで最後にしねえか?」

 

「尻拭い?何を言ってるんだ、ザビニ。今回のことは僕が勝手にやったことだ」

 

「……あんな馬鹿げた歌を寮の外に出すわけにはいかないよ」

 

 アズラエルは少し思うところがあるようにザビニから目をそらす一方で、ハリーはザビニに反論した。

 

 マルフォイがやらかした内容がどうであれ、それを解決するために権力を選択したのはハリー自身の責任だった。ハリーはそう思っていたからこそザビニに迷わず反論したのだが、ザビニは顔をしかめていた。

 

「ファルカスの死を侮辱して。寝たきりの患者を侮辱して。ウィーズリー家の侮辱未遂までして。あいつはこの短期間で何回ライン越えてんだよ。お前だって気付いてんだろ?あいつが救いようがないカスだって」

 

「……」

 

 ハリーの脳裏にこれまでのドラコの姿が浮かび上がる。

 

 一年生の時、ハリー達を妨害してきた姿。

 

 トライウィザードの大舞台の中で差別発言をした姿。

 

 ホグワーツ特急の中でファルカスの死を嘲ってきた姿。

 

 ネビルの前で知らなかったとはいえセントマンゴの患者を侮辱した姿。

 

 そしてウィーズリーこそ我が王者の歌詞をスリザリン生ほぼ全員に配布したと認めた姿。

 

(……クズだ……言い訳のしようもなく……どうしようもなく……)

 

 一方で、ドラコとの楽しい思い出もハリーにはあった。ほとんどはクィディッチに限るが。

 

 

 ドラコの行為に関しては、勝つためという正当性を得たことでブレーキがきかなかったと言い訳はできる。スリザリンの理屈では、勝つためならばあらゆる手を尽くすことは当たり前のことだ。

 

 ハリーがマルフォイよりロンを選んだのは、マルフォイのスリザリン的なやり方に異を唱えたからではない。

 

 ただ、ロンを守りたかった。あの歌が流れることでスリザリン生と他の寮の生徒が対立する、あるいは軽蔑され距離を置かれることが耐えられなかったからだ。

 

「……………………社会一般で許されるラインを超えているのは僕たちも同じだ。マルフォイのことをとやかく言えはしないよ」

 

 ハリーはザビニに即答出来なかった。丸々一分ほど脳裏に浮かび上がったマルフォイの醜態は確かに褒められたものではなかったが、それだけのやつではないと知っていたからだ。

 

 

 ザビニがここまで言うのもハリーの立場を考えてのことだとハリーは分かっている。ザビニはドラコのことをロンやアズラエルに負けず劣らず嫌悪しているが、だからと言って陰口で楽しむような性根ではない。少なくとも、ハリーはそう思っている。

 

「マルフォイと俺らで決定的に違うことがあるぜ。少なくとも、俺たちはあそこまで陰湿なことはやらねえってことだ」

 

 

 ザビニは軽く笑うと、着替えとタオルを用意してバスルームへ行こうと身を翻した。

 

「……あいつがやろうとしたことは、クィディッチに対する侮辱でしかねぇ。父親のルシウス・マルフォイと同じさ」

 

 ザビニは普段ならば絶対に言わない言葉を吐いた。

 

 

「そういう極端な言い方はやめろ、ザビニ。……少なくとも、マルフォイは人殺しじゃない」

 

 ハリーはマルフォイの行為が屑であることは何一つ否定できなかったものの、だからといって父親と同一視するほど見捨てきれてもいなかった。ザビニはハリーを振り返らず、鼻で笑って言った。

 

「本当にそうか?少なくとも、あの歌が流れていたら双子やロンはあいつを殺してえと思っただろうし、俺たちもロンと仲良くなんて出来なかった筈だぜ」

 

 

「………………」

 

 ザビニの言葉は正しかった。虐められてきたハリーだからこそ、虐められた側が加害者に抱く憎悪は誰より理解していたからだ。今度こそ何も言い返せないままザビニの背中を見送ったハリーに、アズラエルは優しく言った。

 

「別れた彼女に執着する男みたいな顔しないでくださいよ、ハリー」

 

「……は?何を言ってるのアズラエル?」

 

 アズラエルの言葉の意味が解らずハリーは素で聞き返した。アズラエルは腕を組みながら言う。

 

「……後輩たちに頼まれたから、というのも理由のひとつではあるでしょうけどね。マルフォイのことを大事にしているのは明らかですよ。君の行動を冷静に外から見ていると、甲斐甲斐しくマルフォイを介護しているようなものです」

 

「か……」

 

(いや……何だそれ?)

 

 絶句するハリーに対して、アズラエルは冷静に問いかけてきた。怒りが絡まなければアズラエルは冷静に物事を判断することが出来る。今日のアズラエルはハリーの内心を知るために持ち前の冷静さを活用していた。

 

 

「ザビニは君のことが心配だったんですよ。僕もそうです。君はどうしてマルフォイに尽くしてるんです?いい悪いじゃなくて、理由が聞きたいですね」

 

「それは……マルフォイがスリザリンだからじゃないか?」

 

 自分のことながら、ハリーはマルフォイのことをもう友達だとは言えなかった。

 

 クィディッチを通しての友情はあった。筈だった。少なくとも今回の一件までは家の事情による対立はあれど同じチームの選手として友情を感じていた。

 

 が、今もそうだとは口が裂けても言えない。そして、それでもハリーはマルフォイの行為を軽蔑しても、マルフォイを憎みきれてはいないということは確かだった。

 

(……何でだ?……どうして僕は……)

 

 ハリーの脳裏を過るのは、マルキン婦人の呉服店で初めて出会ったときのマルフォイの姿だ。みすぼらしいハリーのことを少し見下してはいたが、それでもダーズリー家を離れて不安になっているハリーに魔法界やスリザリンのことを教えてくれたドラコの姿だった。

 

 ハリーはあの時感じたことを思い出した。ハグリッドに蛇語を話せる人間は珍しいと言われたときのことを。

 

 

 

 スリザリンに入れば、顔も知らない立派だったという両親を超えられるかもしれない。

 

 スリザリンに入れば、蛇語が使える自分にも、友達が出来るかもしれない、と思ったことを。

 

 

「……多分あいつが同じスリザリン生で、監督生だからだろう。監督生がだらしなくちゃあスリザリンの沽券に関わるからね」

 

 アズラエルにハリーの持っていたマルフォイに対する感謝の気持ちを伝える気にはなれなかった。それはアズラエルやザビニや、ロン達に対する裏切りだと思った。

 

 アズラエルは眠りにつくハリーの背中に追い討ちをかけた。

 

「……ハリー。スリザリンの同輩として仲良くしようとしたって無理な話です。あいつの親がデスイーターであるかぎり、ルシウス・マルフォイの末路は牢獄か、棺の中です」

 

「ドラコ・マルフォイは僕達のことを許さないでしょう。僕やネビル・ロングボトムがあいつの父親を地獄に送りたいと思っているようにね」

 

 ハリーは眠ったふりをしながら、この気持ちは自分の中でとっておくことに決めた。

 

***

 

「へぇー、ポッターでもパトロナスは出せないんだな!意外だなあ!」

 

「こらザカリアス、失礼だろう?やめろよそう言うのは。お前だって出来ない癖に……」

 

 DAの内容は皆が学びたい面白そうな魔法を覚えていく、という形式になっていた。

 

 決闘クラブ式の決闘術を本気で学びたいという生徒はそうはおらず、人気があるのは見映えがよい優れた魔法だった。ロンやセドリックが講師となってエクスペクト・パトローナムを実演して見せると、DAメンバー達はすぐさまそれを自分もやってみたいと言い出した。

 

 セドリックだけではなく、ロンも有体のパトロナスである銀色のテリアを召喚して見せたからだ。

 

 誰もがハーマイオニーやセドリック・ディゴリーのようにストイックになれるわけではない。難易度の高い魔法になればなるほど、魔法の理論を理解して、血の滲むような鍛練を繰り返した上で習得できるかどうかになってくる。

 

 ロン・ウィーズリーは本人はたびたび言うように、凡庸を地で行く人間だった。実際にはポッターと親しくたびたび死地を潜り抜けてきた英雄なのだが、普段の言動やこの間のクィディッチでの大失点がそうとは感じさせない。

 

 ロンが有体のパトロナスを出せたことを見て、ジニー・ウィーズリーをはじめとしたそれならば自分も出せるかもしれないとDAメンバーは色めきだった。

 

 が、ほとんどのDAメンバーは微かな銀色の煙を出すことで魔法力を使い果たしていた。

 

 アーニーも例外ではない。見るは易し、するは難しで、自分の中の幸福な記憶を魔法力に変えるには、まず自分が自分にとっての幸福を認識していなければいけないのだ。

 

 ザカリアス・スミスはまだ銀色の煙も出せておらず、周囲に比べて遅れている自分に対して明らかに苛立っていた。その苛立ちを解消するために、ザカリアスはパトロナス召喚ができないポッターを見て安心しようとしていた。

 

 

「いや、ポッターはパトロナスが出せた筈だよね。三年生の時に見たよ。綺麗な銀色の蛇だった」

 

 グリフィンドール生の穏やかな黒人生徒、ディーン・トマスがハリーをフォローする。が、ハリーは苦笑していた。

 

「ああ。今はそういう気分じゃないからね。……そのうち出せるようになるよ、きっとね」

 

 ハリーはディーンに対して言ったものの、ディーンもアーニーも気の毒そうにハリーを見た。アーニーはすぐにザカリアスをハリーから遠ざけると、ザカリアスを叱責した。

 

「人の心とかないのかい、君は?友達が死んだ後でパトロナスを出そうなんて……」

 

「……じゃあ、アーニーは気にならないのか?ポッターは出せないんじゃなくて、出そうとしてないだけかもしれないんだぞ?」

 

「は?」

 

 目を丸くするアーニーに対して、ザカリアス・スミスの指摘は悪意にまみれていたが鋭かった。

 

「……あいつは闇の魔法使いかもしれないってデイリープロフィットの記事で出てただろ。闇の魔法使いじゃないなら、出して身の潔白を証明する筈じゃないか」

 

 

(……そう言えば、あのサーペンタリウスも闇の魔術を学ぶべきだと言っていたけど……)

 

 アーニーの中にハリーへの疑念や闇の魔術そのものに対する嫌悪感が沸き上がる。ザカリアスの推測そのものは当然の疑問だ。

 

「闇の魔法使いだからパトロナスを制御できずに殺される。だから、ポッターはあえて出さないんじゃないのか?」

 

(……そうかもしれない。……でも……)

 

 アーニーはハリーから直接説明を受けていた。尋問官親衛隊という地位を得ながらDAよりさらに危険な訓練を積みたいという理由を。

 

「馬鹿げた記事の読みすぎだぞ、ザカリアス。大切な人が殺された人間が本当の幸福を感じられるとしたらそれは単なるサイコパスじゃないか」

 

 アーニーは強い口調で、もうとにかくデリカシーのないことは言うなよ、とザカリアスに釘をさした。本気で人を殺すことを考え、そのための訓練をしている人間が幸福な記憶を絞り出すことは容易ではない筈だと思い至ったからだ。

 

 ハリーはザカリアスのことなど気にもとめていなかったのか、シノの出した煙草の煙のような銀色の霧を褒め称えて笑っていた。シノの出した煙は、グリフィンドール生のネビル・ロングボトムとザムザ・ベオルブにかかってごほごほと二人を咳き込ませていた。

 

 アーニーはザカリアスのことを詫びようかどうか迷ったが、楽しそうにしているハリーに水を差すのは悪いと思い、ハナやスーザンのところに行ってパトロナス召喚の訓練に戻った。

 

***

 

 DAの集会後、アーニーはセドリックのもとを訪れていた。ヘッドボーイではあるものの、セドリックの個室は監督生個人に与えられる部屋と何ら変わりはない。

 

 セドリックの監督生室にはクィディッチ・ワールドカップの際のビクトール・クラムのポスターが掲げられていた。アーニーはポスターのクラムがこちらを見てくるのを気まずく思いつつ、セドリックに疑問を打ち明けた。

 

「あのう、セドリック先輩。僕たちのやろうとしていることは、本当に正しいことなんでしょうか?」

 

「……それは例の訓練に関してかい、アーニー?」

 

 セドリックの瞳はどこまでも深く理知的な光があった。アーニーはええ、と深く頷いた。

 

「ポッターはダンブルドアにも魔法省にも黙って訓練を積んでいます。これはもう、状況がそうするしかないほどに悪いからで。例のあの人相手に少しでも生き残る確率を上げるためにはそうするしかないということなんでしょうけど……」

 

 アーニーはばつが悪そうに言った。

 

「……人を殺そうとしているポッターを見ていると、本当にそれが正しいのか確信が持てなくなってしまったんです。彼がパトロナスを出せなくなっているのも、そういうストレスが原因なんでしょう?」

 

「恐らくはそうだろうね。あるいは闇の魔術を使った後遺症か。だけどこれはもう、割り切るしかないことだ」

 

 セドリックはアーニーの言葉に頷いた。その上で彼は断言した。

 

「……割り切る?正しくないことをですか?」

 

「割り切るのは僕たちじゃなくて、ポッターがだよ、アーニー?僕たちはどこまでいっても外野だ。ポッターの心の内側を覗き見る権利はないし、彼の内面に関してとやかく言う権利もない」

 

 セドリックはアーニーの表情を見た上で優しく言葉を続けた。優しく、そして残酷なほどに厳しい現実を。

 

「戦いが続けば、ポッターが幸せなんてものとは遠ざかっていくことは間違いない」

 

 

「僕らもバカじゃない。『それを分かった上でハリーを利用しよう』。アーニー」

 

「……利用ですか。……それは、ポッターが例のあの人と戦う過程で『正しくないこと』を黙認しようということですか……?」

 

「そうだよ。今更だろう?」

 

 セドリックは厳しく腕を組んでいた。優しい人が不意に見せる厳しさには、それだけの覚悟というものが感じられる。セドリックの言葉を聞くアーニーにも緊張が走る。

 

「一年生の時のクィレル教授。二年生の時のバジリスク討伐。三年生の時のデスイーターの襲撃。四年生のトライウィザードと例のあの人。どれもこれも、生きているのがおかしいほどの試練ばかりだ」

 

「……それはポッターが自分から進んで味わった苦難と、そうでないものが混在しています」

 

 アーニーの声にはハリーに対する尊敬や感謝と、規則違反に対するほんの少しの非難が込められていた。

 

「ああ。彼は生き残るためにはリスクを取らなければいけないことを感覚で知っている。重すぎる代償を支払ってはいるけれど、それを知りながら僕たちは彼を時に英雄として崇めて、時に裏切り者と非難してきた」

 

「なぜなら、自分が彼の立場に立って死ぬようなリスクを背負いたくはないからだよ。例のあの人に狙われて生き残れるのはダンブルドアだけだ」

 

 セドリックの言葉は魔法界に育ったほとんどすべての魔法族にとっての事実かもしれなかった。生き残っているムーディや闇祓い達は精鋭中の精鋭であるのは間違いないが、例のあの人と遭遇しなかっただけとも言えるのだ。

 

 

「僕らはポッターを危険な目に遭わせることで自分の身を守ってきた。少なくとも例のあの人が打倒されるまでは、ポッターの多少の規則違反は大目に見るべきだと思う」

 

「間違っているのはポッターというより、僕たちの方ですか?」

 

 アーニーは歯痒い気持ちがあった。

 

 今は社会全体を守るための政府が機能せず、ただただ足を引っ張っているとハリーは言った。単に人手不足とか、頑張ったものの力及ばずという問題ですらない。最初から戦いをあきらめて放棄し、ダンブルドアに全てを押し付けて逃げるという最低最悪の異常事態。

 

 伝え聞いたファッジの愚行がちょうどハリーに全てを押し付けて、トライウィザードトーナメントでハリーの不正を疑った自分の姿と重なってアーニーは不快な気持ちになっていた。ハリーに対する罪悪感もアーニーにはある。それ以上に、公平さや正義というものに対する信頼が重いだけで。

 

「少なくとも、今はそうだね。魔法省が後もう少しまともであればポッターがあそこまで苦しむことはなかったと思うよ」

 

 ゴーン、と七時を告げる鐘の音が鳴った。セドリックはハリーに対して賛辞を送った。

 

「正直なところ、僕個人の意見としてはポッターは本当によく頑張っていると思っているよ。自分の身で置き換えて考えたら、ここまで露骨な掌返しを受けて正気でいられる自信がない」

 

「それでもセドリックは闇の魔術に手は出さないでしょう!」

 

 アーニーは即座に否定した。セドリックはアーニーだけではなく、ハッフルパフ生すべての誇りなのだ。

 

 誤った手段に手を出さず、規則を可能な限り守り、当たり前のこととして人に優しくする。それを行えるセドリックのことをアーニーは心の底から尊敬していたし、闇の魔術に手を出すなんて考えられなかった。

 

「……そうだね。ありがとう、アーニー」

 

 そう言った上で、セドリックはアーニーを優しく諭した。

 

「これから先も、ハリーは例のあの人に狙われる。その過程で規則違反はするだろうし、誤った手段を取るかもしれない。……けど、彼が生き残るためにできることをやらずに殺されるのをよしとは出来ないだろう?」

 

「……そうですね」

 

(……清濁併せ持つって、こういうことなのか……)

 

 セドリックはアーニーよりずっとリアリストだった。異常な状況を生き残るためにはリアリストになり、さらにアーニーのような人間に希望を見せるためにロマンチストを演じなければならないのだろうかとアーニーは思った。

 

 

 

「……アーニーには、まだ不安があるんだね?」

 

「そんなに分かり易いですか?」

 

「それなりに長い付き合いだからね」

 

 セドリックはアーニーの心に残るしこりを見抜いていた。アーニーもセドリックに対しては疑問点を打ち明ける。

 

「……いや……あの…………司法の判断に依らずにポッターが他人を殺害することを肯定して。もしもポッターが例のあの人の殺害に成功してしまったら……」

 

「……スリザリンのトップの首が例のあの人から、ハリー・ポッターに代わっただけで。スリザリンの……『自分のためになんでもする』っていう、邪悪な本質は何も変わってないってことになるんじゃないでしょうか」

 

 一年生の頃から規則を守り、『普通』に生きることをよしとしてきたアーニーにとってハリーの手法はかなりのストレスなのだ。社会的な正義や善というものに対して盲信的になっていると言ってもよい。

 

 渋るアーニーが口にした懸念は、セドリックも考えざるを得ないものではあった。

 

 

「……」

 

 セドリックは深く考え込んでいた。

 

(………………邪悪な本質、か……)

 

 セドリックにしてみれば、本質がどうのと議論できるような段階にないと思っている。

 

 何せ信頼していた隣人だった筈のワルデン・マクネア氏がデスイーターの一味だと聞いた後だ。絶対に人に闇の魔術を使わない性格のビクトール・クラムが操られた姿を目にしたセドリックにとって、手段の良し悪しについてとやかく言う余裕などない。

 

 まずは社会にはびこる癌細胞であるヴォルデモートとその支持者の排除を優先させるべきだと、セドリックの感情は告げていた。

 

 

「秘密裏にレジスタンスを組織したり、一歩間違えば闇の魔術を行使するような過激なやり方は好き勝手に暴れまわる、デスイーターと同じだということだね」

 

「ええ。……正直、自分でも考えすぎだとは思うんです。でも、このままポッターが勝ったとして。スリザリン出身の闇の魔法使いが、力によってポッターを倒して次の『例のあの人』が現れる。……そんな未来が待っているんじゃないかって思うんです」

 

「力さえあればそれでいいという時代が到来するのかもしれないと」

 

(……充分あり得る)

 

 セドリックはアーニーの言葉に頷くと、あり得ない話ではないな、と思った。

 

 そもそもグリンデルバルドが登場してから例のあの人が台頭するまで五十年も経っていない。魔法族の根底にあるマグル差別の感情や、それを肯定するスリザリンの教えが有る限り、ヴォルデモートの次の闇の帝王が現れる可能性は常にある。

 

 なぜなら人は忘れるからだ。

 

「アーニーは案外、執行部に向いているのかもしれないな」

 

「えっ……?」

 

「僕としては、ポッターの本質が善でも悪でも構わないと思っている。スリザリンの『目的のためなら手段を選ばない』やり方がどうあれ、まずは勝たなければ話にならない」

 

 セドリックははっきりとアーニーに自分の意思を伝えた。

 

「スリザリン生達のなかで例のあの人に立ち向かおうという人々は、きっと昔から居たんだ。ただ、例のあの人やその部下達に殺されるか脅されるかして残らなかった。ハリー達はスリザリンにとっても最後の希望なんだと思う」

 

 セドリックはアーニーを説得するためにあえて大仰に言った。

 

 

 

「第二第三の例のあの人が生まれる心配をする前に、『例のあの人』をこの英国魔法界から排除できなければ……」

 

「この国に未来はないからね。ハリー達はそれを肌で感じていると思うよ」

 

 セドリックの声を聞くアーニーの心中は重かった。セドリックは深刻な顔をして言ったわけではない。単に事実を淡々と述べただけだ。

 

「……あるべき理想の話をするよりも、まず現状の打開をした後で改善していくべき、ということですか?」

 

「そうだね。優先順位の問題だよ、アーニー。ポッターがあの人に勝てる可能性は限りなくゼロと言ってもいい。それでもポッターは例のあの人と戦うつもりだ。これは勇敢で、正しい行いと言えないかな」

 

「……いえ。大半の人たちより勇敢だと思います」

 

 アーニーもそれは認めざるをえなかった。

 

 動機が自分や身内のためとはいえ、殺人犯相手に立ち向かおうという人間が勇敢でない筈がない。それを勇敢ではない、と言ってしまうのは確かに贅沢な話だった。

 

 

「仮にポッターがあの人を倒したとしたら」

 

 セドリックは黒いフードをつけた人形を作り出して、眼鏡をかけた人形にフードの人形を倒させた。メガネをかけた人形には、緑色のローブが着せられている。

 

「それはスリザリンの中に、邪悪な闇の魔法使いを倒そうという良心や良識が残っていた、ということだ」

 

「……良心。ですか。……セドリック」

 

 アーニーの脳裏にザカリアスの言葉が過る。

 

(……もしポッターが闇の魔法使いだったら。危険すぎるよな……)

 

 

「……もしもポッターが暴走したとしたら……?」

 

 アーニーの言葉に対して、セドリックは迷わず答えた。

 

「そのときこそ、僕達がハリーを止めるんだよ。執行部でも闇祓いでもいい。自分達の社会は、政府の人間が自分達の力で守るのが『正しい』あり方だ。僕にはハリーが暴走するとは思えないけどね」

 

 セドリックはどこかハリーに対して入れ込んでいるようにも見えた。アーニーは完全に納得したわけではなかったものの、正義を実行するために必要不可欠なものが魔法省には欠けていたのだと、セドリックの話を聞きながら思った。

 

(……結局。『秩序』を維持できる『武力』や『ルール』を絶対だと思い込む『人数』が足りなければ、魔法使いをコントロールなんて出来ないんじゃないだろうか……?)

 

 アーニーはハリーやスリザリン生、ハリーを支持するネビル達グリフィンドール生に危うさを感じていた。

 

 正しいと信じる行いをするからこその集団の暴走。強大すぎる敵に立ち向かう恐怖からの過激化。そういったリスクを排除するためには、力と数を両立した政府の存在は必要不可欠だとアーニーは思う。

 

 力もないのに数しかないような組織のために本気で尽くそうと思う国民はいない。今の魔法省にそれだけの力があるのか、アーニーにはわからなかった。

 

(……スリザリンの……いや、例のあの人達の『規則を無視する傾向』。これを許すわけにはいかない。だから人々には規則を遵守させないといけない)

 

(……でも……そういう人間は嫌われるし、反発して規則を守らない双子なんかが持ち上げられたりする。アンブリッジやフィルチがいい例だ。ポッターが勝った後、まともな社会が残っているんだろうか……?)

 

 スリザリン的な在り方を危険視するのは当たり前のことで、アーニー・マクラミンは常識的かつ理性的にハリーやスリザリンを評価していると言ってもよい。アーニーは公正、公平なハッフルパフ生なりに、社会をより良くするためには何をすべきなのかを考えていた。

 

 

 

***

 

「……ハグリッド、お帰りなさい」

 

 ハリーはホグワーツへと帰還したハグリッドの見舞いに訪れた。ハグリッドの左頬には生々しい傷跡が残っているとルナから聞いていたが、改めてハグリッドの顔を見てそれが事実であることに驚きを隠せなかった。ハグリッドの強靭さを知っていたからこそ、ハグリッドがそんな目に遭うという事態がどれだけ異常かハリーは理解できた。

 

 ハリーはハグリッドに何があったのか聞きたい理由を堪えて、マートラップの軟膏をハグリッドへと差し出した。

 

「……ん、ああ。……ワシがハリーにそう言われることになるとはのう。いつも、ホグワーツに帰ってくる子達を迎え入れるのがワシの仕事じゃからな。……これ、ファング。落ち着かんか」

 

 

 ハリーがハグリッドの小屋を訪れたとき、ファングは帰ってきた主にすり寄って離れなかったが、ハリーを見るや否や怯えたように吠え立てた。ハリーは気にしないよ、とファングへと笑いかけたものの、ファングの警戒心をほどくことはできない。

 

 立ち上がってハリーへとお菓子を出そうとするハグリッドを止めたのはルナだった。

 

「あ、ハグリッドは座ってて。あたしがお茶を淹れるから~。ロックケーキでいいよね?」

 

「おお、すまんのうルナ。ティーカップはそこの戸棚にしまってある」

 

「盛り付けは僕にやらせてください!」

 

 ルナがティーカップや茶葉を用意し、コリンが魔法で盛り付けをしている間にハリーはハグリット相手に穏やかな気持ちで語りかけた。

 

「ハグリッドが居ないホグワーツはどこかおかしかったけどね。戻ってきてくれて本当に良かったよ。家に帰ってきたような気がする」

 

「……ウィルヘルミーナが聞いたら怒るぞ、ハリーよ」

 

「もうプランク教授は居ないだろう?」

 

 ハリーは屈託なくハグリッドに笑った。

 

 プランク教授はハグリッドよりも生徒達の受けは良かった。スクリュートの飼育授業はルナが飼育方法を確立したこともあり問題は起きなかった(問題が起きたときは死人が出るときなのだが)が、生徒達の心証は良くはない。

 

「……ハグリッド。今のホグワーツには魔法省の役人の監査がある。授業で聞かれそうなポイントや突っ込まれそうなところもある。幾つかアドバイスしたいことがあるんだけど、聞いてくれないかな」

 

 

 

 対してプランク教授は自らが飼育経験のないスクリュートに関しては一切手をつけず、自身の活動で目撃したサンダーバード等を生徒達に見せたことから高い評価を得ていた。教師生活三年目のハグリッドよりも経験豊富で教え上手なプランク教授に比べると、ハグリッドの拙さは明らかではある。

 

 が、ハリーにとってハグリッドは初めて魔法界のことを教え、ダーズリー家以外の世界を見せてくれた恩人だった。心の底からハグリッドの帰還を喜んでいたのは、ハリーに他ならなかった。

 

 だからこそ、ハリーは容赦なくハグリッドに頼み込んだ。スクリュートの飼育は今年に限ってはNEWTの受講希望者に限るべきであることや、危険性が高い魔法生物の授業では、必ず注意喚起を徹底して即座にフォローできるようにしておくことなどを。

 

 コリンが魔法で虹色に色付けしたロックケーキは従来の固さを失い、フォークで簡単に突き刺すことができた。シュラーク・サーペンタリウスがロックケーキに舌鼓をうつ間、ハリーの忠告にハグリッドは耳を傾けていた。  

 

「……しかしのう、ハリー。今回の旅で面白そうな魔法生物もおったんじゃが……」

 

「まだ自分でも飼育経験のない魔法生物を教えるのは良くないよハグリッド。最低限自分で育てたことのある生物じゃないと……」

 

「んじゃ~、今年頑張って育てられるようにしましょうよ。ね、先生?」

 

「……ううむ……仕方ないのう……」

 

 ハグリッドはなかなかハリーの説得に応じてはくれなかったが、弟子のルナの提案には渋々ながら頷いた。

 

「……それにしても監査か。そんなことになっておったのか今のホグワーツは。一体誰がこんな馬鹿なことを?」

 

「お役人の話によると、ファッジ大臣の肝煎りのようです」

 

 ロックケーキを食べ終えてナプキンで口元をぬぐったシュラはファッジを嘲笑った。

 

「例のあの人に立ち向かう勇気はなくとも、味方の筈のダンブルドア校長の足を引っ張る度胸はあるらしい。聖人のように優しい人間というのも困りものですね?ダンブルドア校長は素晴らしい方ですが、ファッジにはその優しさをつけこまれている」

 

 ハグリッドは真顔でシュラの言葉を聞いていた。

 

「お前さん……」

 

 

「えー?そんな難しい話されてもバカだから分かんないよ~」

 

「もっと楽しい話をしようよ、サーペンタリウス」

 

 ハグリッドの雰囲気が変わったことを察したのか、ルナは即座におどけて黙れというサインをシュラークへと送った。コリンも同様だ。が、シュラークは動揺する二人の様子を楽しんでいるのか、笑みを崩さなかった。

 

「僕達は先輩の協力者ですよ。今さら隠すようなことでもないでしょう?ポッター先輩」

 

 ハリーは黙ってシュラの言葉を聞いていた。ハグリッドに対してこれまでの諸々を打ち明けるタイミングを迷っていたハリーではあったが、こんな形になるとは思ってもみなかった。

 

「……そうか。覚悟を決めたのならええことじゃ。しかしのう……」

 

 ハグリッドはそっとシュラーク・サーペンタリウスの頭を撫でた。シュラークはハグリッドの手の力に驚いたのか、困惑してハグリッドを見ていた。

 

「……誰もがお前さん達のように強くあれるわけじゃあねぇ。ファッジのように長生きした大人であればあるほど、自分にできねえことが出来るやつが羨ましくて怖くて仕方なくなるもんじゃ」

 

「……お前さん達がそうなる必要はねえ。だが、そういう人間もいることだけは理解しておいた方がええ」

 

 シュラークはハグリッドに対して驚きの視線を向けていた。ハグリッドはにこりと笑うと、ハリーに視線を向けた。黒曜石のようなハグリッドの瞳には重い感情が宿っている。

 

「……ハリー、二人で話せるかのう?」

 

「……ああ。シュラーク、コリン、ルナ。ハグリッドと話さないといけないこともあるんだ。悪いけど……」

 

「いいよ。……じゃ、帰ろっか、シュラ、コリン。今日はそろそろ暗くなるし」

 

 シュラークやコリンと共に小屋を去るルナを見送ってから、ハグリッドは座ってハリーへと話しかけた。ファングはハグリッドの膝の上で丸くなっていた。

 

「……驚いたぞ、ハリー。お前さんが友達を増やせるとはおもわなんだ」

 

「危険に巻き込むことは分かってる。……死ぬかもしれない戦いに巻き込むことがどれだけ罪深いかもわかってる」

 

 ハリーは内心の罪悪感を噛み殺しながら気炎を吐いた。

 

「それでも必要なことなんだ、ハグリッド。この先、例のあの人との戦いが何年かかるかわからない。十年後まで戦っているかもしれないし、二十年後かもしれない。それでも、あの人と戦うには仲間が必要なんだ」

 

 ハリーの言葉を受け止めるハグリッドの内心は気が重かった。

 

(……この子は自分のやっとることの意味をわかろうと努力しとる)

 

(……じゃが……他の仲間達の命の重さを、十五歳のハリーに背負わせてええ筈はない……)

 

 ハグリッドはオーダーの主力としてデスイーター達と戦ってきた男である。

 

 戦場というものが綺麗事だけでは進まず、人の邪悪な一面を目の当たりにする地獄であると誰よりも知っている。そして、ハリーもそれを知っていることを言葉ではなく直感で理解してしまった。

 

「……責任を背負うのはええぞ、ハリー。悩むのもええ。じゃが、自分の悩みを心の中で抱え込むな」

 

 だからこそ、ハグリッドはハリーを叱ることはできなかった。叱ったところでどうにもならないことは幾らでもあるのだ。

 

「お前さんが悩んでおるのは、人の命の重さについてのことじゃろう。仲間を守るために何をすべきかじゃろう。そういう悩みは幾らでもすればええ。しかしのう、自分一人だけで全部やろうとしてはいかんぞ」

 

 ハグリッドはハリーから死相を見てとった。

 

 ギデオン・プルウェット。エドガー・ボーン。かつて闇祓いとして闇陣営と戦う責務と自負を持っていた高潔な魔法使い達は、死ぬ直前にしていた顔とハリーの顔は一致していた。

 

 自分の中で抱え込むしかない悩みや感情は人には幾らでも存在する。死んだ者達も、重すぎる悩みや現実に押し潰されて消えていった。

 

 その荷を少しでも軽くすることが自分に出来ることだとハグリッドは信じていた。だからこそ、ハリーが打ち明けるのを待った。

 

「……ハグリッド。実は、僕は……僕達はアクロマンチュラの生息区域に足を踏み入れてしまったんだ。……そこで僕は、アクロマンチュラを殺した」

 

 ハリーから打ち明けられた言葉の意味を理解するのに、ハグリッドは数秒の時間を必要とした。言葉の意味を理解したとき、ハグリッドはハリーを抱き締めていた。ハリーの左手にうっすらと傷跡が残っているのをハグリッドは目にした。

 

***

 

(……こうなったら、何としても手柄を挙げなくては……)

 

 ドロレス・アンブリッジは焦っていた。

 

 ハリー・ポッターがドラコ・マルフォイと険悪な関係らしいことを、ドロレスはスリザリン生のセオドア・ノットから聞いた。

 

 どうやらポッターが尋問官親衛隊の権限を用いてマルフォイの行動を妨害した、らしい。貴族のボンボンらしい発想でクィディッチの試合を混乱させようとしたマルフォイには呆れ返るが、本気で止めたポッターには呆れるどころではない。

 

(ポッターめ、余計なことをしてくれた……)

 

 紅茶に角砂糖を3個も投入しながらドロレスはイライラと尋問用の点検項目を追加していく。尋問のターゲットは、魔法生物飼育学の教師、ルビウス・ハグリッドだった。

 

 ドロレスはスリザリンの有力家系に対して覚えめでたくありたかった。セルウィン家の支援とファッジの承諾は得ているとはいえ、魔法省内でのドロレスの評価は地の底にある。安定して長期間に渡って高級官僚としての地位を維持するためには、純血一族とのコネクションが必要不可欠だった。

 

 しかし、ハリーがマルフォイと険悪となれば純血家系の支援を得ることは難しくなる。ドロレスには任命責任というものがある。ハリーをその立場に就かせた上で専横を許したとなれば、マルフォイの親であるルシウスの心証は悪くなるばかりだ。

 

(……ああ、どうして上手くいかねぇ。何もかもが私の掌から溢れ落ちていく……?これだけ努力しているのに……!)

 

 ファッジの指示を遂行してダンブルドアの牙城であるホグワーツから、ダンブルドアを支える柱である教職員達を切り取る。それがドロレスに与えられた役割だ。

 

 現実は、その役目を忠実にこなそうとすればするほど魔法界の有力な一族の子達からはそっぽを向かれた。

 

 当たり前の話である。

 

 アンブリッジに与えられた役割は、嫌われ者の汚れ役なのだ。

 

 純血一族にとって、純血思想を支持してくれるアンブリッジのような人間は有難い存在だ。

 

 純血ではないという弱みや弱い立場を利用して、己の手を汚さずに他人に嫌われるリスクがある行為をさせることが出来る。だからこそ純血一族はドロレスのような半純血を支持する。一方で、都合が悪くなれば切り捨てる。あれは自分達とは無関係だ、と。

 

 繋がっていたという証拠さえ残さなければ、持ち上げて煽てた後切り捨てるだけですむのだ。純血主義者にとってこれ程都合のいい駒はなかった。

 

 ドロレスは知らないものの、ちょうどカロー姉妹やハリーの取っている行動がこれにあたる。

 

 スリザリン寮内部では意味深に笑いアンブリッジへの言及を避ける。

 

 DAメンバーの前では真意を明かし、アンブリッジへの不支持を表明することで潔白であるとする。そうすることで、自分の立場は守られるのだ。

 

 アンブリッジがシビル・トレローニを追い詰めれば追い詰めるほど、教育令を施行すればするほど、ホグワーツ生のアンブリッジへの心は離れていく。

 

 しかし、アンブリッジは純血主義を信仰する道化として躍り続ける以外の道はないのだ。

 

 何故なら彼女は、孤立していたのだから。

 

 全ては自分の選んだ道である。

 

 己の出自を恥じて、父親を早期退職に追い込まなければ。

 

 出世欲を暴走させて部下へのパワハラを繰り返さなければ。

 

 己の嗜虐趣味や酒癖の悪さといった悪癖に目を向けて向き合っていれば。

 

 ホグワーツにおけるDADA教師として、生徒達に実技を教え一年を終える覚悟を決めていれば。

 

 少なくとも、ミネルバ・マクゴナガルは教師として、同僚として彼女に接しただろう。

 

 が、全ては後の祭りである。

 

 アンブリッジの脳裏に後悔はなかった。自分がいつどこで間違えたかすら理解できなかった。三十年単位で育んだ性格の悪さは、己は何も間違ったことはしていないと自分自身に答えを出している。

 

 底の底の本音である、純血主義者や英国魔法界へな憎悪から目を背けて。

 

「……ポッターには罰則を与えた。……あれでまぁ、どれだけ馬鹿な子供であっても自分の立場というものは理解できた筈」

 

 ドロレスはぶつぶつと独り言を呟いていた。話し相手が居ないからである。

 

 彼女の与えた罰則は、ハリーに伝授した書き取り罰そのままだ。内容は、『僕は問題を報告しなければならない』。明確な体罰でありハラスメントそのものだったが、それを与えているときドロレスの気分が晴れたことは言うまでもなかった。

 

 ドロレス・アンブリッジは学生時代の担任であるホラス・スラグホーンに習って、優秀な魔法使いの卵であるハリー・ポッターに権力という飴を与えて飼い慣らしたつもりだった。

 

 しかし、ホラスとドロレスでは器が違いすぎた。

 

 ホラスは飴を与え、本当にどうしようもないときは罰を与えた。しかし、体罰は与えなかった。ホグワーツの教師は生徒を守るという教育者の理念を徹底していたわけではない。

 

 それでもホラスは、古い時代の魔法使いでありながら生徒に体罰を与えることに対する生徒の成長へのリスクを考慮して止める方向に舵を切ることが出来るほど柔軟な人間だったのだ。

 

 対してドロレスは、己の中の嗜虐趣味を改めることが出来ていなかった。そもそも、己の嗜好を改めるという発想にすら至っていない。

 

 彼女にとってホグワーツ教師という立場は与えられただけの役割だ。真面目に役割を遂行しようという意思はあっても、生徒の成長を願うとか、教育により良い指導方法を模索するという意思はなかった。

 

 ハリーに見抜かれていたように、彼女はどこまでいっても『魔法省から派遣された役人』でしかなかったのだ。そんな彼女に、教師達が手を差しのべる筈もなかった。

 

 ドロレス・アンブリッジはスプーンをコンジュレーションでナイフに変化させると、ルビウス・ハグリッドの写真めがけてナイフを突き刺した。ハグリッドの写真の左側は裂け、写真のハグリッドは現実のハグリッドと同じように大きな血を流すような傷をおった。

 

「……貴方には恨みはありませんわよ?ええ、ミスタ・ハグリッド。ですが、私の出世のために貴方には犠牲になって頂きますわ」

 

 ドロレス・アンブリッジの顔は醜悪に歪んでいた。彼女の脳裏にあるのは、魔法省の高級官僚として辣腕を振るう自分の姿だった。

 

 再び夢の舞台に返り咲くためならば、スリザリンの魔女はどんな手段も厭わない。魔法省の尖兵と化した哀れな道化は、そうとも知らず躍り続けるのだ。

 




アンブリッジはセカンドライフをおくることが出来るのでしょうか。
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