***
ハリーは心地よい夢の中にいた。
ヴォルデモートの復活以来、ハリーの額の傷痕の痛みは度々ハリーを悩ませていた。繰り返される傷痕の痛みは睡眠を妨げ、夢の中に見る墓地の悪夢はハリーの心を荒ませる。そういう時、ハリーはケースの中にいるアスクレピオスの姿を見て心を落ち着かせる。そういう日々の繰り返しだった。
そのサイクルが崩れ、ハリーがまともに眠れるようになったのたのは、禁じられた森でアクロマンチュラにアバダ・ケタブラを撃ってからだった。額の傷痕の痛みも悪夢も変わらずハリーを責め苛むが、それがハリーにとっての異物ではなくハリーの一部であるかのように馴染んだ、のかもしれなかった。
ハリーは夢の中で、これは夢だと確信した。昨日のハリーの夢はリドルシニアの墓の前にいるハリーのもとに墓地の中でロンとハーマイオニーと、シリウスが現れ、闇の魔術を使ったとハリーを責めるあり得ない夢だった。が、今日の夢はハリーには見覚えがなかった。あり得なく知り得ない荒唐無稽な夢だった。
その夢の中で、ハリーは丁寧に整えられた屋敷の中にいた。ブラック家の屋敷よりは新しく、来客をもてなすための魔法の絵画によって彩られた上座で、ハリーは尊大に頬杖をついていた。
ハリーはある人物がここにやってくるのを心待ちにしていた。ノックと共に召使が要件を告げると、ハリーはにこやかに言葉を発した。
「……話は聞いている。入るがいい、バーティよ。……ルックウッド、お前には後で任務を言い渡す。外で待つがいい」
扉は開かれ、待ち人はハリーの前に現れた。髑髏の仮面をつけた青年が、二人。一人は一礼すると、一言も話さず隣に立つ青年に入れと促すと、扉を閉めて遠ざかった。
つかつかとハリーの元まで歩み寄ってきた青年は、恭しく足元に跪く。
「面を上げよ、バーティ」
「……はっ!」
主の命令に従い、青年は髑髏の仮面を外した。皺ひとつない若くあどけなさの残る顔に、ハリーは見覚えがあった。
厳格さにまでは至らない生真面目さの象徴のような隈をつけた少年。それがハリーにとっての目の前のクラウチジュニアに対する第一印象だった。
ハリーの頭に去来した感情は、目の前の青年を見下したものだった。
(馬鹿め)
と思った。
獲物はまんまと罠にかかった。ほんの少し煽てあげてつまらない相談に乗ってやった。ほんの少し、友人のふりをしてやった。ほんの少し、父親のように褒めた。それだけで、目の前の青年は自分に対して心酔しきっている。ハリーはその事が可笑しくて仕方がなかった。
「……おお、よく来てくれた、バーティ」
ハリーはクラウチジュニアの姿を見るなり、ジュニアを我が子のように抱擁した。ジュニアは驚きながらも、ヴォルデモートを拒絶する素振りはない。
「……わ、わが君。恐れながら、わ、私は……より良い魔法界のために、旧態を打破し。英国魔法界にはびこる無能を一掃するという理想のために馳せ参じました」
「君ほどの若者が私に協力してくれるとなれば、英国の未来も明るいというものだ」
にこやかに笑うハリーに対して、バーティ・クラウチジュニアは不安感を見せた。
「……ですが……私は、今のままではご主人様のご期待に沿えそうにありません。感情のコントロールが未熟なのです。今の私では、オクルメンシーすら満足に扱うことが出来ません……」
「ど、どうかお願い申し上げます。私にオルクメンシーの伝授を……」
「その件についてはベラから報告は受けている」
真面目な子だ、とハリーは思った。オクルメンシーを習得するというのはそう簡単に出来るものではない。習得できなかったからと言って自分を責めるものでもないと言うのに。
「優秀なバーティよ。君は、平時において心を閉ざし己の内面を無にして話すという段階には至っている。私の与える任務を遂行する上で支障はないと言ってよい」
穏やかにジュニアを落ち着けるように話す。その時ハリーはクラウチジュニアのことを蛇のように愛おしく思った。
ジュニアはおそらく、指導などなくてもオクルメンシーを完全なレベルで修得出来る。だが、ただただ自分に見てもらいたいがために相談を持ちかけたのだ。
「しかし決闘となると、呪文に感情を乗せてしまい上手くいかない。そうだな?」
「はい。今のままではご主人様の期待に沿うことは出来ないと思うのです……」
クラウチジュニアは悔しそうに、そして申し訳なさそうにハリーを見た。その言葉を受けて、ハリーは朗らかに笑った。
「ふふ。なにを聞くかと思えば……私が君の頼みを無碍にする訳もあるまい?私にとって、君は息子も同然なのだ」
「よいかねバーティ。君は無言呪文は修得しているだろう?私は喉が乾いていてね。無言呪文でグラスを出してみたまえ」
「はっ!」
ハリーはバーティ・クラウチが造り出したワイングラスを手に取り、にこりと笑った。ハリーは己の左手に持つグラスへ向けて杖を降る。
「アグアメンティ(水よ)」
空中からワイングラスへと赤く、芳醇な香りの漂う液体が注がれる。目を丸くして尊敬の眼差しを向けるジュニアへ、ハリーは冷徹な視線を向けた。
「君はまずは、詠唱した魔法と別の魔法を使えるよう訓練してみたまえ。無言呪文を修得したとき、君は何をした?心のうちで考えたことをそのまま出力出来るよう訓練を積んだだろう?」
「はっ!その通りです、わが君!」
「ならば話は速い。君に足りないのはオクルメンシーの習熟ではなく魔法そのものへの習熟だ」
ワインをテーブルに置いたハリーは、ジュニアに対して指南した。
「心のうちと体の動きとを分離し、出力するという練習をすればよい。君であればそれをするのは容易い筈だ」
バーティ・クラウチジュニアはハリーが手渡したワイングラスを恭しく受け取った。しかし、バーティはワインには口をつけず、不安そうに主を見て固まっている。
「で、出来るでしょうか?私に……」
ハリーは無言でジュニアを見る。クラウチジュニアは平伏して己の無能さを主に詫びた。
「貴重なお時間を割いて頂き、ありがとうございます。必ずや完璧にオクルメンシーを習得し、わが君のご期待に沿えるよう……」
「バーティよ。私が君にならば出来ると言ったのは決して根拠のない言葉ではないよ」
余裕と風格を漂わせながら、ハリーはクラウチジュニアを立たせ、椅子に座らせた。そして同じ目線で語った。
「君は既にowl試験をクリアしている。十二の科目を並行して学びながら一つ一つの科目についての進捗を確認し、段階を踏んで魔法を習得し知識を身に付けたという経験が君にはあるのだ」
「それは君の父にも出来ないことだ」
と言うと、クラウチジュニアの顔にはほんのりと赤い輝きが宿った。
「今回も同じことだ。君は、踏むべき手順を踏まず結果だけを見てしまい自信を喪失してしまったというだけのことだ」
確信を持って話すハリーの言葉はクラウチジュニアを勇気づけたのだろう。ジュニアはハリーの言葉を咀嚼しながら聞いていた。
「ベラや先任のデスイーター達の能力を見て焦る気持ちはわかる。彼らは、戦闘中に心を閉じることが出来る。今の君よりも上の高みにいる。しかし、君は段階を踏んで幾つもの課題を乗り越えていくだけの力を持っている。オルクメンシーの習熟も、時間をかけていけば必ず達成できると私は確信しているよ」
ハリーは内心でほくそ笑んだ。
クラウチジュニアが欲しているのは、父親が自分を見て、自分のことを気にかけてくれているという『実感』だ。
ベラトリクスからジュニアの話をわざわざ聞き、人払いをしてジュニアの相談にも真摯に乗って労いの言葉をかける。手間はかかるがリターンはあると確信していた。
(愛情に餓えている子供に対しては、これ程効果的なものはない。セブルス・スネイプもそうだった)
そうほくそ笑むハリー、否、ハリーの中の何かは、ジュニアと暫くの間、仕事とは無関係の雑談をして過ごした。クィディッチチームのプロリーグが白熱していると話題を振るとジュニアは大いに喜んだ。餌を与えられて舌を出す蛇のようだとハリーは思った。
暫くの間、家族の談笑を終えた後、バーティ・クラウチジュニアの瞳は輝いていた。
「わが君!私は必ずや、デスイーターとして戦力になって見せます。私の全ては英国魔法界……ひいては、わが君のために捧げる覚悟です!」
「素晴らしい忠誠心だ。バーティ。周囲を圧倒する才覚を持ちながら、自分より劣る周囲に合わせるということは君にとって苦痛ですらあったであろう」
子供の身を案じる親のように、あるいは優秀な子供を褒める親のようにヴォルデモートはクラウチジュニアを讃える。
「だが私達の理想が成し遂げられた暁には、君を阻むものは何もない。君は、誰に憚ることもなく君が好きなことをする権利がある。特等席でワールドカップの優勝決定戦を観戦しようではないか」
クラウチジュニアにとって、その一言が希望であったことは疑いようもなかった。
***
「…………?」
クラウチジュニアの満面の笑みを見た瞬間、ハリーの意識は覚醒した。夢から醒めた後のハリーは、夢の内容を全く覚えていなかった。それどころか、夢を見たという認識すらなかった。ハリーの頬からは一筋の涙が流れていた。
(……やけに体が軽いな。今日は夢を見ずによく眠れたからかな……)
不思議なことに、ハリーの額の痛みは嘘のように消え去り、ハリーは最高のコンディションを取り戻していた。
ハリー自身、夢を見ない日は脳が休息を取れたのだと思っていた。だから自分が、脳内で知り得ない情報で、他人の過去の夢を見ていたなどと気付くはずもなかった。
***
ハリーはDAで人を褒めることを覚えていた。
セドリックやロン達がメンバーに魔法を指導する中、ハリーはシノとザムザにプロテゴを指導していた。
スリザリン生のライデン・マクネアはハリーに指導を願い出たシノに対して尊敬するような視線を向けながら、スリザリン生のラフタらと共にハッフルパフ生に混ざってエクスペクト・パトローナムの訓練をしていた。
DAは今、エクスペクト・パトローナムを覚えようとしているグループと、プロテゴを覚えようとしているグループとに別れていた。エスクペクト・パトローナムを指導するのは生徒達からの信頼が厚いセドリックを筆頭に、ロンやザビニが中心となって大勢の生徒を捌いている。
エクスペクト・パトローナムはプロテゴより難易度が高いが、自分のパトロナスがどんな格好いいものになるのか気になる男子は多い。女子達もパトロナス占いをしたいと色めきだっていて、ザビニは声を張り上げて馬のパトロナスを召喚していた。
一方、パトロナスよりは難易度が低いプロテゴから覚えようとしているグループもいた。ハーマイオニーやハリー、さらにアズラエルやダフネ達がプロテゴの指導をすることになったのだが、ハリーに近付いてきたのは変わり者のシノ達だった。
「いい魔法力だよ、ザムザ君、シノ。プロテゴも、今日で二回目とは思えないくらいうまい」
「そうっすか?!やった!」
「……大したことないよ。この程度、出来て当たり前さ。……五年生ならね」
ハリーに褒められ歓声をあげるシノに対して、ザムザは少し口角を上げただけで視線は杖の先に向けたままだ。シノのプロテゴは光を点滅させているのに対して、ザムザのプロテゴは綺麗な輝きを保ち続けていた。
「……集中を乱さないようにね、シノ」「っす!あざっす!!」
まだまだ未熟なシノに苦笑しながらも、ハリーはシノの上達を楽しんでいた。
「プロテゴを維持するのは実際に使ったときは数秒くらいだと言われている。僕の体感でも、よく使うけど解除することも多い。だけど、練習では最低でも一分。その間に何があっても維持できるようにしなければならない。何故か分かるかい?」
「実際に使ったとき不具合を起こさないように、無意識でもプロテゴを発動できるようにするためか?」
「いい考えだね。ぼくが監督生ならザムザに十点はあげたい」
「ポッター先輩は尋問官親衛隊じゃないですか。グリフィンドールに加点下さいよ~」
「訓練をクリア出来たらね。プロテゴ(護れ)。もう一分いこうか」
ハリーはスリザリン生らしく意地悪く笑った。ハリーには、プロテゴの訓練をクリアさせる気はまだなかった。
魔法を短時間でも維持し続けるというのは、慣れていないと難しく、地味で、疲労する作業だ。だからこそ横着せず身に付くまでやらなけらばならないとハリーは心を鬼にした。
シノに対しては、慣れない魔力の放出に体を慣れさせる。
プロテゴの理論を聞いてシノがその理論を理解できたかというと、まだ完全な理解には至っていない。ただ聞いたことを吸収しているだけなのだ。
魔法で造り出した壁に、魔法の閃光や、物理的な干渉を跳ね返すだけの魔力を付与し維持するための感覚も足りない。なので、シノに対しては浮遊魔法による魔力の維持から教えることにした。ハリーはシノが完全なプロテゴの習得に至るまで根気よく付き合うつもりだった。
一方のザムザには、一歩先に進んだ指導をすることに決めた。ザムザはowl試験に向けて意気込んでいるのか、今日でプロテゴを習得して見せると言わんばかりの気の張りようだった。
(……いい集中だ。よし、あれをやってみるか)
ハリーは三セット目に何をすべきか、心に決めまずはザムザに声をかけた。
「とても良かったよ。特にザムザ君。あれから一度もプロテゴが途切れなかったなんて驚いたよ」
「俺!俺はどうだったっすか?」
はい、はいと手を上げるシノに笑ってハリーは言う。
「シノは視線を僕に向けたのは良くないね。僕もプロテゴを使ってる最中に余所見をしてロンにボコボコにされたことがある。油断してると、同じ目に逢うよ」
「うす。……プロテゴってやつはヤバイっすね。ちょっと使っただけなのになんか机に向かったときみたいに頭が重いっす。俺ぁ頭悪いんで、集中途切れるともう数式とか分かんなくなるっす。こんなんで魔法を受けられる気がしないっす」
シノは笑っていたが、ハリーとしては笑い事ではなかった。
ザムザとは異なり、シノに対してはDAの目的も明かして秘密の部屋も明かしている。本来は時間をかけて自分の力でプロテゴが修得出来るようにやり方を模索するのだが、シノの場合は事情が異なる。
シノはルーピンやクラウチジュニアから指導された内容の半分が頭から抜け落ちていたのだ。やり方を指導した後反復練習で完全にマスターさせなければ、中途半端に修得した後やり方を忘れる可能性があった。
「プロテゴについて焦る必要は全く無いよ。集中が途切れるのは、頭の中で魔法の公式を覚えきれてないだけだ。無意識でも出来るくらいに繰り返し練習して少しずつ覚えていけばいい」
「反復練習っすか?」
「そう。シノは頭が悪いんじゃない。ただ今までは使う機会に恵まれなかっただけだ。段階を踏んでいけば必ず覚えられる」
ハリーの言葉に、シノは半信半疑な様子だった。一方ハリーはザムザへはほぼ完璧だと言った。
「ザムザ君は基本を忘れないようにしっかりとプロテゴが出来てる。それがもし出来たら、今度は僕が魔法をザムザ君に撃つ」
「おっ!マジすか!?ヤベーっすね!」
「シノは目をとじて、ウィンガーディアム・レヴィオーサの訓練をやってみよう。ザムザ君も準備はいいかい?」
「勿論だ。いつでもやってくれ、ポッター!」
「じゃ、スタートだ」
ハリーは砂時計を造りだして脇に置く。時計の上側にある砂は、ハリーの合図と共に下部へと落下する。
「プロテゴ(護れ)」
「ウィンガーディアム レヴィオーサ(浮遊せよ)!」
「……ステューピファイ」
ハリーは一回、フェイントを入れた。
ステューピファイの詠唱をし、杖を降る。が、魔法は出さない。
「……」
ザムザのプロテゴは揺らぐことなく眩く輝き続けている。
「おお!」
目をぱっちりと開けてそれを見ていたシノは歓声をあげ、瞬間、シノの手で球状に打ちあがっていたハンカチが大きく揺れ形を崩す。
ザムザのプロテゴに揺らぎはない。ハリーはザムザの視線が自分の柊の杖に釘付けになっていることを感じ取り、ニヤリと笑った。
ザムザの杖がピクリと揺れる。もう少しで砂時計の砂は落ちきる。ハリーは杖を振り上げる。
瞬間、ザムザとシノの爆笑が必要の部屋の中に響き渡った。
「……まだまだだね、ザムザくん」
腹を抱えて笑い転げるザムザの前に、鼻毛を鰻のヒゲのように伸ばしたハリーの姿があった。無言呪文によって自分の鼻毛を伸ばしたのである。
ロンから教わった宴会用のネタであった。
予想外の事態を前にして、ザムザは集中力を維持できずプロテゴを解除してしまった。ハリーは満面の笑みで自分にかけた魔法を解除したが、後ろからダフネにひっぱたかれた。
***
「……いやー、アレは卑怯っすよ~、ハリー先輩」
「もう一回。もう一回だけ挑戦させてくれないか?」
「今これくらいにしよう。二人とも、大分魔力を使ったからね。座ろう」
ハリーはダフネにはたかれた頬を擦りながら苦笑いして言った。
「休憩して体調や魔力を回復させるのも大切なことだよ」
「あんなことをしてくるとは思わなかった。……以外と芸が細かいんだね、ポッターは。……グリーングラスに謝らなくていいのかい?」
ザムザはハリーが淹れた紅茶のティーカップを受け取った。ハリーはシノに紅茶を渡しながら言う。
「ロンやセドリックに対抗するためにコンジュレーションもかじったからね。コンジュレーションを使っていれば、ああいう事故も起きるさ。ザムザに魔法を跳ね返されたってことにしておいてくれ」
「ええっ??」
「え、じゃあザムザ先輩のせいにするんすか?」
ザムザとシノがマジかコイツ、という視線を向けてくるのを意に介さず、ハリーは二人にこう言った。
「実際の魔法災害だと、コンジュレーションが失敗したことによる事故が二割くらいになる。コンジュレーションによって変化した物体を見ても集中を乱さないように気をつけてね、ザムザ。それからシノも」
「よくわかったよ。……でも、久しぶりに笑った気がする。ここのところ試験勉強ばかりだったからな……」
「たまにはこうやってストレスを発散しつつ、魔法を見つめ直すのもいい」
ザムザはハリーの言葉に頷いた。ザムザは充実した様子だった。
ハリーはザムザと研究に関するノートを交換し始めた。ザムザは魔法生物、薬学、変身術などの多彩な分野に精通する学者を目指している。ハリーがルナ・ラブグッドとハグリッド、さらにハグリッドの知己であるニュート・スキャマンダー先生にも手紙を書いてザムザのことを紹介すると、ザムザはハリーに対して大分砕けた態度になった。
スネイプ教授やマクゴナガル教授がそうであるように、優秀な魔法使いでも自分の専攻を絞り、特定の分野に特化した研究を行うのがほとんどだ。ザムザが今後どのような道を選ぶのかはわからないが、将来の夢のためにも実技を蔑ろにしてはいけないと訓練に熱を上げるザムザをハリーは気に入っていた。
「……しかし先輩。俺、プロテゴやってて思うんです」
「うん?」
「こんな便利な魔法、もっと早くから皆覚えとくべきじゃないすかね。何で先生方は教えてくれなかったんすか?」
「魔法省の指導要領ではプロテゴは六年生からなんだ」
「えー?確かにクソ難しいっすけどねー。にしたって、治安が悪化してんだからもっと早くに覚えてもいいでしょうに」
(……まぁ確かにね)
ハリーはシノの意見には一理あると頷いた上で、自分の意見を述べた。
「純粋に難易度も高いし、慣れていないと無駄に魔力を消費して時間の無駄になってしまうからだと思う。ある程度魔法に慣れた生徒じゃなければ、使いこなすのは難しいからね」
たとえば一年生とのきのハリーでは、プロテゴを展開することは出来ない。純粋に、魔力が足りなければ魔法に関する知識も不足している。プロテゴを修得するには、それ相応の知識と実力が必要なのだ。
「なるほど、速いうちから背伸びしたとしても、今の俺みたいに手間どっちまうってことっすか」
「しっかりと基礎を磨いていけば必ず修得は出来るさ。でも、一つの呪文のために大勢の生徒達が手間取るだろう魔法を教えるのはDAの先生には難しい。……何せ呪いがあって一年で居なくなるからね……」
シノも知識や魔力に関して怪しい部分はある。だからこそ段階を踏んでハリーが指導しているのだが、実際の授業では、習った魔法について練習するのは習った当日と次の授業、それから期末前の時間がせいぜいだ。
「確かにすげぇ納得いく理由っすね。ザムザ先輩のお考えはどうっすか?俺はずぼらなんで、下手な魔法の反対呪文を習うよりプロテゴ習った方が楽でいいんじゃねえかなーって思ったんすけど」
「ううん……プロテゴがNewt範囲な理由か……」
ザムザは顎に指をつけて考えていたが、数秒で自分なりの答えを出した。
「……魔法省の都合もあるんじゃあないかな。プロテゴを覚えさせたくない気がする」
ザムザはじっとハリーが身に付けていた尋問官親衛隊のバッジを見ていた。
「……へぇ。面白い考え方だね」
「……待ってください、先輩方。どういう意味なんです?」
「皆がプロテゴを使えちゃったら、犯罪者を捕まえるとき面倒なことになるってことさ」
困惑するシノに対して、ザムザは丁寧に説明した。
「プロテゴは本来NEWTレベルで取得する。大抵のジンクスやヘックスに対して優位を取ることができる魔法をOWL課程を履修し終えた魔法使いだけが学ぶことになっている。そうしないと、犯罪者は全員プロテゴを知ってるなんてことになりかねない」
「プロテゴ使いを取り押さえるのは手間だからね。コンジュレーションで拘束するなり数を揃えるなり、カースを使うなりしなければいけなくなる。魔法省としては、木っ端の犯罪者のためにいちいちそんな対策を立てたくない」
ザムザの言葉に、シノは感心しきっていた。
「……はぁ~、いや……気持ちは分かるっすけどねぇ……それで本物のヤベー犯罪者に対処出来るんすかねー」
魔法省に対する批判的な意見がシノの口をついて出た。ハリーは思うところもあったが、あえてコメントを差し控えた。
「……自分達だけが有利である、という環境を整える。それは戦いの基本だよ。僕はザムザの考えは的を射ていると思うよ」
「面白い視点だね。グリフィンドールに一点」
ハリーは独断と偏見に基づき、尋問官親衛隊の権限を行使した。ザムザとシノの驚いた表情を見ながらハリーは笑い、二人に休憩の終わりを促した。
「ザムザ君は面白い視点を持っているね。君もロンとよく話すの?」
ザムザは褒められたことに驚いたものの、そっと目を反らした。
「……これは……父が言っていたことだよ。管理する側の人達は、下の立場の人間がある程度バカで無能である方が都合がいいって言っていたんだ。最近の噂とか……ネビルの様子を見ていると、どうも他人事とは思えなくて……」
(ロックなお父さんだな……)
「そうだとしても、そう考えたのはザムザの判断で実力だ。君は結構頭がいいよ」
ハリーの言葉にザムザは複雑そうな顔をした。ハリーは自分の訓練のために、ザビニのいるところへと戻っていった。
***
次の日の朝、ハリーは思わず飛び起きた。
「…………駄目だ!」
「……うるっせぇな!何やってんだ!」
大声を出すハリーにキレたザビニであったものの、ハリーの剣幕に圧されすぐに口をつぐんだ。
「ロン!……いや、違う!ダンブルドアだ、ダンブルドアに連絡しないと……!」
「……い、一体何が……?」
ハリーがローブを着て部屋から飛び出たとき、時計の針はまだ深夜の一時だった。アズラエルは部屋から飛び出ていくハリーの後ろ姿を呆然と見送った。
***
ハリーは嫌な胸騒ぎで心臓がざわつき、額の傷跡は痛みを発していた。
夢の中で、ハリーは蛇だった。恐ろしいほどの体躯へと成長した大蛇は、冷たく閉ざされた扉の前に立ち行く手を遮る魔法使いに噛みつき、毒素を送り込んでいた。ハリーの口にはまだ噛みついたという感覚が残っていた。
ハリーが思わず飛び起きたのは、噛みつかれた人間の流した返り血を浴びたからだ。その時ハリーが見た人間の姿にハリーは見覚えがあった。燃えるような赤毛に、少し禿げ上がった頭の男性は、ロンとよく似ていた。
順調に支持者を増やすその姿……
まるでヴォルデモートみたい。