蛇寮の獅子   作:捨独楽

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嫉妬のロン

 

 ロン・ウィーズリーはハリーとの差が開いていくことに焦りを感じていた。

 

 クリスマス休暇のためにホグワーツを離れたロンは、グリモールド・プレイスの屋敷で鬱々と宿題をこなしていた。

 

 受験の年でなければわざわざクリスマス休暇に勉強などしない。だが、今のロンは必死な思いで、呪文学の分厚い参考書と格闘していた。

 

 

 

「……また……ハリーは人を助けたんだな……」

 

 呪文学の中でもより高度かつ、複雑な自動操縦の魔法の数式を書きなぐる。任意の物体だけでなく、コンジュレーションによって変化させた物体や、魔法で作り出したアイテムに付与しておくという様々な応用が出来る。

 

 OWLレベルとして最上級の魔法に挑戦しながらも、ロンの頭に浮かぶのはハリーのことだった。

 

(……足りねえ、こんなもんじゃ、全然……)

 

「全然ダメだ……」

 

 ロンは自分自身の力量に自信が持てない。

 

(ハリーに追い付けねえ。それどころか、どんどん差が開いてく……)

 

「ハリーに追い付けねえ……」

 

 内心の葛藤は、自分でも知らないうちに溢れ出ていた。

 

(……ハリーは親父や、騎士団員のボードって人を救った。親父に関しては、ヴォルデモートの力があったからって解釈も出来る。ムーディとかはそうしてる……)

 

(……でも……ボードは違う。それだけじゃねぇ。森で、俺はハリーとの差を痛感した……)

 

 ロンの心を蝕み、苛む痛みがあった。

 

 同年代の親友とすら、差がついてしまったという現実。

 

 かたやトライウィザードに参加して、セドリックにすらその実力を認められた。

 

 かたやクィディッチに参戦して、歴代最低のキーパーという実績を刻んでしまった。

 

騎士団としての活動は、人の命が懸かっている重要な仕事であって個人の名誉や名声を求めるためのモノではない。

 

 ハリーのこれまでの働きだって、ハリー自身の手で選んだ道もあれば、ハリーの意志とは無関係に歩まされた理不尽によるものも多い。だからハリーに嫉妬するのは筋違いだと解っている。

 

 だから。だからこそ、ロンは不甲斐ない自分自身に対してフラストレーションを溜めていた。父親が助かったという安堵感が過ぎ去った矢先に、一番に嫉妬してしまう自分自身が情けなかった。

 

 

「追い付けねぇ、ねぇ。そんな悲観することか?」

 

 口に出していたとは思わずロンは後ろを振り向いた。

 

「お前は他人より自分をまず助けろよ」

 

 フレッド……ではなく、ジョージがロンのうしろに立っていた。ジョージが着るモリーお手製の毛糸のセーターには、GではなくFのイニシャルが刻まれている。

 

「ジョージはさぁ、こんな時にふざけるの辞めろよな。そのシャツも……そうやって自己主張せずにふざけるからフレッドと間違われるんだぜ」

 

 

 

「俺たちは二身同心だからそれでいいんだよ」

 

 

 朗らかに嘯くジョージの姿は、フレッドと瓜二つだ。ただし、フレッドよりはジョージの方が、少しだけそういう顔をすることが多い。だからロンにはフレッドとジョージの見分けはつく。

 

「どうやら俺の弟をはじめとした世間一般の人々はそうでもねぇ。人と違うことに対して焦りなさるらしい」

 

「……焦って悪いかよ」

 

 ロンはジョージのことを少しだけ羨ましいと思った。確かに、ジョージはフレッドとほぼほほ同じ成績だ。

 

 幼少期にフレッドの悪戯(アンブロークン ロウを結ばされそうになり、ペットを惨殺され、お気に入りのテディベアを蜘蛛に変化させられた)を受けたロンとしては、その悪戯を止めるどころか率先していたジョージを好きになれずにいた。

 

 だが、こうしてわざわざ勉強している自分の元にやって来たということは、何か用があるのだろうと思い至る。

 

 気遣いを突っぱねるという選択肢もロンにはあった。が、双子を邪険にしてよいことなどひとつもないとロンは学んでいた。

 

「それで、何の用だ?ここにはクリスマスのチキンは置いてないぜ」

 

「弟よ。お前、ポッターに追い付こうとしてるが。アイツを追ってていいのか?」

 

「何でそんなことを訊くんだよ」

 

 ロンは最早自分の本心を否定しなかった。独り言を聞かれていた以上否定したところで意味がなかったのである。

 

「だってよ。お前、アイツが英雄だから追い掛けてるんだろ?でも、それってさ。お前の今のキャパに見合ってるか?」

 

「……は?」

 

「お前はさ、地に足がついてねぇんだよ。上ばかり見上げてアレコレ手を出して、中途半端になっちまう。完全にいつものパターンじゃねぇか」

 

「それは……」

 

 ロンは言い淀んだ。

 

「それは友達って言えるのか?」

 

 ジョージはロンの内心を見抜いていた。そしてそれをあえて口に出したのだ。

 

(俺は……)

 

「俺はハリーのことを親友だと思ってる」

 

「ほう?」

 

 ロンにとって、ハリーは親友だ。

 

 ハリーが魔法について知るずっと前から、ロンはハリーのことを知っていた。両親から例のあの人と同じくらい繰り返して、例のあの人を倒した赤子のことを聞かされてきたからだ。

 

「ハリーも俺のことをそう思ってると思う。……いや、ちょっと怒ってるかもしれねえけど……」

 

 だが、それはあくまでもロンにとっての世界での話であって、ハリーには関係がなかった。

 

「それも引っくるめての親友か」

 

「……あいつはハーマイオニーやジニーが危険な目にあったとき、誰より怒ってた。怒ってブレーキがきかなくなるところはところは確かに悪いところかもしれねえ。でも、それ以上に良いところだと思ってる」

 

 マグルの世界でのハリーはただただ虐げられていた。初対面の時のハリーは、蛇を連れた変わり者の少年という以外に特別なところは感じなかった。

 

 

 しかし、ホグワーツでの生活を通してロンの認識は変わった。

 

 ハリーは本当に凄い人間だった。寮の壁を超えて動き回り、秘密の部屋の怪物だろうがデスイーターだろうが、ヴォルデモートであろうが立ち向かった。

 

「……それに比べたら俺は、って思うよ。俺は、人に誇れるようなものは持ってねえ」

 

 ハリーが秘密の部屋を開けた時にロンは己の無力さを実感した。ハリーは蛇語を話せたからだ。ジニーを助けに行こうにも、ロンだけではたどり着くことすら出来なかったのだ。

 

 

(俺はただ単に英雄に付きまとってるだけの、なんの才能もないモブだ)

 

 ロンは自覚こそあったが、それを認めることは避けていた。それを認めたら自分が自分でなくなってしまう気がしていたからだ。

 

(……本当は、才能がないなりにもう少しうまくやれると思ってた。……でも実際は……クィディッチの試合での俺は……)

 

 ロンは誰もが一度は通る苦難を味わっていた。

 

 秘密の部屋を超えて、ハリーと共に森を探索し。同年代の中では魔法の腕を上げてきた。自分が特別になったような気がしていた。

 

 いや。

 

 もっと正確に言うならば。

 

 特別ではなくとも。自分自身の力量がそこまで低いとは思っていなかった。

 

 中の上。あるいは上の下。ほとんどの事柄で自分は人並みにはうまく出来る。

 

 そう思い込みたかったのだ。

 

 

 だが、現実のロンのクィディッチチームでの成績は最低極まりないものだった。

 

「ジョージの言う通りだ」

 

「やっとわかったか」

 

「……俺は……ただハリーに追い付きたかっただけなんだ。追い付いて、肩を並べて歩きたいんだ」

 

「でも……違うんだ。俺がまずやるべきことは、ハリーと比べてどうかって話じゃねえ。……今出来ることを、自分なりにやれって言いたいんだろ、ジョージはよ」

 

「そこまで分かってるならそうすればいいじゃねぇか。何でわざわざポッターに張り合ってるんだ?」

 

 ジョージはロンを憐れみも、蔑みもしなかった。ただ自然体でベッドに腰掛け、ロンに尋ねてくる。

 

「それは……」

 

 ロンには解っていた。転入生から何度も突きつけられ、四年生の時にも直面した現実が、ロンに自分自身の本音から目をそらすことを許さなかった。

 

 

「俺……アイツに嫉妬してるんだよ……」

 

 ロンはとうとう言った。兄であるジョージが相手だからだろう。

 

 ジョージはロンの言葉を受け止めて、無言で先を促す。

 

「ハリーはさ、ずっと虐げられてきたんだ。向こうでもホグワーツでも」

 

「……」

 

「でも、ハリーには凄い力があった」

 

「闇の魔術の才能か?」

 

 ジョージの瞳が鋭く光る。

 

(多分ジョージはこれを聞きにやって来たんだな)

 

 ロンは頭の片隅の冷静な部分で、兄が探りを入れてきたのだと察した。鈍感だとハーマイオニーから言われるロンであっても、つい先日ハリーにヴォルデモートの力が取り憑いているという話を聞いた後であればそれくらいの連想はできる。

 

 ロンはきっぱりとジョージの疑念を否定した。

 

「違う」

 

「怪物みたいな蛇を飼ってるとか何とか言われてたけど、俺はそんなの信じちゃいなかった。単なるクスシヘビだったし、闇の魔術に憧れるほど落ちぶれてねえ。そんなんじゃなくて……」

 

「……なくて?」

 

「人を助けようとするところなんだ。俺はそこに憧れたんだ」

 

「……」

 

「ハリーは確かに……蛇語を話すし、都合の悪いルールは平気で破る」

 

 ロンはちらりとジョージを見た。規則に対してなんの敬意も払わないのはジョージも同じだ。ハリーがそうであったとしても、心証に変化などない。

 

「それでも、人として一番大切なところは外さない。目の前で命の危機にある人を助ける、その為なら……ハリーは自分の命だってベットする」

 

「……勇敢なんだ」

 

 ジョージは暫くの間、ロンの言葉に返事を返さなかった。

 

 勇敢である、というロンの評価がどれだけ重いかは、グリフィンドール生であるジョージならば誰より理解している。

 

 グリフィンドールは勇気あるものが集う寮だ。

 

 そして勇敢であるということは、必ずしも善良であるとは限らない。

 

 例えばシーカーのコーマック・マクラーゲンのように自分の力量に増長して傲慢になる人間だっているし、ピーター・ペティグリューのように勇敢さ以外の全てを投げ捨てた結果、最終的にその勇敢さすらも喪ってしまった人間もいる。勇気は人を動かす燃料であるが、善良さを示す指針ではない。

 

 ジョージやロンのような典型的なグリフィンドール生は、それを深層心理ではよく理解している。

 

 だからこそ、勇敢な人間に対する憧憬と敬意と、それらをひっくるめた嫉妬は重い。

 

(言えたじゃねぇか……)

 

 ジョージはひとまずは安心だな、と思った。

 

 家族で最もぱっとしない末の弟は、ジョージやフレッドから見て危うかった。

 

 自分やフレッドのように好奇心を優先して興味のある分野に挑戦するわけでも、パーシーのように勉学に身を捧げるわけでも、ジニーのように要領よく手を抜くわけでもない。

 

 しかし、フレッドから見てロンの問題点は細かな能力の不足ではない。単なる魔法力や経験の不足は、いくらでも補うことが出来る。そんなものよりももっと重大な課題がロンにはあった。

 

 全てにおいて中途半端な癖に、内心の葛藤や疑問を外に出すのが遅い。

 

 何よりも、メンタルに実力が左右され過ぎる。

 

 ロンが気にしている他の些末な能力不足よりも、その一点が一番の問題だとジョージは思っていた。

 

 だからこそ、ガス抜きをさせてやらなければならないとジョージは考えた。

 

 今までは関わる機会もなく学校ではほぼ他人として接することが出来たから放置出来た。しかし、今のロンはグリフィンドールクィディッチチームのキーパーなのだ。

 

 ロンが調子を落とせばそれは自分やフレッドにも返ってくる。絶不調のキーパーを抱えた試合はジョージにとって何よりも避けたいことだった。

 

「お前はお前が思ってるより劣ってるヤツじゃねぇぜ?少なくともそこまで言語化出来るんならな」

 

「慰めはよしてくれ」

 

「……まあ、聞けよ」

 

 ジョージがロンに言う。

 

「お前とポッターじゃ、才能も経験も違うだろ?でもな、それはポッターにたまたまそういう機会が多く回ってきたからだ」

 

 ロンは黙ってジョージの言葉を心に刻み付けていた。ジョージはロンの兄となってからはじめて、兄らしくふるまっていた。

 

「お前がこれから先、ポッターみたいな経験をする機会は幾らでもあるだろうさ。その時生き延びるために、今足踏みして経験値を稼いでる。違うか?」

 

 ロンが、ジョージの顔を見る。

 

「…………経験値か。なぁ、ブラザー」

 

 そして、しばらく経ってからロンは口を開いた。

 

「自分が主人公じゃねえって気づいた時、ジョージはどうしてた?」

 

 ハリーに追い付きたい。

 

 その感情に偽りはなかった。だが、今の自分にはそれは出来ないこともわかっていた。魔法の実力も、経験も、才能も、何もかもが足りないことを自覚していたからだ。

 

 だからせめて友達として出来ることはないかと考えて行動した。それがハリーの役に立つことだと思っていたから。

 

 しかし。

 

 自分は本当にハリーのためを思って行動していたのだろうか?と、ロンはふと思ってしまった。

 

 どこまでいっても、自分本意から抜け出せていないのではないか、と。

 

「クィディッチでの試合で、アンジェリーナが得点したシーンを思い浮かべるね、俺は」

 

 呆けたようにジョージを見るロンの頬からは、つうと冷や汗が流れていた。

 

「……マジで?」

 

 アンジェリーナ・ジョンソンは、ロンにとって恐ろしい存在だった。クィディッチチームのキャプテンとして勝利に取り憑かれたアンジェリーナは、ロンを鍛えるために心をディメンターに変えてロンに指摘を繰り返してくる存在である。

 

 そんなキャプテンに対する敬意をほのめかすジョージは、ロンにしてみれば異次元の存在と思えた。

 

「お前は雑念が多すぎるんだよ。非生産的な雑念が混じるときは、余計なこと考えずに好きな娘のことでも考えてろ。そうすりゃ、物事はもう少し簡単になる」

 

「簡単に言ってくれるぜ……」

 

 

 ジョージに対する畏敬の念を抱きながらロンは呟く。そう言いながらも、知らず知らずのうちにロンは笑っていた。

 

 ロンの中で、パズルが嵌った気がした。自分はハリーに張り合っていたのだ。同時に……自分の為にも行動していたのだと気付いたから。

 

「……なあ、ジョージはさ」

 

「ああ」

 

「本当にカッコイイよな。憧れるよ」

 

「とうとう目までイカれたか、ロニー坊や」

 

「……坊やじゃねぇ!もう十五だぞ!?」

 

「おおっと、すまない。あまりにもしょげてるんで気付かなかった」

 

「ったく……」

 

(やっぱり俺の憧れはジョージだよ。ジョージみたいな人になりたいよ)

 

 

「ま、せいぜい悩め若人よ。悩むだけ悩んだら最後に笑えりゃ最高だ」

 

「それ、誰の格言?」

 

「パース」

 

「……説得力ねぇなあ!」

 

(……でもまあ、そうだな)

 

 ロンは思う。自分の悩みが解決したわけではないし、ハリーとの友情に亀裂が入るかもしれないという恐怖もある。

 

(………………下手に悩むより、好きなことを考えろ、か。魔法使いとしちゃ、それで正解だよな……)

 

「よし、行くぞ。十三秒で支度しろよ」

 

「行くって何処に?」

 

「決まってるだろ。親父の見舞いだ」

 

「……え?今日!?今日なのかよ!?何で言ってくれなかったんだ!?」

 

「上の空で聞いてなかったろテメー」

 

 ロンの顔が明るくなったことを確認するや否や、ジョージはロンを急かした。慌ただしく身なりを整えるロンを、双子の片割れは微笑みながら見守っていた。

 

 

***

 

 




ロンは定期的にハリーに嫉妬するイメージがあるけど、地力で乗り越えたりこうやって周囲がケアしたりもしてたんだろうなぁ……というイメージです。
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