ポッターモアより抜粋
『ドラコは屋敷においてデスイーター達がハリー・ポッターのことを盛んに噂する傍ら、自分のことを子供扱いすることに不満を抱えていました』
マルフォイ家の誇る屋敷には、魔法族の間で誇れるだけの歴史と謂れがある。
かつてマルフォイ家は、マグルの貴族や王族とも懇意にしていた。『純血は常に勝利する』という現在の家訓からは考えられないことである。
ウィルトシャー州にあるマルフォイ荘園はその昔、マグルの王族から賜った領地だった。国際魔法連盟によって機密保持法が制定されるより以前の話である。
1692年の機密保持法制定を機に世の流れを読んだマルフォイ家は純血主義へと舵を切った。が、マグルの王から賜った財産である領地は手放さず。英国魔法族の権力者に近づき、利権を守りながら既得権益を拡大していってもなお領地は持ち続けた。
権力を保持するために他の派閥を排斥し、マグル出身者を排除する。その繰り返しの果てに、今、マルフォイ家は大きな転換点を迎えようとしていた。
マルフォイ家の屋敷には、純血主義者達が崇める君主が滞在している。魔法族の、つまりはマルフォイ家が上と仰ぐ存在など英国魔法省の大臣でもありえない。数少ない例外が、今マルフォイ家の中で当主のルシウスすら超えた王として崇められていた。
「失態だな、我が友ルシウスよ」
「は。面目次第もございません……」
ルシウス・マルフォイは縮こまりながら主に平伏する。ドラコ・マルフォイは父の情けない背中を見て、苛立ちに駆られていた。が、その気持ちを抑え込み父親に習ってヴォルデモート卿に平伏する。
骸骨のように墜ち窪んだ眼窩。蛇のようにそげおちた鼻。この世のものとは思えない魔人と化したヴォルデモートの瞳には、血のように赤い瞳が輝きルシウスを見下していた。
ドラコはヴォルデモートの姿を一目見て、どうしようもないことを察した。
(この世の中で一体誰が、この恐ろしい怪物のような人に勝てると言うんだ)
違うのだ。存在が。
ドラコは敬愛する父親のルシウスや、アルバス・ダンブルドアの力量を正確に把握しているわけではない。
ドラコは、自分が人並外れて優秀な存在であるという自惚れと、そう思い込みたい願望とが入り交じっている。そのドラコから見て一番である存在はまず父であり、次に優れているのが、アルバス・ダンブルドアだった。
父のルシウスは財力にものを言わせた政治力と、恐ろしい闇の魔術の力量がある。
アルバス・ダンブルドアはその父親すら敵わないほどの魔法力があり、ハリー・ポッターをはじめとして、大勢の人間を惑わす話術の力がある。
二人はドラコから見て隔絶した存在である二人であった。しかし、それでも、『人間』の範疇だとドラコは恐怖心の中で思案する。
(……勝てるわけがない。この人には誰も。魂だけの存在から、こんな力を取り戻した人に抗えるわけがない。……ハリー・ポッターでさえも)
同い年の同窓生のことを、ドラコは何かと意識してきた。生き残った男の子。スリザリンの継承者。トライウィザード優勝者。ハリーを形容する単語は数多くある。嫉妬と恐怖にかられた三寮の生徒や、ドラコの両親を含めたスリザリン出身者の両親達はハリーを闇の帝王の再来かもしれないと考えてきた。
だが、五年間付き合ったからこそ分かるのだ。
ハリーは普通の、クィディッチ好きの少年だったのだと。
『ヴォルデモートを殺るんだ!絶対に!』
一年生の時にハリーがそう宣言したことを、ドラコは今でも覚えている。その姿に惹かれなかったと言えば嘘になる。
しかし、ハリーが自分に宣誓して見せたような未来があるとは到底思えない。目の前に佇むヴォルデモートから伝わる魔力は、ドラコが今まで遭遇したどの人間より底知れない闇そのものだったからだ。
「友よ。私が君を呼びつけたのは他でもない、ブロデリック・ボードの殺害を命じた件についてだ。私は君の手腕を信頼し、君にその手法を一任した。君であれば上手くことを進めるだろうとな」
「しかし結果は芳しくなかった。ブロデリック・ボード……神秘部に棲むアンスピーカブルは生き延びた。ハリー・ポッターの手によって」
なぶるように言葉を紡ぐ闇の帝王はこつ、こつとひじ掛けを叩きながらそこで一旦言葉を切った。
「……全く、ままならぬことだ。君に頼んだ私が愚かだったのかね?ルシウスよ。どうか私に教えてくれないだろうか」
ヴォルデモートの声色は優しい。しかし、これ程圧迫感のある声は初めてだった。ドラコは、共にルシウスの側に控えるナルシッサを見た。必死に平伏しているナルシッサからは大粒の汗が流れ落ちている。
ルシウスは必死で見苦しい言い訳を紡いでいた。そんな情けない姿のルシウスなど、ドラコは見たくはなかった。
(………………ポッター!!お前の、お前のせいで父上は……!!)
ドラコが抱いた感情はハリーへの逆恨みであった。
(……あれだけ同窓生として良くしてやったのに、お前は……!!)
人は己の力ではどうしようもない困難に直面したとき、折れる。そして腐る。元々性根のよろしくなかったドラコが腐ることはそう難しいことではない。
正義である自分達に歯向かい、自分達の邪魔をするポッター。ドラコはそう思い込むことで、人殺しの計画を立てた挙げ句それを阻止してもらったという部分については考えず、目を逸らした。ヴォルデモートが自分と同じスリザリン生の子供を殺したということも、都合よく忘れた。
「わ、我が君……!もう一度……!もう一度機会をお与え下さい!私は必ずや我が君のお役に立ちます!今度こそ必ずやボードを……!」
ヴォルデモートの杖が振り下ろされ、父親は声もなくのたうち回る。想像を絶するような苦しみを味わう父親の姿を見て、ドラコはハリーへの怒りを一時忘れてルシウスを介抱しようとした。
「父上……!!」「誰が顔を上げていいと言った?小僧。帝王の前だ。分を弁えろ」
駆け寄ろうとしたドラコを止めたのは、闇の帝王の側に立つ仮面をつけたロシア人だった。指名手配されていたアントニン・ドロホフに他ならない。
ドラコは無言のインペディメンタ(妨害)によって抑えられ、そのまま平伏させられた。
「アントニンよ。子供にあまり強い魔法を使うものではない。ドラコは我々の未来を担う存在なのだ。解いてやりなさい」
「は!申し訳ございません、我が君!」
ヴォルデモートの指示に従い、ドラコは解放された。が、ドラコが解放されてなおルシウスはクルシオの想像を絶する苦悶に耐えていた。ルシウスの瞳からは涙が溢れていた。
その姿を見てドラコの胸が痛む。それ以上にこう思う。
(絶対に、帝王のクルシオだけは受けたくない)
と。
傲慢なほどに誇り高く、驕り高ぶり他者を踏みつけて恥じないルシウスが、一匹の蛇のように地を這うしかない。それは生命の危機であると同時に尊厳の破壊であり、これまでルシウスが培ってきたすべての剥奪に等しかった。
「……おやおや。可哀想に震えているではないか。アントニン、貴婦人とドラコを部屋までお連れしなさい」
「承知致しました。立てるな?」
アントニン・ドロホフはまず母のナルシッサに手を差しのべた。が、母はその手を取らず無言で立ち上がる。顔面は蒼白で、ルシウスの身を案じて視線は泳いでいる。母がドレスローブの両端をつまみ、作法にのっとり一礼をするとヴォルデモートはようやくクルシオを解除した。
「がっ……ひ……」
ひゅー、ひゅー、とルシウスが蒼白な顔で息を整えていた。ドラコもまた闇の帝王に礼をすると、父の書斎から出た。そうしなければヴォルデモートの不興を買い、父や、下手をすれば自分がまたクルシオを受けるかもしれなかった。
***
「小僧。お前はしっかりと役目を果たした。誇ってよいぞ」
「子供と同じに扱うな、ポッターに負けた恥さらしが……!」
廊下に出てナルシッサを自分の部屋まで送り届けるや否や、ドロホフはぽん、とドラコの肩を馴れ馴れしく叩いた。が、ドラコは即座にその手をはねのけてドロホフを睨み付ける。自分は純血たるマルフォイ家の次期当主であり、ルシウスの正当な後継者なのだ。ドロホフごときに憐れまれる気はない。ましてや子供扱いされるなど屈辱の極みだった。
「まぁ聞け小僧。闇の帝王も貴様の父を本気で罰しようとは思っていない。ただ形式の上でも罰を与えねばいかんのだ。それが組織というものだ」
(……実際、ああでもせんとお前の父親たちはまともに働かんしな)
ドロホフはドラコを意図的に煽っている。父を敬愛している少年の目の前で父親が失墜していく様を見せ、光陣営への憎しみや敵対心を煽り闇に落とす。ドロホフはドラコにも闇の魔法使いの才能があると見ていた。
ドロホフから見て、ドラコやハリーといった若い才能を腐らせておくのは惜しかった。
(クラウチJr.は惜しかった……。やつの穴は若い人材で補填せねばならんしな……)
自分のように、決闘や殺戮にしか使い途のない人材は闇の帝王にとってもう不要なのだ。将来あらゆるものに成れるだけの才覚がある魔法使いだからこそ、闇の帝王が構築する新時代に必要となる。ドロホフはそう読んでいた。
今でこそ闇の帝王の右腕であるかのように振る舞っているが、それも今だけのことだ、とドロホフは己を見切っていた。極端な話、アルバス・ダンブルドアを始末することさえ叶えば闇の帝王に敵はいない。しかし、武力においても魔法の知識においても、自分ではダンブルドアをどうすることも出来ない。
小賢しく立ち回る頭がある優秀な頭脳。クラウチJr.のような、広範な魔法の才能を持つ存在。ドロホフにとって癪ではあるが、ドラコ・マルフォイはちょうどその条件に当てはまるのだ。
「帝王はお前のことを高く評価している。……俺にはまだ小僧にしか見えんがな」
ドロホフは気安くドラコに語りかけてくる。子供扱いしながら。それがドラコには気にくわない。
自分やルシウスはもっと高く評価されるべきであると、ドラコはそう思い込みたかった。現状は闇の帝王からの信頼を喪いつつあり、デスイーター内での地位もじわじわと落ちぶれようとしている。ここにいるデスイーター達のほぼ全員がルシウスのお陰でアズカバン行きを免れたにも関わらずだ。
「小僧ではないと証明してやる」
「ほう?いったいどうやってだ?」
ドラコは憎しみに染まった瞳で、ドロホフを睨み付けた。
「僕に闇の魔術を教えろ、ドロホフ。僕は子供ではない。お前達の何倍も役に立てるということを帝王に実践してやる」
(ポッターに出来て僕に出来ない筈はない……!)
ドラコを闇に誘う一因となったのは、友の存在だった。
ハリーは己の身と仲間の命を守るために、そして敵を排除するために殺戮魔法を覚えてドラコの目の前でそれを行使した。その時感じた嫌悪感は今、やつに出来て自分にできない筈はないという確信にすりかわっている。
ドラコにはそう思うだけの根拠もあった。ドラコの目の前で闇の魔術を使ったハリーは、まだ三年生だったのだ。五年生となったドラコの知識も、魔法の腕も当時とは比較にもならない。だからこそ、ドラコは傲慢にドロホフに命令した。
「ほうほう……」
アントニン・ドロホフは面白い、とドラコを眺め回した。父親から受け継いだプラチナブロンドの髪から足元、指先までなめ回すように見るドロホフに負けじとドラコはドロホフの瞳を見る。
ドラコはオクルメンシーにおいて、多大な才能を持っていた。ドロホフはドラコの中の闇の感情、世間への憎しみや両親への敬愛、ポッターへの嫉妬心を嗅ぎとることはできた。が、奥深くにあるドラコ自身しまいこんでいるハリーへの憧れや友情までは読み取ることはできなかった。
そのまま何事もなければドロホフはドラコを闇の帝王に引き合わせたかもしれない。が、そうはならなかった。
「……止めておきなさい坊っちゃん。ドロホフもそうだ。口の軽い子供を迎え入れるほど我々は人材不足ではなかった筈だ」
デスイーターに与えられる髑髏と蛇の仮面をつけたワルデン・マクネアが言った。同僚に窘められたドロホフはそれもそうだ、と言って笑うと、帝王の部屋へと戻っていった。
「えっ……あ、おい……!待て!……余計なことを……!貴様、どうなるか覚えておけよ!」
狂犬のように食って掛かるドラコに対して、ワルデンは深い溜め息をついてから言った。
「廊下の真ん中でお話をされていたので、盗み聞きする気はありませんでしたが話が聞こえてしまいました。……坊っちゃん。貴方はルシウスの意思を確認したのですか?」
「なぜ父が出てくる」
「ルシウスは闇の魔術を教えるならば自分で、と思っていることでしょう。今は帝王の任務もあり時間が取れていませんが、親は子供のためにしてあげられることは、自分の手でしたいものです。」
「……う……しかし……父上の手を煩わせるわけにはいかない。父上はお忙しいのだから」
「帝王が復活なされるまでの間に、貴方に闇の魔術を教えましたか?」
「いいや」
ドラコは咄嗟に嘘をついた。ルシウスはドラコの前で『教育』と称して度々闇の魔術を行使して見せた。が、嘘はドラコにとって当たり前のことになっていた。
「であれば、ルシウスは坊っちゃんのことをとても大切にしているということです」
冷静にそう返すワルデン・マクネアは、こう続けた。
「デスイーターとして帝王に尽くすということはとても大切な役目です。しかし、坊っちゃんのように高貴な身分の人間は安易な考えで手を汚すべきではありませんよ」
ドラコは頭に石入りの雪玉をぶつけられたかのようにマクネアを見た。
(では僕は父上から大切にされていないとでも言うのか!?)
「……よく言う。僕であれば懐柔できるとでも思ったのか?白々しい」
ルシウスを見様見真似で作ったペルソナは、今ではドラコにとって外すことが出来ないほど大切なものになっている。そのペルソナをつけて、ドラコはワルデンを罵った。
「お前は父上のお陰で今の地位を得たことを知っているぞ?だが、近頃は父上に挨拶もせずマクネアに近付いている。」
「返す言葉もございません」
ワルデン・マクネアはドラコの罵倒を甘んじて受け止めた。その日を境に、ドラコはワルデン・マクネアから距離を置かれた。アントニン・ドロホフはドラコに闇の魔術を指導することもなく、ドラコはクリスマス休暇の間一人鬱屈を溜め込んでいた。
人の上に立つ人間は、自分にとって耳が痛い言葉でも受け入れなければならない。ドラコは一人鬱屈を溜め込んだが、結局自分から闇の魔術に手を出すことはしなかった。
自分の手を汚したくなかった、というのがまずひとつ。
父親の意向に背くことが恐ろしかった、というのが二つ目の理由だった。
その奥に、ドラコにとって捨てきれない良心や葛藤があったのだとしても……その感情は、既に消えてしまいそうなほど弱く萎んでしまっていた。
***
「本当にいいのか、ハリー?スネイプからオクルメンシーを学ぶというのは……」
「うん。僕はそうしたいんだ。僕自身のためにもね」
ハリーはシリウスの目をまっすぐに見て言った。
「でも、スネイプ教授が教えて下さるかどうかは分からないけどね?」
ハリーは少しだけ諦め気味に言った。ハリー自身の素行が原因ではあるが、スリザリン生に甘いスネイプ教授が最も憎んでいる生徒がハリーだ。ちなみに、二番目に憎まれているのはなぜかザビニである。
シリウスは微笑んで、ハリーに顔を近づけて話した。
「それは問題ない。セブルス・スネイプは与えられた仕事を投げ出すような人間ではない。彼は、ただ、ちょっと……」
シリウスが突然言葉を切り、それからニヤッと笑った。
「偏屈ではある」
ハリーは一切否定できない事実としてシリウスの言葉を受けいれた。
「でも、やらなければならない。僕にとっても、スネイプ教授にとっても、最短で僕がオクルメンシーを習得することが望ましい。そうでしょう?」
ハリーが聞いた。
「ああ、そのつもりだ」シリウスが言った。
「だが、それにはまず、君が感情を律して己の精神を安定させるというオクルメンシーの基本を徹底する必要がある」
「ああ、分かっているよ」
ハリーは神妙に頷いた。そして心の中でこう続けた。
(とにかく、ヴォルデモート相手に翻弄されないだけの地力をつける。……たとえ夢の中であったとしても。予定にはなかったけど、これを最優先しないことには話にならない。他のことは……今は、置いておこう)
ハリーは自分で進めていた対ヴォルデモート用の魔法研究を一時的にストップすることに決めた。
守りが疎かな状態で攻撃手段を考えるのは、基礎が出来ずに応用に手を出すようなものだ。
「……ハリー。スネイプ教授の指導で何かあったときは例の鏡で俺に連絡をくれ。何があっても対応してみせる」
「大丈夫だよ、シリウス」
ハリーは自分に誓うようにそう言った。
「心配はさせないさ」
この時、ハリーは本気でそう思っていた。シリウスとは微妙に思想が合わなくても、ハリーにとって親代わりになってくれた人なのだ。シリウスのことを尊敬してもいたし、感謝もしていた。
だからこそ、己の不手際でこれ以上シリウスの負担になるまいとハリーは心に刻んでオクルメンシーの習得を至上命題とした。
「そう言えば、シリウス。休みの間、ルーピン先生には会わなかったね」
「ああ。リーマスはリーマスで任務で忙しい。居てくれたら嬉しがるやつも居ただろうがな……」
シリウスは旧友であり親友がこの場に居ないことを残念がっていた。
この時ハリーは、リーマス・ルーピンの不在を心の底から悲しんでいる人間がシリウス以外にも居ることを意識していなかった。
その悲しみは、或いはシリウス以上であったかもしれないということも。
***
シリウスの屋敷を出る際に、ハリーはホグワーツ特急とは別の交通手段を用意された。
「ナイトバスに乗って貰うよ。……乗ったことある?無いなら酔い止めを渡しておくね、揺れるから」
「それならフレッドが良いのを作ったんすよ。新規の酔い止めの薬」
ロンはナイトバスへの乗車前に、ハリー達にそうアピールした。ハーマイオニーはロンの言葉に何も言わない。効能は確かなようだとハリーは思った。
「特別サービスで十一クヌートにまけとくぜ」
双子の言葉を面白がってまずニンファドーラが酔い止めの薬を購入し、ザビニもそれに続く。
「中々やるねぇ、あんたら。商売人の才能あるわ」
「お二人に失礼ですが、それってちゃんと認可は降りてるんですか?効能はいかほどに?」
「一粒でどんだけ酷い状態でもすっきりさ。自分の体で試したから間違いない」
胸を張るジョージの後ろで、ハーマイオニーは眉をひそめて双子を睨んでいるのにハリーは気付いた。
(……まさか僕たちを実験台にするつもりじゃ……)
「ちなみに特許も取ったぜ。申請してから認められるまで2日とかからなかった」
「……ではありがたく購入させて頂きます。あ、二粒頂けますか?僕、その手の薬は予備を確保しておきたいタイプですので」
「まいどありぃ。いい買い物したぜ、おたくら」
にっこりと微笑むジョージに苦笑いしながら、ハリー達はグリモールド・プレイスを出立した。
ニンファドーラ・トンクスは屋敷を出るとき、ちらりと屋敷を振り返った。
「……どうかしましたか?トンクス先生」
「もう先生って立場じゃないわよ、ハリー。……さぁ、バスを呼ぶよ!!!呼んだらすぐに乗ってもらう!ホグワーツに遅れたら、あたしがマッドアイにどやされるからね!」
ハリーはふと、自分のジーパンの右ポケットに違和感を感じた。
「?」
手を突っ込むと、何か紙のような感触があった。取り出してみると、それは小さく折り畳まれた羊皮紙だった。
(……なんだこれ)
ハリーには覚えのないものだった。しかしよく見ると、その羊皮紙はシリウス自身の字で文章が書きつけてあった。
『ハリー 。気恥ずかしいのと、伝えるべきかどうか迷っていて言えなかったことがあるから、改めて君に伝えておきたいことがある』
「……?」
『スネイプ教授は優秀なオクルメンシーの使い手だ。ダンブルドアが闇祓いやマクゴナガルではなくスネイプを選んだのも、彼が長年ヴォルデモート相手に服従しながら、一方でこちらの情報を秘匿し続けてきたからに他ならない』
二重スパイ。それがスネイプに課せられた仕事だった。
オーダーの面々とも、そしてデスイーターとも交わることのない役割だ。モリー・ウィーズリーはそれでも教師であるスネイプを尊重してか、形だけでもとグリモールド・プレイスのクリスマスパーティーに招待したがスネイプは固辞した。スネイプとしても、オーダーと馴れ合う気はないということだとハリーは思っていた。
『君はこう思うだろう。ヴォルデモートに服従するなど穢らわしいと。だが一方で、こうも思うかもしれない。スリザリンの恩師を侮辱するなんて何て失礼なんだ、と。だからこそ、ここで書いておきたい』
バスの中で、ハリーはシリウスの手紙を読みふけった。
『スネイプ教授とは適切な距離を保つべきだ、ハリー。一人の生徒として接し、教師に対する礼儀を欠かさず深入りしない。それがハリーにとってのベストな対応だと俺は思う』
(……僕にとって……?)
ハリーはシリウスの手紙に違和感を持った。まるで、スネイプ教授にはハリーに対して遺恨があるかのような書き方だ。
『俺がこう思うのはハリーのせいではない。君に落ち度は全く無い。悪いのは俺だ』
シリウスの手紙からは、ついにスネイプに対する敬称が抜け落ちた。
『スネイプと俺の間には学生時代からの因縁がある。……スネイプがもしも、俺のせいで使命を投げ出したり不適切な指導を行うことがあれば迷わず俺に手紙をくれ。直接話をつけに行く』
(……因縁……?)
ハリーは胸に嫌な違和感を感じながらシリウスの手紙を読み進めていく。その因縁の内容こそハリーにとって最も気になることだった。
(まさか……そのせいでスネイプ教授はパーティーを欠席した……?)
しかし、シリウスの手紙に具体的な因縁の内容は書かれていなかった。
『ハリー。私が君に望むのは、まず第1に幸福であること。そして健康で頑丈な体を保つこと。それだけだ。健闘を祈る』
「?」
手紙に書かれた文末までたどり着いた時、ハリーはこの言葉を受け取ってよいものかどうか途方にくれた。
「おい、何読んでるんだ?」
「うわっ!」
ハリーはロンが後ろから覗きこんでいたのにまったく気付いていなかったので驚きのまま抗議した。
「驚かさないでくれよ、ロン!」
「お前が勝手に驚いたんだよ。何か面白いことでも書いて」
ロンはハリーへの言葉を言い切ることは出来なかった。ナイトバスが高速起動モードへと移行し(ギアを上げた)、ハリー達はバスの中でひっくり返るような思いをしなければならなかったからだ。
(因縁……?因縁って、一体何だ……?)
この時ハリーは、シリウスの手紙に一抹の不安を抱えながらもそこまで深い事情があるとは思っていなかった。自分と双子との関係程度のものだろう、と踏んでいたのだ。
過剰な暴走や迷惑行為を抑制するために、そしてネビルへの罰則を取り下げさせるためにハリーはアンブリッジに媚を売ったのだが、それ以来双子との間には壁がある。グリフィンドール生とスリザリン生として、それくらいの対立はあっただろうとハリーは自分に当て嵌めてみて想像する。
せいぜい、スリザリン生らしくスネイプがシリウスの規則違反を咎めたとか、逆にスネイプの過失をグリフィンドール生らしくシリウスが暴いたとか、その程度のものだった。
***
そして新学期が始まって最初のオクルメンシーの訓練において、ハリーはスネイプの過去の一部を垣間見てしまった。
ハリーは一度、クィリナス・クィレル相手にレジリメンスを発動したことがあった。スネイプ教授にダドリー達に虐められ、雑巾を口に含まされる過去を思い出させられたハリーは頭に血が登っていた。極度の興奮状態に追い込まれたハリーは、冷静になることが出来ていなかった。
(暴いてやる……!)
スネイプ教授と目を合わせた瞬間、ハリーはスネイプの過去を垣間見た。
「……!?」
ハリーは瞬間、スネイプの過去を垣間見た。
ハリーが墓場で見たより随分と若い風貌のロシア人に連れられて、どこかの屋敷を歩いているスネイプ。スネイプの表情には隠しきれない歓喜の色があった。
主の前で平伏し、仮面を与えられたスネイプの側に、ヴォルデモートは男性四人を魔法で出現させる。泣きわめく若い男性達を放置して、ヴォルデモートはスネイプに命令を下す。
ドロホフはスネイプに長々と男性達の説明をしていた。取引先のマフィアを嗅ぎ回る警官で、邪魔になっているマグルだと。
「クルシオにかけろ」
「操り、隣の男を殺害させろ」
「殺せ」
無機質で簡素で、無慈悲な命令だった。スネイプは次々と命令を実行し、罪もないマグル達を闇の魔術で地獄に落としていく。
スネイプは一切の躊躇もなく杖を振り上げ、泣きわめく最後の憐れなマグルに緑色の閃光を放つ。ヴォルデモートは、スネイプの右腕に闇の印を刻んでいた。
***
ハリーの中にはスネイプに対する感謝の気持ちと、恩義があった。ハリーはオクルメンシーの習得において、困難な気持ちを味わっていた。目の前のスネイプに対する深い感謝と、過去の所業に対する軽蔑心が沸き上がる。
しかしそれでも、ハリーはオクルメンシーの習得をしなければならない。それは心の中の大切な部分を殺して平らにするような、鉄を叩いて不純物を取り除くような、苦難の作業だった。
この二次創作においてはスネイプもルシウスも含めて、デスイーターは一人の例外もなくアバダケタブラで普通の人を二桁は殺っています。それがデスイーター面接の最終試験です。
特にルシウスは責任ある立場だったので自分で直接殺した上に、部下に指示して殺害したことも多々ありました。
変にぼかすと私がルシウスを含めた元デスイーターに甘くなるのでこの二次創作内ではスネイプもルシウスもマクネアも大量殺人犯としておきますが原作では特に言及されていません。あしからず。