「例のあの人が、賢者の石を狙ってる。僕は森で、魔法使いがユニコーンを襲ってるところを見たんだ。ユニコーンの血で延命して、石の力で復活するつもりなんだと思う」
次の日に寮の自室で話したハリーの言葉を、ザビニたちは最初信じなかった。
「半獣が適当なこと言ってるだけじゃねぇの?」
「フィレンツェは僕を助けてくれたんだよ。ザビニ」
ハリーは普段より冷たく言った。
「わ、悪かったって。そんなに怒るなよハリー」
ザビニはドラコと同じように、一般的なスリザリン生らしくフィレンツェのようなケンタウロスの言葉を軽視していた。杖を持たぬ者の言葉を軽く見る傾向にあった。
「占い学ってオカルト的な奴ですよね。占いの結果を鵜呑みにするのは危険だと思います。けど、密漁者がまだ捕まってないのは心配ですね……」
「密漁者は行方をくらましたらしい。ハグリッドの話だと、ユニコーンを襲うような奴らは例外なく凶悪な犯罪者で、闇の魔法使いのようだけど」
ハリーはずきずきと傷む額の傷跡に、痛み止めを塗り込んでいた。痛みは引かなかったが、頭はずっと冴えていた。夕べからずっと、額の傷跡はハリーを警告するようにハリーの頭を痛めつけていた。
「そりゃ呪いを受けてまで血を飲むような奴だもんな。まともな魔法使いじゃねえよ」
積極的に会話に参加するザビニたちと比べて、ファルカスは寡黙だった。ファルカスはじっと腕を組んで考え事をしているようだった。ハリーはファルカスに発言を促した。
「ファルカス、何か言いたいことがあるなら言って」
「……う、うん。ハリーに助言をくれたのはケンタウロスなんだよね?」
「うん。ケンタウロスのフィレンツェだった。僕たちを助けてくれたんだ」
「だったら……信じたほうがいいかもしれない。ケンタウロスの占いは、天文学の知識に基づいたれっきとした魔法だって、父さんが言ってた。ケンタウロスの助言には従えってうちの家訓であるんだ。彼らはヒトに滅多に干渉しないけど、関わってきたときは絶対に間違わないって」
ファルカスがここまで多弁になるのは珍しかった。ファルカスはじっとハリーを見て、強く宣言した。
「僕はハリーを信じるよ」
しかし、ザビニは納得したわけではなかった。ザビニは大半のスリザリン生と同じように、ケンタウロスのような異種族に差別感情を持っていたし、ファルカスの言葉にもより深い信頼性を求めた。
「……ファル。お前んち、一体どんな魔法使いなんだよ?適当なことを言ってるだけじゃねぇの?」
「いや、ザビニ。家族のことを突っ込むのはやめましょうよ。それはお互い干渉しないのがスリザリンでのルールじゃないですか」
「ファルカス。言いたくないなら言わなくていいんだ。僕たちは友達なんだから」
アズラエルとハリーは場を収めようとしたが、ファルカスは止まらなかった。
「僕の家は、爺ちゃんも父さんも闇祓いだったんだ」
「闇祓い?」
「闇の魔法使いを捕まえる役人です。マグルで言うと警察の中のエリートですね」
「……そんで?」
ザビニはうっかりと地雷を踏んでしまったかもしれないと後悔しながら、ファルカスに続きを促した。ファルカスがここまでハッキリとザビニにものを言ったのははじめてだったし、思ったよりも深い事情がありそうだった。
「爺ちゃんはスリザリン出身で、父さんはグリフィンドールだった。例のあの人の暗黒時代に、まだ僕が生まれる前、爺ちゃんはあの人の支持者たちがマグルを襲う計画を立てていることを知ったんだ。その直前にたまたま助けたケンタウロスが、事前に警告をくれていた。危機が迫っているって」
この時のハリーには、ファルカスがどれだけの覚悟をして話をしているのか、何となく察することはできても実感を持ててはいなかった。スリザリンにはドラコをはじめとして、親族が例のあの人の関係者だった魔法使いや魔女は多い。もしかしたらファルカスの親族が誰かの親族を捕まえたか、殺害しているかもしれないのだ。親族が闇祓いであると明かすことは、スリザリンの中では自殺行為にも等しかった。
「……爺ちゃんはその襲撃計画を知ったとき、仲間とはぐれて一人だった。だから瞬間移動して、人員を増やして闇の魔法使いたちを迎え撃とうとしたんだって父さんは言ってた。そうやって時間をかけて戻ったら、あの人の支持者はマグルを襲って殺してしまっていた」
「……」
(そんな、そんな簡単に)
ハリーは絶句して何も言えなかった。マグルは確かに嫌いだ。だけど、そんな簡単に人が殺せるのかと思った。そんな簡単に、人が死んでいいのだろうかと。
「平和になった後で、周囲の人たちは爺ちゃんを責めたんだ。なんで止めなかったのかって。臆病風に吹かれて逃げただけなんじゃないかって。結局スリザリン出身だから、マグルの命なんてどうでもいいんだろうって散々に貶して、爺ちゃんはそのことを気に病んで死んじゃった」
「君の爺さんは何も悪くないだろ!悪いのは殺人犯たちだ」
ハリーは憤慨した。どうして、必死で頑張ろうとした人間を何もしていない他人は責めるのかと。どうしてマグルを守れなかっただけで、ファルカスのお爺さんが責められないといけないんだ、と。
それまでずっと頑張ってきた人をだ。
「……勝てる体制を整えるのはビジネスの基本だって、僕の父さんも言ってました。君のお爺様に悪口を吹き込んだ連中は、よっぽどの馬鹿だったんでしょうね」
「ありがとう。……でも、僕の周囲の家の人は、スリザリン出身の魔法使いのことをすごく悪く言うんだ。……爺ちゃんのことがあったから、父さんも闇祓いじゃなくて、ずっと給料が安い窓際に左遷されちゃったんだよ」
入寮したとき、ファルカスはスリザリンの中ではハリーの次にみすぼらしい見た目だった。闇の魔法使いのせいで、いろんな人が迷惑を被るのだ。
「ハリー。僕は爺ちゃんみたいな闇祓いになりたいんだ。スリザリン出身でも立派な闇祓いになれるって証明したい。だから、僕はハリーを信じるよ。闇の魔法使いが石を狙ってるなら、それを止めなくちゃ」
「うん。ありがとうファルカス。でも、スリザリンは学校の外でも嫌われものなんだね……」
「……よく話してくれましたね、ファルカス」
「それはこの三人だったから。みんなは、他の誰にもこのことは言わないでしょ?」
「言うわけねーだろ。俺は簡単に友達を売るほど落ちぶれてないぞ」
「……それに俺も……スリザリンの評判は正直言って上げたい」
ファルカスの告白は、アズラエルとザビニの心を動かしたようだった。ザビニはばつが悪そうにファルカスを見ながら、そっぽを向いて腕を組んでいた。
「ここに来たときは、悪役にでも何にでもなって。誰に嫌われたって成り上がってやるって思ったけど……スリザリンってだけで悪く言われるのは気に食わねえ」
ザビニにはザビニの野心があった。ジェームズ・ポッターの親友として名を上げたシリウスのようにハリーの側で英雄としての座を掴みたいなら、今がその時だとザビニの直感が働いていた。ザビニはうまく自分の本心を明かさずにファルカスの告白に乗っかり、誰にも本心を気取られなかった。
「……石を狙ってる奴が、例のあの人を復活させようとしてるとして。いつ狙ってくるだろう」
ハリーは改めて三人に問い直した。ファルカスの告白によって、少し気まずい雰囲気が流れていた。
「ユニコーンの血の呪いを受けているなら、すぐにでも奪おうとしてくると思います。それこそ今晩中に」
アズラエルはそう推測した。が、それに待ったをかけたのはザビニだった。ザビニは反論を考えることに関しては人一倍上手かった。
「でも、学校にはダンブルドアがいるぜ。もし四階を進んだ先にダンブルドアが居たらどうすんだ?」
「……ダンブルドアは……
僕はあてにならないと思う」
「何でだよ?イギリス最高の魔法使いだろ?」
「それでもダンブルドアは一人だ。ダンブルドアが居ない時、必ず犯人は石を奪いに来る」
「……なるほど。隙が来るまで待つと?」
「いや。隙を作るんだ。学校で騒ぎを起こすなり、森で騒ぎを起こすなりして、ダンブルドアが石を守りつづけるような状況を作った後で、ダンブルドアが寝た後に行動を起こす。僕ならそうする。魔法薬を服用したって、無限に起き続けられる訳じゃないしね」
ハリーの懸念は的中していた。その日は日曜日だった。ハリーたち四人は石を守るために四階に向かおうとしたとき、途中を警戒しているマクゴナガル教授と、彼女に猛抗議しているロンとハーマイオニーに遭遇した。ロンたちは賢者の石が狙われていることを、マクゴナガルに明かしていた。
「愚かなことを言っていないで、すぐに校庭に出なさい!どこでそれを知ったのかは知りませんが、あなたたちが気にするべきは自分の成績と寮の得点についてです!!もしあなたたちが四階に近づくことがあれば、私は五十点を減点します!!ええ、ウィーズリー。たとえグリフィンドールでもです!!」
「……大丈夫、ロン、ハーマイオニー」
マクゴナガルの剣幕に押されながらも、ハーマイオニーとロンは重要な情報を入手していた。
「大変だハリー!ダンブルドアは今日は戻らない!!緊急の用件があるって魔法省に行っちまったんだ!!」
ハリーはその時、自分達で石を守ることを決意した。
盗人たちより先に、ハリーたち六人で賢者の石を守るのだ。闇の帝王の復活を、ハリーたちの手で阻止するのだ。
***
その日の晩、皆が寝静まったころ、ハリーたち四人はスリザリンの談話室を抜け出そうとした。アズラエルが血みどろ男爵と交渉し、ポルターガイストを遠ざけてもらった。談話室を出たらすぐに隠れられるように、透明マントに拡大魔法をかけておいた。これで、ハリーたち四人はロンとハーマイオニーを迎えに行くことができる。
しかし、誰も居ないはずの談話室には、三人の人影があった。
「止まるんだポッター」
談話室の出口には、青白い顔を病人のように白く染めながらドラコと、眠たげな目のゴイルと、チラチラとドラコを見ているクラッブの姿があった。いつもなら二人を全面に立たせるドラコは、今日は杖を片手に一人前に出ていた。
「……ドラコ」
ハリーはドラコが無理をしているのがわかった。いつものドラコなら、ハリーが夜に抜け出そうとしていることを皮肉混じりに責めるはずだからだ。今日のドラコは、そんな余裕も無いほどに追い詰められていた。
「君を寮から出すわけにはいかない。あのケンタウロスの予言を僕も聞いたんだ。……闇の帝王が戻ってくるんだ!」
ドラコの声には普段の高慢さはなかった。ハリーはドラコに構っている訳にはいかなかった。これから、ロンとハーマイオニーを迎えに行かなくてはならない。
(……でも、おかしいな……)
ハリーは、ドラコは本当にハリーを止める気はないんじゃないか、と何となく思った。ハリーがドラコなら、ソノーラス(響け)でハリーが出歩こうとしていることを寮中に暴露するからだ。
「そうなったら困るよ」
ハリーはにべもなく切り捨てた。そんなハリーを、アズラエルは後ろからみていた。
(……ここまで言われてるのに、よくマルフォイをあしらえますね……)
そもそもドラコがここまで執着する相手はハリーだけだった。そして、ドラコ相手にこんな態度が取れるスリザリンの一年生はハリーだけだ。二人はスリザリンの中でひときわ目立つ一年生で、対照的でありながらどこかで似ている部分があった。
とんでもなく我が儘なところが。
「困らない!僕たちスリザリン生にとってはいいことだらけじゃないか!例のあの人ならマグル生まれだって排除して、僕らにとってきっといい学校にしてくれる!僕の父上はそう言ってたんだ!君だってマグルは嫌いだって言っただろう!」
ドラコはあらゆる言葉を駆使してハリーを止めようとしたが、ハリーは止まらなかった。ドラコの脇を通りすぎると、冷たく言った。
「ブラッジャーに魔法をかけて僕を殺そうとしたり、トロルを侵入させて人を殺そうとする奴だよ。そんな人を僕は立派だとは思わない。ヴォルデモートは、人の命を何とも思ってない」
ハリーがその名前を口に出した瞬間、場は凍りついた。ハリーにとってはそれが狙いだった。
「僕はホグワーツが好きだ。スリザリンが好きだ。スリザリンで、はじめて同い年の友達が出来て嬉しかったんだ。他の寮に居るライバルと、切磋琢磨できるのも楽しかったんだ」
「だけどアイツはそれを奪おうとした!奴が戻ってきたら。きっと今まで通りにみんなでクィディッチを楽しんだり、魔法を楽しむことなんて出来なくなる!」
「『みんな』が何だっていうんだ!?」
ドラコは悲痛な顔でハリーに訴えた。
「君は君のために生きればいいじゃないか!僕が父上に頼めば、例のあの人だってきっと君を……」
「……ごめん。一つ嘘をついたよ。みんなのためじゃない。僕が嫌なんだ。例のあの人に頭を下げて生きるくらいなら、人としてはダンブルドアのほうがまだマシだ」
ハリーの言葉は、ドラコにとっての地雷だった。ドラコは杖を振り上げて呪文を放とうとした。
「この分からず屋め!ペト……」
「インカーセラス(縛れ)!」
迷いのあるドラコより、迷いの無いファルカスのほうが詠唱は早かった。ファルカスとアズラエルは、その場に残って殿をかって出た。
「ハリー、ザビニ!先に行って!!ここは僕たちが止めます!」
「頼んだ!ブルーム、ファルカス!!」
「負けるなよ!」
駆け出すハリーの後ろ姿に、ドラコは杖を向けていた。杖を向けながら、ドラコはついに呪文を唱えることが出来なかった。
これだけわがままで独善的じゃないと主人公なんてやっていけないんだ。