「……いや、お前さぁー」
「大事なことを何で俺らに黙っとくわけ?」
「そうだそうだ!ロンの癖に生意気だ!」
秘密の部屋の入り口において、ジニー・ウィーズリーをはじめとしたウィーズリー家の四人が揃う。フレッド、ジョージ、ジニーは六男のロナルド・ウィーズリーに対して厳しい視線を向け詰め寄っていた。
兄妹から詰め寄られたロンは顔色を青くしながら必死で弁明する。
「い、いやちょっと聞いてくれ。俺は、『例のあの人』に対抗するための訓練をすべきだと思った。三人もそのうち誘おうとは思ってたんだ。けどさ、フレジョは商売の試供品テストで忙しかったし、ジニーも彼氏とのデート」
ロンは最後まで言いきることは出来なかった。
「ペトリフィカストタルス(石になれ)!!!」
「おー、いい腕だな妹よ。DAでの訓練の成果が出てるじゃないか。フィニート(終われ)」
怒ったジニーの制裁を受けて石になったロンを、ジョージが終了魔法によって石から戻す。
ジニーは鼻を鳴らしてロンを見下した。
「言い訳くっちゃべってるけど、用はあたしらに来られたら面倒くさいと思ったんでしょ?」
「う」
「図星ね?そんなこったろうと思った」
ここでロンにも選択肢があった。素直に己の過ちを認め、三人に謝り話を先に進めるという選択肢だ。
しかし、ロンはそれを選ばなかった。
というより、選べなかった。
現在ホグワーツに通学しているウィーズリー四兄妹の中で、ロンのヒエラルキーは圧倒的に最下層である。六男のみそっかすというノリのまま友人達の前に晒されたくはないというロンのなけなしのプライドが、素直な謝罪をしようという意思をはね除けた。六男の悲しき性である。
「……昔は可愛かったのになぁ。ハリーを見たら口ももきけなくなるくらいおしとやかなチビだったのに……」
「ロン……もう一回石にしてやろうか?ん?ペトリフィカストタルス!」
「うおっ……と」
ロンは無言プロテゴでジニーのペトリフィカストタルスを防ぎ、魔法をそのままジニーへと返す。ジニーは意識を保ったまま自分の魔法で石へと変化した。
「麗しい兄妹愛だな」「ロニー。今のはデリカシーゼロのお前が悪いぞ、マジで。後でちゃんと謝れよ?」
ジョージからの指摘にばつが悪そうにしながら、ロンはもごもごと謝罪の言葉を並べた。
「……あー、うん。……正直悪かった。タイミングを見て話すつもりだったんだ。……ジニーをここに連れてくるべきかどうか迷ったけど、もうそんなこと言ってる場合じゃない」
「親父だっていつ命を落とすか分からねーんだ。悠長なこと言ってる場合じゃねー。遅いんだよ」
「……ああ。悪かった。謝るよ」
フレッドがロンの言葉に頷いてロンを厳しく叱る。ロンははじめて緊張で固くなっていた表情を緩めた。
ロンは女子トイレの蛇の彫刻が施された水道の蛇口の前で、ポケットから風船を取り出した。
「何だそりゃ?」「静かにしてくれ」
シュー、シューという音が風船から漏れ出ると、秘密の部屋の入り口が開く。
「……マジか……」「俺達二人にもまだ探索してねぇところがあったなんてなぁ……」
目を輝かせる双子に対して、ロンは途端に不安になった。
(この二人なら大丈夫かな……いや……けど一応言っといた方がいいよな。秘密の部屋で何するかわかんねーし……)
「無駄だと思うけど一応言っとくぞ。二人とも、勝手に探索し過ぎるなよ?バジリスクは死んだとはいえスリザリンの作った場所なんだぜ?俺達だって全部を把握してる訳じゃねぇ。どうしようもない罠や怪物がいないとも限らねぇんだ」
意味深に視線を交わす双子に対して、ロンはきつく釘を刺した。双子に対して抑止するような効果はないだろうな、と半ば諦めながら。ロンが止める間もなく、双子はひゃっほうと秘密の部屋へと足を踏み入れる。
宿敵であるスリザリンの部屋に乗り込む勇敢さに溢れたその姿はまさにグリフィンドールの精神が具現化したかのようであった。ロンは双子のことは気にせず、自分の杖をジニーに向けた。
「フィニート。……部屋に入れるか、ジニー?」
ジニーの石化はあっさりと解け、硬直していたジニーはロンが先ほどいたところに杖を向けた状態から、杖を降ろして大きく深呼吸をした。
「……………………ひとつ疑問なんだけど。DAでそのまんま全部を明かして、DAのメンバー全員で必要の部屋で訓練するって訳にはいかなかったの?」
ジニーの瞳には、隠しきれない嫌悪感が滲んでいた。
三年前大勢のマグル生まれ達を襲い、ジニーやハリーを殺しかけた因縁の場所。それがこの秘密の部屋だ。
この場所を訓練場に選んだことをジニーが責めるのは、心情的には当たり前のことだった。
「ぶっちゃけ二度手間だし。DAやって、そのあと戦闘訓練をここでこっそりやる……って、どんだけロスなのさ」
ジニーの意見は効率という観点から見ても全くもってその通りだった。
しかしロンは決闘クラブの部長として、ジニーに宣言する。
「DAはあくまでも決闘クラブの代わりだ。あそこでは基礎を学んで、こっちで戦闘を想定した訓練をする。住み分けが必要だったんだ。基礎も出来てないのにいきなり応用ができるわけねぇだろ?」
「でもさ-……めちゃくちゃ面倒くさいことしてるよね。例のあの人に対する訓練がしたいってんなら最初から言えばいいじゃん」
「グリフィンドール以外の生徒にいきなりデスイーターと戦うなんて話をして乗ってくれるわけねーだろ。それこそ人が集められねぇよ」
ロンの話はジニーにしてみれば伸び耳で盗聴済みで、じつは知っていることである。が、それはそれとして、何故自分達にここまで話さなかったのだという怒りや、DAのメンバーにも言えという思いがあった。
これは経験の差からくる一般生徒との認識のずれである。
自分自身が一度死にかけ、父親も死にかけたジニーにしてみれば(闇の魔術に手を出さないという前提で)魔法の実力をつけることは正しい。絶対に必要なことだ。
が、大多数の生徒はそもそもヴォルデモート復活という前提を信じないというスタンスだ。根本的な意識そのものが違うのだ。
「アンブリッジのせいで基礎すら半端になってるやつがわんさか居るんだぞ。ぶっちゃけ戦力としては話にならなかった。DAはDAで、意味はあったと俺は思う。特にハッフルパフの連中は基礎練習をしようにも、数だけこなせばいいって思ってるやつも居たからな……」
基本的な魔法の反復訓練は重要である。魔法の習熟とは一朝一夕にできるものではない。地道な訓練を重ねてはじめて自分の力として咄嗟の場面で使うことができるようになるのだ。
だから皆魔法を練習するわけだが、個人、或いは友人達との魔法の練習というものには限界がある。間違いや誤りの可能性があるということだ。
杖を相手に向けるという動作ひとつとっても、余計な力が入るだけで魔法の成功率は低下する。そういう基礎を徹底できていないのに戦闘の訓練など夢のまた夢だ。
「例えば昔の俺みたいにヴィンガーディアム・レヴィオーサ(浮遊)の発音がうまく出来ないみたいなミスでも、そのまんま続けたら間違った癖がついちまう。ザカリアス・スミスなんかはセドリックが言わなきゃずっとエクスペリアームスをやろうとしなかったぜ」
「それはそうだけど……」
ジニーはロンの言葉に一理あると認めつつ、秘密の部屋へ入ることを躊躇した。
(……まだ、ここに来るのは早かったか……?)
ロンは秘密の部屋を戦闘訓練の場所としたことは誤りだったと思った。確かに、人が寄り付かず大勢が集まることができる場所としてはこれ以上の場所はない。
だが、ジニーはかつてこの場所で死にかけたのだとロンは己の行動を責めた。
どんなトラウマがジニーの心を苛むかわかったものではない。ハリーに話をしてどこか別の訓練場所を探そうとロンが考えたとき、コポコポと女子トイレの一室が動いた。
「ヤバい!マートルだ!急いでロン!」
「えっちょっおま」
先ほどまでの深刻な顔はどこへやら、ジニーはロンを蹴り飛ばして秘密の部屋の入り口に押し込むと、自分もその後に続いた。ロンは背中越しに、嘆きの声を聞いた。
『ええ!?どうして、どうしてなのよぉ~っ!私だってお話したかったのにぃ~っ!会話に餓えてるのよーっ!待ちなさいよー!私のお陰で助かったんじゃないの~!?』
哀れなゴーストの声が聞こえなくなると、ロンはほっとした。ロンから見て、女友達はハーマイオニーで間に合っていた。ロンは後ろを振り返らずにジニーへと言った。
「蹴るか、普通」
「マートルに水浸しにされるよりはマシでしょ?」
「違いねぇ」
ロンはジニーを先導して秘密の部屋を歩いた。ジニーの足取りは軽やかで不安は感じられない。
「……安心しろよ、ジニー。この先に居るのは俺達が本当に信用できると思ったやつだけだ。『例のあの人』とだって戦えるように、本気で鍛えるんだ」
「当たり前じゃん。死ぬ気でやらなきゃ強くなんてなれないよ」
ジニーの声に、秘密の部屋に対する恐怖心は残っていないようだった。入るまでは怖かったとしても、いざ足を踏み入れてしまえば大したことはなかったのかもしれない。
勇気とは大抵、最初の一歩を踏み出すまでが怖いものだ。
***
ハリーは不思議な感覚に戸惑っていた。
スネイプ教授とのオクルメンシーの訓練はハリーにとって困難を極めるものだった。スネイプ教授はハリーの過去の忌まわしい記憶を掘り起こし、ハリーはスネイプ教授の悪事の一端を目にした。それを心の内から排除し、オクルメンシーの訓練をすることはハリーとスネイプ教授が互いが互いの心臓をナイフで刺し合い、心に油を注いで内側から火にかけるような殺気立った訓練だった。
その最中にあっても、心はスケート場にある氷のように綺麗で、表面が傷つこうが内側は固く、整っていなければならない。ハリーにとってはは大きな矛盾であり、過去最大の試練だった。
雑念を削ぎおとし、心を保って眠りにつくように、とスネイプ教授はハリーに二度も言い聞かせた。ハリーはその教えを守るために、秘密の部屋の中で訓練に打ち込むことにした。
勉強のための余力は残しつつ、肉体的には疲労するようにハリーは秘密の部屋の中で汗を流して戦っていた。自分とアズラエル、そしてザビニというルームメイト三人組で、セドリック、コリン、アーニーに挑む。複数対複数の戦闘訓練である。
戦いは拮抗していた。セドリックのコンジュレーションを受けたアズラエルが鳩に変えられたあと、ハリーとザビニはアーニーを集中攻撃してステューピファイで気絶させた。
魔法による攻撃の余波はハーマイオニーがプロテゴ・ホリビリスで防ぎ、倒れた敗者達はダフネやネビルが回収して治癒する。
ネビルは薬草を持参していた。その薬草の助けもあり、倒れた生徒が多少強力なコンジュレーションやヘックスを受けていたとしても元通りに治癒することができた。彼らのお陰で、ハリー達はほぼ全力に近い戦闘を行うことができた。
ハリーは狭い空間内をところ狭しと飛び回りながらコリンとセドリックの追撃をかわしていた。ハリーは今、乗りに乗っていた。高揚感にハリーの口角が上がる。
(……いける!)
スネイプとの訓練を忘れ去れるようなひりつくような緊張感があった。自分よりも早く飛べるセドリックと、少しずつではあるが自分に近づいてきているコリン。彼らを振り払うためにハリー自身も速度を上げて空中戦を挑む。その時ハリーの額はずきずきと痛んでいたが、気分は高揚し絶好調だ。
ハリーはハイになっていた。
ハリー自身も出したことがないほどのあまりの高速移動にハリー自身の動体視力が追い付かず、目ではなく魔力で捉えなくてはならなくなる。その時、ザビニの声がハリーの耳に入る。
「ハリー!下に撃て!セドリックだ!」
「オーケー!」
ザビニの指示を信じ、ハリーは無言のステューピファイを撃つ。ハリーの下から飛行魔法で追い縋って迫っていたセドリックへと赤い閃光が刺さった。
(やった!)
と、思った次の瞬間。飛行していたハリーは大きな網に全身をからめ捕られる。虫取網に引っ掛かった蝶のようにもがくハリーの視界は、その直後にブラックアウトした。
***
「……そうか……僕はコンファンド(錯乱)を受けていたのか。ごめん、ザビニ。それからアズラエル」
「一秒を争う戦闘の最中だと、認識のずれは命取りになる。皆もよく覚えておいてくれ」
戦闘後、ハリーは反省会をした。アズラエルもザビニも何故負けたのかをコリンやセドリックから聞いて顔をしかめていた。ザビニは錯乱したハリーの攻撃を受けて倒れたのだ。
「セドリックがでかい網を作って、コリンはコンファンドを撃つ。ステューピファイみたいな即効性はねぇが効果的な作戦だな。俺はハリーにやられちまったんだから」
「済まなかったねザビニ。自分が錯乱していたとは思いもしなかったんだ」
「いや~、でも自分で使ってみるとコンファンドって博奕みたいな魔法ですよ。ハリーに効いてなかったんじゃないかと思ってヒヤヒヤしました」
「クリービーも大分成長しましたねぇ。コンファンドを教えたのはこの僕ですが」
「その節はお世話になりました」
アズラエルは感慨深そうに言う。どうやらコリンは自分でハリー以外の先輩にも師事していたらしい。
(……不思議だな……コリンには僕のコピーだけじゃなくて色々と学んでほしいと思っていたのに、ちょっと妬いてしまう自分がいる……)
アズラエル相手に礼を言うコリンを見て複雑な思いを抱くハリーをよそに、セドリックの解説は続いた。
「人の意識に働きかけるコンファンド、複数人に働くコンファンダスのような魔法は難しいけれど、使いこなせば便利だよ。戦闘だけじゃなくて、魔法を目撃しちゃったマグルを誤魔化すことにも使えるしね」
「オブリビエイトの代用で使うんですか?」
ハリーの言葉にセドリックもああ、と頷いた。
「視覚や聴覚や触覚。マグルは僕たちと違って魔法を認識できないけど、その三つだけで魔法や魔法生物の存在に気がつくことがある。なにかおかしいな?と思うマグルは居るんだ。彼らは魔法の知識がないだけで馬鹿じゃないからね」
「そういう人たちに有効なのが、コンファンドだ。魔法生物による痕跡や違和感を一時的に認識から外して、通常通りだと思わせたりできる」
「オブリビエイトをしないのはやっぱ危ないからですか?」
ザビニの言葉に、セドリックもそうだねと頷いた。
「これは父さんから聞いた話の使いまわしだけど、オブリビエイトによって忘れちゃいけない記憶を思い出せなくなるマグルも過去に居たらしい。まだオブリビエイトに習熟していない若手職員の魔法を受けたことでね」
ごくり、とコリンが唾を飲み込む音がした。ハリー自身も気が気ではない。
「そういう不幸な事故が起きないように、コンファンドも有効な手段になる。覚えておいてくれ」
「はい!」「ありがとうございました、セドリック先輩」
セドリックの講習が終わると、ハリーはセドリックに礼を言った。敗北は反省すべきだったが、面白い魔法の蘊蓄を聞くのは嫌いではない。
その時、パチパチと拍手する二人組がいた。ウィーズリー婦人による手編みのセーターに身を包んだフレッドとジョージ・ウィーズリーだった。
「いや~ナイス講習。見ごたえのあるバトルだったぜ」
「俺達も混ぜてくれよ。いいよな、ポッター?」
「ええ喜んで。宜しくお願いします、お二人とも」
「私も居るからね!」「ミス・ウィーズリーもよろしく。ルナ、相手をしてあげて」
ハリーは双子やジニーと握手をかわすと、ルナに指示を出した。複数人で組んでの戦いは、単独での戦闘とは違う。ルナにとってもジニーにとってもよい訓練になる筈だった。
「ほーい。よろしくお願いいたします」
「あ、こちらこそ」
対ヴォルデモート、対デスイーターを想定した仲間が増えていく。ハリーはザビニ、ザビニの彼女であるスーザンと組み、オルガ、ミカエル、シュラークの三人組と戦った。オルガの指揮はなかなかのもので、スーザンとザビニがそれぞれ分断されハリーがシュラークと一対一を強いられている間にスーザンがミカエルの手で落とされた。
シュラークは最後までハリーの攻撃をかわし続けたが、デューロ(沈め)でハリーが作った落とし穴に嵌まり、ザビニがオルガを、ザビニとハリーの二人がかりでミカエルを倒し、決闘はハリー達三人組が勝利した。
ハーマイオニーにかわってロンがプロテゴ・ホリビリス(全体防御)を決闘用のマット周辺の空間にかける。その様子を眺めながら、ハリーはザビニ、スーザンと反省点の洗い出しをしていた。
「……よーし。今回はまずまずの成果だったよな?かなり順調じゃねーの?」
「ああ。いい戦いだった。最初に分断されたときはひやっとしたけどね。集団戦のコツも分かってきたね」
「私は普通に負けたけれど……」
「それは相手が強かっただけで判断や行動が間違っていた訳じゃない。足が早いミカエル相手だと逃げるのも難しいから、スーザンの判断は正解だよ」
「ミカエルがスーザンに手間取ったからこそ、俺も不利な二体一になる前にハリーと合流できた。ありがとよスーザン」
ザビニはセドリック達との負けを取り戻すかのような勝利に手応えを感じて喜んでいた。ザビニはスーザンから受け取ったレモネードを飲んで一息つく。
複数人での戦闘では、ハリー達は個人での決闘と同じように動くわけにはいかない。ザビニやハリーは足が早く、動き回って敵を撹乱したり、逃げたり、敵の魔法をかわしたりできる。
だがそれが味方の魔法を邪魔してしまうことがある。個人戦なら意味のある動きが複数での戦いになると邪魔となることもあるのだ。
反省会をしながら概要を反復し、動き方のコツを身体と頭に叩き込む。当たり前のことを当たり前に出来るようにハリー達は腕を磨いていた。
「……お、オルガ達は次に双子と戦うらしいぜ。どっちが勝つか今晩のデザートを賭けるか、ハリー?」
ハリーも決闘用のリングを眺める。オルガ達は反省会はそこそこに数をこなすことを決めたようだった。双子は意外にもネビルをチームに入れており、白熱した戦いになることが予想された。
「またトトカルチョに嵌まって……それは屑への入り口だって言ったのに……」
「堅いこと言うなよスーザン。金は賭けないって決めてんだからよ。で、どっちだと思う?」
「ううん……双子かな。スリザリンのトリオは強いけれど、さすがに双子には勝てないと思う」
スーザンは口では何だかんだと言いながらザビニに流され賭けに興じていた。ハリーはその様子を見ながら案外ノリがいいと言うべきか流されやすいと言うべきか迷った。
「俺は後輩たちにするぜ。ミカエルはなかなかのもんだし、オルガの指揮もうまい。あとシュラークはなんかカンが良いだろ?双子が相手でもワンチャンあるぜ」
「ハリーはどっちに賭けるよ?」
「……僕も双子に賭けるよ。あの二人が集団戦で負けるところは想像できないし」
「……そうか、ハリーはアイツらとガチったこともあるんだったな」
ハリーは双子に賭けた。自分で戦ってみた経験則から、ハリーは双子とオルガ達の弱点を把握していた。ハリーは双子ならばシュラークやミカエルに対する攻略法をすぐ実践すると思ったのだ。
戦闘はハリーの読みを大きく越えた。三対三の戦いを制したのは双子のチームだが、勝った原因はネビル・ロングボトムにあった。
薬草学に秀でているネビルは、即席のツルクサを出して罠を仕掛けてきた。フィールドに広がるツルクサはネビルの意思を汲み取って動き、インカーセラス(縛れ)による拘束を仕掛けてくる。これでまず、シュラークとミカエルの機動力が封じられた。
オルガは即座にインセンディオの指示を出した。ハリーでもそうしただろう。が、それは双子の思惑通りだった。
双子はツルクサの繁みの中に潜伏して罠を張っていた。オルガ、ミカエル、シュラークのインセンディオの炎がツルクサに灯った瞬間、オルガ達に何十という花火が降り注いだ。
プロテゴ・マキシマを習得していたシュラークは花火の嵐を耐え抜くことが出来た。が、そこまでだった。ミカエルとオルガは花火の嵐を防ぎきれず倒れ、ハリーはダフネと一緒にその手当てをしなければならなかった。
ハリーがダフネの補助として氷水を出してオルガの火傷を治癒している間に、フレッドとシュラークは一騎討ちをしたらしい。ハリーは一騎討ちでならシュラークが勝つと思っていた。が、フレッド・ウィーズリーはどうやら天才だったらしい。
シュラークはフレッドとの一騎討ちの最中、最初はうまく立ち回っていた。先手を取って攻めかかり、フレッドにプロテゴを張らせ反撃を許さない。そのまま押しきれるかと思われたとき、フレッドは無言でルーモスマキシマ(光り輝け)を使った。
(上手い!)
目を閉じながらハリーはそう思った。
プロテゴを維持したままでも攻撃、ないし補助として使える魔法の選択肢としては最上だった。
呪文の閃光よりなお速い、本物の光。シュラークは目を閉じた。それが決め手になった。
目を開けた瞬間立っていたのは燃えるような赤毛のフレッド・ウィーズリーであり、プラチナブロンドを持つシュラーク・サーペンタリウスはステューピファイを受けたのか地に付していた。ハリーはシュラに駆け寄ると、エネルベートでシュラークの意識を覚醒させた。
***
「……シュラーク。いい戦いだった。さぁ、礼を」
ハリーの言葉を聞くまでもなくシュラークは立ち上がると、杖を自分の胸に掲げてフレッドに一礼する。シュラークも作法を守ることには拘りがあるようだった。
(……やっぱりそうだ。シュラークはレジリメンスが使えるんだな)
ハリーはこの時、何となく抱いていた感覚が正確であると確信した。シュラークは色々な分野で上達が早く、スリザリンの四年生としてはトップクラスの成績を持っていた。中でも決闘の際には、まるでこちらの動きを読んでいるかのような動きをすることがあったかと思えば、あっさりと負けることも多々あった。
そして負けるときは、シュラークは相手と顔を合わせていない。逆に勝ったときは、相手の顔を正面から見ていた。
これはシュラークの性格が悪いわけではない。勝つために最善を尽くそうとしていたのだとハリーは思った。
ハリーとの戦いの際にも、ハリーが勝ったときはシュラークは視線を合わせていなかった。レジリメンスは通常、相手と視線を交わすことが発動条件となる。ハリーは自分の確信を心の内でとどめた。
(いい才能だ、シュラーク。ちょっと羨ましいよ……)
レジリメンスとオクルメンシーは求められる才能が異なるが、スネイプ教授がそうであるように、片方に精通している人間はもう片方も高いレベルで習得できることが多い。自分か、他人かの違いはあれども人の心に働きかける魔法だからだ。
その能力は、今のハリーにとって最も欲しい魔法の才能だった。
シュラーク・サーペンタリウスは戦闘の後悔しそうにフレッド・ウィーズリーに話しかけていた。実力で負けたことを認めたシュラークは、何とかフレッドからそのスキルを盗もうとしているかのようだった。
「今……貴方は戦闘中、全く僕のことを考えておられませんでしたね。僕は油断などしていませんでした。隙だってなかった筈だ。それなのに……あそこまで精度の高い魔法を貴方は使うことが出来た。一体どうやって?」
「あ?基礎魔法くらい無意識で使えて当然だろ」
「……!!」
シュラークに激震が走る。
「そもそもなぁ。決闘の定石はセドリックなりポッターなりフリットウィックだのロニー坊やだのが散々口酸っぱく説明してくれてんだろ。『相手の隙をつけ』ってな。なら後は『どうやって隙を作るか』を考えてやるだけだろ」
「仰る通りですが、僕が聞きたいのは無意識的な動きです。貴方はどうやってあの境地に辿り着いたのですか……!?」
「練習しろ。他人に答えを求める前に自分で考えて手を動かせや」
フレッド・ウィーズリーのアドバイスは至言であった。会話を聞いていたハリーとしてはごもっともであると納得すると同時に、ある思いにも駆られた。
(それが一番難しいんですよね……)
攻撃だの防御だのをいちいち考えて実行するのではなく、無意識下でも魔法を撃てるよう修練する。その高みに至るのは容易ではないことを改めてハリーも認識するのだった。
「ヘイ兄弟……パースとオリバーが憑依してんぞ。下級生には優しくしろよ」
「ジョージ。おまえのジョークにしてはキレがねーな。パースなら絶対無駄に長い説教してたぜ?それに比べたら優しいもんだろ。ネビルもおつかれさん。お前のお陰で勝てたぜ」
「あ、ありがとうございます!」
ネビルも褒められて嬉しそうに顔を綻ばせていた。フレッドは今回の戦いでネビルに魔法を撃たせなかったが、貢献度では間違いなくネビルの独壇場だったと言ってよいだろう。
「……あー、マダム・パディフットの喫茶店で新メニューあったろ。それ今度頼もうぜ、奢るからよ。息抜きは必要だろ?」
「やった!大好き!」「俺もだぜスーザン……」
秘密の特訓の最中でもいちゃつくバカップルからそっと離れ、ハリーはアズラエルと組んでフレッドとジョージに戦いを挑んだ。しかし、本気のチーム戦においては双子の方が一枚上手であった。
二年前操られた時と比べても、ハリーは格段に腕を上げた。だが、双子はそれから鍛え直して研鑽を積んでいたのである。
***
その日、ハリーは額の痛みと共に歓喜の感情に呼び起こされるかのように目を醒ました。
(……一体……何が…起きた…!?)
心臓は早鐘をうっていた。オクルメンシーの訓練は失敗したのか、それとも多少の効果があったのかハリーには分からない。少なくとも、妙な夢を見ていないことだけは確かだとハリーは自分に言い聞かせた。
顔を洗いスリザリンの緑色のローブに着替えて、ザビニ、アズラエルと一緒に大広間に向かう。大広間にいた生徒のほとんどは、怖いものでも見るかのようにハリーを見てきた。ザカリアス・スミスなどは、興味がないというふりをしながらチラチラと横目でハリーやザビニへと視線を向けてきた。
その時、ハリーの目の前にデイリープロフィットを抱えたふくろうが舞い降りる。ハリーがクヌート銅貨を差し出すと、フクロウの首もとにクヌート銅貨は吸い込まれていく。フクロウはそれを確認するとハリーへ新聞を落とし、ハリーの左肩で一息つく。
「お疲れ様」
ハリーが朝食のフランスパンをちぎってフクロウの嘴に差し出すと、フクロウはぱくぱくとパンの切れ端を啄んだ。やがて満足したのか、フクロウはハリーの肩から飛び去った。
「エバネスコ(消えろ)。スコージュファイ(消毒)。……なにが書いてあるんですか、ハリー?」
フクロウの羽根を掃除し終えたアズラエルは興味津々でハリーへと問う。ハリーは即答せず、新聞を読む手に力を込めた。
「不味いことになった」
ハリーの言葉の意味をザビニは理解する羽目になった。デイリープロフィットの朝刊には、脱獄、という文字と共に、骸骨のような犯罪者達の写真が並び自分達を嘲笑っている。
「デスイーターが……闇の魔法使い達が、アズカバンから解放された」
史上はじめての事態。最悪の時代の幕開け。アズカバンからの集団脱獄が起きたのだ。
ブラック家出身の魔女として数々の魔法族を殺害し、ロングボトム夫妻を拷問した魔女、ベラトリクス・レストレンジ。
ベラトリクスの夫であり、闇陣営の中で最も忠誠心が高いと言われる魔法使い、ロドルファス・レストレンジ。
ロドルファスの兄弟であり、ロングボトム夫妻への拷問にも荷担したデスイーター、ラバスタン・レストレンジ。
元神秘部職員であり、スパイとしてヴォルデモートのために暗躍していた闇の魔法使い、オーガスタス・ルックウッド。
夫婦揃ってヴォルデモートに忠誠を誓い、夫婦揃って投獄されたスナイド夫妻。
闇陣営の中でも大量殺戮を繰り返し、オーダーにも甚大な被害を与えたソーフィン・ロウル。
オーダーの一員でありながらハリーの両親を裏切るどころか、実はハリーの両親を裏切るより以前からスパイとして光陣営に多大な損害を与えマグルを十二名も殺害したネズミ、ピーター・ペティグリュー。
その他にも、錚々たる面々の顔が並んでいた。ここまでの集団脱獄を許した例は過去になく、英国国内だけでなく諸外国への影響も懸念されると記事はデスイーターの脅威を喧伝している。
……そして、何よりもハリーの動揺を誘ったのは記事の二面だった。デイリープロフィットの隅々まで見尽くすように記事を読み込んでいたハリーの視線は、記事の中に信じられない文字を見てぴたりと止まる。
記事の二面には、デスイーターに混ざって脱獄したという闇の魔法使い達の名と写真が載せられていた。デスイーターへの荷担や逃亡による潜伏が懸念され厳重な警戒が必要な闇の魔法使い達。
その面々の中には、ハリーの親友であるブレーズ・ザビニの母親、キシリア・ザビニの名があった。
そもそも原作だとザビニの母親は犯罪者ではなさそうかで逮捕もされてないようです。
が……本作では黒です。魔法省もちゃんと仕事はしていた結果こうなりました。悪しからず。