蛇寮の獅子   作:捨独楽

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マローダーズは全員ヤバい。


寄る辺

 

「なぁムーニー。もしも何かの機会でピーターに遭遇したら。俺達であいつを……ピーターを殺すか?」

 

 ああ、殺ろう。

 

 喉元まで出かかった言葉を、リーマス・ルーピンは寸前で呑み込んだ。

 

「……ピーターに関しては会議で方針は決まった筈だ。あいつを追い詰めず、迎え撃つ。今はそれでいいとダンブルドアからも指示があった」

 

 

 デスイーターの集団脱獄。この事態は、アルバス・ダンブルドアによって既に予期されていた。

 

 そもそもダンブルドアはアズカバンの看守を欠片も信用していない。この世で最も邪悪な魔法生物であると公言し、アズカバンからディメンターを追放すべきであると声高に主張していたほどだ。だからこそ、今回の事態にあってもオーダーに対して指示したのは、下手に動かず警戒を厳重にすること、だけだった。

 

「ああ、分かっているさ。個別の対応策についても会議で協議した通りだ。キングズリーが危惧していたようにピーターはヒット&アウェイに徹したら無敵の強さになる。闇の魔法使いとしてはそこらの連中よりよほど厄介だ」

 

 脱獄したデスイーター達の中で議題に上がったのは、ベラトリクスやルックウッドといったやり手の悪人達だけではない。ピーターに関しても議題に上がり、ピーターに実家を把握されているアーサーや、ピーターの能力を危険視しているキングズリーは得に警戒すべき相手としてピーターの名を挙げ、シリウスに意見を求めた。

 

「……ピーターはその性格上、下手に追い詰めれば……俺の時のように暴発する。刺激するなとダンブルドアは仰っている」

 

 シリウスの口調には悔しさが滲み出ていた。あの時殺しておけば良かったと思っているのは明白だ。

 

 ピーターを探すと言っても、ピーターには他の魔法使い達の誰より優れた能力がある。魔法界で最もポピュラーなペットの鼠に化けられるのだ。

 

 索敵。逃走。奇襲や攪乱。あらゆる場面で鼠の小ささと反射神経はピーターに優位に働く。たとえば見通しの悪い夜間であれば、ピーターへ攻撃魔法を当てることは不可能に近くなる。

 

 顔を合わせての決闘などピーターには不要なのだ。魔法使いの戦闘において重要な、敵の虚をつく能力に長けすぎているのである。

 

 

「……だが、ピーターだけは俺達の手で始末をつけるべきだ。これから先の抗争でやつと顔を合わせたときは、迷わずに。……道義的に、それが通すべき筋だ」

 

(……それは。)

 

 シリウスの言葉はリーマスの中の押さえつけていたものを浮き上がらせた。リーマスの心は、その通りだ、と叫んでいた。

 

 ピーター・ペティグリュー。ワームテールの愛称で呼び、慣れ親しんだ生涯の親友。リーマスにとってもシリウスにとっても、ピーターは己の命と引き換えにしても惜しくない存在だった。

 

 そもそも。

 

 マローダーズの友情は、ピーターなしでは成立しなかった。

 

 シリウスとジェームズは親友であった。何もなくても、たまたま違う家に産まれただけの双子のように、無二の親友として友情を育んだだろう。

 

 だが、ピーターが居なければ。リーマスがジェームズやシリウスやピーターと親友になることは出来なかったのだ。

 

 だからこそ、かつて親友だったピーターがこれ以上の悪事を重ねる前に始末したい。それが親友としての責務であり、闇に誘われていることに気付かなかった馬鹿な自分への罰だとリーマスは思っている。

 

 リーマス・ルーピンもまた、シリウスと同じマローダーズなのだ。

 

 マローダーズはそもそも、集団に迎合できないはぐれ者の集まりだ。

 

 ダンブルドアの庇護を受けながら、そのダンブルドアの意図に反して規則を破る。ジェームズもシリウスもリーマスも、そしてもちろんピーターも。その事の意味を、愚かさを理解していた。シリウスだけは怪しかったが、リーマスの一件を機会に理解してくれたとリーマスは思う。

 

 規則を破り、夜に徘徊する自分達は無敵だった。そんな自分達だからこそ、ジェームズはひとつのルールを作った。

 

 ……自分達に手を出してこない『普通』の人々には、優しくしようと。

 

 そのルールは、『皆』のなかに混じることが出来ない、『普通』ではないリーマスにとっても誇りであり、ひとつの指針となった。

 

 しかし本音とは裏腹に、リーマスの口から出たのは制止の言葉だった。学生時代のリーマスであれば言えなかった言葉だ。

 

「シリウス。道義的にと言うならば、ピーターだからと言って故意の殺人などしていい訳がない。ゴッドファーザーが殺人を犯したと知ったらハリーはどう思う?マリーダは?産まれてくる子供に、何と説明する?」

 

(…………つくづく、嫌な役だ。俺だって本当は……)

 

 リーマスはシリウスを、最後に残った親友として、そして奥方からストッパー役を頼まれた身として止めなければならなかった。

 

 シリウスは死にたがっているかのようにも見えた。

 

 先日、シリウスは闇陣営による工作を受けた。付き合いのあった魔法省職員のユルゲン・スミルノフに睡眠薬を盛られそうになったのである。

 

 アニメーガス能力の恩恵によって優れた嗅覚を有していたシリウスは、盛られた睡眠薬を看破し、隙を見てユルゲンに盛り返した。そして屋敷へ拉致し、アラスター・ムーディーの手でユルゲンの記憶の鑑定が行われた。ユルゲンは何者かによってインペリオにかけられ、シリウスに毒を盛った後所定の場所へ連れてくるよう指示されていた。ご丁寧に指示した人間の顔と声は誤魔化され、誰からインペリオを受けたのかすら定かではない。

 

 

 容疑者はいる。

 

 今年ユルゲンの職場に配属されたばかりの新人、マクギリス・カローが第一容疑者だった。

 

 マクギリスを囮にインペリオを指示された職場の人間か、デスイーターによって操られインペリオとオブリビエイトをユルゲンにかけたという可能性もある。

 

 

 

 デスイーターとの繋がりを追うためにオーダーの人員を揃えて逆に敵を迎え撃とうとしたが、結局空振りに終わった。ユルゲンが所定の時間までに来なかったことで、デスイーター達も計画の失敗を悟ったのだ。

 

 シリウスはデスイーターの干渉を免れた。しかし、油断ならないことに変わりはない。

 

 ユルゲン・スミルノフという一人の魔法使いはその一件から、魔法省職員でありながらオーダーへの協力を申し出るようになった。しかし、シリウスの本音は敵への憤りと自らへの怒りで満たされている。

 

 

 ユルゲンのような、他者を害したいわけもない『普通』の人間が、己の人生をただ享受することすらそれを許されず悪意によって利用され尊厳を踏みにじられる。それはシリウスにとって何より許せないことだ。

 

 だからこそ、今持っている全てを擲ってでもデスイーターに突貫し一人でも多くの悪人を止めて死ぬ。シリウス・ブラックは本質的に、自分という存在に価値を見出だしていない人間なのだ。

 

 ただ、シリウスは頭も回るし学生時代より理性もある。その機会もなく感情に任せて動けば無為に死ぬだけで、仲間を危険に晒すと理解している。

 

 だからこそ、やり場のない気持ちをリーマスにさらけ出しているのだ。こんな話は他人やオーダーの仲間に話せるものでもなかった。

 

「……ハリーのためにも生きるつもりでいるさ。ただな、ふとした時にこうも思う。俺がいない方が、ハリーにとってもやり易くなるんじゃないかとな」

 

「何を馬鹿なことを。ハリーにはまだまだシリウスが必要なんだぞ?その事を本当に理解しているのか?」

 

 リーマスにとってもあまり聞いていて気分の良い話ではなかった。

 

「……ハリーはもう俺の手を離れて自立している。……というより、俺のことを本質的には信用していない」

 

「そんなわけがあるか!」

 

 リーマスはシリウスを叱咤した。

 

「子供にとって保護者がどれだけ大きな存在かは解っているだろう?それが本当の親か、義理の親かはこの際関係ない。シリウスだって、ポッター夫妻のもとで育った経験はある筈だ」

 

 リーマスはシリウスを説得するためにシリウスの過去にまで踏み込まなければならなかった。リーマスでなければ言えない言葉だ。

 

「……俺は、ハリーには……グリフィンドールらしさやジェームズらしさを押し付けてしまっているんじゃないかという……負い目がある」

 

「……教育は……『やってはいけない』ということを教えることから始まる。それがハリーにとって合わなかったと言うのは、何もシリウスだけの責任じゃあない。今の状況を考えろ。ハリーに自由を与えたいという気持ちは解るが、それが許される時代じゃない」

 

 

「俺にもある……」

 

「ハリーが三年生の時、俺もハリーを指導した。ハリーが必要としていたのは、『生き抜くための力』だ。それを獲得するために勉強する方法を指導することは出来た。だが、心まで指導はしきれなかった」

 

「……ドロホフの一味を前にして、俺は杖を抜いた。結果的に、デスイーター一名の命を奪うことになった」

 

「あの時はああするしかなかった。お前が殺らなくても俺が殺っていただろう」

 

 シリウスの言葉に迷いはなかった。

 

「……ああ。仮に今あの瞬間に戻っても、俺は同じことをすると思う。……だが結果的に、ハリーの目の前で殺人の瞬間を見せてしまった」

 

 リーマスにとっても、心が引き裂かれるような経験だ。

 

 リーマス・ルーピンは理性的に振る舞わなければならない存在であると自分を戒めなければならなかった。狼人間の呪いを受けてから今日に至るまで、自分自身の身体に宿った呪い本当に理性を失い、行動する日がどれだけ忌まわしく、呪われているかということを考えない日はなかった。

 

 その呪いがあるからこそ、ルーピンは人に出来得る限りの寛容さと優しさでもって接した。だからこそ、命を奪うことに対する道徳的な重荷を背負っていた。

 

 前回の内戦の最中にも、デスイーター達と交戦して自分や仲間の命を護るために命を奪ったことはある。

 

 そして経験したからこそ、リーマスは思う。

 

 殺人は糞であると。一般道徳的な意義からではなく、心の底からリーマス・ルーピンはその行為を嫌悪する。

 

 そんな経験は出来ることなら誰にもさせたくはないと思う優しさと、必要ならばやらなければならないという厳しさ。その二つをリーマス・ルーピンは持っていたのである。

 

 

 問題はリーマスの正当防衛を見たハリーが闇の魔術にも秀でた才能を持っていたことだ。

 

 

 闇の勢力に対抗するための手段として闇の魔術は解禁された。しかし、ハリーに闇の魔術を使ってほしい訳がない。

 

「ただでさえ闇の魔法使いから狙われやすいハリーの前で、俺は敵の命を奪った。……あの一件で、敵に対してはどれだけ残酷になっても構わないとハリーやその友人達に誤解させてしまった」

 

「あの子達は昔の俺達よりは賢い。分別はつけられる」

 

 シリウスは言ったが、それが慰めでしかないことは明らかだった。

 

「……だが殺し合いを学校に持ち込んでしまったのは事実だ。おまけに人狼の姿でホグズミードをうろついた。本当に言い訳の余地もない」

 

「シリウスは自分のことを親として不足だと言ったが。そう捨てたものでもないと思うんだよ」

 

 リーマスは己の経験をもとに言った。リーマス自身、孤独な幼少期を過ごし、両親の庇護がなければ生きることすら叶わなかったかもしれないからこそ言える言葉だった。

 

「ハリーにとって、魔法界ではじめての身寄りだった。いわば、寄る辺だ。シリウスが居るというだけで、他に頼れるもののないあの子にとっては生きる支えになった筈だ」  

 

「……そうだろうか?」

 

 リーマス・ルーピンの言葉は実は正しかった。

 

 シリウスの対応は、ハリーにとって百点満点とは言えなかっただろう。ハリーにジェームズらしさ、グリフィンドールらしさというものを教え込もうという姿勢は逆効果であったかもしれない。

 

 しかし自分に出来ない部分はスリザリン的思考ができるマリーダに投げ、役割を分担してハリーへ善性を教え込んだ。シリウスには自覚がないだけで、その存在だけでもハリーの行動の指針となったことは疑いようもなかった。

 

 シリウス・ブラックは過激で行動力のある魔法使いだ。そしてその有り余る行動力の代わりに彼の社会性や社交性には疑問符がつく。ブラック家という出自と過去の素行が、誰より彼の行動に意味を与えてしまうのだ。

 

 ちょうど今のハリーと同じように。

 

 そしてそれは必ずしも悪いことばかりではない。

 

「シリウスがいなければ、ハリーはマグルの親族に魔法をかけていたかもしれない。あの頃のハリーにはそれくらいの危うさを感じたよ」

 

「ハリーがそんなことをするものか!マグルに魔法をかける?馬鹿を言うな!」

 

 シリウスはリーマスの言葉に憤慨した。

 

「ハリーはディメンターに襲われたとき、マグルの親戚の子供を助けた。嫌っていたのにだ。」

 

「……ああ。話を聞いたときはまるでジェームズのようだと思ったよ」

 

(……それに至るまでの経緯が大分違うが……いや、この際それは置いておこう)

 

 リーマスは若干昔を思い出して、一呼吸置いてから続けた。

 

「ハリー自身の善性があったからこそだが、それを教え込んだのは間違いなくお前だよ、シリウス」

 

 人は積み重なった結果で他人を判断する生き物だ。

 

 これまでハリーは、マグルを……正確に言えば、自分を虐げるダーズリー家を嫌悪してきた。が、ロンやハーマイオニーという稀有な親友とシリウスの存在、そして、闇の勢力との常識を超えた経験がハリーに理性を働かせた。

 

 ハリーのボガートを知るリーマス・ルーピンの視点で見れば、ハリーがマグルに対して消極的な悪意を行使する機会はあった。それにも関わらずハリーが悪意を自制できていたのは、リーマスから見ればハリーと、そして周囲の友人やシリウスの教えの影響。つまりは教育によるものだと判断できたのである。

 

 この仮説は実は正しかった。

 

 シリウス・ブラックがハリーの保護者として接し、また無理矢理にでもマグルとの融和を語ったことはハリーの考えそのものを変えるには至らなかった。が、それでも、ハリーのこころに一つのストッパーを作ったのは確かだった。

 

 シリウスにも、そしてリーマス・ルーピンにも知るよしもないことであるが、ハリーに出来た理性のストッパーが、マージ・ダーズリーに対する魔法による加害を理性によって断念することに至ったのである。

 

「……俺がハリーにいい影響をか。実感がないな……」

 

 そしてシリウスが根本的なところで自信を持てないのも、無理のないことだった。

 

 人は結果によって物事を判断する生き物だ。ハリーが闇の魔術を行使し、アバダケタブラにまで至ってしまったのは、自分の不甲斐なさが招いた結果であるとシリウスは己を責めていたのである。

 

 自責の念はシリウスをより過激な行動に走らせると、リーマスは思った。その後、時計の針が十一を回るまで、リーマスはマリーダと子供のためにも無茶なことは考えるなとシリウスを説得せねばならなかった。

 

***

 

 

 セドリック・ディゴリーはライデン・マクネアの依頼を達成した帰りに、ホグズミードのキャンプ用品店によってテントを物色していた。

 

 

 ライデンの依頼は、DAメンバーであるスリザリンの先輩方と、ハッフルパフのDAメンバーとのデートを仲介してほしいというものだった。カロー姉妹やラフタ・フランクといったスリザリンの女子達がハッフルパフ男子と連れ立ってホグズミードに消えていくのを見届け、三人はじっくりと欲しいものを探した。セドリックはテントを購入すると決めた。

 

「……しかし、ホグズミードもやけに人が少ないっすね。店で並ばなくていいのはラッキーっすけど」

 

 休日のホグズミードは人通りも少なく、ここ一年で最も閑散としていた。

 

 普段であれば三、四名の魔女や魔法使いがたむろしているキャンプ用品店は、年配の魔法使いが一人だけだ。普段なら愛想よく客と雑談に興じる年配の魔女の店主は不貞腐れたようにデイリープロフィットを読んでいる。記事は、脱獄したデスイーター達の動向について盛んに憶測を述べているだけで目立った進展はない。

 

「アズカバンからの集団脱走があったからね。皆、無闇に行動するのは危険だと思っているんだろう」

 

 セドリックは携帯式のテントを購入した。拡張魔法がかけられた携帯式テントは優れもので、魔法によって一瞬で起動し、室内にホテルのような快適空間を生み出せる。さらに限界はあるが、追加の拡張魔法も可能という優れものだ。店内は閑散としていたが、そのテントだけは売れていたのか残り三つにまで減っていた。

 

「毎度あり。……フン。お客さん、ホグワーツの学生さんだね?」

 

「ええ、そうです」

 

「だったら、ハリー・ポッターとアルバス・ダンブルドアに抗議の言葉でも贈っておくれ!」

 

「ど、どうしてポッターと校長先生の話が?……その、今回の一件は脱獄犯のせいだと思われますが……」

 

 セドリックは店主の言葉に面食らった。ハリーやダンブルドアに流れ弾が飛ぶ意味が解らなかったのだ。

 

「ダンブルドアやポッターが妙な話を吹聴したせいでこっちは商売あがったりさ!」

 

「え、はぁ……」

 

 ライデン・マクネアは相槌をうちながらもそうだろうかと困惑し、チョウは何言ってんだこの人という目で魔女の店主を見る。

 

(……この人はお喋り好きな人だし、きっと客との会話に餓えているんだろう……)

 

 セドリックが当たり障りのない言葉で切り抜けようとしたとき、会計を頼めるかの?と進み出る老いた魔法使いがいた。

 

 背中は丸く折れ曲がり、フリットウィック教授より少し高いか、という程度の背丈の老人だった。皺にまみれたその老人は、セドリックと同じ携帯テントと釣り用の魔法のルアーを購入しようとしていた。老いた魔法使いは煙草を吹かせて笑っている。

 

 

「ハイハイどなたですか?……何だい、ザボエラかい。まだくたばってなかったのか老いぼれ」

 

 セドリックはチョウにコートの裾を引っ張られた。今のうちに出ようという判断にセドリックも頷き退散しようとする。

 

 が、ザボエラと言われたその老人はセドリックの退場を許さなかった。

 

「キィーッヒッヒ。何だいはなかろうて。マダムや。あまり見所のある若者を虐めるものではないわい。」

 

 老人がマダムへ購入品を渡すと、老人のローブの左袖が見えた。左袖には、蛇のレリーフが刻まれていた。

 

(スリザリン出身の方かな)

  

 セドリックはそう思いながら成り行きを見守った。

 

「見処~?」

 

 マダムはじろじろとセドリックの顔を見回した。そしてふん、と鼻を鳴らす。

 

「んでも、見処があると思った根拠は謎のままだねえ。アンタはこの坊やのどこに見処を感じたってのさ」

 

「そのテントを購入しているだけでも見る目はあるわい。逆に何も買っていないそこの子供二人はゴミじゃがな」

 

「はぁ??」「ちょっと、初対面の相手に失礼じゃありませんか?訂正していただけますか!」

 

 セドリックはチョウを馬鹿にされたことで頭に血が登った。が、ザボエラは胸を張って言う。

 

「そのテント。家を追われようとどこに居ようとも快適な生活を保証してくれる代物じゃあ。ちょうど以前の戦争の時にも同じようにそのテントが売れたわい」

 

「え……?」

 

 チョウは思わぬ言葉に息を呑む。ザボエラという老いた魔法使いは、チョウやマクネアが自分の言葉に耳を傾けているのが気持ちよいのか得意気になって語った。

 

「マグルやマグル生まれのゴミが何人死のうとワシらには関係ないことじゃが。デスイーターとの下らん争いに巻き込まれて命を落とすなど愚の骨頂よ」

 

 ライデンはマグルをゴミと言いはなった老人をぎょっとして見ていた。

 

「……ザボエラの言葉は横に流しな。この男は昔から誰に対してもこんな感じなのさ」

 

「なんじゃと?未來ある若者に叡知を授けてやろうというワシの優しさが分からんのか、コンポート」

 

 ザボエラは老いた顔に満面の笑みを浮かべていた。マグルをゴミと断言するその姿は純血主義者のそれを彷彿とさせる。関り合いにならないほうがいい、とセドリックは一瞬思ったが、ザボエラの言動に隙しかないことで違うと思った。

 

(……まさか、デスイーターの関係者か……?いや。それにしては態度が露骨すぎる……)

 

 素性を隠して親しげに付き合い、距離を縮めてから罠に嵌める。それがデスイーターの手口だとハリーが言っていたことを思い出す。

 

『……あのムーディに化けていたのは、クラウチジュニアというデスイーターでした。彼は本当に頭がよかった。僕たちはあの人が優秀で誠実な教師だと信じて疑わなかった。だから騙されたんです』

 

(……白か……)

 

「あの時代、賢い人間は皆安全を確保する手段を用意していたものじゃあ。そこのお主も、そうじゃろう?このワシと同じように!!」

 

 自己顕示欲の塊のような老人は、胸を張って言う。がセドリックは思い得体の知れない老人への興味と敬意が消え失せた。警戒心を悟られないように笑って言う。

 

「いえ。僕はミスターザボエラのような知恵を持っていたわけではありません。ただキャンプが好きだっただけです。なぁライデン?」

 

「あ、そうっすね。セドリック先輩は昔から結構キャンプ得意でしたし」

 

「何じゃ、つまらん。ホグワーツの質も落ちたものじゃのぉ……」

 

「……じゃが。ワシは断言するぞ。皆本当は解っておる。気付きはじめておるんじゃあ。魔法省が後手に回っておることにな」

 

 煙草を吹かせた魔法使いは釣り銭を数えながら得意気に言う。

 

「ドロホフ一人を捕まえられなかった魔法省じゃ。今回逃げたデスイーターはあのときの比ではない。分かるかの?これは、もはや魔法省が対応できない数のデスイーターが逃げたということじゃあ。」

 

「『例のあの人』が戻ってくる日が近いと、皆が意識しておるんじゃよ。このテントをこぞって購入しておる人間は、見る目があるということじゃな」

 

「そんなものクソ喰らえだね。テントだけ売れたところで収入の足しにはなりゃしないのさ!ポッターだろうがデスイーターだろうが、とっととくたばってくれればいいんだ!」

 

「おやおやマダムよ、軽率な発言は感心できんの。デスイーターの耳に入ったら何をされるか……」

 

 キャンプ用品店を出たセドリック、チョウ、ライデンはマダム・パディフットのカフェに入った。ライデンはカップル御用達の店にお邪魔してもと辞退しようとしたが、まぁいいじゃないかとセドリックが引き留めた。

 

 ライデンは少し居心地が悪そうな顔をしていたが、店の中にアキヒロとラフタを除くと人がほとんどいないとわかってほっとしていた。

 

 席につき、オレンジジュースを流し込んだセドリック達はこぞってザボエラを話の種にして盛り上がった。

 

「ヤバかったね、さっきの人。純血主義なのかな?」

 

「最初はそう思ったけど、どうもそれにしては軽率だと思うよ。デスイーターのことは軽蔑しているみたいだし」

 

「お年を召しておられるようだし、価値観のアップデートができていない人だったんじゃないかな」

 

「あー、田舎にいる爺ちゃん婆ちゃんみたいなもんっすかね。あの人。……俺も歳取ったらあんな感じなのかなー」

 

「ああならないようにしようと実践するだけでライデンは大丈夫さ」

 

 ライデンの例えは分かりやすかった。年齢を重ねたら自分もああなるのだろうかと不安がるライデンに、

 

「けれどそういう人って怖いわよね。デスイーターに操られそうだし。もし操られたら、デスイーターみたいなことをやりそうで……」

 

 チョウの言葉に、セドリックとライデンは少し盛り下がり声のトーンを落とす。

 

「ま、まぁ……関り合いにならないようにするって言ってるし大丈夫なんじゃないすか?」

 

「……インペリオでの行動は本人の罪とは言えないよ。裁判でもそう判決が出ているし」

 

 セドリックはチョウを落ち着かせるためにそう言ったが、内心は少し不安があった。

 

「それもそうね……関り合いにならないと言うのが、一番の解決策って言うのは……悔しいけど真理だわ」

 

(……デスイーターのやり口は、『誰もが少しはある心の闇を増幅させて操る』だったな……)

 

 チョウの懸念は、あの老人のように元々闇を抱えた人間は闇の魔術に屈しやすいのではないかというものだ。実際、クィリナス・クィレルは心の隙をつかれて例のあの人に操られたとハリーから聞いたこともあった。

 

(……闇の魔法使いとの戦いが長引けば長引くほど、こうやって人を疑うことが増えていくわけか……)

 

 セドリックの心に言い様のない淀みが溜まっていく。それは人をハッフルパフの持つ寛容な精神ではなく、寛容さにかけた偏見と疑いの目で見なけらばならいことに対する罪悪感と嫌悪感。心のフィルターで濾過し忘れようにも、汚れた心は元には戻らない。

 

「『関り合いにならない』っすか……そう考えるとハリー先輩ってヤバくないっすか?セドリック先輩」

 

「『ハリーの周囲には危険なところしかない』と言った方が正しいね、ライデン」

 

 ライデンは空気を変えようと、ハリーのことを話題に出した。セドリックもそれに乗る。

 

「ハリー先輩が……その、ほら」

 

 ワルデンが言い淀むのも無理はなかった。ハリーの親友のブレーズ・ザビニの母親キシリア・ザビニはデスイーターに関与した疑いがあるとして指名手配されているのだ。

 

 ハリーは唯一ヴォルデモートの復活を目撃した存在である。が、ハリーの周囲を固める人間は闇側の存在もちらほらと見え隠れする。

 

 

 何時も側にいる親友のザビニは母親が推定でデスイーターで。

 仲のいい親友だったファルカスは死亡し。

 純血主義者のグリーングラス家のダフネと交際している。

 それなのに、ロンやハーマイオニーと端から見ても分かるほどに仲が良い。

 ハリーとは無関係な一般生徒からすると、あまりにも異様な状況すぎて近付く気にもなれないだろう。  

 

「……正直……ポッター先輩はどんなメンタルなんだろうって思いますよね。有名人のメンタルって、やっぱり俺達とは……あ、いやいやセドリック先輩とチャン先輩はそっち側っすよ?俺とは違うんでしょうね」

 

「……ポッターとは直接話したこともある。彼が闇陣営に与するなんて僕には考えられないな」

 

「去年あんなこともあったものね。……もしかしたら、闇の勢力と戦うためにセドリックのDAに参加したのかな……」

 

 チョウもセドリックの言葉に頷いていた。ハリーやハリーの周囲で起こる理不尽な出来事を危険視して、出来ればハリーとは距離を置いた方がいいと語ったチョウではあるが、世相が変われば掌を返すだけの柔軟性と、真相に近付くだけの頭の良さがあった。

 

 

 

「……ライデンも不安かい?」「そうっすね。正直に言うとそうです。こんなこと先輩にしか言えませんけど」

 

 ライデンは紅茶を飲み干すと、セドリックに語った。

 

「俺はほら。親父がちゃんとした仕事してくれてて、普通で良かったなって思うんですよ。でも、ポッター先輩とかマルフォイ先輩とか、今回のデスイーター達が何かやる度に、なんか……スリザリン以外のみんなから向けられる目が冷たくなるんす。もう慣れましたけどね」

 

「……ああ。無関係のスリザリン生にとっては気持ちのいいことじゃないよね。分かるよ」

 

「それだけじゃなくて……」

 

 ライデンは言いにくそうにしていたが、ついに言った。

 

「……こう……ポッター先輩とかマルフォイ先輩とかにぶつけられないヘイトを、俺らにぶつけて発散してるって言うか……」

 

「そういう風潮はまぁ……あるわね……」「それはライデン達のせいじゃない」

 

 セドリックは強く断言した。

 

 ここでセドリックは断言出来たのは、スリザリン生のハリーやハリー周辺の働きがあったことは否めない。

 

 いかに善良で誠実であろうと努めているセドリックでも許容範囲というものはある。スリザリン生が仮に、ウィーズリー家と言うだけで一人の生徒を嘲笑したり、ハリーがセドリックに頭を下げて協力を依頼していなければ、スリザリン寮そのものに自浄作用がない寮だと言う印象は拭えなかっただろう。

 

「今回、俺の頼みを聞いてハッフルパフの先輩達を集めていただいて本当にありがとうございました。セドリック先輩くらいっすよ、スリザリン生にここまでしてくれるの」

 

「……ライデン。心配しないでいい」

 

 

 セドリックは微笑んで言った。

 

「僕と君は子供の頃からの付き合いがあるし、スリザリン生が世間で言われることが偏見だってことも分かってる。君が気にする必要はないんだ」

 

「……もしこの先も似たようなことがあったら、僕に相談してくれ。……僕は君にとって頼れる友人でありたい。この先何があったとしてもこの気持ちは変わらないよ」

 

「何だったらわたしを頼ってもいいわよ?」

 

「えっ、本当にいいんですか!?……ありがとうございます!遠慮なく頼らせて貰います、セドリック先輩、チョウ先輩!」

 

 

 ライデン・マクネアの笑顔を見ながら、セドリックは別のことを考えていた。

 

(…………もしワルデンさんが、無理矢理操られて従わされたのなら、いい。ワルデンさんに罪はない。悪いのはデスイーターだ……)

 

 セドリックは、覚悟を固めていた。

 

(……だけど、もし。あの人が自分の意思でデスイーターになったのなら)

 

(……たとえライデンから恨まれたとしても。止めなければならない。犯罪なんてやっていいことじゃないんだ……!)

 

 顔見知りの、弟分のように可愛がっていた友達の父親が犯罪者かもしれないという最悪の可能性。それに立ち向かう覚悟を。

 

 

 ハリーからワルデン・マクネアがデスイーターだと聞いたとき、セドリックはハリーの言葉を嘘だとは思わなかった。ただ、マクネアが操られているのだと思った。

 

 ワルデン・マクネアはセドリックの父、エイモスと同じ魔法生物規制監理局の人間で、真面目で嫌な仕事でも忠実にこなしてくれる人間だとエイモスからも聞いていた。ライデンと幼少期に交流したとき、実際に会話したこともある。ウィーズリー家のアーサー氏と同じような、家庭人の魔法使いだと思っていた。

 

 その姿が本当であれ、嘘であれ。ワルデン・マクネアが犯罪者として罪を犯したというだけで、セドリックにとって耐え難い哀しみがあったのである。

 

 

 暗黒時代において、多くの人が命を落としていった。しかし、恐れるべきは死そのものだけではなかった。

 

 友情、信頼、思慕、敬愛、家族愛。人が社会を構成する上で必要となるあらゆる要素が徹底的に破壊され、人がそれまで構築してきたあらゆるものが崩壊していく。いわば人間性を壊され、寄る辺を失っていく恐怖を、暗黒時代の人々は常に感じていた。

 

 ホグズミードからの帰り道、雲の切れ端から差し込む僅かな月の明かりがセドリック達三人を照らしていた。

 

 月明かりすらない真の闇を、彼らはまだ知らない。

 




親が敵になったり
同僚が敵になったり
友達や彼女の親が推定敵だったり
本当に(この二次創作の)魔法界って糞だなと思います。
だから原作のハリー達はスリザリン生とはあまり交流を持たないようにしていたんですね。
何かあった未来のセドリックはワルデンの仲介でデスイーター落ちすると思います。
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