「……フィレンツェさん、ベインさん。少し反省会をさせて下さい。僕たちはこのまま帰る訳にもいきませんから」
「それは構わないが……私としては日が沈む前に帰ることを奨める」
「そのつもりです。そこまで長くとどまるつもりはありません。ありがとうございます、フィレンツェ。ベインさんも」
「礼を言われる筋合いはない。我々は君達に干渉はしないが……君達が我々の警告を無視した結果として命を落としても責任は負わない」
ハリー達は聖域にとどまり、暫くの間反省点について話し合った。フィレンツェとベインはハリー達とは一定の距離を起き、思索に耽っていた。
ハリー達は森の切り株に腰掛け、神秘的なケンタウロス二名に見守られながら反省会を始めた。セドリックは敗北の怒りに気が立っているのか、フー、フー……と深呼吸を繰り返している。
「……転入生の方が用いられたような大規模攻撃魔法に対応するためには、やはりこちらも大規模な防衛魔法を習得すべきなのでしょうか」
反省会で口火を切ったのはシュラーク・サーペンタリウスだった。シュラークはチラチラとハリーの翡翠色の瞳を覗き見てくる。
「ハリー先輩は……どう思われますか?」
「僕かい?」
「……はい。正直なところ、私は……あそこまで一方的な敗北は初めてでした。どう戦えばいいのか見当もつきません。ですから先輩のご意見を参考にさせていただきたいのです」
反省会をするようになったのは決闘クラブからの自然な流れだった。
自分達の立ち回りのどこが良かったか、とうすれば良かったかを研究する。不文律としてミスした仲間は責めない。その繰り返しで少しずつ改善していく。
学生主体のDAも、ハリー主導の裏の会合も、軍事的なプロの意見があるわけではない。ただただハリー達の経験をフィードバックし、ハーマイオニーやアズラエルが読み解いた教科書の知識と照らし合わせて戦術を考え、実践して無理なら都度修正する。その繰り返しだった。
戦術や戦略の問題と個人の能力の問題は切っても切り離せない課題である。今回、転入生の奇襲にだれも気付くことが出来ずに一方的に負けた。だから戦術的には防御魔法云々よりも前に索敵面の問題について考えるべきであった。
が、ハリーはあえてその事は指摘しなかった。
シュラークに普段のような自信はなく、ハリーに意見を求めるほどに動揺していた。それは危機感を持つという意味では正しい。が、落ち込み過ぎるのもシュラークにとって良くはないとハリーは思った。
今回、ハリーはかなりシュラークを甘やかしていた。ハリー自身が先輩にとって聞き分けのよい後輩ではなかった分、素直な後輩に対して甘くなってしまうのかもしれなかった。
バーノン・ダーズリー、シリウス・ブラック。さらにガーフィール・ガフガリオン。これまでハリーが影響を受けた目上の人間には、共通して言えることがある。
彼らは、身内に対してはすこぶる甘い。特に庇護対象だと認定した相手に対しては、それこそ甘やかしてしまうほどに。実際ハリーはロンに対してもダフネに対しても、それこそドラコ・マルフォイに対してすら甘い対応だった。
過度の妥協は時として後輩の成長を阻害してしまうことがあるのだが、今のハリーがそれを実感するのはまだ先の話である。
なまじコリン・クリービーの育成が上手く行ったことから、ハリーは自分の今のやり方が正しいものと認識していたのである。
ハリーは後輩のためにも、真摯に自分の意見を言おうと思った。
(……プロテゴ・ディアボリカ……いや。それは無理だな……)
ハリーは一瞬頭に過った闇の魔術を即座に否定する。
(ディアボリカは使えない。皆を巻き込んで殺してしまう)
ハリーは自分がフレッド・ウィーズリーやジョージ・ウィーズリーらから絶対の信頼を得ているとは思えなかった。フレッドやジョージも、ハリーに全幅の信頼を置いている訳ではないだろう。ハリーと双子の関係は仲間であり競争相手であって、良くも悪くも馴れ合う間柄ではない。
(……)
逆に、彼らに……この場にいるハリー以外の六名にプロテゴ・ディアボリカを教えても、ハリーの焼死体が出来上がるだけだとハリーは思った。
二年生の時のハリーは、秘密の部屋に居る敵を殺して生き残ることしか考えていなかった。自分の友達は自分のことを必ず信じてくれると確信していた。だから迷いなくプロテゴ・ディアボリカを習得した。だが今はあの時よりも護りたいものが増えすぎた。
正直なところ、ハリーはコンパートメントに集ったメンバーにならばプロテゴ・ディアボリカを教えてもいいと思っていた。彼らのことを信頼しているし、その炎で自分が焼けたならそれは自分の心の問題だ。
だがまずハーマイオニーはプロテゴ・ディアボリカを習得はしないだろうとハリーは確信していた。防御魔法としての高い性能より、凶悪すぎる殺傷能力を嫌悪することは間違いない。それはロン達も同じことだ。彼らはディアボリカの悪魔の炎に無関係の人々がに巻き込まれて命を落とすことを懸念するだろう。
目の前に居るシュラークや、生きることに対して一定のフラットな視点を持つセドリックはまだしも、フレッドやジョージも概ねハーマイオニーと同じ考えだろうとハリーは思っている。
だから、ハリーはプロテゴ・ホリビリス(全体保護魔法)を挙げた。広域を保護する魔法であり、ハリーとセドリックが使った最高レベルのプロテゴである。
「全員がプロテゴ・ホリビリス(全てを護れ)を習得するべきかな」
「ハリーとセドリックが使ったやつか」
フレッドの言葉にハリーは頷いた。
「今回は相手が相手だけに通用しませんでしたが……実戦で、相手がデスイーターだったなら充分効果はあると思います」
ハリーの言葉に、セドリックが疑問点を挙げた。
「ホリビリス(すべてのものを護れ)か。……ハリー、アレは相当の熟練が必要だ。それに欠点もある」
「欠点ってのは具体的にどういうことだ?下級生にも分かるように説明しろよ。三秒で。でなきゃメシ抜きな」
「フレッド……」
ジョージがフレッドをつつく裏で、セドリックはこきこきと手首を鳴らし、杖を握って感覚を確認する。転入生の攻撃による後遺症がないことを確認すると、セドリックは落ちていた小石を拾い上げた。
「口で言うよりも、見た方が早いな。オルガ、ミカエル、シュラークも見ていてほしい。プロテゴ・ホリビリス」
セドリックは小石の周囲にプロテゴ・ホリビリスを展開した。小石どころか周囲の木々すら巻き込んだ大きさに展開したプロテゴの護りは、白い光となって辺りを包み込む。
「これが全体防御魔法だ。自分の周囲をドーム状に包み込むようにプロテゴを広げるんだ」
「なんか……落ち着くっすね。談話室のソファーで寛いでるときみてぇだ……」
「ほー、スリザリンにもソファーがあんのか?」
「そりゃあるに決まってるでしょ。グリフィンドールのソファーより多分高級っすよ」
「あっ生意気言ったな?イビるぞ?」
「止めろ相棒。話がそれる」
オルガはプロテゴ・ホリビリスを心地よい空間だと評する。プロテゴ・ホリビリスは悪しきものを遠ざけ、自分の周囲すべてのものを護ることも出来る。セドリックの意思を反映した淡い光は、それに入るもの達に安心感を与えてくれるのだ。
「ハリー。小石にエクスパルソを撃ってくれ。プロテゴの護りが働いているから、魔法は減退されるが……どうなるか見ていてくれ」
「分かりました。行きます」
ハリーはセドリックがひょい、と投石した小石に無言でエクスパルソ(爆破)の青い閃光を当てた。
カースの邪気は、プロテゴ・ホリビリスの内側にあってなお健在だ。ハリーが込めた魔力は小石を砂に変えるほどの強烈な爆発のイメージを伴ってハリーから解き放たれ、プロテゴ・ホリビリスで減退してもなおその効果は健在だった。
青い閃光が着弾した瞬間、小石が弾けた。
プロテゴ・ホリビリスによって護られていた小石は粉々に砕け散って跡形もない。シュラーク達は落ちていく砂粒を声もなく眺めていた。
「……これが一般的なカースの威力だね。セドリックの言う通り、対象を破壊するという強烈な意思と悪意が込められたカースに対して、プロテゴ・ホリビリス単体だと心許ないところはある」
ハリーはオルガやミカエルに対してそう説明した。
(……分かってるかな?ちゃんと伝わってる?)
オルガもミカエルも、しっかりとついてきていることを祈りつつ、ハリーはセドリックに続きを促した。
「次だな。プロテゴ(護れ)。ハリー、もう一度エクスパルソを頼む。カースは君に返すよ、いいね?」
「勿論です」
「大丈夫なんですか?こんな森の中で魔法を反射させても。……ハグリッド先生の居るところでやった方がいいんじゃ……」
「黙って見てろ、オルガ」
「……あの二人を信じるとしようぜ。DAの最高戦力を」
不測の事態に備えて懸念を示すオルガに対して、双子は落ち着いていた。
セドリックはもう一度、先ほどと同じ大きさの小石を拾い上げた。ハリーもセドリックが小石を上げるのを待つ。セドリックは、小石に対してプロテゴをかけた。小石だけを包み込むようにかけられたそのプロテゴは、込められた魔力の量を示すかのように白く輝いている。
すっとセドリックが小石を上げる。ハリーは流れるようにエクスパルソ(爆破)を撃ち込んだ。
小石を護るプロテゴの光は、青い閃光を弾き返す。ハリーは呪文が跳ね返された瞬間、もう一度エクスパルソを撃って青い閃光を相殺する。シュラークとミカエルは歓声を上げた。
「……へぇ……」
「お見事!」
「お粗末様でした」
ペコリとお辞儀をするハリーとセドリックはケンタウロス二人を見た。彼らは眉ひとつ動かさない。
(うーん、僕もまだまだかな……)
流石と言うべきか、ハグリッドとも交流があるケンタウロス族はこの程度の魔法は見慣れているということなのだろう。
「なるほど、ふつうのプロテゴの方が防御力はあるってそういうこと」
「魔力の密度が薄くなる分だけ防御力が下がる。分かりやすいですね」
「ああ。そこが問題だね。……だから、一人だと防ぎきれない魔法に対しては、皆で対抗しようと思う」
盛り上がる二人に笑いかけるハリーとセドリックは気付かない。同じく笑うオルガの瞳が笑っていないことに。
(いや……この人達……もしかしてイカれてるんじゃねぇか………………?)
(……プロテゴ・ホリビリスって……そもそも七年生でもそうそう使えないだろ……)
オルガは気付いた。目の前のセドリック・ディゴリーやハリーが仮にもホグワーツ代表に選ばれた猛者であり、それからさらに修練を積んでいた上澄みということに。
(代表選手がやべぇってのはドラゴンのことで知ってたし……噂で聞いたし実際見てきた。けど……)
(想像以上に……どでかい壁がありやがる……!!)
一般的に言って、プロテゴを使えれば充分にエリートの範疇である。オルガはまだ四年生なので確信は持てないが、五年生でもプロテゴの修得に苦労していることから、使うことが出来れば実技でE、もしかしたらOだって取れるかもしれない。
プロテゴの派生の長所短所をしっかりと把握して状況に応じて使い分けられるだけでも相当なものなのである。
シュラークが驚嘆しているのは、七年生でも使える人間が少ないプロテゴ・ホリビリスをセドリックやハリーが使いこなし、さらにハリーは動いている目標にカースを当てたという技量を見てのことだ。
(ミカやシュラはまだしも……俺やDAメンバーがどこまでこの人達に追いすがれるんだ!?)
オルガはまず今のハリーやセドリックの技量に追い付くというところすら難しいのではないかという予感が頭を過った。ハリーやセドリックが示した技量は全て知識と技術であって再現不可能なギフテッドではないのだが、オルガ・ザルバッグにとっては高い高い壁となっていた。
シュラーク・サーペンタリウスやミカエル・オーガスタが、かつてのセドリックやパーシーを見たハリーのように目を輝かせているのは。二人にはそこに至れるだけの道筋が朧気ながら見えているからだ。決闘の才能、つまり考えて改善しながら戦っていく癖が彼ら二人にはついていた。だから上達も早く、つまづきのリカバリーも少ないのである。
……が、大半の人間はそうではない。少し前のシノのように、一度つまづいた後、つまづいた原因の考察や改善方法の探索が的確に出来るわけではない。そもそも出来ていないことにすら気付かない人間もいる。
動く標的の動作を計算して予測し、自分の魔法の速度から逆算して正確に当てる技量や、使用困難な魔法を習得するための勉強。それらの課題をクリア出来る人間と、そうではない人間とで大きく差が開いてしまう未来をオルガは予測していた。
そして実は、その予測は正しかった。
人には得手不得手というものがある。誰もがセドリックのように他者を護るための技術を修得できるわけではないし、ハリーのように危険なカースを修得しようという人間はもっと少ない。三年生や四年生も混じるDAでホリビリスを修得させようというのは無茶が過ぎる考えだった。
「……じゃあ……全員、つまり最低でもここにいるメンバーはプロテゴ・ホリビリスを修得するとしてだ。ポッター、お前練習用のカース撃てるか?」
フレッドはハリーに問いかけた。ハリーは事も無げに答える。
「問題ありません」
「そりゃあ頼もしいな。それなら、帰って特訓でもするしかねぇか。面倒臭ぇけどやるしかねぇ」
(……そこは『出来ません』であってほしかったが……な)
フレッドは即答するハリーに対して、少しの嫌悪感を抱いていた。それはウィーズリー家の教育の賜物でもあるが、魔法界では一般的な感性だった。
確かに魔法族は決闘で相手を鼠に変えたり、浮かせたり、石にしたり、失神させたりする。魔法薬を盛れば容易く尊厳を破壊させられる。
が、それでも不可逆の苦痛を与えるわけではない。
大抵のジンクスやヘックス、チャームやコンジュレーションにはヒールの魔法があり、対抗呪文が存在する。相手に不可逆の苦痛を与え、時に命すら奪うどこぞのデスイーターや転入生がおかしいだけなのだ。
カースは本来、人を害する闇の魔法生物から身を護るために修得する魔法である。対人での訓練を中心にしているDAやその裏の集会には、ひとつ欠陥があった。
誰も仲間にカースなど撃ちたくはないという心理的弱点。人として至極当然の、当たり前の思考。それこそがDAの欠点である。
ハリーとセドリックのように、半ば戦友のような、この程度でアイツがミスをする筈がないという確固たる信頼があるわけではないのである。
ハリーも自制はしている。友人にカースを向ける気はなかった。それが今回転入生との戦いを経たことで、カースに対抗するための訓練も必要だと改めて認識し直したのである。
(……甘かった……のは確かだな……)
ジョージ・ウィーズリーは冷静にハリーの様子を観察していた。
(……闇の魔法使いっていう人種が人を殺すための魔法を使うとき、もっと……俺は……殺気だとか、相手への憎しみだとか……そういうものを発するもんだと考えてた)
ジョージの脳裏に浮かぶのは、笑いながら自分を蹂躙してきた転入生の姿であった。転入生はアンジェリーナ・ジョンソンの容姿で、長い髪を空中で振り乱しながらジョージを弄んできた。
(……多分違うな。アイツ等は……自分以外を人とは思ってねぇ。思考回路からして化物なんだ。だからあんな魔法を撃って平然としていられるんだ)
ジョージにとって身近な闇の魔法使いと言えば、ハリー・ポッターである。ハリーは実際に闇の魔術をジョージの前で使ったわけではない。しかし、既にそういう領域にあることは間違いないと確信できた。
(……そういう連中相手に対抗しないといけねぇ……ってことか。骨が折れそうだが泣き言言ってる場合じゃねーな……)
「何にせよ今回早めにカースへの対抗策を考え出せたのは収穫だな。危うく俺つえーと勘違いしたまま闇の魔法使いどもの前にノコノコ出てくところだったぜ」
ジョージが冗談を飛ばすと、ハリー達も笑った。ひとしきり笑った後、オルガは意を決して言った。
「……ですけど、先輩。……プロテゴすら出来ねぇって人が大勢います。……揚げ足を取るようなこと言っちまうんですが……プロテゴ・ホリビリスなんて、修得できる人は相当限られてくるんじゃないですかね?」
「まぁ……」
「適正には個人差があるからね……」
「……正直、一人がホリビリスをして中のやつがプロテゴをするってだけでもカースの威力は減退できるとは思うんすよ。……でも、プロテゴすら怪しいって面子が俺のダチは大半です。……どうにかなりませんか?」
「……」
ハリーはセドリックと目配せした。セドリックも沈痛な面持ちで目をそらす。
(……プロテゴの修得は才能じゃない。ただやる気と根気があればいいんだ。やる気と根気があればね……)
プロテゴ・ホリビリスの修得には、魔力を広域に拡散するための理論として数占いで扱う数々の魔法数学の知識が必要となる。その理論を完璧に理解してはじめて、ホリビリスは修得できる。
つまり数占いを履修していないメンバーには、一からどころか0から理論を教えなくてはならない。
ハリーやセドリックの感覚が麻痺していただけで、プロテゴが使えるというだけでも上澄みなのである。ハリーにとってもセドリックにとっても、頭が痛い話であった。
「……あー……あー、まぁ~、そうだな。その件については俺に考えがある。ジョージ、アレ出せるか?」
「アレって……いや、アレかー??」
「単なるジョークグッズなんだがなぁ……」
「……?」
知ってますか、とハリーはセドリックにアイコンタクトを取った。セドリックは首を横に振る。
セドリックも何が出るのか知らないようだったが、ワクワクして双子のアイデアを見守る様子だった。
そして双子が自分達のリュックサックから取り出したアイテムは、ハリー達全員を驚嘆させた。
プロテゴマント。
プロテゴハット。
プロテゴリング。
着用した人間に一定期間『プロテゴ』の加護を与えるという強烈な効果を持ったアイテムが、ダース単位で双子のリュックサックから飛び出してハリー達の目の前に出てきた。ハリーの試し切りで撃ったカースを、セドリックのプロテゴ・ホリビリスによって保護されたプロテゴリングは見事受けきり、傷ひとつない姿でハリー達の前に表れたのだ。
***
「ポッター……申し開きはあるか?」
「ありません、教授」
自分を睨み付けるセブルス・スネイプ教授に対して、ハリーは短く答えた。
森に入った日から三日が経過し、ハリーとスネイプ教授とのオクルメンシーの訓練も佳境に入ろうとしていた。スネイプ教授が強引にハリーの心をこじ開けようとするのをハリーはプロテゴで防いだ後、スネイプ教授は巧みにハリーとの決闘を演じた。
激しい戦闘の最中でも心の平静を保つことが出来るかどうかテストする、という名目だった。実際ハリーがこれまで一番憎悪に心を乱されたのは墓場での一件だった。ハリーは決闘の中でも心の平静を保つことが出来るかどうか、スネイプ教授に試されたのだ。
スネイプ教授は流石と言うべきか、ハリーの攻撃を読んでかわし、執拗なペトリフィカス・トタルス・デュオで逆にハリーを責め立ててきた。ハリーは決闘術の訓練をしていたお陰か、スネイプ教授の魔法に被弾することはなかった。決闘はなんとハリーの有利で進んでいた。
(……釣りだ……!)
そうに違いない、という確信がハリーにはあった。スネイプ教授はまだ飛行魔法も見せておらず、息は上がっているが足さばきに乱れはない。ハリーは努めて冷静さを保とうとした。
が、二度目の隙を見過ごすことは出来なかった。スネイプ教授がわざと作った魔法の切れ目は、確かにハリーの心に小波をもたらした。勝てるかもしれないという欲がハリーの心を満たした。
瞬間、スネイプ教授の瞳がハリーの翡翠色の瞳を捉えた。
そこから先は、ハリーは心の内の見せたくない部分を二つもスネイプ教授に晒す羽目になった。
DAの集会でダンブルドア軍団、という名称に決まりかけたこと。
ロン達と禁断の森へ行き、アクロマンチュラをアバダケタブラで殺害したこと。
ハリーが気付いたときには、スネイプ教授はハリーを見下し、冷たい視線を向けていた。これまでの比較にならないほどの激しい怒りが、スネイプ教授からは感じられた。
「それで……君は。なんと。……なんと傲慢なことだ」
「こともあろうにダンブルドアの膝元で。……かの大魔法使いが絶対に望まぬ組織を作ろうとは」
ハリーは言葉を発することが出来なかった。これ程怒りに駆られたスネイプ教授を見たのは、ルーピン教授が満月の夜にハリーを助けるために外に出ていたときだけだ。
「君も君の友人達も……昨年の友人の死から何も学ばなかったということだな、ポッター。所詮親が親、程度が知れるというものだ」
「訂正してください、スネイプ教授。いくら先生でもそれ以上は……!」
ハリーはこの日、五年生となってから最も激怒した。
自分への叱責は当然のことだろう。規則違反はたしかに罪だろう。
しかしだからと言って、死んだファルカスやハリーの両親や、ザビニの母親を悪く言われる筋合いはない。ハリーはそう思い、激怒した。ハリーがスネイプ教授に本気の憎悪を抱いたのはおそらくこの時が初めてだった。
「何を訂正する必要がある?ポッター。貴様の周囲は取り繕った美辞麗句で貴様の親を……シリウス・ブラックを飾り立ててきたのだろう?」
「……えっ?」
スネイプ教授は脂ぎった髪の毛をかきあげ、憎々しげにハリーと目を合わせた。ハリーは思わず動揺する。
(……シリ……ウス……?)
「ならば教えてやる!貴様のゴッドファーザーとは、かつて夜な夜なホグズミードを徘徊して危険な人狼と共に暴れまわった!今の貴様のようにだ!下手をすれば友人が死んでいたというのにな?」
「……一体どんな神経をしているのか、私に教えてくれんかね?友人を死なせてなお無関係の生徒を巻き込む心境を」
「……これは……自衛のために必要なことを……」
「半人前の学生の努力で倒せるなら誰も苦労はしない」
一番痛いところを突かれ、ハリーは反論らしい反論を返すことが出来なかった。さらにスネイプ教授は、もう一つ爆弾を投下した。
「学生時代……満月が近付いていた日のことだ。……ブラックは私に、暴れ柳のこぶをつつくことをほめのかした。態とらしくな」
ハリーは自分の頬から滴り落ちる汗を気にもしなかった。スネイプ教授の言葉に一言一句聞き漏らせなかった。
「……私が夜な夜な遊び歩くマローダーズの正体を突き止めようと、暴れ柳の先を進んだとき。そこにいたのは危険な人狼だった」
「う……」
嘘だ、とは言えなかった。憎しみに駆られたスネイプ教授の瞳が、あまりに雄弁に真実であることを語っていた。
「ジェームズ・ポッターは私を助けた……だが、私を助けた?違うな。やつは私ではなく、自分と、ブラックとルーピンとおまけを救ったのだ。姑息にも校長に取り入って」
スネイプ教授は覚えておけ、と言った。
「ダンブルドア校長の厚意がなければ……お前達は今すぐ退学にしてしかるべき人間だ……!真っ当な生徒を巻き込みたくなければ、何もするな。スリザリンの恥晒しが!……レジリメンス!!」
叱責が終わると、スネイプ教授は再びハリーの心をレジリメンスで引き裂いた。
ハリーはこの日、あらゆる手段でオルクメンシーを使い抵抗を試みたものの、スネイプ教授のレジリメンスに対して優位に立つことは出来なかった。
作者がスネイプ教授で好きなシーンは二巻の暴れ柳に突っ込んだロンとハリーを迎えるシーンですね。
トラウマがフラッシュバックしていただろうによく耐えて説教と退学勧告にとどめたと思います。