蛇寮の獅子   作:捨独楽

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魔法省官僚の休日

 

「……」

 

「顔色が悪いですよ、ハリー」

 

 

 朝食の席でハリーはアズラエルから心配された。ハリーはトーストにマーマイトを塗って咀嚼していたものの、あまり食が進んでいなかった。

 

 スネイプ教授が明かした一件はハリーの心を酷くかきみだした。ハリーは昨晩オクルメンシーを維持することも出来ずに、夢を見た。夢の中でハリーは神秘部と思わしき廊下のアーサー氏が守っていた扉の前に立ち尽くしていた。

 

「トレローニのことを気にしてんのか?なら気にすんな。お前が何を言ったってあのババァが考えを変えるわけもねぇよ」

 

「……トレローニ?」

 

「ロングボトムの時は意見を変えてくれましたからね。君ならやりかねないと思いますが、あまり無茶な要求をするべきではありませんよ。アンブリッジには下手に出てマークを外しておく方が賢明ですからね」

 

「そう何度も都合よくいくわけねーからな……トレローニがいつ罷免されるかで賭けが成立するくらいだ」

 

 

 ハリーは慌ててグリーンピースのペーストを無理矢理口に運びながら言った。

 

「どうして僕が失礼な占い学教授のことを気にするんだい?何のために?彼女が居なくなれば、嫌な『預言』を聞かなくて済むかもしれないのに。僕にとってはメリットがないね」

 

 ハリーは無理矢理笑顔を作っていったが、わざとらしかったもしれない。アズラエルもザビニも、自分のことを誤解しているとハリーは思った。

 

(……最低だよ、僕は。……自分のことしか考えられてないのに……)

 

 

 

「そりゃあDAのためですよ。DAの維持には、メンバーの結束は必要不可欠ですからね」

 

「アズラエルはブラウンが反乱分子にならねーかと気を揉んでるんだ。ま、気にする程でもないけどな。ブラウンはアンブリッジアンチだし」

 

 会話の中のブラウンとは、グリフィンドール寮生でハーマイオニーのルームメイトであるラベンダー・ブラウンである。彼女はトレローニ教授のことを慕っており、ハリーがトレローニのために便宜を図ろうとしていないことに不満を顕にしていた。

 

 ハリーは二人の親友に申し訳なく思った。二人が気にしているように、トレローニを哀れみ責任を感じているということは全くなかった。ハリーの内心はスネイプ教授の言葉のどこからどこまでが真実なのか、ということで満たされていて、トレローニを気遣うような良心が入り込む隙間は存在しなかった。

 

 

 トレローニ教授がホグワーツを追い出されるかもしれないという噂が生徒達の間にも流れ始めていた。ガマガエルと陰で渾名され、トレローニ教授に対してねちねちと陰湿なハラスメントじみた追及を繰り返すアンブリッジは、トレローニ教授を『不適格』とみなしてホグワーツから追い出すに違いないと皆が噂しあっていた。

 

 占い学教授としてのトレローニ教授は、神秘的な雰囲気を演出し、話術や奇抜な服装で生徒の心を掴み、占い学という学問を教えるための工夫を凝らした教授だった。が、厳格さという観点から見ると、トレローニ教授には疑問符がつけられた。

 

 占い学教授として見ると、怪しさや奇抜さを演出するという技法は褒められるべきものである。占いという不確定極まる分野を扱い、専ら詐術にしか用いられない技術をいかに効率よく生徒に叩き込むべきかと考えたとき一番重要なのが、雰囲気だ。実際に三年生となり占い学を受講したホグワーツ生も暫くの間は、トレローニ教授が真の預言者かもしれないと悩み、驚きながらわくわくして彼女の授業に臨むのだから。

 

 しかし、である。ドロレス・アンブリッジや魔法省の思惑は、生徒達の実態とはかけはなれている。魔法省はホグワーツを管理下に置きたいのだ。トレローニがアルバス・ダンブルドアによって雇用された人間であるというだけで、攻撃のターゲットとなる理由としては充分なのだ。

 

 魔法省の『教育に携わる職員』という建前で見ても、シビル・トレローニは格好のターゲットだった。教師でありながらシェリー酒の香りを漂わせる人間を、秀才を自認する役人が許容する筈もない。トレローニは、一つの分野に秀でた『天才』の典型的な魔法族とするならば、魔法省の役人の多くは、多岐にわたる分野で学生時代に優秀な成績を修めた『秀才』のトップである。

 

 秀才は言い換えれば、アズラエルが自称した『器用貧乏』な人々である。高い記憶力や学習に対する意欲はそれだけで持たざる者にとっては才能ではあるのだが、彼らに言わせればそれは自分達が努力によって獲得した能力である。

 

 秀才とされる人間は、『天才』を嫌う。一概にそうとは言いきれないかもしれない。しかし、官僚として定められたルールを守り、それに従って粛々と理を進める人間にとって最も唾棄すべき存在が、天才だった。天才は時としてその才能だけで、普遍的なルールやそれまでの常識をぶち壊してしまうからだ。

 

 『天才』のようなギフテッドを持たない秀才こそが、型に嵌まらないルーズな『天才』を唾棄する傾向にあった。

 

 アンブリッジ本人の嗜虐趣味も相まって、トレローニは執拗にその授業態度を駄目出しされていた。

 

 トレローニが本物の預言者であると信じている生徒はいない。シビル・トレローニ本人ですら自分が本物の預言者であるとは思っていないということを露呈し、トレローニ教授の講義はシェリー酒の香りと不快さが充満する捨て科目となっていた。

 

 教授の信奉者であるラベンダー・ブラウンは、グリフィンドールらしい勇敢さをハリーに対して発揮した。彼女はトレローニ教授に便宜を図らなかったことに腹を立てていて、ハリーを公然と批判して憚らなかった。

 

「ブラウンはポッターは結局スリザリン生。他の寮の生徒のことなんて考えていない……とあちこちで触れ回ってるようです。厄介ですねぇ……」

 

「別に間違っていないけどね」

 

 アズラエルは残念そうに語るが、ハリーはどうでもいいと切り捨てた。

 

 DAでのハリーは非常に居心地が悪くなっていた。ブラウンは社交的な女子で、友人が多く交遊関係は広い。彼女の撒いた噂はハリーの立場を悪くするばかりで、メンバーから浴びせられる視線は日に日に冷たさが増していった。

 

「ダフネが大丈夫なら問題ないよ。……トレローニの後任にはパーシーさんが来るとでも噂を撒いてやればいい。そうすれば、みんなの興味は『次の教師』に移ってすぐに忘れる」

 

「……そうだな」

 

 最後の言葉はハリーなりの盛大な皮肉だった。ザビニは複雑そうな顔で、だろうなと頷いた。

 

 ホグワーツ生の興味はデスイーターの脱獄からアンブリッジとトレローニの対立に変わろうとしていることは明らかだった。ふわふわとした世界の話よりも、身近なホグワーツ教授の進退に興味が移ってしまうのを責めることはできない。

 

 アンブリッジがトレローニへの攻撃をより苛烈にしたのは脱獄記事が世に出てからである。この事実は、彼女が暗にデスイーターの大量脱獄という情報をみんなの頭から追い出したいという意図が隠されていた。

 

「DAで集めたメンバーを仲間に勧誘しよう作戦……通称友達釣り作戦でしたが、メンバーを増やすのは簡単ではありませんねぇ……」

 

「命を懸けて戦おうと決意できる人はそう多くないよ。……行こうか。授業が始まる」

 

 ハリーは行儀よくフォークを置いて席を立った。

 

 

 廊下を歩くハリーは早足になっていた。それぞれの教室に向かう生徒達の中で、ハリーは聞き取れないくらいの声で呟いた。

 

 

「僕は……ブラウンのことはどうでもいいんだ。……ただ、君たちがいてくれて良かったって思ってる」

 

 返事を期待してのものではない。ザビニは振り返らず、アズラエルは怪訝な顔で振り返りハリーを見た。アズラエルがワックスで整えた髪が跳ねた。

 

「何か言いましたか?」

 

「いや、何も」

 

(……そうだ。……だからこそ……)

 

 ハリーは迷いを断ち切らねばならなかった。

 

 

 

 ヴォルデモートへの復讐。殺されたファルカスや大勢のマグル達のための、復讐。そのためにハリー個人が命を懸けるのも、それに皆を巻き込もうとしているのもハリーが自分で決めたことだ。はっきり言ってしまえば、ハリーの私怨である。

 

 

 

 既に皆を引き入れてしまった以上、止まるという選択肢はハリーのなかで存在しない。

 

 

 自分の持っている魔法の知識。得た経験。カースの危険性。それを仲間に教えなくてはならない。

 

 

 そして仲間が窮地に陥っている時は、何を置いても守る。

 

 それが、死の危険に巻き込んだ人間としてのハリーなりの責任の取り方だった。

 

***

 

(……僕は……この一年で何をした!?何が出来た!?)

 

 ハリーから『次の占い学教授』だと預言を受けたパーシー・ウィーズリーは、己の無能さに苛立っていた。原因は自身がミラーにある提案をし、それが却下されたことにあった。

 

 デスイーターの大量脱獄が発覚したとき、ファッジも即座に法執行部のボーン長官に連絡を取って、デスイーターの早期逮捕を命じた。その時パーシーが提案したのは、アズカバンの調査だった。

 

「デスイーターの脱獄にディメンターの一部が関与している可能性があります。執行部に指示を出して調査するべきではないでしょうか」

 

 と、パーシーは提案した。ミラーやケビンをはじめとした官邸スタッフはパーシーの意見に一瞬苦い顔をする。でしゃばりがちな若手の存在を疎ましく思っていることは明らかだった。

 

「……確かに、デスイーター達が集団で動きながら何も反応しないなどということはあり得ない。……ディメンターに裏切り者が居ると見て間違いないが……」

 

「問題はファッジがそれを認めるかどうかだ。その提案を却下する、イグネイシャス」

 

 ミラーはパーシーの提案に取り合わなかった。なぜならば、無駄だと解っているからだ。

 

 

 コーネリウス・ファッジがその進言を聞き入れる筈がない。

 

 無駄なことを進言してファッジの不興を買う必要はない。ミラーは暗にそう言っていた。

 

 ディメンターの調査をする機会は、これまでに何度もあった。

 

 一度目は、二年前にハリー・ポッターを襲撃したとき。

 

 二度目は、ハリー・ポッターとその親族をディメンターが襲撃したとき。

  

 

 そして今回。明らかにディメンターは、魔法省の手を離れ暴走している。

 

 もはや制御できていないことは明らかではある。が、問題はディメンター今回の一件に関わったディメンターが誰であるのかという点だ。

 

 魔法省とディメンターとの間にも契約は存在する。

 

 たとえディメンターが悪しき闇の魔法生物であろうとも、アルバス・ダンブルドアが言うような交渉不可能な怪物というスタンスだけでは秩序を保つことはできない。ディメンターの存在そのものが、犯罪者達への恐怖心を煽り、アズカバンに入れられた受刑者の心を折り、罰になるからだ。

 

 個体を特定してエクスペクト・パトローナムで罰を与え、ディメンター達に示しをつけてはじめて英国魔法界の秩序は保たれる。本来はそのはずなのだ。

 

 しかしコーネリウス・ファッジはディメンター相手に調査をする姿勢は見せなかった。パーシーの直言を疎ましく思ったのか、近頃は自分の護衛をレオーネへと変えていた。

 

「ファッジ大臣を通さず、です」

 

 パーシーはおそらくは一生分の勇気を使い果たしただろう。大臣を通さず、独自に調査を依頼しようという無茶な提案に、年配のミラーも、白い目でパーシーを見ていたケビンも驚いて目を見開く。

 

「……大臣の意向に背くことになりますが、我々で執行部部長とコンタクトを取ることは可能なのではありませんか」

 

「……何を……言っているんだ」

 

「疲れているんだな、イグネイシャス」

 

 

(……ええ、疲れていますよ。ですが今疲れを言い訳に出来る状況ですか!?)

 

「そんな……(悠長なことを……!!言っている場合ですか!!)」

 

 パーシーが吐き出そうとした言葉はシレンシオ(沈黙魔法)によって遮られた。ケビンによるものだ。

 

 

「時間の無駄だと言っただろう。分を弁えろ。何度も同じことを言わせるな」

 

 それから、官邸で通常通りの激務のサイクルが始まった。ケビンは職務の合間に、コーヒーを飲みながら言った。

 

「官僚の仕事はな、イグネイシャス。政治家を補佐することだ。官僚が選挙で選ばれた政治家の上に立つことは許されない。民主主義に反するからな」

 

 

「お言葉ですが。政治家が道を誤らないよう時には軌道を修正することも官僚の役割ではないでしょうか、ケビン先輩」

 

 パーシーはよく言えばグリフィンドールらしい、悪く言えば、狂犬じみた発言をした。ケビンはやれやれと首を横にふった。パーシーとケビンとの間には、それが出来るだけの信頼関係があった。

 

「大それた夢を見るのはやめろ。……そろそろ現実を見るんだな」

 

(……現実。これが……!?……闇陣営の工作に対して何の対策も立てられず、挙げ句その皺寄せで父が死にかけたのに!?)

 

 パーシーにも夢はあった。子供の頃から立派な大人になることを夢見てきたが、その内容は時と共に緩やかに変化していった。

 

 何も劇的な対策を考案するとか、手柄を立てたかった訳ではない。

 

 ただ。ただ当たり前に、英国魔法族の未来を守るために。クラウチ氏が成し遂げられず、父がその権力の小ささから出来なかったことをするために権力が欲しかった。父のような善人が理不尽に踏みにじられるような世界を少しでも良くしたいという一心だった。

 

 裕福な生活をしたいという欲望はパーシーにもあった。官僚は、一般職員よりも高給取りであることは事実である。しかし、単に金銭を望むだけならば民間企業に就職する道はあったのだ。貰った俸給に恥じないよう、英国をデスイーター達から護りたかった。

 

 

 しかし現実は、貴重な時間という資源を浪費しただけに終わっている。パーシーは藁にも縋る思いで現状を改善する一手を探った。

 

 ファッジの護衛から戻ったレオーネに『ネズミに気が付かなかった元飼い主くん』と揶揄されながらパーシーは己の職務を果たさなければならなかった。レオーネはアンブリッジの悪影響を受けており、他人の失点をねちねちと揶揄する陰湿な魔女へと変貌しつつあった。パワハラは連鎖するのである。

 

***

 

 パーシーは激務の中、ようやく休みを得ることが出来た。ミラーはパーシーの体調を気遣って、休みを取るように促したのだ。

 

 勿論、パーシーは体を休めるどころではなかった。

 

 

(……何とか……何とか。執行部とコンタクトを取ることは出来ないか……?)

 

 そう思い、執行部入りした同期とこの日に会うためにロンドンのカフェで相手を待った。現れたのはフリルのついたカーディガンに身を包んだ魔女、オードリーだった。

 

 スリザリン閥の彼女とコンタクトを取ったのはこれが始めてで、彼女はパーシーの着ていたクラウチ氏のものと同じスーツを鼻で笑い、パーシーの頼みを嗤った。

 

「……何を言うかと思ったら……」

 

 

 パーシーとオードリーに縁ができたのは、魔法省に入庁前の研修からだ。新人研修の一環として入庁者がさまざまな部署に研修に行くなか、パーシーはそれまで接点の無かった同期と交流を持った。オードリーはその一人で、魔法法執行部に配属された優秀な魔女であった。

 

 

「……このクソ忙しい時期に呼び出したかと思えば……更に仕事を増やせと言うの??そのスーツ……舐めてるの、ウィーズリー?三十年前のセンスね。デートに来る格好ではないわよ」

 

 ロンドンの町をゆくカップルは皆、ラフな格好で仕事のことなど考えずに余暇を楽しんでいる。

 

 オードリーという魔女が、貴重な時間を楽しむためにあえてそんな服装を選んだという事実をこの時のパーシーはスルーした。パーシーの頭にあるのは、魔法界を救うために出来ることを何でもする。それだけだった。

 

「今はイグネイシャスで通している。……オードリー、頼む。この通りだ。今だからこそ、ディメンターの足跡を追って……彼らについてできる限りの調査はしておきたいんだ。そのために、執行部である君の権限が必要なんだ」

 

 パーシーは机に頭を打ち付ける勢いで頭を下げた。

 

「何でわざわざディメンターを……?」

 

「彼らは他の大勢の魔法生物……たとえばアクロマンチュラと違い、人語を理解し話す知性体だ。だからこそ交渉の余地があるが……それは彼らが我々を騙す知能も有しているということだ。……直接尋問しなければ、意味がない」

 

 

 パーシーはオードリーに魔法省のディメンターに対して取るべき態度のバランスについて語った。

 

「魔法省は彼らを制御できていないことは事実だろう?君も、夏に起きたディメンターの暴走について良からぬ噂があったことを知っているだろう」

 

「……ポッター絡みでね。部長がきな臭いと溢していたわ」

 

 牽制するように言うオードリーに、パーシーはポッターはどうでもいいと言った。

 

「問題はだ。ディメンター達の当日の行動を知らなければならないということなんだ。そうでなければ、我々はまた同じ失態を繰り返してしまうかもしれない。再発防止のためには、ディメンターの裏切り者を突き止めなくてはならないんだ」

 

 

 この半年、パーシーはほとんど何も出来てはいなかった。確かに官僚としてファッジを支え、与えられた役割はこなした。

 

 が、それは英国魔法界にとって何の意味も価値もない貢献だと、パーシーは痛感していた。

 

 

 一般的に言って、過ちを認めないことを真の過ちと言う。

 

 ファッジには、ダンブルドアの言葉を信じてヴォルデモート復活を世に訴える機会が幾度もあった。

 

 トライウィザードトーナメント最終日。

 

 ハリー・ポッターとその親族をディメンターが襲撃したと発覚した日。

 

 そして今。デスイーターの大量脱獄が起きた、この時。ファッジや魔法省は己の過ちを悔い改める機会があった。そして、その機会を逸してしまっている。

 

 自分の統治下で手に追えない事態が重なっている。それはファッジが一番よく解っている筈だった。だが、この期に及んでもファッジは権力の座から降りはしない。

  

 

 パーシーも、ファッジを降ろすことは出来なかった。ファッジにスキャンダルを捏造して無理矢理にでも権力の座から引きずり降ろす。

 

 それが最善と解っていて。

 

 最善の、しかし最悪の手段を取ることが出来ない。

 

 それがパーシー・ウィーズリーの限界だった。清濁を併せ持つには、パーシーはまだまだ明るすぎたのである。

 

 呼び出されたオードリーとしては、そんなパーシーの内心など知ったことではなかったが。

 

「ウィーズリーねぇ……あんた、こっちの都合とか解ってる?何が悲しくてやっとの休日にあんな牢獄に行かなきゃいけないのよ……」

 

 

 文句を垂れながらも、オードリーは行かない、とは言わなかった。

 

 

 オードリーは執行部の人間である。英国魔法界の秩序を維持するために法に照らし合わせ適切な対応を取ることが職責であり、課せられた使命である。その彼女の直感が告げていた。

 

(……何かがある。ウィーズリーがアンブリッジについたと聞いたときは耳を疑ったけど…………権力に媚を売っただけの人間の目には見えない)

 

 と。

 

 オードリーの直属の上司は、カストール・エリオンと言った。権力と権威を笠に着た俗物で、卑劣な手段を取り競争相手の足を引っ張り、権力の立場で横暴を通すことを是としている。そしてそれを秩序の維持のための行為だと言って憚らないエゴイストで、ドロレス・アンブリッジに表面上の知性と顔面と体面を付けたような性質の悪い男だった。

 

(……休日の暇潰しには丁度いい、か)

 

 パーシー・ウィーズリーがそういう人間であるとは到底思えなかった。それがオードリーが協力に乗った第一の理由であり、直感だった。オードリーは自分の直感に従うことにした。

 

「……勝算はあるの?ディメンターが相手よ?有益な情報を取れるとは思えないわ」

 

 

「……心の底から恩に着る!ありがとう、オードリー!」

 

「言葉はいいから勝算を示しなさいよ。のるかそるかはそこから決めるわ」

 

 オードリーが交渉のテーブルについてくれたことでパーシーは子供のように目を輝かせていた。そんなパーシーの姿に、オードリーは何かむずむずしたものを感じ取っていた。

 

(……ああ…………何でそう……純粋にこっちを好い人みたいに見てくるかなぁ~っ??)

 

 学生時代からパーシー・ウィーズリーは同学年の間では有名人だった。超がつくほどの堅物で、同期のガーフィールやジェマは彼を勉強が出来るバカと呼んで憚らなかった。

 

 実際、オードリーもその見解には完全に同意している。だがだからこそ、純粋にオードリーのことを信用して話を打ち明けられたことにむずむずした好感を感じ取ってしまった。

 

(……いけない、いけない。流されちゃ駄目よ、私。コイツのプランがどんなものか聞いてみないとわからないんだから……)

 

 普段から薄汚いものを見すぎた反動に違いないと、オードリーは自分を戒めた。

 

 パーシーの計画は至ってシンプルだった。執行部の一員であるオードリーの権限でディメンターと合法的にコンタクトを取り、脱獄の日にベラトリクスやロドルファスの警護にあたっていたディメンターを尋問する。それだけだった。

 

「そのプランには穴しかないわね、ウィーズリー。ディメンターにも知性がある。自分や仲間が不利になる証言はしないわよ」

 

 

「それについては考えがある。これを見てくれ。ベリタセラムだ」

  

 

 パーシーが見せたのは、注射器に入った自白剤ことベリタセラムである。勿論、パーシーの自作品だった。

 

「な、何なの、これは?」

 

「ディメンターは元々、人間がディメンターのキスを受けたことで変容した魔法生物だ。その肉体は代謝がないために薬が効かないという可能性は十分に考えられる。しかし、彼らの脳に直接これを撃ち込めばどうなる?」

 

「……ディメンターの脳にベリタセラムの効果が回るわね。代謝がないということは、彼らはそれに抗えない……」

 

「……そうだ。ついでに言えば彼らは不死で、パトロナスですらダメージを与えるだけだ」

 

「……ディメンターがこちらに対して協力的であればよし。そうでなければそれを使う……それがウィーズリーの用意した計画ね?」

 

「そうだ流石オードリーだ、話が早い。」

 

 

(……流石ウィーズリー、といったところね……私も調合は出来るけど……)

 

 あんぐりと口を開けるオードリーがドン引きしているのも構わず、パーシーは言葉を続けた。

 

「君がその気になってくれて良かった。僕は君の協力が得られなければ打つ手がなかった……」

 

 パーシーの覚悟を感じ取ったのか、あるいは別の何かが原因か。オードリーはぐい、とラテを飲み干した。

 

「ウィーズリー……いえ、呼びにくいわね。パーシー。私はパトロナムは使えないから、いざというときは貴方に頼ることになるわ。貴方は使えるわよね?」

 

「無論だ」

 

「……なら、良かったわ」

 

 オードリーは心の底からそう言った。エクスペクト・パトローナムという魔法を、オードリーは実用性に欠ける欠陥魔法だと見なしていた。習得にかける時間とリターンが見合わないと思い、これまで一度たりとも練習すらしたことはない。オードリーは目の前の同期に、己の命を預ける覚悟をした。

 

「貸し一ね。……あんたには動いて貰うから付き合いなさいよ、パーシー」

 

「本当にありがとう。この埋め合わせはいつか必ず」

 

「ぐちぐち言わない!……そうね。……デスイーター達の目的とか、行き先に何かの手掛かりがあれば、それが何よりの報酬ね。現状だと、行き先に候補が多すぎて絞り込めていなかったから」

 

 有無を言わさぬ口調で言うオードリーに押し切られ、パーシーはオードリーと二人でテレポートした。絶海の孤島、アズカバンに。

 

***

 

 

 絶海の孤島への訪問は、決して快適な気分ではなかった。冷気に満ちた環境は炎によって暖められても、幸福な感情を吸い取ろうとするディメンターの存在はあまりにも不愉快で、焦燥感に苛まれているパーシーの心を殴り付けてくる。

 

 オードリーはパーシーの出したイタチのパトロナスが二人を護るように跳ねている姿に安心感を感じていたが、ふと違和感を覚えた。

 

(……イタチって。ウィーズリー家のシンボルよね。……やっぱりコイツ……)

 

 内心で、パーシーはウィーズリー家を捨ててなどいないのではないかとオードリーは思った。が、それを口に出してしまうと少しややこしいことになる。魔法省の派閥で、アーサー氏の属するリベラル派と、パーシーや自分が属している中道の保守派は現在難しい関係にあるからだ。

 

 内心でパーシーの実態を看破しながらも、オードリーはそれを黙ることにした。そんなことを考えながら、吐き出す吐息すら凍りつくような凍てつく監獄の一室に一体のディメンターが現れた。

 

「こちらが……当日巡回警備をしておりましたディメンターです。……新しく我々に加わったもので、仕事に慣れていなかったものと思われます……」

 

「一人でこの広い監獄の全てを巡警していたわけではないでしょう。女性用の独房と、男性用の独房で担当も違ったはずよ。……女性用の担当者は?」

 

「……おっしゃる通りです。少々お待ちを……」

 

 オードリーが厳しく要求すると、ディメンターの監獄長は恭しく一礼して同族を呼び出しに行った。オードリーはパトロナスのイタチを撫でて手が冷えるのを抑えながら、男性用担当のディメンターにパーシーがあれこれと質問するのを聞いていた。

 

 

「……それはおかしな話だな。ディメンターよ。君がこの監獄を警備しているとき、君はテレポートによってこの監獄の中を瞬間移動することが出来た。監獄内部でヒトの気配がなければ様子を見に行くことも出来たはずだ」

 

「ヒトは……壊れれば気配がなくなりますので。私達とは違い……あなた方はひどく脆い。我々はあなた方ヒトの細やかな変化を気にすることはございません」

 

「なるほど筋は通っている。」

 

 パーシーが視線を動かすと、オードリーの掌にいたイタチのパトロナスがフワッと消える。

 

 その時、部屋の温度は更に低下した。オードリーは瞬間的に感じた恐怖によって声すらあげられなかった。

 

 部屋にはもう一体のディメンターが入ってきたのだ。

 

「君が、事件当時の女性用独房の担当者だな?」

 

「ハイ。ワタシが……警備をしておりました……」

 

 壊れた機械のように無機質な返答が続く。パーシーはそうか、と頷いた。

 

 次の瞬間。

 

 ディメンター二匹の背後に、銀色のイタチが二匹出現した!!

 

「!???」

 

 オードリーは驚きで目を見開いた。イタチは間違いなく、パーシーの出したパトロナスだった。そのイタチは、口に注射器を咥えていた。器用なイタチはスルリとディメンターのローブの隙間に入り込み、脳に薬を撃ち込んだ。

 

 エクスペクト・パトローナムは、実体を持つパトロナスを召喚することが出来る魔法だ。

 

 自身の幸福な記憶を魔力によって象り、実体を持つよう具現化して出力する。パーシーはこの魔法を、さらに洗練させていた。

 

 

(……バナナージ・ビストのように、パトロナスで別の面白い使い方が出来るのでは?)

 

 ある時、パトローナムの訓練をしていたそう考えたパーシーは、一体のパトロナスが消えないうちにもう一体を戯れで出してみたことがあった。そうすると、二体のパトロナスは実体を保てなくなるのか、薄く半透明に透けてしまい、実体と幽体でもない中途半端なものとなった。

 

 が、パーシーはこれを訓練によって制御することにした。同時に四体まで出せるようになり、副次的な効果として、実体と幽体とをパーシーの意志で区別できるようになった。

 

 元々パトロナスは幽体になること自体は簡単だ。誰でも最初は幽体のパトロナスを実体化させる訓練からはじめる。だから、パーシーは今の今まで実体化せずに忍んでいたのだ。

 

(え……え?パトロナスってそうだっけ……?こういう使い方も出来たんだっけ??)

 

 エクスペクト・パトローナムを習得していないオードリーにも、非常に高度でそして間違った運用がなされたという確信があった。そんなオードリーの内心には気付かず、パーシーは心を踊らせてディメンターに質問をはじめた。

 

「君達には我々の質問に、正直に答えて貰うぞ。いいね?」

 

「ハイ……」「はい」

 

 そして二匹のディメンターが明かした情報に、パーシーもオードリーも目眩を覚えてしまった。オードリーは安易に首を突っ込んだことを、心の底から後悔した。

 

***

 

 自白剤を撃ち込まれたディメンターは、たどたどしい口調が嘘のように流暢に話し始めた。先程までのたどたどしい態度は、魔法族を欺くための嘘だったに違いなかった。何かに取り憑かれたかのように話すディメンターの姿に、パーシーは心の底からの怒りを覚えた。

 

***

 

 ディメンターは、憧れていた。

 

 闇の帝王に焦がれていた。

 

 ディメンターには前世の記憶があった。闇の帝王の元で働き、魔法族の浄化のために殺戮と悪事を繰り返した。そんなディメンターは、囚人達の一部が持つ印に刻まれた力が濃く深くなっていることに気付いていた。

 

 そんなある日の夜、遂に機会は訪れた。ディメンターは独房の鍵を開け、待ち望んだヒトを己の手で迎えた。

 

 そのヒトには恩があった。ディメンターがまだヒトであった頃、闇の魔法使いとして未熟だった自分に殺戮の楽しみを教え、愚かな父の血を引いた自分を同胞として扱ってくれた。だからそのヒトを解放できたとき、ディメンターは誇らしい気持ちで満たされていた。

 

 そんなディメンターにとって、さらに誇らしい出来事があった。その女囚人、ベラトリクス・レストレンジは、牢から出るや否や、己の前の独房に入っていた女囚人を哀れみ彼女に声をかけたのだ。

 

「このままでいいのかい?」

 

「この汚ならしい牢獄で。若さも魔力も失いただ死を待つだけ。そんな人生で、貴女は本当に満足なのか?」

 

 慈悲深い高貴な人間が手をさしのべた……と、ディメンターは表現した。だが実際のところ、それは紛れもなく悪魔の囁きであったのだろう。

 

「私と共に来い。……おまえの息子に何不自由無く会える生活を、私が与えてやる」

 

「心配することなど何もない。ヴォルデモート卿が復活なされた。我々が再び権力の座に返り咲き、魔法界に真の秩序と平和をもたらした暁には、おまえの子供も私たちの末席に加えてやろう」

 

 ベラトリクス・レストレンジに限った話ではないが、人の上に立とうとする人間は、清濁を併せ持たなければならない。

 

 この人についていきたい。

 

 この人に従っていれば、いい日が来るかもしれない。

 

 ただの人がそう思ってしまうほどに、ベラトリクス・レストレンジの瞳と声には魅力があったのだ。

 

 己の信念に従い、主君に筋を通した生き方をしているという、自分に対する陶酔感。それを見た女囚人……キシリア・ザビニは、ディメンターと同じようにこう呟いた。

 

「綺麗…………」

 

 そして魔女は、ベラトリクスの手を取った。元々終身刑の受刑者が更なる闇に堕ちる決心をするまでに時間は要らなかったのだろう。牢獄を出ていこうとする二人に必死で懇願するアウラとかいう魔女のこともベラトリクスは気に入り、上機嫌でその魔女の牢屋の鍵をディメンターに取りに行かせた。そうして、ベラトリクス達は悠々とアズカバンから逃げおおせたのだ。

 

 羨ましい。そう、ディメンターは言った。

 

「ワタシも……ああなりたかった……」

 

 かつてバーテミウス・クラウチ・ジュニアだった男の残骸は、デスイーターとして甦ることもできずそのまま牢獄に残された。それが、男への罰であるかのように。

 

***

 

「ふっ……」

 

 ふざけるな。そう口に出そうとして言葉がでない。パーシーの心は怒りで満たされていた。

 

 もう一体のディメンターが語った言葉も、パーシーの怒りを煽った。そのディメンターは、元デスイーターでも何でもない。ただここに囚われ、最近ディメンターとして転生した元囚人だった。彼は、ロドルファスとレストレンジが出られたことを喜びすらしていた。

 

「良かった……ああ……良かった……ナカノイイ兄弟で……」

 

「……そ、そんな……そんなことって……」

 

 オードリーは狼狽えていた。ヴォルデモートの復活という異常事態が本当だという動揺が、オードリーの中に広がっていく。それよりオードリーの心を抉ったのは、ディメンターどもが魔法省にも制御できない怪物であるという現実を突きつけられたことだ。

 

(コイツら……こんな奴等、どう止めろって言うのよ……?!)

 

 魔法薬によって眠らせる。異空間に封印する。不滅のディメンターを封印する方法は過去幾度と無く試みられ、そしてその全てが効果を立証できないまま終わっていた。

 

 ヴォルデモートが復活した暁には、邪悪なデスイーターだけではなく制御不能なディメンターとも交戦しなければならない。

 

 オードリーは、常識的な人間だった。

 

 彼女はスリザリン出身である。が、ドロレス・アンブリッジのような嗜虐趣味があるわけでも、パーシーのような崇高な使命感があるわけでもないふつうの平均的魔法族としての上澄みと言える。

 

 そんな常識的で普通の人間が、当たり前のように人が死ぬ地獄で幸福な記憶とやらをイメージ出来るだろうか。

 

(……勝てない)

 

 なまじ頭がよい分だけ、オードリーは絶望してしまっていた。パトロナスを使い、さらに使いこなせる人間は限られている。ヴォルデモートやデスイーターに加えて不滅のディメンターにまで対処する機能など、今の魔法省にあるとは到底思えなかったのだ。

 

「ディメンター。おまえ達にはまだ隠していることはあるか?」

 

 パーシーは怒りが全身に回ったことで逆に冷静になったのか、薬が切れるギリギリの時間まで尋問を続けることにしたようだった。そんなパーシーの姿を、オードリーは心の底から尊敬した。

 

 

(ウィーズリー……)

 

「……ある……」「それはなんだ?包み隠さず話せ」

 

「夏のことだ……」

 

 

 そして、自分をバーテミウス・クラウチ・ジュニアだったと語るディメンターは二人に独白した。その告白を聞いたとき、オードリーもパーシーも空いた口が塞がらなかった。

 

 

「私はあの時……あなた方役人の指示でポッターを襲撃した……ダンブルドアを追い詰める失点が欲しいと、その役人は言っていた」

 

「あり得ないわ!いくら私たちが薄汚いと言っても、そこまで堕ちてはいないっ!!」

 

 即座に反論するオードリーと違い、パーシーは頬に嫌な汗を流していた。

 

「……まさか…………その役人は、……魔女か?」

 

「……?」

 

(えっ……ウィーズリー?どういうこと?そんなことをしかねない屑に心当たりが……)

 

 そしてオードリーも、脳内で一人の魔女に関する噂を思い出した。

 

 上司にゴマを擦り、下の立場の人間には酷く苛烈で。

 

 部下の手柄を横取りし。

 

 特に落ち度もない自分の父親を退職に追い込み。

 

 挙げ句、飲み会の席で職場の悪口を言いふらしたなど。その魔女のことを好いている役人は、魔法省でもほんの一握りの。『例のあの人』のことを。

 

「ドロレス・アンブリッジと……ピンクのローブに身を包んだ魔女は言った。……ガマガエルのような顔だった……」

 

 その日の晩、オードリーはパーシーとパブで飲みあって彼を慰めた。人間というものは、遠くの人間の悪意よりも比較的近しい立場にいる人間の悪意の方が衝撃が大きいからだ。

 




パーシーの相方のオードリーさんはバナナージの相方のオードリーさんとは別人です。原作で設定だけ存在するキャラクターです。
原作のハリーさんが魔法に関する知識がハーマイオニー便りだったのはナイス判断だと思います。学べば学ぶほどに差の大きさに絶望するのがヴォルデモートですから。
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