「ねぇ。……皆はポッターのことどう思ってる?」
ラベンダー・ブラウンが寮の部屋でそう話題を振ってくるので、黒人のグリフィンドール生ティータ・フーバーは即座に予め決めていた返答をした。
「えー、何だか怖いよねー。色々あったと思ったらアンブリッジに気に入られてるし。……あ、でもいつも側にいるザビニ君?かっこいいよね~」
グリフィンドール女子寮は男子と同様、一室に五名が割り当てられている。
ティータの部屋には、おしゃべりで占い好きなラベンダー、学年一の美人(こう言うと本人は必ず双子の片割れの方が綺麗だと主張する)のパールヴァディ、学年一の才媛で監督生の、豊かな栗色の髪を持つハーマイオニー、最近勉強が追い付かず受験ノイローゼに陥りかけているブロンドのエステル・イアルダボードの五名がいる。この五名の中で一番発言力があるのが、ラベンダーだった。
ラベンダーは基本的に社交的で、男子相手でも物怖じしない。そのため何かと頼りになるのだが、グリフィンドール生らしく自分の正義には妥協しない一面も持っていた。
そんなラベンダーが最近目の敵にしているのが、学年で話題のハリー・ポッターであった。この話題が振られると高確率で部屋の雰囲気が悪化する。だからティータは話を合わせつつ、別の話題に誘導しようとした。
「どうだかね……ザビニもザビニで黒い噂が絶えないし。それと付き合ってるポッターだって、知れたものじゃないわ」
ただ、それも徒労に終わった。ティータが別の話題にそらそうとすればするほど、ラベンダーはハリー・ポッターやその周囲の悪口を言いたがるのだ。ハーマイオニーもそれに辟易としているはずだ。
ティータは恐々とハーマイオニーの方に視線を向けた。ボールペンをカリカリと刻む傍ら、ハーマイオニーは左手をぐっと握りしめていた。
(ヒィィィィ!!!怒ってる!めちゃくちゃ怒ってるよぉーっ!!!)
が、なぜかハーマイオニーは何も言わなかった。ポッターに関する黒い噂ははじめてのことではない。二年生のときも四年生の時も、そして五年生に上がってから夏休み明けも、ポッターへの誹謗中傷は絶えなかった。だからいちいち反論しても無駄だと聡明な彼女は理解しているのだ。
グリフィンドール女子寮の五人は、実は仲良しこよしというわけではない。同じ寮の仲間ではあるが、それぞれには適切な距離感があった。
ティータにとって親友と言えるのはエステルで、ラベンダーにとってはパールヴァディだ。ラベンダーとティータはべつに親友というほど親しいわけではないが、それぞれハーマイオニーよりは距離が近い友人という間柄だった。
ティータから見たハーマイオニーは勉強面において頼りになる存在だ。しかし化粧だとか、誰それが付き合っているとかのティータにとって興味のある話題より、ハーマイオニーは勉強が好きなように見えた。
なんとなく壁というか、心を許してくれていないんだなという断絶を感じたティータは、ハーマイオニーとは友達にはならなかった。ティータはハーマイオニーのことを好いているわけではなかった。と言っても、べつに嫌いたいわけでもないのだが。
(嫌だよ同じ部屋で喧嘩なんて……)
ハリー・ポッターはスリザリンではあるが、マグル産まれを目の敵にしない生徒だというのが、ハーマイオニーの主張だった。実際そうなのだろう、とティータは思う。
(でもぉ~……ラベンダーさん。部屋の雰囲気を悪くしないで欲しいんですけど……)
普段なら頼れるエステルは宿題の山に埋もれたまま精神を現実世界に復帰させてこない。ラベンダーの親友であるパールヴァディは、我関せずという理知的な雰囲気を醸し出しながら片眼鏡をかけて飼育しているブラウニーのブラッシングに余念がない。ラベンダーの陰湿な言葉攻めは5分ほど続いた。
「ポッターはさ、優しいやつだってスリザリンの連中は言うんだよね。そうじゃなきゃクリービーなんかに優しくしないって。でも。だからこそ怪しいって思うのよ」
しかしそれは違うと、ラベンダーは声高に主張する。
「アイツは自分に都合のいい人が欲しいだけよ。自分を持ち上げてくれるからクリービーだとか、うちの寮のザムザとかにも優しいってだけ。気分しだいであっさりと掌を返すわ」
「う、うん……?ザムザ君と仲良くなったの?いつの間に?」
「……あっ……」
ラベンダーはしまった、という顔をした。ティータはまぁいいか、と思った。
「ザムザ君もウィーズリーやポッターと仲良くしておこうって思ったんだね。……心配なの?それとも好きなの?」
「えー無理無理。ウィーズリーならまだしもガリ勉とか絶対無いわー」
「そっかー」
そうやって何とか話を打ちきり、自分の宿題に取り組めるかとティータは思ったのだが、ラベンダーの恨みのすさまじさはここからだった。
「ポッターはさ、絶対何か企んでるよ。スリザリンの悪いやつは、大抵優しく近付いてきてから裏切るものだし」
(ぶっちゃけ裏切る頻度で言えば、私らも変わらないと思うんですが……)
と、ティータは思う。が、口には出さない。ラベンダーの機嫌を損ねる『勇気』はないからだ。そういうティータの性格を読んでラベンダーはティータを話し相手に選んでいるのだ。
スリザリン寮生というフィルターを抜きにすると、ポッターの行動に責められる謂れはないとティータは思った。グリフィンドール生でポッターのようにスリザリン寮の生徒とも親しくしているのはティータの知る限りハーマイオニーやロンくらいだ。スリザリン寮生に優しくしたこともない自分達がスリザリン寮生を責めるのは何か違う気がしたが、ティータはそれを言い出せなかった。
そもそも、ティータはポッターに対して興味がない。トレローニ教授にも、アンブリッジにも興味がない。占い学は受講していないし、将来の職業も翻訳者を希望しているティータにとってDADAは捨て科目だ。だからこそ、フラットにポッターを評価することが出来ていた。
(こっちに手出ししてこないなら何でもいいのに……)
「現に、アンブリッジの手下になってトレローニ教授を追い出そうとしているんだから」
「うんうん……」
「ついに本性を出したってことよ。スリザリン生の本性をね。何を考えてるか分かりゃしないわ」
ティータは半ばうんざりしていたが、親友のエステルがついに口を出した。
「それは……違うぞラベンダー」
エステルは遠慮がちに反論した。その瞬間、これ幸いにとティータはほっと一息ついて、自分の薬草学のスケッチに取り組むことが出来た。
「彼の意図が何であれ、ポッターが他の生徒を理不尽に減点したり罰則を与えたという事実はない。むしろ双子の後始末をしている姿しか見ていない。ラベンダーは、フィルターをかけて見ている気がするが……」
「フィルター?そう!私が見当違いのことを言ってるって言いたいのね!」
ラベンダーはうんざりしたように言った。エステルは顔をしかめる。エステルは占い学を受講しているものの、トレローニ教授には懐疑的だ。ラベンダーとも仲良しこよしというわけではなかった。
グリフィンドール寮生は、勇敢ではある。悪い噂を持つ人間を敵に回すことを恐れないラベンダーは、グリフィンドール寮生らしい資質を持っていると言える。逆にティータは仲間に立ち向かう勇気を持たない人間であると言える。
勇敢であるということは、しばしば正しいと誤解しやすい。しかし、常に絶対の正義というわけではない。
そもそも正義とは、正しいと信じられているもののことを指す。それは道徳的に正しいことであるかもしれないが、そればかりを優先し過ぎると、時として他者にとっての悪となることもある。
例えば、ハーマイオニー・グレンジャーのSPEW活動は、なるほど長期的に見た場合の魔法界にとっては有益になるかもしれない。しかしティータのような一般的な魔法族にとっては間違いなく悪であった。自分のホグワーツでの生活さえ保証されるなら、ティータのような一般人はハウスエルフに興味や関心を示さない。本音では、ハウスエルフを解放してホグワーツでの自分の生活水準を下げたくない、とさえ思ってしまった。
ラベンダーはまさに今、悪になろうとしていた。自分の信じる正義を信じ、それにすがり、鬱憤を晴らすために攻撃に転じようとしていた。アンブリッジではなく、攻撃してこなさそうなハリー・ポッターをターゲットにすることで。
(……パ……パドマ……)
ラベンダーにとっての親友、パドマに視線を向ける。が、パドマは素知らぬふりだ。ティータが一昨日パドマのお菓子をこっそり拝借して以来、パドマはティータの存在を無きものとして扱っていた。
ラベンダー・ブラウンという魔女の名誉のために言えば、パドマを怒らせてしまったティータのためにあれこれと世話を焼こうという意図があった。しかし、ティータにしてみれば、ハーマイオニーやポッターとの抗争に巻き込まれかねないやっかいごとであった。
そのとき、沈黙を決め込んでいたハーマイオニーがため息を吐く。パドマはブラッシングの手を止めた。生徒たちに緊張感が生まれた。
「……ラベンダー。一つ訂正してくれるかしら」
明らかに喧嘩腰のラベンダーに、ハーマイオニーは真っ向から毅然とした態度で要請した。
「スリザリン生の本性を、という部分よ。ラベンダーがハリーのことをどうこう言うのは勝手よ。でも、スリザリン生そのものが悪と見なして貶めるのは思い上がりだわ」
「やけにスリザリンの肩を持つのね。向こうに思い人でも居るの?あのアズラエルって男子かしら?……ウィーズリーに言っちゃおうかな」
「世の中には友情と恋愛感情の区別もつかない人間が多すぎてうんざりするわよね。これは世間話だけど。下半身でしかものを考えられないのかしら?ねぇ、どう思う?ラベンダー」
ハーマイオニーの怒りのボルテージが上がったことを感じ取り、ティータはそっとカーテンを引いた。
(こ……怖い……!)
「何ですって?心配してあげたっていうのに!!」
「言葉に気をつけなさい、ラベンダー。貴方は一つ勘違いをしているわよ。身内を大切にしたいのは、スリザリンだろうがグリフィンドールだろうが誰でも同じことよ」
ハーマイオニーの言葉をどう受け取ったかは、カーテンを引いていたティータには分からない。が、口を挟まなかったことは確かだった。
「スリザリン生にどうしようもないクズがいるのは事実よ。パーキンソンの脳ミソにはコンファンド(混乱)をかけてやった方がまだまともになるくらいにね」
(……キレると罵倒のセンスが上がるのは、流石だなぁ……尊敬しちゃう……)
ティータは恐ろしいなと思いつつ、ひそかに感心していた。英国人たるもの皮肉と罵倒にも一定のユーモアを交えねばならないが、どれだけ研鑽しても自分ではそこまで頭が回らないとティータは思う。
「でもね。スリザリン生全員が悪人だというレッテルを貼るのは間違っているわ」
「ハーマイオニーはいいわよね。ポッターと親しいから優先して貰えて」
ラベンダーの発言に、ティータは少しはっとした。
(……あ、これ私も思ったことある……)
スリザリン生たちに対する視線に良くないものが混じるのは、彼らのトップに虐めっ子がいるから、だけではない。
嫉妬。
確実に、その感情も混ざっている。
自分に近しい人に手を差しのべ、優先して守る。それは当たり前のことだと五年生になった今ならばわかる。スリザリン生の場合身内を優先するあまり他を切り捨てる傾向はあるが、それはグリフィンドール生だって変わらないというのはハーマイオニーの言う通りである。
守るべき人間の範囲から溢れ落ちた側が抱く感情。
それこそが、嫉妬なのだ。
「今は仲良くしているから優先して貰えるんでしょうよ。でもねハーマイオニー。それは結局のところ、連中の都合しだいで切り捨てられるってことに代わりはないのよ」
「ハリー達がそういう人間ならそうなる前に、私からハリーに三行半を突きつけるわ。ラベンダー。これだけは覚えておきなさい」
ハーマイオニーの胸元にはきっと、監督生のバッジが輝いていたことだろう。ティータはハーマイオニーではなく、思わずラベンダーに共感してしまった。だが、ラベンダーのためにハーマイオニーに反論する勇気を持つことは出来なかった。
「自分の良くない部分は棚に上げて、誰かのことを責めるのは良くないことよ。偏見のレッテルで無関係の人間まで貶めるならなおのこと、それを恥じるべきよ」
ピシャリ、とカーテンを閉める音がした。ラベンダーのベッドからの音だ。
ハーマイオニーは真冬の雪よりも冷たくラベンダーに言いはなったが、ラベンダーの怒りに火を注いだことは明らかだ。
(……うん……)
ラベンダーが望んでいた言葉は正論ではなかったと、ティータは思った。
ラベンダーは肯定だけを望んでいたのだ。
敬愛するシビル・トレローニ教授が免職の脅威に怯え日に日に落ちぶれていく姿は、ラベンダーにとっても辛く苦しい日々だった。受験競争のために日々勉強に追われる中で、ラベンダーは鬱になってしまっていたのだ。
この時代、マグルの世界も魔法界もまだまだ鬱病への理解は乏しい。五年生ともなれば過度なストレスから心のバランスを崩してしまう子供は毎年必ず出てくる。ラベンダー・ブラウンは決して心が弱かったわけでもなく、ケアされるべき一人の生徒であったに過ぎなかった。
やがて重たい沈黙に部屋が包まれ、ランプの明かりが全て消えてから、ティータはふと目を覚ました。二段ベッドの上が軋む音がしたからだ。
(……?)
物音に目を覚ましたティータは、カーテンの隙間をそっと開けた。
ティータはその日見た光景を夢だったと思い、忘れることにした。ラベンダーのベッドにパールヴァディが潜り込み、ラベンダーに一人寄り添っていた。
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スリザリンに対する扱いの中に富裕層への嫉妬心があると思う人は挙手!!