なんかアレな国のなかで真摯に必死に頑張っているハルケンブルグさんが推しです。儚くて。
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「……高望みし過ぎじゃない?パーシーは……」
パーシーはあまり酒を嗜まない。激務の中で酒に興じて次の日のパフォーマンスを落とす気にはなれなかった。接待と付き合いで飲むことはあっても、大抵次回の催しには誘われない。それがパーシーの遍歴だった。
そんなパーシーは、今、手にエールのジョッキを持っていた。
「……高望み?僕が?何故そう言えるんだ、オードリー」
「現実を見ろと言うことよ。……理想が高すぎるのよ、パーシーは」
「リアリストを気取っているわりには君も動揺していたように見えたが?」
ロンドンのマグルの世界のパブで味も分からないエールをパーシーとオードリーはひたすら飲む。飲んで、アルコールを体に回していた。パーシーが酒に溺れているのは、ひとえに恐怖からであった。
(……一体なにを考えているんだ、ドロレス・アンブリッジ……!)
パーシーはジョッキに映る自分の顔が澱んでいることすら解らないほどに、最低の気分で最悪の酒を味わっていた。
(……幸福な記憶が……子供を襲わせた記憶だと!?)
オードリーの手で確認したディメンターの中の記憶。それはディメンターの脳に保管されていたディメンターが体験した記憶と、もうひとつ。
接触した人間から吸収した、『幸福な記憶』があった。
ディメンターは人間から吸収した幸福な記憶を、その内で保管し、咀嚼しながら自らを動かす動力とするのだ。
何ともおぞましい生態である。しかしそれ以上におぞましいのは、ドロレス・アンブリッジの精神性であった。
ドロレス・アンブリッジが、かつてクラウチジュニアであったディメンターへハリー襲撃を指示したとき。
彼女は確かに幸福を感じていたのだ。
その事実をパーシーは認識したくなかった。チームの仲間との会話でドロレス・アンブリッジがろくでもない人間であることは察せられたが、それでも配属されたてのパーシーに好意的に接触してきた唯一の人間だったのだ。スリザリン出身者だからといって色眼鏡で見てはいけないと自分を戒めていたパーシーであるだけに、この事実は衝撃が大きかった。
パーシーは今日、またひとつ大人の階段を上った。階段を上り成長する先に、子供の頃のような達成感はない。ただ道なき未知があるだけだ。
「そりゃあ驚くわよ。……『例のあの人』が復活したなんて。……アレがレストレンジの妄言だったとしても、行先のヒントは得られなかった。ほんと、飲まなきゃやってられないわ」
このパブはオードリーの実家であるが、もちろんパーシーはその事を知らない。オードリーがマグルの父を持つ魔女であることは、スリザリン時代の親友にしか打ち明けていなかった。
温くなめらかなエールの味を舌に感じながら、オードリーはぐい、と一息でジョッキを空にした。マスターがなみなみと追加を注ぐのを、パーシーはやや圧倒されたように見ていた。
「それで。どうするの、パーシー」
「どうする、とは?」
「今日の記憶は全部私の携帯式小型ペンシーブに保管してあるわ。私の記憶もコピーを取って保存してある。……ただ、貴方はこれでいいの?」
「君、ここでそんな話をすることは……」
記憶のコピーを取るだのペンシーブだの、マグルの世界ではあり得ない会話だ。機密保持の観点から言えば、人の少ない狭いパブでするものではない。
「酔っ払いの戯れ言よ。誰も気にしちゃいないわ」
確かにオードリーの言う通りであった。
「それでね~、この間凄いものを見たのよ、耳から煙を出してる人?あんなのどうやったら出来るのかって!」
「アハハ、超ウケるねー!マジでそんなことあったら楽しいだろうなー!あ、スターゲイジパイ追加でひとつ!」
若い男女のカップルなど、その最たるものだったり自分達の世界に没頭している人間達や。
「うちの職場に配属されてきた子、ありゃあきっと俺に気があるぜ……」
「レイナー。お前疲れてんだよ」
「何だとエリン!」「いいだろホラ。飲め、飲め!!」
このパブの客は自分達の身の回りの出来事を離すことに夢中で、しかも酒の席ということでパーシー達のことを気にも止めていない。仮に小耳に挟んだとしても、何処にでもいるカップルの他愛ない会話で済まされるだろう。
「この記憶。託すとしたらアメリア・ボーン部長しかないと貴方は言ったわね。私もそれに異論はないわ。慎重な人だもの。動かせる権限を使って、ファッジに気取られないように動いてくれる筈」
パーシーは無言で頷いた。パーシーがアメリア・ボーンをパーシーが推したのは執行部部長だったからだ。オードリーと直接の接点はなかったものの、ファッジ政権にあっても公平・中立の立場を保持してきた傑物だ。パーシーはアメリアであれば、動いてくれると期待していた。
「余計な細工をすれば記憶の真偽が保たれなくなる。一刻を争うこの状況でそんなことは許されない」
パーシーが危惧したのは、記憶を修正することで、その記憶が正しいものか、捏造したものか客観的に見て解らなくなってしまうことだ。
オブリビエイトを使い記憶を修正すると、腕の悪いオブリビエイト使いの場合記憶に修正したという箇所がつく。悪質な犯罪者は、これを逆手にとってある対策をする。
第三者に、自分にとってどうでもよい日の記憶をオブリビエイトを頼むのだ。
『記憶を修正した日』を別に作っておき、自分自身の最も都合の悪い『犯行日時』の記憶は、完璧なオブリビエイトをかけてもらう。そうやってレジリメンスで心を暴かれようとも感情が結び付くことがないようにする。そういう姑息な手段を、手練れの闇の魔法使いは使うのだ。NEWTのDADA七年生で習う内容である。
「けど、ことが明るみに出たとき、貴方は立場を失うわ。もう一度言うわよ、パーシー。……本当に、いいの?今までの全てを失うわよ。二度と、這い上がれない」
囁くようにオードリーは言った。
「こう見えても私、プロだから。あなたのキャリアに傷がつかないように貴方の記憶を加工することは出来るわよ?勿論、貴方自信の記憶もね」
「君にそこまでして貰うつもりはない」
パーシーは言うが、オードリーは心外だという風に目を見開いた。
(意外と睫毛が長いな……)
パーシーはこの状況でなぜオードリーがパーシーのキャリアを気にするのか解らなかったが、もしやと思った。
(……自分の腕を不安視されたと思ったのだろうか?……いけないな、それは。オードリーの腕を疑ったつもりはなかった)
オードリーという魔女は、学生時代には特に秀でた人間というわけではなかった。すくなくともパーシーの視点では、スリザリンの同学年女子はジェマ・ファーレイの方が記憶に残っていた。
が、魔法省の研修でオードリーは才能を持っていたことを明らかにした。彼女は優れたオブリビエイト使いであったのだ。
オブリビエイトは、知性ある人間や魔法生物の記憶に干渉する魔法である。チャームでありながらその効果は凄まじい。
魔法界の存在を秘匿するためには必須の魔法でありながら、後遺症をもたらすことなく使いこなすのは難しい。そういう高度な技能を、オードリーは備えていた。
パーシーがどう切り出そうかと思っている間にも、オードリーは早口で捲し立てた。
「記憶を消すと言っても、貴方の記憶そのもの奪う訳じゃないわ。エピソード記憶をその本人の中に残したまま、それを連想できないように時系列を曖昧にしてあげるの。そうすると、貴方本人が勝手にその日に別の日の記憶を当てはめて誤解してくれる。明日は何不自由なく魔法省へ登庁出来るわよ」
「……身内を売る意味が解らない訳じゃないわよね、パーシー。……引き返すならここしかないわよ」
(……さぁ……どう出る……?)
オードリーはスリザリン生らしく、甘い言葉でパーシーを試していた。
(……ここで逃げても誰も文句は言わないわよ……)
パーシーは誘惑するように話すオードリーの言葉を聞き漏らさないように、無言リベナイト(蘇生)で己の酔いを醒ましていた。それから言った。
「済まなかった。僕は君に誤解を招く表現をしてしまった」
「誤解?」
「ああ。僕の言葉足らずで君の腕を疑っているように思わせたのなら、本当にすまない。僕は、僕たちの代で同期で最もオブリビエイトに優れているのは君だと思っている」
「首席にそう言われて悪い気はしないわね」
(……まぁ、七年生としての一年間をオブリビエイトに費やしたからね!)
オードリーは当然だという気持ちで頷いた。
オードリーがオブリビエイトの習熟に身を入れた理由。それは、六年生の時のDADA教師が原因であった。ロックハートがハリー・ポッターとロナルド・ウィーズリーに返り討ちにされたとき、オードリーは密かにこう思ったのだ。
オブリビエイトは、魔法省での就職に使えると。
マグルから隠れ住むことが何より大切な英国魔法界において、需要が無くなることは絶対にあり得ない。しかし、独学で学び雑な使い方をすれば、かけた相手にどんな副作用があるかわからない。
オードリーはスリザリン出身ではあるが、人間性を捨てたつもりも捨てる気もなかった。だからこそ、マグルの著名な学者が記した人間の記憶に関する論文や魔法学会のオブリビエイトのレポートも熟読し、魔法省の面接でもオブリビエイトだけで合格したと断言できるほどの腕になったのだ。
パーシーはオードリーに謝ったあと、しっかりと目を見て言った。
「この状況で一人だけ知らぬ存ぜぬで逃げたのでは自分が許せなくなる。……あの記憶は、そのまま渡してくれ。僕も、ボーン部長から証言を求められれば必ず応じる」
(……生真面目だーっ!!)
オードリーは内心で悶え苦しんだ。まるで心臓にクァッフルをぶちこまれたかのような直球の回答だ。全く返答に困る。
オードリーの周囲のスリザリン男子は、教育が行き届いていた。決して言質は取らず曖昧な言葉でお茶を濁し、責任を取らないように立ち回る。そんな連中ばかりであった。それは就職してからも例外ではない。職場の上司のカストール・エリオンはその筆頭だった。
「その言葉、紙に誓える?」
「……勿論だ」
パーシーが自分の名前を書いたのを見て、オードリーはごくり、と唾をのみ込んだ。
紙には何の魔法もかかってはいない。オードリーが普段使うためのただのメモ用紙である。しかし、魔法族にとってはパーシーの行為は重い。
レベリオも使わず署名するということは、すなわち、契約をするということに等しい行為だからだ。
(……あああ……ああ……ヤバい)
(……こいつは絶対!絶っっ対に!私が見とかないと駄目だ駄目なやつだ!!)
とにかく自分の優位を保ったままでいたいとオードリーは思った。そうでなければ、パーシーはどんな人間に騙されるかわかったものではない。
(じゃないと!!社会的にどころか物理的にも死ぬわコイツ!)
騙されやすそうな同期には釘をさしておかなければならないと思ったオードリーは、いいわ、と紙を受け取った。
「契約成立ね。部長にアポを取って必ず報告するわ。……すぐに動くとは思わないでね?段取りが必要だから」
「勿論だ。タイミングは君に任せる」
「……経過報告、いつにする?私は白フクロウを飼っているけど……貴方からメールは出せるの?」
「エロールというフクロウがいる。もういい歳だが……」
「わかったわ。じゃあ連絡を取りたいときはフクロウで」
(……)
一通りの必要な話を終えると、オードリーはふと腕時計を見た。安物の腕時計は、九時の針を指している。
「……そろそろ時間ね。……今日はありがとう、パーシー。……帰って眠って頭を整理するわ。私にとっても、衝撃が大きかった」
オードリーはパーシーにごちそうさま、と言った。実家ではあるが、勿論パーシーのおごりにするつもりであった。オードリーはパーシーよりも大いに飲み、そして食べていた。
学生時代のパーシーであれば信じられないことだが、何とパーシーは文句も言わずに支払った。
「……こういう時、収入の格差というものをひしひしと感じるわね」
「実は過分な給金はあるが、使う機会が今まで無かったんだ。……君のお陰で久々に人間らしい食事をしたよ。今日は楽しかった」
(……!!)
オードリーはにっこりとパーシーに微笑んだ。その微笑みをどう受け取ったのか、パーシーは顔を赤くした。そして少し間を置いてから言った。
「……もしよければ………忙しくていつになるかわからないかもしれないが。……また飲みに行かないか?」
「平和になったら考えておくわ。祝勝パーティーでも開きましょうか」
オードリーは満更でもない気分だったが、内心はこう思っていた。
(わたしがしっかりと見ててやらないと)
と。
オードリーもパーシーもヴォルデモートに立ち向かうことを決めた。それはひとえに、魔法省のなかで良心的な、若手の職員と官僚であったからに他ならない。
では、なぜ。
なぜ、コーネリウス・ファッジは、良心から目を背けたのだろうか。
コーネリウスは、良心と理性だけでは戦争には勝てないということを嫌というほど理解していたからである。
パーシーが希望を失わなかったのは、彼我の戦力差に対する認識の甘さからである。
コーネリウス・ファッジの認識はこうだ。
ヴォルデモート一人で、魔法省全員を駆逐できる。
一方のパーシーの認識は、こうだ。
ヴォルデモートがいかに強大であったとしても、魔法省の総力を挙げれば対抗できる。
コーネリウスの認識は正しい。対して、パーシーの認識は、甘い。
第一次の内戦において魔法省がヴォルデモート相手に立ち向かうことが出来たように見えたのは、アルバス・ダンブルドアという魔法使いの助力あってのことである。魔法省職員で目立った活躍をしたムーディーも、アルバス・ダンブルドアの指示に従い行動したから勝った。それは事実である。
つまりは、ダンブルドアありきであったのだ。そして前回の戦いから十年以上の歳月を経た今、魔法省の戦力はどうだろうか。
ムーディをはじめとしたオーラ-達は老い、弱体化している。ヴォルデモートがどれだけ弱体化しているかは分からないが、高齢のダンブルドアより衰えの幅は小さいだろう。十余年前よりも戦力差は広がり勝ち目がない、とコーネリウスは考えた。
パーシーやオードリー達若手が甘い希望を信じる根拠はある。
ハリー・ポッターの存在である。
ハリーが赤子の時にヴォルデモートは一度死んだ。ハリーが一年生の時にヴォルデモートの試みは潰え、二年生の時、パーシーは若き日のトムと対峙した。
トムは強かった。パーシーは圧倒的な力の差を痛感させられた。
が、トム・リドル自体は、その程度ではあったのだ。
ハリーの捨て身の奇襲と、パーシー視点では分からない愛の護りによるトムへのダメージ。トム本人の慢心。存在しなかったはずのルナ達によるグリフィンドールの剣によるとどめ。
この勝利は、様々な奇跡が絡み合ったことによる偶発的勝利である。再現性もない。しかし、パーシーの視点で考えると、策を練り複数人による連携で挑めば、ヴォルデモートでも僅かな勝ち目があるようにも見える戦いだった。
その認識は誤りである。トム・リドルであれば、魔法省の精鋭が全員でかかれば勝てただろう。しかし、ヴォルデモートとなった現在とでは、何もかも違うのだ。
ヴォルデモートとトム・リドルとでは、実力の研鑽に充てた時間が違う。密度が違う。身体能力、知識、魔法への耐性。トム・リドルの時にあった容姿とカリスマ性をかなぐり捨てて闇の帝王という空虚な外面を手に入れた犯罪者は、パーシーが認識しているトムとは隔絶した実力の差があることをパーシーはまだ理解できてはいない。
魔法界の子供達は誰もがヴォルデモートの恐怖を聞いて育つ。しかしだからこそ、若い魔法族は、闇の帝王(笑)が赤子に敗北したという笑ってしまうような事実に揺れ動き、ヴォルデモートの戦力を過小評価してしまうのである。
パーシーやオードリーにとってヴォルデモートは、一度死んでいる。過去の遺物であり、倒すことの出来る存在なのだ。
その認識が蛙チョコレートよりも甘いことを、パーシー達は実感することになる。
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なんか気付いたらスリザリン出身になっていたオードリーさんですがまぁいいや。
ロックハート先生の存在は一人の生徒の才能を開花させましたよ。