でも必ずいいことがありますから……!
「……ハリー。スネイプ教授から話は聞いた」
リーマスが口を開いた。心労からか白髪が増えたルーピンの眉間には皺が寄っている。ハリーは無言で小さく頷く。
「秘密のレジスタンスを組織しているそうだね。表と裏の二つに別れて。裏ではついに禁じられた森にも足を踏み入れたとスネイプ教授は激怒していた」
(……!!)
ハリーの中で葛藤があったのは、リーマスの説教を受けたからではない。リーマスから軽蔑され、厳しい言葉をかけられることは覚悟の上だった。
ハリーが大きく動揺していたのは、リーマスに、これから本人が最も気にしているであろうことについて確認しなければならないからだ。そのために、忙しい二人に無理を言ってまでホグズミード離れの洞窟へと呼びつけたのだ。
「先生、僕は……」
「ああ、わかっているよ、ハリー」
ルーピンは驚くハリーの機先を制して言った。
「闇の魔術を仲間に教えることなく、かつ、『自衛のための力』を求めるなら君の取れる手段は限られている。私は君の立ち位置は良く理解しているつもりだ」
「……スネイプ教授は、僕のやり方はお気に召しませんでした」
「彼の立場ならそう言うだろう。管理者としての責任がある」
「だが私は今教師ではない。まずは君の、そして、君の友人達の身の安全を第一に優先したいと考えている。君の試みを責める気は無いよ」
ハリーは背筋がうっすらと寒くなる気がした。リーマスの言葉はむしろ、ハリーを見限っているかのような諦めの色があった。
(……自業自得だ。僕自身の……)
ハリーはリーマス・ルーピンを恩師として尊敬している。が、自分の行動は尊敬している人間に唾を吐くような行為ばかりであるという自覚もあった。
散々忠告された上での闇の魔術の行使。規則違反を重ねて自分と周囲の仲間を危険に晒す。後輩のためとはいえ、ドロレス・アンブリッジと懇意にする。どれもこれもリーマスが快く思うはずかない。
反人狼法は成立することなくシリウスの尽力によって闇に葬られた。しかし、表面上であってもアンブリッジに与するということはリーマスや大勢の狼人間を真に脅かす差別に、間接的ではあるがハリーも加担したということでもあるのだ。
「……僕のしてきたことはダンブルドアの立場を危うくします。それは理解しているつもりです」
ハリーはリーマスに弁明する資格は無いと思った。なので、ダンブルドアの名前を出した。スリザリンの仲間の懇願と、ネビル・ロングボトムを助けるためという大義名分はあった。しかしリーマスに事情を説明したところで、リーマスの怒りに油を注ぐだけだと思った。
(結局、自分の都合でアンブリッジに与した事実は変わらないんだ)
ハリーがそう自分を責めている一方、リーマスはハリーの有り様に心を痛めていた。
(……俺は……どうすればいいんだろうな、ジェームズ……)
リーマスはハリーを責めてなどいない。むしろ、大人としてハリーの現状に心を痛めていた。
(デイリープロフィットはこの期に及んでもハリーへの誹謗中傷をやめていない。ハリーは学校中から後ろ指を指される状態だろう。……そんな状況で、できる限りのことをしている子供を追い詰めているだけなのか?俺は)
リーマスは社会的なハリーの立ち位置が良くわかっていた。
ハリーは社会的弱者なのだ。
孤児であるハリーにとっての社会的な支えは、ゴッドファーザーであるシリウスだ。そして精神的な支えは、側にいるスリザリンの友人達だ。
しかし、社会的な情勢がハリーとスリザリンの学友との間に溝を作り、魔法社会全体がハリーやスリザリンというハリーにとっての寄る辺を悪しきものとして見なし、追い詰めてくる。これを弱者と呼ばずして何と言うのだろうとリーマスは思う。
リーマスはハリーの境遇に心を痛めていると同時に、教師を勤めた人間としてハリーの将来を惜しむ思いもあった。
(……闇の魔術を止めろと言いたいが……言えるような状況ではない)
(……バジリスク。デスイーター。ヴォルデモート。アクロマンチュラ。どれもこれもあまりに強大で、成人した魔法使いの手にも余る怪物達だ)
リーマスは冷静に戦力の差を認識していた。
生き延びるための自衛手段として闇の魔術を使ったことは何ら責められるものではない。闇の魔術がその存在を危険視されながら魔法使いの間で根絶されなかったのも、武器として必要とされてきたという事情ゆえにである。
だからこそ。
だからこそ、リーマスはハリーが闇の魔術に手を出すことを惜しんでいた。
(……あまりにも……あまりにも早すぎる……!!)
それは、成長のスピードと、脅威に遭遇する年齢の速さだった。
(せめて後二年……!ハリーの肉体と精神が分別を覚えたあとだったなら……!ハリーには、あれほど美しいパトロナスを出せる才能があったというのに……)
リーマスが悔やむのも無理のない話だった。
闇の魔術は、道具として必要とされてきた。しかし、闇の魔術が必要となるような状況などひどく限定的なものだ。『殺し合い』や『尋問』といった、後ろ暗いことばかりである。
(ハリーの才能が!……将来が!!潰れようとしているのに……!)
闇の魔術を制御しきることは、魔法使いとして卓越した制御理論の理解と魔法の腕が必要である。
その才能を、その能力を。その時間を。ハリーが将来成りたいものになれるよう、誘導し。それに専念できる環境を整える。それが大人が本来果たすべき役割だったのだ。
それが出来なかったから、ハリーはパトロナスを出せなくなった。光の側として誰からも後ろ指を指されることなく大成出来たはずの可能性が潰れようとしているのである。
一度でも教育を志した人間として、ハリーの現状はあまりにも悪い。
だが、リーマスは己の本心をハリーには言わない。言えない。言ったところで、ハリーの周囲の安全を確保できなければ……つまり、ヴォルデモートとその一味を一網打尽に出来なければ意味がないからだ。
リーマスの内心の葛藤をよそに、ハリーはシリウスの方を見た。リリーに良く似た緑色の瞳は、眼鏡越しにも鈍い光を纏っていた。
「ディフェンス アソシエーションも裏の集会も、森での探索も……魔法省の役人に隠れて僕らが自分でやったことだ。……でもそれが、ダンブルドアにとっては余計なことだったのなら」
「いいやハリー。ダンブルドアの責任問題については今さら言及するまでもないことだ。……だが、ハリーが今最も気にすべきことは他にある」
シリウスは厳しく言った。そこに一編の迷いもなかった。
「おい、待てシリウス」
(事前の打ち合わせには無かったぞ!?)
「止めるなよリーマス。ハリーのDAと秘密の部屋での集会についてはたっぷりと話を聞く。」
ハリーには預かり知らぬことではあるが、シリウスは事前にルーピンと取り決めをしていたのだ。
自分がハリーを叱る役をやるので、リーマスはハリーの側に立って欲しいとシリウスはリーマスに言った。シリウス・ブラックという男はとにかくどこまでもハリーには甘かったのである。
ルーピンはシリウスから話を持ちかけられたとき、シリウスの判断を支持した。思うところはあったものの、シリウスの教育方針は間違ってはいない。ハリー達の独断での暴走を繰り返さないためには必要だと思った。
「……が、まず。それよりも何よりも、森での立ち回りから見直す必要がある」
シリウスはそう言うと、ハリーにある提案をした。
「森での記憶の抽出がしたいが、いいかハリー。」
「……構わないよ。森には何回か足を運んだけど、どっちの記憶にする?」
「まずはアクロマンチュラと遭遇したときの記憶からだ。アクシオ メモリー」
そう言って、シリウスは携帯していた小型のペンシーブを取り出した。シリウスがハリーから抽出した記憶は、シリウスの持っていたペンシーブに写し取られた。
「……これでいい。三人で検証を行うぞ」
ハリーはシリウスの手腕に驚き、目を見開いていた。
「……森での記憶が残ったままだ。一体どうやったの?」
「記憶を写し取るにはコツがいる。ま、オーダーに所属するならこれくらいの芸当は出来ておくべきだな」
(簡単に言うなぁ……)
さらりと専門職じみたことを言ってのけるシリウスには、かつてジェームズと共にホグワーツで暴れまわった頃の片鱗があった。
(……昔のシリウスにはあんな腕はなかった。マリーダに習ったか、新しく研鑽を積んだか。……頼もしいな)
リーマスの読みは一部だけ正しかった。シリウスの記憶抽出アクシオの師匠はアーサー・ウィーズリーであった。
ハリーの手でアズカバンから解放されてから、シリウスは魔法省でのキャリアを積んだ。それによる技術的な進歩は確かにシリウスにもあったのである。
***
「ダンブルドアもリーマスと同様に、ハリー達の身の安全を優先したいという思惑があった。だからこそ、ウィルヘルミーナに指示を出してハリー達の行動を黙認したわけだが……」
リーマスとハリー、シリウスは森での記憶を目にした。ハリーの杖から放たれた緑色の閃光がアクロマンチュラを貫いたとき、シリウスの手は固く杖を握り締めていた。
もしもシリウスがその場に居たならば、ハリーの代わりにアクロマンチュラを殺害していただろう。
「……『想定外』の事態は常に起こり得るということだな。ホグワーツでは特に。はぐれのアクロマンチュラも。校内にバジリスクが居るんだからな……」
シリウスはハリー達が戦闘後、聖域へと進むことを決めた場面を指摘した。戦闘面での立ち回りに関してもリーマスは言いたいことが二、三あったのだが、シリウスに任せた。
「……この場面でハリーが取るべき対応はひとつ。撤退だ。『戦闘』を前提にするには、お前達はまだ弱すぎる」
「シリウス」
(『弱い』は不適切だぞ、ハリーには……)
「いや、止めるなリーマス」
シリウスはぴしゃりと言った。ハリーはぐっと押し黙った。シリウスに反論すること自体が間違っているのだと思っているのだろうか。
「おい、それは良くないぞシリウス。ことの問題は『弱い』ことじゃない。ハリー達が、あるかもしれない脅威について認識できていないことだ」
リーマスが即座にハリーのフォローに回る。ここまで決めていた流れだ。
「……あるかもしれない脅威?それはどんなものですか?」
シリウス、リーマスとハリーはその後、親と子供と言うよりは教師と生徒のような時間を過ごした。シリウスは、ハリー達がアクロマンチュラに遭遇した時点でことを指摘した。
「アクロマンチュラはな、お前達が七年生であったとしても立ち向かうべき相手ではない。高い魔法耐性、優れたスピードと、毒による麻痺のリスク。群れでやってきたとき、対応できたと思うか?」
「……思わない」
シリウスは厳しく言った。ハリーは反論することなく頷いた。
「アクロマンチュラの危険度はXXXXXだ。アクロマンチュラは、成人し専門知識を身につけた魔法使いであったとしても死の危険がある」
「これと遭遇したときまずすべきことは、仲間の無事を確認し、周辺の警戒のために斥候を出す。パトロナスでもいいし、目視でもコンジュレーションで産み出した生物でもいい。……リーマス、アクロマンチュラの習性を教えてくれ。連中はどこに巣を作る?」
話題を振られたリーマスは事も無げに答えた。
「アクロマンチュラは高い樹木の上に巣を作ることも確認されている」
リーマスは日銭を稼ぐために、命の危機があるような危険な仕事も受けたことがある。危険な魔法生物の駆除もその一つだ。生き延びる可能性が僅かでも増えるのなら、アクロマンチュラの生態についても覚え直さなくてはならなかった。
「……つまり、鳥を出して上空からの確認もすべきということだな。地上に痕跡がないからと言って油断してはならない。分かるか?」
「はい!」
シリウスの言葉は淀みなく、ハリーは目を輝かせて頷く。シリウスは闇の魔術の使用を責めることはなかった。
ハリー達がその場で死んでしまっては元も子もないからだ。
シリウスが諭しているのは、『その後』の対応についてであった。若く経験の浅い魔法使いほど、強敵との戦闘の後は警戒が疎かになってしまうものだし、高揚感に支配されて前に進んでしまいがちになる。
これは恐ろしいことに、集団になったときに顕著になる。一人ではないという安心感と、集団で協力して危機を乗りきったという高揚感が、恐怖心を麻痺させるのだ。
かつてのマローダーズのように。
「ハリー、君達はアクロマンチュラと遭遇した。二匹を撃退した。その場でリーダーであったハリーはどうすべきだったと思う?」
「…周辺の警戒をしつつ、…皆を説得して即座に撤退すべきだった。」
「そうだ。勿論、殿はアクロマンチュラに対応できるハリーの役目だ。どんな場面でも、撤退するときは必ず誰か強い者が後ろを警戒しなければならない。そうしなければ犠牲が増えてしまうからな」
シリウスの声は厳しい。が、そこに込められている優しさを感じ取れないほどハリーは愚かではなかった。
「アクロマンチュラは番が子供を作り、縄張りを形成する習性を持っている。この意味は分かっているな?」
「……もしもアクロマンチュラに子供や兄弟が居たとしたら、縄張りを荒らされたと判断して群れで襲ってきた可能性がある」
「あるいは糸で罠を張って殺すかだ。……どちらにせよ、ハリーの手に負えない最悪の事態になっていた可能性は高かった。スネイプ教授が激怒したのもそれが原因だ」
(……流石はハリーだ。良く勉強している……)
リーマスはシリウスの指摘に口を挟まない。挟むべきではないからだ。
(……私から言いたいことはあったが……今は黙っておこうか。)
シリウスとハリーとの会話は、一般的な父子のそれとはかけはなれている。どちらかと言えば信頼している部下を指導する上司のような雰囲気がある。
しかし、この瞬間だけは、確かな絆がある。
本当の父親というものを知らないハリーだからこそ、シリウスに対して深い尊敬と憧れの視線を向けていた。ハリーも、そして視線を受けるシリウスも気付いてはいないだろうが、リーマスにはそれがわかった。
記憶を確認しながらの反省を終え、洞窟に戻ったシリウスとハリーは焚き火に当たりながら会話をしていた。
「……ハリーは今は、『裏』の方でリーダーとして仲間を纏める立場にあるわけだが……」
「ハリー。君の持っているスキルは成人した魔法使いのそれとは大きく異なる。それは理解しているな?」
シリウスが端正な顔に厳しい視線を乗せてハリーを見る。ハリーは真正面からそれを受け止めた。
「……はい」
ハリーは頷いた。
(闇の魔術は……教えられないけど)
あらかじめ使うことができた蛇語を除いても、飛行魔法も闇の魔術も他の人にはないスキルだと理解している。全てハリー自身の努力と研鑽によって獲得したスキルだった。
ハリーはスリザリン生であった。他者を蹴落としてでも『結果』を望むのがスリザリンの美徳ではあるが、ハリーが得たスキルは他人を蹴落として得たものではない。だからこそ、ハリーは自分でも気付かない心の奥底で自分の持っている魔法の技術を誇りにしてきたのだ。
それは紛れもなく、ホグワーツでの生活でハリー自信の努力によって得たものだったからだ。
「鍛えたスキルを皆に教えること自体は良いことだ。手札を増やし、増やした手段を有効に活用して窮地を脱する。そのために魔法がある」
だが、とシリウスは続ける。
「他の魔法使い達が出来ないことをハリーは出来るようになった。……だが、それに囚われて前にしか……『最短距離』しか道はないと錯覚していないか?」
シリウスの指摘は、ハリーにとっても胸に刺さるものがあった。
「……それは……」
「道は前にだけあるわけじゃない。いざというときは、『敵から逃げる』ことも勇気になる」
「シリウスからそんな言葉を聞くとは思わなかったな。グリフィンドール出身なのに」
ハリーはちょっとユーモアを交えた皮肉のつもりで言った。が、シリウスはあっさりと受け流した。
「十五年前も、俺たちは基本的には『逃げ』ていた」
「……!」
ハリーは一言一句聞き漏らすまいと耳を傾ける。シリウスの口調には苦々しい響きがあり、逃げたことを快くは思っていないことは明白だ。だがだからこそ、その言葉には計り知れないほどの価値がある。
「これは話したか?敵の数はこちらの十倍、こちらはまず手が足りない。……そういう状況では、逃げながら戦うしかなかった」
「デスイーター達も数は多かったが、全員が精鋭というわけでもない。ヴォルデモートの威光にすがったバカがいる。そういうやつを残し、敵の厄介なやつにステューピファイを狙い打つ。そしてテレポートで逃げる。そんな戦いの繰り返しだったが、そのお陰で生き残った」
「そういう秒単位の判断が求められる環境では、口頭での指示も覚束ないことがよくある。ハリー、意志疎通の対策手段は持っているのか?」
「……いや、持っていないよ」
「なら考えろ。そしてすぐ対策しろ。ハリー達が本気でやるべきことは魔法の腕を磨くことだけじゃない。……とはいっても、その顔では難しいだろうな」
「……うん。強さを磨くことに固執し過ぎたからね……いきなり軍隊みたいなことを言い出しても受け入れては貰えないと思う」
「それはハリーが責任をもって説得しろ。いいな?」
「勿論だよ」
ハリーは無言で頷いた。
「……ハリー。強いことは生き残るために必要な能力の一つではある。だが、それに溺れるやつは早く死ぬ。……それだけではなく、下手をすれば仲間を巻き込んで殺してしまうぞ」
(……厳しい言葉だ。だが、ハリーを信頼していなければ言えない言葉でもある……)
(流石だな、シリウス)
リーマスはシリウスの成長を実感していた。感慨深げに親子の会話を見守る。
シリウスの指摘は、社会人であれば資格を取った闇祓いや魔法生物駆除の免許を持ったハンターに求められる判断だ。十五歳の少年であるハリーには荷が重い指摘ではある。それでもシリウスはハリーにこの言葉をかけた。
(……ハリーにはクィレルのようになって欲しくはないからな……)
単純に強さがあるか、あるいは知識があるか。その両方を備えた若い魔法使いが陥りがちな落とし穴がある。
己の経験と実力で『今は』上手くいったから、『次も必ず』大丈夫だ。
そう思い込んでしまうことである。その誤りを正せず踏み込みすぎた結果、クィリナス・クィレルをはじめとして大勢の優秀な魔法使いは破滅していった。
自身の力量を大きく超えた想定外の事態に遭遇したとき、若い魔法族は己の過ちを知り改める。が、ここで一つ問題がある。
直面した問題が大きすぎるあまり、過ちを知ったときにそのまま死ぬことになるケースが多々あるのだ。若くして天才と呼ばれた魔法族には良くあることだ。
笑えないのは、誰もがするような備えを怠ったがためにそれに遭遇してしまうことだ。
ここをないがしろにすれば絶対に後悔するとリーマスは見ていた。現在のハリーやハリー達の状況は、かつての自分達とも良く似ているのである。
(……ハリー達は強い。戦闘能力に限定して言えば、現代の七年生の大半は相手にならないだろう)
リーマスは二年前、七年生の指導もしていた。七年生でDADAを受講している人間は全員、自主性に優れた魔法使い達だ。『戦闘』という面で見ればハリーに太刀打ちできたのはパーシー・ウィーズリーをはじめとした、当時のトップ層にとどまるだろう。
(……しかし。……昔の俺達を見ているかのように、今のハリー達は危うい。……力を付けすぎている)
七年生達にあってハリー達にないものがひとつある。それは未知の存在に対する恐怖心であり、挫折の経験であり、万能感がへし折られた経験の少なさだ。
それこそ、下手な大人より過ぎた力を持っていると言っても過言ではない。だから死ぬかもしれないような無茶をしてしまうし、細かな判断の誤りやミスがあったとしても身内だからと流してしまうので改善がなされない。
友達で組んでいるチームの脆さがそこにある。
リーマス達マローダーズと比較したとき、ハリー達にとって救いがあったのはフレッドやジョージ、セドリックといった先輩の存在であろう。彼らがいなければ、ハリー達はさらに無意識の増長を重ねていたかもしれないのである。
「……ごめん、シリウス確かに僕は……調子に乗っていた」
ハリーは己を顧みてみた。
自分は弱い。
それは昨年の墓地での戦いで嫌というほど思い知った事実だ。
単独での戦闘には限界があった。不意をつかれあっさりとドロホフに拘束された。だからこそ、友達に頼り、仲間を増やした。
そこまではいい。
問題は、増やした仲間を危険に晒していることだ。警戒をしているつもりが不充分で、見落として死ぬというのは笑い話にもならない。
「シリウスのいう通り、考えが甘かったと思ってる。皆を味方に付けるために戦闘面を重視して教えてきたけど、まだまだ他にもすべきことは山程あった」
「……それを俺や、リーマスがハリーに教える。場合によってはマッドアイの力も借りよう。……焦るな。ハリー達にはまだまだ時間がある」
シリウスの真の狙いは、ハリー達の起動を修正しつつ、間違った方向へと進まないよう起動を修正することだった。
DAにしろ、裏の集会にしろ、その内容は戦闘面に偏りすぎている。
それを危険だ、止めろと言って放り出させるのは簡単だ。
しかし、中途半端に力を付けさせたまま教えるべきことを教えずに放り出した魔法使いがどうなるかはクィリナス・クィレルを見れば明らかである。
だからこそ、もう一度基礎の基礎をハリー達を通して叩き込む。そうすることで、ハリー達の集会に参加した者達が生き延びる可能性は上がるのだ。
「諦めずにやっていこう」
そう諭すシリウスに、ハリーは深い敬愛の目を向けていた。
「……ありがとう、シリウス……」
そんなハリーの心中には、敬愛と、疑念が渦巻いている。
(……どうして……?どうしてこんな立派な人が……友達をけしかけるなんてことを……?)
ハリーの中で、今のシリウスとスネイプが言ったような、友達を使ってスネイプを殺しかけたシリウスが結び付かない。それほど今のシリウスは頼りになり、真っ当な精神性と判断力を持つ人格者に見えたのだ。
だからハリーは、口走る言葉を抑えることができなかった。
「……シリウス。……それから……ルーピン先生。実は今日来て貰ったのは……僕のやっていることを叱って貰うためだけじゃないんだ」
「……どうかしたのか?」
「別件で何かあったということかい?まさか、アンブリッジか?」
シリウスとリーマスは弛緩しかけた雰囲気を戒める。そしてハリーから聞いた言葉に、身を凍らせた。
「……いや……スネイプ教授から聞いた話なんだ。スネイプ教授はこう仰っていたんだ」
ハリーは、恐怖心に苛まれていた。なにも知らなかった、聞かなかったことにしておいた方がいいのではないかとすら思った。
だが。ハリーにとって敬愛するシリウスとリーマス。二人の大人から、当時の真実を聞きたかったのだ。
「………………………………学生時代に、シリウスのせいでルーピン先生に殺されかけたって」
(嘘だと言ってくれ)
ハリーは反射的にそう思った。そして、次に口に出したことを酷く後悔した。
シリウスも、リーマスも。ハリーの敬愛する二人の大人は絶句して固まっていた。その瞬間、ハリーの胸中には鈍い痛みが走った。
裏切られたという気持ちが、ハリーの心に残った。
そして、そんなことを考えた自分に対する呆れが、ハリーの中にはあった。
犬と狼って遺伝的にも似通っているそうですね。
つまりシリウスとリーマスも中身は似通っているということでしょう(暴論)。