蛇寮の獅子   作:捨独楽

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唐突ですが作者はクラウチシニアとシリウスが好きです。
不器用な父親が過去を悔いているのも良いし後から過去の自分の所業によるツケが回ってくるのも美しい。



反抗期

 

「……その顔は……本当なんだね」

 

 リーマスとシリウスの表情から全てを悟ったハリーは、内心で打ちのめされながら言葉を紡いだ。

 

 

「……いや、ハリー。スネイプ教授がそんなことを言ったのか?」

 

 リーマスの言葉にハリーは落ち着いて頷いた。

 

「……はい。スネイプ教授との訓練の時に、僕の記憶を見たスネイプ教授は酷く狼狽しました。そして……仲間を危険に晒した僕は父さんと同じだと言っていました」

 

 ハリーはシリウスを見た。シリウスは今までにない表情をしている。ハリーはそんなシリウスの姿を見たいわけではなかった。

 

「……僕には分からない。シリウスは……死ぬかもしれないとわかっていてスネイプを危険に巻き込む人じゃないはずだ」

 

「僕はこんなこと言える立場じゃないのは分かってる。散々やらかしておいてどの口でとも思う。でもシリウス……」

 

 

「……どうしてスネイプ教授に、狼人間のことをほめのかしたの?ルーピン先生が人殺しになるかもしれなかったのに」

 

 洞窟の中に冷たい風が入り込んだ。ぱちぱちと燃える薪の炎を消しかねないほどの北風だった。

 

「理由を教えてくれ、シリウス」

 

 ハリーはリーマスから険しい視線を感じていた。が、今ハリーはリーマスではなく、シリウスからの返答が聞きたかった。

 

 

「それは……」

 

 シリウスは一瞬口ごもったが、ハリーの目をしっかりと見て口を開いた。

 

「……全て俺の過ちだ、ハリー。俺は……あの時。……あの時俺はスネイプを殺したかったわけではなかった。ただ、やつを侮り、見下していた」

 

(……はぁ……?)

 

「それがどうしてスネイプを殺すことに繋がるんだ」

 

 ハリーは意味が分からなかった。満月の夜に狼となったリーマスがスネイプを殺しかけるのは最悪の事態のはずだ。

 

 ハリーはシリウスと接してはじめて、シリウスにある感情を抱いた。それは軽蔑だった。

 

「殺したかった訳じゃない。……スネイプには、そんなことは出来ないと思っていた。スリザリン生のやつにそんな勇気はないと」

 

 それからシリウスはハリーに、今まで隠していた本音を打ち明けた。それはハリーにとっては惨めになるような衝撃だった。

 

「……分かってたよ、シリウスが本当はグリフィンドールが1番だと思ってるのは」

 

 ハリーにとって、オクルメンシーの訓練は今何の意味も成さなかった。ハリーの額は鈍い痛みを訴えている。

 

 ハリーも本音と建前の使い分けはある程度察せられる。シリウスと過ごしたこれまでの四年間で、ハリーが褒められたのはハリーがグリフィンドール生と見まがうほどの『勇気』を示した時だ。

 

 スリザリン生らしい回りくどさや狡猾さは、シリウスの好むところではない。ハリーはそれをよく分かっていた。

 

「僕はスリザリン生であることを嫌だと思ったことは一度もないけどね」

 

(……シリウス……!不味いぞ…!)

 

 口を挟むべきかどうかリーマスは迷った。あまりにも直接的過ぎる言葉だった。

 

 ハリーとシリウスという疑似親子はどちらも感情を最優先にするタイプだった。身内が関わらなければ二人とも優れた判断力と勇気、既知に富む才能を発揮するのに、身内が害され感情に身を任せたときその理性のたがが外れてしまう。

 

 ハリーがシリウスの影響を受けていることは明白だった。

 

(いやまて。……考えろ。シリウスは……ハリーのことを考えずにこんなことを言う男じゃない。保護者としてハリーのことを最優先に考えているやつだ)

 

 リーマスは己を戒めた。今のハリーの危うさを感じ取れないシリウスではないはずだった。

 

(……いや……まさかシリウス。お前は……?)

 

 リーマスはその時、シリウスのある意図を感じ取った。

 

 

「……俺とスネイプはあの時、対立関係にあった。当時の俺は……自分が正しいと信じて疑っていなかった。だが今は……俺がスリザリンを見下していたのが対立の原因だったと、今ならわかる」

 

(!!)

 

 リーマスは驚きで目を見開いた。そうに違いないという確信を抱いた。

 

(お前……ハリーの反面教師になろうと……!)

 

「そんな……」

 

 ハリーはシリウスの告白に思わず言葉を失った。リーマスは目を瞑り、シリウスの言葉を噛み締めていた。

 

 無理をするなとシリウスの親友としての立場から言うのは容易い。だが、シリウスが己の過去と向き合わず過去の過ちを認めずその精算もせずにいる今の姿を見せれ続ければどうなるか。ハリーにとって悪影響があるのは当然だ。

 

「……いや……おかしいよ。どう考えたっておかしいよ?」

 

「……だからって、どうして……!スリザリン生ってだけで、人を……」

 

 ハリーには分からなかった。何故シリウスはそんな恐ろしいことをしようと思ったのか。今のシリウスと過去のシリウスはまるで別人のように隔たりがあるように思えてならなかった。

 

 シリウスにもリーマスにも選択肢があった。ハリーに対して当時の自分達がどんな人間であったのか明かすことは、本人達にとって耐え難い苦痛を伴う行為だった。嘘でくるみ、包み隠すという汚い選択肢もあった。

 

 しかし、シリウスはハリーへの愛ゆえに打ち明けることを選んだ。

 

 残酷な真実がハリーの心を打ちのめすことは想像に難くない。しかし、スネイプに対してもハリーに対しても誠実であるとを選んだのである。

 

 

「……俺は……レイシストが嫌いだった。……あの頃の俺はスリザリン生の全てが、恥ずべきレイシストだと思っていた」

 

(……!!)

 

 シリウスは苦々しげにった。ハリーは、そんなシリウスの表情を初めて見た。シリウスの顔に刻まれた皺は、端正な顔立ちを歪め、その内面の後悔を写し出しているかのようだった。

 

「それは……知ってる。教えて貰ったから」

 

 ハリーの知るシリウス・ブラックという人は、行動力があるのにどこか自信がなく、ユーモアがあって……そして何より優しい人だった。その優しさは、自分より弱い立場の人たちに向けられていた。その事をハリーはよく知っていた。

 

 今のシリウスの目には深い後悔と苦悩が浮かんでいた。ハリーは思わず目を逸らした。あまりにも痛々しくて見ていられないものに見えた。

 

「当時の俺は、…………スリザリンに対して偏見を持っていた。スリザリンに入る人間は全員がマグルやマグル出身者を見下し、闇の魔術に没頭する軽蔑すべき人間だと考えていた。……或いはそうではなかったとしても、そうせざるを得ない環境に追い込むのだと思っていた」

 

 ハリーの心はステューピファイを受けたかのように鈍い痛みを覚えた。ハリーは額の傷跡がずきずきと痛むのを感じた。

 

(落ち着けよ。今は違うって言ってくれてるじゃないか)

 

 頭の中のわずかに残った冷静な部分がハリーに囁く。

 

 シリウスの指摘は事実であり、スリザリンの中にマグル差別を肯定する風潮があるのも事実だ。だが、だからと言って素直にはいそのとおりですとは言えない。スリザリンで育った子供としてハリーにもプライドがあった。

 

「……それはスリザリンの全てじゃない。スネイプ先生だって本気でマグルを差別していた訳じゃないかもしれないじゃないか」

 

「……そうだな……ハリーの言う通りだ。全て俺が悪い」

 

 ハリーはシリウスの言葉を根も葉もない偏見だとは言わなかった。思い当たる節はいくつもある。何ならハリーだって一時はマグルのことを心から憎んだのだ。

 

 教育とは『してはならない』ことを教えることも含まれる。

 

 出来たことを褒め、肯定し、子供の意欲を掻き立てるのも教育だ。しかし、スリザリンには依然としてデスイーター派閥や、純血一族の派閥が存在していた。

 

 彼らは言うのだ。マグルは自分達と違う存在だと。

 

 一年生、二年生の時のハリーはその言葉を頭から信じたわけではない。ただ、その言葉のお陰で自分がダーズリー家で受けた仕打ちに仮の答えを得た。朧気に、マグルにとって自分がどういう存在であったのかを理解したのだ。

 

 自分は『魔法使い』で。『マグル』にとっては要らない『モノ』だったから。

 

 何をしてもあいつらの心は痛まなかったのだと。

 

 受けた仕打ちを返したい。そう思ったし、都合よく復讐を正当化してくれる理屈にも思えた。

 

 マグルに対する復讐心は今はない。理不尽な目に遭えば心を痛めるし、目の前に死にそうな人が居れば手を差しのべるマグルもいるとハリーは墓地で、心の底から理解した。

 

 が、だからこそハリーはスリザリンの風潮全てを否定する気にはなれなかった。マグルを嫌い憎むことは公には恥ずべきことでも、酷い仕打ちを受けた人間がそういう考えを持つことを否定したくはなかったのだ。

 

 それを否定することは、ハリーにとっては人間性の否定に思えた。今スネイプがシリウスの所業を根に持っているのも、過去に殺されかけたことが原因なのだと思えば筋違いとは言えなかった。

 

(……スリザリンのことが気にくわないからって。だからって何をしても良いって言うのか?殺しかけても……)

 

 自分がシリウスから嫌われる類いの人間に堕ちていることに対して、ハリーは後ろめたさを感じていた。シリウスの言葉に怒りと、それ以上に悲しみと埋まらない断絶のようなものを感じてしまう。

 

「……ハリー。少し私から弁明させて欲しい。かつてのシリウスは確かに正義を信じるあまり盲目的になっていた」 

 

「……昔のスリザリンは、ハリー。今のスリザリンとも違った。ヴォルデモートの思想に影響を受けた過激派がのさばっていたんだ」

 

 ここで割って入ったのはリーマスだった。リーマスはシリウスの意を汲んで黙っていたが、現在のスリザリンと、過去のスリザリンとでは明らかに違いがあったということをハリーに話さないのは公平ではないと思ったのだ。

 

「当時は暗黒時代になろうとしていた時期だった。マグル経済の不景気の影響が魔法界にも蔓延しはじめ、マグルとの分断や分離が叫ばれていた。そこにヴォルデモートは付け入って、純血主義者の数を増やし始めていた」

 

「歴史の授業でも習いましたよ。最初は……ブラック家を中心とした純血の一族がヴォルデモートを支持したと」

 

 ハリーは素っ気なく答えた。今歴史の講義を受ける気分ではない。

 

「……ホグワーツの中でも、良くない風潮はあった。ルシウス・マルフォイをトップとした一部のスリザリン生がカースによってマグル出身の気に入らない生徒を虐めることもあった。……スネイプはその一味とも親しくしていた」

 

「そのとばっちりで……シリウスにも疑念の目が向けられることがあった」

 

「昔も今も似たようなものだね」

 

 ハリーは痛む額を擦りながら言った。

 

「スリザリンに居る恐ろしい純血主義者より、グリフィンドールに居るシリウスに疑惑を向けたほうが周囲にとっても楽でいい。都合よく純血で反撃される心配もないし」

 

「もちろん、シリウスとジェームズはそういう考えを向けるやつを容赦なく叩きのめした。どんな寮の生徒であろうとも遠慮なく」

 

「おい、リーマス」

 

「シレンシオ(沈黙)。少し黙っていてくれ友よ」

 

 シリウスが話しすぎだとリーマスを睨む。が、リーマスは沈黙魔法によってシリウスを強引に黙らせた。

 

「……」

 

 ハリーが呆れの目をシリウスとリーマスに向ける中、リーマスは当時の背景を語った。ハリーは刺々しくリーマスに反論する。

 

「同じ寮の人間に反抗的になるなんて単に頭がおかしい人じゃないですか?」

 

 かつてリカルド・マーセナスに喧嘩を売ったことを棚に上げてハリーは言った。リーマスは苦笑いしながら言った。

 

 

「シリウスとジェームズはグリフィンドールらしい勇敢な生徒だった。誰もがスリザリン生の背後に居るデスイーターに怯え、萎縮するなかでシリウスは自分の信念を曲げなかった。スリザリンを恐れていたグリフィンドールの先輩達にもシリウスは真っ向から反論した」

 

 燻っていた薪の火が消えようとしていた。シリウスは無言呪文でインセンディオを使い、薪を燃やした。

 

「次第に、シリウスとジェームズは周囲にとってのヒーローになっていった。大半の人間は賢いつもりで強いものに反抗する気概もない弱虫だからね。……皆にとって、シリウス達は希望のようなものになっていった」

 

 だが、とリーマスは言った。

 

「……当時のスリザリンは……変わらなかった。むしろどんどん悪い方向に悪化していった。マグル生まれの生徒が集団で攻撃され、魔法で吊るされたり医務室送りになる事件が頻発した。襲撃者の中にはスネイプと懇意にしている純血主義者もいた」

 

「……当時のグリフィンドール生や世間の他三寮、シリウスの目から見れたスリザリンをどう思う?」

 

 リーマスに言われなくても、ハリーにはリーマスの言いたいことは分かりきっていた。

 

「……それは……言いたいことはわかります。スリザリンに対していい印象なんて持てるわけがないって。分かりますけど……」

 

 ハリーはぐっと言葉に詰まった。苦々しく吐き捨てた。

 

「納得は出来ません。スリザリン生だって……寮での立場ってものがあるんです」

 

 誰もが自分のように恵まれているわけではないと、ハリーはスリザリンの生活で学んでいた。ザビニもたまにハリーに対して釘を刺すからだ。

 

 ハリーに現在向けられている世間の目は冷たい。しかし、入学当初は違った。

 

 それはハリーが入学早々にピーターを捕まえるという幸運を手にしたからだ。英雄というネームバリューや、ハロウィンでロンやハーマイオニーと親友となれたという幸運あってのことだと今のハリーならばわかる。

 

「他の寮から蔑ろにされていてそれでも仲良くしようと思えるのは変わり者だけです」

 

 ハリーのような運、いわば環境に恵まれないスリザリン生が、どうして部外者の他寮の生徒を尊重しようと思うだろう。ハリーはスリザリン生としてそう言いたかった。

 

「……ああ。私達は図に乗っていた。シリウスは……純血主義の負の歴史もよく知っていた。だからこそ、軽い気持ちで純血主義を掲げるスリザリン生が許せなか……」

 

「リーマス、いいんだ」

 

 シリウスはリーマスの言葉を遮った。リーマスのかけたシレンシオがやっと解けたのだ。

 

「俺の理由がなんであれ、それは俺の行為を正当化するものじゃない。俺はリーマスとスネイプに一生残る傷を負わせるところだった。……俺は救いようのない馬鹿だった」

 

「シリウス。……ルーピン先生には謝ったの?スネイプ教授には?」

 

 ハリーは痛む額を抑えながらシリウスの話を聞いた。不快な怒りがハリーのなかで渦巻いていた。

 

「……いいや。リーマスには謝罪した。……スネイプとは、ハリーを護りオーダーの一員として行動する限りは不干渉を貫くと決めた」

 

「まずは殺しかけたことを謝るべきなんじゃないの?」

 

 シリウスのハリーへの指摘が全て自分に返ってくる事態となった。過去のシリウスの過ちは、到底許容できるものではないとハリーは思った。

 

「ハリー、今のシリウスは昔と違う。そうでなければスリザリンのことを認めたりはしない」

 

「それは過去の俺の過ちとは無関係だ」

 

 リーマスが意を決してそうフォローを入れるが、シリウスは一言で切り捨てた。ハリーは無言のままだ。洞窟は暫くの間重たい沈黙に包まれた。

 

「……ハリー。私の話も聞いて欲しい」

 

 リーマスはそうハリーに訴えた。

 ハリーはリーマスの方を向き直った。

 

「ルーピン先生。ルーピン先生はそれでいいんですか?、シリウスは、ルーピン先生を人殺しの道具にしかけたんですよ……」

 

 ハリーにはリーマスの考えが分からなかった。何故シリウスと友人で居られるのだろうかと思った。

 

 

「ハリー。私にも非はあったんだ。私は監督生で、当時のシリウスやジェームズを罰し、止める立場にあった。……だが、出来なかった。アニメーガスになってまで俺と付き合ってくれた友を失いたくはなかったんだ」

 

 リーマスはそれから、過去の経緯を語り始めた。

 

「……ホグワーツに入るまで、私は孤独だった」

 

 ルーピンの語りは、長かった。幼い頃にフェンリル・グレイバックによって噛まれウェアウルフとなったこと。持病のせいで、満月の度に各地を転々とする生活を送ったこと。そのせいでホグワーツに入るまで友達が出来なかったこと。ハリーにとってどれも痛ましい話だったが、何より辛くリーマスに共感したのは友達が居ないという孤独だった。

 

「ホグワーツに入ってからも、俺はずっと孤独だった。ダンブルドアの厚意のお陰で杖を取り上げられずホグワーツに通えてはいる。……だが…………他人と揉め事を起こしでもしたら、すぐにホグワーツを追い出されるのではないかと思うと、本音で接することが出来ずにいた」

 

 リーマスの境遇はあまりにも辛く、そして理不尽なものだった。ハリーはリーマスを責める気には到底なれなかったが、リーマスは監督生としての立場より、己の欲求を優先して満月の夜の友達との夜遊びを楽しんだことを告白した。

 

「馬鹿だった」

 

 リーマスはかつての自分をそう切り捨てた。

 

「……私達は、同年代ではそこそこ優れた魔法使いだった。だから、自分達が失敗することはないと慢心しきっていた。本当に思い上がった馬鹿だった。」

 

 その話は、ハリーにとっては教訓的意味合いを持っていた。

 

 当時のシリウス達と同様、ハリー達も同年代では図抜けた実力を手にした。現時点の力量においては、ハリーは同い年の誰にも負けないという自負がある。

 

 だからこそ、DAも裏の集会も、自分達以上の驚異の前には脆くなる。想定外の事態ひとつで瓦解する可能性を持っているのだ。

 

「私はウェアウルフであるということまで明かして受け入れられることはないと諦めていた」

 

「というよりも……それを明かして周囲から受け入れられなかったらと思うと恐ろしかった」

 

「誰にだって言えないことはあります」

 

 ハリーはリーマスの言葉に酷く共感した。

 

 ハリーは二年生の時、マグルを差別しているとロンやハーマイオニーに打ち明けた。だが、理解は得られなかった。自分自身の全てを受け入れられるわけではないことをハリーはその時知ったが、反面、こうも思った。

 

 自分の全てを打ち明けても受け入れてくれる仲間が欲しいと。

 

 そんなものは幻想であるとハリーは理解している。だが、当時のリーマスの気持ちだけは痛いほどよく分かった。

 

「……君のお父さんと、シリウスとピーターはそんな私の心の壁を壊してくれた。アニメイガスになってまで、私の最も野蛮で、醜悪な時間にも寄り添ってくれた」

 

 

 ハリーはハッとした。そして、ピーターが三人にとっても親友だったことを思い出した。

 

「……じゃあ父さんとシリウスも……」

 

 シリウスは無言のまま、自分の姿をグリムへと変じさせた。黒く力強い毛並みを持った大型犬は、ハリーに少しの威圧感を与えた。

 

「ジェームズは雄鹿になって野山を駆け回ってくれた。ピーターは、小さな鼠の姿で暴れ柳のコブをつつき、叫びの屋敷までのルートを確保してくれた」

 

「……俺は狼人間になってはじめて幸せだと思ったよ」

 

 ハリーはなにも言えなかった。リーマスがどれほどの孤独心を抱えて、友情を渇望していたのかがハリーにもよく分かったからだ。

 

 

「……三人がいてくれたお陰で俺は孤独ではなくなった。同時に、この繋がりを失いたくないと思った。秘密を共有するのは親友三人でいいと思った」

 

「……僕のお母さんは違ったんですね」

 

 ハリーはリーマスに聞いたが、リーマスはさらりと言った。

 

「男子と女子だからね。……その頃には、リリーもリリーで別の楽しみを見つけていたよ」

 

 リーマスとリリーも、二人の間でちょっとした秘密を共有する体験をした。それでもリーマスの心の壁を壊したのは、ジェームズとシリウスと、ピーターだけだったのだ。

 

 

 

「学年が上がるにつれて私が月一でやつれていくことに疑問を覚える人間が増えはじめた。スネイプもその一人だった。私は不安だったが……それを誰にも相談できなかった」

 

「……そんな時に、シリウスやジェームズはスネイプと抗争を繰り広げた。監督生だった私はそれを止めるべき立場にあったが……止められなかった。いや、止めなかったんだ。二人が私のために、私の代わりに怒っていることもあったからだ」

 

「……」

 

 ハリーは強く拳を握り締めた。

 

(誰が悪いかって言えば9割シリウスが悪い)

 

 ハリーの結論は揺るぎない。一人のスリザリン生として、ハリーは心からそう思った。

 

「……スネイプが意固地になり、私達の失点を探そうと思うのも無理のない話だ。だからスネイプを死なせかねないような事態を引き起こしてしまった」

 

「止めるべき立場にあり、責任がありながらも止められなかった。責任は私にある。」

 

「僕はそんなことはないと思います」

 

 ハリーはリーマスにそう言った。が、リーマスは譲らなかった。

 

「いいや、ハリー。……人は、一面だけでは語れないものなんだ。シリウスに後ろ暗い過去があったことは事実だ。だがそれでも、それを恥じて進んでいるのもまたシリウスなんだ」

 

 リーマスの言葉は確かに真実なのだ。ハリーにだってそれは分かっている。そうでなければスリザリンに入ったハリーを息子として扱いはしないし、マリーダと結婚したりもしない。

 

 

「……この事は、三年生の時に打ち明けるべきだった。すまない、ハリー。……あの時は私自身にその心の余裕がなかった」

 

 三年生の終わりに、リーマスはデスイーターを殺害した。仲間を守るための正当防衛とはいえ、それでリーマスの心の負担が軽くなったわけではない。リーマス自身、自分のことで精一杯だったのだ。

 

 

「……よく分かりました。……話してくれて、ありがとうございます。……シリウス」

 

 

 ハリーはシリウスの目を見据えた。シリウスは口を挟まず、ハリーの結論を待っているように見えた。

 

「……僕はシリウスのこともルーピン先生のことも何も知らなかった。……今日はじめて知ったことも正直半分も理解できない」

 

 ハリーは座っていた椅子から立ち上がった。魔法で作り出した簡素な丸太椅子はガタリと動く。ハリーはシリウスにこう宣言した。

 

「僕はシリウスのようにはならない。……グリフィンドールの生徒だろうが、スリザリンの仲間だろうが平等に扱って、必ずリーダーとして皆を護りきってみせる」

 

 ハリーは言いたいことを言うと背を向けて洞窟から出ていった。リーマスがハリーに何かあっては良くないと慌てて後を追う。

 

「おい、ハリー!……シリウス?追わないのか!?」

 

「……これでいいんだ、リーマス。……ハリーが俺のようになる必要はないんだから……」

 

 シリウス・ブラックは一人、己の犯した過去の罪を受け入れていた。ハリーからの信頼を失い、軽蔑の視線を向けられ、そして背を向けられるこの時間は、シリウスがアズカバンで過ごした時間より思い罰をシリウスへと与えていた。

 

 

***

 

「……あの……これは?」

 

 パールヴァティー・パチルは双子のパドマ、秘密の部屋の中でラベンダー・ブラウン共々、ハリーから差し出された紅茶とラズベリーパイを受け取っていた。他の仲間達が魔法の訓練として索敵系の魔法を練習するなか、お茶に興じている四人の姿は浮いていた。

 

「これからは『裏』の秘密を共有する仲間だからね。これまでのいさかいは水に流したいと思ってる。お近づきの印に、どうぞ」

 

「……美味しい」

 

「それは良かった。ダフネが聞いたら喜ぶよ。彼女のチョイスなんだ」

 

 しっとりとしたパイ生地を口に運ぶと、上品な甘さと果実の酸味が舌を潤す。パールヴァティーはポーカーフェイスのままお菓子の味を楽しみ、紅茶を口に運んでいたが、続くハリーの言葉に紅茶を吹き出しかけた。

 

「……ここからが本題なんだけど……君達の専攻分野を教えて欲しい。僕達が生き残るための地力を上げていくには、君達の意見も参考にしていきたいんだ」

 

「参考にって言われても、戦闘の知識なんて無いわよ」

 

 ラベンダーが頬を膨らませて言うとハリーは朗らかに言った。

 

「戦闘だけが全てじゃないさ。むしろ、君達の知恵とか何気ない気付きとか。そういうものに生き残るためのヒントが隠されているように僕は思うんだ」

 

「変わってるわね。だからハーマイオニーと仲がいいのかしら」

 

(……や、やられた……!!)

 

 パールヴァティーには、思惑があった。

 

(『ポッター達の魔法を見てパクろう大作戦』が……!!)

 

 ハリー達の集会に参加することを決めたのはハーマイオニーとの関係悪化に終止符をうつためでもあったが、パールヴァティーとパドマには打算もあった。

 

(……持ちネタを……出すしかなくなる……!)

 

 それは、参加者の本気の魔法を見て盗み、ひそかに自分の成績を上げることである。

 

 他者の成果を観察し模倣しようという思惑は何ら恥じることではない。が、それだけを許すほどハリー達は甘くなかったということだろう、とパールヴァティーは理解した。

 

「承知した。ただ私が出せるのは知識のみになるが、それでも構わない?無理であるなら考える時間が欲しい」

 

「内容によるかな」

 

「私の専攻は占い学。トレローニ教授の講け売りで良ければ話す」

 

 パールヴァティーは意を決し、ハリーに師であるトレローニから習ったことを話し始めた。

 

「この世には、預言を記憶する水晶があるとされている。……数多いる預言者が語った預言が記憶され、保管されるものが存在するという……」

 

 ハリー・ポッターはにこやかに笑いながらパールヴァティーの話を聞いていた。パールヴァティーには、ポッターの真意を推し量ることは出来なかった。

 




更生した後で昔の黒歴史が出てくるのって拷問ですよね。
まぁマローダーズはこれで終わりじゃなくて更に底があるんですけどね。
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