改心した後のファンタビの時期のダンブルドアにこそ権力を与えるべきだったということですね。
「予言を記憶する水晶。そんなものが存在すると?」
「……否定できるという根拠はない」
パールヴァティーはハリーの緑色の瞳を覗き込んだ。ハリーは真顔だった。揶揄っているようにも見えない。興味深そうにパールヴァティーの話に耳を傾けている。
(……ポッターの真意は何…?)
パールヴァティーは、自分の知識の泉から自問にたいする答えを探し出した。ハリーは和やかな表情でパールヴァティーが話すのを待っている。
(……パドマは宛にならない。私がやるしかない)
双子の相方であるパドマはハリーとの折衝をパールヴァティーに丸投げしていた。元々そういう傾向はあったのだが、パドマはレイブンクローに入ってから対人関係を雑にすることが多くなったようにパールヴァティーは思う。
(……これは雑談。親睦を深めるためのもの……誠実に答えれば、こちらに対して害は成さない筈……)
ハリー達のことを舐めていた節のあるパールヴァティーは、内心の恐れを出さずに口を開いた。
「預言者の才能がある天才でも、預言を的中させた人間は限られている。これは事実。水晶は、真に才能ある物の予言を記憶して保持する」
「何のために?予言を記憶する水晶というのは何か……誰かの手で作為的に産み出された道具のように感じるけど」
「何のため、ではない。誰によって、というのも分かっていない。ただ、過去に予言を記録した水晶があった。そういう現象がある、ということしか分かっていない」
「なるほど。いかにも魔法らしい神秘的な話だね」
「神秘的か。……なるほど。……ポッターは魔法の神秘に興味があるの?」
パドマが始めて口を開く。レイブンクロー生であるパドマにとって不確定要素の多い占いは興味のある分野ではないが、魔法の神秘に関しては一転して興味の対象でもある。
レイブンクローの才媛に対してもハリーは表情を崩さなかった。
「そうだね。魔法には時々僕達の理解の及ばない現象が起きたりする。そういう未知の現象の根源を追求するのは面白いと思うよ。占いや預言も、立派な魔法のひとつだと僕は思う」
ハリーはハーマイオニーのように占い学の講釈を茶化す様子もなく、むしろその不可思議な現象に興味を示したように見えてパールヴァティーは内心ほっとしていた。
(よし、掴みは悪くない)
そう思ったのも束の間、ラベンダーがハリーに噛み付いた。
「良く言うわね。真の預言者を追放しておいて白々しい」
「預言者はつねに過酷な使命を帯びているものですよ、ミズ・ブラウン。かのモーセのように、預言者はその能力ゆえにいつも過酷な運命を課せられるものです」
そう言って割って入ったのが、アズラエルだった。アズラエルは杖から煙をプスプスと出していた。どうやら複数人同士のチーム戦でネビルの出した毒触手草を焼き払ったらしい。
「杖のクールダウンがてら雑談に混ぜていただいて構いませんか?面白そうな話をしておられましたので」
「いいよ。座ってくれアズ」
ハリーは椅子を出し、アズラエルにもトランクの中からケーキと紅茶を提供した。ハリーはぽりぽりと鼻をかく。
「……ミズ・ブラウン。君の解釈を聞きたいんだ。さっきも言ったけど、占いには魔法的な神秘の可能性があることは僕も知ってる。僕にはその才能はないかもしれないけど、真の預言者であるトレローニ教授が見込んだ君達の意見を聞いておきたいんだ」
ハリーは口八丁を並べつつ、露骨にラベンダーとパールヴァティー、そしてトレローニ教授の顔を立てた。それにアズラエルも追従する。
「僕からもお願いします。ここにいない友達が占いが得意だったもので。貴女達の話を聞かせてください」
(……)
ファルカスの名を出され、ハリーは顔をしかめた。パールヴァティーとラベンダーは気まずそうに顔を見合わせた。
ファルカスが妙に占いが得意であることは一時期話題になり、同年代の占いにはまった生徒達はこぞってファルカスの占いおもしろがった。ラベンダーやパールヴァティーも、その一人だった。
ラベンダーはばつが悪そうな顔をしながら、髪をいじくっていた。
ハリーは気を取り直してラベンダーに話しかけた。
「ミズ・ブラウン。占いで未来を言い当てられる人はいるけど、それは預言があってはじめて成立すると言えるのかな。それとも、預言の有無に関わらず成し遂げられることなのかな?」
「どちらとも言えるし、どちらとも言えないわ」
ハリーの言葉に対して、ラベンダーはトレローニ教授の言葉で返した。
「預言は定められた運命の発露であって、疑うべきものではないと言うのが私の解釈よ。それを疑うということは魔法の否定に他ならないわ」
「……預言を否定することは魔法という神秘そのものに対する否定だと?」
「貴方がそう思うならそうでしょう」
「……そうか…………なら、預言を信じた人間が預言を覆すための行動を取ったら?」
「それはお薦めしない。グリンデルバルドの預言を覆すために大勢の魔法族が動いたけど、結果は歴史の通りだ」
「……ですけどあれはグリンデルバルドお得意の詐欺ですよね?」
アズラエルはそう指摘した。
歴史に名を残した預言者に、ゲラート・グリンデルバルドという魔法使いがいる。
彼はマグルの危険性を説き、マグルの空襲や大量破壊兵器による大戦を予知した。大勢の魔法族がそれを信じグリンデルバルドに従ったのだが、結果は歴史の通りである。
「グリンデルバルドか。歴史の授業でも度々話題になるね」
ハリーにとってのグリンデルバルドは、プロテゴ・ディアボリカの先達としての理解が大きい。ファルカスと共にプロテゴ・ディアボリカについて学んだとき、ハリーはその名を知った。
パリを焼いた大犯罪者の名前を。
「グリンデルバルドをスリザリン生として尊敬しているの?」
「……ラベンダー。流石に失礼」
揶揄するように言うラベンダーに対して、アズラエルは不快そうに眉をひそめた。慌ててパールヴァティーがラベンダーを嗜めるが、ラベンダーは不敵な笑みを崩さない。パドマはラベンダーに対して呆れとも恐れともつかない視線を向けていた。
ハリーはまさか、と笑って否定した。
「グリンデルバルドはダームストラング出身だよ。……でも、ダームストラング生としても失格かな。僕はクラムやダームストラングの先輩達を知ってるけど、皆マグルに対しての敵意や差別心はない。尊敬すべき人達だよ」
「それに比べたらグリンデルバルドに惹かれるものはないね」
闇の魔法使いとしての道を歩むなら、ハリーにとってグリンデルバルドは目指すべき一つの到達点であった。
言葉を巧みに操り、見せかけの誠実さや愛で悪意をくるみ、他人を信服させる。言葉が嘘だと解っていても従った方がいいと思わせる。アジテーターと指導者両方の才能を備え、プロテゴ・ディアボリカを操るグリンデルバルドは現在のハリーの完全上位互換であると言えた。
が、ハリーはグリンデルバルトを嫌悪していた。
一年生、二年生の頃のマグルへの嫌悪感を持っていたハリーならばグリンデルバルトに羨望を抱いたかもしれない。だが、現在のハリーは違う。
グリンデルバルトが説いた、魔法族にとって危険なマグルという存在への敵意や、マグルへの恐怖心。それはハリーにとっては身に覚えのある感情だ。
だからこそ許せない。
その主張に、少なくとも、マグルの全てが必ずしも魔法族にとって友好的ではないという事実に一定の正しさを感じるからこそ。悪意ある手段で魔法族にとっての内戦を引き起こしたグリンデルバルトは許せなかった。
ハリーはグリンデルバルトには実害を受けていない。それでも、それだけの才能があったならばもう少し違うやり方があっただろうと思わずにはいられなかった。
二十世紀中頃の激動の時代を知らないハリーだからできる発想である。
「……ふぅん……」
ラベンダー・ブラウンは疑惑の目をハリーに向けていた。ハリーもそれに気が付いてはいたが、気付かないふりをした。
ハリーは新しく加入した三人の魔女に期待している訳ではなかった。
ハリーが戦力になってくれると期待しているのは、ハリーが直接指導したシノやザムザである。対して、グリフィンドールとレイブンクローの女子はトレローニの一件からも分かる通り、ハリーとは隔意がある。
自分自身が嫌われる分には構わない。しかし、ハリーの指示を聞いてくれない可能性があることはリスクとなる。ハリーはリーダーの立場として、可能な限りリスクを減らしたかった。コミュニケーションの時間はお互いにとって不愉快ではあるが、たとえマイナスの時間であろうがやるべきことはやらなければならないのだ。
その時、アズラエルはおもむろに杖を取り出してマフリアート(沈黙魔法)を周囲にかけた。これから人に聞かせられない話をしますよ、というアピールにパールヴァティーは身構えた。
「……いやぁ……ちょっとだけ時間を頂きますよ。ハリー、それからミズ・ブラウン。他の皆さんは去っていただいても構いませんよ」
アズラエルはポーカーフェイスのままだが、ハリーにはアズラエルが怒っているのがよく解った。ハリーは視線でアズラエルを嗜める。
(いいよ別に)
(いいえダメです)
アズラエルという親友は滅多なことで怒らない。しかし怒った時は止められないことをハリーはよく理解していた。ハリーは溜め息を誤魔化すために紅茶を口に含んだ。
(……計画をちょっと変えるしかない……かな。……強引にでも話をつけておかないと、今後ブラウンは増長していく可能性がある。……少し早いけど仕方ないか……)
ハリーとしては、多少時間がかかったとしてもラベンダーやパールヴァティー、パドマと親交を深めておこうと思っていた。裏の集会が雰囲気最低のまま進むことはチーム全体の効率を低下させてしまう。お互いに蟠りがあったとしても、少なくとも表面上は笑顔を取り繕おうと考えていた。
シリウスの一件があったからこそハリーはそう考えた。
しかし、友の名を持ち出したにも関わらず態度を変えなかったラベンダーにアズラエルは激怒した。ハリーに止める選択肢などなかった。ハリーだって怒っていたからだ。ハリーは脳内でプランを練り直す。
言うまでもなく、ラベンダーにとってはとんだとばっちりである。
「……ミズ・ブラウン。君がトレローニ教授の件でハリーに恨みを持っているのは解ります。でもね、君にも選択肢があったんですよ?その事ちゃんと分かってますか?」
「……は?何それ?……どういう……意味よ」
「君達が人任せで自分ではなにもしない。そんな勇敢さに欠けた人間だと言ってるんです」
ガタッと音を立ててラベンダーが立ち上がる。ラベンダーは杖を抜いていた。アズラエルは大袈裟に両手を挙げ、降参するようなポーズを取った。
「……フィニート(終われ)。……皆、こっちのことは気にするな。訓練に戻れ。……インカーセラス(縛れ)。マフリアート(沈黙)」
「お……おう……」
ハリーは沈黙魔法を解除し、どよめくみんなに指示を出さなくてはならなかった。ロンが驚いて駆け寄ってくるのを制止し、カーテンで周囲を覆って自分達の姿と会話を遮断する。
その間にもアズラエルの説教は続いていた。
「アンブリッジは『魔法省』の意向でここに来ているんです。つまり、トレローニ教授の進退はアンブリッジの思いのままだった。君達がすべきことは何ですか? ただ無為に時間を浪費することですか?」
「えっ……いや……それは……だって。ポッターが……」
しどろもどろになるラベンダーとは違い、パールヴァティーはばつが悪そうに俯いた。思い当たる節があったのだろう
「それ禁止です。何で大切な人の動向を他人に任せるんですか?ハリーは君のなんだって言うんですか」
アズラエルの言葉にラベンダーは反論できない。ハリーはアズラエルを止めた。
「そこまでにしておけよアズラエル。今はもう仲間なんだから。僕は文句や不満くらいは聞くよ。望む結果になるかは保障できないけど」
ハリーとしてもアズラエルの掩護射撃は嬉しかったが、これ以上対立を深めても困る。ほどほどのところで止めるべきであった。
「……そうですねぇ。……それじゃあ、今後のために仲間にアドバイスと行きましょうか」
(アズのやつ止まらねぇ……!)
ハリーの制止でアズラエルの口調は柔らかくなった。が、言おうとしていた内容は変わらないだろう。
「アンブリッジに従って媚を売っておく。……ある程度信頼関係を構築した上で、ここなりDAなりをアンブリッジに密告する。その代わりトレローニ教授の停職処分を取り消すよう訴える……それが君にできた改善策です。まぁその場合グリフィンドールにおける君の立場は犠牲になりますがね」
(いやいやいや……ブラウンにそれは無理だろう)
(……出来るとしたら……)
ハリーはラベンダー・ブラウンと親しい訳ではなかったが、そんな器用な立ち回りができる性格でないことは一目見れば解る。
ハリーはパールヴァティーを見た。パールヴァティーの頬からは大粒の汗が流れていた。
自己を犠牲にし、ハリーのように他人の反感を買ってでも特定の誰かを救うために悪しき手段を取る。それはグリフィンドールという環境では難しい。ハッフルパフ寮でも難しいだろう。
勇気を称賛し、勇敢さと公正さを称える。そんなグリフィンドールという環境で、悪意そのものであるアンブリッジに諂うことなどできる筈がないとハリーは思った。
「ふ、ふざけないで!そんなこと出来るわけないでしょう!」
「アズラエル、滅多なことを言うものじゃないよ。そんなことをされたら僕らは終わりなんだ。それに二人がそんなことをする筈がないだろう?ミズブラウンやミズパチルに失礼だよ」
ラベンダーは憤慨する。ハリーはアズラエルを窘めた。アズラエルがハリーの顔を立てるために意図的に露悪的に行動しているのをハリーは察していたが、ラベンダー・ブラウンの許容限界を超えてしまっては意味がなかった。
(……自分で言っててもわざとらしいフォローだな……)
ハリーは言葉を口にだしながら自嘲した。これではアズラエルに泥を被せているだけではないか。
わざとらしくアズラエルとラベンダーをフォローしながら、ハリーはラベンダー・ブラウンを観察した。白い頬は怒りで紅潮している。非常にわかりやすい性格である。
(……まぁ死んでも嫌だろうな。アンブリッジに媚を売るのは)
ラベンダーの様子を見ながらハリーはそう思案する。
アンブリッジに好かれる要素は何もない。スリザリン的思考に染まったハリーであってもそれは覆しようがなく、揺るぎ無い事実である。
大勢の生徒の前でリーマス・ルーピンを公然と侮辱し、形骸化していた規則を振りかざしてフレッドとジョージのターゲットとなったアンブリッジはグリフィンドール生の間では不倶戴天の敵と言える。そんな相手に頭を下げるのは、グリフィンドールにおいて死を意味するに等しい裏切りだ。
ハリーが行動できたのは、後輩を救うという大儀があった上でよくも悪くも身内に対しては甘いスリザリンという環境であったからこそだ。
「アンブリッジの立場にたって考えてみてくれ。DAやこの集まりを魔法省に報告することは彼女にとって大きなメリットだ」
「……え、ええ」
ラベンダーは視線でそうなの?とパールヴァティーに問う。パールヴァティーではなくパドマがこくりと頷いていた。
「けど、今まで推し進めてきたトレローニ教授の停職をこの段階でラベンダー一人のためにひっくり返す義理は何処にもないよ」
ハリーはスリザリン生で、一年生のときにもアンブリッジとは交流があった。だからこそネビルの処分を取り下げさせることができたのだ。アズラエルの言葉は机上の空論に違いなかった。
「…………」
それでも、パールヴァティーには後ろめたい感情があるようだった。
それはそうだろう。
他人任せでなにもしなかったというアズラエルの批判は的を射ていた。本当にうまく行くかどうか解らなくても、敬愛する師のために行動できたかもしれないのだ。
「すみませんね。……でもねぇ、僕はビジネスマンを目指していますから。何かを得たいならまずは自分が何かしらの行動を起こすべきなんですよ。他人の批判に終始するのではなくね」
「……!!」「アズ。もういいよ」
アズラエルの言葉はラベンダー・ブラウンにとっては火に油を注ぐ結果になっただろう。ハリーは額の傷跡が痛むのを抑えながら、ラベンダーへ謝罪した。
「……ミズ・ブラウン。ミズ・パチルトレローニ教授の件については、アンブリッジに提案したよ」
「……!?何を?」
「トレローニ教授が魔法省の基準とする要件を満たしていないなら、魔法省の主導で研修を課すのはどうか、ってね。停職の代わりに指導で手を打つのはどうかと提案してみた」
「えっ?!じゃあもしかしたら……?」
ラベンダーは一瞬希望に顔を輝かせる。しかし、反対する声が上がった。
「…………。そんなことトレローニ教授が納得なさる筈がない」
ハリーの言葉に反論したのはパールヴァティーだった。ラベンダーははっとしてハリーに反論する。
「……そ、そうよ!トレローニ教授は今までのやり方で充分私達を指導してくださっていたのよ!それを『研修』だなんて教授に対する冒涜よ!」
「そうだと思うよ。……でも、現実的にトレローニ教授が復権するにはそれしかない」
ハリーがそう言うと、パールヴァティーは表情を変えなかったがラベンダーは残念そうに顔を歪めた。トレローニ教授が免職にならなければそれで構わないと必死になって考えているのは明白だった。
「トレローニ教授の停職処分までまだ時間はある。僕なりに教授のためにできる案を考えてみるけど、他に何か意見はあるかな?」
「……すまない。私は思い付かない」「わ……私も……」
パールヴァティーが言うと、ラベンダーもそれに追従する。この二人のブレインはパールヴァティーなのだろうな、とハリーは察した。
「それなら話は終わりだね。残念だけど現状うてる手はそれだけだ。……君達は、停職処分が早期に解除されるように、トレローニ教授を支えてあげてほしい。」
ハリーは真摯にラベンダーとパールヴァティーに訴えかけた。身を乗り出して言うハリーに、二人は気圧されたように話を聞く。対して、パドマ・パチルは冷静にハリーの様子を観察しているようだった。
「それは僕には絶対にできない。学年の誰よりトレローニ教授と親しく、そして誰より教授を慕っている君達にしか出来ないことだ」
「……わ……分かったわ……教授のために、今できることをしてみるわ」
(……物分かりが良くて助かるよ)
ハリーは話が纏まったことに安堵していた。ロンに誘われて訓練に戻る女子三人を見送り、アズラエルに礼を言う。
「嚇しをかけてくれてありがとう。中々様になっていたよ」
「お安い御用ですよ。グリフィンドールの人達にハリーを都合よく使えると勘違いされても困りますからねぇ」
アズラエルは上品に顔を綻ばせた。
予定外にラベンダーと対立する結果にはなったが、ハリーにとって自分のために怒って釘をさしてくれるアズラエルの存在が嬉しくない訳ではない。アズラエルは誇らしげに髪をかき上げたが、ハリーを見たときの瞳はもう笑っていなかった。
「しかし、ハリーもどういう風の吹き回しですか?彼女たちに関しては放置するか、ロンに対応を任せると思っていたのですが」
「……ちょっとね。DAならともかく仲間になったからには最低限のコミュニケーションは取らなきゃいけないと思って」
ハリーはアズラエルに笑って言った。ハリーが動いたのは、シリウスとの一件が原因だ。だが、ハリーは誰にもシリウス達の過去を明かす気はなかった。
シリウスのように、ブラウンやパチルは他所の寮の、友達でもない生徒だと排斥するのは簡単だ。だが『裏』の集会で、リーダーの立場でそんなことは死んでもしたくはない。
「アズラエル。僕らのために怒ってくれるのは嬉しいよ。だけど言い過ぎないように注意してくれ。もう彼女たちは仲間なんだから」
「承知しました。しかし流石ですねぇ。ブラウンに関しては僕も気になっていましたから。早め早めに手をうっておくのはベターな選択だったと思いますよ」
「ありがとう」
(僕はそんな立派な考えがあったわけじゃないよ……)
ハリーは曖昧に笑いながら、心では別のことを考えていた。ハリーはとにかくシリウスの逆張りをしただけなのである。
「…………ガーフィール先輩もバナナージ先輩も、問題児が入ったからって切り捨てるような人じゃなかった。僕はその真似をしただけだよ」
「いい傾向ですね。ハリー、気がついていますか?」
「……何に?」
「君も、先輩達と同じ年齢になったってことですよ。テパルソ」
アズラエルは杖からパチパチと衝撃波を出して、ハリーの出した燃え盛る火炎をかきけした。
「……後輩たちは君の背中を見ていますから。君が彼女たちを粗雑に扱えば、後輩たちもそれを真似します。しかし、君が今日のように仲間として尊重する姿勢を見せれば彼らもそうしますよ。皆もかつての僕らのように、先人の背中を見て学んでいるんです」
アズラエルの言葉はハリーの心を温かくする魔力をを持っていた。
「心に留めておくよ」
そう言ってから、照れ臭くなりこう付け足した。
「……仲間になったからには護る姿勢を見せておかないと、誰もついては来ないからね」
ハリーは言った。ラベンダーとの溝を深めるだけの結果になってしまったかもしれないと若干悔やみながら。
***
「……なんか……納得できない……」
「なんで?」
ラベンダー・ブラウンの言葉を聞いて、パールヴァティーは聞き間違いかと思った。
「だって。なんか……言われっぱなしになったあと口八丁で丸め込まれた感じがして……」
「ポッターが本当にトレローニ教授のために尽力したかなんて私達には分からないしさ……」
ラベンダーはハリーの言葉を一瞬信じかけた自分を戒めるようにそう言った。
時間をかけて熟成されたハリーに対する不信感や、ネビルが助けられてトレローニが助けられないという不公平感が消え去った訳ではなかったのだ。アズラエル相手にこてんぱんに口撃されたこともあって、ラベンダーのスリザリン生に対する隔意はむしろ高まったと言っても良い。
「……口先だけの誠実さで、全部嘘かもしれないというラベンダーの気持ちは理解している」
パールヴァティーはラベンダーの言葉を否定しなかった。とにかく不安定になっている今のラベンダーに、否定的な意見は禁物なのだ。
「でも……魔法省の意向に沿っていれば、条件をクリアした先生が復職される可能性は0ではないとポッターは暗に私達に話した。これは彼なりの歩み寄りと言える。……私達は先生を支えればいい」
「うん……ねぇ……アズリエル?の言う通り、DAを売ってたら何か変わったのかな……」
ラベンダーの言葉にパールヴァティーは首を横に降った。
「その可能性は極めて低いと言わざるを得ない。……ポッターの言う通り私達も周囲の風潮に流されて、アンブリッジに友好的な態度を取りはしなかったから。」
(確かに私達自身も機会を逸した。それは認めなくてはならない……)
「そっか……そうだよね……」
(……勇気に欠けている……か……)
ラベンダーを諭しながら、パールヴァティーはアズラエルの言葉を噛み締めていた。パールヴァティーとラベンダー、そしてパドマはその後ロンの指導を受けながら、アズラエルの悪口で盛り上がった。
「ポッターもさ。気に入らないけどさー。あのアズラエルも性格悪いよねー。陰険っつーかしつこいっていうか」
「人は罵倒をするとき大抵の場合、自分が言われて傷つくことを口に出す」
パールヴァティーは頷きながら言った。
「あのアズラエルも恐らくは私たちと似たようなもの。無力感に苛まれているモブでしかない。だから気にする必要はない、ラベンダー」
ロンは悪口で盛り上がる二人の同窓生を放置して、パドマ・パチルへの指導に没頭することにした。パドマはユールボールであまり相手にしてくれなかったことをなじった。
「その面倒見のよさをあの時発揮して欲しかった。」
「あの時?」「去年のクリスマス」
「いや……あの時はホラ……こう……はじめてのパーティーでどうすればいいかわかんなくて。……俺ああいうの経験なかったし?」
「気にする必要はない。私にとっては全てが他人事。……これから改めて友好を……」
パドマはそう言いかけて背後にゾクッとした視線を感じた。冷たく鋭い針で刺されたような視線の先を振り返ると、ハーマイオニー・グレンジャーの栗色の髪が見えた。
「……何でもない。集団戦の基礎を教えてくれると助かる。」
「オケ。じゃあ動きかたからな!」
パドマ、ラベンダー、そしてパールヴァティーの三人はぎこちないながらも『裏』の集会に馴染んでいった。心中にもやもやとした蟠りを抱えながら。
***
「アンブリッジ先生。何故こんな真似をするんですか?」
ハリーはアンブリッジに質問をしていた。ドロレス・アンブリッジは、事前の通告なしで今日トレローニを停職させるとハリーに言った。親衛隊であるハリーもその場に立ち会うようにアンブリッジは命じた。
「それはねぇ、ポッター。その方が楽しいからよ」
(あー。権力の楽しさを知らない子供にその味を教えてやるのも教師の務めですわよねぇ?スラグホーン?)
ドロレス・アンブリッジは脳内でホラス・スラグホーンに話しかけながら邪悪に笑った。
ドロレスは、この状況を楽しんでいた。
「散々警告はしておりましたわよ?ええ、ええ。にもかかわらず、シビルは勤務態度を改めなかった。それどころかシェリー酒の香りは増すばかり。とても教職が勤まる精神状態ではないの。一刻も早く教職の座から落とすことが、シビルと貴方達のためなのよ」
そう建前を言った後でドロレスは本音を付け足す。
「……ポッター。権力者の役割は嫌われることにありますわ」
甘ったるい声で話すドロレスは、ハリーの肩に手を置いて言った。部下を指導するように優しく丁寧に。
「権力とは規則にしたがい、規則から外れた人間がいれば他人に命じて、その人を動かすこと。ゆえに他人の反感を買うのは当たり前のことですわぁ」
「……ポッター。だからこそ、権力者はそれを楽しまなければいけないの」
「楽しむ、ですか?先生」
ハリーは聞き間違いかと思った。
「ええ。その通り。同じ時間を楽しめる人間と楽しめない人間と。その差が権力であり、魔法族としての『格』の差」
ドロレスは悦に浸りながらハリーにそう言った。トレローニを不幸のどん底に追いやる瞬間を想像して笑っているのだ。
(これは……この魔女は……)
ハリーはドロレス・アンブリッジのことを、性格の悪いスリザリンOGと考えていた自分の評価を改めた。
(絶対に権力なんか持たせたらいけない人だ)
「権力に負けた負け犬が恨みを込めた目で、私を見るその顔を眺める瞬間。そういう至福の時間を味わってみなさい、ポッター。貴方もわかる筈よ、魔法省の権威の偉大さを」
ドロレス・アンブリッジは邪悪に嗤いながら、自分に与えられた教員室を出た。ハリーはアンブリッジのデスクの上を見た。
ハリーの提案したトレローニに研修を受けさせるべきという資料には付箋が貼られていた。アンブリッジの手で推敲されブラッシュアップされたそれは、アンブリッジの発案として魔法省に報告されるのかもしれなかった。
(……これだけ仕事に真面目になれる人が……)
ハリーは度しがたい感情を抱えながらアンブリッジを追って部屋を出た。ドロレス・アンブリッジは教師としてはマイナスでしかなかった。そして魔法省の役人としては、与えられた仕事をこなす人間だった。
(……どうして……)
ハリーは人間の正の部分と負の部分を垣間見た気がした。
ハリーの胸には、尋問官親衛隊のバッジが鈍く煌めいている。ハリーの瞳の色と、親衛隊のバッジの色は、まるでスリザリンのシンボルカラーを示すような緑色と銀色だった。
***
「い、嫌よ、嫌です!!こ、……ここが!私の家よ!十六年!十六年もここにいたのよ!私は!!」
「家だったのよ、シ・ビ・ル」
玄関ホールの前に、打ちひしがれるシビル・トレローニと、満面の笑みを浮かべているピンクローブの魔女がいた。魔女の隣に立つハリーは、トレローニ教授のトランクを魔法で浮かせていた。
(……)
ハリーは心を殺すというオクルメンシーの極意を使っていた。それは作業であった。他人の不幸も、悲哀も、自分とは関係がなければ見ていられる。そういう残酷さがハリーの中にも確かに存在した。
(……アンブリッジに荷担すると決めたのは僕自身なんだ。罰は受けないとな……)
トレローニ教授の視線も、トレローニ教授を支持するラベンダー達の視線も、アンブリッジと隣に立つハリーに向けられていた。トレローニに関心がない生徒たちも、教職員も一丸となってアンブリッジに怒りの視線を向ける。怒りはハリーにも向かっていた。
恐ろしいことに、ドロレス・アンブリッジは怒りを向けられれば向けられるほど自分が権力を行使しているという実感を得ているようだった。ハリーは冷静にアンブリッジを観察しながらこう思った。
(……まさかこの人………………構ってちゃんなのか……?)
誰からも関心が向けられない人間というのは存在する。ハリーはそれを知っている。コリンの言葉をハリーは思い返していた。
(ドラコ……ロックハート……リドル……)
性格が悪かったり、嫌われた後謝れなかったりして孤立する人の姿をハリーは思い浮かべた。
周囲から関心を買い、視線を集めるために悪目立ちしたロックハートやトム・リドルのような人もハリーは知っている。ドロレス・アンブリッジは秩序側の人間であり、権力を振るうことは嫌われることであるということも理解している。
にもかかわらず、ここまで悦に浸ることができるのは。
(……アンブリッジ先生は……この人……壊れてるんじゃないか?)
アンブリッジには何か重要なものが欠落しているのではないか。ハリーにはそう思えてならなかった。その欠落は、ある意味ハリーが反面教師にすべきもののように思えてならなかったのに、欠落の原因が何であるのか思い至らない。
ハリーは無言でハンカチをシビル・トレローニへと手渡したが、シビルは拒否してハリーへと投げ返した。トレローニは怒りと恐怖で唇をわなわなと震わせている。
「……あらあら、いけないわねぇ。人の厚意を無駄にするなんて。そんな姿勢でいるから教師の地位を追われるのよ」
「……シビル!」
トレローニ教授を救ったのは、ハリーではなくミネルバ・マクゴナガルであった。占いという分野の非論理的な部分を認めない理論派筆頭の魔女は、一方で情に厚い一面を持っていた。
トレローニはマクゴナガルの手を取った。
「落ち着いて。落ち着きなさい、シビル。この城から去るようなことにはなりません」
「……何をバカな。ポッター。教育令第二十三条を言ってみなさい」
「……ホグワーツ高等尋問官は、尋問官が魔法省の要求する基準を満たさないと判断したすべての教師を査察し、停職に処し、解雇する権限を有する」
機械のように淡々と述べるハリーの姿はアンブリッジの征服欲を刺激したのだろう。アンブリッジはますます笑みを深めていた。
「シビルは私の権限の名の元に解雇が妥当と判断されました。魔法省大臣の署名もありますわ。後一時間で、シビルはこの城を追われる運命」
仰々しく手を広げるドロレスに向けてラベンダー・ブラウンが杖を構えようとしていた。ハリーはラベンダーを睨んだ。
(……余計なことを……いや……)
ラベンダーが杖を向けていたのはドロレスではなくハリーに対してだ。ハリーはそれも仕方ないか、と睨むのをやめた。話し諭して変な希望を持たせてから突き落としたようなものだからだ。
「……いいや。それには及ばないよ、ドロレス」
悦に浸っていたドロレスの至福の時間は、アルバス・ダンブルドアの手によってぶち壊された。ハリーは動揺で打ちひしがれるドロレスの顔を見た瞬間、皮肉にもアンブリッジの言っていたことを理解した。
「君はホグワーツの教師を解雇する権利を持っている。しかし、ホグワーツに住む権利を持っているのは君ではなく」
「……この私だ」
(面白い)
自分が支配者だと思っていた人間が、それ以上の権力に足元を掬われる瞬間の顔。ドロレスの言葉はある意味正しかった。権力に取り憑かれた魔女の動揺した顔は、確かにハリーの中にカタルシスを生んだ。それは、この場にいるすべてのホグワーツ生にとっても同じ思いだっただろう。
「で、……では。我々魔法省が占い学の後任を見つけてきたときはどうなされるおつもりですか?校長先生?ポッター!教育令第二十三条を言ってみなさい!」
かろうじて笑みを保ったままのドロレスの要請にハリーは答えた。
「魔法省は適切な後任を任命する権利を有する。ただし」
「適切な後任を校長が見つけられなかった場合においてのみ」
ダンブルドアは言葉を引き取ると、ハリーに向けて穏やかに笑いかけた。
(……何だ?この人は……?)
ハリーは圧倒される思いがした。ハリーの中にはダンブルドアを越えたいという思いや、ダンブルドアに勝てないという劣等感も渦巻いていた。魔法使いとしての技量や、経験、知恵。それらの面で及ばないという自覚はあったつもりだ。
(……どうして。……どうしてこれだけ迷惑をかけている僕や、アンブリッジにもそんな目を向けられるんだ!?)
しかしダンブルドアがハリーを見る瞳に、負の感情は一切感じられない。ハリーはその深さ、あえて言うならば、人としての『厚み』のようなものにただただ圧倒されていた。
ダンブルドアの言葉と共に、玄関ホールの扉が開いた。夜霧と共に現れた占い学の後任を見て、ドロレスは絶句した。
「な……」
「この場を借りて皆に紹介しよう。占い学に関して深い見識と経験を持つ賢者、フィレンツェ先生だ」
プラチナブロンドの鬣と、宝石のように澄みきった青い瞳。そして黄金に輝く馬の半身を持つケンタウロスの勇者がそこにいた。フィレンツェは器用に片膝を折って、その場にいる人間全てに礼を尽くした。
フィレンツェはハリーにとっても恩義あるケンタウロスであった。ハリーは反射的に礼を返した。
ハリー、ミネルバ・マクゴナガル、ダンブルドアが礼を返す。それを見て、大勢の生徒達がフィレンツェに礼を返した。それで、事態は終息してしまった。呆然と震えるトレローニ教授がマクゴナガルやフリットウィックの介助を得て立ち上がる間、ハリーは不愉快な声を聞いた。
「きゃあーっ!?」
パールヴァティーとラベンダーをはじめとした女子生徒たちは黄色い悲鳴をあげていた。
「凄い凄い凄い!……ど、どんな占いをされるんですか!?い、何時もはどこに住んで居られたのですか!?」「ちょっと、退いて!私も見たい!」
「………………??」
フィレンツェは自分がなぜ手厚い歓迎を受けているのか判らず困惑しきっている。
占いを通して魔法界の危機を知り、ダンブルドアの要請を受けて群れを離れる決断をしたケンタウロスにとって、生徒達の反応は想定外の軽さであったに違いない。
「………………は?」
今度はハリーが冷たい視線を向ける番だった。ラベンダーとパールヴァティー達は、大勢の女子生徒と一緒になってフィレンツェに夢中になっていた。
アンブリッジという権力に取り憑かれた魔女。