蛇寮の獅子   作:捨独楽

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原作ハリーさんは闇祓いを志望しマクゴナガル教授はそれを後押ししてくれました。

こっちのハリーとスネイプ教授はどうなるかなー。


進路相談

 

 

「……ねぇ、ザビニ。僕ってもしかして性格が悪いのかな?」

 

「何だいきなり」

 

「んー。ちょっとそんな気になってね。どうしてだろうね」

 

「性格がいいやつは裏切る前提でアンブリッジに取り入ったりしねぇだろ」

 

 朝、動きやすいシャツとズボンに着替えたハリーはザビニにそうダメ出しをくらった。

 

 ホグワーツにおける制服は魔法使いらしいローブと決まっている。寮の外を歩くときはハリーもスリザリンらしい緑色のローブに身を包む。

 

 しかし魔法の技術が向上し高学年になった今、ハリーもアズラエルもザビニも部屋の中ではマグルらしい服装に身を包んでいた。はっきり言えばその方が快適だからだ。

 

「……まぁその通りだね」

 

「一体どうしたんですか急に」

 

 アズラエルは歯磨きを終えて髪をサイドにセットする。お気に入りの髪型にセットするために入念に魔法で髪の形を整えるアズラエルは、鏡越しにハリーとザビニに尋ねた。

 

 

 

「あー。まぁね。……グリフィンドールのフロイライン達をどう扱おうかと思ってね。性格が悪いままだと彼女たちに受け入れられないな、と危機感を感じてる」

 

 ハリーは二人に悩みを打ち明けた。ハリーがトレローニを助けられなかったことで、パールヴァティーとラベンダーの二人はもはや完全にハリーを敵視していた。裏の会合でさえ二人はハリーの指示に耳を貸すことはない。

 

「それなんだがよぉ。お前ら一体何したんだ?会合からのギスりっぷりは洒落にならねぇぞ」

 

「ブラウンもパールヴァティーもこっちを警戒して目も合わせてくれやしねぇ。最初は俺の母親のことで警戒されてんのかと思ったが、どうも違うっぽいしな」

 

 パールヴァティーなんかせっかくの美人なのにもったいねえ、とザビニは続ける。ハリーはザビニの軽口はスルーする癖がついていた。美にうるさいザビニが美人に対して好意的なのはいつものことだ。

 

「……あー、まぁ色々あってね……」

 

「一回ボーンに刺された方がいいですよ、ザビニ。友人としての忠告です」

 

「冗談だよ冗談。で?何があったんだよ」

 

 ハリーはザビニにブラウンとパチル姉妹との一部始終をかいつまんで話した。アスクレピオスが身体に巻き付いてくるのを面白がっていたザビニは、次第に顔をしかめていきハリーが話し終わる頃にはむっつりとしたしかめっ面になっていた。

 

(……ザビニはそんな顔でも絵になるな。これがダフネが言うところの『芸術』ってやつなのかな……)

 

 ハリーが半ば現実逃避しかけたとき、ザビニは真顔でハリーとアズラエルに突っ込みを入れた。

 

「お前らの話は大体わかった。お前らがロジハラ上司ってことがよーくわかったよ」

 

「ロ……」

 

 ハリーは一瞬絶句する。が、納得してしまった。

 

(やっぱりそうか……)

 

 二人で入って間もないブラウンとパチルを虐めたようなものなのだ。トレローニのことを抜きにしても、ハリーが彼女たちからリーダーとして信頼、あるいは最低限信用される可能性はなくなったと見ていい。

 

「正論っていうのはねぇ、堂々と言うべきなんですよ」

 

「いや……本当に申し訳ないことをしたとは思っているよ」

 

 開き直るアズラエルとばつが悪そうに顔を背けるハリー。そんな二人を見ながらザビニはアスクレピオスに指を舐めさせていた。

 

(……しかし……グリフィンドールの連中と俺らがこうまで相性悪いとはな……正直甘く見てたぜ)

 

(ハリーとアズラエルは俺らの中で感情的にならせたらヤバいやつツートップなんだよな……)

 

 ザビニは動揺しながらも、冷静に思考を回していた。

 

 大して関わりの無い人間から見たハリー一味において、最も危険度が高いのはデスイーター疑惑のある母親を持つザビニであり、次いでハリー、ダフネ、アズラエルと続く。

 

 しかし実際は違う。

 

 アズラエルとハリー。方針を議論し方向性を決める参謀と、決定権を持つリーダー。この二人は揃って感情的であり、ザビニが抑え役に回るというのが実情だ。

 

 ザビニとハーマイオニーとロンという最後の良心が上手く機能すればよい。しかしDAを企画、立案したハーマイオニーや、乗り気になってアクセルを踏んだロンという構図からもわかる通り、ハリー達には圧倒的にブレーキ役が足りないのだ。

 

 ハーマイオニーもこの構図の欠陥には気がついていた。だからダフネ・グリーングラスと交遊を深めたり、アーニー・マクラミンを裏の集会に加入させるなどして改善を図ってはいる。

 

 しかし、集団において意志決定する際に力を持つのはいつも実行力のある側である。保身傾向があって流されやすいアーニーにはハーマイオニーが当初期待したような求心力はなく、ハリーにとっての仲間ではあっても親友ではなかった。

 

 セドリック、フレッド、ジョージという七年生における三人の男子達はハリーを止める気はない。セドリックはハリーを好意的に見ているがゆえに止めない。そして双子は、その気になれば双子にはその役に成れる可能性はあった。

 

 が、双子にとってハリーにそこまでしてやる義理はない。

 

 つまり。

 

 ハリーとアズラエルという二人が組んで暴走すると、止めようがないのである。

 

(……っベーよ。……正直ブラウンとか放置しとくのリスクしかねーよ)

 

 ことの次第を聞いたザビニが面食らったのは、ブラウンとパチル姉妹が裏の集会に加わりながらも、時折注意深くこちらの様子を探っているような素振りを見せたことだ。

 

 まがりなりにも魔法界のため、正義のためにとレジスタンスに加入したはずが歓迎はされず、自分の恩師は職を失った。そんな彼女たちの境遇に対してザビニは客観的に見れるだけの冷静さを残しており、現状の不味さをひしひしと実感していた。

 

「……で、どうする?ブチギレてるブラウンとパチルをどうにかする案はあんのか?」

 

 ザビニがそう聞くと、アズラエルが真っ先に答える。

 

 

「放置でいいでしょうよ。あれだけ忠告してまだ他人に縋るようなら見込み違いだったというだけのことです。いっそ放逐してしまえばいいと思いますよ、僕はね」

 

 アズラエルは割りきりよく、裏の集会から二人を追い出すべきだと言った。あまりにも堂々と言うのでザビニは頭が痛くなる。

 

「追い出すって……お前なぁ……そりゃあそんなこと言われた奴らと仲良くなんてしたくはねぇだろうがよ……」

 

「……僕はトレローニ教授の件については謝ろうと思う。結果的に停職どころか解雇にされてしまったし」

 

「それ意味あるんですか?」「無いのはわかってる。……ただ……」

 

「……ただ?どうした、ハリー。」

 

(妙に歯切れが悪ぃな、ハリーのやつ)

 

 ザビニは最近のハリーの様子がおかしいことには気がついていた。わざわざ新規加入したメンバーの対応をしたのもそうだ。裏の集会でも表の集会でも、ハリーはシノやザムザ、オルガといった新しく出来た仲間を指導している。

 

 既にハリーのキャパシティは超えているのだ。この上ブラウン達に構っている余裕はない筈だった。

 

 それなのにこちらに対して敵対的なブラウンやパチルと自分から関わろうとするのは腑に落ちなかった。

 

「いや。『フィレンツェ教授の就任を喜んだ君達に僕を責める資格はあるのかい?』って言ってしまいそうでね。それが怖いよ」

 

「……あー、ハリー。お前あれか。わりとアイツらに怒ってたのか」

 

「……そうだね。自分でも不思議なことに、そうなんだ」

 

 ハリーはザビニに言われたことで、自分の中にある感情を認めることが出来た。

 

「なんだろうね……あの二人。トレローニ教授のためにと動いていたかと思えばフィレンツェ教授に熱を上げていて、節操が無いというか。身勝手というか」

 

「……まーな」

 

 ザビニは腕を組んで考えた。

 

(……つまりハリーは、連中の身勝手さが気に喰わねぇわけだ。……まぁ……言いたいことは理解できる。こっちからしたら何も信用できねぇからなぁ……)

 

 ザビニやハリーを含めたスリザリン生の欠点として排他的傾向が高いことが挙げられる。

 

 スリザリン生は身内意識が強いものの、身内以外の人間つまり他寮生に対しては狡猾であるとされる。

 

 これはそういう性質を持つ子供を集めているから、というだけではない。

 

 スリザリンの中にいてそういう扱いをされた子供達が、他所の寮の生徒に対して反感を持ってしまうのである。

 

「……あー、ハリー。お前に難しいんだったらよ。パチルとかブラウンの対応はロンに投げるってのはどうだ。」

 

(って。これをハリーが思い付かないわけはねぇよなぁ)

 

 ザビニはまず思い付く案を出した。ロンはグリフィンドール生であり、ブラウン達とも仲が悪いわけではない。ロンが裏の集会に馴染めるようにあれこれと世話を焼けば、そのうち集会に溶け込んでいくだろうというのはハリーだって考えた筈だ。

 

「……まぁそれは……その方法が一番効率がいいんだけどね……」

 

「あの三人のことも仲間だと思いたかったんですよ、ハリーは。結果としては報われはしませんでしたが……」

 

 アズラエルは冷たく言った。商人としての教育方針からか、アズラエルは損切りの概念を持っている。

 

 ある程度接してみてこれは駄目だと判断した相手とは関わらない。

 

 時間がないときはそういう判断もしなければならないのだとアズラエルは語っていた。

 

 アズラエルの理想は、能力ある優秀な人々とのコネを作っていき将来の財産とすることだ。しかし現実はそう容易くはない。能力があり、優秀なグリフィンドール生との繋がりを構築することは難しいものがあったのだ。

 

「まだ終わった訳じゃない。失敗はしたけど関係修復の可能性はゼロじゃない」

 

「……ハリーは」

 

「あいつらの身勝手さは許せねぇし、アイツらはハリーがアンブリッジに与したことや、いきなり高圧的な態度で来られたことが許せねぇ。……平行線だな」

 

 腕を組みながらザビニは言った。ハリーは額の傷跡が痛むのか、左手で額を抑えながら言う。

 

「自分でも意地になっているなとは思うよ。……こういう裏切りは結構見てきたし。レイブンクローのゴールドスタインが逃げていった時もそういうものだと割りきれたのにね」

 

 ハリーはスネイプが明かした過去を知ってから意固地になっているところはあった。

 

 今までであれば流し前向きに捉えてきたことも、向き合って処理しなければならないという気になった。つまり変わったのは周囲ではなく、意識してこれまでの自分から変わろうとしているハリーの方なのだ。

 

「それだけハリーがあいつらと真面目に向き合おうとしてるってことだ」

 

(……それが良いことか悪いことかは議論の余地があるがな……)

 

(……まさか……俺らのやり方そのものが間違ってるんじゃねぇか)

 

 ザビニは内心で考える。対人関係には適切な距離感というものがある。スリザリンらしく、よくも悪くも身内として親しくなって交流を深めていくというやりかたそのものがブラウンやパチル達とは合わないのではないか。そんな発想が頭を過った。

 

「ザビニ。怒りを抑えるには相手を好きになることが必要だって前に言ったよね。あれもう少し詳しく教えてくれないかな」

 

「ん?……何でだ?」

 

「ブラウンやパチル達に対して僕は今ちょっと怒ってる。……これは裏の集会を進める上では良くない。感情のコントロールが必要だ」

 

「確かにリーダーがそれじゃ不味いわな」

 

「で、まぁ。あの二人に対して公平に接することが出来たなら、それはオクルメンシーの訓練に丁度いいと思ったんだ」

 

「……あー。感情のコントロールね。なるほど。二人を利用して練習か」

 

(今さら必要か?)

 

 ザビニは口に出かけた言葉を飲み込んだ。ザビニから見て、ハリーは今から言おうとしていることの基礎は出来ていたからだ。

 

「そうなんだよ。ザビニは嫌いな相手と接するときどうしてる?僕はスネイプ教授の教え通り、心を無にする訓練をしてるけど」

 

「そうだな、相手と自分との共通点を見出だすことからはじめることだ」

 

「……着けてる香水の趣味とか読んでる雑誌のネタとかな。まずは良いと思ったところを褒め」

 

「ザビニ。僕は好きでもない子を口説く方法を聞いてる訳じゃない。この上ダフネと破局したらどうしろって言うんだ」

 

「あのなー。コミュニケーションの方法を聞いたのはハリーだろ?つーか恋愛だってコミュニケーションのひとつじゃねぇかよ」

 

「……それは絶対違うと思うよ」

 

 ハリーはザビニに突っ込みを入れた。

 

 実は、ハリーは自分でも気付かないうちにザビニが言った言葉を実践することが出来ていたのである。

 

 スリザリンに入ったハリーは、スリザリンに馴染むために自分の心をまずスリザリンという型に嵌めた。自分に対して高圧的で理不尽な減点を繰り返すスネイプのことを好意的に評価し、嫌われているという可能性を頭の中から追い出し、仲間であるドラコやザビニの欠点にはスリザリン生らしく目を瞑った。

 

 同じことをすればよいだけなのだ。

 

 ザビニから見てハリーにそれが出来ないとは思えない。ラベンダーやパールヴァティーに対しても、仲間として誠実に接するだろうとザビニは読んだ。

 

 その上で、多分どうにもならないだろうな、とも読んだ。

 

(……ダメっぽいなこれ。ロンに投げとくか)

 

 

 ギリギリのギリギリまでハリーは諦めないだろうとザビニは読んだ。関係構築の初歩の段階でつまづき、その修復を試みると言うのはハリーだけではなくラベンダーとパールヴァティーにとっても拷問のような時間だろう。

 

 ザビニはハリーのためにも、ラベンダーとパールヴァティーのためにも早々にロンへとフォローを依頼しようと決めた。

 

 ハリー達スリザリンの三人組には、ラベンダー・ブラウン達の加入によって決まった流れを変えるほどの余裕はなかった。進路相談にクィディッチ決勝戦、DAと、今後の自分達の未来を決める戦いが控えていたからだ。

 

***

 

「…………ミス・ラブグッド。裏の集会かDAかどちらかには参加してくれ。ネビルも君が来ないのを心配していたよ」

 

 淡い金色の髪を持つザムザ・ベオルブがハグリッドの小屋を訪れルナにそう話しかけたとき、小屋の中にはルナとコリン、シュラーク、オルガがいた。オルガはニーズルの毛繕いをした駄賃として、ハグリッドから3クヌート銅貨を受け取っていた。

 

「そいじゃ俺はこれで。先にあがるぜ」

 

「また頼むぞ、オルガ。……しかしお前さん、敏速なんかいつの間に覚えた?ついこないだまでのたくさはしっとったのに」

 

「フィレンツェ先生に教わったんですよ。……じゃあまたお願いします。皆もまたな!」

 

 ニーズルの世話はさほど難しくはないのだが、時折人に触れられるのを恐れて逃げる個体がいる。そういうニーズルを捕まえるとき、怪我をさせないようインペディメンタ(妨害)でニーズルの動きを止めるか、敏速で高速移動してニーズルの行く手に先回りし、優しく受け止める必要がある。

 

 オルガはいつの間にか、瞬時にかき消えたように動くことが出来るようになっていた。DAと裏の集会での地道な鍛練の成果と言えるだろう。

 

 オルガが『敏速』を使って小屋から出ていくのを尻目に、ザムザはルナにまた話す。

 

「集会を休むことはまだいいと思う。だが……休むならせめて休むとパチルさんに言うべきだ。皆君に何かあったのかと心配したんだぞ」

 

「んー……」

 

 ルナはぐったりと寝そべったままだ。まるで自分の家のように寝転がるルナを見て、ザムザは信じられないものを見る目になった。

 

(……な……何だ……これが教師の部屋にいる学生の態度なのか……?まるで自分の部屋であるかのように!)

 

「あー、すみませんザムザ先輩。ルナは今ちょっと機嫌が悪くて……」

 

「DAや裏の集会での集団行動がよほど耐えかねたようです」

 

「そんなにか!?それでこんな潰れた雑巾のような姿になるのか!?」

 

「…………何つーか……つまんなくて……」

 

「い……いや……つまらないからと言って普通、訓練を休んだりはしないと思うんだが……?」

 

(本当か!?本当にこれが天才魔法生物学者なのか??)

 

 ザムザはコリンとシュラークに対してすがるような視線を向けたが、コリンとシュラークはできの悪い妹に対して向けるような視線を向けていた。

 

「だって……今さら寮が違うとか言い出す人がいるとは思わんかったし」

 

「…………確かにDAの雰囲気は良くないが。だからって無断欠席するのは良くないだろう。子供じゃあるまいし」

 

 

「子供です~」

 

(ええ……)

 

 ザムザは姉を持つ身ではあるが、姉のアグリアスはこれ程傍若無人に振る舞ったことはなかった。故にルナの身勝手さにフリーズする。

 

 

「ルナは拗ねてるんですよ。ハリー先輩とかシュラーク達が良くない目で見られることが嫌なんです」

 

「シレンシオ」

 

 ルナの手でコリンの口はチャックで閉じられる。が、チャックを開くようにコリンは無言呪文をかけて口を開く。

 

「そう言えばザムザ先輩はハリー先輩のことが怖くないんですか?」

 

 単刀直入、一切の迷い無く本題に切り込むコリンの態度は親しくもない相手からは嫌われる人間のそれである。幸いにして、コリンとザムザは一定の親交があり、ザムザはコリンのそういう態度に悪意がないことを理解していた。

 

 ルナは拗ねながらも、ジロリと品定めするようにザムザへ視線を向けていた。シュラークも同じように、人を喰ったような態度でこちらに視線を向けている。

 

「僕としても気にはなりますね。我らがスリザリンの英雄がどう評価されているのか」

 

 後輩たちに品定めされているのをひしひしと感じつつ、ザムザは見栄を切った。

 

「オブラートに包まないんだな、君は……そうだな、最初は怖かったよ。ロンは盛んにポッターとのことを話すけれど、どこまで盛っているかわからないし。……それ以前に彼の周囲では色々ありすぎて……なんというか、どう接すればいいのか分からないと思った」

 

「あー、それはよくわかります。皆そう思いますよね」

 

 笑顔でうんうんと頷くコリンに対して、じとっとした視線をルナからは感じる。ザムザは忌憚の無い意見を述べた。

 

 

「……けど……話してみると普通にいい人というか。少なくともこちらのことを悪意をもっているようなやつじゃないのはわかった。魔法の研究を一緒にしないかと持ちかけられた時は、研究者として友達になれるかもしれないと思ったよ」

 

「珍しいですね、グリフィンドールなのに研究者の道を歩まれるとは」

 

「あ、グリフィンドールを下に見たな?グリフィンドールにはダンブルドア先生がいるってこと忘れてない?」

 

「卒業生の割合に対する研究者の総量はスリザリンの方が上だが?」

 

「業績の質でダンブルドアに勝ってるのが何人居る?」

 

 一切の悪意無く言うシュラークに対して、コリンがムッとして抗議の声をあげる。グリスリの漫才を繰り広げるコリンとシュラークを放置して、ザムザはルナへと語り続けた。

 

「ポッターと僕は志を同じくする仲間だと思っているよ。だから、彼に対しての悪意はないかな」

 

 ザムザとしては、ハリーにはむしろ感謝しているくらいだった。

 

 グリフィンドールに配属されたザムザではあるが、ザムザはグリフィンドールにおいて孤独心を抱えていた。

 

 グリフィンドールのなかで、自分はグリフィンドールに配属されるに足る勇気など無いのではないかとずっと思っていたのだ。

 

 組分けの儀式の時、ザムザは時間にして五十秒かかった。組分けでザムザはスリザリンへの組分けを希望したが、帽子に説得されたのだ。

 

『……君はスリザリンへの道を希望しているようだね。……なるほど確かにその資質も間違いではないが……君はいざというとき己の身を省みずにことを成そうという思いが強い。これはグリフィンドールに多く見られる資質だ。君にはグリフィンドールの才能がある』

 

 ザムザは帽子の言葉を受けて舞い上がった。スリザリンに所属していた父親からはあまり褒められたことがなかった自分が、才能があると褒められたのだ。姉がグリフィンドールに所属していたこともあり、大喜びでグリフィンドールのテーブルに着いた。

 

 そしてグリフィンドールに入ってから、ザムザは現実と自分とのギャップに苦しんでいた。

 

 同年代のロンもシェーマスも、入った当初は勉強好きではなかった。ディーンは物静かで自己主張が強くなく、ネビルも同じく勉強が得意ではない。

 

 グリフィンドールらしい快活さと子供らしさを備えていたロンは、ハーマイオニーといさかいを起こした。ザムザはその時、グリフィンドールに入ったことを後悔した。

 

(……ああ、ここだとがり勉だって揶揄されるかもしれない……)

 

 ハロウィーンでトロルが大暴れすることによってザムザの懸念は杞憂であると証明された。が、心の奥底では、『ハーマイオニーのようにグリフィンドールらしい勇敢さを示さなければ認めてもらえないのではないか』という思いを捨てきれなかった。寮生活に限らず集団行動ではありがちな悩みである。

 

 そんな悩みを抱えたまま、ネビルと親しくなり進級していくザムザはグリフィンドールにあって控え目でいることを選んだ。そして同時に、自分に対する自己嫌悪に苛まれることになる。

 

(俺は周囲のみんなを見下しているだけなんじゃないか……?)

 

(勝手に萎縮して、殻に閉じ籠ってるのは俺の方じゃないか。それなのにどうして俺は、グリフィンドールに入らなければよかったなんて思っているんだ)

 

(グリフィンドールらしい勇気も示せていない俺が悪いだけなのに……)

 

 積極的に勇気を出して関わることも出来ない自分。勉強や研究がしたいという思いを打ち明けられない自分が、何よりザムザは嫌だった。

 

 そんなザムザにとってDAとその裏で行われる会合は救いであった。

 

 受験の年になり、勉強が好きという自分を隠す必要はなくなった。ロンを含めたグリフィンドールの仲間とも、それ以外のDAで知り合った友人とも仲良くなることが出来た。何より、自分の夢を打ち明けてもいいと思える友人が出来た。

 

 だからこそ、ザムザは後輩たちの前で希望進路を打ち明けた。後輩にOWLがまだ終わっていない段階で話すことは、ある種の勇気を必要とする行為であった。

 

「……へぇー。二人ともそんなことしてたんだ。ザム兄はともかくハリーは意外」

 

 ハリーにとって迂闊であったのは、ザムザとの間で契約魔法を結ばなかったことである。

 

 友人に対してある種盲目的な優しさは、時として情報の漏洩に繋がるリスクがある。ザムザはその事に気付かず、胸を張って言った。ザムザは秘匿しておいて欲しいとハリーから頼まれていたが、ハリーの友人と後輩ならば構わないだろうと思っていたのである。

 

「ああ。……実は研究発表の予定もあるんだ。ルナには学会発表の雰囲気を聞いてもいいか?」

 

「んー、いいよ」

 

 そこからルナとザムザが学会に関する話題で盛り上がるのを、コリンとシュラークは面白くなさそうなめで眺めた。コリンは学会発表などに興味はなく、シュラークは決闘者であって研究者ではなかった。

 

「……それじゃあルナは各地を飛び回ってフィールドワークを中心に、新種の魔法生物を発見する魔法生物ハンターになるんだな?」

 

「そうだよ?ナーグルを見つけたら生態を論文にして本にするの」

 

 ナーグルは魔法界において存在しないとされる生物の一種だ。ゼノフィリウスの創作上の生物ではないが、かつて存在したかもしれないと噂されている生物でしかない。

 

 それを見つけたいと口に出して言うのだから、ルナ・ラブグッドという少女に対する周囲の評価はやはり『変わり者』というものが当てはまってしまう。

 

 しかしこのとき、ザムザの心を満たしたのはルナに対する敬意であった。

 

(良いな……好きなものを好きだと言えるって。……俺も、もう少しはやく言えていれば、もっと早くにロンやシェーマスとも打ち解けられたのに……)

 

「幻獣専門か、いい夢だな。……僕は君の夢を尊敬するよ、ルナ。夢をはっきりと断言できるのは素晴らしいよ」

 

 その言葉を聞いたルナは、ぱちりと瞬きをしたあと、銀灰色の瞳をいっそう輝かせた。

 

「結構話せる人だね、ザムザ兄。笑わなかったのザムザ兄が始めてかも」

 

(……!?)

 

「あ、あのー!ザムザ先輩はどんな研究を志望されてるんですか!?」

 

 コリンは何かが不味いと思った。無いとは思うが、コリンの中の直感的なものが、恋愛的な意味でのライバル出現の可能性を感じ取ってしまう。

 

 ルナとザムザにこれ以上親しくなって欲しくない。そんな思いを抱いたまま話すコリンに対して、ザムザはどこまでも屈託無く笑っていった。

 

「チャームとコンジュレーション、それから魔法生物学の研究をしたいと思ってるんだ。やりたいことの関係で分野が多岐に渡るから、マクゴナガル教授には相当厳しいことも言われたけどね」

 

 

「へー!ザムザ兄も魔法生物の研究するの!?どんな?どんな種類の生物を専門にするの?」

 

 コリンの懸念は的中した。ルナは目を輝かせてザムザとの会話に興じている。

 

(…………)

 

 シュラークとコリンは無言で顔を見合わせる。シュラークが端正な顔に冷や汗を浮かべているのを見て、コリンにはシュラークが今何を考えているのか、手に取るようにわかった。互いの思惑は一致していた。

 

(…………もしかして、強敵?)

 

 グリフィンドールとスリザリンの恋敵はこの日、一時的な同盟関係を結ぶことにした。

 

 ザムザは後輩たちから恋敵として認定されたとも知らず、ルナとの魔法生物談義で顔を綻ばせていた。

 

***

 

「ハリーは自分の進路を決めているのよね?」

 

「まぁね。ダフネも決めてるだろう?ヒーラーだって」

 

 ハリーは談話室でダフネと共に勉学に興じていた。

 

 ラベンダー・ブラウンの敵意はもはや止めようもなかった。ハリーがいかにラベンダーに共通点を見出だし謝罪しても、ラベンダーにとってハリーはトレローニを解雇に追いやったアンブリッジの仲間なのだ。裏の集会においてもやや剣呑な雰囲気が流れはじめ、ルナが集会をサボるようになっていた。

 

 そんな懸念を抱えていたハリーだが、この日はそんな懸念を頭から追い出す。スリザリンの五年生一人一人とスネイプ教授が面談し、今後の希望進路についての指導を受けるのだ。

 

 進路は生徒の成績がよければ必ず叶うというわけではない。

 

 生徒の成績がよかったとしても、性格や素行を考えて別の道を歩むよう教授から説得を受けるというケースはある。また、遺憾ながら、君のこれまでの成績ではその進路はとても無理だと諦めさせられるケースもある。

 

 OWL課程を終えた後のNEWT課程は高度かつ実践的な内容も増える。この時期の五年生にとっては、本試験の前に自分の進路を決めておく重要な選択であった。

 

 もちろん、OWL課程を終えたあとに教授に希望進路の変更を伝えることはできる。生徒が就職に足るだけのその成績を満たしていればではある。

 

 ハリーにとっても目の前のダフネにとっても、未来を決める重要な日であると言えた。

 

「……ええ。そうね。そのつもりよ。……だけど……想像してみて頂戴ハリー」

 

「あの脂ぎった髪の毛と洗ってない雑巾みたいなローブのスネイプ教授が!私に!『君なら大丈夫』なんて言うと思って?……きっと大鍋のことを持ち出されて鼻で笑われるわ……!」

 

 ハリーはあたふたするダフネの姿に思わず笑ってしまいそうになるのを堪えながら言った。

 

「スネイプ教授は僕以外には公平だから問題ないよ。きっとダフネに対して適切な助言をくれる筈だ」

 

 これは素人考えだけど、とハリーは前置きしてから言った。

 

「火傷や切り傷、毒物の混入に軽度のコンジュレーションによる身体の変容。君は大体の基礎的な呪いに関する反対呪文を習得して実践してきたんだ。ヒーラーとしての課程についていくための基礎は出来ていると思うよ」

 

「進路指導の前に惚気か?ポッター。いいご身分なようだな」

 

 ハリーがダフネを励まそうとして言葉を重ねようとしたとき、ドラコ・マルフォイはクラブとゴイルを引き連れてやってきた。ゴイルもまた、進路指導を控えている。

 

 

「そういうマルフォイはパンジーの相手をしてあげないのか?紳士ともあろうものが情けない」

 

「ポッター、貴様……」

 

「ち、ちょっとハリー。止めなさいよ。……最終戦の前だと言うのに……」

 

 ドラコの隣に立っているクラブはドラコに追従する笑い声をあげたが、ゴイルは珍しく音を立てず笑った。ハリーは肩をすくめて言った。

 

「ここで騒がしくするのは確かに良くないね。ダフネの言う通りだ。戻るよ」

 

 ハリーはつかつかとスネイプ教授の研究室に向けて歩き出す。マルフォイはそのハリーの背を見ながら、ダフネへと吐き捨てるように言った。

 

「君は自分に酔っているのか?それともこの状況にか?どういう神経をしているのか教えてほしいな、グリーングラス」

 

「どういう意味かしら、ミスタ?」

 

 ダフネは決然とした表情でドラコを見据える。歪みも迷いもなくドラコを見る瞳には、ドラコに対する軽蔑も好意も、どちらもない。

 

「帝王に歯向かって生き残れた人間は居ない。ポッターを除いては。……妹を死なせて恋愛に興じるとは本当にいいご身分だ。理解に苦しむね」

 

 

「……理解していただかなくて結構よ、ミスタ。紳士のつもりなら家の事情に口を挟むのはよして」

 

 ダフネはドラコを一瞥するとつかつかとスネイプ教授の研究室に足を進める。ドラコは未練がましくスネイプ教授の研究室へと続く階段を見ていた。

 

 

 そんなドラコの姿を見て、ゴイルは思う。

 

(……ドラコのやつ……ポッター達が羨ましそうだなあ……)

 

 ゴイルにとってダフネは特に興味の無い相手だ。家、つまり父親がダフネとハリーとの付き合いを容認しているということはそれ相応の考えがあるということで、口に出してそれを咎めるのはスリザリンとしてもルール違反にあたる。純血同士とはいえ一定の距離は保っておくべきという暗黙の了承があるからだ。

 

 もちろん、ダフネが嘘をついているという可能性だってある。その場合恋愛にうつつをぬかして浮かれているというドラコの指摘は正しい。が、ゴイルにその可能性を考え付く頭はない。

 

(……ついてくやつを間違えたのかなぁ……)

 

 ゴイルの心を満たしているのは、マルフォイに対する心配だ。

 

 着いていく人間を間違えたというのは、ゴイル(おれ)が、ではない。

 

 マルフォイ(友達)が、だ。

 

 ゴイルの友達は父親にくっついていってデスイーターになるつもりなのだ。

 

 それはつまり、将来は人を殺すのだ。

 

 ゴイル自身は今のところマルフォイに不満はなかった。ドラコに勉強の面倒を見て貰ったお陰か、バカだバカだとバカにされているがなんとかDADAや呪文学の試験を通るかもしれないレベルにまではなった。薬学だけはどう足掻いてもどうにもならなかったが。

 

 その恩があるからこそ。

 

 ダメだと解っていても今さらドラコを止められない。ゴイルも止まれない。

 

 ゴイルにドラコを見捨てると言う選択肢は今、無い。

 

 あったかもしれないが、その道は棄てた。

 

 ゴイルは最近、ルナ・ラブグッドに一緒に来ないかと誘われた。息抜きに魔法生物の世話をしてみないかと。

 

 何を考えているのかゴイルにはわからなかったが、きっとなにも考えていなかったのだろうと思う。ルナ・ラブグッドは変人で、ゴイルとは尺度の違う世界で生きているのだ。

 

 ゴイルは拒否した。自分の父親やドラコを裏切るわけにはいかなかったからだ。ドラコやクラブを誘ったとして、あの二人がルナに着いていくとはとても思えなかった。プライドの高いクラブは馬鹿にするなとゴイルを殴ってくるのは明白だ。

 

 マルフォイは、寮の部屋で自分を大きく見せるために闇の帝王に関することをノットに語っている。そうやって恐怖を紛らわしているのだ。

 

 

(……昔はあんなに楽しかったのになぁ……)

 

 ゴイルにも未練はあった。

 

 ハリーと交流したのはほんのわずかの間だけだったが、それでも楽しい思い出はあった。三年生の時に何か面白そうな部屋に案内され、ハリー達とちょっとした冒険をして、ルーピン先生に習った魔法でゴイルは人の役に立つことが出来た。

 

 馬鹿でなんの取り柄もない自分が誰かの役に立てたのだ。

 

 リディクラスを教えてくれたルーピンにも、ハリーにも、ザビニにも、ルナにもゴイルは友達になれたかもしれないという未練はあった。

 

 

 だからこそ、ゴイルはドラコを裏切れなかった。ドラコや相棒のクラブを裏切って一人だけラブグッドの手伝いに行ったとして、それでもドラコの友達だと胸を張れる気はしなかったからだ。

 

(……忘れよう。結局俺達は……屑なんだ。屑にならなきゃいけねぇんだから)

 

 グレゴリー・ゴイルはそう自分に言い聞かせた。ゴイルはドラコの心中を思いやって胸が張り裂けそうな思いでいた。ドラコには、ゴイルよりももっと沢山ハリーとの楽しかった思い出がある筈だからだ。

 

 友達の未練は自分などとは比べ物にならない筈だ。そう思うからこそ、ゴイルはドラコの背後に立ち、従うというやり方を変えられなかった。

 

 時間は誰に対しても平等に訪れる。しかし、誰もが時間を有効に使えるわけではない。ある道を進むと決めたとき、それに費やした時間によって別の何かを選んだとき得られていた筈の可能性は閉ざされる。

 

 皮肉にも、ドラコはゴイルにとっていい思い出と成っていた三年生の必要の部屋での一件を機にハリーとは距離を取り始めた。その選択が、ドラコの道を闇へと向ける分岐点だったのである。選んだ道はドラコの心を孤独に歪ませていた。

 

 

***

 

「……さて、ポッター。座りたまえ。君にもとうとうこの時期が来たというわけだ。座りたまえ」

 

「失礼します、スネイプ教授」

 

 まるで死刑執行人のようにスネイプ教授はハリーを座らせた。ハリーが面食らったのは、ドロレス・アンブリッジがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべながらスネイプ教授の隣に座っていたことだ。肘掛け椅子に肩肘をつき、クリップボードを手に持ってスネイプとハリーの挙動を観察している。

 

 ハリーはまずスネイプに、次いでアンブリッジに会釈してから椅子に座った。普段座っている椅子より豪華なその椅子は、ガタガタと音を立てた。

 

「どのような道を選ぶか、考えて来なかったとは言うまい。もしもそうであれば今すぐこの場を立ち去ることだ」

 

「いいえ。スネイプ教授のお手を煩わせるわけにはいきません。……希望があります」

 

「……」

 

「魔法省、神秘部への入庁を希望します。……錬金術師として。僕は魔法を極めたいと思います」

 

 

***

 

 ハリーの言葉を聞いたその瞬間。

 

 ドロレス・アンブリッジの脳内には、存在しない記憶が溢れ出した。

 

 『あの』シリウス・ブラックの義理の息子にして、『あの』英雄ハリー・ポッター。

 

 その有り余る名声と能力ゆえに増長していた問題児を『更正』させ、さらにポッターを『直接指導』したことによって更なる高みに導いた実績を引っ提げて悠々と魔法省へ凱旋する己の姿を!!!

 

「まぁまぁまぁまぁ……!!」

 

 ドロレスは溢れ出す笑みを抑えることが出来ない。子供などかわいくもなく、居ない方がよいとすら思っているドロレスがはじめて子供をかわいく思えた。

 

(……ポッターが私の指導によって……Oを取ったと吹聴すれば……いやしかし……実技を指導してないのにどうやってそう言う?)

 

 瞬間的に沸き上がった己にとって都合のいい未来に、ドロレスは内心で突っ込む。ドロレスは実技をさせず生徒の成長を阻害するのが与えられた役なのだ。ポッターを成長させましたというのはファッジの受けが悪い。

 

 ドロレスがそう思考を巡らせている間に、スネイプはハリーへと質問を投げ掛けた。

 

「神秘部。魔法省か。第二志望は?」

 

「魔法省の闇祓い局を志望します。鍛えた魔法を使いたいので」

 

「第三希望」

 

「……薬学者を希望します。スネイプ教授の講義を通して、魔法薬の力を知りました」

 

 ふむ、とスネイプ教授は口に手を当てて考える。その視線は射貫くようにハリーを見る。ハリーは平静を装いつつ、思い浮かべていた感情を頭に乗せる。スネイプに対する敬意と今後の進路への不安を。

 

 これは進路指導であると同時に、二人にとってはオクルメンシーの実施訓練でもあるのだ。

 

「正気かね?」

 

 ハリーの希望進路を、スネイプは嘲笑った。

 

「魔法省での勤務を志すのであれば、留意しておくべきことがある。何か理解しているかね?答えてみたまえ」

 

「……限られた時間と予算内に結果を出すことですか?」

 

「不正解だ、ポッター。その脳みそにはどうやら正しい知恵というものは期待できそうにない」

 

(……コイツらよくやっていけているな)

 

 ドロレス・アンブリッジはスネイプの教師としての様子をつぶさに観察していた。

 

「……ではなにが必要なのですか、教授(Professor)」

 

「上位者の命令に従うこと、だ」

 

「君はこれまでこのホグワーツにおいてある種の特権的立場を享受してきた。この場所は君にとっての家であるかのように我が物顔で立ち振舞い、規則違反を繰り返す様には……反吐が出たものだ」

 

 

(お……おう……。純血派閥の後ろ楯がなければお前も一発でクビだがな!)

 

 ドロレスはにやにやと意地の悪い笑みを顔に浮かべつつ、内心でセブルス・スネイプに対して引いていた。

 

 ドロレス・アンブリッジとセブルス・スネイプという二人の人物は、弱い立場の人間に対する高圧的態度やハラスメント気質などの部分に共通点がある。

 

 それでもスネイプが教師として受け入れられたのは何故か。

 

 それはスネイプが純血派閥であるルシウス・マルフォイの後ろ楯を持っているからである。

 

(やはり私は……間違っていない!!)

 

 ドロレスもまた、己の進退についてふと考える。

 

 ファッジに取り入って魔法省からホグワーツに派遣されてきた身であるドロレスは、今学期でホグワーツを去るつもりである。学生相手の教師ごっこなどやりたくはない。

 

 権力を握り好き放題するならば、やはり魔法省の中でなくてはならないとドロレスは思うのだ。

 

「魔法省に限った話でもないが……組織においては上位者の命令には絶対服従が原則なのだよ、ポッター。闇祓い局ともなれば」

 

 スネイプの杖がハリーの額の傷痕をなぞるように撫でた。

 

「自分の命を任務のために犠牲にすることも許容しなければならない。仲間の命を任務のために犠牲にすることも。君にその覚悟があるとでも言うのかね?」

 

 ハリーは間髪いれずに答えた。

 

「死なないために手を尽くします。仲間を死なせないために尽力します。どんな手を使ってでも」

 

 ハリーのスリザリン生らしい言葉にしかしスネイプは頬をひくつかせ、丸々十五分間もの間説教が続いた。

 

「君はなにか勘違いをしているようだ」

 

 スネイプの声は過去最高に苛立っているということがドロレスにもよくわかった。

 

(まさか。……ポッターをデスイーターに勧誘するつもりか……?)

 

 ドロレスはスネイプの様子から、スネイプの裏にあるルシウスの影を想像してそう推測する。

 

 スネイプは神秘部のことよりも、闇祓いという第二志望に対してより重点的に貶していた。ハリーの適正に合っているか否かはこの際捨て置くとして、重要なのはスネイプが闇祓いを薦めないその理由である。

 

 闇祓いとは当然、ヴォルデモートにとっての敵である。優秀な魔法使いであるハリーを闇祓いとしての道に進ませないのは、スネイプがデスイーターの一味として考えれば当たり前のことだ。

 

 現にスリザリンではここ五年闇祓いになった卒業生はいない。訓練を受けたものの落ちた者ならば居るが。

 

「君は安易な手段によって名声を勝ち取り、蛮行によってその行いを周囲に認めさせてきた。しかしそれは一般的な社会常識とはかけはなれたものだ」

 

 スネイプの話は厳しかったが、なぜかハリーはその話を聞いておくべきだと思った。人は甘言より苦言に耳を傾けるべきだとハリーも思うようになっていた。

 

「魔法省のような組織に長く勤める上で重要なのは、周囲からの信頼だ。奇をてらわず、周囲から浮くこと無く。信頼を勝ち取り長く勤めてからことを成す。求められるのはそんな人材なのだ」

 

 スネイプの言葉には重みがあった。十余年の教師生活で得た知見による重みが。

 

 

「安易に先走り、功を焦り失点を重ねる人間を受け入れるほど世間というものは甘くはないのだ」

 

(……ッ……………………!)

 

 瞬間。

 

 ドロレスの心がひび割れる音がした。

 

 スリザリンでは勝利の栄光こそ尊ばれる。だからこそ、安易に楽な道を選ぼうとする。

 

 しかし組織において、時に抜け道のような手が求められることはあったとしても。周囲に信頼される人間は決して安易に楽な道を選ばない。

 

 それがわかっていたならば、ドロレスはファッジに拾われるまで半ば左遷されていない。

 

(……ポッター……話は聞いておけよ……)

 

 学生時代のドロレスは、スラグホーンから目をかけられてはいなかった。今のドロレスにはそれがよくわかる。生徒にある人間的欠陥までわざわざ指摘して、何をどうすればいいかというありがたい助言までくれる教師などそうはいない。

 それに気が付くのが、ドロレスは十年遅かったのだ。

 

 

「……………………ここまで話した上で再度問おう。自分の道を変える気は無いのだな?」

 

「ありません、教授」

 

 命をかける覚悟。人の命を背負う覚悟。組織の意味。スネイプの説教は多岐にわたったが、ハリーは希望進路を変えることはなかった。ハリーは最大限の感謝と敬意を込めて言った。

 

 スネイプは舌打ちした上で言葉を続けた。

 

「……ならばもはや何も言うまい。君のこれまでの成績についてだ。ポッター。錬金術を受講する上で君が特に留意すべき科目は三つ。何か理解しているか?」

 

「DADA、変身術、そして魔法薬学です」

 

「どうやら自分の成績も把握していないわけではないようだな」

 

 スネイプは忌々しいという表情を隠しもしなかった。

 

「DADAでは君は平均してEからOの成績を取得している。魔法省の規定によれば、DADAのNEWT課程に進むものは……」

 

「A以上の成績を持つものとする。ええ、ええ。素晴らしい成績ですわ、ポッター。この調子で私の指導によってOを取得したとなれば……」

 

 こほん、とスネイプ教授は咳をひとつ。ドロレスはそれだけで、開きかけていた口を閉じた。

 

「今しがた尋問官が申された通りだ。しかし、錬金術の受講のためにはAでは足りない。最低でもE。Oを取得することを目指せ。……次にコンジュレーションだが……」

 

 ハリーは頷いた。成績に関して決して油断できないということはわかっていたことである。

 

 四大元素を操り貴金属を精製する錬金術の受講要件は厳しい。ホグワーツにおいては十二の科目を優秀な成績で終えた人間しか受けることを許されない狭き門だ。

 

 そんなハリーの様子を眺めつつ、ドロレスは内心でハリーを高く評価していた。

 

 スネイプが伝えるハリーの成績は高い。錬金術の受講条件は高い壁だが、乗り越えられないほどではないと思わせるほどに。

 

(…………癪だが……学生時代の私より成績は上……!というかポッターの薬学はOだったのかよ)

 

 十二科目を受けるというのははっきりと言えば苦行に他ならない。それを高い成績で突破するには常軌を逸した努力や狂気が必要だ。それは十二科目に挑戦して半年で脱落したドロレスにもよくわかる。

 

 スネイプは噛んで含めるように油断をするなとハリーへと言い聞かせた。これはなかなか無いことである。油断さえしなければ十二科目を突破できるという生徒はそうは現れないからだ。

 

「この一年、君は実技というものを全く経験していない。あのウィーズリーの双子相手の戯れを実技とカウントするならば話は別だが」

 

 スネイプは全く、という言葉を強調した。ハリーはスネイプがお膳立てしてくれた流れに乗ることを決めた。

 

「あの二人は闇の魔法生物か何かですか?」

 

「……似たようなものだろう」

 

「まぁ、ホホホ。それは闇の魔法生物に失礼ですわ。案外話せば解るものでしてよ?」

 

 ドロレスがとりなすとハリーは愛想笑いを浮かべた。ドロレスはハリーが従順であることに機嫌を良くする。

 

 スネイプの機嫌は全くよくはなかった。スネイプ教授の心証を引き換えにして、ハリーの進路指導は幕を閉じた。ハリーがすべきことは、十二科目のなかでも特にハリーが苦手としていたコンジュレーション、DADAの注意だった。

 

***

 

 スネイプは教師としての役割を果たしたあと、己以外には誰もいない研究室でペンシーブに記憶を封じていた。仕事を終えたスネイプの顔には深い皺が刻まれ、その顔には憎悪が浮かんでいた。

 

 




カタログスペックがあったとしても怒りで全部台無しにするやつはいる(トムくんとか)。
しかし五年生の時に実技なしのアンブリッジ先生はハリー世代全体の低迷を決定づけた気がしますね。これが一年の時ならまだマシだったでしょうが。
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