蛇寮の獅子   作:捨独楽

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最悪の記憶

 

 ラベンダー・ブラウンは、スリザリン生の狡猾さをひしひしと実感していた。

 

 トレローニ教授の失職以来、ハリー・ポッターはラベンダーとパールヴァティーにとって不倶戴天の敵となった。DAでアンチ・ハリーの風評を広げ始めたラベンダーは、反論したルナ・ラブグッドを言い負かして支持を得た。

 

 が、裏の集会ではそうはいかなかった。裏の集会において、ハリー達はスリザリン生らしい狡猾さで自分達の権力を確固たるものにしていたからだ。

 

 ラベンダーとパールヴァティーの二人はハリーがどんな理屈を並べ立てようと、ハリーがどんな謝罪の言葉を並べ立てようとハリーは世間の評判通り、狡猾で抜け目がなく、他の寮生を蹴落とすことになんの罪悪感もない畜生のような存在だと信じて疑わなくなった。

 

 そう信じる根拠はあった。

 

「……はい。軟膏の塗布が終わったわ。三十分は着けておいて。終わったらはずしても構わないわ」

 

「ありがとう、グリーングラス」

 

「ダフネと呼んでくれて構わないわよ。仲間じゃない」

 

 秘密の部屋での集会において、一番の権力を持っているのはダフネ・グリーングラスとネビル・ロングボトムだった。

 

 対デスイーターを想定しているだけあって、秘密の部屋での訓練はDAのそれより過酷で苛烈で、容赦がなかった。女子であろうと肌に生傷が残るような魔法を受けることはある。デスイーターはこちらを殺す気で危険な魔法を放ってくるからだ。

 

 訓練中に負傷したメンバーを治癒するのはセドリックやハーマイオニーやハリーなどの成績上位者だ。それに混じって、ダフネもメンバー全員を隔てなく治癒する。

 

 

 ダフネがネビルが作った薬草を煎じて魔法の軟膏としたり、治癒魔法で火傷や骨折を治しているのをラベンダーは見たし、自身も世話になった。

 

 だからこそわかる。ハリーが意図的にそういうシステムを作っているということが。

 

(こうやって自分に逆らえない人を作っていくわけね。なんて憎らしい。なんて小賢しいのかしら)

 

 ロンやザビニがラベンダーとパールヴァティーに、ハリーを大目に見てやってくれ、と言ってくる。悪気はなかったんだと。ラベンダーは笑顔で頷きながら腸は煮えくり返っていた。

 

(ポッターの弱みを握ってやる。……私が味わった苦しみを味合わせてやる)

 

 ラベンダーがハリーへの敵対心を深めたのは、ハリーが自分の身内に対しては最善の気配りを見せたことも原因だった。

 

 後輩の頼みを受けて鮮やかにネビルを救った手腕。ハグリッドを的確にフォローし、アンブリッジからの処分を簡単な指導で済ませている手際の良さ。本気を出せばハリーならばトレローニの失職を止められたとラベンダーが考えるのは無理からぬ話で、DAメンバーの一部もそう考えたらからこそラベンダーの話に賛同したのだ。

 

 人が他人に対して一度持った強烈な悪印象を払拭することは難しい。ラベンダーは裏の集会で活動しながら、ハリーへの敵意を高めていた。

 

「いい魔法だよ、ブラウン。鎧みたいにものを変化させて纏うのはプロテゴよりも機動性を損なわずに済む。グリフィンドールに五点」

 

 裏の集会でハリーがそう言ってラベンダーのコンジュレーションを褒めた。ハリーは心の底からラベンダーの成長を喜び、魔法を称賛しているように見えた。

 

 ラベンダーにとってはこれも面白くなかった。尋問官親衛隊の特権を持っているということは、いつでも自分達から好きに減点できるということなのだから。

 

(私は騙されない。絶対に……!)

 

 ラベンダーはハリーへの怒りを燃やしながら裏の集会でハリーへとお礼を言った。いつか悪事の証拠を掴んでダンブルドアかマクゴナガルの前に付き出してやろうとすら思っていた。

 

 ラベンダー・ブラウンもパールヴァティー・パチルも、ハリーがトライウィザードトーナメントでヴォルデモートと対峙した墓地での出来事を聞いている。

 

 にもかかわらずハリーを敵視するのには理由がある。

 

 ハリーにも出来ることとできないことがあると認めてしまえば、罷免されたトレローニ教授がますます惨めになるからだった。教授に非はなく、誰かのせいであると思わなければやっていられなかったのである。

 

 

 

***

 

「ポッターには尋問官親衛隊としての任務を免じます。試験までの残り期間を有効に使いなさいな」

 

「宜しいのですか、先生?」

 

 ハリーはドロレスの教員室に呼び出され、意外な宣告を受けた。双子の対応やフィルチのフォローは試験までの間しなくても良いというドロレスの言葉にハリーは引っ掛かりを覚えた。

 

(まさか偽物……?)

 

 ハリーは衝動的にレベリオを使いたい気持ちを抑えた。ドロレスの狙いが分からない。が、内心の動揺を抑えて深々と頭を下げるハリーに対してドロレスは上機嫌に言った。

 

「教え子が良い成績を取れる可能性があるとなれば、その力になるのも教師の役目ですわ。ええ、ええ。しっかりと勉強をなさいな。学生の本分は勉学にあるのですから」

 

「恐縮です。先生のご期待に添えるように努力します」

 

 ほほほ、と笑うドロレスの表情に裏は読み取れない。ハリーとしては後々でつけを支払わされることになるのは不味いと思い、言った。

 

「アンブリッジ先生。先生のご期待に添えるよう努力はしたいのですが……僕にもまだ不安があります。先生のお得意とされている魔法を教えて頂けますか?」

 

「あら、私かしら?」

 

「はい。owl試験では試験官の前でひとつ魔法を披露すると聞いています。自分にとって最も自信のある魔法を。僕はどのような魔法を使うべきか迷っていまして……」

 

 ハリーの言葉は全くの嘘である。試験官の指示に従って、趣旨に沿った対応をしようとハリーは考えている。が、ドロレスの考えを引き出しておかないことには気味が悪かった。

 

(偽物ならすぐにボロを出すはずだ。……なにを考えているんだ!?)

 

 ドロレス・アンブリッジという魔女は魔法省の意向に従順で、ダンブルドアに敵対的な魔女だ。だからわざわざデスイーターが労力を割いて接触する意味は薄い、と普通なら考える。

 

 しかし、ハリーはこれまで教わったDA教師のほとんどが闇の魔法使いか、闇の魔法使いに操られた者達だ。警戒はしておくに越したことはなく、違和感を感じたならすぐ確認すべきだと昨年の経験からハリーは学んでいた。

 

 ドロレスが元々性格が悪く純血思想を持っているからこそデスイーター側から見ればインペリオをかけてもボロが出にくい。そう考えたハリーはしかし、ドロレスがニヤニヤと優越感に浸った笑みを浮かべながら出した魔法に驚愕した。

 

「そうねぇ……特別に目をかけている生徒に対しては、私の数ある魔法のうちのひとつを明かすことはやぶさかではないわねぇ。良くご覧なさいな、ポッター。エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)」

 

 詠唱と共にドロレスの杖から解き放たれたのは、銀白色に輝く猫のパトロナスであった。猫はマクゴナガル教授より一回り小さく、ドロレスが笑いかけると従順そうにドロレスへと尻尾を振った。猫らしくない挙動であった。

 

「お見事です、先生。有体のパトロナスをこれ程完璧に使いこなされる先生を僕は初めてこの目にしました」

 

(……偽物……)

 

 ハリーはオクルメンシーによって動揺を閉じ込めながらありったけの称賛をドロレスへ送る。ハリーがさらに驚いたのは、ドロレスが『本物』でしかあり得ない言動であったことだった。

 

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 うん、うんとドロレスはハリーの見え透いた世辞に満更でもなさそうに頷く。パトロナスキャットはドロレスの膝に収まり、ドロレスの太った手に撫でられている。

 

「ファッジから直々に、わたくしは子供達に『危険な』実技をさせないよう仰せつかりました。それも当然でしょう?未熟な魔法使いの卵である貴方達がジンクスやヘックスで取り返しのつかない怪我をしてしまっては元も子もありませんもの」

 

 ドロレスの言動は教師のそれではなかった。

 

 

 未熟者が上位者の監督なしに勝手に危険な魔法に手を出せば怪我をする。それは当たり前のことだ。教師とは、子供達を監督しながらそうした事故の割合を減らし事故が起きたとき対処するために存在する。

 

 どこまでいっても、ドロレスは魔法省の役人であって教師ではないのだ。

 

「ですがこのパトロナスであれば話は別ですわ。これは魔力を大量に消費し、使い手を害することもないまさに安全そのものの魔法。ポッターもこれを実体化させてごらんなさい。試験では良い結果となること請け合いですわ」

 

「ありがとうございます、先生。お言葉が染み渡ります。……最後に一つだけ質問をさせて頂けますか?」

 

「構いませんわよ?」

 

 ドロレスは内心でほくそ笑みながらハリーを促した。ドロレスはハリー・ポッターを指導したという優越感と、指導したというアリバイを作れたことに対する安堵感に支配されていた。

 

(……これで良し。ククク……パトロナスチャームは実用性皆無な産廃魔法!こんなものを教えるだけでいいのだから教師なんて楽な仕事だ……!!)

 

 ドロレスは教職を舐め腐った思考に陥る。ハリー相手にパトロナスを披露したのもハリーのためではない。

 

 自分自身のマウント欲求を満たしつつ、あわよくばハリーを指導したという実績を作っておくためだ。

 

「先生は『幸福な記憶』を思い浮かべるとき、どのようなものを連想されるのですか?参考にさせて頂きたいのですが……」

 

「あらあら、そうねぇ……ここ最近で言うなら」

 

「トレローニを追い出した時の記憶かしら。あれは……傑作だったわねぇ」

 

「……そうですね。フィレンツェ先生という伏兵も居ましたが」

 

 ハリーは笑って答えつつさらりとアンブリッジの心を刺すことにした。フィレンツェは感覚派の占い学教授であり、何よりもケンタウロス族であって、ヒトではない。純血主義者たるドロレスとは水と油の関係にあたる。

 

 にもかかわらず、ドロレスにはフィレンツェを解任させることはできない。フィレンツェ自身は感覚派ながら生徒に対して占いが本当に神秘あるものであるかもしれない、と錯覚させるほどの威厳や神秘性を有しているというのもその一つだ。

 

「……今半獣のことを持ち出すのはおよしなさい、ポッター。不愉快ですわ」

 

 半獣とはフィレンツェのことだ。ドロレスはフィレンツェに対する嫌悪感を隠そうともしなかった。

 

「すみません。校長先生も人が悪い方ですね。先生への意趣返しのためにわざわざトレローニ教授の後任としてフィレンツェ先生を見つけてきたのですから」

 

 ハリーは占い学の技術のひとつ論点そらしによってタゲをダンブルドアへとすり替えた。ハリーの言葉はハリーの真意ではなかったが、ドロレスはハリーの言葉に気を良くした。

 

「ええ、ええ。そうねぇ。……つくづく性格の悪い男ですこと」

 

 ドロレスは忌々しそうに紅茶のカップを口に含んだが、紅茶はすでに空になっていた。ハリーは魔法でほどよい暖かさの紅茶を注ぎ直す。

 

「……おっしゃる通りです、先生」

 

 ハリーはやり取りを重ねながら、ドロレスはどうやら本物らしいと考えを改めた。ドロレスの立場であれば、自分の仕事によって前任者を追放した後の後任が前任以下であるなど認められる筈もない。それはハリーにも分かっていたからだ。

 

(つくづくおかしな人だな。アンブリッジは。でもこの人のお陰で分かったことが一つだけある……)

 

 ハリーはドロレスとの交流を重ねながら、ある思いに囚われる。

 

 ドロレスなりの善性や好意と呼べるべきものは確かに感じ取れる。パトロナスを召喚できることからも分かる通り、本人なりの使命感や正義感を持った人間であるとわかる。

 

 『エクスペクト・パトローナムは幸福な記憶を持ち、確固たる使命感を持つ善の優秀な魔法使いにしか使えない』とはスーザン・ボーンの弁である。しかしハリーはその理論に穴が開いていることを認めざるを得なかった。

 

(『善性を持っていること』と『性格が悪人より悪いこと』は両立するんだ……)

 

(この人は…アンブリッジ先生は…善の側に立っているだけの悪人だ)

 

 ダンブルドアが善性を持ち善のために行動しながら、時には悪意を用いる善人であるとするなら、ドロレスは善性を台無しにするほどの悪意を持って善の側にいる人間なのだ。少なくともハリーはそう解釈した。

 

 ハリー自身、スリザリンの内部で悪意は目にしてきた。

 

 パンジー・パーキンソンやドラコ等は分かりやすく悪性を持っている。彼らは身内に対しては甘く、そしてスリザリン以外の人間に対しては悪意を隠さない。

 

 悪意を取り繕う術を覚えず、純血主義というスリザリンの題目をそのまま信じて大人になったのがドロレスなのだ。ハリーにとって酷い現実であることは確かだった。

 

 

「……ダンブルドアは自惚れているのよ。わたくし達魔法省の人間が普段どれだけの仕事をこなしているか理解しようともせず、責任のない外部の立場からとやかく言うだけ。デイリー・プロフィットの記者たちと同じ。全くもって鬱陶しいこと」

 

(違う)

 

(ダンブルドアは誰より優秀で勇気がある。大臣よりも)

 

 ハリーはドロレスの言葉は全く間違っていると思った。ハリーはアンブリッジの言葉を否定しなかった。オクルメンシーの技術は確実に向上していると言わざるをえない。

 

 ハリーはまだ社会経験のない学生である。ヴォルデモートに命を脅かされている被害者ではあるが、働くことの大変さを実感できてはいない。

 

 だからドロレスの言葉に一辺の真実があることも、今のハリーにはわからない。

 

 ドロレスの言葉は、魔法省で真摯に働いている人間ならば誰もが思うことではあった。

 

 どこの世界に自分達に利益をもたらさないばかりか口だけは達者な人間を支持する者が居ると言うのか。

 

 ダンブルドアが権力を持たずに絶大な支持を得ていたのは、ひとえにグリンデルバルドを改心させ、ヴォルデモートがダンブルドアとの直接対決を避けたという事実と功績によるものである。

 

 その事実の重さを実感として認識できていない若手の役人。そして、ファッジのような高位の人間ほどダンブルドアに対しては嫉妬と反発を覚えやすいのだ。その気になれば英国魔法界の改革者にも、国という枠組みを超えた指導者にも、秩序の維持者にもなれた筈の能力と実績に基づく名声を兼ね備えた英雄がダンブルドアなのだから。

 

 ハリーにはそんな人間心理の全てを理解できるほど大人ではなかった。ハリーは未だ発展途上にあった。

 

 

 

 

「……話を戻しましょうか、ポッター。幸福な記憶のコツは、その幸福を楽しむことよ。思い返してご覧なさいな」

 

 ドロレスは杖を使って自分自身の記憶を映し出した。トレローニ教授の絶望に満ちた顔がハリーの目の前に現れる。ハリーはぎょっとした。

 

「先生。何をされているのですか?」

 

「フフフ……。オブリビエイト系統の魔法を習熟すればこんなことも出来るのよ。覚えておくといいですわ。ご覧なさい、ポッター」

 

 ドロレスはハリーの目の前にトレローニ教授が泣き崩れる顔を出した。ハリーは気の毒さに目を背けたい気持ちになりながら愛想笑いを浮かべた。

 

 

「この顔を。いい歳を重ねた大人が何と惨めで情けないと思わなくて?」

 

「仰る通りです、先生」

 

 胸の悪くなる光景である。トレローニ教授は憎悪に満ちた目でドロレスとそしてハリーを睨んでいる。

 

 

 ドロレスはハリーの言葉に満足そうに頷くと、言葉を続けた。

 

「権力を持つ人間はね。こうやって反乱分子をおさえつけて従わせ、恨まれるという『特権』が許されるの」

 

「権力ですか」

 

(…………グリフィンドールの女子一人納得させられないのに。笑えてくるね)

 

 ハリーにはアンブリッジが正しいとは思えなかった。自分自身が権力の座に立ってみて感じたことだが、人は立場だけに従うものではないからだ。

 

(……まぁ、気に入らなくても上司だから従うっていうのが本来は当たり前のことなんだけど)

 

 個人と個人との間に存在するわだかまりを押し込み、必要なことを滞りなく実行するために立場の違いというものは存在する。そこには責任が伴う。ハリーには、その重さを感じこそすれ優越感を味わうことはできなかった。

 

 リーマスやシリウスから指摘された通り、自分の教えた内容が偏っていて誤っていることだってある。戦闘の流れや状況次第であっさりと人は死ぬ。それが分かっているからこそ、権力そのものには魅力を感じない。

 

「セブルスの言葉を信じてはいけませんわよ、ポッター。彼も時には間違えることはありますわ。人間というものは、立場や権力がなければ何も出来ないものなのよ。特に大人の世界ではね。財力、血統、権力。それらの力あるものがあってはじめて人は言葉を聞き入れるもの」

 

「力無き者の言葉にはなんの価値もありませんわ」

 

「…………」

 

 そこからドロレスは長々と持論を語った。聞くに堪えない幼稚な理論であった。要約すれば、『権力を持つ人間は常にその権力を失わぬように弱い立場の人間を虐げなくてはならない』というものだった。

 

「……ポッターも魔法省への勤務を希望するのであれば、ゆくゆくは官僚を目指しなさいな。魔法省は伏魔殿。権力者達は表ではいい顔を演じながら、裏では常に競争相手を出し抜き蹴落とそうと機会を伺っているもの」

 

「官僚ですか?僕が?」

 

 ハリーはそうなっている自分を全く想像すら出来なかった。スネイプの指摘の方が正しいと言わざるをえない。自分はアーニーやパーシーのような生真面目できちんとしている人間からは疎まれる側だと言うのは嫌でも実感していたからだ。

 

「……わたくしであれば、貴方の助けになりますわよ」

 

「……そう仰って頂けるのは嬉しいです。先生。アンブリッジ先生のような方に僕のような人間を評価して頂けるのは光栄です」

 

(反吐が出ます)

 

 そう口には出さず、感極まって言葉に詰まったようにハリーは言った。ドロレスはそのお世辞に満足げに頷くと、ハリーにお行きなさい、と退室を促した。

 

「ポッター。わたくしの可愛い教え子を信じていますわ」

 

 その言葉を聞いて部屋から出たハリーはふと思った。

 

(もしかしてあの人も、仲間が欲しかったのかな)

 

 と。

 

 ドロレスの言葉のなかでも、力が欲しいという気持ちだけはハリーには痛いほど良くわかった。

 

 ハリーもまた力を求めていた。ヴォルデモートを殺害できるだけの神秘を。だからこそ神秘部への勤務を志望したのだ。

 

 自分に力がなかったから、友を喪ったのだから。

 

***

 

 ハリーが出ていくと、ドロレスはうーんと満足そうに背伸びをした。

 

(……あのガキがわたくしの部下になった後……そう……そうねぇ。わたくしが確固たる地位を手にした後でディメンターの件を明かしてやるのも良いわねぇ……)

 

 ドロレスはこの状況を楽しんでいた。

 

 ディメンターをけしかけてハリーやマグルを殺そうとしたことに対する罪悪感は最早ない。ドロレスの脳裏にあるのは、自分より優秀な可能性を持つ魔法使いを好きに扱うことが出来るという優越感と満足感だけであった。

 

 

 こうして、互いに対して嘘を吐きあっている師弟は奇妙な信頼関係を構築しながら仲を深めていった。ハリーがドロレスと親しいという噂がグリフィンドールの女子達を中心にまことしやかに囁かれ、ハリーの名声と評判は更に低下していった。

 

 人は見たいものを見る生き物である。

 

 『善良なスリザリン生』というものが仮に存在していたとしても、『悪質なスリザリン生』というものが幅を利かせていれば自然とスリザリンの評判は低下する。ハリー・ポッターも所詮は悪質なスリザリン生に過ぎなかったのだと思いたい人間は多かったのだ。

 

***

 

「……で。恋愛相談ってのは何ですか、ルナ」

 

「アズラエル。男子にとって傷つかない告白の断り方を教えて」

 

 アズラエルは口に運びかけていた紅茶を起き、信じられないようにルナを見た。

 

「……今なんと?」

 

「……なんか……なんか最近告白されちゃって……」

 

 ルナが語ったところによると、ルナは最近コリンから告白されたらしい。

 

(……!!)

 

「ほぉ……ルナは……その気は無いのですね?」

 

(……いったい誰が……?クリービーでしょうか……?)

 

 アズラエルは思考の片隅で、亡くなった友がルナに好意を抱いていたことを思い出し悲しい気持ちになる。が、相談相手の心情を優先し、確認する。

 

「……言えない。言いたくない」

 

 ルナは告白された相手を言わなかった。ただ、アズラエルから見て普段のルナであれば見られないほどに動揺していたのは確かだった。

 

 普段ならば、ルナは大鷲の形をした帽子であるとか、鼻眼鏡のようなジョークグッズのような奇抜な衣服を着てくる。しかし、ホグズミードのカフェで今目の前に居るルナは正気を疑うような服装ではなく、地味で目立たない紺色のローブと普通の三角帽子だった。

 

「承知しました。……しかし、傷つかない断り方ですか。……それは相手の性格にもよりますねぇ」

 

 アズラエルは脳内で候補者を選ぶ。と言っても、最近DAを休んでいるルナと親しい生徒など限られているのだが。

 

(……そうですねぇ、例えばシュラークであれば……)

 

 アズラエルは脳内で後輩の姿を想像する。長身でプライドの高そうなプラチナブロンドの男子がハグリッドの小屋を訪れていることは、スリザリンの内部でちょっとした話題となっていた。

 

「……例えば告白してきたのがプライドの高そうな男子なら、今はその気ではない、と言うのがベストでしょう。他に好きな人が居るというのはアウトですよ。面倒なことになりかねませんし」

 

(…………顔だけでシュラークに夢を見ているやつもまだ居ますからねぇ……)

 

 

「うーん」

 

(……おや。違ったのですか。……では……)

 

 ルナの反応が芳しくないことから、アズラエルはルナに告白した相手を絞り込むことにした。シュラークではないのかと思い、脳内にオルガの姿を思い浮かべながら言う。

 

「……告白してきたのが面倒見のよさそうな好青年であれば、『あなたの負担になるのが怖いから』『今はダメだ』と相手の性格に訴えるのもいいでしょうね」

 

「それってなんの意味があるの?」

 

「踏み込んだアクセルを冷まさせる効果があります。ちょっとだけ『重い』なと思わせるんですよ。恋愛の駆け引きとしては良く使われる言葉ですから言っても角が立ちませんしね」

 

「男子って重い子は嫌いなの?」

 

 目を丸くするルナに対して、アズラエルは軽い調子で言った。

 

「それは男子にもよります。ザビニのように広く浅い付き合いがしたいってタイプの男子も居ます。そういうやつは、重いと思った女子は脈無しとみて諦めます。……反対に本気で君のことが好きな男子なら、君の負担にならないように『今は』様子を見ようかなと思います」

 

「おお、流石アズにゃん!」

 

(『今は』ですけどね)

 

 アズラエルとしてはルナのためになるよう真摯に言葉を重ねた。ルナに対して恋愛的な意味での好意はないが、長い付き合いのある友人だからだ。

 

 ルナが希望に満ちた目で自分を見てくるので、アズラエルは冷や水をぶっかけることにした。

 

「今言ったのはあくまでも参考までに、ですよ。君に告白した男子がどういう思考回路なのかは分かりませんし」

 

「う」

 

 ルナはまた言葉につまる。アズラエルはやれやれと肩をすくめた。

 

「……まぁ当たり前の話ですが、告白ってのは勇気のいる行為です。ですから今言ったことを鵜呑みにしないでくださいね。最終的に決めるのはルナ自身ですよ」

 

 アズラエルはそう言葉を紡ぐ。恋愛相談は最終的に決めるのは当人の意思であってアズラエルではない。自分はあくまでもアドバイザーであり、当事者ではない。相談に乗る側の人間が弁えておかなければならないことであった。

 

 相談に乗りながらも、アズラエルはコンジュレーションの呪文集を手放していない。そんなアズラエルにルナはお礼を言った。

 

「……忙しいのにありがとう。……嫌だけど頑張ってみる」

 

「そんなに返事するのが嫌ですか?」

 

(まぁそれはそうでしょうが……)

 

 アズラエルは内心でルナに同情する。ある程度親しい友人であったのなら、そんな関係を続けておきたいと思うのも当然だ。

 

 あのザビニも、ハリーとダフネが付き合いを始めるやダフネとは距離を置いたりもした。ホグワーツでは誰彼の交際の話は噂としてすぐ広まってしまうこともあり、簡単には答えを出せなくなる生徒は多い。

 

「……ずっと友達で居られないのかな……」

 

 告白してきたであろう男子にとっては残酷な言葉をルナは言った。

 

「………………それを決めるのはルナだけの問題ではありません。相手の子の意思次第ですよ」

 

(……どうやらルナにはまだまだ恋愛は早かったようですねぇ……)

 

 アズラエルは内心でそうひとり呟く。そういうアズラエル自身、現在はフリーである。

 

 告白された時点で、それまで通りの友人関係を続けるのは気まずくなるだろう。男子としては相応の覚悟をもって告白したのだから脈がないならいっそ関係を切ってやれともアズラエルは思うが、現在の自分はルナの相談相手なのだ。ルナの立場に立ってアドバイスをしなければならないのである。

 

 

***

 

「ポッター。君はどうやらオクルメンシーの訓練が上達していると錯覚しているようだが……思い上がりは大概にしたまえ」

 

「闇の帝王のレジリメンスは並の魔法使いのそれを遥かに凌駕する。小手先の技術で防ぎきれるとは思わぬことだ。心を無にしなければ、君の全ては帝王に筒抜けとなるのだぞ」

 

「承知しています、スネイプ教授」

 

「進路指導で神秘部を希望したとき、内心が漏れ出ていた」

 

 

「……無茶なことを言ったのは重々承知しています、スネイプ教授。僕は必ずやってみせます」

 

 

 その日もハリーはスネイプ教授の研究室でオクルメンシーの指導を受けていた。スネイプ教授の機嫌はすこぶる悪い。

 

 ハリーが反射的にプロテゴによってスネイプ教授のレジリメンスを防いだからだ。当然、睡眠中に出来る手ではない。ハリーは瞬間、口論を繰り広げる大人とスネイプ教授の幼少時代を垣間見てしまった。

 

(……考えるな。自分のことにだけ集中するんだ)

 

 ハリーはスネイプ教授に対する同情や憐れみが沸き上がってくるのをおさえつけなければならなかった。もしもあの子供がスネイプ教授であるのなら、口論していた男女は教授の両親だろうことは考えなくてもわかる。

 

 スネイプ教授はその瞬間から、ハリーへの攻勢を強めていた。

 

「いいか。実戦であれば今のやり方でも構わん。教えたつもりはないが……だが、睡眠中の貴様が帝王に抗うことが叶うとすれば、それは心の内を制御することによってのみだ。魔法での抵抗は許さん。視線を逸らすことも禁じる。教えた通りに実践してみるがいい!レジリメンス!」

 

 ハリーはぐるぐると回る思考を追い出し、心の表層をowlへの期待と不安で満たした。ハリーは試験に不安を抱いているのも確かだったが、今の自分の実力を試す機会に心が疼き、ワクワクしているのも確かだった。心の表層を満たしたそれは決してハリーの嘘ではなく本音の一部だ。

 

 嘘つきや詭弁家は、自分でつく嘘を信じなくてはならない。リーダーであれば、自分達のやり方に不安を抱えていても下の人間にそれを容易く見せてはならない。だからオクルメンシーとは大人の魔法使いであれば大なり小なり、技術の巧拙はあれど修得しなければならない技術であると言える。

 

「……!!」

 

 しかし、実践できる魔法使いは少ない。人は感情に左右される生き物であり、それを殺すということは自分を殺すということに等しい。

 

 現在のハリーにとって、オクルメンシーはエクスペクトパトローナムと並んで難しい魔法であると言えた。

 

 それでもこの瞬間、ハリーは一度オクルメンシーに成功した。ハリーの心にはスネイプのことも、シリウスのことも心の深層に追いやって、ただただowlのことだけで心の表層を満たすことに成功した。

 

 それは度重なる反復練習と、スリザリンであるがゆえに本心と表面上の言葉とを切り分ける経験が多かったがゆえに起きたことであり。

 

 成功してしまったがゆえに起きた不運でもあった。

 

 スネイプは心の表層の感情しか読み取ることはできなかった。オクルメンシーはレジリメンスよりも上位の関係にあり、ハリーの抱える見られたくない感情や記憶を読み取ることは何も出来ない。時間にして約一分、ハリーはスネイプのレジリメンスに抗い続けて成功した。

 

「……っ見事だ、ポッ……」

 

 ち、と舌打ちするスネイプ教授の瞳とハリーの瞳が交錯したとき、ハリーは信じられないものを目にした。

 

 

「……な、えっ!?」

 

 

 気付いたとき、ハリーはカリカリと羊皮紙に文字が刻まれる空間の中に居た。紛れもなく、ホグワーツで試験が行われている。期末試験とは生徒達の意気込みが違う。owlに違いなかった。生徒達の背丈と表情がハリー達と同じ雰囲気であったからだ。

 

(こ、これは……?まさか……記憶!?)

 

 ドクドクと動揺で心臓が脈打つのをハリーは深呼吸して抑えなければならなかった。

 

(……そうか……オクルメンシーに成功したから、スネイプ教授の記憶を覗き見てしまったのか。また…)

 

 ハリーはばつが悪い気持ちになった。

 

 一見すると便利で万能なレジリメンスにもリスクは存在する。人の心を見る魔法であるがゆえに、反射された時は自分自身の記憶を相手に覗かれてしまうという欠点が存在するのだ。

 

(……終わるまで待つか)

 

 スネイプ教授に対してどんな罰を受けるかわかったものではない。ハリーはそう思っていたが、ハリーが目を逸らせなくなる出来事が起きた。

 

「……父さん」

 

 自分と良く似た父、ジェームズ。悪戯っぽく笑ってシリウスへとなにかを放り投げる父親の姿は、少しばかり共感性羞恥心を呼び起こされてしまう。そしてシリウスの姿を見てハリーは目を背けた。

 

 シリウスはあまりにもハンサムで、自信に満ち溢れていた。その醸し出す自信がより一層シリウスの美しさを引き立てているようにハリーには見え、目を背けざるを得なかった。

 

(……どうして……)

 

 こんな人がスネイプ教授を殺そうとしたのか、ハリーには全く理解できなかった。デスイーターを殺したくなる気持ちはわかる。だが、同い年のスネイプを、リーマスを使って謀殺しかけるなど理解したくもない。

 

 羊皮紙にひたいがくっつくような勢いで書き込みを続けるスネイプ教授の姿にも見覚えがあった。同級生に一人はいた真面目な生徒の姿だ。他にもハリーの同級生を思わせる生徒はいた。監督生のバッジをつけたリーマスらしき少年は顔色が良くなかったが答案を見返し、不安げにキョロキョロと周囲を眺める少年、ピーターは冷や汗を流していた。

 

 あまり親たちのことを考えるのは良くないと思いそっと離れようとした。が、記憶はスネイプ教授の認知の範囲内にしかなく、意識として記憶の中を見ているハリーはその範囲を出ることは出来ない。

 

 必然的に、ハリーは見てしまった。

 

 

「……退屈だな。」

 

 そのゴッドファーザーの一言をきっかけとして起きた出来事を。

 

「面白いものを見つけたぜ、パッドフット」

 

 退屈を持て余していたシリウスにそう呟くジェームズの姿にハリーは見覚えがあった。ダドリーの取り巻きの一人、ポルキスはそうやってダトリーに『あそこにハリーが居るぜ』と囁いたものだった。

 

「へぇ……いいねぇ。スニベルス(泣き虫)だ」

 

「止めろ!!」

 

 ハリーは思わず叫んだが、意味がある筈もない。木陰で本を読むリーマスは眉間に皺を寄せていたが何も言わず、ピーターはダドリーの取り巻きのようにこれから行われる出来事を面白がって見ている。

 

「おーい、泣き虫!元気か!」

 

 ジェームズはスネイプより格上だった。決闘術を学んだことからハリーにはそれがわかった。

 

 スネイプは素早く反応して背後のジェームズに向けて杖を振り上げたが、ジェームズはそれを待っていたのだ。

 

 正当防衛のいいわけを作るために。

 

 スネイプが狙いをつけ、杖を振り上げる動作の間にジェームズにはエクスペリアームスを終えるだけの余裕があった。ジェームズは明らかに手慣れていて、クィディッチで培った反射神経を存分に生かしていた。

 

(クズだ……!)

 

 目の前の出来事をハリーは現実だと受け止めきれなかった。終わらせたいとフィニートを唱えても、効果はない。目を塞ぎマフリアートを使っても意味はない。記憶を読み取っているのはレジリメンスの効果であり、心をハリーの魂で読み取っているからだ。

 

「エクスペリアームス(武装解除)!」

 

 スネイプの杖がジェームズの手によって吹き飛ばされてからは、一方的なリンチが始まった。

 

「インペディメンタ(妨害)!……いやー、流石はプロングズだ」

 

 ハリーの目には、ジェームズとシリウスの姿は墓地で自分とファルカスをなぶるデスイーターと同じように見えた。ジェームスがスコージファイでスネイプの口から泡を吹かせたとき、ハリーは愕然とした。リーマスはまだ動かない。

 

「止めなさい!!彼が貴方達に何をしたって言うの!?」

 

 ハリーが望んでいたスネイプへの助けは、リーマスによるものではなかった。ジェームズの言葉で、ハリーはその魔女が後の母親であることを知った。

 

「何って……そりゃ、リリー。わかるだろ。コイツの存在そのものがさぁ……」

 

 ジェームズは悪びれずにそう言う。異様だったのは、周囲のグリフィンドール生だけではなくハッフルパフ、レイブンクローの生徒達もジェームズの言葉に同調する素振りを見せていることだった。むしろ庇っているリリーに対して嫌悪感を向ける生徒もいた。

 

 これまでの事態も見るに堪えなかった。しかし、その後も更に酷いものだった。リリーへのデートの誘いを断られたジェームズは、腹いせにスネイプを吊し上げた。

 

「止めなさい!!降ろして!」

 

 ジェームズはスネイプを落とす。

 

「エヴァンズに感謝しろよ、スニベルス?」

 

 その言葉と屈辱に堪えられなかったのか、スネイプが喚いた。

 

「……あんな穢れた血の助けなんて必要ないっ!」

 

「……へぇ……そう。結構よ。」

 

 リリーは冷静にそう言うと、これからはもう助けないとスネイプに言い、ついでジェームスに軽蔑の視線を向けた。

 

「それから……ポッター。あんたに『エヴァンズに謝れ』とか言って欲しく無いから。あんたもスネイプと同罪よ」

 

 そう言ってリリーが去っていくと、ジェームズを止めるものはもう誰も居なくなった。

 

「……よーし。スニベルスのパンツが見たいやつは居るか?」

 

 そうしてスネイプに対する暴行は続き。

 

 最悪の記憶は、そこで途絶えた。

 

***

 

「……楽しいか?楽しいだろうな、ええ?おまえの父親は愉快な男だったか?」

 

 ハリーは首を絞められかけているのに気付いた。魔法によるものではない。大人のスネイプ教授が、ハリーを殺すばかりの勢いで見ている。

 

 

「……いえ、いいえ!違います、先生。僕は!!僕は父さんとは」

 

「黙れ!……ここで見たことは誰にも話すな!誰にもだ!!」

 

 スネイプの感情の爆発と共にハリーは研究室から放り出された。丁寧に封じられていた調合素材のゴキブリの小瓶が割れる音がした。

 

「二度とこの研究室でその面を見せるな!」

 

 ハリーは反論する気力もなかった。アズラエルにもザビニにも。ロンやハーマイオニーにも話せないことだった。

 

 寮の部屋に戻ったハリーは、のろのろと自分のトランクから通信用の鏡を取り出した。ハリーは無言でレダクトを使い、シリウスとの繋ぎを衝動的に叩き壊した。

 

 ハリーの額は、焼けるほどに痛んでいた。稲妻型の傷跡は、ハリーの怒りに呼応するかのようにずきずきと痛みを発していた。

 

 

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