「ジンネマン家の娘が最近煩くてね。ポッターのための後任のオクルメンシー使いはまだ見つからんのかと私にせっついてくる。まことに無礼極まりないことだ」
「親として子供を心配する娘を無礼呼ばわりとは。君の方こそ礼儀知らずではないかな、フィニアス」
アルバス・ダンブルドアの校長室においては、ダンブルドアと愛鳥だけの室内にしばしば別人の声が響く。
肖像画である。歴代校長の肖像画は、歴代の記憶と人格を保持し会話すら可能となるのだ。
それは時としてディペットであったり、ダンブルドアの祖父の時代から校長職にあった魔法使いであったりする。今日ダンブルドアと話しているのはフィニアス・ナイジェラス・ブラック。ダンブルドアがホグワーツに在籍した頃もホグワーツ校長を勤めていた男である。
「計算づくであろうよ。あのバカ息子をろう絡するには義理の息子から手懐けるのが早い。事実、その目論見は成功したわけであるが」
フィニアスはスリザリン出身であり、スリザリン派閥の家同士の力関係や純血主義に関する知識と経験では歴代の追随を許さない。彼はマリーダ・ブラックに関して良い印象もなければ悪い印象も抱いてはいない。
マリーダの生家であるジンネマン一族がセイクリッドトゥエンティエイトに含まれていないから、というだけではない。ブラック家以外すべての純血一族であってもブラック家より格下であるとみなしているのだ。
傲慢ゆえにある意味平等と取るか、救いようのないレイシストと取るかはさておき、フィニアスがアルバス・ダンブルドアにとって話しやすい相手であることは確かであった。
「あの娘は無礼にも君にオクルメンシーの指南役にと言ってきた。金に糸目はつけないとな。ホグワーツ校長の座を冒涜するのも甚だしい」
「マリーダには申し訳ないが、今私がハリーの指南をするわけにはいかない。断りをいれてもらいたい。フィニアス。……その代わり、彼の近況を伝えよう。ハリーは今様々な寮の生徒達と交流を深め視野を広げている最中だと話してほしい」
「以前と変わりないということで構わないかね?ウィーズリー達となにやら企んでいると」
「……それだけではなく、それ以上の多くの人々と親交を深めていると伝えてほしい」
ダンブルドアは静かに言った。
「ハリーはこれまでも、スリザリンの枠に囚われず大勢の子供達と話し友情を育んできた。が、今ハリーは友達以外の関係性を構築している」
ダンブルドアは話しながら頬を緩めていた。ハリー・ポッターの未来を想像して少しの期待を抱いているのが付き合いの長いフィニアスにはわかった。
「つまり自分の手足を増やそうとしているという理解で構わないかね?」
「そこは『仲間』と訂正しておきたいな」
ダンブルドアは済まなさそうにフィニアスに言った。悪戯をした生徒が教師に悪戯を誤魔化そうとするかのような仕草であった。
「ホグワーツでの七年間は、ハリーだけではなく他のホグワーツに通うすべての生徒達にとって『器』を作っていく期間でもある」
ダンブルドアがそう言う。フィニアスはふん、と鼻を鳴らした。
「またその話しかね」「マリーダへ伝えるためと思って聞いてほしい」
このやり取りがなされたのは、アルバスが教鞭に立って生徒を指導していた時代から数えて四度目である。フィニアスとアルバスの見解が一致したことはなかった。
「四寮に組分けされた生徒は多かれ少なかれ『自寮の上級生』を手本として育つ。彼らを兄または姉として彼らのように、あるいは彼らを反面教師として育っていく。……しかしそれだけでは、人間としての方向性は極端なものとなってしまう」
「そこで四寮の生徒達と、合同授業や対抗戦を通して競争という形で交流する。……実際には、擬似的に敵を産み出すことによって躾のなっていない子供を管理するわけだが」
フィニアスはダンブルドアの言葉を引き取りながらも、管理者の目線から話した。現場で働く教師としてではなく、ホグワーツというブランドを維持する校長としての目線でフィニアスは話す。
「アルバスよ。……これも昔話した覚えがあるが、四寮のブランドというものを維持することは英国魔法界の秩序を保つ上で必要不可欠なことだ」
フィニアスは一個人として、一教師としては最低の部類に入る。が、それだけの人間が校長の座につけるはずもない。
ブラック家の人脈と財力以外にも、経営者としての教育哲学をフィニアスは持っていた。
「グリフィンドールに入るものは危険を恐れず果敢に困難に立ち向かう。ハッフルパフに入るものは愚直に上の判断を信じ従う。レイブンクローに入るものは前者二つの失敗から改善点を洗い出し、我らスリザリンがそのすべての功績を頂く」
「……その四種類の人間を人為的に産み出すことこそ、ホグワーツ魔法魔術学校の存在意義なのだ」
「然り」「フィニアスも十年に一度はまともなことを言うのですな」「明日は雪が降るでしょうか?」「いいや雨かもしれません」
校長室の歴代校長の肖像画達はフィニアスに大きく賛同した。
ホグワーツの四寮制度は、そこに属さない人間達にとっては奇妙で、閉鎖的で、子供達を四パターンの人間へと矯正してしまうものに見える。
しかし英国においてはその四種類のパターンの魔法族こそ必要とされ、求められてきたのである。
「『あなたの子供は将来的に属する寮が求める資質を持つことになります。』そう保護者達に説明することで我々は生徒達を獲得してきた」
ダンブルドアも、フィニアスの言葉を否定はしなかった。
「我らスリザリンは伝統的に狡猾さと自己保身に長けた人間を一定数、毎年産み出すことで、英国内の秩序を保ってきたのだ。……あのポッターに何を期待しているのかは分かっている。ポッターを使ってスリザリンを変えようとでも言うのだろう?」
ダンブルドアの冷徹で現実主義的な側面と、理想的で潔癖な側面を知るフィニアスだから言える推測であった。
「まさか。私は伝統の打破など彼に期待してはいないよ。私が期待しているのは彼個人の成長に関してだ。器についての話はしたと思うが」
「うむ」
「ハリーはスリザリン生として育ち、スリザリンらしい情の厚さと回りくどさを兼ね備えて成長した。ドロレス・アンブリッジに取り入ったのがその証だろう」
「あんな無能ごときに……」
フィニアスは不快感を隠そうともしなかった。
現役時代のフィニアスの嫌われぶりはドロレス・アンブリッジのそれと大差はない。違うのは、フィニアスは一応、本当に一応ではあるが、スリザリン生の虐めを咎めたという程度である。
つまりフィニアスの感じている嫌悪感は同族嫌悪に近いものだった。
ドロレス・アンブリッジの所業は、スリザリンの教師であるセブルス・スネイプやホラス・スラグホーンのそれと似通っている。
お気に入りの生徒を贔屓し、(ホラスは気に入らない生徒は視界に映さないだけだが)それ以外の生徒を無視する。権威を振りかざし罰則を与える。特権を持つ生徒を産み出す。スリザリン式教育は、そうやって生徒の競争心を煽りやる気を出させることを目的としている。
こうした特権というエサをちらつかせる手法は利点もあるが、もちろん欠陥もある。
目に見える成果がなければ努力しない生徒を産み出してしまうという欠点が。だからセブルスやホラスのやり方はよく考えた上で試行錯誤を重ね、慎重に成さなければならない教育手段なのだ。
ドロレスは本来であれば教師としての長い勤務実績による立場と、生徒と積み重ねた年月による信頼があってはじめてやるべきことを表面だけなぞり実行した。言わばスリザリン式教育が産み出した失敗作であると言えた。
「……そして。ハリーは周囲から己の行動が原因で非難を受けた。大勢の人々の支持を得るには、身内からの支持を得るだけでは足りないと彼は学んだはずだ」
ダンブルドアは冷静にハリーの行動を評価した。ダンブルドアにハリーを非難する意図はなく、むしろその行動によって得られるハリーの経験を重視していた。
「それで?失敗から得られるものはあるとでも言うつもりかね?」
「あるとも。本人が失敗の原因に目を向けることが出来ればだが」
ダンブルドアはそう言って舌を出した。
「スリザリンなりのやり方だけでなまじうまくいってしまうと、応用のきかない人材になりかねない。それこそ、あのドロレス・アンブリッジのように。学生のうちに異なる価値観の人間に揉まれ、試行錯誤する経験を積めるのは悪くないと私は思っている」
ダンブルドアはハリーの成長に期待していた。フィニアスは己の観察眼から、ダンブルドアはやはり甘い、と判断する。
(経験を経験として積める人間というのは限られているのだよ、アルバス。私にはあの少年がそれほどのものとは思えんが)
そう言おうとしてフィニアスはやめた。
目の前のダンブルドアにとって、ハリー・ポッターという半純血の少年は希望なのだ。
スリザリンというシステムが持つ欠点を悪用され、その美点のことごとくを悪しき欠点としてトム・リドルに利用された。ハリー・ポッターという少年はそのシステムの中で産み出されたバグであり、今後現れる可能性はほぼない存在だ。だからこそダンブルドアはハリーの可能性に希望を見出だしているのだ。
フィニアスの見解は違う。フィニアスから見て、ハリーはスリザリンによく居る拠り所のない半純血にすぎなかったからだ。
自分の立ち位置やルーツというものに自信が持てず、目に見える魔法という力に価値を見出だすか、純血の一族との縁に価値を見出だすか。スリザリンの半純血が取る行動パターンは大体がこの二つに分類される。ハリーもまたこのパターンに当てはまっているのだ。
そしてフィニアスの見てきた多くの半純血のスリザリン生は、自身のルーツに価値を見出だせなかったり、自分以上に優秀な魔法使いを見て折れ、そのまま立ち上がれず屈折する。
そこから奮起するとハリーを信じているアルバスと、スリザリンをよく知るからこそ諦めているフィニアス。
フィニアスは己の見解をアルバスに述べることはしなかった。無駄な議論になると分かっていたからだ。
「学生のうちに異なる価値観に触れて試行錯誤する……か。それは自虐かね?アルバスよ」
「……さぁ。どうだろうね」
アルバス・ダンブルドアの学生時代をよく知るフィニアスは、肖像画の三角帽子を被り直して言った。
「……なるほど。委細承知した。ジンネマンの娘には、義理の息子はホグワーツにて健康なりと伝えよう」
フィニアスはそう言うと額縁から姿を消した。フィニアスの姿が消えてから、アルバスは己れの肩に止まっていたフォークスの羽根をそっと撫でた。
(………………済まない、ハリー。……済まない、シリウス。済まないマリーダ。今のハリーを指導することは出来ないのだ)
アルバスには、マリーダの頼みを聞き入れてハリーを指導するわけにはいかなかった。しかし、出来なかったのだ。
***
ハリーにとって、そして五年生全員にとって今後の人生を左右する試験の日が来た。
ハリーは呪文学の試験を終えたあと、ぐったりとしているザビニを起こして言った。
「……よくやったよ、ザビニは。裏庭に行こう。きっと空いてるよ」
「あー、そうだな。実技なら満点だって自信があんのによぉ~……」
「全部出し尽くしたという顔ですねぇ。まだまだ先は長いのに大丈夫なんですか?」
アズラエルの顔も笑ってはいるが、目に余裕はない。ダフネがハリー達三人に近付いてくる。ダフネの顔は上気していた。座学には自信があるということだ。
「午後は実技ね。みんなはどんな魔法を披露するか決めてあるのかしら?」
「それは終わってからのお楽しみだよ。なぁ、ザビニ?」
「そうだな。下手に教えて被ったらつまんねーし」
「この一年の成果を見せる瞬間となるとやはり緊張しますねぇ……」
「スネイプの前でポリジュース薬の調合をすると思えばいい。それに比べたらどうってことないだろ?」
ハリー達にとってOWLの試験はこれまでの経験を出す山場であり、今までの試験とは披露の度合いも問題の難易度も桁が違う。座学の時、ハリーはすべての問題を書き終えたものの一ヵ所ミスをしたという自覚があった。今後の自己採点でどれだけの間違いが出てくるかは想像したくはなかった。
***
呪文学の試験官であるトフティ教授は、試験官の中でも一番の年配だった。鼻眼鏡をかけた教授はハリーの名前が読み上げられると、興味深そうに言った。
「ポッター?有名なポッターだね?」
ハリーは軽く会釈して指示された魔法を実行していった。詠唱ありの魔法を使っていくことはハリーにとって造作もないことだった。トフティ教授はハリーがインカーセラスによって造り出した縄を、コンジュレーションによってニシキヘビに変えたのを見て唸った。
「うーむ……それでは……」
教授は悪戯っぽく笑って言った。
「ポッター?君が一番自信のある魔法を見せてほしい」
教授の瞳がきらりと光るのをハリーは感じた。ハリーは自分に向けて魔法を唱えた。
「レヴィ(飛べ)」
ハリーは教室の中を浮かび、くるくると宙返りをして見せた。教授が面白がってあそこへ、扉の上に、証明の側にと指示を出すのに従い飛び回る。もう結構と教授が言い、ハリーが地面に降り立ったとき、教授は満面の笑みを浮かべていた。
(……ひとまず第一関門はクリア……か。油断大敵だな)
そう考えるハリーには、試練が訪れていた。
***
天文学の実技の試験中、その事件は起きた。
「……何だよ……オイ……何でこんなことを。いったい誰が」
「燃えてる!ハグリッドの小屋が!燃やされてる!!」
「あっ、おい!ハリー!」
「ま、待ちなさい!試験の途中ですよ!」
ハリーはいても立ってもいられず、ザビニの制止の声を無視して空を飛び立った。
詠唱はもはや必要なかった。ルビウス・ハグリッドという恩師を救うために、ハリーは単身禁じられた森の小屋めがけて空を翔んでいた。
***
「ひいっ……」
「……何……あれ……」
空を飛び立つハリーの顔を目にしたラベンダーとパールヴァティーは震え上がっていた。今の今まで、二人は本気で怒り狂ったハリーの姿を見たことがなかったのだ。
怒り狂ったハリーは、闇祓い達が繰り出す魔法を無言のプロテゴ・マキシマで跳ね返してハグリッドのへと向かっていた。ハリーの跳ね返した魔法に撃たれ、年若い闇祓いが一人失神した。
闇の魔法使いの誕生を見るような思いでいた。
空を舞い闇祓い達の攻撃をかわすハリーの姿は、二年前ホグズミードの空に現れたデスイーターと何らかわりなかった。
誰にでも失敗はあります。