「……ハリー。そう気を落とさないで。オーラーになれなくなったわけではないわよ」
「……そうだね、ダフネ。……まぁ僕のことに関してはこの際どうだっていいんだ。問題はホグワーツだ」
(………………気にしていないわけはないのに……)
ダフネはハリーの心中を想像して何も言わないことにした。十二科目をクリアするためにハリーは三年生からずっとタイムターナーで時を巻き戻し同じ日を繰り返してきた。しかし、その努力は先日の一件で水の泡になった。天文学の実技試験中に飛び出し試験を半ば放棄したハリーが合格している筈はないからだ。
「今日はどうするの?DAと裏の集会」「裏は無しでいい。ハグリッドの小屋に行くから」
owlから解放された五年生、NEWTを終えた七年生は本来ならそれまでの鬱憤を晴らすかのように羽目を外す。それが人生をかけて試験に挑んだ学生に与えられる特権であり安らぎなのだ。
が、この年に限って言えばホグワーツの生徒達に安息日は訪れなかった。
新校長に就任したドロレス・アンブリッジが戒厳令を敷いたからだ。
名目は、『闇の魔法使いルビウス・ハグリッドならびにアルバス・ダンブルドアがホグズミード周辺を徘徊している可能性があるから』である。朝礼の席でドロレスの新校長就任の演説を聞く生徒は誰一人として居なかった。ハリーの胸からは尋問官親衛隊のバッジが剥奪され、左手の甲には文字が刻まれていた。
『僕は勝手なことをしてはいけない』と。
「DAにいるアンブリッジアンチの子達はフレッドとジョージについてますね。みんなの不満がそろそろ爆発する頃でしょう」
「……面白くなってきましたねぇ」
弾けた顔で笑うアズラエルに笑みを返しながら、ハリーはそうだといいね、と返した。
「で、みんなの不満はアンブリッジの下で好き放題した僕に来るわけだ」
ハリーはそう言ってみせた。
現状は面白くもなんともない。ホグワーツを支えるダンブルドアが居なくなり、マクゴナガル教授なき今のホグワーツを掌握しているのはアンブリッジだ。
「そんな度胸はねぇよ。皆お前にビビってる」
「単に呆れているだけだよ。オーラーは相手が子供だから手加減をしたんだ」
ハリーの自己評価は最低であった。結局のところ、オクルメンシーの訓練を活かすこともできず一時の感情に身を任せたはいいもののハグリッドを護ることも、マクゴナガル教授を護ることもできなかったのだ。
「…………そう考えてるなら、近々裏の集会で釘をさしといた方がいいぜ」
ザビニは鋭く言った。
「お前の強さに惚れ込んだやつが出てきてる。ザムザ辺りはそのクチだな。早めに違うぞって言っとかねーと後々厄介なことになるぜ」
「何も成せない強さに何の価値があるって言うんだい?」
「五人のプロ相手にして生き残れるだけでヤベェんだよ」
「戦闘の定石を何も知らない人から見ると、マクゴナガル教授がやられた相手に生き残ったことになるもの」
ザビニの言葉にダフネもアズラエルも頷いた。
ハリーがオーラー達相手に負けなかったのは、単にオーラーにその気がなかったからだとハリーは理解していた。ハリーはオーラー達からの攻撃をかわし、捌いて気絶させもしたが、全て闇夜かつ初見、相手から見て不意の襲撃という状況がハリーに味方してのことだ。
「待ってくれよ。ザムザ達にはちゃんと戦闘のパターンを教えた筈だ。何で今更……」
「知っているからこそ、知識を実践して見せた君に一種のカリスマってやつを感じているんですよ。頭で理解するのと実演するのでは天地の差がありますから」
ハリーはううんと唸った。リーマスが指摘した通り、敵を倒すことと生き残ることは別の技術だ。ザムザのように実戦を経験していないものが『敵を倒すこと』や『戦うこと』を優先して逃げ損なうのはあってはならないことだった。
「僕にそんなもの存在しないけどね。……今度裏の集会をするとき皆にはもう一度基礎から話そう」
そう言うと、ハリー達四人は必要の部屋に足を踏み入れた。必要の部屋にはDAメンバーが集まっており、ザカリアス・スミスをはじめとしたハッフルパフの面々やライデン、ラベンダーらはしきりに何かについて話をしていた。
「いやさすがにポッターじゃあないだろ。ポッターが売ったなら黙って見てるだろ?」
そう話しているのはスミスだった。誰に対しても突っかかる気質の男らしく、今日も誰かの意見に逆張りをしているのかもしれなかった。
「うんうん、私もそう思う。私さー、マルフォイだと思うんだよね。アイツ一年の時にハグリッドのドラゴンのことチクったじゃん?……あ、ごめんねーライデン君。同じスリザリン生なのに」
そう話しているのはラベンダーだった。
「いやー、俺は全然気にしてませんから!」
「えー、本当に?」
ハリーは話に興じて無防備な彼女たちに向けて、やぁ、とうしろから話しかけた。スミスやラベンダーの驚いた顔が少しだけ愉快であった。
「そんなに驚くことはないだろ。……いくらスリザリン生が怪しいからって曖昧な根拠で疑わないで欲しいね。傷つくよ」
「ハリー。一般人を虐めるものではないわ。私たちは大人しくしていましょう。こういうときこそ謙虚にならないと。ごめんなさいね、ミズ・ブラウンとミスタ・スミス。今は機嫌が悪いの」
「あ、ああ。……その、ポッター。……あー、大変だろうけど頑張れよ……」
ばつが悪そうに言ってくるスミスに対してハリーは気にしてないよとジェスチャーをした。お世辞にも優しいとは言えないザカリアス・スミスという少年にハッフルパフ生らしい特性があるとすれば、悪人になりきれないところであった。
フレッドとジョージがアンブリッジとフィルチを相手に大立ち回りを繰り返す中、ハリー達はDAで適当に過ごした。流石のハリーも、いまは何か新しいことに挑戦するような気分ではない。ロンと共に基礎魔法を繰り返し反復するだけだった。
(変だな。傷跡は痛むし気分は最低なのに……)
ハリーは自分の調子に違和感を禁じ得なかった。
(あの夜からずっと、絶好調のままだ……)
まるでハリーの身体がハリーの意思とは関係なくハリーに力を与えているかのようだった。ハリーがハグリッドの小屋にすぐ向かわずにいたのは、絶好調のままの自分自身の肉体と魔力を可能な限り消耗するためだった。
***
「今日のDAはここまでだ。皆お疲れ様。気をつけて帰ってくれ」
そうセドリックが解散を告げると、ハリーは足早に必要の部屋を出る。ダフネ・グリーングラスはそっとハリーの後をつけた。
「……マフリアート(防音)」
自分の足音がハリーに聞こえないように防音魔法をかけ、一定の距離感を保ちながら進む。ダフネはハリーのことを心配していた。一方でハリーにも言えない懸念があった。
(……もしかしたら、ハリーとミズ・ラブグッドに何か……)
ダフネは誰にも相談できない悩みがあった。ダフネは、ハグリッドの小屋を襲撃されたときハリーがルナを慰める様子を目撃してしまったのだ。
ハリーが今更ロマンスを感じるような男子ではないとわかってはいるが、それはそれとして気にはなってしまう自分自身を止められない。ダフネが恐る恐るハリーの後をつけていくと、ハリーはくるりと後ろを振り返った。
「レベリオ(現れろ)。……違うか。ならアクシオ(来い)」
「あっ!!」
ダフネはあっと声をあげたが遅かった。声そのものは防音魔法によって抑えられているが、ダフネの被っている三角帽子はどうにもならない。ハリーからプレゼントされたブルーコスモス製の三角帽子は被ると正常な気持ちを保ちリラックスさせてくれるハーブの香りがするものだ。
(もしかしたらハーブの香りでバレたのかしら……!?)
ダフネが驚愕するなか、ハリーは自分の手に収まったコスモスが描かれた三角帽子を見て苦笑する。
「出てきてよ、ダフネ。一緒に行こう」
「……夕食には間に合うようにして欲しいわね」
見つかったダフネは悪びれずに居直った。ハリーはそんなダフネを気にも留めず、小屋まで歩いていく。
「ち、ちょっと!エスコートをするのが紳士の役目ではないの!?」
ハリーは最近ダフネの扱い方を心得はじめていた。たまに厳しくするくらいの距離感で、丁度良いのだ。
「……シュラ。君も来ているなら顔を出しなよ。三人で行った方がルナも喜ぶ」
「えっ!?」
ぎょっとして振り返ったダフネは驚きに目を見開いた。シュラーク・サーペンタリウスというプラチナブロンドのスリザリン生もまた、ルナの小屋へと足を運んでいたのだ。
***
焼け落ちたハグリッドの小屋を訪れたハリーが目にしたのは、ザムザ・ベオルブを叱責するルナと、そんなルナを宥めるハーマイオニーと、コリンだった。
「だから!ハグリッドは生きてる!ダンブルドアも!」
ルナは小屋が焼け落ちた日から立ち直っていた。
「元気にこっちに帰ってきたら、絶対また面白い動物をあたしらにみせに来るの!わかった!?あたし達はそのときのために、元気百倍にして待ってればいいの!」
「そ、そうだろうか……!あ、ああ。ハリー!」
「ルナの相手は大変そうだね、ザムザ。手を貸そうか?」
「いいえ先輩。今日はもう大丈夫です。グロウブは英語の『I』を覚えましたよ。一歩前進です」
「その代わり、『グロウプ』のブの発音が怪しかったわ。子供だから声帯が未発達なのかしら……」
「まだ暴れるのかい、グロウプは?」
ハグリッドが失踪して心に傷を負ったのはルナだけではない。グロウプもそうだ。
グロウプは突如としてオーラー達の襲撃を受けた。オーラー達に服の一部を焼かれ、切られ、ステューピファイの閃光を目に浴びせられたことはグロウブは気にしていなかった。巨人としての高い魔法耐性を持つグロウブは、目を瞑って顔を手でおおうだけでほとんどの魔法を無力化できたのだ。
魔法省にとってグロウブの存在はハグリッドとダンブルドアを追い詰めるための口実でしかなかった。裁判の際に動かぬ証拠とするためという名目で魔法省はグロウブを放置することに決めた。殺害しようにも、できる魔法使いが居なかったのだ。
ハリーはワルデン・マクネアのような闇の魔法生物専門の闇の魔法使いとオーラー達複数人がアバダケダブラを撃てば巨人族といえどもひとたまりもないのではないかと考えた。が、魔法省は今のところグロウプを殺害するつもりはないらしい。
ハグリッドがオーラー達を一蹴して見せたように、魔法使いにとって高い魔法耐性と強靭なフィジカルを持つ巨人族は天敵なのだ。グロウプが巨人族にはあるまじき体躯の小ささ(と言ってもグロウプは五メートルはあるが)と、巨人族にも関わらず人間に対して友好的で英語を学んでいると発覚し、魔法省は保護観察という形式でグロウプを放置することに決めた。
余談ではあるが、グロウプのために裏で手を回したのはシリウス・ブラックとニュート・スキャマンダーであった。影響力の低下が久しい二人ではあるが、シリウスはハリーやハグリッドのために、ニュートはハグリッドとダンブルドアのために要人に手紙を出して協力を仰ぎ、ファッジによる執行を翻させたのだ。その事をハリー達は誰も知らない。
「グロウプはもう暴れたりしないって。ハグリッドに捨てられたと思って悲しかったみたいだけど」
「……あのう、どういうこと?グロウプという巨人は、ハグリッドがいつもの趣味で拾ったのよね?」
「いくらハグリッドでも知性ある生き物を本人の意思確認も無しに拾ったりはしないよ」
「…………つまり、あの巨人は捨て子だったということです。ミズ・グリーングラス」
「まぁ……なんて可哀想な……」
ダフネは口を手で覆った。
「……巨人族には巨人族の文化がある。グロウプは一般的な巨人より遥かに小さい。僕たちで言えば、スクイブのようなものなのだろう……」
ザムザは言葉とは裏腹に同情心はあまり感じられない。どちらかと言えば、学者志望として巨人族の生態や文化について興味があるのだ。
グロウプは巨人族の集落で小さいという理由で迫害を受けていたとハグリッドはルナやハリーに明かしていた。一方でグロウプと自分との血縁関係については未だ誰にも明かしてはいない。ハグリッドとグロウプの複雑な関係をしっているのは、アルバス・ダンブルドアただ一人だ。
「……さて。グロウプが満足したなら僕らは今日は予定どおり別の作業だ。燃えた畑の整理をしよう。ダフネもやって貰うよ、いいね?」
「……owlで推定Eを取った手腕を見せる時が来たわね!」
ハリー達はその後、燃え粕となった野菜や畑の手入れに悪戦苦闘した。シュラークがミカエルの手を借りるべきだったと泣きべそをかきはじめ、日が沈み見えなくなってからルナ達はホグワーツへの帰路についた。
ハリー、ダフネ、シュラークは最後に残ってホグワーツ城への帰り道を歩いていた。
「……ポッター先輩。本日でなくても構いません。お時間を頂いてもよろしいですか?」
「いいよ。何なら今日でも構わない。僕の部屋に来るかい?」
「いいえ。個人的な話ですので、先輩と二人の方が……」
そんなやり取りを繰り広げる二人を見ながらも、ダフネはほっとしていた。
(……良かったわ。気にしていたようなことはなくて)
そう考えるダフネはシュラークに対して微笑み、ハリーは厳しいから気をつけてね、と言う。シュラークはええ、と頷いた後ハリー達の三歩後ろを歩いた。先輩より先を歩くつもりはないらしい。
(本当に良く訓練されているわね。オルガ・ザルバッグの教育がいいのかしら。今度の集会では褒めてあげようかな)
そんな風に考えているダフネは、自らの思考が一部シュラークに盗まれていたことに気がつかなかった。
***
「……ハグリッドをアンブリッジに売った人間の目星がつきました。ラベンダー・ブラウンとパールヴァティー・パチルです」
シュラークはギラギラと怒りを宿した瞳でハリーを見ていた。土曜日の朝、秘密の部屋の中で二人だけで会話するハリーとシュラーク。
(……へぇ~。思ったよりもどろどろとしているわねぇ、生者も!)
二人に気付かれないようこっそりと話を盗み聞きしているのは、秘密の部屋にいる配管に潜むマートル・ワレンのゴーストであった。
(……これは。また私達の時代と同じことが繰り返されるかもしれないわねぇ~)
マートルから見て、スリザリンとグリフィンドールの対立は果てしなく続くホグワーツの伝統であった。マートルが生きていた頃、トムが卒業していった後、ヴォルデモートが登場してから、ヴォルデモートがいなくなってから、ハリー・ポッターが入学してから。グリフィンドール生とスリザリン生が寮の隔たりを越えた友情を育むことはたまにあった。
(フフ……ワクワクして来たわね!友情が壊れる瞬間の音ほどきもちのいいものはないわ……)
マートルから見て、それが破綻せず続くことはごくごく稀だった。ハリー達の関係もまた、この一件次第ではかつての先輩達と同じ末路を辿ることになるぞとマートルは胸を踊らせた。
マートルがそんな考えでいるとは露知らず、ハリーはシュラークに対して真っ向から反論しようとした。
「……?シュラーク。君は何を……」
(……いや。待て。シュラークは確か)
ハリーはシュラークが妙にカンがいい時があるのを思い出した。シュラークがレジリメンスに関する才能がありそうなことを羨ましいと思ったこともあった。
「察しが良くて助かります、先輩。ご想像の通り僕はレジリメンスを会得しています。そういう教育を受けてきました」
「……なるほど。流石はシュラークだ。君の才能を見抜いていたなんて、スリザリン生として賢明なご両親だね」
ハリーは笑いながらも緑色の瞳に喜びの感情を宿すことはできなかった。
(……シュラークがカミングアウトしてきたことには驚いた……だけど、今はそんなことよりも……)
(…………あの二人?あの二人だって?アンブリッジに?なぜだ。なぜそんなことをする必要が?)
ハリーはシュラークの言葉を信用するに足る根拠があった。
シュラークは決闘クラブに入った当初は周囲との軋轢が耐えない典型的なスリザリン生ではあった。が、先輩やハリー達の荒波に揉まれ、次第に眉間の皺が取れていった姿をハリーは見てきたのだ。
『裏の集会』のリーダーとしては、一メンバーの言葉を鵜呑みにして他メンバーを疑うということはあってはならない。しかし個人としてのハリーはシュラークの言葉を疑う要素がない。ハリーが知る限り、シュラークは増長していた時期ですら自分の能力への自信過剰やスリザリン生としての教育故の差別心はあっても、悪意をもって自分から他人を貶めたことはなかったからだ。
「……君はこんなことを不用意に発言するような子じゃない。だけどシュラーク。君はそういう言葉を使うからには、それを信じるに足る証拠を持って言っているのかい?」
「証拠はありません。現段階では。ですから、先輩のお力添えをお借りしたいのです」
シュラークはがばり、と頭を下げた。
「僕に自白剤を使わせてください。先輩の煎じたベリタセラムをあの二人に盛ります。それで全てが白日のもとに晒される」
「…………」
ハリーは目を瞑った。
(ベリタセラム……。それなら、確かに効果的だ。後ろめたいことがない相手なら盛っても意味はない。だけど……)
「それは君の」
「リスクになる、と仰りたいのならば」
シュラークは頭を上げて言った。黄金色の瞳がギラギラと怒りに燃えている。
「それくらいは取らせて頂きたい。……ご存知ですか?今三寮生達がどんな噂を流しているか」
「……僕やマルフォイを疑っている。気分は良くない。…………でもねシュラーク。悔しいけど、僕らが疑われるのは素行の問題でもある。同じスリザリン生でも君やライデンは疑いの目を向けられていないからね」
「いいえ。流れている噂はそれだけではありません。……ハグリッドを売ったのはクリービーである、という無根拠なデマまで拡散されています」
(……何で?)
「…………何でだい」
ハリーの内面と外面とが一致する。シュラークはワームを噛み潰したような顔をした。
「……ラブグッドとの関係が悪化したから、その腹いせにと」
どん、とシュラークはテーブルを叩いた。シュラークは血が出るほどに拳をテーブルに叩きつけ、ギリギリと歯軋りをしている。
「先輩は何も思われていないわけではないでしょう。不愉快なはずです。ホグワーツにいる寄生虫全てが」
「……君は僕が何のために耐えているのかも知っている。そうだよね、シュラーク?」
「あんな屑どもを、守る価値があるというのですか?」
ハリーは不意に胸があつくなった。
人には絶対に言ってはいけない本音というものがある。心の底で思ったことがあったとしても、口に出してはいけないものが存在する。
他の寮生達がスリザリンを嫌悪し排斥するのと同じくらいに、スリザリン生の側にも他の寮生を嫌悪する理由はある。
謂れなき排斥を受け、嫌悪の視線を向けられ、あまつさえ濡れ衣を着せられる。全て二年生の頃にハリーが受けたものだ。
自分の素行も確かに悪いところがあった、と認識している。だがそれとは別の部分で不快なのは、命懸けで自衛のために頑張っているというのに露骨に足を引っ張られる状況や環境そのものだった。ぶつけようのない怒りだけが蓄積されていくのだ。
(あー。スリザリン生なんて基本こんなもんよね。人を簡単に傷つける癖に、傷つけられたら逆ギレする)
マートルは冷めた目でハリーとシュラークを眺めていた。
(……まぁ。それが他人(友達)のためっていうのは……羨ましいけど)
生前はレイブンクロー内の虐めの被害者であり、被差別者としてスリザリン生の身勝手な凶刃によって命を落とし、さまざまな虐められっ子を見てきたからこそマートルにはわかる。
スリザリン生の甘ったれた被害者意識と、加害者として自分が他人を害していることに対する責任感のなさ。それが真っ当な生徒からも反感を買っているという事実を。生前はともかく今は当事者ではなくなったからこそ、レイブンクロー生らしく認識できるのだ。
(……ま。当事者の立場で気が付けるわけもないか)
冤罪を吹っ掛けられることに対する怒りは真っ当なものだ。だが、それで他の寮生全てに敵意と憎しみを抱くのは別の話である。
「……わかるよ。スリザリンに入ったら誰だって一度はそう思うよ」
ハリーは優しくシュラークに語った。シュラークの瞳はハリーと交錯する。ハリーの瞳はハリーの中の怒りの感情を訴えていた。
(……先輩も僕と同じことを考えている……!心の底から!)
「では……!」
「でもねシュラーク。君は今まで自分が一回もクズだった瞬間がなかったみたいな口ぶりだよね」
(差別した僕が言うなって話なんだけど……だからこそこれは言っとかないといけない)
ハリーは厳しく言った。言っているハリー自身がどの面を下げて言ってるんだという気持ちしかない。
「今、間違えてあれこれと憶測を並べている人達のなかには昔のシノやザムザやコリンだって居るんだ。自分と関わりがなければ人は簡単に残酷になれるけど、こっちに悪意があった訳じゃない。単に興味と関心がないだけだ。それは賢い君ならわかってるはずだよ」
「しかし……!僕が許せないのは真犯人の二人組です!」
シュラークはついに立ち上がった。ハリーはシュラークの怒りを受け止めるべき立場にあった。
シュラークがわざわざハリーに頭を下げたのは、言うまでもなくベリタセラムを入手するためだ。だが、今のシュラークはハグリッドが襲われた時のハリーよりさらに怒りを溜めている。そんな状態で自白剤を預ける訳にはいかなかった。
「連中は無責任な外野が噂を流した後、これ幸いとそれに乗っかった!これで自分達の罪を隠蔽できると!貴方やルナや、ダンブルドア校長やハグリッドへの謝罪より保身を取ったんです!」
「ベリタセラムを盛って全校生徒の前で悪事を暴かなければ気が済まない!」
(……ああ、分かってるよ許せないのは)
(……でも……犯人を社会的に抹殺したら僕らも困るってことは分かってるだろう、シュラーク)
ハリーはシュラークへとそう内心で語った。
(僕と同じ轍は踏んじゃいけない。もしもことを荒立てて周囲の評価が下がれば、君はもちろんルナも傷つくんだ)
ハリーは自分では出来なかったが、せめて後輩たちには悪評など立たないで欲しいと思った。
シュラークはハリーの心の中を読み取ったのか、沈黙する。ハリーは言った。
「犯人には償わせる。ただそのやり方は僕が決める」
「シュラーク。ぼくもこの事態を引き起こした犯人に対しては落とし前をつけさせたいと思った。当事者であるルナやザムザやコリンが忙しくグロウプのために動き回っているんだから尚更だ」
「……君の手を使って二人を呼び寄せて欲しい。出来るかい?」
シュラークはこくりと頷いた。ハリーはシュラークに言った通り、犯人に対しては落とし前をつけさせるつもりだった。
***
「逃げる?強い敵からは逃げるんすか?」
「そうだよ、シノ」
裏の会合でハリーは基本的な逃走手段を教えていた。ザムザやシノはもちろん、ルナやコリン、ラベンダーやパールヴァティーも参加している。
「複数人で囲まれたとき。自分の手に余るような敵に立ち向かうことを考えるのはバカのすることだ。そういう状況にならないように周辺を警戒して、自分の身を護る。それが一番大事なことなんだよ」
「随分と弱気な考え方ね」
「……ああ。だけどこれだけは覚えておいてくれ。いざって時には逃げることも必要なんだって」
ハリーはあえてラベンダーやパールヴァティーにも声をかけて誘った。これはハリーなりの誠意であった。
***
「……やぁ。待っていたよ、二人とも」
「なぜここにポッターとサーペンタリウス?意味不明。帰る」
「合コンだと思ったのに」
ハリーはシュラークが必要の部屋に呼び寄せたラベンダーとパールヴァティーを座らせた。
ラベンダーとパールヴァティーは、ハッフルパフの六年生であるベルとリュカという二人に誘われたものと思い込んでいた。ハリーは二人を無理矢理席に着かせると、隣のシュラークに断って言った。
「……さて。今日こうして二人に集まって貰ったのは他でもない。君たちに聞きたいことがあったんだ」
無表情で表情を動かさないパールヴァティーとは異なり、ラベンダーは一新視線が泳ぐ。
「………………ハグリッドを売ったのは誰か。今盛んに話されている話題があります。お二人は何かご存知ですか?」
ハグリッドという単語が出たその瞬間。パールヴァティーの視線が泳いだ。
「レジリメンス(心滴視聴)」
ハリーはスネイプ教授の所作通りに杖を振り、レジリメンスを試した。
***
犠牲となったのはパールヴァティーだった。
ハリーはクィディッチ競技場から遠ざかるハーマイオニーの後をつける二人の姿を目にした。グリフィンドール生のなかのよいコンビは、ハーマイオニーが森に入るや否や身を震わせる。
「……どうしよう。森に入っちゃった」「大丈夫よパールヴァティー。これがあるから」
そう言ってラベンダーは望遠鏡カメラを取り出す。望遠鏡を覗き込んだラベンダーは叫び、急いでシャッターを切った……。
***
「…………………………」
「な!パールヴァティーに何をしたの!ポッター!こんなことが許……」
「ハグリッドを売ったのはどちらですか?」
「レジリメンス!」
シュラークの言葉には嗜虐的な感情が乗っていた。復讐のために、ハリーが選んだのは自白剤ではなくオクルメンシーだった。
本来オクルメンシーは親しい人間でもなければ使うことは許されない技術である。にもかかわらず、なぜハリーがそれの使用を踏み切ったのか。
それは、ラベンダーとパールヴァティーを呼び寄せる前にシュラークに一滴、ベリタセラム入りの紅茶を同意の上で飲ませたからだ。
シュラークがハリーに報告したことに嘘はなかった。
ハリーは燃えたぎる怒りを抑えるためには、自分の手で二人の真意を暴く必要があると思った。
たとえば誰かに脅されて仕方なくとか、インペリオを受けていたとか。そういう事情があった場合、ベリタセラムでは時間切れになる。だからハリーはレジリメンスを使うことにした。
ハリーのレジリメンスは知識とスネイプ教授の見様見真似で稚拙極まりないものだった。それでも、パールヴァティーもラベンダーも、オクルメンシーを習得していなかった。
ハリーの姿に怯え心理的な余裕を無くしていた二人はハリーの稚拙なレジリメンスですら防ぐことは出来なかった。
「……何者かに操られていたんですよね?」
「レジリメンス!」
ハリーとシュラークとの尋問は、十五分に及んだ。ハリーは二人の経緯を知った。
「……なぜ……ハグリッドを売ったんだい?」
そのハリーの質問に、レジリメンスは必要なかった。ラベンダーは全てが暴かれたことで自暴自棄になっていたのか投げやりになって言った。
「全部あんたへの意趣返しよ。……本気を出せばこんなことまでやってのけて。…………その気になれば、ハグリッドのためならオーラーにだって立ち向かったくせに!あんたは手を抜いたんだ!」
「………………ぼくを傷つけるためだけに、ハグリッドを?」
(……いや……そんな。こんなバカな。こんな馬鹿げた話が)
ハリーはあまりの事態に愕然とした。ハリーにしてみれば、自分自身の不手際がハグリッドを追い込んだようなものだった。
「…………ハグリッドが居なくなって、確かに僕は辛かった。だけど君達は…………僕の話を聞いていたよね?説明もしたはずだ。完璧にはなれないって言っただろう?」
ハリーは二人のうち、ラベンダーからは筋違いのような怒りしか感じ取れなかった。
(絶対に許さない!トレローニ教授を見下して!アンブリッジと一緒になって嘲っているに違いない!)
「……誤解だよ、ブラウン。ぼくはトレローニ教授を嫌っていた訳じゃない。そう思われるのは仕方のないことかもしれないけど。」
が、パールヴァティーからは怯えと罪悪感を感じた。レジリメンスで覗いた心には、自分の不手際から逃れたいというパールヴァティーの心理が現れていた。
(違う。違う違う違う!……ポッターがやらなかった。ポッターはやるべき立場にいた!)
(わ……私に出来ることはなかった!)
(…………スリザリン生が普段から酷い態度でいるから皆があんな噂を流した。私達は話を合わせただけ!そうじゃないと、そうじゃないと……!)
(私がラベンダーに嫌われる……!!)
(わ、私が皆から嫌われちゃう。……だ、ダンブルドアが居なくなった罪なんて背負えない……!無理、無理……!!)
泣き崩れるパールヴァティーに対して、シュラークはゴミを見るような目で嘲った。
「都合が悪くなると泣いて誤魔化す。なるほど勇敢なグリフィンドール生らしくもない所業ですね。己の悪心に打ち勝つ勇気はなかったくせに、他人の同情心を買おうという狡猾さは備えていたらしい」
パールヴァティーにとってこれ以上ない皮肉が刺さる。
「シュラーク。もういい。話が本題からそれる」
ハリーは後輩を止めた。ハリーは内に涌き出る怒りをこれ以上二人にぶつけたくはなかった。そうしたい気持ちは山々だったが、痛む額を抑えてなけなしのオクルメンシーを総動員し、二人に宣言する。
「……記憶の中のパールヴァティーの言う通り、僕は裏の集会のトップだ。だから裏の集会に関わりのないことをやって、結果的にそれがたまたまハグリッドに害を成したってだけの君達をあそこから追い出す権利はない」
「……だけど」
ハリーは冷たく二人を見下ろした。
「命懸けの戦いがあるかもしれないって中で、信用できない人同士が組むこと以上の不幸はない。君達二人はもう来なくていいよ」
そしてハリーは、裏の集会の開催場所を秘密の部屋からハリーの持つトランクの中に変えた。二人をこれ以上参加させる意味はなかった。
ハリーはグリフィンドールとスリザリンとの融和を試みたが、ハリー自身に存在するスリザリン的傲慢さからの脱却にはいまだ至らなかった。ハリーはグリフィンドールという外様の二人を迎え入れることよりも、後輩であるシュラークの心の安定と自らの平穏を望んだのである。
ハリー・ポッターは蛇寮生でありながら、獅子のように勇敢に、自分を大きく見せ周囲を威嚇する術に長けていた。しかしそれは、ハリー本人の余裕のなさを浮き彫りにしていた。
ハリーが魔法の力によって大きなことを成し遂げる度に、ハリー自身の虚像は大きく膨らみ実態と乖離していった。そんなハリーに着いていくもの達ばかりではなく、離れる者も当然いた。
狂暴な獅子の牙に、小鳥は止まらないのだ。
「最近、ミズ・ブラウンとパチルを見ないわね。残念」
「試験が終わったからね。もう僕たちに関わる意味も薄いってことさ」
ハリーはダフネにそう言った。ラベンダーとパールヴァティーは、ハリーを恐れてかDAにも姿を見せなくなった。
「でもパドマは居るのよね、何でかしら?」
「……さぁ。どうしてだろうね」
ハリーはダフネとの会話を最後に、二人に関して考えることをやめた。内に怒りを抱え込んだままでは、オクルメンシーを復習することすら覚束なくなってしまうからだ。ダンブルドアが居ない今、せめてオクルメンシーの精度を維持しておかなければ気が気ではなかった。