「……シュラークは本当によく頑張った。君のことは頼りにしようと思う。……これからも何かあったら報告してくれ」
「怒らないのですね」
「何に対してだい、シュラーク?」
シュラークはハグリッドの小屋の跡地でハリーと会話していた。ハリーはルナやコリン達がグロウブの相手をする中、ザムザと交代で家畜の世話をしていた。
ハリーはグロウプからの信頼を勝ち取れてはいなかった。
巨人族は自分達にとって便利であれば魔法を受け入れてくれる。しかし、自分達を威嚇するような魔法使いは好まない。ハリーはグロウプと遭遇したとき、そのあまりの異様な大きさに圧倒されて思わずプロテゴ・インセンディオを唱えてしまった。
グロウプはハリーの威嚇をあまり好ましくは思わなかった。闇の魔術でも使わなければハリーが巨人族をどうこうすることは出来ない。だが初対面で魔法を使ってくる相手を好ましいと思わないのは当たり前だ。非常に失礼な態度を取ってしまったハリーはルナとハーマイオニーによってグロウプが機嫌を直すまでは接触することを禁じられている。よって、ハリー達は小屋の焼け跡で待機していた。異常があればハーマイオニーかルナからの救難信号が入り、直ぐに駆けつける体制だ。
ザムザが鶏の小屋を片付けている間、シュラークは例の二人について話す。
「僕にですよ」
「僕のスキルがあれば、例の密告は未然に防ぐことも出来た筈です。しかし現実は、あの二人に気付くことは出来ませんでした。……完全に僕の怠慢によるものです」
「レジリメンスは万能じゃないよ。人の心の中のほんの一部を読み取るに過ぎないんだ。大勢の人達の心理を一から十まで完全に把握するなんて不可能だ」
だからそう気を落とすなとハリーは言った。
ハリーは内心、シュラークのことを心の強い後輩だと思っていた。
自分でレジリメンスを使ってみて実感したことだが、他人の心の内のどろどろとした悪の部分を目にすることは心的疲労が凄まじいのだ。
ラベンダー・ブラウンのハリーに対する怨み辛みや、パールヴァティー・パチルの責任転嫁は悪い意味でとてもリアルなものだった。スリザリンに入りそれ以上の悪意をさんざん目にしてきたハリーであっても、生々しい人間の悪意や弱さは神経を削るものだった。
他人の内心を想像して気を配ることは必要なスキルだ。だが、心の内の弱い部分などは本当に親しい恋人や仲間にだけ明かすべきものだった。それを見て心を保っていられるシュラークという少年の精神力は並外れているとハリーは思った。
「シュラーク。君が気を落とすことはないんだ。……裏の集会のリーダーは僕なんだ。二人を増長させたのも、二人の不満を解消出来なかったのも僕の落ち度なんだ」
「それが先輩の本音ですか?」
「……うん。僕は正直なところ親しい友達以外の人達を信用できなかった。簡単に掌を返すし、謝りもしないしね」
「……それじゃあいけないって思って自分なりに頑張ってみたけどね。二人にしてみれば、いきなり掌を返したように見えただろう」
ハリーは内心で自省する。
(……最初からロンに対応を丸投げしていた方が、まだマシだったかな。……どこかで爆発していたとしても、今みたいなこじれ方はしなかったかもしれない)
ネビルを助けるためにドロレスに取り入ったことも、裏の集会を組織したことも、必要なことだったとハリーは思っている。しかしその一連の動きが、他寮の生徒達に自分への敵対心を育ててしまった可能性は否めなかった。
(…………ハグリッドやダンブルドアやルナの気持ちを思えば、……悔やんでも悔やみきれないけど……)
「とにかく。あの二人とはもう何の関わりもない。罰は与えた。仲間でもなくなった。あの二人のことは忘れるんだ、シュラ」
ハリーがそう言うと、がさがさと草木を掻き分けて歩く音がした。
「……終わったよポッター。シュラーク君。どうする?休憩がてら、カップケーキ一ついるかい?」
ザムザが自分の担当である鶏小屋の掃除を終えたことで、ハリーは穏やかに笑って言った。
「ありがとう。一つ貰おうかな」
「……遠慮なく頂きます」
「労働後の糖分は最高だね」
ハリーにとってザムザが持参したカップケーキの甘味はあまり馴染みがないものだった。どうやらシナモンの香りに魔法で紅茶の香りが付け足されたものらしく、カップケーキを咀嚼すると口の中に紅茶の爽やかな苦味が広がり、カップケーキ本来の甘さと相まって新しい味を産み出していた。
「なかなかいけるね。どこの商品なんだい?」
「食堂だよ。ハウスエルフのドビーって子が作った新メニューらしいんだ。コンペティションで勝ったらしい」
「……でも、アンブリッジは許可しなかった。だから日の目を見ることはないかもしれないんだ」
「……どうだった、小屋は」
「鶏に異常はなかったよ。糞の状態も良好だったし」
「なら良かった。獣の面倒を見れるのはハグリッドだけだからね」
「畑の方はスプラウト教授が何とかして下さるそうですが……家畜の世話をする後任はまだ見つからないのですか?」
「そうみたいだ。誰もアンブリッジの下では働きたくないのかもしれないね」
ハリーは言う。これは明らかなアンブリッジの落ち度であった。
ホグワーツ校長はホグワーツ内の人員配置を適切に行う義務がありその権利がある。校長に任じられた以上、ハグリッドの後任やマクゴナガル教授の代役を速やかに配置するのが役目であるのだが、後任は見つかっていない。
魔法省も残りの期間で後任を手配する気はない。教育改革という当初の名目はダンブルドアを追放するための大義名分でしかなく、魔法省にとって生徒はどうにでもできる子供でしかないという本音が如実に表れていた。
ハリー達はザムザが持参したケーキをつまみ終えると、鶏がバタバタと動き回るのをタラントアレグラで誘導しながらルナの帰りを待った。
「スリザリン生が他の寮生から偏見で見られるのは僕も知ってる。……だけど、シュラークはそれだけじゃないことも知ってるだろ?ザムザ君を見ろよ」
「そんな話をしていたのか?」
「まぁね。最近五年生は試験のストレスで苛立っていただろ?そのとばっちりでシュラーク達も参ってたのさ」
「ああ……皆苛立っていたもんなぁ。ミス・アボットなんて授業中に泣き崩れるくらいに神経を磨り減らしていたし……」
「寮がスリザリンではないからと言って、悪人とは限りませんよ。僕の母親もそうでした」
「え?」
「……ええ?」
(……今!?)
ハリーはあまりに唐突にシュラークが自分語りを始めたことに驚愕する。
「僕の母親はレイブンクロー生でした」
「……?」
ザムザは状況が飲み込めずにハリーをみてくる。
(……どういうことだい?いったい何を言い出すんだ?)
ハリーにそう目で尋ねてくるが、ハリーは黙って聞いてくれというつもりでシュラークに目を合わせた。
「え?な、なぁ。ちょっと待ってくれ。唐突に何を言ってるんだ?」
「いいんです。聞いてください。特に、ザムザ先輩には聞いておいて欲しいことがあります」
「僕の母親はレイブンクロー出身でした。研究者気質で探究心に溢れ、新しい知識を得るためならば善悪に区別はつけませんでした。スリザリンは……」
「身内のために倫理を無視する傾向にありますが、僕の母親は発明がそれでした」
「ラブグッドによく似たブロンドの魔女でした。僕には兄弟も多く、僕は彼女によって大切に育てられました」
「……」
いい母親であったようには見えない。シュラークの言葉には母親に対する軽蔑の雰囲気があった。
「研究者だったのかい」「ええ。そんな母親でしたが、倫理観を踏み越えて逮捕されました。罪状は、『新種の生命の創造』」
「……無許可だった?」
ハリーが尋ねると、シュラークはこくりと頷いた。ザムザは黙って話を聞く。ハリーにはシュラークがなぜ今、この話をしたのかが見えてきた。
(ザムザ君の夢は……『新種の魔法生物の創造』だったか……)
魔法界においては新種の生命というものは生態系への悪影響が懸念されるため、ニュート・スキャマンダーを筆頭とした魔法生物学者の間では歓迎されない。法律で禁じられる違法行為である。
古来の闇の魔法使いエグリジスがディメンターを作り上げたように、人の手には負えない怪物を産み出してしまう可能性もある。また、手に負えないから『駆除』しなければならない怪物を産み出してしまうこともある。
マンティコアとファイアクラブの合成獣であるスクリュートが魔法省の許可を経て創造されたように、許可を得た上で新種の生命が産み出されることはある。魔法界は時として、威信や名声を優先する傾向があるのだ。
「……僕の母親は手に負えない怪物を産み出しました。最終的にはそれが仇となり、投獄されました」
「……それは……本当に気の毒な……」
ザムザに対してシュラークは獰猛に笑った。ザムザは自分より一歳年下の後輩に対して気圧されていた。
「自業自得というものです。……レイブンクローであろうとどの寮であろうと、罪を重ねる人間というものの愚かさに寮は関係ないと言うことです」
「ザムザ先輩は将来的には、新種の生命を作ることを目指されているのですか?」
「あ、ああ。そのつもりなんだ。……専攻を1本に絞る気はまだないけど、国際魔法連盟とか、魔法省の研究機関に所属してやっていこうと思ってる」
「……ラブグッドに近付いたのも自分の将来を見越してのことですね?貴方は研究の手腕を学びたかった」
「そこまでお見通しなんだな。恐れ入るよ」
ハリーも察して言う。
「……なるほど。ルナやハグリッドのスクリュート飼育過程を見て、新種の生命を育てるときの参考にしようと思ったのかい?」
「そうだね。……だけど、ラブグッドやクリービーのことも友人だと思ってる。それは分かってほしい」
ハリーは頷いた。利用するつもりで近付いたのはハリーも同じだからだ。シュラークがそんな二人に対して遠慮するように一つ咳払いをすると、ザムザとハリーに向けて言った。
「一つ忠告をさせてください、ポッター先輩、ベオルブ先輩。命と言うものは、決してあなたの思い通りにはならない。それが怪物であるなら尚更です。それを履き違えると、私の母親のように道を踏み外しますよ」
シュラの指摘は重く、そして研究者を志すザムザにとっては耳に痛い話だった。ザムザはシュラークから目をそらしながら言う。
「……モルモットに対していちいち感情を乗せていたら研究者は勤まらないよ」
ザムザなりの誠意から来る本音だったのか、それとも、罪悪感を誤魔化すための嘘か。いずれにせよ、シュラークはじっとザムザの姿を見てからハリーに視線を戻した。
「……ここからが、本題です。ハリー先輩、実は私の母親はこの間の脱獄騒ぎに乗じてアズカバンを逃れています」
「……はぁ!?」「え」
「確定したわけではありません。しかし、デスイーターに与している可能性は充分にあります。この写真に写る金髪の小柄な魔女を見つけたらくれぐれも気を引き締めて下さい。レジリメンスを使う厄介な相手です」
「戦って、出来ることなら投獄しなければなりません。長く残れば必ず人々に害を成します」
「……いや……待ってくれ、シュラ。君はそれで本当にいいのか?」
(君のお母さんだろう?!)
ハリーはシュラークの目を見た。シュラークの瞳からは実の親に対する罪悪感のようなものは読み取れない。というよりも一切の感情が抜け落ちている。
(……くそッ)
オクルメンシーを使いながらハリーの頭の奥底に流れるのは、スネイプをリンチした父親の姿だった。
シュラークが母親に嫌悪感を持つことを誰が責められるだろうか。
「そうか。わかった。……分かったよシュラ」
ハリーはシュラークの手を取った。
「一緒に戦おう。……君のお母さんが敵であったとしても」
シュラークは覚悟を決めて話を打ち明けたのだ。ハリーの側に立つという覚悟を。
(……だけど、シュラーク。ザムザに打ち明けるのは早い。早すぎるだろう!)
そう心に込めてハリーはシュラークを見た。眼鏡越しに翡翠色の瞳と黄金色の目が合うと、シュラークはフッとハリーに向けて微笑んだ。
(……いや、だからこそ言ったのか?僕だけではなくザムザのために?)
話を打ち明けなくてもハリーはシュラークを信じただろう。あえてザムザまで巻き込んで話したのはシュラークなりの警告であり、同時に温情だったのかもしれない。
これ以上ハリー達に関わると、いずれ命を落とすかもしれない。
無許可で新種の生命を産み出すようなバカなことをすれば、自分はあなたの敵になりますよ、という牽制だったのかもしれない。ハリーはそうシュラークの意図を想像した。
シュラークはハリーに対しても、ザムザに対しても、母親の本当の罪状は明らかにしていなかった。シュラーク自身が母親の研究によって産み出されたフラスコの中の小人であったことを知るホグワーツ生はまだいない。しかし、ハリー達がシュラークから一歩歩み寄られたことは事実だった。
「……そ……そこまで言うなら、オレも打ち明けないわけにはいかない……」
「ザムザ君」
ザムザはシュラークを見返した。あまり自己主張の強くないザムザが始めて自分を表に出していた。後輩にここまで自分のプライベートな内容に踏み込まれて、後に引けなくなったのかもしれなかった。
「オレは……オレの父親は一流の研究者だった。……オレはオレのやり方で父さんを越える成果を出してみせたい。自分に価値があるってことを証明したいんだ」
そう語るザムザの姿にハリーは既視感があった。金髪が野心で淡く揺れながら雄弁に未来の自分の姿を語るザムザは、スリザリンに入った頃のハリーのように野心に燃えて輝いていた。
「……闇陣営のような違法な研究をするつもりはない。敵に寝返ったりするつもりもない。オレは勇敢なグリフィンドール生なんだ!」
ハリーは無茶をするな、とは言わなかった。
そもそもデスイーターやヴォルデモートに立ち向かうという行為は、危険が伴う無茶な行為だ。
命の保証はない。立ち向かうと決めた瞬間から死んだようなものであり、勝利しなければ全てが終わる。アバダケダブラで死ぬか、クルシオによって廃人となるか、インペリオによって尊厳を破壊されるか。最初から無茶を重ねているのだ。
無茶であることが分かった上で、それでも着いてくるという人間を自分は率いなければならないのだとハリーは気を引き締めた。
「よく言った。それでこそ男だね」
「お、おう……!」
「今までは何だったのですか?」
「……子供?」
ハリーの言葉にシュラークは高慢そうな笑みで返した。ハリーがまた一人、心の底から仲間を増やした瞬間でもあった。
***
ハリーはシュラークをルナとハーマイオニーの護衛として先に帰らせた後、ザムザと二人で城まで帰ることにした。ザムザは一人、シュラークから打ち明けられた話に思いを馳せているようだった。ザムザが石に蹴躓きそうになったところを、ハリーはレヴィオーソで浮かせて立ち上がらせる。
「ああ、ありがとうハリー」
ザムザはハリーを名前で呼んだ。ザムザの中でシュラーク相手に地を出したことで、ハリー相手にも何かひとつ壁がなくなっていたのかもしれない。
「ザムザ君。シュラークには驚いただろう?いきなりあんな話をしてすまないね」
「いや、いいんだハリー。オレは話を聞いたことを後悔していない。むしろ、聞いておいて良かったとすら思うよ」
「シュラークにはああ言ったけど、研究者が研究をするときに命を用いるのは事実だ。……その事を、忘れちゃいけない」
ザムザにとっては、研究者としての第一歩を踏み出そうという矢先にとんでもない悪例を聞いてしまったことになる。だが、それでもザムザの顔は晴れやかだった。
「研究によって産み出した成功例の前には、何例もの失敗作の命が転がっている。……それはヒーラーや、ポーションの研究でも変わらない。……研究者はその犠牲を心に留めておかないといけないんだ」
大切なことを心に刻むように言うザムザ。
ハリーもザムザの言葉に頷いた。
「……マウスを利用した動物実験もそう。昔の論文を漁れば、死刑宣告者の身体を使った魔法の実験記録が山のように出てくる。……合法化されているコンジュレーションも、対抗魔法が編み出されるまでは無敵の闇の魔術だったんだ。多くの生命を犠牲にして産み出された魔法はある」
ハリーはスリザリンに入ってから、図書館にあった様々な文献や、ノクターンアレーにあった闇の魔術の研究記録を見た。それらは陰惨な過去のデータが蓄積されており、生命と引き換えにして得られた技術の蓄積だった。
一つの知識を産み出すために必要となる労力は並大抵のものではない。特に複雑で高度な闇の魔法に対する対抗呪文を開発しようと思えば、まず前提となる闇の魔術に対しての知識と理解が必要となるのだ。
「……ああ。……なぁ、ポッター。一つ聞いていいかい?」
「何だい?」
「君は……どうしてスリザリンに入ったんだい?いや、スリザリンを貶す意図はないんだ」
ザムザにとってはグリフィンドールこそ至高の寮である。ホグワーツにおいて、よほど寮の中でひどい目にあったものでもなければ、大抵の子供は自分の家に愛着を持つのだ。
「僕から見て、君はスリザリンに相応しかったと思ってる。スリザリンが君を取れたことは良いことだったとも思ってる。……言い訳がましいかな?」
「許すよ。スリザリンを貶したい訳じゃないからね」
ハリーはザムザを許した。親しい友達であり仲間の一人としてこれからも付き合っていきたいからだ。
「だけど、ハグリッドのためにオーラーに立ち向かった君を見ていると……君はグリフィンドールでも上手くやっていけたと思うんだ」
「……僕がグリフィンドールか。想像も出来ないけど、そうだね。スリザリンに入った理由なら答えられるよ」
「スリザリンなら、パーセルタングでも受け入れらる。飼っているペットに話しかけても、変な目で見られることはない。……そう思ったよ」
ハリーの言葉に、ザムザは納得したように頷いた。
「なるほど……そうか。確かに、ハリーのいう通りだ」
「もしかしたらスリザリンは、グリフィンドールよりも寛容なのかもしれないね」
「気に入った人に対しては、ね」
ハリーはそう付け足すとザムザと別れて地下のねぐらへと戻っていった。ザムザはそんなハリーの後ろ姿を眺めながら、ホームへと戻るスリザリン生を見るたびに思うことを今日もまた連想した。
(……緑色の蛇が、巣に戻っていくみたいだ)
***
ドロレスは苛々と舌打ちしながら目の前に立つ二人のグリフィンドール生を眺めて言った。
「チッチッ。ミネルバの見舞いに行きたいと?そう言ったのは貴方達で十二件目ですわね。まったく、慕われた副校長様ですこと」
ドロレスの目の前に立つパールヴァティー・パチルは無言で愛想笑いを浮かべながらドロレスに追従する。一方、ラベンダー・ブラウンはドロレスになにやら反抗的そうな目を向けていた。
(ンン~……ミス・パチルは実に従順!権力というものに絶対に抗えないと理解していますわねぇ。……一方のミス・ブラウンは……反抗的。授業中も私の話に耳を傾けない不良生徒…………)
(こういう生徒に罰則を与えるのは楽しいことですが、時間がありませんわねぇ……)
ドロレスの頭を悩ませているのは、新校長としての業務だった。
ホグワーツ城の新校長に大臣からの魔法省令で就任したドロレスではあったが、校長室からは入室を禁じられた。副校長の座を経由しない教員歴一年の者が校長となるのをホグワーツは快く思わなかったのだ。
だからドロレスの執務室はダンブルドアの居た校長室ではなく、他の教員達と同じ教員室だ。これまで通りの狭い部屋のまま、ドロレスの仕事は倍となった。
さしあたってハグリッドとマクゴナガルの代替教師の派遣を魔法省へ要請したが、反応は芳しくない。教師や授業などなくても構わないとでも言いたげなファッジの態度に業を煮やしたのはドロレスだ。
(ええい!私のコネでセルウィン家の連中を……!)
これではいけないと自分自身の人脈を用いようとしたが、ファッジの返答はない。ドロレスは思い通りにならないホグワーツの中で苛立ちを溜め込んでいた。
ガン、ガンと教員室の扉が叩かれる音がする。アーガス・フィルチに違いなかった。
「校長先生!校長先生!!あやつらついに手段を選ばなくなっております!が、学校中のトイレが逆流して、マートルが城内を暴れまわっております!」
「……仕方ありませんわねぇ。明日の3時までにホグワーツ城に帰宅すること。3時を過ぎた場合は罰を課しますわ」
拒否して生徒達の悔しがる顔を見たいという欲求をドロレスは抑えた。ドロレスにはさしあたって処理しなくてはならない課題があったからだ。昼の3時に指定したのはせめてもの嫌がらせだ。ホグワーツ生ならば、安息日は夜中の六時まで遊び回りたいと思うもの。ドロレスはこんなときでも生徒苛めに余念がなかった。
「ありがとうございます、アンブリッジ校長先生!」
「……構いませんわ、ええ、ええ。ミネルバの見まいに行きたいという思いはわたくしも同じですもの。良かったら、セントマンゴのベッドの寝心地をわたくしに伝えてくださるかしら」
ドロレスのそんな皮肉にも、二人の女子生徒は望んだ反応を返さなかった。ドロレスは内心で舌打ちしながら、憤然と扉を開けた。
(ええい!どうしてどいつもこいつも役に立たないの!……こんなことなら……!)
ドロレスは内心、ハリーを放逐したことを後悔していた。
ハリーの代わりにドロレスはドラコ・マルフォイやパンジー・パーキンソンをはじめとしたスリザリン生達を校長直属親衛隊とした。
ドロレスの予測では、手が回らない監督生の代わりに校内の問題を解決し規則違反を罰する手足となる筈だった。が、彼ら彼女達は面倒な双子の悪戯に対応するのでなく、気に入らない生徒に罰則を与えることに楽しみを見出だしていた。
早い話が、特権目当ての無能を雇用してしまったのだ。
ドラコ達も本気を出せば、全てではないにしろ双子の悪戯もある程度解消できる。が、彼らはその労力を惜しんだ。ドロレスのために自分のローブが汚れることを嫌ったのだ。
(なぜ私を裏切ったぁ、ポッター!!お前が……!お前が真面目にやるから!私も勘違いしただろうが!)
(……スリザリンのガキ大将達が!怠け癖とサボり癖のあるやつらだって忘れてただろうが-ッ!!!!)
ドロレスは双子がハリーのために手を抜いていたのではないかという可能性にも思い至った。
実際その可能性は正しいのだろう。双子はフィルチとドロレスを追い詰めることに容赦はしなかったが、ハリーに対しては基本的に逃げの姿勢を徹底した。
ハリーの報復を恐れたからだ、と今のドロレスにはわかった。オーラ-達の報告にあったハリーは学生の中でも突出した戦闘能力を持っていたからだ。
ハリーという強力な駒を失ったドロレス相手に双子が手を抜く理由はない。したがって、ドロレスは問題のたびに自ら前線に立つ必要があった。そうしなければ、親衛隊は仕事をしないからだ。
こうしてドロレス・アンブリッジは、校長の職務にありながらその義務を果たさないまま無為な時を重ねていく。
破滅の日は、もうすぐそこまで迫っていた。
***
「行こう、パールヴァティ-」
「……うん」
脱け殻のようになった親友の手を引いて、ラベンダーは病室へ向けて歩いていった。
マクゴナガルが入院し治療されたのは、当初は重度のカースに侵された者が集う重病患者の集う五階の呪文性損傷病棟だったと受付は明かした。
「大変だったんですよ。『あの』患者様があんなことになるなんて、セントマンゴのヒーラーは誰もが目を疑いました。現在は二階の二百十号室でお休みになられています。笑顔で話しかけてあげてくださいな」
受付がそう話すのを聞いて、二人の心には重石が乗った。
マクゴナガル教授への見舞いの花をラベンダーが、ドライフルーツの缶をパールヴァティーが持ち、歩みを始めた。
ラベンダーとパールヴァティーは、一歩歩みを進めるほどに足が重たくなっていくのを感じた。
「……い……嫌……」
「やっぱりやめる……会えない……」
マクゴナガル教授の部屋まであと少しというとき、パールヴァティーは震えながらラベンダーの手を離した。美しく整った顔にも、本来あるべき余裕は欠片もない。ただただ恐怖に怯える魔女の姿があるだけだった。
「……決めたじゃない!二人で謝りに行こうって!」
ラベンダーも親友に向けて感情を爆発させる。
「こ、ここで……ここで先生に対してすら謝れなかったら私達……私たち本物の屑じゃん!二人でやり直そうって決めたじゃない!」
ラベンダーとパールヴァティーは、周囲の皆に対して本当のことを打ち明けない道を選んだ。
それは秘密を抱えて生きていくということだ。ロン・ウィーズリーが裏の会合に来ない自分を心配して笑顔でまた来るようにと誘ってくれたときも、ハーマイオニーがマクゴナガル教授の見舞いに行けない代わりに教授への手紙をラベンダーに渡して来たときも、ラベンダーは胸が張り裂けそうになった。
ハリーは裏の会合からの追放というかたちで縁を切り、二人のしたことに関してはシュラークも打ち明けてはいない。しかしそれは、今後ずっと弱みを二人に握られ続けるということである。罪に対する罰が与えられず、良心の呵責に苦しみ続けるということである。
ラベンダーも、パールヴァティーも、ルナやハーマイオニーに対して打ち明ける勇気は持てなかった。そんなことをしてホグワーツで生きていける気がしなかった。同室のハーマイオニーはおろか、エトワールもティータも自分達に侮蔑の目を向けるかもしれないし、あるいは哀れむかもしれない。そんな視線には耐えられない。
そして、それより怖いのはアルバス・ダンブルドアをホグワーツから追い出してしまったと非難されることだった。ハリー達の話が本当ならば、これからホグワーツで良からぬことが起きる可能性は非常に高い。そうなったとき、その事態を招いた遠因は自分達にある。
ラベンダーとパールヴァティーはミネルバ・マクゴナガルへの見舞いを計画した。それはお世話になった恩師に対してだけは誠実でいようというなけなしの良心と勇気を振り絞ってラベンダーが出した結論だった。パールヴァティーはそれに首を縦に振ってここまで来た筈だった。
「……嫌なのは分かってる!分かってるけど……!」
ラベンダーがパールヴァティーの手を取ると、パールヴァティーはラベンダーに抗えなかった。理知的で神秘的な仮面を纏っていた親友は、今や処刑の執行を待つ再任と変わらなかった。
マクゴナガル教授の待つ病室の前に立ち、表札がミネルバ・マクゴナガル様となっているのを確認する。ラベンダーは深く深呼吸をしてから2回、ノックした。
「どうぞ」
上品な貴婦人の声がした。おそるおそる中に入って、ベッドに横になる恩師の姿を見て、パールヴァティーは破顔した。
ラベンダー達がよく知るマクゴナガル教授は、何時も威厳を保った顔をしていた。しかし今病室で横になっているマクゴナガル教授は、教師としての職務から解放された一人の老婦人だった。穏やかな顔でラベンダーとパールヴァティーを見るマクゴナガルの顔は、孫へと愛情を向ける老婆にも見えた。
「おや、ミズ・パチル。どうしたのです、そんなに汗だくになって……」
「マ……マクゴナガル教授。お体のお加減はいかがですか……?」
「……そうですね、胸の痛みはまだあります。ヒーラー・アグリアスの話では動き回れるようになるのはまだ先の話になるでしょう。あの娘にも困ったものです。リハビリをしたいと申し出たのに許してくれません」
「そんな!リハビリなんて!自分のお体をご自愛なさってください!」
「……ええ、貴方の言う通りですね、ミズ・パチル。私も少し気持ちが空回りしているようです。貴女はどうなのです?何やら、思い詰めた顔をしていましたが」
「……先生……」
ラベンダーとパールヴァティーは丸々五分間ほど、別の会話をして話を引き伸ばした。そうすることで自分の罪の意識から逃げたかった。しかし、逃げ続けるわけにはいかなかった。ついに自分達の罪を打ち明けたのは、やはりラベンダー・ブラウンだった。
「………………ブラウン。それからパチル。私は罪というものは、当人がどれだけその罪を悔やみ、贖おうとするかだと思っています」
ミネルバはマグルの牧師の家庭でそだった。マグルの宗教観にも理解がある彼女は、罪を告白した生徒達に対して残酷ではなかった。
「ハグリッドやダンブルドアはこの一件で確かに手酷い仕打ちを受けました。しかし、彼らは大人であり、自らの行動に対して責任を取ることができますし、自らの身を護ることが出来ます。私もそうです」
ラベンダーがマクゴナガル先生もと口を開こうとしたのを制して、ミネルバは言った。
「しかし今回の一件で最も被害を被ったのは誰でしょうか。その人に対して貴女達は何をすべきか。私は、全て貴女達の判断に委ねます」
グリフィンドール生を導くミネルバ・マクゴナガルは、時に厳しくそして時に優しく生徒を導く教師であった。ふたりはミネルバの言葉の意味を噛みしめながら病室を出た。
「……ヒッ!」
「ちょっと!どうしたの……よ……」
パールヴァティーは咄嗟に叫び、ラベンダーが慌てて親友の口を手で塞ぐ。
視線の先には、二人にとってトラウマとなっている眼鏡の悪魔がいた。
悪魔があんなに瞳を輝かせている姿を、この一年ラベンダーもパールヴァティーも見ていなかった。墓場での一件以来、ハリー・ポッターの瞳からは生きる喜びというものが感じられなかった。
しかし、今のハリーには、それがあった。二人は顔を見合わせると、恐る恐るハリーの向かった先へと歩みを進めた。
ハリーが進んだのは、治療の必要ない入院患者用の病棟だった。受付に話を聞くと、ハリーがどこへ向かったのかはすぐにわかった。
病室の傍にまで二人で息を合わせて近付いた。すると、病室から漏れ出るほどに大きな鳴き声が響いた。
産まれたての赤子の泣き声であった。二人はこの日、ハリー・ポッターが義理の弟を得たことを知った。
ブラック家の跡取り候補、誕生。
生まれてすぐに魔法を使った生粋のエリートです。将来は調子に乗る(断言)。
……まぁこの内戦を生き延びることが出来ればですが。