蛇寮の獅子   作:捨独楽

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旅立ちの日に

 

 闇の帝王は拠点を定期的に変える。

 

 闇の帝王は指名手配された犯罪者の身である。一人でオーラー全員を殺害できる力を持ち、オーラーを驚異に思わない闇の帝王ではあるが、その持てる力を振るうことは実は少ない。

 

 自分に歯向かい配下では手に余ると判断したオーダーの一員。有力な魔法族の一員。そういった特定の相手を殺害することで、闇の帝王は一種の畏怖を魔法族に抱かせておられるのだとデスイーターは口々に噂する。

 

 英国魔法界にあって影に君臨する、アルバス・ダンブルドアを恐れているからだとオーダーの面々は主張する。

 

 単にオーラーに『狙われる』ということに対するストレスを嫌ってか、オーダーの言うようにダンブルドアを恐れてのことか。いずれにせよ、この時期の闇の帝王は直接その力を行使するのではなく、影に潜伏するという手段を取っていた。

 

 

 帝王に付き従うドロホフや脱獄してきたデスイーター、さらに脱獄してきたデスイーター候補達は皆、現在はフランスのカロー邸にいた。

 

 カロー邸はマルフォイ邸とはまた違った趣のある邸宅だった。マグルの一等地に居を構えるカロー邸には二頭のグリムが飼育されている。

 

 見たものに死をもたらすと言われ激しい気性を持つとされる番犬達は、これまでカロー家に害を成す不遜な侵入者を撃退し、その牙で血に染めてきた。が、今はその牙を抜かれただただ餌を貪る家畜と成り下がっていた。

 

 邪悪なるものが屋敷を徘徊していた。カロー家やスリザリンやフランスとは縁も所縁もないブロンドの魔女、アウラもその一人である。アウラはベラトリクスに心酔(した演技を)し、デスイーターの末席に加えてほしいと主張した。そしてベラトリクスの命令により、カロー家地下の温室でケシの栽培をするように命じられた。

 

 コンジュレーションによって自動的に動く魔法人形に育ってきたケシを見張らせ、アウラは研究成果に思いを馳せていた。

 

(……どうしているのかのう……私の愛すべきモルモット達は……)

 

 アウラの研究成果は現在アウラの手を離れている。アウラの研究目的は『スクイブとならない魔法族の人工的な作成』である。魔法族に魔法が行使できないスクイブには遺伝的要因が原因だと考えて、その原因を特定・究明するために抽出した魔法族の元(当然遺伝子提供元は魔法で操った)に手を加えて人工的に生命を誕生させたのだ。

 

(……まぁ……それぞれが一人でも生きて行けるよう教育は施した。全寮制学校に通わせたから子供達に会うのはまだまだ先でもよいか)

 

 結論から言えばアウラの研究は今のところ徒労であった。

 

 マグルのものと思わしき因子を排除し、両親のいずれも魔法族同士で産まれた子供達の中にはやはりスクイブが産まれたのだ。

 

 マグルと交配することで魔法族が衰退するという理論は特に純血主義者の間で広く根付いた思想である。その究明に時間を費やすというのは、時間と資源を浪費するばかりか生命そのものに対する冒涜に他ならない。

 

 が、アウラは己の理論を捨ててはいなかった。

 

(……前回は理論の証明のために、子供一人一人が違う素体となるよう作成したが……スクイブの生成には謎が多い。前回試していなかった要素もある。『分裂の魔法』で受精卵を分け一卵性双生児を製作してみるのも……)

 

 研究者としてのアウラはおぞましい思考を捨ててはいない。倫理観を投げ捨て神への冒涜を繰り返す魔女にとって、子供という存在は本質的にモルモットでしかない。親である自分に産み出された作品であるとしか考えていないのだ。

 

 

(……その研究をするためにも、今は真面目にここで働きデスイーターの皆様の覚えをめでたくしておくのが先決か。戦力増強案もあるにはあるが……)

 

 アウラは内に潜むアイディアを没にしていった。新参者かつデスイーターの印も与えられていない自分の提案など受け入れられる筈もないと分かっていたからだ。そういった提案をするのは、デスイーター間の人間関係を把握した上で信頼できると思った人間を見定めてからでも遅くはない。

 

(……うーむ、取り入るならやはりベラトリクス様が塩梅なのじゃが。あの方はザビニの方を気に入っておられるし……)

 

 ベラトリクス・レストレンジは明らかにデスイーター達の中で別格の扱いを受けていた。が、アウラはベラトリクスからはさほど信頼されていない。これには単純明快な理由があった。

 

 ベラトリクスが信用し直々にデスイーターとしての教育を施しているキシリア・ザビニはスリザリンのOGなのだ。

 

(今は焦ることなく己の職務を果たすべきかのう。下手にでしゃばってピーター・ペティグリューのような扱いは受けたくはない)

 

 純血主義的教育を受けあるいは又聞きし、その下知識がある魔女の方が信頼されるのは当然のことだ。人脈も形成できずにただ目立っただけのピーター・ペティグリューなどは、それはもう悲惨な扱いを受けていた。

 

 ピーターは元オーダーであり、オーダーの内部情報を報告することで帝王からの覚えもめでたかった。が、そういう存在に利用価値があるのは裏切りが発覚していない状態の時までだ。

 

 他のデスイーター達、それこそベラトリクスにしてみれば己の保身のために十年来の友まで売った卑怯者である。ピーターはベラトリクスやドロホフ、ラバスタンといった脱獄組に目をつけられないように屋敷では息を潜めていた。

 

 余談ではあるが、ピーターはちょくちょくアウラの地下室に忍び込んではくつろいでサボっている。が、アウラはそれに気付いていない。研究者であって実戦経験のないアウラはレイブンクローにいる典型的な頭でっかちであり、ピーターは己を害することが出来ないとわかったアウラに安心し、しばしば鼠の姿で安息を得ていた。

 

 アウラがうーんと背伸びをしたとき、地下へと入ってくる足音がした。アウラは慌てて平伏しようとするが、野太い男の声がそれを制した。

 

「構わんよ。お前がアウラか。……仕事がある、付き合え」

 

 

「はは、直ちに!」

 

 ビシッと背筋を伸ばしてアウラは即答する。ロシア系の男とアウラとの間には、50cm以上の身長差があった。

 

「……即答か。畑は問題ないのか?」

 

「コンジュレーションによって精製した自動人形が畑を管理しております。自動人形は地下室の土と反応して稼働し続けますゆえ、私に何かございましてもまる一年は問題なく稼働し続けます」

 

「…………やるな、新入り」

 

「滅相もございません」

 

 アウラはレイブンクローらしい知識でもってデスイーターの関心を買うことに成功した。それは更なる悪の道へと転がり落ちていく転機だった。

 

***

 

「……ありがとうございます、ミスタ・ジョーン!」

 

 裕福な背広の男に感謝され頭を下げられているのは、アフリカ系の黒人に姿を変えたドロホフであった。ドロホフは、自分の秘書としてアウラを傍に置いていた。アウラの髪もドロホフの手で茶髪に変わり、身長は魔法で二十センチメートルほど擬装されている。

 

「……お礼は結構です、コネリー様。それよりも、契約は履行して頂けるのですか?」

 

「勿論です。……息子の命が助かったのは貴方のお陰ですので」

 

 フランスの資産家、コネリー氏の息子は8歳。彼は重い心臓の病を患っており、心臓の提供が必要だった。

 

が、問題はドナーの不在である。コネリー氏はあらゆる手段を用いて息子の命が助かることを望んでいた。そんなコネリー氏に、ドロホフとアウラは心臓を持って現れた。心臓を提供する代わりに、金銭を要求しコネリー氏はそれを受け入れた。

 

 児童臓物の違法提供である。

 

 無論この心臓は合法的なものではない。

 

 コネリー氏の噂を知ったドロホフが、医療的知識のあるアウラを使い病院のカルテを閲覧して、コネリー氏の息子に近い形の少年を探した。この心臓は、哀れな少年のなれの果てだ。

 

 コネリー氏は心臓の出所について何も言わなかった。賢明で愚かなマグルは、息子の命と目の前にある恐らく違法な心臓とを天秤に掛けて息子の命を取った。

 

 取引が終わり拠点に戻ったドロホフはアウラの手腕を褒めた。医療知識のある魔女は貴重であるので、その才能をこれからも生かしてほしいと告げられ、アウラは満更でもない表情でドロホフの賛辞を受け入れた。

 

 闇陣営は身内と認定したものに対しては暖かく迎え入れる。なぜなら、利用価値があるからだ。

 

 そうして闇陣営が身内と馴れ合い友好を深める裏では、幾多もの名もないマグルや魔法族の命が失われているのである。

 

***

 

 

 ハリーは目の前にいる赤子を恐る恐ると眺めた。

 

 マリーダの濃い茶髪ではなく、ブラック家特有の濃い黒髪を受け継いだ赤子は大声でぐずりながら助産師のヒーラ-に寝かしつけられていた。しっかりとした声で泣きわめくその姿は、その赤子が健康そのものであることを示していた。

 

「……ジェームズだ。ハリー。……目元がマリーダに似ていると思わないか?」

 

 シリウスは赤子の名前をハリーへと教えてくれた。誰の名前から取ったのかは言うまでもない。

 

「ジェームズ・ブラック。いい名前だね。この子にぴったりだと思うよ。僕はシリウスに似た顔だと思うよ。将来はきっとモテる」

 

 ハリーは心を閉ざすことなくそう言うことができた。

 

 衝動的に鏡を割ってから、ハリーはシリウスとやり取りをしていなかった。再び会えば、スネイプへの仕打ちをした理由を聞いてしまうと思ったからだ。

 

 あんな下劣極まる仕打ちを受ける謂れはあるのか。一体何を考えてあんなことをしたのか。

 

 そう尋ねるより先に怒りが先に立って会話にならないとハリーは思った。だから、シリウスとは会わなかった。

 

 しかし今のハリーはシリウスの喜ぶ顔を見ても祝福することが出来る自分がいた。あまりにも不思議な感覚だった。新しい生命の誕生に心が浮わついているからかもしれなかった。

 

 それはシリウスも同じことだった。新生児室に入れられて泣きわめく息子を見るシリウスの顔には喜びが満ち溢れていた。

 

「……実感がなかったんだろうな。だが、じわじわと喜びがわいてきたんだろう?」

 

 リーマスはシリウスを温かく見守る。マリーダの傍に座るシリウスは気恥ずかしそうに言う。

 

「……ああ、そうだ。そうだな……」

 

 

 

 ハリーは喜ぶシリウスの姿を見て思った。

 

(……シリウスにスネイプ教授の事について聞くのはやめよう……)

 

 と。

 

 ハリーはシリウスの幸せを壊したくはなかった。

 

 

 過去の自分をシリウスが悔いているのは明らかだった。その件を問い詰めて口論になれば、シリウスの笑顔はたちまち霧散してしまうだろう。ハリーにとって、それは耐え難いことだった。

 

(ダーズリー家と同じことをしちゃいけない。いけないんだ……)

 

 ハリーには悩みがあった。自分は結局のところ、どこに行ったとしても厄介者なのではないかという悩みだった。

 

 ダーズリー家では、ハリーは必要とされていなかった。物置小屋にある物と同じで、究極的にはあの家で必要ない存在だった。

 

 自分自身を受け入れてくれたスリザリンは救いであったが、シリウスの存在はハリーにとって嬉しくもあり、重荷でもあった。自分に対して愛情を向けてくれることの嬉しさと、それを受け止めきれない重たさがあった。

 

 それでもダーズリー家での仕打ちを思えば、ハリーにとってシリウスは大切な人間なのだ。そのシリウスの幸せを破壊して、ダーズリー達のように家庭を崩壊させていくことはしたくなかった。

 

 ハリーはリーマスと共に一歩引いた位置でシリウスを見守っていた。その顔は、寂寥感がありながらも幸せに満ちていた。

 

 マリーダはぐったりとベッドで微睡みながらシリウスの手を握っていたが、ハリーに声をかけてきた。

 

「…………ハリー。オクルメンシーの先生は見つかった?」

 

「いいや……でも、基礎はやっているから大丈夫だよ、マリーダさん」

 

 ハリーはマリーダに自分のことを気に掛けられたことに驚いた。本当の家族であるブラック家には自分は不要の筈だからだ。

 

「ああ。基礎を怠らないのは大切なことだ。だが、ハリー。今の君は動揺の中にある。ハグリッドやダンブルドアが居なくなったことを気にしているんだろう?」

 

「動揺はオクルメンシーのパフォーマンスを低下させる。……ハリー、君が気にするべきではないことだ」

 

 シリウスにハリーの動揺は見抜かれていたらしい。幸いなことにハリーの内心までは見抜かれていない。シリウスは家族にレジリメンスを使うことはしない。

 

「……それは……そうだよ、シリウス。二人が指名手配されて、マクゴナガル教授が居なくなった。僕たちはどうすればいい?ダンブルドアから何か聞いていない?」

 

「ダンブルドアからの指示はない。つまり、『これまで通り』ということだ。確かに指名手配されたことは痛いがな」

 

「……余裕があるんだね」

 

 ハリーは信じられなかった。ダンブルドアとハグリッドの社会的地位は死んだも同然なのだ。この状況が長く続けば、戦う前に英国魔法界はヴォルデモートの手に落ちてしまうだろうとハリーは思っていた。

 

「……」

 

(………僕の人間関係のミスでこうなったなんて。悪い夢でも見ているようだ)

 

 ハリーはシリウスとマリーダにことの経緯を打ち明けようかどうか迷った。グロウプの密告が成されたのは、二人にハリーへの嫌悪感を抱かせたことが原因だった。事態の責任の一端は自分にあるとハリーは認識していた。

 

「……ダンブルドアはこうなることも想定していた、ということだ。むしろ事態を動かすためにあえて……」

 

「シリウス」

 

 マリーダは非難の目をシリウスに向けた。

 

「それはハリーとは関係のないことだ。それよりも、オクルメンシーの訓練をハリーにはしてもらう必要がある筈だ」

 

「あ、ああ。その通りだな。……リーマス、ハリーへの訓練を頼めるか?」

 

「私は構わないが、ハリーはどうだ?今日くらいはシリウスとゆっくりした方がいいのではないだろうか」

 

 家族としての時間を過ごすように促すリーマス。しかしリーマスは、ハリーが強く申し出ると何も言えなくなった。

 

「いいえ。ルーピン先生に稽古をつけて頂けるなら嬉しいです。……シリウス。マリーダさん、また来ます」

 

「……マリーダもジェームズもすぐに退院する予定だ。屋敷で会おう、ハリー」

 

 シリウスはハリーと軽くハグを交わして、ハリーが病室から出ていくのを見送った。マリーダはハリーの姿が見えなくなってから言った。

 

「……………………ハリーにとって弟の存在が重石になればいいのだが……」

 

「重石か」「ええ」

 

 マリーダはポツリと呟いた。

 

「年の離れた従弟や兄弟と言うものは兄や姉から見れば子供みたいなものだからな。……あの子は生き急いでいるけれど、少しだけ慎重さを覚えてくれるかもしれない」

 

「……歳の差か。俺とレグルスは仲が悪かったが、マリーダの言う通り差があれば違ったかもな……」

 

 自分に当てはめてシリウスは言った。

 

 ブラック家の長男として産まれたシリウスと、次男のレグルスは一歳差。学年も一つ違うだけだった。

 

「ハリーには、俺よりも下の立場の人間に対しての思いやりというものがある。……あの子ならいい兄になれる」

 

 ブラック家の家風に染まり純血主義に傾倒する弟に対して、シリウスはついぞ愛着というものを持てなかった。が、大人になりスリザリン閥とも交流せねばならなくなった今ならレグルスの立たされた立場の重さは理解できる。

 

「ジェームズがハリーの姿を見ていい意味で刺激を受けてくれればいいな」

 

 シリウスはマリーダの手を取りながらこう思った。息子が自分に似なければいいと。

 

***

 

「………………ハリー…………」

 

 レジリメンスを使い終えたリーマスは、ハリーが見せた記憶の中身を咀嚼して絶句した。

 

 ハリーはオクルメンシーを一切使うことなく、ノーガードでリーマスに心の内をさらけ出した。

 

 直近のグリフィンドールの二人組と友好関係を構築できずに、ダンブルドアとハグリッドの破滅を招いたこと。

 

 そしてハリーとスネイプによるオクルメンシーの訓練でマローダーズとスネイプの因縁を見てしまった。この二つを見たリーマスは、深いため息をついた。

 

 ハリーとリーマスがいるのは寂れたレストランの店内である。くたびれた装いの店に他の客はいない。元々は繁盛している店だったが、ダンブルドアとハグリッドの指名手配というニュースは人々の足を減らさせていた。

 

「……ルーピン先生。まずは先生に謝罪します。……申し訳ありませんでした」

 

「…………ハリー、顔を上げて。」

 

 ハリーの瞳はリーマスを見据えた。くたびれた顔のリーマスには、深い苦悩を示す皺が刻まれている。白髪もあいまって年齢よりもずっと老けて見えた。

 

「……グリフィンドールの人たちと、真っ当な関係を築けませんでした」

 

「……それは……過ぎたことだ。仕方がないよ」

 

 リーマスはハリーをフォローした。

 

「……私達グリフィンドール生もスリザリン生も、敵だと思った対象をそういうフィルターで捉えてしまう。一度そういう色眼鏡を持ってしまうと、偏見なく接することは難しくなる。偏見の中に事実も混じっているからだ」

 

「おっしゃる通りです。僕はロンやハーマイオニーやコリン達のことをよく知っていますけど……」

 

「それでも裏切られたときは、グリフィンドールの糞野郎と思いましたよ」

 

 ハリーの吐いた毒は、ある意味リーマス相手だから吐くことが出来たものだった。グリフィンドールとスリザリン、双方のよさと悪さを理解しているのは、教師という立場で自分達に接したことのあるリーマスならば分かる筈だとハリーは思っていた。

 

 実際、ハリーの判断は正しかった。リーマスにとっても、ホグワーツの寮における分断的な対立には思うところはあったからだ。

 

「君にはそれを言う権利がある。……普段吐けない毒があるなら、私に言ってもらって構わない。シリウスにも言わないと誓おう」

 

「感謝します、先生」

 

 ハリーは頭を下げた。リーダーとしてどうすればよかったかと聞くハリーに、リーマスはううんと唸って答えた。

 

「…………グリフィンドール生から見て、スリザリンの身内主義のスタンスは閉鎖的で、排他的に見える。彼女たちとうまく付き合える仲間に任せるというのが無難だったと思う。ハリー」

 

 リーマスのアドバイスは簡潔で的確だった。

 

「リーダーの仕事は自分で何でもかんでもこなそうとすることではないと私は思う。仲間に指示を出し、結果から見て改善すべき箇所を選択して実行していくことだ」

 

 リーマスは言う。百の仕事を一人でこなすことができるリーダーは、長期的に見て良くはないと。

 

「リーダーが全部を片付けてしまうと、下の人達は何をすべきか分からないままだ。出来る人を見極めて、自分に出来ることでも人にやらせる。出来ないことは素直に頼って指示を出す。そうやってチーム全体の仲を円滑にしていくんだ」

 

「……耳が痛い話です」

 

「答えはないさ。今のままのやり方でいいのなら止めはしない」

 

 リーマスはあえて突き放した。ハリーはリーダーとしての自分自身に苦しんでいるが、答えを出すのはハリー自身でなければならないのだ。

 

「ロンが羨ましいなって思ったことはあります。ロンがリーダーだったら今回のような事態にはならなかったのに」

 

 ハリーは思わず本音を溢した。

 

 ハリーはロンを羨んでいた。二人のグリフィンドール生から信頼されているロンがリーダーであれば、二人の不信感をここまで育てることはなかっただろうと思った。

 

「だが、ロンだったとき別の問題が発生しなかったとも限らないだろう。ハリー」

 

「……そうですが」

 

 リーマスの慰めの言葉を聞きながら、ハリーは気になっていたもう一つの話題へと移った。

 

「先生。先生に聞きたいことがあります」

 

「……先生なら、御存知の筈ですよね?当時の父さん達とスネイプ教授に何があったのかを。……教えてください。どうしてあんなことをしていたんです」

 

 ハリーは申し訳なさを感じながらルーピン先生に言った。

 

「記憶の中の母さんは、父さんのとこを心底嫌悪していました。僕は父さんが愛の妙薬でも使ったのではないかと思ったくらいに」

 

 

「いやそれは違う、ハリー」

 

 リーマスは即座にハリーの言葉を遮った。

 

「リリーとジェームズが交際を始めたのは七年生になってからだ。ジェームズはあの時、世界が暗黒時代の最中にあって、自分達はホグワーツで遊び呆けているわけにはいかないと気を入れ直した」

 

「それまでの自分の態度を改めて、傲慢な態度をやめた。リリーはそんなジェームズの真摯な態度に考えを変えたんだ」

 

「………………」

 

 ハリーはそうだろうか、と思った。

 

(確かに異性の付き合いは分からないことだらけだけど……)

 

 ダフネやハーマイオニーを相手にしているときですら、ハリーは時々ついてはいけないことがある。自分の分からない部分で母親が父親に惚れる切っ掛けがあったと言われたら、それを信じるしかない。  

 

「先生の話を信じます。……じゃあ、どうして父さんとシリウスは……スネイプ教授を?」

 

「………………」

 

 リーマスは語るのを躊躇っていた。が、深く深呼吸するとハリーに話し始めた。ぎしぎしと古い椅子が音を立てる。

 

「……スリザリンの悪しき風潮が年々悪化していったと言うのは話したね。……その中心にいたのがスネイプだった」

 

「!」

 

「スネイプは……単に興味があったのかは分からないが、闇の魔術に対する理解が深かった。一年生でありながら危険なカースを理解していて、闇の魔術に対する知識をスリザリンの同級生に対して披露していたこともあった」

 

「それが何だって言うんですか。それくらいは……」

 

(ファルカスだって闇の魔術の知識はあった。それだけのことで?)

 

「ハリー。当時は闇の魔法使い相手であろうとも、ヒト相手の闇の魔術の行使は違法だったんだ。まだクラウチも法律の改正には至っていなかった」

 

「!」

 

 ハリーは盲点をつかれてとどまる。

 

「……ジェームズとシリウスは、そんなスネイプを見て嫌悪した。……ジェームズ達だけではなく、私もそうされて当然だという思いはあった。『闇の魔術なんて馬鹿げた代物に手を出す人間はまともじゃない』と一般的な魔法族なら考えるんだ。……それが、常識だった」

 

「それで、スネイプ教授への虐めがエスカレートしていったんですか」

 

 ハリーは怒りを顕にした。

「数人がかりで!?」

 

「……ああ……。個人的な感情が集団での暴行に発展してしまったのは紛れもない事実だ。あの時の私達は最低だった。それを止められなかった私も含めて」

 

 リーマスは懺悔するように言った。しかし、リーマスの話はそこで終わらなかった。

 

 

「だがハリー。スネイプも完全な白というわけではなかった。」

 

「……?」

 

「スネイプは闇の魔術に対する理解が深かったから、オリジナルの魔法を開発したりもした。ハリーも覚えがあるだろう?ちょっと都合のいい魔法を開発したくなる時期は誰にでもあるが、スネイプにとってその対象が闇の魔術だった」

 

「……違法……」

 

「そうだ。……そんなスネイプの攻撃をジェームズやシリウスは受けたこともあった。スネイプとジェームズは一方的な関係というわけではなかった。……私の秘密が明かされかけたときのように」

 

「でも……シリウスは『退屈だ』というだけの理由でスネイプを襲いました。……スネイプが過激になっていったのは、貴方達が追い詰めたからじゃないんですか?」

 

「……そう思ったことはあった。が、スネイプは違う。当時のスネイプは、必ずしも決して人間的なやつではなかった。」

 

「何でそう言いきれるんですか?」

 

「スリザリン生がマグル産まれに集団暴行を加えたという話はしたね?エイブリーやマルシベールという後のデスイーター達がやったことだ。スネイプはその一味だった」

 

「これを聞いて君はどう思う?ハリー」

 

 ハリーは聞けば聞くほど泥沼になっていく両親達の時代に恐れを抱いた。

 

「………………外から見たら、デスイーターの予備軍にしか見えませんね」

 

 ハリーにとってまるで他人事ではない。ザビニを含めて、ハリーも現在進行形でそういう目を向けられているからだ。

 

「……スネイプを追い詰めたのは……確かに私達の正義感が招いたことだ。だが、スネイプ自身もスリザリンの中にあってもっとましな選択肢があったということは、ハリー自身がよくわかっているだろう」

 

 リーマスの言葉は厳しいが、真実だった。

 

「スリザリンに純血主義かつ、強いものに阿る風習があったとしてもだ。全員が全員純血主義というわけではなかった。私の代でも、エイブリーのグループを止めようとはしないが、荷担もしないというまともなスリザリン生はいた」

 

「……ええ。仰る通りです。そういう人達の肩身は狭かったでしょうね」

 

 ハリーは苦々しく頷いた。外部からは偏見の目を向けられ、デスイーター予備軍の純血主義過激派からは協力を迫られることもあっただろう。スネイプがそういう真っ当なグループと付き合わず、純血主義過激派と接近したこと自体はスネイプの責任だった。

 

 

「でも追い詰められた人は必ずしも正しい選択が出来ないことは、先生ならよく理解されている筈ですよね?」

 

 ハリーの言葉は経験から基づく感情論であって、言ったハリー自身正しいとは思っていない。それでも、スリザリン生としての怒りがハリーにその言葉を発させた。

 

 リーマスはハリーの言葉に答えられなかった。当時のリーマスであれば、甘ったれるなよとハリーに言った。

 

 それくらいのことは言われなくたって自分で分かるだろう、と。

 

 しかし今、大人になってからのリーマスはこうも思う。

 

(私は…………私だけは、もっと強く二人を止めるべきだったのではないか)

 

(……追い詰められた人がどうなるかわかっている私なら……)

 

 リーマスを狼人間とした男は、追い詰められた弱者が悪人となった男だった。そうなる前に、誰かが止めていたならばもっと違う選択肢を選べたのではないか。そう考えたこともあるリーマスだからこそ、そう考えたのだ。

 

 しかしこれは、スネイプを含めたスリザリンに寄りすぎた考えでもあった。だからリーマスは自分の考えをハリーに話すことはしなかった。リーマスは時計が2時を告げる音を聞いた。

 

「ホグワーツに帰ろうか、ハリー」

 

「……ありがとうございます、先生」

 

 ハリーとリーマスは支払いを終えて店を出た。二人の気持ちとは裏腹に、青く澄みきった空が広がっている。

 

 

 リーマスのコートの袖に掴まってハリーは九と四分の三番線に降り立った。

 

***

 

 

 ホグワーツでの日々に戻ったハリーはDAの場で双子のウィーズリーそれぞれと決闘をした。ジョージの杖をエクスペリアームスで飛ばし、フレッドのエクスペリアームスによってハリーの杖は飛ばされた。  

 

 決闘の後、双子のウィーズリーが話しかけてきた。

 

「手を抜いたか?」「いいえ、全く」「にしてはおまえ、飛ばなかったな」

 

 ハリーは決闘で飛行魔法を使わなかったが、手加減などしていなかった。

 飛行魔法は屋外であれば強力だが、屋内ではそうとは限らない。天井に向けて放たれた魔法で奇襲を受けることもあるからだ。

 

「……まぁいいや。……ま、せいぜい気張れよ」

 

「やけに優しいですね。何を企んでおられるんですか?」

 

「お前が敵でなくて良かったって意味だよ。じゃあな、ポッター。オーラー相手に立ち回ったお前の腕は一級品だったぜ。……最初っからそうしろよ。皆、何考えてるかわからねーやつよりわかりやすいやつのが好きなんだからよ」

 

「………………?」

 

 フレッドがやけに上機嫌な意味をハリーは次の日に知った。

 

***

 

 ホグワーツ中を、パチパチと音を立てて花火が暴れまわっていた。花火はフィニートやエバネスコに対する反対呪文が掛けられており、容易に止めることは出来ない。

 

 ゴイルとクラブが双子の作成した罠に嵌まり、沼に沈んでいく。ハリーはゴイルを沼から引き上げ、ザビニに頼んでクラブをザビニに引き上げてもらった。

 

「何のつもりだ?」「ほんの気まぐれさ。気紛れに感謝してくれよ、クラブ」

 

 ハリーはそう言った。

 尋問官親衛隊ではないが、双子が死人を出すのをみたいわけではなかった。 

 

***

 

 ホグワーツのすべての生徒と、トレローニやフリットウィックといった教師は中庭に集まっていた。アーガス・フィルチの手で捕らえられた双子は、アンブリッジの手に杖を奪われていた。ハリーもザビニ、アズラエルと共に双子の様子を見守った。

 

「さぁ、どんな罰がお望みかしら?反逆者のお二方」

 

 ドロレスは勝ち誇っていた。彼女は、ホグワーツにおける宿敵を捕らえたことに喜びを見出だしていた。しかしそれも、天才の前では長くは続かなかった。

 

 アンブリッジのインカーセラスで捕まっていた筈の双子の縄が緩む。双子はそのままアクシオで箒を呼び寄せた。手には杖がある。  

 

「やりやがった、アイツら……騙し杖だ!」

 

 ロンがそう叫んだ。ハリーは久しぶりに笑いながら、双子に手を振った。双子は大歓声の中、ソノーラスで声を拡大しながら派手な祝砲をあげていた。

  

 

 ホグワーツ城の空に、双子による花火が打ち上げられる。金と赤に輝く花火はグリフィンドールのカラーだった。

 

「お集まりの皆様?そろそろ我々はお暇を頂きます!」

 

 ジョージ・ウィーズリーがドロレスのステューピファイをかわしつつ叫ぶ。

 

「ウィーズリー・ウィザード・ウィーズはすべてのホグワーツ生の味方です!あのクソババアを苦しめると誓っていただいた方には!何と!特別割引券をしんていします!」

 

 その言葉の瞬間、四寮の団結が成された。

 

「フレッド-!!!!君のお陰で楽しかったぞーっ!」「でもジョージー!それはそれとして貸したジュース代を返してくれー!」

 

 セドリックが声を張り上げた。双子のうちどちらに金の請求をすべきかと言えば、言うまでもなくジョージであった。

 

「……いやいやいやいやちょっと!待って!フレッド、貸したベ◯セルク返してーっ!まだ読んでないよー!」

 

 アリシア・スピネットが笑いながら叫び。

 

「勝ち逃げかバカヤロー!」「とっとと死ねクソツインズー!箒から落ちろー!」

 

 マイルズとピュシーがクィディッチの鬱憤を晴らすかのように叫び。

 

「ジョージー!3本の箒で祝杯なー!」

 

 鬼のキャプテンであるアンジェリーナ・ジョンソンは笑顔で二人に手を振っていた。

 

「お、オーイ!待てよ、待ってくれよ!俺も連れてってくれよーっ!!」

 

「つれね~じゃねーか!何で言ってくれなかったんだよーっ!」

 

 双子の悪友、リージョーダンは叫んで中庭に飛び出していく。その姿を見て、大勢のホグワーツ生は双子を見ようと駆け出す。

 

「あばよー、皆!」

 

「また会おうぜー?会ったらパーっと打ち上げな!」

 

 大歓声に包まれる双子は高笑いしながら夕日へと向けて飛んでいく。ハリーはドロレス・アンブリッジに話しかけられていた。

 

「ポ……ポッター!!あの二人を捕らえなさい!お前ならば出来るでしょう!今すぐにやりなさい!さぁ!!!」

 

「校長先生、それは出来ません。僕は今、親衛隊ではありませんので魔法を行使する権限がありません」

 

 愕然とするドロレスを横目に、ハリーはフレッドとジョージの姿をその目に焼き付けた。夕焼けの中に消えていく二人は、荒野へと旅立った二人の旅人のように見える。その道を祝福するかのように、赤い光が二人を包み込みいつまでも褪せないように輝かせていた。

 

「……やっぱり勝てねーわ、あの二人には」

 

 ロンがそう笑うと、ハリーも笑った。グリフィンドールの生徒は人々に勇気をもたらすが、双子はそれに加えて稀有な才能を持っていた。落ち込み気持ちが沈んでいる生徒に声をかけ、時にからかい、笑わせ、陰惨な空気を吹き飛ばしてくれる。そんな得難い才能を持つ双子は今日、自分達の意思でホグワーツを去った。




さらば双子よ。
そしてこんにちはジェームズ・ブラック君。
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