蛇寮の獅子   作:捨独楽

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この回は(原作でもそうでしたが)ハーマイオニーが可哀相になる回です。


シリウス・ブラック救出作戦

 

 ハリーはその日、オクルメンシーの基礎を怠った。

 

 朝起きたあと、ハリーは一枚の写真を手に取って頬を緩めた。シリウス、マリーダ、そして赤子のジェームズ・ブラックの姿が映る。。ここ最近のハリーは、ブラック家の家族写真を見てから起床するのが日課になっていた。

 

 ドロレス・アンブリッジが居なくなったホグワーツにおいては寮を問わず祝福のムードが広がった。フリットウィック教授もスプラウト教授も授業が手につかないとそわそわし、各教授陣は生徒達に褒美を与えるかのようにいつもより少しだけ早く授業を終わらせた。そして大広間の食事では、ドビーが考案したカップケーキが全生徒へと提供された。

 

「……魔法省が態度を翻したってわけでもないけどすげえ盛り上りだな」

 

 ザビニはカップケーキに舌鼓をうちながら言った。

 

「……次に派遣されてくるのが誰であれね。ホグワーツにとってあの人より悪い人はいなかったということなんだろうね」

 

 

 ハリーはラベンダー・ブラウンとパールヴァティー・パチルを見た。彼女たちは久々に顔を見せたトレローニ教授と共に勝利を喜んでいる。

 

 勝利のきっかけが一体誰によるものなのかは分からない。分からないが、ドロレス・アンブリッジはオーラーの事情聴取に対して任意同行という形で出頭した。アンブリッジはホグワーツを去ったのだ。

 

「……何だったんだろうね、アンブリッジは」

 

 ハリーはアズラエルに問いかけた。ハリーの耳にはアンブリッジの言葉よりも、その態度の方が印象的だった。

 

 アンブリッジの態度はハリー相手にパトロナスを披露した時と何ら変わらない。アンブリッジは自分の行いを悔いていないし、ハリーに対してやったことも全く正しいことだと思っているかのようだった。

 

(……僕が言えた義理じゃないけど)

 

 仲間集めのためのヘイト役として利用するつもりだった。ミカエルやネビルという仲間を獲得するために取り入ったりもしたが、裏切るために近づいたハリーが言えた義理ではないが。

 

 それでも。

 

「あの人にはもっとマシなやり方があったんじゃないかなと思うんだよね」

 

 フーム、とアズラエルは考える素振りを見せた。

 

「……アンブリッジは権力欲の権化ですね。まぁ、僕と同じ類いの人間です」

 

「……魔法省の高級次官なんてポスト、そうあるものじゃない。今の地位でも安定して続ければ政治家とのコネも出来て思いどおりに物事を動かすことだって出来た筈なのに」

 

 ハリーにはドロレス・アンブリッジという魔女の行動が分からなかった。

 

「わざわざ僕に手を出す意味があった?」

 

「あの手の人間は、『自分が失墜する可能性』があるってだけで許せないんです」

 

「……?いや、だから。足元を固めて支持基盤を固めることから始めるべきじゃない?」

 

「それが出来なかったんですよ、アンブリッジはね」

 

 スッスッと手際よくステーキを切るアズラエルは、一端手を置いてハリーを見た。

 

「……動機は充分にありますよ。君が存在し続ければそれだけでファッジ政権にとっては痛手です。ファッジ政権が転覆しなければアンブリッジは権力の座に居続けられるでしょうが、君がヴォルデモート復活を主張している限りファッジに安寧は訪れないわけですから」

 

 ハリーにとっては馬鹿馬鹿しい話だ。

 

「永遠にファッジ政権が続くわけがないだろうに。ファッジが選挙で退陣したらどうするつもりだ」

 

「ファッジの後任にすり寄ったでしょうね」

 

「あの性格で?」

 

「……使う側にとってはあの性格で良いんですよ。良い感じにヘイト役になってくれて手を汚してでも成果をあげてくれる。都合が悪くなったら捨てれば良い。そういうことです」

 

 ハリーも覚えがあった。ハリーにすり寄ってきたスリザリン生の何割かも、調べたら良くない噂を聞いたからだ。

 

 態度が悪いシュラークを最低ラインとして、それ以下と言うと差別用語を公の場で連発する者もいた。ドラコであればまだしも、和を乱すためにやってきたかのような人材を迎え入れるわけにはいかなかった。

 

「だからこのホグワーツで純血派閥に恩を売ろうとしたんですよ。親衛隊は君のせいで三日天下になりましたから、アンブリッジにとってはことごとく思惑が外れたでしょうが」

 

「……やけにアンブリッジに拘りますね」

 

「僕らスリザリン生にとっても厄介なOGだったからね」

 

「……敵なら排除すれば良いですが、スリザリンという形式上は『敬う必要のある身内』でしたからねぇ……」

 

 同じ寮の先輩に歯向かうというのは相応の覚悟がいる行為だ。とりわけスリザリンにとってはそうだ。

 

 ヴォルデモートと敵対し純血派閥を敵に回しているハリーであっても、スリザリン内に存在するすべての派閥に喧嘩を売るわけではない。アンブリッジは純血派閥ではあるが、スリザリンの中で曲がりなりにも政府機関に所属し政府を支えてきた官僚だった。ハリー達にとっては、敵対するだけの明確な理由が必要な難敵であったのだ。

 

 アズラエルには言わないが、ハリーがアンブリッジに対して複雑な感情を抱いたのはまた別の理由がある。

 

 ハリーは自分のやっていることを、絶対的な善だとは思っていない。仲間には必要なことだと話し、裏の集会を組織してはいるが、根っこでは怯えている。

 

 自分の仲間や友人がファルカスのように、ヴォルデモートに殺されるかもしれないという恐怖を。

 

 ハリーがパトロナスを出せないのも、ヴォルデモート打倒という大義の仮定で仲間を犠牲にすることに耐えられないからだ。

 

 シリウスやマリーダや、リーマスのような大人達が。アーサー・ウィーズリー氏のような立派な善人の命がこれ以上失われることが許せないのだ。

 

 現在の自分自身に対して自己嫌悪すら感じているアンバランスな精神性のハリーであるからこそ、悪事に手を染めても正義と信じて疑わず、パトロナスすら使ったドロレス・アンブリッジに対して嫌悪感だけではない、なんとも言い難い感情を抱いたのである。

 

「……何にせよ、だ」

 

 既にカップケーキを食べ終わり、二人の会話を黙って聞いていたザビニが話を纏めた。

 

「アンブリッジはテメーの出世のための賭けに負けた。俺らとは関係なしにな。それはアンブリッジ自身が選んだことで、そこにどんな動機や事情があれ……俺らには関係ねえってことだ」

 

 ザビニが纏めると、アズラエルもそうですねと言った。ハリーも午後のスネイプ教授の講義に向けてバッグを持って立ち上がった。

 

***

 

 スネイプの講義が終わったばかりのハリーはダフネをDAへと誘った。ダフネは大鍋の点検を終えているところだった。

 

「手伝おうか?」「いいえ必要ないわ。……ねぇハリー。DAは今後も存続するのかしら?」

 

「ファッジ政権が続くなら決闘クラブの再結成も受理されない可能性が高いね。だから続けざるを得ないだろうね」

 

 ハリーはダフネがDAに愛着を感じていることに驚いた。

 

「君がそこまでDAのことを気にしていたなんてちょっと驚いたよ」

 

「アンブリッジという敵がなくなった後も新規のメンバーを獲得していけるのか、ふと不安になって。ディゴリー達が卒業してしまうと一気にメンバーの顔ぶれが少なくなるのよね」

 

 

「コリンの世代から有望そうな子を引っ張って来るしかないか。今のうちにコリン達に聞いてみておいても良いかもね」

 

(……現四年生でルナやジニー達以外で目ぼしい子の噂はコリンからは聞かないけど。……まだ自分の適正が分かってなかったりする子もいるしな……)

 

 五年ともなればowlや進路相談を通して自分の将来と向き合うことになるわけであるが、実際のところ自分の将来を明確にイメージしている学生ばかりではない。

 

 大半の学生はやりたいことがないが勉強はしているか、四年生まででやった『将来やりたいこと』の結果が出なかったので勉強する。そんな具合だ。

 

「DAのリーダーは誰になるの?」

 

「セドリックは立候補者による投票選挙をしようと言ってる。僕は止めた方が良いと思うけどね」

 

 部活のリーダーは大体の場合、顧問の教授の推薦で決まる。が、DAにリーダーはいない。

 

「投票式なんてしたら人望の有無が浮き彫りになって禍根を残すだけだし、何より皆面倒くさがるからね」

 

「ハリーは成る気はないのかしら?」

 

 ダフネの言葉にハリーは首を横に振った。ハリーが思い浮かべたのは、グリフィンドールの二人組であるパールヴァティーとラベンダーの顔だった。

 

(……今のままだと同じことを繰り返すだけだ)

 

 とにかく、今のハリーには信用というものがないのだ。信用は一朝一夕で培うものではない。時間をかけて培っていかなくてはならないのだ。

 

「僕はね。親しい友達とか後輩とか仲間とか……ある程度小規模なメンバーで回していく方が合ってると思う。三十人、四十人と把握できない面々を管理する能力はないよ」

 

「……残念ね。私はハリーにやってもらいたかったわ」

 

「……ごめんね、期待に沿えなくて」

 

 ハリーは一瞬見せたダフネの顔が頭に焼き付いて離れなかった。

 

(情けないやつだって思われちゃったかな……?)

 

(僕ならできる、やってみせると言えば良かったかもしれない。……そうすれば、あんな顔はさせなかったのに)

 

 ダフネのことが頭にくっついて離れず、ハリーはスネイプ教授から教わった心を無にする基礎を怠り、オクルメンシーを使うことが出来ずに眠りについた。

 

 

***

 

 ハリーは夢の中で歩いていた。

 

 見覚えのある魔法省の廊下にいた。アーサー氏が見張っていた扉の前に立ち、あっさりと扉を開く。扉にかけられていた防護魔法(プロテゴ)は男の前には何の意味も成さない。

 

 ハリーの額がずきずきと痛みを訴えてくるのを感じた。ハリーは、次々と神秘部の扉を開いていく。ホルマリン漬けにされた脳みそが浮かぶ趣味の悪い部屋、様々な研究資料を纏めた通称『開かずの間』。さらに、いくつもの巨大なフラスコの中にクラゲのような物体が浮かんでいる部屋もあった。

 

 神秘部の研究成果を目の当たりにしながらも、そんな部屋には何の価値もない。ハリーにとって用があるのはただ一つの部屋だけだ。

 

 やがてハリーは目的の場所にたどり着いた。大聖堂のように広々とした空間に幾つもの棚が並んでいる。そして棚の中の一つ一つに、光り輝くガラス玉のような物体が浮かんでいる。

 

 そして棚の隣には這いつくばる男の姿があった。魔法使いらしいローブではなくマグルらしいスーツ姿の男は、震えながら何かに抗うように地面を掴んでいる。

 

「これは驚いたよ。いや、侮っていたと言うべきか。流石は高貴なる純血の血筋と言ったところか」

 

 ハリーは言葉を発した。自分のものとは思えないほど冷酷な声だった。

 

「……丸々二時間も私の魔法に抗うとは、驚くべき精神力だ。しかし、その力の使いどころを理解せぬ愚かな男だ。インペリオ(支配)」

 

 ハリーの杖が振り下ろされる。他者の尊厳を奪うその魔法に、男は自信を持っていた。

 

「……さぁ、『それを取れ』」

 

 しかし、地面に這いつくばる男は命令に従わなかった。

 

「……殺せ」

 

「クルシオ(拷問)」

 

 這いつくばる男にかけられたのは、人格を破壊するような痛みの嵐だ。ハリーは、否、男は這いつくばる男を嘲った。

 

「ここまで愚かとは思わなかったぞ、ブラック。よく考え直すのだ。君がそれを取るだけで、君はすべての苦しみから解き放たれるのだぞ?妻子を危険に遭わせることもない。我が軍門に下れ、純血のブラックよ」

 

「……くたばれ、トム・リ」

 

 シリウスらしい言葉はしかし、最後まで紡ぐことを許されなかった。ヴォルデモートが振り上げた杖が下ろされると、シリウスはこの世のものとは思えない叫び声をあげた。

 

 

***

 

「……シリウス!?」

 

 

(……今……今あれから何時間経った!?)

 

 飛び起きたとき、ハリーは言葉を失った。時計の針は八時を指している。寮監の部屋のドアを叩いた。

 

「……失礼します、スネイプ教授。お話すべきことが……」

 

「あ゛?」

 

 スネイプの視線は全てを物語っていた。スネイプはハリーの話を聞き終えると、下らんと一蹴した。

 

「よもや己の無能さを私に押し付ける気ではないだろうな、ポッター。君が今帝王の影響下にあるのは君がオクルメンシーを怠ったからに他ならぬ。違うか!?」

 

「ですが先生?もしも夢が本当であれば、シリウスは操られオーダーの内部情報を」

 

「つまらん妄想を私に押し付けるなと言った!お前は己の感情をコントロール出来ない無能さを恥じながらホグワーツで待機しろ!いいか、動くことは許さん!」

 

 そう言ってスネイプはハリーを己の研究室から追い出した。

 

 ハリーは愕然として談話室へと駆け込んだ。今日は休日だ。九時になれば、皆がホグズミードヘ駆け出していくだろう。ちらほらと見知った顔がいる。ハリーはライデン・マクネアを暖炉の前から退かせた。

 

「すまない、ライデン。ちょっと暖炉を借りたい」

 

「え、はぁ……いいですけど。珍しいですね。そんな慌ててどうかなさったんですか?」

 

「野暮用でね」

 

(……いや、いや。待て。まずは……事実確認だ)

 

 ハリーはトランクをアクシオで引き寄せた。奥に仕舞われ、最近は使う機会がなかったフルーパウダーを取り出す。

 

 使う前に、マフリアート(防音)をかける。これでハリーの声がマクネア達に届くことはない。

 

「グリモールドプレイス 12番地」

 

 

 ハリーは燃え盛る暖炉の中に突撃した。

 

「俺何度見てもフルーパウダーだけは無理だわ。便利だけどさ、燃え盛る炎に突っ込むのがまず無理」

 

「使えば慣れるって。俺らもやってみるか?」

 

「……いや辞めとこうぜ。使い終わったあとポッター先輩とぶつかったら嫌だろ」

 

 ライデン・マクネアと相棒のオーディンはハリーの帰りを待った。なんとなくの好奇心だが、ハリーがあれほど慌てていたのを見たことはない。何かがあるような気がしたのだ。

 

***

 

 エメラルドの炎の中にいたハリーは、炎の切れ目にうっすらとした光を見た。赤子の泣き声が聞こえる。

 

「おおーっヨーシヨシヨシヨシ!ジェームズぼっちゃま、少々お待ちくださいませ!今すぐにクリーチャーめがおしめを取り替えますので!!」

 

「ふぎゃっ……フギヮーーーーッ!!」

 

 声にならない叫び声をあげて泣き叫ぶ赤子の魔力が暴発し、クリーチャーが火にかけていた鍋の蓋が外れそうになる。

 

 ハリーは杖を取り出して蓋にかかった魔法を止めた。

 

「フィニート。……クリーチャー、仕事中にすまない。……シリウスとマリーダさんはここに居ないのかい?」

 

「……これは……ポッター様?なぜこちらに?」

 

「うあうううううーっ!」

 

 ジェームズはぶんぶんと手を振って魔法で鍋の蓋を開けようとする。ハリーは少しの間自分が火を見ておくと言った。

 

「……いいえポッター様。これはジェームズ様のための大切な朝ごはんなのです。誰の手も借りるわけには参りません」

 

 クリーチャーの手際は良かった。フレイム・グレイシアスらしき魔法で火を止めると、さっと魔法でカーテンを産み出し、てきぱきとジェームズの処置をしていく。

 

「ここに来たのは急用なんだ。クリーチャー、マリーダさんとシリウスは今どこに居る?教えてくれないか?」

 

「……奥様は体調が優れぬためお休みになっておられます。昨晩急に体調を崩されまして……」

 

「そうか。クリーチャーも負担になるだろうけど」

 

「とんでもない!ポッター様はことの重大さを理解しておられない!これだからマグルに育てられた卑しい血族は……」

 

 クリーチャーはハリーの言葉を侮辱と受け取ったらしい。クリーチャーは憤慨しながら、ブラック家の跡取り候補の養育を任されたということはクリーチャーにとってはこの上ない名誉だろう。ハリーは差別用語を口に出すクリーチャーにジェームズを育てさせることに対して一瞬眉を潜めたが、いまはそれどころではなかった。

 

「……済まなかった。マリーダさんは?屋敷に居るのかい?」

 

「はい。体調が優れぬため今は眠り薬で御休みになっておられます」

 

(……不味いな。)

 

「シリウスは?」

 

「このところ、ご主人様は家を開けることが多くなりました。会食の誘いやオーダーとしての業務で家を開け、ジェームズ様に会おうともなさいません」

 

「……じゃあ……昨夜も帰らなかったんだね」

 

 ハリーは腕を組み、クリーチャーに対してオーダーへの連絡を頼んだ。

 

「クリーチャー。オーダーの人たちは今ここに居るか?」

 

「いいえ。皆様各々の活動に勤しんでおられます」

 

「……なら、オーダーの面子がここに来たら伝えてくれ。シリウスが神秘部に囚われていると」

 

「……何ですって?」

 

 ジェームズがクリーチャーの背中で眠るのにも構わず、クリーチャーは異様な目でハリーを見た。

 

「ポッター様。それはどういうことです?なぜポッター様がそのようなことをご存知なのですか」

 

「夢で見た。そう言えば、アーサーさんやムーディなら分かる筈だ」

 

 話している間にも、フルーパウダーの効果は切れかかっていた。ハリーはすがるような気持ちでクリーチャーに訴える。

 

「クリーチャー。時間がないんだ。このままだとシリウスは殺されるか、拷問にかけられて廃人になる。……そんなことになったらブラック家は終わりだ。君だけが頼り」

 

 ハリーは言葉を言い切ることは出来なかった。フルーパウダーの効果は途切れ、気付いた時にはハリーはスリザリン談話室の暖炉の前に立っていた。

 

***

 

(…………これでいいのか……?間に合うのか!?)

 

 ハリーは暖炉の前から離れた。ぎゅっと拳を握る。

 

 

(…………ロングボトム夫妻が人格を破壊されたのは長時間に渡って複数人からクルシオを受け続けたから。……だけど……)

 

(……たとえ一人から受けたものだとしても。……一時間だって耐えられるようなものじゃない……!)

 

 ハリーは墓場での出来事を思い出す。ファルカスが拷問に耐えきれずに精神を壊してしまったことを。

 

 シリウスが今神秘部でヴォルデモートから拷問を受け続けていると思うだけで、ハリーは気が狂いそうになった。

 

「おい、何やってんだハリー?……そんな深刻な顔しやがって」

 

 ハリーの肩に手がかけられた。ザビニであった。

 

「……いや……ここじゃ不味い」

 

 ハリーとザビニは一旦自分達の部屋に戻る。部屋にはアズラエルも戻っていた。

 

「……シリウスが危ない。夢で見たんだ」

 

 そうハリーが告げると、二人は驚愕の表情を浮かべた。

 

***

 

 セドリック・ディゴリーをリーダーとするDA(ディフェンス・アソシエーション)のメンバーには、一枚のガリオン金貨が与えられる。

 

 ハーマイオニーのコンシュレーションによって作られた偽のガリオン金貨は、ドラゴンのエムブレムが刻まれ、グリフィンドールらしい黄金の輝きを纏っており一見すると本物と見分けがつかない。

 

 偽のガリオン金貨を市場で使うことは出来ない。魔法界においても硬貨の擬装は犯罪であり、使用した人間には刑事罰が与えられる重罪だ。

 

 

 そして、『裏』の集会……ハリー・ポッターをリーダーとする攻撃的防衛術を学ぶメンバーには、ハリーが作成したシックル銀貨が与えられた。これがラベンダー・ブラウンにとってはこの上ない屈辱だった。

 

 銀色は緑色と並ぶスリザリンのシンボルカラーだった。まるで自分達がスリザリンの軍門に下ったかのようで釈然としない気持ちを抱きながら、裏の集会に入るときラベンダーは渋々偽の銀貨を受け取ったのだ。

 

 

 裏の集会から追放されても、ポッターはシックル銀貨を回収していなかった。そのため、ラベンダーとパールヴァティーはシックル銀貨の表面がかたちを変えて、緊急招集をかけていることに気付いた。

 

「……これ……どうする……?」

 

「どうもこうもない。……知らないふりをするのが吉。……そもそも私たちに出来ることはない」

 

 緊急招集の文字のあと、銀貨にはハグリッドの小屋という字が浮かび上がる。ラベンダー達はただならぬ気配を察知しながらも、動くわけにはいかないと思った。

 

「……ハーマイオニーもいる。ロンもいる。大事にはならない筈」

 

「……そうだと、いいんだけどね」

 

 ラベンダー・ブラウンとパールヴァティー・パチルは、偽のガリオン金貨とシックル銀貨を棄てることも、返すことも出来てはいなかった。それは自分達の罪を告白できない弱さの現れであり、ハーマイオニーやロンに対する後ろめたい感情のせいでもあった。

 

***

 

「……集まってくれてありがとう、皆」

 

「いったいどうしたんだよ、ハリー。皆を呼び寄せるなんて。『緊急招集』なんて使いどころのないネタ機能だって話してたじゃねぇか」

 

 ロンが真っ先に口を開く。

 

「……その筈だったんだけど、そういう訳にもいかなくなった。シリウス・ブラックが……ヴォルデモートの手で神秘部に囚われている可能性がある。君たちの手を借りたい」

 

 ハリーがヴォルデモートの名を出した途端、スーザン・ボーンはぎょっとして隣のザビニへと抱きついた。シノやザムザですら、ハリーに対して懐疑的な視線を向けている。

 

「ちょっと待って、ハリー?」

 

 ハーマイオニーは真っ先に機先を制した。

 

「ブラック……シリウスさんが?神秘部に?なぜ貴方にそんなことが分かるの?」

 

「……時間がないから簡潔に話すよ。僕は夢でヴォルデモートのやったことの一部を見ることが出来たんだ。ロンのお父さんが倒されかけたとき、僕は夢の中でその一部始終を見ていた。今回も同じことが起きた可能性が高い」

 

「それはあくまでも『可能性』の話でしょう?」

 

 ハーマイオニーは声高にロジックを駆使してハリーを説得しようとした。が、正直なところ、今のハリーにハーマイオニーの説得を聞き入れる心の余裕はなかった。

 

「……まずは屋敷と連絡を取ることから始めるべきよ。シリウスが帰宅している可能性だってあるわ」

 

「さっき連絡を取ったよ。シリウスは昨日から帰っていない」

 

「……シリウス・ブラックは『純血』の一族の末裔にして、現在貴方の保護者という立場にあり、ブラック家の後継候補となる男子にも恵まれた。デスイーターやその一味が目を付けて拉致し拷問しようと考えるのは」

 

 

「……あり得る話です」

 

(このっ……!!)

 

 ハーマイオニーは激怒しそうになる自分を戒めて発言した人間を睨んだ。シュラーク・サーペンタリウスの端正な顔立ちが、ハーマイオニーの目には楽園からの脱却を唆す蛇にしか見えない。

 

 

「そ……そうなのか……?」「な……なんかそんな気がしてきたかも……」

 

 流されやすいアーニーとスーザンがシュラークの意見に同調する。ハーマイオニーはますます苛立った。

 

(どうして!こうも!!皆は論理的に考えられないの!?)

 

「いいえ。ちょっと待って。論理的に考えればこれが罠であることは確定的に明らかよ」

 

「君は……」

 

「どういうことだい、ハーマイオニー」

 

 反論しようとするハリーを押し留め、セドリックが発言を促す。

 

「……今のホグワーツには、ダンブルドア校長もダンブルドアの後を引き継ぐマクゴナガル副校長もいない。つまり無防備に近い状況なの。分からない?敵が何かを工作してくるとしたら、今、まさにこのタイミングしかあり得ないの。ヴ……」

 

 ハーマイオニーは一旦言葉を切って言い直した。

 

「『例のあの人』が!唯一恐れたのがダンブルドアなのよ。裏を返せば、このタイミングでならやつは貴方に好き放題に工作を仕掛けることが出来るのよ、ハリー!」

 

「それはあくまでも君の推測だ。僕の考えは違う」

 

 ハリーはハーマイオニーの説得にも耳を貸さなかった。

 

 感情が行動を支配してしまった人間の典型的なパターンである。まずは結論が先に存在する。そして、後付けでそれらしい理屈を付け加える。ハリーは占い学を通して詭弁や言い訳のスキルを磨いていた。そのスキルを用いてハリーはハーマイオニーを追い詰める。

 

「敵はダンブルドアの居ないこのタイミングで目的を達成しようとしている。シリウス・ブラックを支配し、神秘部で目的のものを入手できればそれでことは済むんだ」

 

 ネビル・ロングボトムはヴォルデモートの名がハリーの口から出たとたんに震え出した。が、拷問という単語を聞いた瞬間、スイッチが入ったかのように震えを止めた。

 

「……神秘部にあるという武器か何かを、シリウスさんを使って奪おうとしていると?」

 

「ああ。その可能性が高いと僕は思う」

 

 ザムザはハリーの言葉にごくりと唾を飲み込んだ。

 

「ダメ。ダメよ!絶対に。ここを動いてはいけないわ」

 

 ハーマイオニーは皆を説得して回ろうとするが、効果は思わしくなかった。

 

 まず、シノやザムザがハリーに対して心酔していたことがその原因のひとつ。

 

 真っ当な判断能力を持っていると思っていたアーニーやスーザン、ハナ達が、突然浴びせられた情報の洪水とハリーのただならぬ雰囲気に飲み込まれてしまっていたことがもうひとつ。

 

 そしてハーマイオニーを諦めさせたのが、ロンからかけられた言葉だった。

 

「ハーマイオニー。俺はハリーを支持する」

 

「ロン!貴方まで?!」

 

「もし本当にシリウスが捕まっていたら、取り返しがつかねえことになる」

 

 ロンの口調は重かった。

 

「……俺の親父の時と同じことが起きたんだとすると、シリウスさんが捕まって拷問にかけられたって可能性は否定できねぇ。そうだろ?……今すぐ助けに行かないと、間に合わなくなる」

 

 ハーマイオニーはロンがそう言って肩に手を置くと、唇をわなわなと震わせた。

 

(……ロンも……半信半疑なんだわ……)

 

 ロンだって何かおかしいかもしれないとは思っているだろう。罠である可能性だってハーマイオニーが言うまでもなく分かっている。

 

 それでも、人命救助が最優先だとロンは言っているのだ。

 

 ネビル・ロングボトムが口を開いた。

 

「ハリー、……僕も……君に協力させてほしい。……敵がまた、……罪のない誰かを傷つけていると思うと耐えられないんだ」

 

「……ああ。頼りにさせて貰うよ」

 

 ハリーはネビルを受け入れた。

 

 ネビルの気持ちがハリーにはよく解った。敵が悪事を働いている現場があると聞いて、しかも自分がそれを止められるかもしれないと聞いていても立ってもいられなくなったのだ。だからこそハリーもネビルを含めた裏の集会のメンバー全員に招集をかけたのだが。

 

「あたしも行く」

 

 オルガ、ミカエル、ザムザ達が決意表明をしていくなか、ジニー・ウィーズリーもその手を挙げた。ジニーが手を挙げたことに憤慨したのはロンだった。

 

「いや待てよ。お前はここに残れって」

 

「そうやっていつもあたしを置き去りにする気?あたしだってこの一年、必死で頑張ってきたんだからね!」

 

「置き去りって……お前状況解ってんのか?」

 

 ぎゃいぎゃいと兄妹の漫才を繰り広げる二人を尻目に、セドリックはハリーのことを信頼していると告げた。

 

「……だからこそ、だ。ハリー、僕のことは駒の一つとして考えてくれ」

 

 セドリックはハリーに指揮権を委ねた。

 

「その方がおそらく皆が生き残る確率が高い。僕は、思う存分暴れて逃げることだけに専念した方がいい気がするんだ」

 

 ハリーはセドリックの能力を信頼している。そして信頼しているからこそセドリックの言葉があながち嘘ではないのも解る。

 

 セドリックは強い。単独でも強いからこそ、指揮をする負担を負わせるより、いざというときの撹乱用の魔法や逃走を滞りなく行えるよう個人としての負担にだけ専念させるという手は悪くないと思った。

 

「解りました。安心してあなたのことを使わせて頂きます、セドリック」

 

「ははっ、頼もしいね」

 

 ハリーはセドリックに礼を言ってからぐるりとメンバー全員の顔を見渡した。セドリック、ロン、ハーマイオニー達が真っ直ぐにハリーの目を見返してくる中で、アーニーとハナは思わずハリーから目をそらした。

 

(あの二人は置いていこう)

 

 ハリーは即座に決断した。迷っている時間はないのだ。

 

「……先輩。俺ぁ頭が悪ぃんで建設的な意見は出せねーんすけど、俺たちは具体的に何をすればいいんですか?神秘部までかっとんで行くにしても足がねぇっすよ」

 

 

「足ならありますよ。見えない人も居るでしょうが」

 

 アズラエルが8頭ものセストラルを引き連れて現れた。セストラル達はアズラエルが先導するボス格の一頭に従って、隊列を組んで進んでいた。

 

「……そ、そんな用意まで!?この短時間で!?」

 

 アーニーが呻き声をあげた。内心では行きたくは無いと思っているのは明白だった。

 

「セストラルなら魔法省まで二時間とかからないでしょう。急ぎましょう。救出作戦は時間との勝負ですよ」

 

「神秘部……というか魔法省までついたとして、どうやって探索するんです?」

 

 オルガが当然の疑問を口に出す。ダフネが請け負った。

 

「……その点に関しては問題ないわ。親戚が神秘部の役人で、私も何度か魔法省に立ち入らせて貰ったことがあるの。神秘部の入り口までのルートは覚えているわ」

 

(……順調……驚くほどに順調にことが進んでいく。どうして……?)

 

(……どうして……こんな時だけ皆物わかりが良くて流れるように動くの……?ねぇネビル…………普段あれだけそそっかしいのにどうして……?)

 

 ハーマイオニーはロンに押しきられた上でなお、不安感を拭いきれなかった。自分達は地獄への分岐点に立ち、そして地獄への片道切符を買ってしまったのだという確信があった。

 

 

「……アーニー、それからハナ。君達はここに残ってくれ。僕達はすぐにシリウスを救助して戻るつもりだ。だけど、一晩たっても戻らなかったらスネイプ教授にことの次第を報告してくれ」

 

「えっ……ええっ!??」

 

 

 アーニーとハナがハリーから告げられた無茶振りに戸惑っている中、ハリーはセストラルにまたがった。

 

 メンバー全員にフレッドとジョージお手製のプロテゴリングが配布され、セストラルが見えているアズラエルやシュラークの先導に従ってセストラルに飛び乗っていくなか、ロンがハリーに近づいてきた。

 

「ハリー。これを持っとけ」

 

「……これは?宝石かい?」

 

 ロンから渡されたのは、淡く赤色に輝く宝石だった。ルビーというには淡い宝石は、ロンの手を離れてハリーの右手に押し付けられる。

 

「転入生から貰った宝石だ。……敵のコンファンドとかも、それがあれば無効化出来るそうだ。とにかくお前がやられたら終わりなんだ。それをお守り代わりにしてくれ」

 

「君はいいのかい?」

 

 ハリーが尋ねると、ロンはがしがしと頭を掻いた。

 

「……あー、いいんだよ俺のことは!とにかく!いいか?例のあの人とかデスイーターと遭遇したら真っ先に狙われるのお前なんだから、それくらいの護身用は持っとけ」

 

 ぶっきらぼうに言うと、ロンはさっさとハーマイオニーの後ろに飛び乗った。ハリーは一人、ボス格の一際大きなセストラルにまたがって大きく息を吸い込んだ。

 

「それじゃ……出発……!!」

 

 セストラルが黒い翼を広げ、ふわりと舞い上がった。

 

 ハリーと十六人の仲間達はこうしてホグワーツという安息の場を離れ、戦争の場へと駆け出していった。この先に待ち受けている運命を、まだ誰も知らない。

 




シリウス救出隊メンバー
リーダー……ハリー
サブリーダー……ロン
リーダー及びサブリーダー不在時の指揮要員……セドリック
ヒーラー……ダフネ、ネビル、ハーマイオニー
戦闘(想定)員……ザビニ、アズラエル、コリン、ジニー、ルナ、オルガ、ミカエル、シュラ、シノ
セストラル管理要員……ザムザ、スーザン
計17名
ホグワーツで待機……アーニー、ハナ、その他
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