アルバス・ダンブルドアがハリー達の救援に駆けつけたまさにその瞬間。
キングズリー率いるオーダーと、オルガ達裏のメンバーもハリー達の居る部屋に突入してきた。
そしてそこで、彼らは次元の違う戦いを目にした。
一瞬の隙もない攻防、というものは存在する。
(何……消えた!?テレポート!?しかし予兆はなかった……どうしてダンブルドアはヴォルデモートの出現が解った!?)
シュラーク・サーペンタリウスは矛盾した言い方になるが、目で追いきれない戦闘というものをはじめて目にした。
ホグワーツ内での戦闘訓練は、テレポートという技が制限されたごく限定的な環境による戦闘となる。必然的にホグワーツ生はテレポート戦闘に対応する訓練が不足するわけだが、デスイーター達もテレポートを戦闘に応用できるわけではなかった。
対象の位置を正確に補足し、一瞬……否、十手は先の場を予測して飛び、自身の最悪の魔法を叩き込む。
文字にすれば簡単だが、それを実現するには血の滲むような……否、体がバラバラに分解されるような苦痛を伴う努力を必要とする。
ヴォルデモートとアルバス・ダンブルドアの攻防はテレポートを交えながらも、互いが高速で動き回る魔法使いらしい戦闘になった。
ヴォルデモートのアバダケダブラは驚くほど正確で隙というものが一切無い。にもかかわらず、ダンブルドアは卓越した予測によってヴォルデモートのアバダケダブラをかわした。本来物体に対して効果をもたらさないはずの緑の閃光は、守衛のデスクを勢いよく燃え上がらせる。
例えばこの場でノックス・マキシマを使い、ダンブルドアに可視魔法を使ってもらうというような援護は出来るかもしれない。しかし。そんな間が入り込む余地がない。
ダンブルドアが攻め手に転じたとき、無敵のはずの闇の帝王は初めて防御した。本来ならあり得ない光景だ。
空中に輝く銀色の盾は、闇の帝王が開発したプロテゴに違いない。ダンブルドアの謎の魔法と衝突した盾は、不協和音を響かせながら禍々しい魔力を放出する。
(……す、素晴らしい!!これが、これが最強の魔法使いの次元!!やはり最強はアルバス・ダンブルドアか!!!)
シュラークは異次元の『力』に魅了されていた。
フィリウス・フリットウィックに師事し、礼節を学び知己を得たシュラークであっても依然力への渇望は存在する。シュラークの境遇は不確かで、己を真に支えるものは杖と魔法しか無いと思っていたのだ。
しかし。
リーマスやルナ、コリンなどは戦闘の技巧よりもまずダンブルドアから感じる違和感に気付く。
ダンブルドアが泣いている。
あのアルバス・ダンブルドアが、哀しんでいる。
それは戦闘という行為の最中であるとはとても思えないほどに、静かな哀悼の涙のようにコリンには見え、堪えきれない激情が溢れたが故の涙であるようにルナには見えた。リーマスは胸騒ぎを覚えながらも、キングズリーと共に学生達を避難させようとする。
この場の誰にも、ヴォルデモートとダンブルドアの胸中など解りはしない。彼ら二人が互いを規格外の化物と見なし、互いの強さにおののいていることなど解りようもなかった。
「何処に行くんですか?!」
「ダンブルドアの戦闘領域外にだ。我々では校長先生の足手まといになる」
その言葉は情けなくも事実であった。この場には、闇陣営最強格のベラトリクスが居る。そして、ムーディに代わりオーダーの現在の最精鋭であるキングズリーもいる。
しかし。
No.2とトップとの間には話にならないほどの差が存在したのだ。
アルバス・ダンブルドアとヴォルデモートとの決闘は危うい均衡によって成立している。ダンブルドア以外の人間がヴォルデモートの間合いに一歩でも入った瞬間、命は無いと確信できるほどに。
(……いや……今更死ぬのなんて怖くねぇ。今日だけで俺は何度死んだかわかんねーんだ。……自分が死ぬのはこの際いいんだ…………)
シノは汗を滴らせながらルーピンに従い、奥の部屋に避難する。
(……だけど。この場で何かして……下手をこいて……ダンブルドアを死なせる方がよっぽど怖ぇ……!!)
現場で仕事をする兵士が持っておくべき適正のひとつに、一時的に待機が出来ることが挙げられる。
勇気を出すべき時と臆病になるべき時を見極めて、時として臆病になること。それこそが、オーラーやオーダーの一員に求められる資質。単なる蛮勇だけで生き残れるほど暗黒時代は容易くはない。
それは怠慢とみなされ、時によっては周囲からの叱責や謗りのリスクを伴う行為である。それでも引くことが出来るのが、シノやオルガ、ミカエルといった兵隊適正の高い人間達だった。
避難する彼らは遠目でダンブルドアとヴォルデモートの決闘を見守った。あのヴォルデモートですら邪魔な自分達に攻撃する余裕はない。しかし、ダンブルドアもまた何か様子がおかしい。
「私を殺す気が無いのか、ダンブルドア。そんな野蛮な行為は似合わぬとでも?それとも……この期に及んで殺しを厭うのか?」
ヴォルデモートの声は不思議と遠くからでもよく聞こえた。ヴォルデモートの声は、まるでこの世のありとあらゆる絶望をかき集めたかのような悲痛な叫びだった。
(鬱陶しい……!)
聞いていると物悲しい気持ちが掻き立てられ、シュラークは思わず胸をかきむしった。
そしてダンブルドアの声もまた、避難するシュラーク達の耳に入ってくる。
「トム。君がかつて味わったように人を破滅させる手段は他にもある」
アルバス・ダンブルドアの声を聞くと、シュラークやルナやコリン達、それどころかこの場に居るすべての人々は希望を感じ取ることが出来た。
「確かに君の命を奪うというだけでは私は満たされないだろうな」
ダンブルドアの皮肉に、ヴォルデモートは噛みつく。
「死より酷なことは何もないぞ、ダンブルドア!!」
そのヴォルデモートの叫びに、シュラークは思わず同意しそうになる。
「…………ちげーよ」
ヴォルデモートの叫びを聞いて尚、シノはそれを否定した。
(……見解の、相違だな。……我々スリザリンとグリフィンドールとではやはり、価値観が違う……)
シュラークは死を厭う気持ちだけは同意せざるを得なかった。
そもそもシュラークがこの場に立っているのは、ルナ・ラブグッドやコリン・クリービーやオルガ・ザルバッグを死なせないためだ。オーガスタ・ミカエルだけは守るまでもなく生き残れるだろうと確信しているが。
シュラークはモルモットとして産まれた。たまたま研究者であるアウラが望むように魔法族としての才能を持っていたがためによい教育を受けたが、魔法族でなければ手酷く扱われた。それこそ産まれることすら適わず廃棄処分となった同胞は数えきれない。力あるものが弱者を虐げ、力の無いものはより弱いものを見つけて排斥するという環境で育ったのだ。
死を嫌うのは当然だった。
「君は間違っている、トム。……死より恐ろしいものがあるということに気がつくことが出来ぬのが、君の最大の弱点だ。……昔から変わらないな……」
アルバス・ダンブルドアはまるで酒を酌み交わしながら会話をしているかのような気軽な口調で話した。
(……一体……何を言っているんだ、ダンブルドアは!!?)
この世で誰が、史上最悪の恐ろしいテロリスト相手にまるで友人であるかのように話すことが出来ると言うのだろう。
それはたった一人、アルバス・ダンブルドア以外に存在しなかった。シュラークを含めた凡人達は、ダンブルドアとの隔絶された差を感じた。
(視点が違いすぎる。……まるで聖人のようだ……)
もしもシュラークがダンブルドアの姿を目にしていれば、また別の感情を抱いただろう。
アルバス・ダンブルドアはこの瞬間、トム・マールヴォロ・リドルのために涙を流していたのだ。
シュラークはヴォルデモートの怒りを感じ取った。緑色の閃光が広がったのが部屋越しにもわかった。
***
「ああっ……ああああっ!!!止めろ、止めろポッターッッッッ!!!!」
リーマス達の指示に従い奥の部屋に一時的に退避するオルガ達は、ベラトリクス・レストレンジの甲高い悲鳴を聞いた。
吠えるような勇ましく恐ろしい高笑いとは異なる。何処にでも居そうな叔母さんが夫の預金が底をついた時のような絶望的な悲鳴だった。
「!?」「ハリー!?」「何が起きたっ!?」
(……あ、あり得ねぇ……あの人!!あの人は!!)
混乱するオーダーと裏のメンバーに真実を告げたのは、シノだった。
「お、俺耳がいいんすよ。だから……何が起きたのか解ります。……ハリー先輩は……預言をブッ壊して!!ヴォルデモートの隙を作ったんす!!」
「この状況でヴォルデモートに隙を産み出せるとしたら、確かにそれしかねぇ……!けど分かってても普通やるか!?神秘部の秘宝だぞ!?」
「少し落ち着けシノ。君は今混乱している……」
リーマスがシノを落ち着かせたとき、また部屋の中で物音がした。今度は、ダフネ・グリーングラスとシリウスの絶叫が響いた。
「止めて、止めてよ!!ハリー!?」「馬鹿な、何をしているっ!?」
シュラーク達は心臓が凍りつくような気になりながら、状況が動くのを待った。今出来るのは、シノの耳を頼ることだけだった。
***
ハリーは絶望的な無力感に苛まれていた。
(……駄目だ……何も出来ない……!!)
ヴォルデモートと自分との隔絶された力量差。アルバス・ダンブルドアの足手まといでしかなく、しかも迂闊に動くことすらダンブルドアの足枷になるという状況に、ハリーは憤っていた。せめてダンブルドアを手助けしたいのに、何をしてもダンブルドアにとっての隙になることがわかる。
アルバス・ダンブルドアはハリーやダフネ達を保護するために力を割いていた。言うまでもなく、ダンブルドアの足枷でしかない。
もちろんヴォルデモートも攻撃の余波が及ばないようベラトリクス・レストレンジを保護していた。ベラトリクスはヴォルデモートの庇護を受け、縮こまって龍形の盾に身を預けていた。ハリーは安心しきったような、しかしどこか怯えたような表情のベラトリクスをダフネと似ていると感じてしまいそんな自分を嫌悪した。
「…………」
ダンブルドアとヴォルデモートの談笑をハリーは像越しに聞いた。アルバス・ダンブルドアは心の底からトム・リドルを憐れんでいるとハリーには解った。解ったからと言って納得など出来るはずもなかった。ヴォルデモートを殺さなければ、今まで死んでいった人達の命は一体何だったのか解らなくなる。
(……考えろ。どうすればヴォルデモートの虚をつくことが出来る!?)
ハリーの思考は復讐で満たされていた。
ヴォルデモートはダンブルドアの説得の真の狙いが、或いはオーラー到着までの時間稼ぎだと気付いて、再び緑色の閃光を放つ。
緑色の閃光を受けたケンタウロスの像が砕け散らないうちに、ダンブルドアの杖から放たれた炎の鞭がヴォルデモートの銀の盾(プロテゴ シルヴァ)ごとヴォルデモートを拘束する。
が、炎のローブが蛇に変わる。
『ヴォルデモートを殺せ!』
ハリーは咄嗟に蛇に命令するが、何も起こらない。蛇とヴォルデモートの同時攻撃を、ダンブルドアはフォークスを盾にしアバダケダブラを受けることで凌いだ。フォークスは絶命しながらも、炎の中から再び新しい雛として生まれ変わる。
燃え盛る蛇は悪霊の火の上位魔法に違いなかった。が、ダンブルドアは自身に迫る蛇を杖の一振りで水に変え、ヴォルデモートの肉体を溺死させるべく包み込む。
「ご主人様!!」
ベラトリクスの絶叫が響いた瞬間、ハリーは額から割れるような痛みを感じた。
「……?!」
ハリーの手が、ハリーではない何かの意思によって動こうとしている。ハリーは自分の中で自分に命令する声を聞いた。
『ダンブルドアを殺せ!』
その声がヴォルデモートであると解った瞬間、ハリーは心の底からの笑みを浮かべた。
ハリーは杖を取り出すと、神秘部で得た唯一の収穫……預言のスコアをレダクトで粉々に粉砕した。
***
『ばっ……馬鹿な!?何故だ!!何故……!!』
「なっなんだ!何をしている、ハリーっ!!」
シリウスの絶叫をハリーは聞かなかったことにした。ハリーは今自分に起きていることを確信した。
(おまえが居るんだなヴォルデモート!!僕の中にっ!)
『あ、あり得ぬ!?何故だ、何故動ける!??オクルメンシー!?いや違う、ダンブルドアか!?』
ハリーにだって解りようもないし、ヴォルデモートにも理解が出来ない。ヴォルデモートはこの場に居る最大の宿敵の存在に目が曇っていた。
ハリーが動くことが出来たのは、ロン・ウィーズリーが渡した聖石『レオ』の効力によるものだった。
『レオ』は、所持しているものを魔法による精神的なな悪意から保護し、護る。つまり、ハリーはこの瞬間、ヴォルデモートの魂が中に存在しながら邪魔されること無く動くことが出来るのだ。
ハリーに動ける理屈は解らなくても、己の中に宿敵が居ることは解っていた。ならやるべきことは一つだ。
『待て!待つのだ、考え直せ!早まるな……っ!な、何を考えているのだ?!おまえは!?』
「シリウス、ダフネ。皆……ありがとう」
ハリーの頭には、皆への感謝と己に対する罪悪感しかなかった。
ハーマイオニーの忠告を無視しここまで来たことで、二人の人間の命を奪うことになった。今も死にかけ、或いは死んでいる仲間だって居るかもしれないのだ。
今更どうして自分の命を惜しむだろうか。
ハリーは迷うこと無く己の額に杖を当て、アバダケダブラ(死ね)を自分自身にー。
放とうとして、ダンブルドアの石像に叩きつけられる。
その瞬間、ハリーの中から何かが抜け出したのが解った。
「……撤収だ、ベラ。オーラーどもが来た。」
ヴォルデモートは額から血を流し、ダンブルドアの殺害に失敗した。それだけであれば、退くいいわけも立たなかった。
今、ファッジ率いるオーラー達がやってきたことで、ヴォルデモートは足手まといの部下を護るためという撤退の名目を得た。ベラトリクスはまるで姫のようにヴォルデモートに抱かれながら、漆黒の霧の中主と共にかき消えた。
「……だ……大臣っ!あの人です!れ、例のあの人が確かにここに居ました!!」
オーラーの女性がファッジに進言……否、わめきたてていた。これまでの鬱憤を晴らすかのように現実を直視させるオーラーに対して、ファッジは口をパクパクとさせるだけだ。
「……わ……解っている、わかって……」
そんなファッジには死刑宣告が下された。
「ファッジ。……見ての通りだ。……私は君が望むなら君たち全員と戦い、そして勝つ。……だが、最早その必要はないだろう」
ハリーはダンブルドアの声がこれ程冷たくなることがあるのだと思った。
「ハリー、大丈夫かね?」
「……は、はい。……校長先生」
ダンブルドアはファッジではなく、ハリーに対して親身になって話す。それがこの一年を無駄にしたファッジへの罰であるかのように。
「……今夜、私の時間を三十分やろう。それで不十分なら、ホグワーツに居る私の元に手紙を出せ。それで君の役目は終わる」
その言葉と共に、この一年アルバス・ダンブルドアを苦しめたあらゆる不名誉は撤回された。コーネリウスは違法ポートキーに口を出そうとしたが、ダンブルドアが一瞥すると怯えたように口を閉じた。
ダンブルドアもファッジに八つ当たりしたいくらいには酷い現状です。
シリウスもこんなことになるなら死んだ方がマシだったと思います。