ドーリッシュもまた、ファッジの護衛として現場に駆けつけたオーラーの一人だった。今回組んでいたキシドラ・アンビシャスと共に現場での一部始終をファッジに報告する義務があった。
ダンブルドア、ポッター、シリウス、そして、ザビニという四名はダンブルドアが作ったポートキーによって神秘部から脱出した。デスイーターによって手酷く傷つけられたり、クルシオを受けた学生達はセントマンゴヘ緊急搬送された。ブロンドの女学生は、全てが終わり緊張の糸が切れたのか、泣き崩れていた。
学生達の仲間が二人まだ魔法省のそとで待機していると栗毛の女学生から報告を受けて、職員達がせわしなく動く。その間にも、ファッジ達は対応に追われていた。
破壊された神秘部の現場確保と、早急に修復すべき危険物の管理。逮捕したデスイーター達のアズカバンへの移送。オーダーの一員だったトンクスとキングズリーからの報告と合わせ、非常事態宣言を出すための緊急閣僚会議。やるべきことは山積みだった。
そして、この場の状況を把握する上でもひと悶着あった。
「……大臣。私はポッターが自らにアバダケダブラを向けるところを目にしました。ポッターは危険でー」
「いいえ。ポッターは『インペリオ(支配)』にかけられていた可能性があります」
「インペリオか……ならばあり得る、のか……?」
ファッジはあやふやな知識でハリーの奇行に納得する。そんなファッジを見て、キシドラはキッとドーリッシュを睨む。
(今はそれよりも話すべきことは他にあるだろう。……規律重視なのは解ったから時と場を考えろ)
ドーリッシュは心の中をさらけ出してキシドラに念を送った。
インペリオは確かにかけた人間を意のままに操る。操るが、本人が取れないような命令は実行できない。キシドラが問題視しているのはハリーがアバダケダブラという最悪の闇の魔術を使用可能らしいというその事実だ。
ドーリッシュはすかさずキシドラの報告に割り込んだ。
ドーリッシュの脳裏を過ったのは、ホグワーツの校長室でダンブルドアと対峙した時の言葉だ。
『……止めておきなさいドーリッシュ。君がOWLで十二科目Oを取ったことを私は覚えている。君を傷つけたくはない』
アルバス・ダンブルドアの言葉は過言ではなかった。ドーリッシュはキングズリーやファッジ、アンブリッジ共々一瞬で昏倒させられた挙げ句、杖にも身体にも何ら後遺症を残されないという慈悲を与えられた。
今日のファッジへの対応を思えば、ダンブルドアとて自分達魔法省に思うところがあったことは明白である。
にもかかわらず、ダンブルドアはドーリッシュに慈悲を与えた。ドーリッシュはオーラーであり魔法省を動かす歯車である以上、キングズリーやトンクスやシリウスのようにオーダーに加入するという真似は出来ない。しかし、魔法省の職員という立場を越えない個人的な範囲で借りを返す程度の気持ちはドーリッシュにもあった。
ドーリッシュはハリーではなく、アルバス・ダンブルドアのためにハリーを擁護した。
「アルバス・ダンブルドアがポッターを特別目にかけていることは間違いありません。今日起きたことは不問とすべきかと……」
「……そ、その件について報告すべきことがあります。……オーラーの皆様がたにもお時間を頂いてご覧いただきたく……」
気の弱そうな神秘部無言者が話す。
神秘部も混乱の最中にあった。学生とデスイーター達が暴れまわった結果、英国魔法界の研究成果の大半が破壊され散逸したのである。発狂したいほどの絶望感の中で気弱な態度だけで済んでいるのは、むしろ芯が強いと褒めるべきことであった。
「何だね!早くしろ!我々は時間が惜しいのだ!」
ファッジの言葉はとんだ皮肉でしかなかった。貴重な時間を無駄にしたのが誰であるのかは明白だ。若手職員は大臣の言葉に多少気を落ち着かせ、水晶をファッジやドーリッシュに見えるように渡した。
「神秘部のセキュリティ機能によって、侵入者の動きは逐一監視されていました。……ですが……ですが、この一年間、都合よく記録されていない日時がありました……」
「……その日の担当のリストは?!」
「……局長のデスクの中にありました。……こちらです……」
魔法省職員の良心というべきか、それとも反骨心と言うべきか。いずれにせよ、記録媒体が消されていることに違和感を持ったこの職員は、自身で記録を残すことにしたらしい。
「……この一年……オーダーの面々がこの神秘部を密かに護っていました。……しかし我々はそれに気付かなかったのです。そして今日の事件が起きました……」
「何故言わなかった!?」
キシドラが思わず問い詰める。
「そう怒るな。配属されたばかりの新人職員の言葉をまともに受け取る方がおかしい」
ドーリッシュは穏やかな警官役を演じた。直情的なキシドラがいるとなにもしなくても役割分担が出来るので楽である。
「報告はしました。ですが……誰も取り合ってはくれませんでした……」
映像には職員が個人的に記録した水晶のデータが残っていた。上司に報告しても握り潰されたので、仕方なく個人で記録していたらしい。
(……恐らくファッジが握り潰したな、これは)
ドーリッシュは内心であたりをつけていた。事実ドーリッシュの読みは当たっていた。
神秘部周辺では少なくとも二回、違和感に気付く切っ掛けがあったのだ。一度目は、無言者のブロデリック・ボードがセキュリティに触れて入院した件。二度目は、アーサー・ウィーズリーが緊急入院した件。ドーリッシュ自身捜査すべきと思い進言したが、ファッジの圧力で待ったがかかり神秘部に立ち入ることは出来なかった。
ファッジを含めた魔法省職員は、ハリー達が神秘部に侵入してデスイーターが現れ、そしてファッジ達が到着するまでの一連の出来事を全て目にした。その中にはキングズリーの報告に無い話もあった。
ハリー・ポッターとその友人がドロホフと交戦し、殺されかけながら逆に追い詰め、殺し返したことをドーリッシュも知った。そして、無抵抗のドロホフを殺害したことも。
「……アントニン・ドロホフが死んだ……!!」
キシドラは声の中の喜色を抑えきれていなかった。が、ハリー・ポッターの所業を肯定するわけにはいかないとばかりに訂正する。
「……い、いや……殺された、のか。ポッターに……」
キシドラが一瞬喜んだのも無理はない話だった。ドロホフに殺された仲間の姿が目に浮かび、ドーリッシュ自身心を浮わつかせたからだ。
(……殺したいが殺せない……デスイーターはそんな連中だったからな)
「な、何を言っているんです。キシドラは。ドーリッシュも黙りこくって何を考えているの!?子供がこんな……こんなことをしているのに。おかしいと思わないのですか!?」
若手オーラーの魔女、ウィリアムソンはハリーの所業に心を痛めて叫ぶ。まだまだドーリッシュのように擦れてはおらず、キシドラのように仲間を失うという経験もしていない幸運な魔女だった。
デスイーターの一人が息子を護るために仲間割れを起こして殺されたことも、知った。
「…………ウィリアムソン。この先我々はドロホフが死んでいて良かったと実感することになる。厄介なデスイーターには一刻も早く死んでもらった方がいいと……我々は本音ではそう思っているのだ」
ドーリッシュは露悪的に言ったが、まだ自制心を残しているキシドラや目の前のウィリアムソンが羨ましかった。デスイーターを一人の人間として扱い、法律が破られたことに対して憤って、子供の魂が壊れたことを悔やむにはドーリッシュは擦れ過ぎていた。
(いちいち感情移入などしていたら身が持たん)
それが嘘偽り無いドーリッシュの本音だった。
「……死の呪文や闇の魔術を行使する子供なんて居ていいものではありません!そうでしょう?ポッターは今すぐに拘束すべきです!」
ウィリアムソンはそう主張した。
ドーリッシュやキシドラは、クラウチの手で闇の魔術が解禁される前からオーラーだった。だから闇の魔術に対する忌避感はある。ウィリアムソンは闇の魔法使いに対する闇の魔術が解禁された後にオーラーになった世代だが、闇の魔術に対する嫌悪感と忌避感が強い、ある意味真っ当な倫理観の持ち主でもあった。
「……むぅ……確かにポッターは危険だ。……危険ではあるが……」
キシドラはばつが悪そうに呟いた。キシドラ達のチームがハリー相手に手玉に取られたことはオーラー内でも噂になっていた。ドーリッシュは記録された映像を見て、手玉に取られたことは仕方がないと思った。
そもそもの話、ハリー一味は学生としては最上級の戦闘能力を有していた。
(一体どういう教育をしたらそうなるのかは解らないが、まるでデスイーターと見まがうほどの飛行技術だ)
ドーリッシュは脳内でハリーの攻略法を探す。幾つか対策は思い浮かぶが、そのために鈍ったスキルを鍛え直す必要があると思わされる動きだった。
(闇の魔術を抜きにしても、無言呪文の速度も狙いの早さも回避能力も隙がない。見た目が中学生であることを思えば初見殺しもいいところだ)
(……だからこそ、ウィリアムソンの懸念は解る。俺にも責任があるな。ポッターがインペリオで操られこちらに杖を向ければ、ドロホフが一人増えたのと変わらない脅威になる。成長性を加味すればドロホフ以上か)
ドーリッシュは内心でそう考えつつも、ポッターを擁護した。アルバス・ダンブルドアのために。
「……理屈の上ではそうだ。だが、それを言う権利が我々にあると本気で思っているのか?この一年間ハリー・ポッターを誹謗中傷し、『例のあの人』復活を黙殺した我々に?」
ドーリッシュの言葉に、ファッジは居心地が悪そうに縮こまった。ドーリッシュはあえて我々と言ったのだが、ファッジには思い至る節がありすぎたようだ。
ドーリッシュは正論を言うべき時と場を弁えていた。正論は、人間関係において反感を買うための最良の手法であり信頼関係の無い存在に対して口に出しても良いことは一つもない。
しかし、ドーリッシュには前の内戦をオーラーとして生き残ったベテランという圧倒的信頼感があった。この場の職員やファッジ達に現状を認識させ、アルバス・ダンブルドアへの義理を通すためにあえてドーリッシュは正論を口に出したのである。
「……憎むべきはデスイーターと例のあの人であり……子供に最悪の武器を持たせた我々であると言うことか、ドーリッシュよ」
ドーリッシュから見ても正義感の強いキシドラは無念そうに言った。キシドラは頭が固い直情型だが、話せば解るだけまだマシなのだ。
「……現実を見ろ。ポッターが光陣営として戦う意思がある以上、この事を公にする意味はどこにもない」
(……もっとも少し頭の回る人間なら……この一件は『取引材料として使える』と考えるだろうがな……)
ドーリッシュの言葉に、ウィリアムソンは素直に引き下がった。ハリー・ポッターが優れた戦闘能力と、不安定な精神性を持っていることは誰の目にも明らかだ。
シリウス・ブラックと同じ要注意人物としてレッドリストに入れるのも結構だろう。しかし、今ハリーに構う余裕はどこにもないのだ。
(……戦争の犠牲者か。ポッターに限った話ではないな。)
「グリーングラス家の娘に、ザビニの息子。ポッターの周囲にはデスイーターの関係者も多いようだが、彼らはポッターに付いたということか?」
キシドラはポッターの取り巻きに入っている危険人物の名を挙げた。
「そのようだ。ポッターはスリザリン生なのだろう?交流を持ったとしても不思議ではない」
デスイーター被害者の息子がデスイーターの関係者と交遊を持つ。本来ならあり得ない異常事態だが、スリザリン生という関係でポッターに近づいたとしても不思議はなかった。
「……何がなんだか……異常な環境ですね、ポッターは……」
ウィリアムソンの言葉はウィリアムソンに限らずこの場にいる人間すべての総意であった。しかし、キシドラはまだ良心と良識があった。
「……そういう言い方は止せ、ウィリアムソン。彼らは危険思想を捨てて、命懸けでポッターに荷担したのだ。ましてや子供で、闇の魔術を使用した痕跡もない。……不法侵入罪を除けば、讃えるべき存在だ」
キシドラの言葉にしたがい、ウィリアムソンは深く頷いた。ドーリッシュにとっては解っていたことだった。
「アルバス・ダンブルドアやシリウス・ブラックが彼らを庇護しているということは、純血思想やそれに準ずる危険思想はないと見ていいだろう」
(……もっとも……ポッターと同じように警戒対象ではあるのだがな……)
ドーリッシュは良心と倦怠感の狭間で揺れ、溜め息をついた。
今後ハリー・ポッターは危険人物としてではなく、『英雄』として扱われるだろう。闇の勢力の存在が公になる以上、ポッターを迫害して敵に回すより、ポッターに闇陣営と戦って貰った方が民衆にとっても魔法省にとっても都合が良いからだ。
それは否応なしにティーンの少年少女を政治と戦争の玩具にするということだ。もう慣れてしまったとはいえ、ポッターやグリーングラスやザビニという子供達に対して大人として罪悪感が湧かないわけではなかった。
(……せめて……悪しき道ではなく正しい道を歩んで欲しいものだが。無理かもしれんな……)
水晶に記録された映像を見て、ドーリッシュはまた内心で嘆く。
ハリー・ポッターが自分自身にアバダケダブラを向けた理由を、水晶を見てドーリッシュは理解した。ハリーは人を殺した自分を、自身の手によって終わらせようとしたのだ。ハリー・ポッターはとっくに闇に染まっていた。
ハリーが激昂しアバダケダブラを使ったのはドロホフの挑発によってだ。しかし、その前からハリーはペスティス・インセンディウムを使っていた。ハリー・ポッターという魔法使いの器はとうの昔に壊れて闇に傾いていたのだ。
器が壊れ闇に堕ちた人間というものがどうなるか、ドーリッシュはオーラーとしての人生で目にしてきた。取り返しのつかないことをした人間というものは、どこまでも深い闇に沈んで上がれなくなってしまうのだ。
ハリーはもういつ死んでもいい気持ちでしょうがダフネとかザビニにとってはいてもらわないと困ります。
社会的地位ゼロのデスイーターの関係者ではなく、英雄の仲間でないといけないんです。