蛇寮の獅子   作:捨独楽

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原作読んだ時から思ってたんですが。
ダンブルドアがハリーを指導する上でシリウスが生きているとすっ……げぇ邪魔ですね。
原作のダンブルドアはシリウスには一生黙っておくつもりだったと思います。


ただ一人君のためなら

 

 視界が暗転し浮遊感を味わった後、ハリーは校長室に立っていた。所在なく立ち尽くしているハリーの肩を掴む者がいた。

 

「……おい」

 

 気がつくと頬に痛みを感じた。殴られたのだと気付いた。ハリーを殴ったのはザビニだった。

 

 殴られたのは久しぶりだった。ハリーは、自分が受ける罰としては優しすぎると思った。こんな痛みでは、ザビニや皆が受けた苦しみには代えられないと。

 

「……何で自殺なんかしやがった!?えぇっ!?……ヴォルデモートを殺すんじゃ無かったのかよ!」

 

 ハリーはザビニへかけるべき言葉が見つからなかった。ただただ約束を果たせなかったことに対する申し訳なさしか沸き上がらない。

 

「何とか言えって……」

 

「止すのだ、ザビニ」

 

 ダンブルドアはハリーの胸ぐらを掴むザビニの手を止めた。ザビニはダンブルドアに止められたと気付いて手を離す。

 

「……ハリーはあの時ヴォルデモートに憑依されていた。そうだね、ハリー?」

 

「えっ」

 

「クィレル教授に取り憑いたように、ヴォルデモートには己の肉体と魂を分離して任意の人間に憑依するという魔法が使える。……取り憑くためにはその場でその魔法を行使しなければならないようだが」

 

 ダンブルドアが感情を乗せずに淡々と話すことで、ザビニは恐怖を感じたのかハリーから後退りする。

 

「……ではハリーは自分の意思ではなく、やつに操られてあんなことを?」

 

 シリウスは今までになく青ざめた顔で言った。ハリーはシリウスが、ここまで怯えた顔をしている姿を見たことはなかった。

 

「……本来であればそう考えるのが妥当だ。しかしそうなると、ハリーが預言を砕いたことが解せなくなる。預言は彼の目的だった。奪取のチャンスを逃すような男ではない」

 

 

「…………君は己に取り憑いたヴォルデモートを、自分ごと殺そうとしたのだね」

 

 ダンブルドアの発言に、ザビニもシリウスも凍り付いた。ハリーにとっては、そうなるのも無理はない話だった。

 

 アルバス・ダンブルドアがこれ程ハリーに険しい目を向けたことはなかった。フィニアス・ナイジェラス・ブラックの肖像画は狸寝入りをやめてチラチラとハリーやシリウスに視線を送っている。

 

 

 

「……そうです。ごめん。……ヴォルデモートを殺せなくてごめん、ザビニ」

 

 

「……ハリーを責めてくれるな、ザビニ……」

 

 沈痛な顔で話すダンブルドアの言葉に、ザビニははっとなる。

 

「……ごめん。ヴォルデモートを……殺せなくて、ごめん。……ごめんなさい……」

 

 ハリーは皆になんと言って詫びればいいのか解らなかった。自分が千載一遇の好機を逃したことは明らかだった。

 

(……ダンブルドアが居たんだ。…僕ごとやつを殺せば、もしかしたらやつは復活せずそのまま消滅したかもしれなかったのに……)

 

 

 

「……いや……俺は、俺は……ただ……お前……ハリーに死んで欲しかった訳じゃ……」

 

 ザビニは言葉を失って口を閉じる。

 

「……ハリー。君が今日ヴォルデモートの憑依に対抗できたのは……恐らく君の持っているアイテムによるものだ」

 

 ダンブルドアは冷徹にハリーに言った。

 

「…………胸ポケットに入れているものを出しなさい」

 

 ハリーは自分がロンから聖石を預かっていたことを忘れていた。ハリーがダンブルドアに手渡した宝石は、ダンブルドアの手元で赤く輝く。それは淡い光ではなく、燃え上がる炎のような煌めきを持っていた。

 

「……ロンが持っていたやつだ。でも、色が変わってる」

 

 ザビニが言うと、ダンブルドアがハリーに聖石を返した。

 

「これは蓄えた魔力によって他人の邪な意思をはね除ける宝石だ。その力を取り戻すためには何日かの時間を必要とするだろう。……ミスタ・ウィーズリーに感謝しておきなさい。……彼は今日、君の命を救ったのだ」

 

 ハリーは答えられなかった。

 

(ロンのお陰で生き残った。……でも僕は生きていて良かったのか?)

 

 あの場でヴォルデモート事殺されていた方が良かったのではないか。そんな考えがハリーの頭から離れない。

 

 ハリーが自分の思考に没頭する間にも、ダンブルドアのハリーを見る目はますます厳しさを帯びていった。

 

「……ヴォルデモートはあわよくば君を操作して私を殺すか、操った君をわたしに殺させる直前に逃げるつもりだったのだろう。その策は破綻し、ヴォルデモートは今日英国中にその姿を晒した」

 

 ダンブルドアの言葉は、これが前進であると告げていた。その言葉の力強さは聞く人に希望を抱かせるためのものだとハリーにはわかった。

 

「……しかし……犠牲も大きかった。この戦いで多くのものが喪われた。」

 

 ダンブルドアの言葉をシリウスが継いだ。

 

「…………ザビニの母君もその犠牲の一人だ。ザビニ。今日君に起きたことを君は正確に把握しておくべきだと俺は思う」

 

 それまで不自然なほどに口を閉じていたシリウスは言った。ザビニは唐突に言われた言葉が解せない。

 

「……?あいつ……あいつは勝手に死んだテロリストの一人でしょう?」

 

「……違う。……今日、俺たちが最後の部屋に到達したあの瞬間。君のために、彼女はヴォルデモートの一味に立ち向かった。……それまでの過程で何があろうとも……その一点だけは揺るぎない事実だ。キシリア・ザビニは勇敢だった」

 

 ザビニはシリウスの言葉が飲み込めない。

 

「……………………そんな言葉をかけていい人間じゃねぇ!」

 

 シリウスはザビニに毒を吐き出させたかったのだろう。今日起きたことは、キシリア・ザビニの自己犠牲による愛の守りだとハリーは察した。だが、それを言われたとてザビニはどう受け止めろというのだろう。

 

 ザビニは母親と杖を向け合って殺し合ったのだ。ハリーに着いてきたばかりに、そんな目に遭うことになったのだ。

 

「ヴォルデモートやデスイーターに反抗して死ぬ恐怖に抗える魔法族は少ない。君の母親の守りが君を護ったんだ」

 

「……あれは杖の暴発でしょう?ベラトリクスのやつがマキシマを暴走させたんだ」

 

「いいや。あの時、ベラトリクス・レストレンジの魔力に乱れはなかった。やつにとって闇の魔術……特にクルシオは得意技だ。失敗など考えられない」

 

 シリウスが愛の守りを説こうとするが、ザビニは受け入れなかった。

 

 ザビニは混乱しながらも直感的に鋭いところを見せた。

 

「でも……そうだとしても、……それで闇の魔法使いを倒せるんだったら、もっと大勢の魔法使いが勝てた筈だろ」

 

「……話はわかった。……君の母君は、自分が助かる余地をベラトリクス・レストレンジによって与えられたのだ」

 

 ダンブルドアはその場に居たわけではないが、シリウスの話から何が起きたのかを察したらしい。

 

「だが、君の母君は生き残る選択をしなかった。情けをかけられて本来であれば死ぬ必要のない人間が、それでも死を絶対のものとし、己の内に迎え入れて愛すべきものを護るとき。命が失われることと引き換えに、愛の守りが君に働いたのだ」

 

「……!……だ、だからって。俺にだけそんなことが起きるなんて。」

 

 絶句するザビニは、ダンブルドアとシリウスの間に視線を彷徨わせた。ダンブルドアが愛の守りが発動した条件を補足する。

 

「……己の身を呈して敵に立ち向かった魔法族は多い。確かに、愛の護りが世に知られていないのは不自然に思える。だが実際のところデスイーターやヴォルデモートが殺すべき相手に情けをかけることなどあり得ないのだ。……愛の護りが起きたのはハリーと、君だけだろう」

 

「…………」

 

 ザビニはもう何も言わなかった。ハリーの方を見てくるが、ハリーも何も言えない。

 

 ハリーにとってリリーは話で伝え聞くだけの人柄しか知らない。スネイプの記憶で正義感の強いハーマイオニーのような女子だったと知っているが、それだけだ。

 

 昔からずっと親子として過ごしてきたザビニの方がずっと辛いことは嫌でも分かる。だから、ハリーにはかけられる言葉がなかった。

 ザビニが鼻を啜る音が校長室に響いた。

 

「………………ベラトリクス・レストレンジの残虐さをキシリアは知っていたのだろう。やつに捕まった人間がどうなるのかはデスイーターであれば尚更知っていた筈だ。……ただ一人君のためだけに、君への愛のために、彼女は最後の最後で正しい道を選ぶことが出来たのだ」

 

 ダンブルドアが手を叩くと、ミネルバ・マクゴナガル副校長が入ってきた。ミネルバはザビニを連れて、医務室へと去っていった。

 

 そして無言のまま、ダンブルドアはハリーとシリウスをソファへと座らせた。ハリーは校長室の肖像画が自分を見ることも構わず、ダンブルドアにいつ話を切り出そうかと迷っていた。

 

「校長先生。お願いがあります。僕を退学処分にしてください」

 

 ハリーがそうダンブルドアに話した瞬間、校長室のドアが叩かれた。甲高いハウスエルフの声がした。

 

「ハリー、一体何を言っている……!」

 

「ハリー。……私が今ここに君を連れてきたのは、君に生き急いで欲しくはないからだ。暫く待って欲しい」

 

 ハリーはダンブルドアの射貫くような目に押し黙った。もうオクルメンシーを使う気力などなかった。

 

 自分がヴォルデモートを殺したいという気持ちは変わらない。ハリーの殺意は決して鈍ってはいない。

 

 だが、ハリーは自分がダンブルドアやシリウスにとっての足かせになるとわかっていた。ダンブルドアの戦力になるどころか足手まといでしかなかった。世間的にハリーの悪事が露見し、オーダーやシリウスの不名誉になる前に退学処分を受けて司法の場で裁かれた方が、ダンブルドアにとっては楽な筈だと信じて疑わなかった。

 

 ハリーは罰を受けたかったのだ。

 

「校長先生!!ブラック婦人をお連れしました!」

 

「ご苦労、ドビー。………………辛いところすまない、マリーダ」

 

 ダンブルドアが招き入れたのは、ドビーによってホグワーツまでテレポートしてきたマリーダだった。頓服薬を服用してきたのか、病み上がりのマリーダの顔色はすこぶる悪かった。

 

「……シリウス!ハリー!!」

 

「……ああ……」

 

「いえ、僕は……」

  

 マリーダはまずシリウスに抱きついた。そしてハリーも抱擁しようとしたが、ハリーは自分にはその資格はないと思った。マリーダはなにも知らずにハリー達の生還を喜んでいる。

 

「…………神秘部での話は聞いた。……二人が生き残った。それだけで私にとっては充分だ。それ以上のなにを望むと言うんだ?」

 

 

 マリーダはスリザリンらしい冷酷さを見せた。ハリーが人を殺したことについては一言も触れない。家庭にその事を持ち込ませる気はないという宣言のようでもあった。

 

「……僕には……ブラック家の家族である資格がありません。僕は人殺しです」

 

 ハリーはマリーダを拒絶しようとした。高熱の体に鞭うってここまで来た義母に対して酷い仕打ちだとハリーにもわかっていた。だが、今言っておかなければずるずると流されてしまうとハリーには分かっていた。

 

「家族かどうかを決めるのはハリーだけではなく俺やマリーダの意思も含めてのことだ」

 

 

 シリウスは強引にハリーの言葉を遮った。

 

「俺にはハリーを養育する義務がある」

 

「でも僕の存在はブラック家の立場を危うくします」

 

「魔法省は僕の犯罪の証拠を逃さないでしょう?神秘部への不法侵入やドロホフにやったことは筒抜けの筈だ。僕はすぐに逮捕されます」

 

「…………」

 

 マリーダは言葉を失いながらも首を横に振った。

 

「……戦時下でテロリスト相手にやったことを咎める魔法族はいない」

 

「そんなの間違っています。僕はあいつらと変わらないのに」

 

 ハリーの言葉に同調したのは、フィニアス・ナイジェラスの肖像画だった。どこかシリウスにも似通ったところのある傲慢そうな男は、厳しくハリーを追及した。それはハリーにとっては救いだった。

 

「聞いたかね、シリウスにアルバス。これが現実だ。子供というものはどうあっても自分が正しく大人が間違っていると思い込む愚かな生き物だが、目の前の子供はまさにそれだ。こちらのかけた情けを受け取らず人生を棒に振ることが美しいと勘違いをしている。とんだ恥知らずの愚か者よ」

 

「家族の会話に死人が口を挟むな」

 

 シリウスの言葉にフィニアスは気分を害したのか、舌打ちして狸寝入りをした。シリウスがハリーに言う。

 

「……何故ドロホフを殺した。何故だ?殺す必要はなかった筈だ」

 

「殺したいからやった。それだけだ」

 

 ハリーを見るマリーダの表情に怯えが浮かぶのがわかった。それで良かった。とにかく、自分にはもうブラック家の敷居をまたぐ資格など無いのだ。

 

「……あの場には焼死体があった。あれを……ハリーがやったのか」

 

 

 ハリーは答えなかった。黙ってハリーの言葉を聞いていたダンブルドアが口を開いた。

 

「……アントニン・ドロホフはデスイーターの中でも最も卑劣で残忍な男だ。……彼は罪のない人間を魔法でそうと気付かないよう盾にした。……ハリーは知らず、人の命を奪ってしまった」

 

 ダンブルドアのレジリメンスはハリーが気付くよりも早く正確だった。だが、それでハリーの罪がなくなったわけではなかった。

 

「…………ドロホフやデスイーターはインペリオやインフェリを使いこちらを苦しめてきた。……その手の手段を用いることも想定はできることだが……」

 

「今日起きたことは全部僕の責任なんだ」

 

 ハリーはシリウスに言った。罪を認め告白すると言うより、早く楽になりたいという気持ちで。

 

「僕が皆を神秘部に導いた。……ハーマイオニーが僕を止めてくれたのも聞かずに、皆を強引に説得して突入させた。……そして……僕はドロホフを許せなかった。それ以上に自分自身が許せなかった。僕は八つ当たりでドロホフを殺したんだ」

 

 シリウスはハリーの言葉に一切答えない。ただ、腕を組んでハリーの言葉を聞いていた。

 

「ネックレスに変えられたマグルを殺したのは僕だった。下手をすればハーマイオニーにも殺人をさせていたかもしれなかった。……僕があそこに連れてきたせいで」

 

「……ドロホフを殺すときもハーマイオニーが止めようとしてくれた。だけど僕はそれも聞かなかった。ドロホフを殺すことしか頭になかったんだ。……こんなやつが、生きていていいわけがない」

 

 シリウスは手の平でハリーをぶった。

 

「シリウス!」

 

 マリーダの止める声をシリウスは聞かなかった。

 

「いい加減にしろと言っている!いいか!人の生き死にを決める権利は神にしかない!だが、過ちを犯したからと自棄になるのは最低の責任の取り方だ!」

 

「じゃあ他にどんな責任の取り方があるって言うんだ!終わりたいんだ!終わらせてくれよ!」

 

 ハリーもシリウスを殴り返した。が、シリウスはハリーより明らかに素手の喧嘩に慣れていた。ハリーの拳はすかされ再び殴り返される。

 

「そんな!責任の取り方が!あってたまるか!!それは怪物の生き方だ!」

 

「だったら僕は人間でいるのは嫌だ!」

 

「……マリーダはこちらに。ドビーに暖かい飲み物を用意させよう」

 

「……ええ。お願いします、校長先生」

 

 ダンブルドアとマリーダが暫くの間校長室から席を外した。ハリーはシリウスに今日の全てをぶつけた。

 

「ヴォルデモートを殺すにしたって!ぼくは単なる足手まといでしかなかった!それどころか居ても邪魔になるだけだった!」

 

「ヴォルデモート云々に逃げるのは止めろ!」

 

 シリウスの拳がハリーの頬にクリーンヒットした。ハリーは反撃出来ずに倒れ込む。

 

「いいか!ハリーの命はジェームズとリリーが命をかけて繋いだものだ!あのザビニのようにだ!……まだ成人でもない分際で……今のハリーに自分の命を蔑ろにする権利はない!」

 

「またそれか。ジェームズ、ジェームズ。いい加減うんざりだ」

 

「ハリーが理解するまで何万回だろうが繰り返してやる。いいか!」

 

「……お前には生きる義務がある!」

 

 シリウスに十回以上殴られ床に背中をぶつけたとき、ハリーは立ち上がろうともがいて、立てなかった。ハリーの拳は一発も当たらなかった。シリウス・ブラックはマグル式の喧嘩でも百戦錬磨の猛者で、ハリーは魔法なしではひよっこのもやしだった。

 

「…………自分のしたことから逃げるのは勇気じゃない。それは臆病者の逃避だ」

 

 シリウスは立てなくなったハリーに言い聞かせた。

 

「俺はジェームズとリリーが死んだあの日、復讐を優先してハリーから逃げた。今でも悔やんで夢に出る」

 

「…………今更」

  

 ハリーは呆れるしかなかった。

 

「そうだ、今更だ。だが、今のハリーと向き合わず、ハリーを放り出せば俺は必ず後悔をする。あの時と同じようにだ」

 

 シリウスはハリーを立たせて、正面からハリーの目を覗き込んでくる。ハリーは内心暑苦しいなとさえ思った。

 

「復讐に身を焦がし、自棄に任せて暴れれば。きっと今よりも悲惨なことになる。それでお前の気は済むだろう、ハリー。だが、残されたザビニの気持ちはどうなる?ロンは?ハーマイオニーに何の謝罪もせずに逃げることが、勇敢な生き方だと地獄で誇れるのか?」

 

 ハリーにとって、自分の将来などどうなっても最早構わなかった。だが仲間の名前を出され思わず目をそらす。

 

「ぼくを必要としてくれる人なんて居ない。もう……」

 

 ハリーは弱々しく言った。だがシリウスは許さなかった。

 

「ああそうだろう。お前を軽蔑し離れていくだろう。……だが、ハリー。その罰からすら逃げようとしたのが今のお前なんだ」

 

 ハリーは項垂れてシリウスの言葉を聞くしかなかった。

 

 ハーマイオニーに謝るとハリーは言った。だが、ハリーは怖かったのだ。

 

 自分が今まで構築してきた全てのものを、自分自身の手で台無しにしてしまったことを直視するのが。

 

 罰を受けろというシリウスの言葉は何よりハリーの心に染み込んだ。ハリーは自分の過ちを認めるしかなかった。

 

「……ごめん……なさい……」

 

 雛鳥のフォークスが餌をねだる声が校長室に響いていた。シリウスとハリーはぐちゃぐちゃになった校長室を魔法で片付けると、部屋の主であるアルバス・ダンブルドアとマリーダを招き入れた。

 

 

***

 

「……校長先生、息子と私が大変失礼を致しました。お許しください」

 

 深々と頭を下げるシリウスにならい、マリーダとハリーも頭を下げた。ブラック家の謝罪をダンブルドアは快く受け入れた。

 

「いいや、構わない。……今ハリーが抱いている痛みを感じる心こそ、ハリーの最大の長所だと私は思っている。失礼などではないよ」

 

 

「……ハリーにはこんなものでは足りないほど私に迷惑をかける権利がある」

 

 ハリーはマリーダのエピスキー(治癒)によって切れた頬や唇を癒され、マリーダとシリウスに挟まれて座っていた。マリーダは反省を促す意味も込めてか、ハリーとシリウスの怪我を完全には治癒しなかった。ハリーの右頬はずきずきと痛みを訴えていた。

 

「権利?僕にそんなものあるわけがないでしょう。全部僕の自業自得なんですから」

 

 ハリーは心の底からそう言った。ハリーには最早ダンブルドアに対する恨みや憎しみはなかった。あるのはただただ自分を恥じる感情ばかりだった。

 

(……結局僕は、自分のことしか考えていなかったんだ。退学の手続きをするにしたって、あんな風に喚き散らして)

 

「いいや、あるのだ。……ハリーの権利について話す前に、私がハリーの希望を叶えてハリーを退学処分にすることはないと言っておかねばならない。ハリーには申し訳ないが」

 

「どうしてですか」「シレンシオ(黙れ)。……感謝します、校長先生。どんな御礼にも代えられません」

 

 抗議の声を上げたハリーをマリーダが黙らせる。ハリーに対してもマリーダに対しても、そしてシリウスに対しても、ダンブルドアは厳しい表情だった。それは何かを覚悟している人間の目だった。

 

「……私にその感謝は受け取れません、ミセス・ブラック」

 

 ダンブルドアの様子がおかしいことにシリウスもマリーダも表情を変える。

 

(……何だ……?そんなもの一体なんの話をするって言うんだ)

 

 ハリーはフィニアス・ナイジェラスの肖像画が、ハリー達をじっと見ていることに気付いた。

 

「今この場に三人を呼んだのは、君達にこの話をするためだった。……今日起きた一連の出来事の責任のほとんど全てが私にあったからだ。全部、というのはいささか傲慢ではあるが、私がすべきことを成していれば、今日の出来事は起きなかった」

 

 ハリー、シリウス、そしてマリーダに緊張が走った。

 

「ハリー、今日君が打ち砕いた預言。……あれをヴォルデモートが狙っていると君に話していれさえすれば、君は今日のような無謀な突撃を試みはしなかった。聡明なミズ グレンジャーの忠告に従っていた筈だ」

 

「いいえ。僕がレジリメンスを怠ったからです。……そのせいでヴォルデモートに付け込まれたんです」

 

 

 

(そうだ。だからことの発端は僕にあるんだ。……だけど待て。そもそも……)

 

 

 

 ハリーには合点がいかなかった。が、唐突に思い出すこともあった。

 

(どうしてヴォルデモートは僕をあそこに誘導したんだ?)

 

 陳列されているスコアについて説明するラベルに、闇の帝王とハリー・ポッターという一文が刻まれていたことを思い出したのだ。

 

 ハリーの胸が嫌な予感に苛まれた。そうしている間にも、ダンブルドアの言葉は続いた。

 

「ハリー、シリウス、そしてマリーダ。……老いぼれの長話に付き合ってくれ」

 

「勿論です。我々が貴方の話を聞かないなどあり得ません」

 

 ダンブルドアはシリウスの言葉に頷くと、滔々と語り始めた。

 

「……私は……自分で思っていたよりずっと歳を重ねすぎた。老いぼれ衰えていくなかで、ハリーのような若者が急速に成長していくということを忘れてしまっていた。……許してくれ」

 

 ダンブルドアが何故ここまで謝るのかハリーには理解できなかったが、ハリーにとってとてつもない厄災が待ち構えているということだけは想像できた。冷や汗がハリーの頬をつたう。

 

 シリウスはじっとダンブルドアの言葉に耳を傾け、マリーダは熱で額を抑えていた。二人も、待ち受ける話がろくでもないことだと理解しているのだ。

 

「十五年前に、ハリーの額にある稲妻型の傷を見たとき。私はそれがハリーとヴォルデモートとの間にある絆による繋がりではないかと推察した」

 

「……アラスター・ムーディから聞いています」

 

 シリウスは丁寧に言った。ダンブルドアはうむ、と頷くと、言葉を刻む。

 

「……私の考えが正しかったということは、君が蛇との友情によってシリウスの名誉を回復させたことで明らかになった。君の蛇語は紛れもなく、トム・リドルが持っていた才能だ」

 

「……僕にとってこの力は恥じるべきものじゃありません、先生」

 

「……ヴォルデモートが君のような人間であれば、ことはもっと簡単だった」

 

「ハリーをやつと同一視するなど、いくらダンブルドアとはいえ……!」

 

「シリウス、落ち着いて。ダンブルドアはハリーと『例のあの人』は違うものだと言っているから」

 

 ダンブルドアが言った言葉にシリウスは憤慨しかけたが、マリーダになだめられソファーに座り直す。ダンブルドアは、ハリーの額の傷がヴォルデモートの感情と連動していると指摘した。

 

「ヴォルデモートが復活して以降、ヴォルデモートがハリーとの繋がりに気付くことは想像できた。ハリーはやつの感情の昂りに呼応し、やつもまた、君の感情に気付く。この繋がりが利用されることを私は恐れた」

 

「……ダンブルドアに恐ろしいものがあるとは私には信じられません」

 

 マリーダが話すが、ダンブルドアは首を横に振った。

 

「……いいや。……恥ずべきことだが、私はハリーにヴォルデモートが取り憑いて、私の考えを読み取ってオーダーの内部情報を吸い上げることを恐れた。マリーダはスネイプの代わりの教授を用意してほしいと私に頼んだ」

 

「ええ。確かに頼みました。……しかし今はあてがないと校長先生は仰いました」

 

「……代役が居るとすれば私しか居なかったが、私は自分の考えが僅かでもやつに漏れる可能性を嫌ったのだ」

 

 ダンブルドアの言葉に、ハリーもマリーダも暫くの間言葉を失った。

 

(……いや、でも。それは当たり前のことじゃないか?そんなことでダンブルドアを責められるか?大勢の仲間の命を護っている人を?)

 

 ハリーは自分がヴォルデモートに情報を提供し続ける厄介者であると認めたくはなかったが、最早認めるしかない状況だった。

 

 曲がりなりにも裏の集会で組織を率いたハリーは、人を率いるということの大変さを身をもって知り、大失敗を重ねた。大勢の仲間の命を預かるリーダーが軽率な行動をすれば、仲間の命を危険に晒してしまう。ダンブルドアがハリーとの接触を絶つのは当たり前であると、ハリー自身が認めざるをえなかった。

 

「……その件について責任があるとすれば役目を放棄したスネイプでしょう。オーダーとして与えられた任務を途中放棄した。明確な背信行為ではありませんか?」

 

 シリウスはスネイプ教授を非難した。マリーダも視線でシリウスに同意する。  

 

 ハリーは反論せざるをえなかった。他の誰か、例えばマリーダがスネイプを非難するのであれば口出しはしなかっただろうが、シリウスだけは非難してはならないと思ったのだ。

 

「待って、シリウス。僕はスネイプ教授から基礎は教わっていたんだ。基礎を怠った僕の落ち度なんだよ」

 

「……スネイプ教授は、今朝ハリーが血相を変えてやって来たときその事を最寄りの場に居るオーダーへと伝達した」

 

 ダンブルドアはすかさずスネイプをフォローした。が、普段のダンブルドアとは異なり表情には気が進まないという雰囲気が見て取れた。

 

 この場において、ハリー自身の責任の所在は一旦棚上げされていた。ハリーが何を言おうとも、マリーダやシリウスやダンブルドアには責任の大半が大人である自分達にあることは分かっていたのだ。

 

「……だから私が神秘部に駆けつけられたのだ。あの男を責めないでやってくれ」

 

 ダンブルドアに言われ、シリウスはぐっと唇を噛み締めたあと、あなたがそこまで言うのであればと言った。

 

(…………)

 

 ハリーは居たたまれない気持ちでダンブルドアの言葉を聞くことになった。

 

「……話を戻そう。ヴォルデモートは人の愛を知らない。しかし、ハリーが感情豊かな少年で、シリウスやマリーダのことを敬愛しているという情報はルシウスを通して得ていただろう。デイリー・プロフィットに二人の愛の結晶が載った日に、ブラック家の絆を利用してハリーを誘い出す策を立てたのだ」

 

 

 ダンブルドアの言葉に、ハリーのなかの怒りが掻き立てられた。ダンブルドアに対してではない。ヴォルデモートに対してだ。

 

 シリウスもマリーダも同じ気持ちだった。ダンブルドアは三人がヴォルデモートへの怒りと憎しみで気持ちを統一したことを確認すると、本題を切り出した。

 

 ダンブルドアの最も優れた点は、人の感情を知ってそれを誘導する能力にあった。占い学にも通じるそれは生まれ持った魔法の才能ではなく、ダンブルドアがその人生において培った経験によって産み出される真の技術。

 

 

「……ここまで話せば、君達の心にもひとつの疑問が浮かんでいるだろう。そもそも、何故。ヴォルデモートはハリーをここまで執拗に狙うのか。否、十五年前にハリーを狙ったのか」

 

「…………」

 

 ハリー達が固唾を飲んでダンブルドアの言葉に耳を傾ける中、ダンブルドアは言った。

 

「……私は……ハリーが一年生にしてヴォルデモートと対峙し、辛くも生き延びた時。その理由を明かすべきだろうかと迷った」

 

 ダンブルドアの顔には苦渋が満ちていた。

 

「……ハリーには、スリザリン生にしてミス グレンジャーやミスタ ウィーズリーと仲良くなる奇妙な才覚があった。私は目の前の若く才能ある子供に真実を告げるべきか悩んだ」

 

「……だが、ハリーはヴォルデモートとの戦いで疲れきっていた。……それに……クィリナス・クィレルの死を悔やむ気持ちを持っていた」

 

 ダンブルドアの瞳から一筋の涙が流れた。

 

「……先生!?」「お気を確かに!」

 

 マリーダもシリウスもあわてふためく。ハリーは忘れていた記憶……トラウマを思い出していた。

 

(……そうだ。あの時僕はどうしようもないほど弱かった。何もできなかった。……だから強くなりたかったんだ……)

 

「……私はあの時……判断を誤ったのだ。……君に真実を告げなかったことではない。……君はあの時疲れきっていて、真実を受け入れる余裕など一欠片もありはしなかった」

 

「……ただあの時君はクィレルのために慈悲の心を示してくれた。……人として尊く、優れた行為だった。……しかし私は、クィレルの存在が君の心を苛むのを恐れて君の慈悲を良くないものだと否定してしまったのだ」

 

「……今更何を言い出すんだ」

 

 ハリーは敬語も使えなかった。

 

「校長先生に謝りなさい、ハリー!」

 

 マリーダは必死になってハリーに言うが、ハリーはダンブルドアの青い瞳と、流れ落ちる涙を睨んだ。

 

 ダンブルドアがどれだけ慈悲深くそしてクィレルがどれだけ被害者であったとしても、ハリーはクィレルを思い出したくはなかった。今のハリーはあの頃とは違う。何もかも汚れきってしまったからだ。

 

「……私は自分がハリーに干渉して、ハリーにとって良くない影響を与えてしまうのではないかと恐れた。……事情を知る私ではなく、シリウスのように何も知らず、ただ一心に友の忘れ形見としてハリーを愛している人間が居るとわかって、私は安心した」

 

「……シリウスには感謝しています。……勿論マリーダさんにも」

 

 ハリーはダンブルドアの思惑通りになったことを認めた。ハリーにとって、シリウスは親であった。思想に隔たりはあったが。

 

「二年目に入り、ハリーがバジリスクとトム・リドルとの死闘を終えたとき、私は心の底から悔やんだ。ハリーに真実を告げるべきか、それともこのまま黙秘すべきか悩み、そして結局言い出すことはできなかった。……君はあの時、闇に呑まれていたからだ」

 

「……それは今だって違いはないでしょう」

 

 ハリーは苛立ちながら言った。闇の魔術に関するあれこれはもう何度繰り返したかわからないやり取りだった。

 

「……私は、信じるべきものを信じられなかったのだ。……君に対する酷い裏切りだった」

 

「裏切りって……」

 

「私は君を信じられなかった。……愛することが出来なかったのだ」

 

「貴方は何を言い出すんですか!?」

 

「……待ってシリウス。ダンブルドアは、正しい……」

 

 シリウスが怒り狂うが、ハリーはシリウスを制止した。

 

 ダンブルドアはハリーを愛せなかった、と言った。ハリーにとってはぞくりとするような気がした。

 

(……いや……)

 

(ダンブルドアは、正しい……)

 

 ハリーはダンブルドアは一切嘘をついていないと思った。三年生の末に、タイムターナーを不正使用しようとしたハリーに、ダンブルドアはこう言ったのだ。

 

『人を愛するということは、そのために何でもやるということだけではない』

 

 と。

 

 ハリーは自分の行動を省みてみた。重要な局面に立ったとき、自分はダンブルドアが望むような勇敢な行動をしただろうかと。

 

(……違う。僕はいつだって……短絡的な闇の魔術を選んだ……)

 

「……君が……確かな善性と覚悟を持ってトムやバジリスクに立ち向かったのは誰の目にも明らかだった。友や後輩のために己の命をかけ、悪名を背負ってまでことをなした君に対して……酷すぎる仕打ちだった」

 

「……校長先生の仰っていることは分かります。しかし本筋が見えません。話したいことがあるのであれば、早く話してあげてください。ハリーは今日も傷つき疲れているのです」

 

 マリーダは先程までのダンブルドアに対する敬愛の視線を捨てていた。殺気すら込められた視線を受けながら、ダンブルドアは言葉を紡いだ。

 

(……ダンブルドアはどうしてこんなことを言い出したんだ)

 

 ハリーは疑問を浮かべながらダンブルドアの話を聞いていた。ダンブルドアはいくらなんでも、これ程回りくどく話をする人ではないのに。

 

「……私は……私は、君の命を護ることが大勢の人々の命を護ることと同義だと知っていた。……だが、真実を聞いたハリーがそれを免罪符に、より悪しき道にそれることを恐れた。……全て私の過ちだったのだ」

 

 秒針が時を刻む音がこち、こちと流れていく。ハリーはダンブルドアの姿を見ながら、ある思いに囚われた。

 

(……もしかして。これって。)

 

 ダンブルドアは罰を望んでいるのは明らかだった。滔々と語りながらこちらを苛立たせるダンブルドアの姿勢にハリーは覚えがあった。

 

 先程までのハリーのそれだった。

 

「……三年目に入った。ハリーは闇の魔術を行使することなく、リーマス達の助力を得てデスイーターとディメンターを切り抜けた」

 

「……話すべき時があったとすればその時だった。しかし、君がタイムターナーを不正使用してでもドロホフを殺害しようと試みていたとき、私は自分を戒めた。まだ早い、まだハリーは闇に囚われていると」

 

 ハリーはひとつの現実を突きつけられていた。

 

(……ああ。僕は全く成長していなかったんだ)

 

 ハリーはダンブルドアを通して、自分自身と向き合うことになった。

 

 手段を選ぶことが出来る状況では、ハリーは可能な限り手を尽くしていい方向を探った。マルフォイ達とはうまく行かなかったが、ロン達と友情が続くようにマグルへの差別心を捨てたし、闇の魔術から遠ざかる努力もしてきたつもりだった。

 

「……四年目に入った。……ミスタ・サダルファスの遺体と共に君が帰還したとき、私は君に真実を告げない意味が最早なかった。……だが、私は……君をこれ以上傷つけたくはないと義務を放棄してしまった」

 

 ダンブルドアは泪を流してハリーに詫びていた。

 

「私は君が、このホグワーツに入学して以来誰より勤勉で、真摯に努力し、重荷を背負ってきたことを知っていた。他の誰よりも君を優先し、ただ一人君のためだけに尽くす義務があった。……しかし私は、君に重荷を背負わせるという役をしたくなかった。一人の教師として、君の成長を見たかったのだ」

 

「仰っていることが分かりません、校長先生」

 

 ダンブルドアが口を開く度、シリウスやマリーダは怒りに耐えていた。二人が怒り狂わなかったのは、ひとえにハリーがダンブルドアの言葉を受け止めて受け入れているように見えたからに他ならなかった。

 

「……この話をすれば、君は『一人のスリザリン生』としてではなく、重すぎる責務を負うことになる。……それは君の成長の妨げになると私は思った。君が、自分の意思で歩むことが出来る時間を見ていたかったのだ」

 

「……ダンブルドア先生……」

 

(……言いたい。ハリーを全くひとつも護れていないと。……でも。それはダンブルドア先生のせいではなく、デスイーターと闇の帝王のせいだ……)

 

(……言えない……)

 

 マリーダは涙ぐんていた。ハリーが一般的なホグワーツ生からはあまりにもかけはなれた生活をしていることをマリーダはハリーの話から理解していた。

 

「……君と、ヴォルデモートに関する預言を受けたのだ。十六年前のことだった」

 

「……ホグズ・ヘッドのバーで私は、預言者の才能を持つという魔女の採用面接をした。そのとき、ヴォルデモートの一味も預言を聞いていたのだ……」

 

 ダンブルドアがペンシーブから取り出した記憶には、ハリーが知るよりもずっと若い魔女の姿があった。

 

『闇の帝王に三度抗った両親のもとに、七月の末に赤子が産まれる』

 

「……この預言を聞き、ヴォルデモートの部下は主へとそれを注進した」

 

「……馬鹿な!」

 

 シリウスが叫んだ。

 

「……こ、こんな。こんな馬鹿げたことでハリーが狙われたと?……本当にそう仰っているのですか!校長先生は預言を信じたと!?」

 

「……占い学に疑問があり、預言など信じない、と公言していたのはプラフだ」

 

 ダンブルドアはあっさりと言った。口調とは裏腹に、表情には苦渋が満ちていた。こんなもの信じたくはなかったのだろう。

 

「預言の厄介なところは、成就しない預言の場合であったとしても、対策を取らなければ破滅するケースがあることだ。……デスイーターの一人がこの預言を聞き、ヴォルデモートがそれを信じる可能性を考慮しなくてはならなかった」

 

「心中お察しします……」   

 

 マリーダの言葉にダンブルドアは頷かなかった。

 

「……私は預言を聞いたとき、オーダーのメンバーの中に該当者がいると気がついた。一組はポッター夫妻。そしてもう一組は、ロングボトム夫妻だった」

 

「……じゃあ、ネビル・ロングボトムなんですね!?」

 

 ハリーは勢い良く立ち上がって言った。占い学を学んだからこそ、預言というものを軽んじるべきではないとハリーにはわかった。

 

 ハリーの親友、ファルカスも四年目にハリーの苦難を預言していた。そして、それはほとんど全て的中していたのだ。

 

「ネビルもヴォルデモートを殺せる運命にあるということでー」

 

「預言には、ヴォルデモートが知らない部分がある。……ヴォルデモートがこの一年間あらゆる手を尽くして神秘部に手出しをしていたのは、肝心な部分を知らないからだ」

 

 ダンブルドアは記憶の後半部を見せた。

 

『闇の帝王は、その者を自分と並ぶ者として印すだろう。印された者は、帝王の知らない力を持つ。……一方は他方の手にかかり、死ぬ定めにある。片方が死ななければもう片方は生きられない』

 

 

 ハリーも、シリウスも、マリーダも無言だった。三人はもたらされた情報の重さに立ちすくんでいた。

 

「……つまり。『ヴォルデモートに勝てる可能性のある子供』とは、ネビルではない。……君なのだ、ハリー」

 

「…………」

 

 シリウスは天を仰いでいた。絞り出すように言った言葉はシリウス自身信じてはいないだろう。ほとんど願望に近いものだった。

 

「……ハリーはもう限界なんです。……戦う運命から逃れることは出来ないんですか」

 

「……シリウス……」

 

 マリーダもシリウスもやつれはて、この数時間で一気に老けたようにみえた。

  

 

 マリーダは、ダンブルドアが今のタイミングでハリーにこの話をした理由を悟った。

 

(校長先生は……ハリーに生きる理由を与えるためにこの話を……)

 

 マリーダは純血主義者として、『教育』を受けてきた。だからダンブルドアのやり方には覚えがあった。

 

(……子供にあえて自分の意思で行動させ、結果が思わしくなかった瞬間に自分の過ちを悟らせる。……これは古典的な手法だ。当然校長先生にもそんな打算はあっただろう。だが……)

 

(……一番はハリーのためだ……ハリーはこれでもう、軽々しく自分を捨てることは無いんだ……)

 

 母親代わりとして情けない話ではあったが、マリーダは驚愕すると同時に、ハリーのことが哀れで仕方がなかった。シリウスの言葉通り、預言から逃げる道があればどんなにいいだろうかと思う。

 

 マリーダはハリーが責任感の強い子供であったと知っている。なまじ責任感が強く、自分で全てを背負ってしまったからこそ背負いきれないものに押し潰され壊れた。支えられなかったのは、ひとえに母親代わりになった自分にも過失がある。肝心なときに熱を出して寝込んでいたのだから。

 

「……先生の話は、よく分かりました」

 

 

 アルバス・ダンブルドアの言葉を聞いたハリーの声は驚くほど静かだった。その声を聞いたとき、シリウスもマリーダも、ハリーの中の歯車がまた最悪の方向で噛み合ってしまったことを悟った。

 

「……ハリー……」

 

「シリウス……。僕は預言がなくても、約束を護るために戦うべきだった。それが自分で選んだ道だったんだ。……僕は何も今までと変わらない。……変わっちゃいけないんだ」

 

「ダンブルドア先生。教えてください。ヴォルデモートを殺すための方法を」

 

 ハリーは生きる意思すら失うほどに自棄になっていた。しかし、己の全てを失った今、ハリーにあるのは元々あったヴォルデモートへの殺意を止めず、ただヴォルデモートを殺すための歯車になることだけだ。

 

 ハリーの言葉を聞いたとき、大人達の頬からは涙が溢れた。目の前の子供を殺人者にする以外の道がないと分かっていて、その道を選ばせる以外の選択肢がなかったからだ。

 

 マリーダにも、そしてシリウスにも。現在のハリーが戦わないよう命を懸けてハリーを護ることは出来る。だが、ハリーがヴォルデモートを殺すか、ハリーがヴォルデモートに殺されるという運命からは決して逃れられないことを知ってしまったのである。

 




ハリーには強く生きて欲しいですね(他人事)。
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