蛇寮の獅子   作:捨独楽

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現在のハリーロンハーマイオニーの関係は急速に闇堕ちしていくサスケェ(ハリー)を止められないナルト(ロン)とサクラ(ハーマイオニー)ですね。
ダフネやザビニやアズラエルはナルトで言うチーム『蛇』の面々でハリーを裏切らないけど闇堕ちを止めもしないという。


闇に堕ちる呪いの子

 

 ハリーは生きる意味を与えられた。預言に振り回され命を落とす可能性があった子供は、皮肉にもその預言によって生きることを選んだ。なんという運命の悪戯であろうか。

 

 ヴォルデモートに立ち向かいヴォルデモートを殺害する。或いは、ヴォルデモートに殺される。

 

 魔法について知れば知るほど、魔法の腕を磨けば磨くほどに前者が困難で不可能に近い難事だとわかる。ハリーは学年で一二を争うほどに魔法について熟達した。直接戦ったことで、実力の差は嫌というほど理解もしているだろう。

 

 だが、ハリーはたったひとつの憎悪を生き甲斐にして立ち直った。壊れた器を継ぎ直して。

 

 ハリーは過去の行いを謝罪して、これからはアルバスに忠誠を誓うと告げた。アルバスの指示には従うし、どんな命令も実行する、と。

 

 その言葉を聞いたときアルバスが抱いた感情は喜びではなく……失望だった。

 

 ハリーに対してではない。

 

 ハリーの可能性を摘んだ自分自身に対しての、深い失望だった。

 

 シリウスが倒れそうなマリーダを支えながらドビーの力によってマリーダと共にテレポートし、ハリーを医務室に送り届けると、アルバスは校長室に戻った。産まれ直したばかりの愛鳥にエサを与えなければならないし、コーネリウスに対して約束を果たす義務があったからだ。

 

 校長室に戻ったアルバスは、フィニアス・ナイジェラスの皮肉に迎えられた。

 

「良かったではないか、アルバスよ。これであの少年を使い潰しても何の罪悪感も沸くまい」

 

「口を慎んではくれないか、フィニアス。誰であっても神経のささくれ立つ時というものはあるのだ」

 

 アルバスが自分をさらけ出せるのは、本性を知っていて一切遠慮する必要の無い薬学教授や己の過去を明かしたミネルバなどのごく僅かだ。

 

 ただアルバスは、清く正しい生き方を選んだミネルバに対しては格別の扱いをしていた。己のやっている薄汚れた仕事の責任を、教師として何一つ恥じるところの無いミネルバに負わせるのはあまりにも残酷だ。

 

 だからこそ、遠慮する必要の無いフィニアスはアルバスにとって貴重な話し相手であった。それがたとえ本人ではない作り物でしかないとしても。

 

「何を慎む必要があるのだ。……ホグワーツ教授は基本的に生徒には干渉せぬのが原則であり、伝統だ。その掟を破って再三の警告をしたにも関わらず、自ら闇に堕ちた愚か者に何の遠慮があると言うのだ」

 

「…………」

 

「……フィニアス。君はホグワーツのもと校長として少しは取り繕うべきだ」

 

 ディペットの肖像画がフィニアス・ナイジェラスを嗜めるが、それで反省するフィニアスではなかった。

 

「ことの経緯は聞いていたぞ。あのポッターは、グリーングラス家の敵やマルフォイ家の人間を殺す機会があった。にもかかわらず殺さず、ドロホフは殺した。衝動的なものではなく、自らの意思で殺意を制御して殺害したわけだ」

 

 フィニアスの指摘が正しいことはアルバスも気付いていた。あえて指摘する意味もなかったから黙っていたが。

 

「……級友の親族に対して遠慮があったというのは。スリザリン生らしい同胞意識だ」

 

「不本意だろう?グリフィンドールらしい潔癖さを持つ君にとっては特に」

 

 フィニアスはふん、と鼻を鳴らした。アルバスはフィニアスの言葉を否定しなかったが、自らの意図を伝えた。

 

「……それであの子の魂の苦痛が少しでも和らぐのであれば、私はそれを止めるつもりはない。泥沼の戦争には落とし所が必要なのだ。どこかで殺意を止めなくてはならない」

 

 アルバスは内心で矛盾した葛藤を抱えていた。

 

 スリザリン生が持つ、心の底から愛するものに対する愛を、アルバスは心の底から尊敬している。

 

 しかし、スリザリン生の持つもうひとつの側面。愛するものを優先するあまり選ぶべき手段を取り違え、それ以外の人間に対してどこまでも残酷になる特性を、アルバスは心の底から軽蔑していた。

 

 言うまでもなく、アルバスが自分に対して向ける厳しい視線と同じように。

 

(私がその事について言及する資格は無いのだ、フィニアス……)

 

 アルバスは心のうちをフィニアスに対してすら明かすことができなかった。ハリーにもともとあった筈の、クィレルのような存在に対する慈悲の心の芽を摘んだのは他ならぬ自分なのだから。

 

 たとえそれが悪に近いものであったとしても、ハリーが一欠片のブレーキを持てるのであればアルバスはそれを許容した。

 

 アルバス・ダンブルドアは葛藤を抱えながらも、ファッジとの面談のためにポートキーを作成して魔法省に飛んだ。アルバスがいなくなった校長室で、フィニアスは深いため息を吐いてから言った。

 

「……だから半純血などスリザリンに入れるべきではないのだ。こうなることは分かっていたのだから」

 

 フィニアスの言葉に答える人間はいなかった。餌を食べ終わったフォークスだけが、恐ろしく哀れな声で鳴いた。

 

***

 

 ハリーは医務室の中にいた。医務室には裏の集会のメンバーが集っている。ポンフリー校医は、今回ばかりはハリー達が集まることを許した。

 

 デスイーター達にクルシオにかけられ、或いはカースを受けた仲間達は、セントマンゴで治癒された後、入院することなくこちらへと移送された。  

 

 アズラエル、シノ、そしてロンの三人はもっとも被害が大きかったが幸いなことにホグワーツ城の医務室で軽く入院するだけで済んだ。アズラエルは手酷くやられたようだが、オーダーの一員、トンクスによって事なきを得たのだ。

 

 ギィ、と音を立てて医務室の扉が開かれる。ハマイオニーが入ってきた。見舞いの林檎とデイリー・プロフィットを握っている。

 

「……ロン、林檎を持ってきたわ。……あら?もう記事は読んでいたのね」

 

 ハーマイオニーはハリーを見ず、ロンに言った。

 

(……どう切り出そうか……)

 

 ハリーはなんと言って詫びれば良いか思案していたが、結局ここでは話すことは出来ないと思った。

 

 

 ラベンダー・ブラウンはロン相手にハニーデュークスの最上級詰め合わせセットをプレゼントして、ロンの側に座っていた。ラベンダーとハマイオニーを見比べながらハリーは言った。

 

「両手に花だね、ロン。……ロンが元気そうで安心したよ。……君が脳みそにやられたって聞いたときは心配したんだ」

 

(……うわっ……)(ハマイオニーに殺されてもしーらね)

 

 ジニーとルナはハマイオニーが笑顔のまま殺気立ったのを感じてそろりと一歩引く。

 

 医務室は本来大量の生徒を受け入れるベッドはない。が、今回はダンブルドアが気を利かせて空間を広げ、ベッドを拡張させていた。

 

(……本当に大丈夫なのか、ハリーは……?)

 

 ネビル・ロングボトムはハリーの様子を観察しながらごくりと唾を飲み込んだ。いきなり自殺未遂をしたと思った次の日にけろりとしているのだから、ネビル視点ではハリーがどういう神経をしているのかわからない。

 

 当然ながら、ハリーはまともな神経などしていなかった。壊れたまま突き進んでいるだけである。

 

「やられたことを蒸し返すのは止めろって~。一生あのままだったらと思うとゾッとすんだぜ?」

 

 ハーマイオニーに謝罪したい気持ちを抑えて、はハリーはまずはロンを労った。ロンは普段通りの何気ない口調で笑っていたが、ジニーやルナの表情は固まっていた。二人の話ではロンは正気を失いながらデスイーターと交戦し、酷い有り様だったらしい。

 

「済まなかったね。……だけど、君のお陰で皆が助かったんだから蒸し返させてくれ。ロンが居たからジニーやルナは助かったし、僕もヴォルデモートに立ち向かえたんだ」

 

 ロンは面食らったように両耳を赤く染めた。照れていることが一目瞭然だ。

 

(……ロンや皆が生き残ってくれて本当に良かった……)

 

 ハリーは仲間と、オーダーの面々に感謝した。オーダーはデスイーター相手に勇敢に戦い、ハリー達には一人の死亡者も出さなかった。親友や仲間とまた生きて会話できたことは、ハリーにとってとてつもない罪悪感と安堵感を与えてくれた。

 

(自分はここに居ちゃいけない)

 

 という思いはずっとある。ドロホフの件について皆に説明をしなくてはならない。インペリオで操られた人と戦い殺す可能性があったということも説明しなければならないし、皆を愚行に付き合わせたことを詫びなくてはならなかった。

 

 ロンやシノの周囲には、セドリックやDAメンバー達からのものと思わしき差し入れが山のように積まれていた。お菓子の城のようになった机をロンは満足げに眺めながらも、コリンから受け取ったデイリープロフィットをジニーへと投げ渡すとハマイオニーからデイリープロフィットを受け取った。

 

「……『例のあの人 復活』か。……ここまで来るのに長かったな……」

 

「まぁな。対応が遅すぎたっつー気持ちはあるが、今更言っても仕方ねえ。ファッジの次が有能であることを祈るぜ」

 

 ザビニが言うと、ロンも無言で頷く。ザビニの母親の件は皆にとって決して触れてはいけない話題だ。

 

「ようやくここからがスタートラインですよ。皆さん、気を引き締めて行きましょうか。ここからが戦争ですよ」

 

 アズラエルの言葉にダフネが震えた。

 

 戦争と言うと、実感がないものに思える。しかし、ハリー達はその一端を経験した。してしまったのだ。

 

「……戦争、ですか。いつまで続くんでしょうね…………」

 

 コリンも普段の陽気さを潜めて声のトーンを下げる。

 

「……僕らが遭遇したようなあんな出来事が、これから先ずうっと繰り返されるってことですよね。……『例のあの人』が死ぬか消えるまで」

 

 答えられる者はいなかった。ゴシップ好きで、陽気で、噂話に口を突っ込む賑やかしでさえ深刻さを実感せざるを得ない。

 

 アバダケダブラが飛び交うデスイーターとの戦闘とはそういうものだ。緑の閃光に被弾してしまえば実力の差が簡単に覆って、もう取り返しがつかない。死の恐怖が魔法界を蹂躙する暗黒時代が始まったのだ。

 

 ハリーは言った。たとえそれが欺瞞であろうとも、言わなければならなかった。

 

「……この先どれだけ時間がかかったとしても、魔法省もダンブルドアもオーラーもやつを殺すことを諦めない。もちろん僕もだ」

 

「……そうです!そうですよね!ならきっと大丈夫だ!」

 

 交じりっけなしの純粋なる殺意はコリン達の心を奮い立たせたらしい。

 

「皆に言っておかないといけない。……皆が死にかけたのは僕のせいだ」

 

 ハリーは集まった裏の集会の面々に、深く謝罪した。ハーマイオニーはハリーの謝罪を聞いても微動だにしなかった。

 

「……デスイーター達はアバダケダブラを使ってきたし、皆にクルシオをかけてきた。時間があればインペリオも使ってきたと思う。……皆を危険に巻き込んだのは僕だ。リーダー失格だ」

 

「……あ、あの。あたし用事を思い出したから。……じゃあ」

 

 ラベンダー・ブラウンはぎょっとしてその場から立ち上がった。出ていくラベンダーの背中に、ルナが声をかけた。

 

「ブラウン先輩。グロウプの話し相手になってくれてありがとうございます!今度ラックスパートの話しません?」

 

「あたしそういうの信じないから!」

 

 出ていくラベンダーの背中を見ながら、ハリーはラベンダーなりに思うところがあったのだろうと思った。ラベンダーやその友人のパールヴァティーに対して抱いていた敵意や怒りはすっかり消え失せていた。

 

「今更謝ってんじゃねぇよ。なぁ?ここに居るやつであそこに行ったことを後悔するやつは居ねぇよ。だろ?」

 

 ラベンダーが出ていってからザビニが言うと、セドリックがそれに続いた。

 

「……ああ。僕は後悔はしていない。自分のやったことを君の責任として押し付けるつもりはない。ハリーには悪いが、僕は僕の意思でデスイーターと敵対したんだ」

 

 シノも、ザムザも、スーザンもそれに続いた。ハリーは皆を信じられない目で見た。

 

(……どうして……?)

 

「ポッター先輩。俺は暴れるくらいしか能がねぇやつっすけど、一つだけ分かってることがあるっす」

 

 シノは犬歯を見せて笑った。

 

「……いざってとき頼りになるリーダーってのは、間違えねぇやつのことじゃねぇ。いざってときに、先輩やダンブルドアみてぇに皆を護るために戦ってくれる人のことを言うんす。俺は、先輩に着いていきます」

 

「…………ありがとう。皆……」

 

 

 ハリー・ポッターは幾つもの過ちを重ねたが、その歩みの全てが間違いというわけでもなかった。

 

 人間の性質が善性だけに切り分けられないように、ハリーが闇の魔術に溺れ、それを行使して人を殺めたとしても。戦争という非日常に挑むと覚悟している集団においては、その勇敢さと強さが畏怖や敬意に繋がり、圧倒的な支持を生み出す。シノやセドリックも。そしてあの場にいた皆が、ハリーが思っていたよりずっとハリーのことを頼りにしていた。そしてハリーはその重圧に耐え、期待に応えた。

 

 ハリーは己の手を汚した。取り返しのつかない過ちを重ねたが、仲間を護りきったのだ。

 

 

(…………………………これしか、ないのかしら。これしかなかったのかしら……)

 

 ハーマイオニー・グレンジャーは暖かい闇に包まれるハリーの姿を黙って見守ることしかできなかった。

 

(いざというとき、ハリーは必ず感情を優先して行動する。それはもう紛れもない事実だわ。……私はハリーが居なかったら、ドロホフに殺されていた……)

 

 ハーマイオニーにとって不幸なことは、ハーマイオニーは冷静に当時の状況を振り返り、戦力差を吟味し、行動の是非を思案できるだけの知性があったことだ。

 

 ハーマイオニーの良識と理性はハリーの行動を非難している。戦闘能力を失った相手をわざわざ殺害する意味はどこにもなかったと叫んでいる。

 

 しかし、ハーマイオニーの冷徹で合理的な、非人間的な部分はそれを糾弾することに意味はないと訴えている。

 

 そもそも、ハーマイオニー一人ではドロホフには勝てなかった。アントニン・ドロホフという魔法使いは世に解き放たれ、三年という月日によってかつての力を取り戻しかけていた。ハーマイオニーとドロホフとの間には、ベラトリクスとネビルほどの、あるいはそれ以上の実力の差があったのだ。

 

 ハーマイオニーがいたことでドロホフの注意は分散されハリーの有利になった面はあるが、ハリーがハーマイオニーをフォローしなければハーマイオニーはアバダケダブラを受けていた。そう気づいたとき、ハーマイオニーは出せる言葉を失ってしまった。

 

(……本当にハリーを止めたいなら。…………力尽くしか、ないのね……)

 

 もう自分の言葉は怒り狂ったときのハリーの耳には届かないのだということをハーマイオニーは悟ってしまった。ハーマイオニーはこれまでのハリーの行動をみてきた。二年生のときも、四年生のときもそして今回も、怒りに駆られたハリーを止めたのはハーマイオニーではなかった。

 

 ハリーより魔法使いとして絶対の力量を持っていたルーピンであり、ダンブルドアだったのだ。実はハリーがマグル差別思想に傾倒しかけたときハリーを止めたのも、決闘でハリーに勝ったロンだった。

 

 政治力でハリーを封殺しようとも思ったのだ。アーニーやスーザン達ハッフルパフ生を加入させたのもそうだし、パールヴァティーやラベンダーにもそれを期待した。だが、普通の人間ははっきり言ってハリーには着いていけなかった。

 

(…………………………ハリーは、もしかしたら。ずっと前から壊れていたんじゃないかしら……)

 

 分岐点はどこにあったのだろうとハーマイオニーは思う。今までのハリーを思い返して、一年生のときトロルと戦ったハリーを思い出した。

 

『全部僕のせいだよ』

 

(あの時……)

 

 二年生のとき、ハーマイオニーを護るためにと闇の魔術を口に出したときのことを思い出した。

 

(……あの時も……)

 

 これまでのハリーを思い返す度に、ハーマイオニーの心は重苦しい気持ちで満たされる。親友を殺人者にしてしまったという負い目は、ハーマイオニーの心を苛んでいた。

 

 そして自分を苛んでいるのはハーマイオニーやハリーだけではなかった。

 

***

 

「……なぁ、アズ。ハリーに負担かけるのはもうやめにしねぇか?」

 

 ザビニは次の日の朝、アズラエルにそう言った。

 

「……まだ闇の帝王は残ってるけどよ。ファルカスをハメたクラウチはディメンターになったし、拷問したドロホフはハリーが殺ってくれたんだ。……もうさ、後はダンブルドアに任せてよ。……ハリーには好きにやらせてやろうぜ」

 

 ザビニがそうアズラエルに提案したのは、二人きりになった寮の部屋だった。ハリーが朝食のために大広間に出ていくのを確認すると、続こうとしたアズラエルをザビニは呼び止めたのだ。

 

「怖じ気づいたんですか?」

 

 アズラエルは鋭く笑ってザビニを睨む。アズラエルはハリーと似通った部分があった。ハリーの影響を受けたのか、それともハリーがアズラエルの影響を受けたのかはわからないが、怒った時にアズラエルはその本性を色濃く現す。

 

 迫力と気迫のあるアズラエルが恐ろしく、ザビニもこれまで本気で対立しなかった。ねちっこくアズラエルに嫌味を言われることになるのが鬱陶しかったというのもあるが、ファルカスの仇を取ることに関してはザビニも同意見だったからだ。

 

「……」

 

「今ハリーを止めたってそれで何になるんです?ハリーを狙うヴォルデモートの脅威は未だ健在なんですよ。闇の帝王やデスイーター達が消えなければ、僕たちの身の安全だって保証はされない。殺るからには徹底的に殺ってもらわないと困りますよ」

 

「……お前自分が何言ってるのか分かってんのか?ハリーに殺しをさせようって言ってるのと同義なんだぞ」

 

「今更何をいいこちゃんぶっているんです」

 

 アズラエルはザビニを鼻で笑った。

 

「……君だって。いいや、セドリックだってシノだって。自分の手を汚すのが嫌だったから、ハリーがドロホフを殺ってくれてホッとしてるんです。僕たちはハリーを利用してるんですよ。だったら、ハリーを肯定しながら支えるのが筋ってものでしょう。今更後戻りしたって、ハリーが辛いだけじゃありません?」

 

 アズラエルの言葉は正論ではなく極論だった。アズラエルに対してザビニは噛みついた。

 

 

「……俺は………それが正しいことだと思ってたんだよ。……闇の魔法使いどもに立ち向かって、手柄を立てることが。でも……」

 

 ザビニはごくりと唾を飲み込んだ。ザビニは、母親とのやり取りを思い返していた。

 

『俺は人を殺せなんて言ってねぇ!』

 

 キシリアに対して、何の遠慮もなくそう言いたかった。何も人殺しになってほしくなどなかったのだ。誰が身内に人殺しになってほしいだろう。

 

 だが、ハリーには真逆のことを言ってしまったとザビニは気付いた。  

 

『殺せ!ハリー!ヴォルデモートを殺してくれ!』

 

 キシリアがベラトリクスに殺され自分だけ生き残って、ザビニは訳も分からずハリーにそう言った。

 

 そしてだから。そのせいでハリーは自殺未遂をした。

 

 時間が経ってから、自分のしたことが間違っていたのではないかと恐怖した。

 

「正しいことがハリーのためになるのかどうか、分からなくなった」

 

「何故ですか?」

 

「……俺はアイツに、ヴォルデモートを殺せと言ったんだ」

 

 アズラエルはザビニが恐ろしい闇の帝王の御名を口に出しても何も言わない。ブレーキの壊れたアズラエルは人でなしではあったが、決して臆病ではなかった。

 

「良いことじゃありませんか。それで良いんですよ。それがハリーのためであり、僕たちのためであり、世界のためであり、君のためです」

 

「本当にそう思うのか?そしたらハリーは……自分に取り憑いたヴォルデモートを殺すために自分にアバダケダブラを撃とうとした」

 

 アズラエルの目がピクリと動いた。ザビニは届いていると思った。

 

 何も自分達はハリーに死んだり、人殺しをしてほしかった訳ではない。欺瞞ではあるが、ザビニはそう思い込みたかった。自分がハリーの真の友では無いという可能性に行き着きたくはなかった。

 

「……なるほどぉ。ハリーは本気で、ヴォルデモートを殺そうとしてくれているんですねぇ……」

  

 そこでザビニは信じられないものを見た。

 

 アズラエルは狂ったように笑っていた。勝ち誇ったような、まだ微かにあった理性のたがが外れたような。そんな笑みだった。

 

「お、お前おかしいぞ」

 

「おかしい?おかしいのはこのホグワーツと魔法界なんだよ!」

 

 アズラエルは痛烈に嘲った。

 

「君もマグルの世界のマグルなり、周囲のグリフィンドール生でも見りゃあわかんだろ!ええ?ハリーだけ一年生のときからずうっと戦いっぱなしの死にかけ通しなんだよ!誰も彼もハリーを護るなんて出来てねぇんだよ!」

 

「ダンブルドアは護ろうとしてんだろ!」

 

「ダンブルドアだけが、ですよ」

 

 ザビニは反論した。さすがのアズラエルもダンブルドアまでは否定できなかった。多少クールダウンして話すアズラエルの瞳は、ファルカスの復讐を終えてなお止まらない狂った怒りに満ちていた。

 

「そのダンブルドアにしたってね。あと二年もしたら居なくなる。ハリーはホグワーツから出ていくわけですからね」

 

「……!」

 

 ザビニは、はっとした。考えないでいたことを今更ながら突きつけられたのだ。

 

 一年のときからハリーの回りにいたザビニにしてみれば、ハリーがホグワーツを離れた瞬間ヴォルデモートの手が迫ってくることは想像できたことだった。だが、ザビニはその可能性に思い至らなかった。

 

 無意識のうちに、ダンブルドアの庇護が絶対でいつまでも続くものだと思い込んでいたのだ。

 

 そんな甘い話はない。

 

「ハリーが外の世界でヴォルデモートをぶち殺せるくらいに強くなる準備期間はあと二年。あと二年で、ハリーはダンブルドア無しで強くならないといけないんですよ」

 

 アズラエルは狂いながらも冷静だった。たとえ倫理観を捨て去ろうが、学生らしい生活を壊されようが、生きていくための力がハリーには必要なのだ。

 

(……アズラエルの言葉は正しい。けどよ……)

 

 ザビニにはどうしても、肯定はできなかった。今までハリーを支えてきたのは自分だという自負があった。   

 

「……俺たちがハリーの本当の友達だってんなら。……ロンやハーマイオニーみたいに、殺さないで済む方法を考えてやるべきだったんじゃねぇか」

 

 その言葉も、アズラエルの心には届かなかった。

 

「もう遅いんですよ。何もかもがね。死んだ人間は生き返ったりしないんです」

 

 冷たい現実だけがザビニの前には広がっていた。アズラエルが大広間へと出ていくと、ザビニは部屋に残されたアスクレピオスを撫で、そしてポツリと呟いた。

 

「……スリザリンでも望むなら真の友が得られる、か。……真の友って何なんだろうな」

 

 蛇語を持たないザビニには、アスクレピオスの知恵の助けを借りることはできなかった。

 

「……考えても、仕方ねぇよな…」

 

 ザビニの呟きは、己れの弱さを知ったスリザリン生の悲哀に満ちていた。

 

***

 

 ダフネ・グリーングラスは混乱の最中にあった。

 

 ダフネは、スリザリンの五年生であり『生き残った男の子』であるハリー・ポッターと交際している魔女だ。

 

 神秘部の決戦から2日が経過した朝、ダフネのもとに実家からメールが届いた。グリーングラス家の家紋が記されたメールの内容は、帝王にダフネを勘当する、というものだった。メールを読み終えたダフネはプロテゴで己の身を護った。メールにはカースクラスの発火魔法がかけられており、ダフネは危ういところで身を護った。

 

 本来であれば、ダフネというスリザリン内でも取り柄のない魔女と、ハリー・ポッターが交際することはなかった。

 

 しかし、何の運命の悪戯か、組分け帽子はハリー・ポッターをスリザリンへと組分けした。そこから何人かのスリザリン生の運命と、ダフネ・グリーングラスの運命の歯車も動きを変えた。

 

 スリザリンへと組分けされたハリーはあれよあれよという間にスリザリンの内部でも一目おかれる存在となった。入学早々に華々しい功績を立てたのだ。

 

 元々ハリーには、蛇語という闇の帝王が持っていた才能があった。その事からスリザリンの内部では『ポッターには闇の帝王にも匹敵する闇の魔術の才能があるのではないか』という噂が流れた。

 

 新しい闇の帝王になるのはポッターだ、と話す純血主義のお姉様達もいて、ダフネは下級生かつ社交界の後輩として愛想良く先輩達に話を合わせていた。

 

 ダフネはそんな先輩たちの噂を聞きながらも、それは嘘に違いないと思った。ハリー・ポッターは入学して早々に『穢れた血』こと、ハーマイオニー・グレンジャーを『裏切り者』のロン・ウィーズリーと協力して学校に侵入したトロルから救い出した。そんな人間がダークロードになるはずもないと思った。

 

 しかし、ダフネはハリー・ポッターがスリザリンにしては浮いているが、少しずつ自分達スリザリンの色に染まっていくのを見るのが楽しかった。

 

 ダフネ自身、純血主義の教育を受け、定められた決まりを守るために幼い頃から躾られた。そんな自分達のことをハリーは迎合こそしなかったが、決して無下には扱わなかった。少しずつではあるがダフネはハリーとクラスメートとしての関係を構築したし、ダフネの父もそれを後押しした。

 

 ハリーは入学して早々に蛇語の才能を駆使して、潜伏していたデスイーターの一人、ピーター・ペティグリューを見つけて拘束し、ゴッドファーザーであるシリウス・ブラックを解放した。ダフネの父親は、犯罪者から一転して英雄となったシリウスの名声と、ブラック家の財力に目が眩んだのだ。

 

 ダフネにとっては願ってもない好機だった。スリザリンの中でも英雄として輝くハリーを、ダフネは好ましく思っていたからだ。しかし一方で、自分がハリーに選ばれる筈もないと思っていた。ダフネは社交界でも壁の花であって、輝く蝶ではなかったからだ。

 

 それにハリーの側にはハーマイオニー・グレンジャーがいた。学年一のグリフィンドールの才媛は出っ歯でお洒落も録にしないというふざけた魔女であった(ダフネにとってお洒落を蔑ろにする姿勢は許せなかった)が、その知識でハリーを支えていたし、ハリーとグレンジャーとは交際しているのではないかと度々噂になったからだ。

 

 それでも、ダフネは選ばれた。

 

 ハリーと交際を始めてからもダフネは激動に見舞われた。ハリーと交際する前の平和な日常からでは考えられないようなことも起きた。

 

 ゴシップを求めてホグワーツへと潜入した記者、リタ・スキータをアズカバン送りにしたときは笑い転げたくなるくらいに痛快だった。

 

 ハリーの側にいて冒険をしていくうち、ダフネの心には徐々にグリフィンドール生らしい善性が育まれた。少なくとも、ハーマイオニー達をかつてのように穢れた血と嘲ることに罪悪感を抱いた。純血主義が恥ずべきものであるという世間の風潮が間違いではないと認めざるを得なかった。

 

 そしてだからこそ、ダフネは今岐路に立たされていた。

 

 神秘部での決戦によって、神秘部に参戦したデスイーターはレストレンジ家の魔女一人を除いて全員が逮捕された。

 

 逮捕されたデスイーターの中にはダフネの父親もいた。グリーングラス家にとっては最悪のスキャンダルだった。だがそれ以上に恐ろしいのは、闇の帝王の怒りを買ってしまったかもしれないということだ。

 

 デスイーターに関与していた疑惑のある職員には、グリーングラス家の魔法使いもいる。

 

 名誉を取り戻したハリーとは違い、ダフネの社会的地位はどん底に落ちた。ハリーと一緒に神秘部に突入し、戦いもしたが、世間は犯罪者の子供に対してはよい目を向けてはくれないのだ。

 

 ダフネを支える全てのものが、ハリーから遠ざかっていく。足元から崩れ落ちて、ハリーが手の届かない存在になってしまったと感じた。

 

(……でも……でも。ハリーは。ハリーだけは私を支えてくれるはず。……ううん。私がハリーを支えないと。そうしないと、ハリーは…………)

 

 ダフネはこうなることを心のどこかでは覚悟していたのだ。しかし、そんな日が来ないで欲しいと思っていた。

 

 グリーングラス家は地位は低いがセイクリッドトゥエンティエイト(神聖なる28の一族)である。純血主義者でもデスイーターでもない普通の魔女の家として、ブラック家と共にポッター家再興の力添えをする……という未来を夢想した。というより、そんな夢に逃避した。

 

 現実は違う。ダフネはずっと前から、ハリーをスパイするように父親に言われていたのだ。ハリーが知っているオーダー(不死鳥の騎士団)の情報を父親に流すように、とダフネは指示された。

 

(……ハリーに捨てられるかもしれないと思ったから。……でも。私だって、夢くらい見たいわ……)

 

 ダフネは父親に嘘の手紙を送り、ずっとハリーの側には居続けた。そうすれば、ハリーは私の側に居てくれる筈だと思っていた。

 

(父や母や、愛するべき妹に対する裏切りなのではないか)

 

 そんな葛藤をしながらも、ずっとハリーに尽くしてきたのだ。

 

 ダフネ・グリーングラスやブレーズ・ザビニの立場は、シリウス・ブラックが向けられたそれと酷似していた。恐怖ゆえ直接的に口には出さない。しかし、ハリーのそばに自分が居ることを歓迎していないのをダフネは感じ取っていた。

 

 そんな不安を払拭するためにダフネは秘密の部屋にハリーを呼んだ。ハリーを元気付けたかったし、少しで良いから慰めても欲しかった。

  

 が、そこでダフネは信じられない言葉を聞いた。

 

「ダフネ。……ダフネ。僕は……僕じゃ、君を幸せにはできない。……別れよう」

 

「……どうしてそんなことを言うの?」

 

 ダフネがハリーに本気で、我を忘れるほど食ってかかったのはこれが始めてだった。

 

 

「ハリー……ハリーは……今おかしくなっているわ!自分の頭に杖を当てて!アバダケダブラだなんて!貴方は真っ当な精神状態じゃない!血迷っているのよ!」

 

(お願い、そうであって……)

 

 ダフネは言葉を言いながらも、捨てられるかもしれないという恐怖心と、ハリーが冗談でこんなことを言い出す筈がないという思いにかられた。

 

 ダフネは確かにデスイーターの子供かもしれない。しかし、ダフネはハリーはそれを受け入れるほど懐の深い人間だと思い込んでいた。

 

 それくらいハリーが自分を愛してくれると信じていた。信じたかったのだ。

 

「……ダフネ。僕は人殺しなんだ。ヒーラーを目指している君とは釣り合わない。僕と交際を続けることは君の将来にとってマイナスになるんだ」

 

(……えっ?)

 

 ダフネに告げられた言葉に、ダフネは言葉を失う。ダフネは放心状態になった。

 

 ハリーの声は秘密の部屋の中にあって良く響いた。マフリアート(沈黙魔法)によって声が外に漏れることはない。ダフネに明かされた真実は衝撃的なものだった。

 

「僕はアントニン・ドロホフが盾にしたマグルを誤って殺害した。ドロホフを殺すために撃った魔法が、ドロホフのネックレスに当たったんだ。……それは、やつがネックレスに変えただけの罪のないマグルだった」

 

 ハリーの言葉が嘘ではないことは今までのハリーの行動を省みれば一目瞭然だった。自殺するほどに悔やんでいたことも、その話を聞けば分かる。

 

「……だけど!それは!ドロホフが……!」

 

「……その後僕は、ドロホフを殺した。無抵抗になったやつをだ。絶対に生かしてはおけないと思った」

 

 ハリーの声色には、一切の笑みがない。揺るぎも揺らぎもない。あるのはただ、事実を述べているだけだった。

 

「……僕はもう、『生き残った男の子』じゃない。これから先デスイーター達と殺し合いをして、ヴォルデモートに殺されるか、やつを殺すか……そういう生活をする人間なんだ。……君の側に居るべきじゃない」

 

 

「待って?ちょっと待ってよ!」

 

 ダフネにとっては冗談ではなかった。一方的に、ハリーの都合を押し付けられたのでは何故ここにいるのか意味を見出だせない。

 

(側に居るべきって何?誰の意思よ!?)

 

 ダフネはハリーの言葉を理解などしたくもなかった。

 

 ハリーの言葉はなるほど正しいのかもしれない。倫理的に正しい魔法使いを見つけてハリーを忘れるのが正しい道なのだろう。

 

 だが、それではダフネの心は充たされないのだ。

 

「私の意思は!?私が貴方の側に居たいっていう意思はどうなるのよ!私は……!ただ貴方に笑って欲しくて!ここに呼んだのよ!」

 

 ダフネがすがり付くように言うとハリーは怯んだ。ダフネはさらに追撃にかかる。

 

「……あなたが居なくなったら、私はどうすればいいの……?もう、スリザリンに私の生きる場所なんてないのよ?」

 

 ダフネはハリーを泣き落とそうとした。目に涙を浮かべて、ハリーにすがりつく。本心であり、本気の演技だった。

 

 ダフネがスリザリン生らしい狡猾さ、もとい小賢しさを人生で最も発揮したのはこの瞬間だったかもしれない。ダフネはハリーにある賭けを持ちかけた。

 

 それは実にスリザリン生らしい、手段を選ばない賭けだった。

 

「ねぇ、ハリー。証明しましょう」

 

 ダフネは狂気すら含んだ目でハリーに笑った。ダフネは杖を取り出した。

 

「……あなたが私のことを本当に愛しているなら。……私のプロテゴ・ディアボリカを受け入れてよ。ハリーが燃える筈なんてないわ。私は、貴方を信じているもの」

 

「そして。貴方のプロテゴ・ディアボリカを私が受けるの」

 

 ダフネは自分の提案がこれ以上なく魅力的なものに思えていた。ハリーは笑みを浮かべるダフネとは裏腹に、厳しい表情になる。

 

(……そうよ。きっと。ハリーならきっと……)

 

「君に闇の魔術はできない。無理だ」

 

 ハリーはダフネを脅した。それがハリーの限界でもあった。

  

 ハリーからダフネはとてつもない威圧感を感じた。喉の奥が締め付けられるような重圧を感じながらも、ダフネはハリーを信じた。

 

(……ハリーは……私を受け入れてくれる)

 

「出来るわよ。プロテゴを学んで、インセンディオの練習をこの一年で百回はしたわ。私は貴方の役に立てるのよ」

 

 ダフネは杖を振り上げた。

 

 スリザリンの魔女は、愛する存在に対して愛を証明するために一線を越えた。

 

「プロテゴ・ディアボリカ(悪魔よ 愛を証明して)」

 

 それは、一人の魔女がすがるように出した悪魔の炎だった。秘密の部屋の中を埋め尽くすような炎は、恋い焦がれる魔女の執念を示していた。

 

 ハリーは杖をしまっていた。フィニートも、グレイシアスもハリーには必要がなかった。ハリーはダフネのことを心の底から愛してくれていたのだ。ダフネはハリーの姿を見て歓喜した。

 

 悪魔に魂を売った二匹の蛇は、互いの愛を確認し合うかのように寄り添った。ダフネはハリーに言った。

 

 

「……もう……死のうだなんて思わないでね。……絶対に」

 

「……うん。約束するよ」

 

  

 ハリーの言葉を聞いて、ダフネは勝利の笑みを浮かべた。

 

「あなたが殺めた人の数だけ、わたしがヒーラーになって人の命を救うわ。……だから、今の言葉を忘れないでよ」

 

(……そうよ……。……ハリーが死んでいい筈がないわ。……地獄行きだって構わない。絶対に生き抜いてみせる)

 

 ダフネ・グリーングラスはスリザリン生らしい生き汚さを持っていた。心の中で決意を深めるダフネは、ハリーが燃やした悪魔の炎を指ですくうと、指についた炎で面白そうに輪を作った。

 

(女ってやつは。……いや違うな。……僕が闇の魔術に手を出した報いか……)

 

(……二度とダフネにこれを使わせちゃいけない。闇の魔術に関する記憶だけ消すか?)

 

 一方ハリーの胸中は恋に燃え上がるどころではない。ダフネが闇の魔術に手を出してしまったことに対して、ハリーは己を責めていた。

 

(……いやだめだ。プロテゴ・ディアボリカは複雑な魔術理論が絡みすぎていて、消せばダフネに悪影響が残る……)

 

(……どうして僕と同じことをやるんだ……)

 

 ハリーにはダフネの行動には見覚えがあった。秘密の部屋の一件でハリーはプロテゴ・ディアボリカを使って仲間にスリザリンの継承者と戦う覚悟はあるかと問いかけたのだ。

 

 リーダーであるハリーが闇の魔術を使うという姿勢を見せていれば、恋人であるダフネが影響を受けるのもあり得なくはないのだ。

 

 ハリーはダフネが闇の魔術を使う筈は無いと信じていた。だが、人は悪意からではなく愛からでも闇に堕ちるという可能性が頭から抜けていた。

 

 自分には愛される資格がないと思っていたからだ。

 

(……ダフネをこのままにしておくわけにはいかない。絶対に……)

 

 ハリーは自分や仲間の命を護るため、後先考えずに闇の魔術を使い敵の命を奪った。

 

 それを長い間側で見続けたダフネが、ハリーに感化されて道を踏み外そうとしているのだ。

 

 自分と同じ過ちを犯させるわけにはいかなかった。

 

(…………コントロールがまだ甘い。制御理論を教え直すことから始めないと……)

 

 ハリーはダフネに寄り添うことに決めた。どれだけ厳しく指導してでも、ダフネが炎を制御できるように指導する責務がハリーにはあった。

 

 ダフネが追い詰められたときにやや精神不安定になることがあるのは分かっていた。だからこそ、ダフネが冷静に自分自身を取り戻し闇の魔術から足を洗うまでハリーはダフネを見守る義務があった。

 

 その後ふたりは秘密の部屋を元通りに修復するために泣きを見ることになった。サラザール・スリザリンが残した部屋は、ハリーとダフネの愛を証明するかのように煤けていた。

 

 

***

 

 フランスのレストレンジ本家には、地下への隠し通路がある。

 

 七代目当主によって増設された地下施設は時と共に拡大を続けた。レストレンジ家に連なる人間の権限でしか出入りが許されないその場所に、ベラトリクスは主の命令で物品を運び入れた。

 

 神秘部の決戦は闇陣営にとっては痛烈な痛手となった。ルシウスをはじめとしたデスイーターの主要陣営が捕縛されたのだ。ベラトリクスの夫や義弟も、神秘部の意味不明な研究成果の毒牙にかかり捕まった。

 

 現在のデスイーター陣営はルシウス達寝返り組が捕縛され、主に忠誠を貫いたベラトリクスが最大の地位に居ると言っても良い。が、ベラトリクスの立場とて安泰ではなかった。

 

 神秘部の決戦で起きた不可解な出来事をベラトリクスは杖の暴発で片付けた。現在のドラゴンの杖をベラトリクスは気に入っていたが、これは本来の杖ではない。脱獄してから金銭と伝手を使って入手したあり合わせの品だ。

 

 ベラトリクスは、自分に限って魔法の暴発などあり得ないと分かっている。だが彼女に愛の魔法に関する知識はなかった。

 

 自分に起きた一連の出来事について杖の不具合を疑ったのはむしろ彼女が優秀であることの証左だと言えた。以前の杖より少し短い35cmの杖はよくしなってベラトリクスの期待に応え、主に命じられた物品を地下の研究場へと運び入れた。

 

 地下には先客がいた。

 

「お待ちしておりました、レストレンジ様……!」

 

 恭しく自分にへりくだる魔女をベラトリクスはじろりと睨んだ。その魔女のことをベラトリクスは知らない。自ら目をかけたキシリア・ザビニの裏切りは、アズカバンの収監から立直りかけていたベラトリクスを脱獄直後の不安定な状態に戻していた。

 

「これを何に使うつもりだ?私はこれをあの神秘部の気色の悪い部屋で見た。おまえは何を命ぜられたのだ。答えろ」

 

「……も、申し訳ございません。私の口からは答えられません……」

  

 平伏し謝り倒す金髪の魔女……アウラに対して、ベラトリクスは苛立ちと癇癪を抑えなかった。

 

 ベラトリクスはレダクト(粉砕魔法)でアウラの身に付けていたカチューシャを粉々に砕いた。

 

「ひいっ!?」

 

「下女ごときがそんなものを身につけるな!」

 

 ヴォルデモートの命とあってはベラトリクスであっても巨大なフラスコの意味を知ることはできない。自分が知らないことを目の前の新参者が知っているという事実が、ベラトリクスを苛立たせた。

 

「……頭が高い。デスイーターに加入したからと言って、まさかわたしと対等だとでも思っているのか?」

 

 あれこれと難癖をつけていびり倒し、クルシオにかける口実を得てやろうとベラトリクスは杖を構えた。

 

 ベラトリクス・レストレンジはデスイーターらしく狡猾に作戦を巡らし、罠を張ることもある。しかし、彼女の本分は戦士という名前の通り戦闘にあった。

 

 アウラやセブルス・スネイプのような研究者気質の人間とは肌が合わないのだ。

 

「め、滅相もございません。私ごときではレストレンジ様の頭どころか、その足元にさえ及びません……!」

 

「そこまでにしておくのだ、ベラ。お前にはこれから説明するつもりでいた……」

 

 ベラトリクスが苛立ちのままにクルシオによってアウラに折檻を行おうとしたとき、笑いながらベラトリクスを制止する声があった。

 

 ベラトリクスは声の主に一も二もなく跪く。アウラもそれに倣って跪く。声の主は二人の平伏は当然のものとして何の感慨も示さなかった。

 

「……アウラよ。ベラのために説明をしてやるとよい。お前の研究内容を……あのフラスコの存在意義をな」

 

「……はっ!発言の許可を頂き恐悦至極に存じます!」

 

「……このフラスコは、ホムンクルス製造のための人工子宮でございます!まず、任意の魔法族の子供の元を男女それぞれで用意し、人為的に配合の後、不要な遺伝子を除去することで魔法族としてのスペックを引き上げた魔法族を産み出せるのです!この方式の優れた点は、例えばベラトリクス様のような魔女にとっての忌々しい課題であった妊娠という期間を……」

 

 研究者のスイッチが入ったのか、アウラは震えをピタリと止めてベラトリクスへと説明に入った。淀みなく一息に話そうとするその姿は、悪い意味でのオタクのそれでありベラトリクスを苛立たせたが、内容は頭に入ってきた。

 

「……さて、ベラ。もう話は分かっているだろう。君の細胞を私に献上しろ。そして」

 

「……私の血を継ぐ子供を製造するのだ」

 

「は、はは!ありがたき幸せ!このベラトリクス、己の全てをご主人様に捧げます!」

 

 その言葉を聞いたとき、ベラトリクス・レストレンジは恍惚とした顔で頷いた。

 

 

 が、内心は困惑で満ちていた。

 

(な。バカな。それでは不貞になる……) 

 

 ベラトリクスに夫への愛情は一欠片もなかった。ただ家の方針で結婚しただけの間柄で情はない。だからこそ、純血主義者として子供を遺すべきであるにも関わらずベラトリクスは夫との子供に積極的ではなかった。

 

 ロドルファスもベラトリクスの意思を尊重していた。互いへの愛などなく、ただ政治的思想の同意だけがある夫婦だったが、それでもこの瞬間だけはベラトリクスは夫のことを考えた。

  

 

 心の奥底で慕う主君とのロマンスは、ベラトリクスが望んだような愛は全く存在しなかった。ベラトリクスはただ自分の細胞からおぞましい何かが産み出されていく真新しい所業に嫌悪し、生まれてくるである子供に愛情など持てなかった。

 

 それはトム・リドルも同じことだった。

 

 トムが己の子供を製造しようと思い至ったのは、ベラトリクスが愛の魔法に破れたことがきっかけだった。

 

 純血で、自分がその知識と技術を与えて育てた中で最強の魔女が愛の魔法に敗北した。その事実はトム・リドルのプライドを傷つけた。

 

 傷ついたプライドを回復させるために、トムはベラトリクスに罰を与えることにした。淑女として教育を受けてきたベラトリクスに夫を裏切らせるのは、トムが考えたベラトリクスへの罰だった。

 

 そして子供を製造するのも愛情からではなかった。トムは保険をかけることにしたのだ。

 

 ベラトリクスと自身の才能を受け継いだ子供に、魔法で自分に愛とかいう下らない感情を抱くように仕向ける。そして自分のためにその守りを発動させ、殺すことで自分をより無敵にする。

 

 トムは、愛などアルバス・ダンブルドアが夢想する幻想であり、その結晶たる子供は魔法で産み出せる程度の存在でしかなく、愛そのものも、自分に利用される程度の下らないものでしかないと証明できるのだという感情を抱いた。それがトムに、子供の製造という手を取らせたのである。




スリザリン生はナルトで言うとうちは一族みたいなイメージがあります。
愛情深いけど敵に回すとめんどうくさいというか。

原作のハリーさんも本作のハリーほど目立ってキレてはいなかっただけで六巻では普通にメンタルブレイクしてたと思います。
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