フィットウィック教授ファンの方は申し訳ございませんでした。
フリーライターのリタ・スキータは、ハリー・ポッターの育ての故郷であるプリベット通り近くのカフェでデイリー・プロフィットの記事を読みながらほくそえんでいた。
(『闇の魔法使いに立ち向かった真の英雄、ハリー・ポッター』……順調にポッターの市場価値が上がっているわねぇ。結構なこと)
「……ポッター?ポッターって、誰ですか?」
アフロヘアーのマグルの女性店員がリタに話しかける。リタはにっこりと微笑んで言った。
「さぁ?有名な芸能人のご子息かしら」
「あら、そうなんですか。……勘違いでしたらすみません。お客様の写真が動いたような気がしたものだから、つい」
「気のせいでしょう。コーヒーをお願いできますか?」
「かしこまりました」
魔法の才能が微かに存在するマグル、おそらくはスクイブを適当にあしらってリタは再び記事に目を通した。
リタはハリーがその名声を回復させ、世間から『英雄』として祭り上げられようとしていることを喜んでいた。新聞はハリーを盛んに持ち上げ、デスイーターの悪事を糾弾している。子供ながらにデスイーターに立ち向かったハリーは先日までの狂人視が嘘のように英雄として掌を返されていた。
(そのまま高く、たかあく値を吊り上げて下さいな、ポッター)
もともとリタはデイリー・プロフィットの記者だった。薬学とコンジュレーションにおいてそこそこの才能を持っていたが、決してトップクラスではなかったリタは、仕事に活かすために卒業後も研鑽を続けた。
そしてリタは貴重なアニメーガスとなった。コガネムシの姿に変化したリタはあらゆる場面に潜入して、他の記者たちが知り得ない情報を集め、数々の有名人たちの秘密を暴き新聞の売り上げに貢献してきた。
ただ、リタは本来申請するべき資格の申請をしていなかった。自分がアニメーガスであると知れ渡れば警戒され、仕事に障りが出るからだ。
法律に反した報いをリタは受けた。ハリー・ポッターによってリタの秘密は暴かれ、簡易的な裁判を受けてアズカバンに収容され、そして刑期を終えて釈放された。
釈放された後、リタは正式にアニメーガスとしての資格を取得し記者に戻った。が、デイリー・プロフィットの記者には戻らなかった。個人的な取材がしたかったからだ。
(……『悪人が悪事を成す』というのは当たり前のこと。『善人が悪事を成す』からこそ世間はそのギャップに驚き、好奇心を刺激して記事は売れる……)
まずリタはハリーの過去を取材した。そこでハリーが、境遇に反して驚くほど善性に満ち溢れていたことを知った。
リタはハリーが虐待されていた証拠を掴んだのだ。
ダーズリー家はバーノンが社会的成功者であり、幼いハリーを引き取ったこともあって周囲から尊敬されてもいた。しかし、多少付き合いのある主婦や同級生のクラスメート達から見ればハリーが集団で暴行を受け、満足な食事を与えられない欠食児童であったことは明白だった。リタは取材によってハリーの幼少期がマグルを憎むに足るものであると知ったのだ。
はっきり言ってハリーのデスイーターの幼少期ですと言われた方が納得がいくものである。記事のインパクトとしては充分過ぎるほどの内容にリタの心は震えた。そして同時に、これを公表したときのハリーやシリウスからの報復を恐れた。
いかに光側に立っているとはいえ、この事実の公表はハリーの尊厳を著しく損なうものだったからだ。殺されても何ら文句は言えない。
リタから見て、ハリーの境遇はスリザリンに入るのが妥当なものであった。そして同時に、何故これでマグル差別に傾倒していないのかと不思議になるほどだった。
(ダンブルドアかシリウス・ブラック……おそらくブラックが思想の矯正をしたのではないか)
とリタは仮説を立てた。シリウスが、特に若い頃のシリウスは潔癖過ぎるほどに純血思想や反マグル主義を嫌っていたことは有名だったからだ。ポッターに自分の思想を押し付けたとしても不思議ではなかった。
実際、シリウスの周辺を少しでも取材すればシリウスがマグル差別などする筈がないことは嫌でもわかった。リタの仮説は的を得ていたのだ。
(……頑張って『例のあの人』と戦ってくださいな、ポッター)
リタは記事に映るハリーの写真を見ながら内心でほくそえんだ。写真のハリーの姿はトライウイザードトーナメントでドラゴンを相手に雄々しく戦った姿を映し出していた。
悪評こそあれど写真のハリーは世間が望むような並外れた強さを持つ英雄像にマッチしていた。今はまさに強さが求められる時代だからだ。
(……頑張って、頑張って。そしてブラックごと死んで下さいな。若くして命を落とした悲劇の英雄の後ろぐらい過去ほど、人々にインパクトを与えるものは無いのですから)
リタはハリーが善人として死ぬことを誰より願っていた。そうすれば、リタがハリーの死亡と共に公表する記事はたちまちベストセラーとなるだろうから。
リタ・スキータのようにハリーを英雄として祭り上げようとする魔法族は、実際のところ本心でハリーが勝てると思っている訳ではなかった。
いくらその年齢にしては強かろうと、類を見ない戦闘と闇の魔術の才能があろうと、アルバス・ダンブルドア以外にヴォルデモートに対抗できるものがいる筈がないと彼らは知っていたからだ。
世間はハリーを英雄として祭り上げつつ、ハリーが早々に殺されることを願っていた。誰も自分がヴォルデモートのターゲットになりたくはないのだから。
リタ自身、早く殺されることでヴォルデモートの怒りを鎮めて欲しいとさえ思っていた。コーヒーを飲み干し、朝食の代金を支払うと、リタはデイリー・プロフィットをしまって取材のためにテレポートをした。
***
(教育者として自分は未熟者だ)
フィリウス・フリットウィックはそういう思いに囚われることがあった。クィリナス・クィレルやギルデロイ・ロックハートが闇の魔法使いだと知った瞬間だ。そういう日の夜は、フィリウスは普段飲まない酒をあおってさっさと寝てしまうことにしていた。
ここ最近は、そう思う日が増えていた。
ハリー・ポッターが決闘クラブに顔を見せたとき、フィリウスは何かが決定的に違っていることを察した。四年生の、あの日までのハリーは、魔法を楽しんでいた。貪欲に魔法を求めながらも、他の生徒達と同じように青春を謳歌していた。
しかし今のハリーは、己を責めながら鍛え上げるかのようにただただ力だけを求めていた。フィリウスはハリーを見るに堪えず、周囲の生徒達に視線を回した。
ハリーに従って神秘部に突入した生徒達は皆突入前とは違っていた。死というものが当たり前にある世界に触れたことで、日常の大切さを忘れてしまったのではないかとフィリウスは懸念していた。
シノやオルガらのどこか熱に浮かされたような雰囲気のなかには、現状からの逃避が見てとれる。暗黒時代にはああいう生徒をフィリウスはよく目にした。
恐怖を誤魔化すためには無理にでも勇敢な自分を演じ周囲を鼓舞しなければならない。そうでなければ、恐怖は周囲に伝染してしまうから。
彼らは内心で怖くてもそれを出すことは出来ないのだ。
フィリウスは彼らに秘蔵の菓子セットを見舞いの品として贈った。
本音では、戦争に関わるのは止めておきなさいと言いたかった。教育者としては若者が命を落とす道を選ぶなどあってはならない。
フィリウスはダンブルドアを主とするホグワーツ城の教師だ。しかし、薬草学教授のポモーナ・スプラウトと同じようにフィリウスもまたオーダーの一員ではない。
フィリウスはレイブンクローの出身者らしく、若い頃は知識と魔法の技術を求めて研鑽を重ねた。同期のミネルバ・マクゴナガルがたっぷりと時間をかけてグリフィンドールとレイブンクローのいずれかに組分けさせるか悩んだのと同じように、フィリウスもまた時間をかけてグリフィンドールとレイブンクローの二択で迷い、レイブンクローを選んだ。
その選択は正しかったとフィリウスは確信していた。レイブンクローの個人主義的気質はフィリウスによくマッチしていたからだ。
人は一人では生きてはいけない。しかし、集団生活を余儀なくされるホグワーツにおいては一人になれる時間というものが貴重だ。プライベートを大事にしたかった学生時代のフィリウスにとって、レイブンクローは居心地の良い寮だった。
フィリウスは教師となって以来、生徒に分け隔てなく接した。誰にでも分かるように面白く授業をするにはどうすればいいかと頭を使い、魔法の楽しさを教えてきたつもりだった。
呪文学はすべての魔法の基礎になると言ってよい大切な科目である。フィリウスはあのドロレス・アンブリッジの目から見ても非の打ち所が無いほど優秀な教師であった。
しかし、クィリナスやギルデロイ、そしてハリーを見てフィリウスは、魔法以外に何か教えるべきであったのだろうかと思った。優秀なフィリウスであるからこそ、自分の生徒や、自分を慕ってきた生徒が道半ばにしてその才能を潰そうとしていることに思うところがあった。
「今日はそこまでにしておきない、ポッター。疲労が溜まっているでしょう。ゆっくりと休むのも大切なことですよ」
「……分かりました。……ザビニ、アズラエル。先に上がるよ。お疲れ様」
フィリウスは無心になってにプロテゴを使うハリーを止めた。
ハリーは無言呪文を使いこなし、何やらプロテゴの改良を試みていた。一心不乱に取り組む姿は鬼気迫るものであったし、フィリウスもハリーの意図に気付いていた。
(……ポッターは闇の魔術の改良を試みている……?)
フィリウスは教師歴が長い。杖の動きと魔法の質を見れば、大体のことは経験と勘で予想が出来た。ハリーがプロテゴを鍛え直しているのは一見すると守備的に見えたが、込められていた魔力の中に通常では考えられないような危険なものを感じ取ったのだ。
警告の意味も込めてフィリウスは言った。私の前で、邪悪な魔法に手を染めてくれないでくれと。
次の日以降、ハリーがプロテゴの過剰な修練をすることはなくなったが、フィリウスはまだハリーが改良をあきらめていないことに気付いていた。
フィリウスはハリーが危うい道を進んでいることは分かっていた。だが、それをハリーに指摘したりはしなかった。
ハリーはフィリウスが顧問を勤める決闘クラブの一員であるが、自分の生徒ではない。魔法の知識と、確かな叡智、研鑽を重んずるレイブンクローの気質から言えばハリーがやっていることを止める意味はどこにもない。
が、教師としては止めねばならなかった。
フィリウスはハリーを見てきた。担任である筈のセブルスよりも接した時間は長い。だから、ハリーが孤独を恐れて仲間を求める少年であることはよく知っていた。
秘密の部屋事件のあと闇の魔術を止めるためにプロテゴ・インセンディオを習得したハリーのことをフィリウスは思い出した。
仲間や友達を焼きたくはない、とハリーが考えているのは、口に出さなくても見てとれた。あの頃と今とで、ハリーの根っこは変わっていない。ただ、決定的な何かが取り返しがつかなくなっただけで。
フィリウスは結局、悩んだ末にハリーを止めることを諦めた。ハリーがプロテゴの改良を試みているとしてもそれは仲間を護るために違いないと思ったのだ。
(……これはポッターへの信頼だと言えるのだろうか?私は信じると言いながら、楽な道を選んでいるのではないか?)
(……ダンブルドアに報告すべきなのでは……)
フィリウスの懸念は実際杞憂でも何でもなく、的中していた。
ハリーはヴォルデモートがダンブルドアとの闘いで展開したプロテゴ・シルヴァ(銀の盾)を再現しようと試みていたのだ。フィリウスはこの時ヴォルデモートの魔法に関する知識がなかったので、具体的にどのようにプロテゴを改良しようとしているのかは分からなかったが。
ダフネが闇の魔術に手を染めたことはハリーを焦らせていた。プロテゴ・ディアボリカはプロテゴ系統の魔法の中では愛の護りに次ぐ防御力を誇るが、殺傷性能が高すぎる。炎の制御をダフネに教える傍ら、ダフネを心理的に安心させられるようなプロテゴがないかと考えたとき浮かんだのがヴォルデモートの使った銀の盾であったのだ。
いずれにせよ、ハリーが将来的に戦争に参加するつもりであることは明らかだった。
(……ううむ……言うべきか。しかし、今言ったところで何になる。……ダンブルドアも、ハリーに自衛はさせたいはずだ。ダンブルドアに報告する意味はない……)
フィリウスはレイブンクロー出身者として、ハリーが世間の全体主義や風潮に流されて戦争への参加を決めたと言うならそれを愚行として止めるつもりであった。
正義感は確かに大切だ。フィリウス自身、他に選択肢がなければ闇陣営にはつかず抗う覚悟はしている。
だが、世界にはマグル生まれと純血しかいないという訳ではない。
レイブンクローにはマリエッタ・エッジコムのように親が魔法省の役人であったり、それこそスリザリン閥と付き合いがあるという子供達も多くいる。彼らの全員がウィーズリー家のような勇気と善性を持てというのは無理な話だ。世界は善だけで成り立っているわけではないのだから。
しかし、ハリーは自らの意思で例のあの人と敵対した。ダンブルドアもそんなハリーを支えこそすれ、生き延びるための障害になりたいとは思わないだろうとフィリウスは思った。
フィリウスはダンブルドアを尊敬しているし、闇の魔法使いたちを唾棄してもいる。しかしそれ以上に、悪行が肯定される戦争という行為そのものを嫌っていた。ホグワーツは教育機関であって、闇祓いや闇の魔法使いの養成機関ではないのだ。
教え子が戦争に巻き込まれ命を落とす。……或いは……そう。或いはデスイーターとなり、或いはオーラーとなって互いに血を流す。暗黒時代の地獄をまた味わうことになるとは思いたくはなかったのだ。
ポッターが帰ったあとも決闘クラブに残る生徒と、帰る生徒は別れた。ルナ・ラブグッドはハリーが帰ったならもうやる意味はないとばかりに、フリットウィックに挨拶をしてハグリッドの小屋へ喜び勇んで駆けていく。コリン・クリービーもルナのあとに続いて出ていった。
「……まったく、ルナには困ったもんすねー。……ま、来年は魔法漬けの一年になるから今くらいはいいのかなぁ?」
「やる気のない部員をどう扱うかは君に任せます、ウィーズリー。部の方針としては、強制ではなく自主参加ですが」
自分にぼやいてくるロンに、フィリウスは穏やかに言った。
本来であればロンは決闘クラブの部長として一年を過ごす筈であった。アンブリッジの騒動によって決闘クラブが廃止となり、部長としての経験を積めないままにロンは五年生を終えようとしていた。フィリウスとしてはリーダーシップを発揮してあれこれと下級生の世話を焼いて欲しいと願っているのだが。
フィリウスとロンは生徒たちを見て回った。男女で集まってステューピファイをどこまで遠くへ飛ばすかという遊びをしていたグループの一位に、フィリウスは五点を進呈した。
「……おや。君はミズ・ラブグッドに着いていかなかったのですね」
一位の生徒の顔を見て、フィリウスは意外に思った。シュラーク・サーペンタリウスは端正な顔に喜びを貼り付けながら満更でもなさそうに答えた。
「……ミズ・ウィーズリーに決闘の手解きをしていたところです。彼女は手先が器用で筋がいいので」
「それは良かった。ミズ・ウィーズリーもサーペンタリウスをよろしく頼みますよ?」
「ええーっあたしがシュラ係になるんですかぁ?」
ジニー・ウィーズリーはフリットウィックの冗談に小気味良く返す。
「強いものは美しい。僕の相手が務まる君も、相応に美しいということだ。光栄に思うといい」
「うげっ、先生聞きました?本気で言ってますよ、こいつ??」
シュラークは気障ったらしい言い回しでジニー・ウィーズリーを口説いていた。ジニーは意に介していないが、決して険悪な雰囲気でもない。同い年の悪友というところまで仲良くなっていた。
こういった光景が見れる機会も少なくなっていくと思うと、フィリウスとしてはシュラークやジニーにはもっと大量に加点したい気分だった。内心微笑ましく思いながらシュラーク達が片付けて決闘クラブを去ろうとするのを見守っていると、シュラークはフィリウスへと声をかけてきた。
「……先生。僕は先生にご報告したいと思っていたことがあります。少々お時間を頂いても宜しいですか?」
「かまいませんよ、シュラーク」
教え子の熱心さに対して、フィリウスは快く応えた。シュラークもまた、決闘クラブで決闘に熱心な生徒の一人だった。
当初はスリザリン以外の生徒に対して壁があり、無礼な振る舞いの多い生徒だった。しかし、ハリーの影響か、周囲の生徒の影響か、シュラークは態度を改めた。傲慢さや尊大さがなくなったわけではないが、ルナをはじめとした生徒達と確かな友情を構築していたのだ。
それが嬉しかったからこそフィリウスはシュラークの相談に乗った。そして、シュラークが己の記憶をフィリウスに見て欲しいと言ってきたことに驚いた。
「神秘部の決戦の記憶です。どうしても、先生にご覧頂きたいものがあるのです」
フィリウスは当初シュラの提案を渋った。生徒の記憶を覗くというのは教師として頂けない。戦闘の記憶を見せたいなどと嘯くシュラークの精神状態を心配した。
「……僕はこの記憶をスネイプ教授に見せるつもりはありません。フリットウィック教授だからこそ見て頂きたいのです」
シュラークのたっての願いは三十分も続いた。フィリウスはついに根負けして、神秘部の決戦の一部始終を垣間見た。
見て早々に、激しい怒りに駆られた。かつてホグワーツ城で七年間を過ごし、自分の呪文学を七年間受講して卒業していった生徒……エイブリーやマルシベールらが緑色の閃光をシュラークたちに向けて撃ってきたからだ。
シュラーク達が生き延びたのは、彼らが生きるために研鑽を積んでいたからに他ならなかった。倒れた仲間を即座にレヴィオーソでどかし、エクスパルソなどのカースを使って敵の気を引き。プロテゴで小技を防いで、ルーモスやインペディメンタで遅滞戦闘に持ち込み。シュラーク達学生組は大人達が到着するまで、闇魔術に被弾しないよう細心の注意を払い続けた。
危険なことをしたと叱った後、フィリウスはシュラーク達を心の底から労った。
「……本当によく頑張りましたね、シュラーク」
フィリウスには子供達を責めることなど出来なかった。無茶をしたことを責める気持ちよりも、よく生き残ってくれたという安堵の気持ちが先に立った。
戦いの指揮を取っていたのはハリーであり、セドリックだった。直感に優れた意見をオルガやハーマイオニーが即座に汲み取って言語化し、秒単位の判断を繰り返しながらオーダーの到着まで凌いだ。
シュラーク達が生き残ったのは、デスイーター達が過去の大戦時より劣化していたことも原因のひとつだ。実戦から長く遠ざかり、理想の動きと現実とが追い付いていない魔法使い達とは違い、シュラーク達は明らかに実戦を想定した訓練を積んでいた。
(……ポッターが教えたのだ)
と、フィリウスは直感した。
バジリスクとの戦闘、ドロホフ達相手の大立ち回り、そしてトライウィザードトーナメント。ハリーの経験値は並の大人の魔法使いのそれをはるかに上回る。ハリーがそれらを仲間や後輩たちに還元していたとすれば、シュラーク達の異様な上達ぶりも頷くことができる。
デスイーターの一味にいたピーターによってハーマイオニーが人質に取られ、戦況は大いに悪化した。ハーマイオニーの命を見捨てるか、預言を渡し屈するかという二択になる。そこにオーダーが到着した。
オーダーの到着によって戦況は変化した。シュラーク達の負担そのものは減ったが、デスイーター達も明らかに本気を出していた。ハリー達とはぐれ、デスイーター達に命を狙われ続けるシュラーク達の奮戦をしばらくの間フィリウスは見ていたが、オーダー達の技量に息を飲んだ。
「……ああ、僕も覚えてはいませんでしたが。この一瞬でこれだけのフェイントが挟まれていたのですね」
シュラークは自分の記憶の中のアラスター・ムーディーをそう評した。ムーディーは本物の目と義眼でそれぞれ別の相手を見ながら、視線を向けていない本命のルシウスを狙うというフェイントを使っていた。
「強い魔法を使うというだけが戦闘ではありません。ミネルバも言っていますが、魔法には一番効果的な使い方というものがあります。雑なデスイーター達より、オーダーの技量こそ我々は参考にすべきでしょう」
決闘に関しては一言あるフィリウスは、少しの間オーダー達の戦法をシュラークに解説した。それこそシュラの求めていたことであった。若い頃は決闘が趣味であったフィリウスと、決闘によって人間味を得たシュラのの師弟は相性が良かったのかもしれない。
「教授。僕が本当に見ていただきたいのはここから先の記憶です。ご覧下さい……!」
シュラークは声の中の興奮を隠しきれていなかった。シュラークの言葉とともに繰り広げられたのは、今世紀最強の魔法使い同士の死闘だった。
「……!?……!……!!」
(……フェイント……いや、今のアバダは牽制!!ダ、ダンブルドアの展開している防御はいったい!?疑似生命なのは分かる。分かるが、ヴォルデモートのアバダケダブラを防ぐのは……!)
フィリウスは教師として解説を忘れてまずダンブルドアとヴォルデモート殿一連の闘いを食い入るように見た。が、途中でダンブルドアに殺気が感じられないことに気付いた。
(……アルバス……)
期待していた、あるいは手がかかった教え子が道を誤ったという気持ちが痛い程よく分かる。それだけに、フィリウスは戦闘そのものよりアルバスの胸中を思った。
(なぜ世界はこうも残酷なのか……)
「いかがですか、教授!」
シュラークがフィリウスに問いかけてくる。シュラークの瞳には魔法の高度さに対する憧れや、ダンブルドアとヴォルデモートの使った決闘術の技量に対する憧れしかなかった。
(……この子も……)
「使われている技術の一つ一つが、その道の天才が人生を捧げて会得できるかどうかというものばかりでしたね」
フィリウスはそう評した後で続けた。
「……ただ……分析すれば、その一つだけならば対策は立てられるでしょう」
「教授。……つまり、部分的には教授やマクゴナガル教授にもダンブルドアや闇の帝王と同じことが可能なのですか?」
シュラークの言葉にフィリウスは頷けなかった。
「……私では足元にも及びません。ただ、ミネルバはダンブルドアから直接コンジュレーションの指導を受けたいわば彼のコンジュレーションの後継者です。……アルバスも、ミネルバに対しては己の技術の一端を教えているでしょうね」
(……問題は、再現の精度と強さでしょうが……)
ダンブルドアの動かした像とミネルバの動かした像が駆りに戦ったとして、フィリウスはミネルバには悪いが前者が後者に勝てる姿が思い浮かばない。
同様に、ヴォルデモートの使った技術を再現できたとしてそれでヴォルデモートに勝てるとは到底思えない。それほどヴォルデモートとダンブルドアは規格外だった。
「……では……僕たちにもあれが出来るのでしょうか?ダンブルドアのような……」
(まずい)
「シュラーク。いいですか、今から私が言う言葉をよく聞いてください」
フィリウスは即座にシュラへ釘を指すことにした。
「……我々魔法族は戦闘だけを生業にしているわけではありません。例えば闇の魔法使いに立ち向かうオーラーであっても、捜査は基本的には第一発見者への聞き取りから始まります。わたしたち魔法使いにとって魔法は無くてはならないものですが、あくまでも道具でしかないのです」
フィリウスが案じたのは、多感な時期の少年が強さに惹かれて道を踏み外すことだった。
それこそ今のハリーが道を踏み外しているのも、あまりにも強大な力を持ってしまったことが一因なのだ。
力は必要不可欠なものだ。だが、今のシュラークがヴォルデモートやダンブルドアを真似したところでその頂きどころか麓にすらたどりつくことは出来ないとフィリウスには分かっていた。ハリーと同じ轍を踏ませたくなかったフィリウスは、思わず制止していた。
「……き、教授の仰る通りです……」
シュラは面食らっていた。基本的にフィリウスが生徒を強い語気で制止することなど無い。あるとすれば、それは生徒の身の安全をまもるためだとシュラにも分かっていた。
(…………やはりこの方に話して正解だった……!)
「……今見た記憶が、魔法族にとって史上最大の決闘のひとつであったことは紛れもない事実です。ですがシュラーク。君の将来目指すべきものは何ですか?オーラーですか?グリンゴッツ職員ですか?……目標もなくただすごいからと届かない頂きに手を伸ばそうとするのは、かえって時間の浪費になりますよ」
シュラに言いながら、フィリウスは後悔もしていた。
(……私はこの言葉をポッターにもかけてあげるべきだったのではないだろうか……)
かつてフィリウスは、ハリーに対してこう言葉をかけたことがあった。
人に対して分け与えなさい。そうすれば君は一人にはならないと。
ハリーはフィリウスの言葉を覚えていたわけではないだろうが、後輩たちからの慕われ方を見る限り、その言葉から外れた生き方をしたわけではない。
にもかかわらず道を踏み外していそうなことに、フィリウスは後悔を禁じ得なかった。
「……フリットウィック教授のお言葉を、心に留めておきます」
シュラはフリットウィックに対して深く一礼をした後、こう付け加えた。
「ポッター先輩は神秘部の決戦でデスイーターを退けました。運や敵の油断が我々に味方した部分は確かにあります」
「しかし、我々が加勢をし、ポッター先輩にデスイーターを退けるだけの地力があったのは、フリットウィック教授が決闘クラブで我々やポッター先輩に基礎を指導して頂いたからこそです。ポッター先輩はフリットウィック教授の仰ることをよく繰り返していました」
「私達はフリットウィック教授のお力添えのお陰で生き延びることが出来ました。……ありがとうございました」
「……え、ええ。……また会いましょう、サーペンタリウス」
フィリウスは面食らいながらも、研究室を去るシュラの後ろ姿を見送った。去っていくシュラの姿は、一回り大きくなっているように見えた。
***
ハリーはハーマイオニーと二人きりで必要の部屋にいた。
学期末が近付き、残り4日になった。ハリーはハーマイオニーに謝罪しなければならないと思いつつ、ダフネにプロテゴ・ディアボリカ(悪魔の護り)の制御を教えねばならないと理由をつけてそれを後回しにしてしまっていた。だが、もうハーマイオニーに己の非を謝罪することから逃げるわけにはいかないと思った。
ハーマイオニーはハリーから謝罪の言葉を受けたとき、ハリーを責めた。
「……ハリー。『済まなかった』というあなたのの言葉は本気?それとも、私を騙すための都合のいい詭弁なの?」
(……違う、違うわ。こんなことを言いたい訳じゃないのに……)
ハーマイオニーもハリーの境遇や、ドロホフ相手に必死になって自分を護ってくれたということはわかっていた。だが、ハリーはハーマイオニー相手にあまりにも不誠実でありすぎた。
「私達が……この一年間秘密結社を組織してまでやってきたのは。闇の魔術ではない手段でしかヴォルデモートを倒せないとわかっていたからよ。それなのに、貴方は……」
「ハーマイオニーが全面的に正しいよ。……僕はいつも君の忠告を無視した。……神秘部の突入の時も、ドロホフの時も、君の言葉を守らなかった。……僕はデスイーターのような人間だ」
(……ああ!)
ハリーが言い返してくれれば良かったのかもしれない。だが、ハリーはハーマイオニーの正しさを認めていた。自分の過ちを認識し、ハーマイオニーに詫びていた。
「だけど、それでも……ヴォルデモートを殺すことだけは止めちゃいけない。……こんなことを頼める義理じゃないってわかってる。だけどハーマイオニー、もう一度だけ……力を貸して欲しいんだ」
ハーマイオニーの中の合理的な部分は、自分の考えにも穴があったことを認めていた。
バーテミウス・クラウチ・シニアが闇の魔術を解禁したように、秒単位の戦闘において闇の魔術が持つアドバンテージはあまりにも大きい。
クルシオはプロテゴでもガードしきれず、インペリオは時間こそかかるものの成功すれば数的不利を覆しかねない。そしてアバダケダブラは、敵の復活を阻止し確実に数を減らすことが出来る。戦闘という行為を早期に終結させる手段として見たとき、何かの拍子でそれが味方に対して向けられるリスクを考慮しなければこれ程頼もしい戦力は他になかった。
だから、クラウチシニアはオーラーや、ひいてはデスイーターに狙われた社会的弱者の命を護るために闇の魔法使いに対して闇の魔術の行使を合法としたのだ。
「……ハリーの言葉は信用できないわ」
ハーマイオニーはきっとハリーを睨んだ。こんなことはしたくはなかった。ハーマイオニー自身、合理的に考えて敵の命を奪わない手段を考えるなら、アバダケダブラはともかくインペリオ(支配)は解禁してもかまわないとすら思っていたのだ。
本来のハーマイオニーであれば、アバダケダブラを除いた闇の魔術の行使を批判することはなかった。しかし、目の前でハリーが繰り広げたアバダケダブラの乱射や自殺未遂はハーマイオニーにとってトラウマとなっていた。
ダフネは自らも闇に堕ちることによってハリーに寄り添うという選択をした。だが、ハーマイオニーはグリフィンドール生として、何よりハリーの親友としてそんなことは出来なかった。
事実ハーマイオニーの言葉は今回も正しかった。ハーマイオニーは知らないが、ハリーはダフネを正しく指導するためとはいえ、ダフネの前でプロテゴ・ディアボリカを行使していた。ハリーは依然として道を誤ったままなのだ。
「私が何を言ったとしても、ハリー。貴方は本当に怒りで我を忘れたときは私の言葉を聞かなくなる。……ねぇ、私達は友達だって言えるの?」
ハーマイオニーは言った瞬間、言ってしまったと思った。こんなことを言うつもりはなかったのだ。
しかし、ハーマイオニーにはこの一年間積み重なったストレスがあった。実はハリーに次いで負荷がかかっていたのはハーマイオニーなのである。
実戦的訓練を行う集会を企画、立案し、ハーマイオニーはその運営のために手を尽くしてきた。アズラエルは復讐心から過激極まりない提案を繰り返していたので、ハーマイオニーはその反対側に立って、組織を健全な裏組織へと近付けなくてはならなかったのだ。
ハーマイオニーはハリーやアズラエルやロンと共に支え合いながら裏の集会を運営してきた。シュラークなどの他寮の価値観の違う生徒との摩擦を感じ。時にはシュラークの暴言がきっかけで起きた揉め事の仲裁をした。
ハリーがグリフィンドールの魔女二人に振り回されたように、ハーマイオニーも齢十五歳にして中間管理職の悲哀を存分に味わっていたのである。
「……そう……だね。ごめん。……君の言う通り、僕ら……いや、僕は怒ると感情のブレーキがきかなくなる。……止まれなくなる」
以前のハリーであれば言い返しただろう。ラベンダー達のことをばらして文句の一つも言ったかもしれなかった。だが、ハリーに他人を非難出来るようなメンタルは残ってはいなかった。
ハーマイオニーにも、それはよく分かっていた。心が壊れた親友に死体蹴りするようなことをしてしまったと気付いたとき、ハーマイオニーは居たたまれなくなった。
(駄目。駄目よ。今のハリーにこんなことを言うなんて。私は何を考えているの?……どうにか話を修正しないと)
「……だから、ハリー。あなたのこれからの行動で貴方を判断するわ」
ハーマイオニーはきっとハリーの緑色の瞳を見た。一切の光を持たない瞳は、入学した頃のハリーとは最早別人だ。その事に胸が締め付けられながらハーマイオニーは宣言した。
「……あなたが私の意見を否定するのも、理由があって聞かないのも構わない。けれど今後も衝動的な判断で今後も無視し続けるのなら、わたしたちの友情を継続することは出来ないわ」
それはハーマイオニーからの最後通告であった。ハリーはハーマイオニーの言葉を聞いて、分かった、と言いハーマイオニーに感謝した。
「……ありがとう」
「…………」
ハーマイオニーはやはり複雑な心境だった。ハリーへとかけた言葉の一つ一つが、ハリーを追い詰める刺になってしまったのではないかと思った。
この一件でハーマイオニーを責めるべきではなかっただろう。人並み外れて理性的な人間ですら、自分に否が無いにも関わらず理不尽な目に遭い、しかもそれが短期間で繰り返されたとなれば怒りに呑まれることはあるというだけなのだ。
「……ハーマイオニー。僕は君がそう言ってくれて本当に感謝してるんだ」
ハリーはハーマイオニーにそう言って笑った。目は、笑ってはいなかった。
「新聞は僕を盛んに持ち上げているらしい。デスイーターを相手にして生き残ったことを褒めているみたいだ。だけど、僕の本性を知っても、それでも怖がらずに批判してくれるのは君くらいだ」
「……おかしいだろう。単なる人殺しが英雄だなんて。」
「……人殺しは悪いことだって、バーノンおじさんもシリウスも口を酸っぱくして言っていたのにね」
ハリーは心の底からハーマイオニーに感謝していた。間違いを犯した自分を恐れず、心の底から自分のためを思って批判してくれることがどれだけ正しく、ありがたいことかハリーは理解したのだ。
ハーマイオニーは理性的にハリーに対して言葉をかけようとした。しかし、出てきたのは嗚咽だけだった。
(……ハリーにはもう、この道しか残されていないんだわ……)
必要の部屋で、ハリーは親友を泣かせてしまったばつの悪さを感じながらハーマイオニーにハンカチを差し出した。間の悪いことに、次の日に洗ったハンカチをハーマイオニーが返してきたときダフネがそれを見ていた。
ハリーはダフネからステューピファイ(失神魔法)を受けた。ダフネが機嫌を直すまで、丸々一日を要した。