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その日の授業が終わり、空はかつてない程に澄んでいた。明日終業式を終えれば、生徒達はホグワーツを去ることになる。虚空をシノやアズラエルが愛用の箒で駆けていくのを見送ると、ハリーはハグリッドの小屋に向かった。ハグリッドの誘いを受けたのだ。
ダフネに対する闇の魔術の指導は一区切りがついた。と言っても、プロテゴディアボリカを暴走させないようになったというだけだ。ダフネは得た力に舞い上がっていた。二年生の時のハリーのように。
ハリーはダフネと契約魔法を交わした。闇の魔術のことは二人だけの秘密とすること。自分から破れば、二人には災いが降りかかるだろう。
(…………)
少しの葛藤がありつつも、ハリーはハグリッドの小屋へとたどり着いた。
「やぁ、ザムザ。」
ハグリッドの小屋には先客がいた。ザムザ・ベオルブが箒を使って小屋の周囲を掃除していた。
「やぁハリー。ハグリッドは君が来ることを待ちわびていたよ。入ってくれ」
ザムザはハリーを招き入れた。ザムザも裏の集会を辞める気はないようだった。
ハグリッドの小屋ではコリンとルナがシャボン玉を飛ばしながら遊びに興じていた。泡頭の魔法をそれぞれが互いの顔にどれだけ重ねられるかというものだ。シュラークが世話しているニーズルは、時折ふわふわと近付いてくるシャボン玉に尻尾を振っていた。
火災で焼け落ちたハグリッドの小屋は、ダンブルドアの手で全く新しいものに建て直されていた。以前より広々とした小屋に据え付けられた家具は少し大きく、そして新しく、魔法生物の暴走にも耐えられるようより頑丈なものになっていた。
「ハグリッド。またホグワーツからお暇することになったよ。また来年の授業で会おう」
ハリーはハグリッドに小屋の件の発端を謝罪するつもりだったが、ついて出たのはそんな言葉だった。
スクリュートのエリザベス達は元気に舞い戻ってきた。身の丈をより大きくして。もう、エリザベス達は魔法で拡張した専用の樽の中でしか動けない。外に出せばたちまち禁じられた森に入り、トロルやケンタウロスを脅かして森の生態系を変えてしまうだろう。
「よく来た、ハリー。お前さんが来るのを待っておった。座れ」
「ぬー。負けかー。じゃ、グロウプのところに行ってくる。コリンも腕上げたね~」
ルナはいそいそとその場を後にする。出ていくとき、ハリーに対して言う。
「ハリーも来る?」
「僕が?どうして?」
「どうしてって、気分転換。ほれ、森にGO」
「そりゃあええ。行ってこいハリー。コリンも行ってこいせっかくのホグワーツだ」
「じゃ、ぼくもお供しますね。……この組み合わせで動くのは初めてですね!」
ルナ、コリン、ハリーの三人組はルナの先導で森を進んだ。ケンタウロス達の縄張りを鈴を鳴らして合図することで通りすぎ、グロウプが待つ森の奥に進む。
グロウプは三角座りしながら、ハリー達に挨拶をしてきた。
「ハ……ロー」
「ハロー、グロウプ」
グロウプはたどたどしいながらも、挨拶ができるようになっていた。ハリーから見ても超速の進歩だと言えた。
「ハロー。……すごいね、君」
「だいたいハーマイオニーのおかげ。グロウプは私よりハーマイオニーが好きみたい」
「うわーっ。やっぱり大きいし、いい画になりそうだなぁ。……ハリー先輩、ちょっとグロウプと一緒に記念撮影していただけませんか?一枚だけ!一枚だけでいいので!」
「グロウプが嫌がるだろう?フラッシュを焚かれるのは」
「大丈夫だよー。グロウプは写真を面白がってるから。引き伸ばして自分の顔をよーく見たがるし」
ハリーが逃げようとしても、ルナは逃がさない。ハリーは分かったよ、とため息をつきながら言った。
「……ったく。一枚だけだよ」
ハリーは断ろうかと思ったが、やめにした。
コリンは命がけで神秘部の戦いに参戦したのだ。今更これくらいの頼みを聞かないなどというのはあまりにも心が狭いと言わざるをえなかった。
「えっ、聞き間違いじゃないですよね?」
「マジ?明日は雪が降るんじゃない?」
「僕の気が変わらないうちにさっさと撮ろうか、コリン?」
ハリーはグロウプの肩に乗って、浮遊するコリンに写真を撮ってもらった。コリンは何枚か撮った写真を見て、満足そうに頷いた。
「ありがとうございました!いやー、いいのが撮れました!これデニスに配ってもいいですか?」
「……仕方ないな」
「ありがとうございます!」
コリンは何が面白いのかわからないが、とにかく喜んでいた。そんなコリンを見ていると、ハリーはまぁいいかという気分になる。
「ルナ……ルナ……」
グロウプがたどたどしい英語で言った。
「……ツノ……が。襲われ……てる」
「ツノ?」「たぶんユニコーンとかバイコーンですね。どうする、ルナ?」
「どうもしないよ。それが森の掟だし」
ルナはさっぱりと言った。森の魔法生物達が生存競争を繰り広げるのは仕方のないことだ。人間の基準で介入をするのはよくないと割りきっているのである。
「ヒト……が。襲って……る」
グロウプの言葉に、ルナとコリンは顔色を変えた。
「スコープ(透視せよ)」
ハリーは眼鏡に透視魔法をかけ、グロウプの見ている方角に目を凝らした。
黒と灰色のローブを着た人間四人がユニコーンの親子を襲っているのが見えた。四人はかなり年配の魔女一人をリーダーとした大人の魔法使いだ。ユニコーンに血を流させるようにディフィンド(切断魔法)をかけている。
「ルナ。飛んでいってハグリッドに伝えて。ユニコーンを狙う密猟者だ。コリン、来てくれ。一刻を争う。またね、グロウプ」
「えーっ、私が帰る方?やるけどさー」
「承知しました!援護します!」
ハリーはグロウプの肩から飛び出すと、禁じられた森の上空へと飛び出した。木々の切れ目から、密猟者達を襲撃するために。コリンはよく飛んでハリーへと着いてきた。
密猟者達は、オーラー達やデスイーターとは比べのもにならないほど弱く、一瞬でかたがついた。問題はユニコーンの夫婦で、オスは立てないほどの大怪我をしていた。
オスは懸命の治療も虚しく、ハグリッドの到着までもたなかった。
ハグリッドが到着したとき、メスのユニコーンは身を震わせていた。ルナ、ザムザ、コリン、そしてハリーはハグリッドの指示通りに枯れ草を集めてメスの下に敷いた。
メスの震えが止んだとき、黄金のように輝くユニコーンの子供が産まれていた。あまりにも小さく儚い新しい命は、母親が舌でペロペロと舐めると産声を上げた。
「ああやって免疫をつけとるんじゃ。ユニコーンの赤子はか弱くてのう。なかなか育たんのだ」
「………………戻って飼えませんか?ハグリッド先生」
ザムザがそう提案した。が、ハグリッドはそれは良くねえ、と言った。
「辺りの木々の様子から見て、こいつらの群れはそう遠くはねえ筈だ。そっちに戻った方がいい。群れに戻らねば、父親のねぇ母親と子供は喰われるだけだ」
ハグリッドの言葉通り、ユニコーンの母親と子供は群れの中に迎えられてハリー達の手を離れた。ハグリッドは、よくやったとハリー達の頭を撫でた。
「ようやった。ユニコーンから警戒されねぇのはなかなか難しいことだ。お前さん達がユニコーンとの信頼を築けたことは俺の誇りだ!コリンとザムザの分を評価してグリフィンドールに二十点、ハリーの働きを評価してスリザリンに十点、それから素早く俺のところに戻ったルナを評価してレイブンクローへ十点だ」
(……あれ……)
ハリーは自分がユニコーンからの信頼を得たことに気付いた。これまでハリーは、ユニコーンから悪しきものと警戒されていたのに。
(……命を繋げてくれたお礼……なのかな)
ハリーはそう受け取った。ユニコーンの親子の安息を願いながら、密猟者達をオーラー達がやっていた蔦のインカーセラスで拘束し、ハリー達は帰路についた。
***
「……出産、凄かったねー。赤ちゃんも元気に産まれてよかった、よかった」
ルナはあっけらかんと言った。森の中で生命が命を落とすことは当たり前のことだ。だからこそ、繋がった命にヒトは時として鮮明な感動を覚える。ハリーも口には出さないがルナと同じ気持ちだった。
「密猟者達がまた森に来ていたんだね」
「ハグリッドが戻るまで間が空いたし、これから先は暗黒時代だからねぇ。需要が増えることを見越して、これからどんどん増えるかも」
「単なる密猟者ならともかく。デスイーターの関係者だったりしたらどうしようか……」
ザムザが不安そうに呟く。ハリーはあいつらも関係者かもしれないよ、と言った。
「直接面識はなかったとしても、ホグワーツを攻撃するときには森の情報も必要になる。僕がヴォルデモートななら密猟者の組織は味方に付けておきたい」
「……げっ。そうか、密猟者ってチンピラですけどあいつらにとっては利用価値があるのかぁ……」
コリンやザムザが顔色を変えたのをルナは好ましく思わなかった。ルナはハリーにデスイーター禁止令を出した。
「つーかハリーは何でもかんでもアレに結びつけるの禁止!禁止ね?わかった?」
「すみません……」
ハリーはこういうときは反論しない方がいいと心得ていた。ルナはハリーに言った。
「ハリーはさ。もっと楽しいことやった方がいいと思うよ。勉強だけじゃなくて」
レイブンクローらしからぬ言葉にハリーも皮肉で返した。
「来年は君とコリンは勉強漬けになるけれど。習慣のない人間に乗り越えられるほどowlは甘くないよ。勉強しておけば良かったと後悔するなよ?」
ルナはべっと舌を出した。ルナはザムザに同意を求めたが、ザムザはハリーに着いた。
「それに関してはハリーが正しい。……まぁ、来年は僕たちも少し落ち着けるのは確かだけどね」
「ハリーは大丈夫なんですか?来年。科目が増えたりするんじゃ……」
「来年は科目を減らすことにするよ。……正直に言うと、手を抜いていた科目もあるしね」
ハリーはコリンにそう言って笑った。笑えない状況だが笑うしかない。
ハリーがタイムターナーを使用できるのは今年限りだった。神秘部の戦いによって魔法省が管理していたタイムターナーは全て破壊され、ハリーのタイムターナーの時の砂を用いて、ゼロから時の魔法を再構築しなければならないとのことだ。つまり、来学期から使用可能なタイムターナーはゼロだ。
タイムターナーは結局……その時間においてその人がとりうる行動しかできない。だから学生の、勉強くらいにしか使ってはならない。ハリーはその規則を破りたかったが、結局一度も破ることはできなかった。
んー、とルナは唸りながら言った。
「でもさぁ。勉強だけじゃなくて、ハリーはもっとこうさぁ。脳みそが腐らないようにした方がいいよ、絶対」
「それはフレッド先輩の言葉だ!」
コリンがあっと気付く。ルナははいそこうるさい、とコリンを黙らせた。
「……とにかく。世界には嫌なものばっかりじゃなくて、綺麗で面白いものも沢山あるってこと。それを教えてくれたのはハリーだから。ハリー『も』笑ってないと。皆も楽しくないよ」
ルナがこんなことを言うのは初めてだったり
「DAでさ」
「……皆色々と噂したり、つまんないことで愚痴ったり。最初はあたしもそんなの下らなくね?とか思ってたんだけど。なんかだんだん、たまに皆にナーグルの話をして怒られたりするのも悪くないかなって思えたりして」
「ナーグルか。せめてネッシー辺りにしておいた方がよかったね」
ハリーはルナに対してそう言ったあと、コリンやザムザへと微笑んだ。
「……ハリーもそういうの、大切にした方がいいよ」
「君にそういうことを言われる日が来るなんてね」
ルナもコリンも、そしてザムザも確かに一歩一歩、自分の道を歩いていることがハリーには感じられた。彼らを見ているとハリーは内心、自分は彼らとは違うのではないかという思いに囚われた。
(……ヴォルデモートを殺したいのは僕本人の意思だ。アバダケダブラを使ったんだ。それは間違いないことだ)
(……でも。預言で運命だって決められたことが、自分の道だって言えるんだろうか。なにも決められていないのに自分の道を進んでいる皆と比べて、ぼくは単に、ダンブルドアに舗装された道を……)
「……僕は君達が楽しんでくれるならそれが一番嬉しいよ」
ハリーの言葉は嘘ではなかった。ハグリッドやコリンの前では確かにハリーは楽しかったのだ。その楽しさは本物だった。
(……よそう。自分の道なんて)
そしてまた、ヴォルデモートへの殺意もハリーにとって本物の感情には違いなかった。
(……そういうことは、全部終わってから考えればいいんだ)
どこまでも続く暗く細い道を、ハリーは歩いていた。ハリーにとって、ルナやコリンの居場所は眩しく、温かく、そして喉から手が出るほどに羨ましかった。しかしそれを認めることはできなかった。
認めてしまえば、自分の罪から目を背けることになるのだから。
ルナーっ!!ハリーのメンタルをケアしてくれ(無茶いうな)