蛇寮の獅子   作:捨独楽

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トム・リドルを育てた男

 

「……さすがに人数が足りません。ですので、僕は新しく増員を要請します。追加人員が来るまで暫くの間の辛抱です。……さぁ、仕事に入りましょう」

 

「……それはいいことだ。学生じゃああるまいし、徹夜は健康を害するからな」

 

 魔法大臣付補佐官のパーシーはそう言ってチームの二人を鼓舞した。ステファンもオードリーも疲労の顔が濃い。

 

 オードリーは欠伸をしながらパーシーに問いかけた。寝不足でろくに眠れていないのだ。

 

 オードリーはポリジュース薬、透明化薬、並びにフェリックス・フェリシス等の上級魔法薬用素材に関する流通の規制法を書き上げていた。魔法省でそれらの薬品を掌握しておかなければ内戦において致命的な被害をもたらす。

 闇陣営はどうせこれらの薬品の素材を買い上げているだろうが、そうと解っていても必要なことはやらなくてはならないのが大人の辛いところだった。短期的に見て効果はなくとも、中長期的に見ればそれらの薬品を掌握している魔法省側に形勢が傾くからだ。

 

「追加要員?それは吉報かしら。それとも凶報?一体誰が来るの?……ゼロから仕事を教えて問題ないナイスガイなの?」

 

「ちゃんと割り切って仕事をしてくれる人じゃないとやってられないわよ」

 

 オードリーの懸念は、来る人材がオードリーよりキャリアの長いベテランであることだった。

 

 ステファンのように素直にパーシーに教えを乞える人間ならいい。だが、そんな人材はそう転がっているものではない。魔法省の役人として長いキャリアを積んできた優秀な人間であればあるほど、まだ若いパーシーやオードリーが上にいていい顔をする筈がないのだ。

 

 オードリーが優秀である点は、そうした組織内の人間関係や上下関係から生まれる感情の機微に敏いことだった。天然の気があるパーシーとは対照的だ。オードリーはスリザリンで、パーシーはグリフィンドールで育ったという環境の違いも多分に影響しているのかもしれない。

 

「ああ。能力・人格共に問題はない。安心してくれ、ステファン、オードリー。何かあったときは僕が責任を持つ」

 

「オーケー。言質取ったわよ補佐官」

 

 二人のやり取りを微笑ましそうに見ていたステファンは、腕時計を見やると席を立った。

 

「……そろそろ時間だな。大臣の護衛任務に入る」

 

 

「今日はフランス魔法大臣と外相との会談、それが終われば難民申請者リストの作成か。……気を付けてね、ステファン。フランス魔法界に連中が手を伸ばしている可能性は高いわ」

 

「マルフォイもレストレンジもフランスにも繋がりを持つ一族だからな。……当然警戒はしているさ」

 

 ステファンは気負いの無い自然体で言った。こういうとき、余裕がある風に振る舞ってくれる存在は頼もしい。パーシーはステファンの存在に感謝した。

 

(……本当に……本当にありがとうございます)

 

 年下で(そこまでなら魔法省内ではたまにあることだが)魔法省内でキャリアの浅いパーシーの指示に従ってくれる存在などそうはいない。ステファン・ジョパンニはオーラ―としてスクリンジャーの命令に忠実であるためか、パーシーの振り分けた任務をそつなくこなしてくれた。

 

「スクリンジャーに護衛は要らない。彼自身が偉大な魔法使いだからな。俺が行くのは大臣の護衛のためじゃない。スクリンジャーの技能をこの目で見て、吸収するためさ」

 

 ステファンはそう嘯いた。無論ステファンの言葉は小粋なジョークだ。この男が仕事に対して手を抜かないプロであることはパーシーもオードリも良く解っていた。

 

「『一夜漬け』の本領発揮ですね?」

 

「覚えてきたら披露してやるよ、パーシバル」

 

 頼もしい元闇祓いが出ていくと、パーシーとオードリーは二人で積み重なった書類の山を裁いていく。魔法省の各部署から纏められた報告のうち、偽の情報と真の情報が入り交じっている。それを精査する作業に追われていた。

 

「魔法省は伏魔殿だって先輩方が言っていたけど。本当にその通りね。ここでは天才が単なる秀才に埋もれてしまうみたい」

 

「あのステファンでさえ役職なしのオーラ―だ。我々の層の厚さを誇るべきだろう」

 

 パーシーも内心でオーラ―の実力には驚愕していた。

 

 政務作業と現場での任務とでは問われる能力の質が異なる。キングズリー・シャックボルトのようにマグルの世界でさえ仕事をこなしてしまう超人が居ることは知っていたが、まだまだ人材は眠っていたのだ。

 

 十五年という仮初めの平和期間の間に、魔法省は弱体化した。

 

 しかし、平和な期間があったからこそ育った人材もまた数多くいる。戦闘能力に限らない多様性のある才能を持った人材。それは戦争の中では若くして命を落としてしまうものも多い。

 

 ステファンやパーシー、オードリーは平和を享受して育った世代だった。

 

「……で、パーシー。一体誰を選んだのか教えなさいよ。貴方のことだから人選もハズレってことは無いでしょうけど」

 

 オードリーが尋ねるので、パーシーは一枚の紙を寄越した。魔法省に新しく入ってくる人材たちの中の一枚だった。

  

 その後輩はホグワーツの中でもトップクラスの成績と実績を持つ生徒であり、オードリーも面識はなかったが名前と顔はよく知っていた。

 

「……って、ハァ!?セドリック・ディゴリー!?アンタ正気!?」

 

 オードリーは作業中の手を止めずに叫んだ。

 

 セドリック・ディゴリーについてはオードリーも知っている。成績、運動神経、容姿という三拍子を備えた人材で、それだけ聞けば将来有望な人間だ。

 

「……中学生引き連れて魔法省に乗り込んだロック過ぎるイカレ野郎よ!?」

 

 しかしオードリーの中の常識的部分がセドリックへの評価を反転させる。

 

 オードリーの中では年下の中学生を止めずに魔法省の、それも最高機密を粉々に砕いて回った特級危険人物であり闇の魔法使いよりタチが悪い超危険人物だ。

 

 オードリーはまじまじとパーシーを見た。覇気のある顔には一点の迷いもない。

 

「僕は至って正常だ。この状況において彼以外に信頼のおける人材はいない」

 

(……あ、そうだった。コイツもウィーズリー家だった……!)

 

「闇陣営に対抗可能なのは堅実に任務を遂行する正義感と、必要ならばラインを踏み越える気概のある人間だ。ディゴリーにはそのどちらの性質もあると僕は思う」

 

「…いや……まぁ……言いたいことはわかる。わかるけど……」

 

 オードリーは口ごもった。

 

 オードリーがパーシーに賭けようと思った理由は、パーシーのラインを踏み越える部分に惹かれたからだ。

 だからこそ、パーシーの意見に全面的な賛成はできなくても内心で同意はできる。闇陣営に立ち向かうと公然と宣言した人間ならば、味方として使い倒したい気持ちも、よく分かった。何せ今オードリーたちはハウスエルフの手でも借りたいくらいに切羽詰まった忙しさなのだ。

 

「その上で。ディゴリーを危険視する君の意見もわかる。今回の抜擢は僕たちでディゴリーを管理下においてコントロールする。神秘部の一件でディゴリーは闇陣営からも目をつけられている筈だ。敵に取り込まれる前に抱え込みたい」

 

「……何処かの誰かみたいな異例の大抜擢ね。ディゴリーにとって救いなのは現在魔法界が戦争状態にあるってことかしら」

 

 結局オードリーはパーシーの意見に賛同した。セドリック・ディゴリーが危険人物であれ、味方としてコントロール可能ならばそれを利用しない手はないからだ。

 

「そうでもなければ周囲からの嫉妬で潰れるわよ、ディゴリーは」

 

 付け足した言葉がセドリックへの心配であったことで、パーシーもまたオードリーを見直した。

 

「……僕は案外人に恵まれる傾向にある。今回もそうだと思う」

 

 言外にオードリーやステファン、そして自分を見出だしてくれた大臣への感謝を込めながら、パーシーとオードリーは溜まりに溜まった書類の山を綺麗に片付けていった。スクリンジャーの決済が必要な重要事項を除き、ほとんどの仕事を片付けた時、日付は変わっていた。

 

***

 

 ハーマイオニーは神秘部の、死のベールがある部屋に追い詰められていた。

 

 恐ろしいアントニン・ドロホフがハーマイオニーを殺そうとやってくる。穢れた血、生きる価値のないマグルとほざきながら死の呪文を撃ってくる。夢の中のハーマイオニーは、その場面で立ち向かわず逃げることを選んだ。

 

(……ドロホフと戦っては駄目。戦いさえしなければ……)

 

(……そうすれば、きっと……)

 

 勇敢さを信条とするグリフィンドールではあるが、蛮勇や無謀を誇るわけではない。これでいいと自分に言い聞かせてハーマイオニーは逃げる。しかし、目の前には死のベールがある。逃げられない。

 

「……アバダケダブラ」

 

 ドロホフのものではない、恐ろしい声がして緑色の閃光が煌めく。ハーマイオニーは夢の中で叫んだ。何度も何度も喉がかれるほどに。

 

「止めて!止めてハリー!」

 

 夢の中のハリーは……神秘部のハリーは、とてつもなく不吉で恐ろしかった。ハーマイオニーの目にはハリーがアントニン・ドロホフと同じデスイーターのように見えて、恐ろしく首をぶんぶんと振った。

 

「どうして止めるんだい?クィレルだって日記のトム・リドルだって僕たちは殺してきたじゃないか」

 

 ハリーは心底不思議そうにハーマイオニーに問いかけてくる。ハリーの杖先が自分に向けられ、ハーマイオニーは震えた。

 

「今まで僕に人殺しをさせてきたくせに、君たちはいつも綺麗事で僕の邪魔ばかりするんだね」

 

「……ヴォルデモートを殺すって約束したじゃないか?あの言葉は嘘だったのかい?」

 

「う……嘘じゃないわ。ただ……それは闇の魔術に頼っていては不可能なのよ」

 

「だからお願いよ、ハリー……昔の貴方に戻って」

 

 自分でも欺瞞だと解っていた。知らず知らずに口から出た言葉は紛れもなくハーマイオニーの本音であり本心だ。

 

 ただ、もう取り返しのつかないところまでハリーは来てしまった。自分の言葉が叶うことはないとハーマイオニーは解っていたから、夢の中でしかこんな言葉を伝えられない。

 

「頭のいい君なら、ヴォルデモートを殺す過程で障害があるなんてことは解っていただろう?今更気がつかなかったなんて言い訳をするのかい?」

 

 ハリーは……実際のハリーなら言わないであろう言葉でハーマイオニーを責めた。ハーマイオニーは咄嗟に反論する言葉が思い浮かばない。だが、倒れたドロホフとハリーの間に立ちはだかって止めようとした。

 

 あの時、神秘部でそうしたように。

 

 そして神秘部で対峙したときと同じように、ハリーは止まってはくれなかった。

 

「……君も僕を裏切るんだね、ハーマイオニー」

 

 否。あの時とは違う。ハリーには明らかにハーマイオニーに対する怒りと苛立ちがあった。まるでドロホフに向けていたような殺気を向けられ、ハーマイオニーの身が竦む。

 

 それで止まるわけにはいかなかった。

 

「裏切るなんて、そんな。聞いてハリー。貴方はもう人殺しなんてすべきではないのよ」

 

 ハリーにハーマイオニーの言葉は届かなかった。ハリーは冷たくハーマイオニーを見た。緑色の瞳には、虫けらを見るような冷酷さがあった。

 

「邪魔だよハーマイオニー。アバダケダブラ(死ね)」

 

 ハリーの杖から自分に向け緑色の閃光が撃たれた瞬間にハーマイオニーは飛び起きた。

 

「……っ……!!!!」

 

 冷や汗でベトベトになったシーツから離れ、コップに水を注いで飲み干す。どくどくと音を立てる心臓の音が胸に響く。

 

 実家の丁度いい広さのベッドとは違う。グリモールド・プレイスで客人のために揃えられたふかふかの高級なベッドの上でハーマイオニーは顔を覆う。

 

(……駄目よ、こんなことを考えちゃ。全部、私が恐怖で作り出した夢よ。脳が記憶を整理するために造り出した幻に過ぎないわ……)

 

 ハーマイオニーは自分を戒めようとした。しかし、自分の抱いている感情はどうあっても否定できない。

 

 ハリーが、怖い。あのデスイーターと同じくらいに。

 

 またハリーを止められないかもしれないという可能性が怖い。ハリーを止めるには、ハリーを戦わせないよう戦いから遠ざけるか、物理的にハリーを上回って勝って止めるしかない。怒り狂ったハリーには論理的な説得など意味を成さないのだ。

 

 ハーマイオニーが恐れているのは、単にハリーの暴走や暴力性だけではなかった。ハリーを止められなかったという罪悪感に呑み込まれ、言うべきことやすべきことが出来なくなってしまうことをハーマイオニーは恐れていた。

 

***

 

「おはようハーマイオニー。……どうかしたの?試験が終わったのに隈が出来ているわよ」

 

「おはよう、ダフネ。私ったら、試験で落ちる夢を見ちゃったの。あんまり気分は良くないわね」

 

「ハーマイオニーが?落第点?冗談でしょう?それこそ答案用紙に名前を書き忘れでもしないとあり得ない話だわ」

 

 次の日にダフネと軽口を叩いてハーマイオニーはハリーのことを頭の隅に追いやることができた。

 

 ハーマイオニーはハリーに単純に恐怖している、というだけではなかった。

 

 ハリーに抱いている本能的な恐怖心をハリーやロン、ダフネ達に知られてハリーを傷付けたり、今の関係に致命的な亀裂を入れたくはなかった。

 

 夏期休暇に入り暫くの間は両親との一時を過ごせたハーマイオニーだったが、情勢の悪化はハーマイオニーにグリモールド・プレイスへと避難させる道を選ばせた。両親にはオーダーの護衛がつき、ハーマイオニーは忠誠の呪文によって保護されたオーダーの本部、ブラック家の屋敷で安全に夏期休暇を過ごす。それがオーダーとハーマイオニーの両親が決めた内容だった。

 

「……ハーマイオニー。……今日はダンブルドア先生からお呼ばれしているのでしょう?そんな顔では駄目よ。頑張ってね。……良ければ終わった後で話を聞かせて貰えると助かるわ」

 

「ダフネ、そうね。ダンブルドア先生に話してもいいかどうか確認しておくわ」

 

 ダフネは実家から勘当され、夏期休暇の間ずっとブラック家に身を寄せていた。長く伸ばした髪をカチューシャで上げている。

 

 シリウスは全面的にダフネを支援すると決めていたらしい。知り合いだという魔法省の役人から許可を貰い、正式な手続きをもってダフネを屋敷に置くことも正式に認められた。ダフネは内心で思うところもあったのだろうが、気丈にふるまっていた。

 

 ブラック家ではハーマイオニーとダフネはオーダーのメンバー達からオクルメンシーの指導を受ける日々が続いていた。ハリーを散々悩ませたオクルメンシーはハーマイオニーもダフネも一筋縄ではいかなかったが、それても日常生活の中で本心をさらけ出すようなことはなくなった。

 

 そういう経験を積む度に、本音で話しあえていた過去が遠い昔のように思えてハーマイオニーは懐かしくなる。

 

(……ロンに会いたいな)

 

 ロンのことを考えると不快な夢の記憶が薄れる。辛いとき、ハーマイオニーは他のことを考えて気を紛らわそうとする。

 

 ロンは現在、自分の実家である隠れ穴に居る。長男のビル・ウィーズリーの婚約者であるフラー・ドゥラクールに鼻の下を伸ばしているかと思うと、ロンの脛を足で蹴りたい衝動に襲われる。

 

「ぶえええええっ!」

 

「止めなさい、ジェームズ」

 

 ジェームズはキラキラした目でダフネが着けていたカチューシャを取ろうと魔法を使う。シリウスは困った顔でそれを止めた。

 

 シェームズ・リーマス・ブラック。まだ赤子であるシリウスの息子は自分の意志で魔法を使える天才だった。

 

 そしてその才能をコントロールするために、シリウスとマリーダはしっかりとジェームズをしつけようとはしていた。

 

「うーっ!」

 

 ぐずって泣くジェームズが魔法でダフネのカチューシャを引っ張る。キラキラしたものに目がないのだ。将来はさぞややんちゃに育つであろうことが想像できた。

 

***

 

 ハーマイオニーはダフネと共に六年生への備えをしていた。六年生以降はowlで合格した科目の中から自分自身で選択し授業の予定を組むことになる。owlの結果が出るその日までは勉強に熱が入らないとダフネは溢していたが、ハーマイオニーは勉学の手を緩めるつもりはなかった。

 

「……グレンジャー様、アルバス・ダンブルドア校長がお呼びです。こちらへどうぞ」

 

「分かったわ。教えてくれてありがとう、クリーチャー。……じゃあダフネ、行ってくるわ」

 

「頑張ってね、ハーマイオニー」

 

 年老いたハウスエルフの声を聞いて、ハーマイオニーは勉強机から席を立つ。一人残されたダフネは寂しそうにポツリと呟いた。

 

「……本当に目をかけられているのね、ハーマイオニーは……」

 

(……頑張ってね、か。本当に狡いわね私って。……本当はちょっとだけ失敗して欲しいなんて思ったら駄目よね)

 

 ダフネの胸中に浮かぶのはハーマイオニーに対する嫉妬と羨望だった。

 

 単純な座学の成績において、ハーマイオニーは学年でトップクラスの位置にいる。占い学を受講していないとはいえ、ハーマイオニーが学年で一二を争う天才的な秀才であることを疑うものは誰もいない。

 

 単純な学力においてハーマイオニーを上回っている魔法族はホグワーツの歴史を紐解けば多い。例えばパーシー・ウィーズリー、クラウチ・ジュニア、そしてドーリッシュといった面々は広範な知識を実技に活かすだけの学力と、十二科目に耐えうるだけの根気強さがあった。

 

 ハーマイオニーが驚異的なのは、魔法を知ってたった五年で、マグル生まれというハンデを抱えながら彼らに次ぐ位置まで来たという事実だ。

 

 マグルの世界で勉学に勤しんだ経験を魔法族においても活かしている、と言えばあり得る話に思える。しかし、大抵のマグル生まれはハーマイオニーほど勤勉にはなれないし、努力を持続し続けられない。

 

 そもそも夏期休暇の間魔法界から離れてしまい、手本になる存在が周囲に居なくなってしまうために、学んだ内容を反復することも難しいのだ。

 

 にもかかわらず、ハーマイオニーは学年一の才媛と呼ばれている。

 

(……ハーマイオニーは……自分をギフテッドでは無いと言うけれど絶対に嘘だわ)

 

 彼女の五年間の不断の努力が、ダフネ達純血一族の十五年に勝ったのであろうか。

 

 それは違うとダフネは思いたかった。幼い頃から純血主義の教えを守って、魔法について厳しく教え込まれてきた自分達の努力はそんなに軽くはないのだ。

 

 単純な魔法の腕において、ダフネがハーマイオニーに勝るところは何もない。それだけでもダフネの劣等感を刺激するのに、ハーマイオニーは判断能力においても同年代で最も優れていた。

 

 

(……学力?ううん違う。ダンブルドア先生が彼女を高く評価したとすれば、それはきっと彼女の正しい判断を評価したんだわ……)

 

 学年末でハーマイオニーは最も優秀な生徒としてダンブルドアから表彰された。ダフネには眩しくて仕方のない栄誉だった。

 

(……神秘部に行くことを本気で反対したのはハーマイオニーだった。そしてそれは正しかった……)

 

 強すぎる光は時として見る人間の目を焼くことがある。ダフネはかつて二度、光に目を焼かれていた。

 

 一度目はシリウス・ブラックに。己の全てをかけて友情のために身を捧げるシリウスの話は、十一歳のダフネにはとても美しく気高く見えた。

 

 二度目はハリー・ポッターに。スリザリン生でありながら周囲を気にせずハーマイオニー・グレンジャーやロン・ウィーズリーを救ったハリーは間違いなくスリザリンの英雄だった。

 

 ダフネはその光を浴びて脳を焼かれてしまい自らも光陣営に立った。シリウスのように実家と敵対してでも正しい側に立ち、ハリーのように、スリザリン生でありながら友人達のために戦いに参戦したダフネ・グリーングラスには讃えられるべきことは数多くあり、卑下する必要は全くない。

 

 

 が、当のダフネ本人はそんな自分を肯定できないでいた。

 

 その時、コンコンとハーマイオニーの部屋がノックされる。ダフネは応えた。

 

「どなたですか?」

 

「……やはりここに居たか。マリーダだ。ジェームズがやっと昼寝をしてくれた。オクルメンシーの訓練ができる時間が空いたが、、構わないか」

 

「マリーダさん?わかりました、お入りください」

 

 

 ダフネはハーマイオニーへと貸し出された部屋にマリーダを招き入れた。夏期休暇の間、空いた時間でインペリオに対する抵抗訓練やオクルメンシーの訓練を課してくれるマリーダに、ダフネは感謝していた。ハーマイオニーはトンクスと親しいが、ダフネはマリーダにより親しみを感じていた。

 

 それはおそらく、マリーダがグリフインドール派閥の中にいるスリザリン出身者であったからかもしれなかった。

 

***

 

「……ダフネが恥じることは全くない」

 

 オクルメンシーの訓練のあと、マリーダはダフネをそう労った。

 

 ダフネの心の奥底には固く何か重たい闇が隠れていた。それはこれまで受けた純血主義者としての教育によって生まれた根の深い闇だった。

 

 マリーダはそれと近いものをシリウスやハリーからもから感じ取っていた。なので、ダフネに対してはことさら優しく接した。

 

 マリーダはダフネの心の奥底にある闇は暴き出せなかったが、今現在のダフネの心の表面にある感情は見抜くことができた。ハーマイオニー・グレンジャーに対する嫉妬を見抜かれ恥じるダフネに優しい言葉をかけながら、マリーダはダフネの本質を見抜いていた。

 

「強すぎる人間に対して、その強さや気高さを羨ましいと思うのは誰にでもあり得ることだ。しかし、だからと言って自分を恥じる必要は何もない」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「ダフネはリスクを承知の上で神秘部に行き、仲間を守るために戦った。その時点で、ダフネはあのハーマイオニーにもできないことをやってのけている」

 

「……持てる者だったダフネが、今ある立場や未来の可能性を捨ててでもハリーやロン・ウィーズリーや、ハーマイオニー・グレンジャーに着いた。それは元々光側だった人間には出来ない。ダフネにしか出来ないことだ」

 

 大人達が客観的にダフネ・グリーングラスとハーマイオニー・グレンジャーを評価したとき、彼女たちはどちらも庇護されるべき子供であり、希な善性を持った魔女だった。だからダフネへの言葉には説得力があり、ダフネも満更ではなさそうにマリーダからの称賛に気をよくした。

 

(……この子は演技を本心と信じることがうまい)

 

 マリーダはこれまでの人間観察歴からダフネの人間性を見抜いていた。

 

(……『地味で目立たないごく普通の魔女』という仮面は、海千山千の社交界を渡っていく上で身につけた仮面だ。いつしかそれがこの子の本心となったとき、新たに、光側に立つ魔女という仮面を身に付けた……)

 

 ダフネ・グリーングラスにはマリーダから見て、ダフネにしか無い才能があった。

 

 それは演技力である。演技の上手い人間は、自分の嘘を心の底から信じることが出来る。オクルメンシーを扱う上では必須の才能だ。

 

 幼少期から純血主義という、ある種人間の残酷さを濃縮した思想を植え付けられた後で、ホグワーツにおいてそれが間違いであると気付くスリザリン生は多い。そういうときマリーダのように反動でマグルに親しくなる生徒も居れば、ダフネのように保身とそれまでの付き合いを優先して仮面を被り続ける生徒もいる。

 

 ダフネはハリーやハーマイオニーに対しては純血主義者としての一面を極力隠しながら、光陣営に与する魔女としての自分の人格を作り上げた。その心の動きはマリーダから見て称賛に値するものだった。自分の弱さも醜さも受け入れて悪を演じる大人であればともかく、子供の段階でそれが出来る子供はそう多くはないからだ。ほとんどのスリザリン生は、純血主義をそのまま信仰したふりをしながら悪行を続けるからだ。

 

 

 ダフネには、心の奥底にある闇から目を背けてでも光側を演じられるだけの才能があるとマリーダは見た。

 

(……神秘部に行った子供達のメンタルケアをこの夏の間に出来ればいいが。……ダフネは問題ないとして、後はハリーか……)

 

 マリーダはダフネにオクルメンシーをかけながら、今後の予定を考えていた。マリーダはオーダーの人員としての活動は子供の世話もあって出来ないが、せめてこの夏の間だけでも戦いに巻き込まれた子供達のケアはしたいと思っていたのだ。

 

***

 

 ハリーはラフへローからダンブルドアのテレポートに付き添い、まるで中世かと見まがうほど寂れた村に着いた。着くや否や、ダンブルドアがどこからともなく取り出した鈴を鳴らしたことに驚いた。

 

「一体何をなさっているのですか、校長先生」

 

「暫し待って欲しい。何、ほんの一、二分で待ち人が訪れる」

 

「……では、椅子にお座りください、先生」

 

 ハリーはダンブルドアの身体を気遣って、公園のベンチに座らせた。ダンブルドアの黒ずんだ左手は最悪の闇の魔術を受けたかのような不吉さを醸し出していた。

 

 ダンブルドアには無理をさせてはいけないとハリーは強く思っていた。

 

「ありがとう、ハリー。待っている間、君に聞きたいことがあるのだ。……額の傷痕は痛むかね?」

 

「……いいえ、先生。あれから……神秘部の一件から、痛みは感じません」

 

「……何故でしょうか?」

 

 ハリーが尋ねると、ダンブルドアは笑みを浮かべた。自分の推測が正しいことを確信しているかのようにダンブルドアは言った。

 

「トムは君の存在を恐れたのだ。己が君に取り憑けば、無防備な自分自身の魂ごと君がまた自殺を図るかもしれぬと推測し、彼は二の足を踏んだ」

 

「……死こそ、彼が最も恐れるものだからだ」

 

(……死……か)

 

 ダンブルドアの言葉がハリーには解らなかった。もう死んだ方がいいような苦しみなどこの世にはいくらでもあるというのに。

 

 そうダンブルドアに言われたとき、何かが弾けるような音と共に人が表れた。ハリーはほとんど反射的に杖を向けていた。

 

「杖をしまいなさい、ハリー。」

 

「承知しました、先生。……ごめんハーマイオニー、クリーチャー。悪気はなかったんだ」

 

 ダンブルドアに指示される前にハリーは杖を取り下げた。ハリーは咄嗟に杖を向けたことを後悔した。杖を向けられたハーマイオニーはショックで固まってしまっていた。

 

「え……いえ。私は大丈夫よ、ハリー」「クリーチャーめは主の命令を果たすのみです。私のお役目がありますので、失礼させていただきます、ハリー様、グレンジャー様」

 

 クリーチャーはハリーに杖を向けられてもふてぶてしさを失わなかった。ハリーにとって義理の弟となるジェームズ・ブラックが産まれてから、クリーチャーの背筋はぴんと伸び、行動も以前よりきびきびとしていて覇気があった。

 

 再び弾けるような音と共にクリーチャーがテレポートして去ると、ハーマイオニーは無言で辺りを見回した。

 

「……ここは……?」

 

「バドレイ・ババートン村だよ、ハーマイオニー」   

 

 ハリーはそう言ったものの、ババートン村の何に用があるのか解らなかった。ババートン村はほとんど寂れた小さな集落で、人気もなく閑散としている。村の入り口にある十字架の碑が立派なことが、かえってその侘しさを引き立てていた。

 

「!……ダンブルドア先生。お時間を頂いても……」

 

「構わない。ミスタ・サダルファスも友の来訪を喜んでくれると思う」

 

 ハーマイオニーがファルカスの墓前に黙祷を捧げてから、ダンブルドアに尋ねた。

 

「先生。これからこの村で何をなさるおつもりなのですか?」

 

 ダンブルドアは苦笑いをしながらハリーとハーマイオニーの二人を見た。

 

「ああ、ここ数年間何度言ったか分からないほど度々言っているがのだがもう一度言うと、先生が一人足りない」

 

 ハリーとハーマイオニーは顔を見合わせた。二人の思惑は一致していた。

 

((DADA……!!))

 

「なので。昔、先生をしていた同僚を、隠居を止めてホグワーツに戻るよう説得しにきたのだ」

 

「どんな先生なのですか?僕達が校長先生のお役に立てるのでしょうか」

 

 ハリーが問いかけると、ダンブルドアが言った。

 

「その方の名は君もよく知っている。名前だけは聞いた覚えがある筈だ。……さ、行こうか。君たちが彼の説得に対して非常に効果的だと私は思っているが、それには新鮮さが何よりも必要なのだ」

 

 ハーマイオニーが目で尋ねてくるのでハリーは首を横に振った。

 

(…………取りあえず着いていこう)

 

 今はダンブルドアに従うことが最善だと、ハリーは認識していた。ダンブルドアとハーマイオニー、ハリーは目的の家にいくまでの間に少し雑談をした。

 

 ルーファス・スクリンジャーのことに始まり、アメリア・ボーンのこと。そして、ダンブルドアの気に入っているジャムがラズベリーであること。インフェリの軍隊が市民を脅かしていること。

 

 気の滅入るような話の幕切れはもっと気が滅入るものだった。ハリー達がたどり着いた目的地は、何者かによって踏み荒らされた形跡があった。玄関の錠が、蝶番ごと破壊されていたのだ。  

 

「そんな……なんてことなの……」

 

 ハーマイオニーが絶句する。

 

 ハリーは嫌な予感を感じ、すぐに突入したい気持ちに襲われた。が、家からは物音がしない。ということは、既にことは終わっているということだ。

 

「ハリー、こういう時は急いではいけないわ……」

 

「わかってるよ、ハーマイオニー。焦らず罠を警戒しながら現場を分析する、だろう?」

 

 ハリーはハーマイオニーに微笑みながら家の周囲を見て回った。庭の周囲に出ていく人間の足跡が残っていた。

 

 

「……ブーツを履いた成人男性の足跡が残っています、先生。足回りの大きさから見て、体重の重い人ですね。」

 

「それだけ解れば充分だ。杖を持ってわたしの後ろに続きなさい」

 

 ダンブルドアを先頭に、ハリー、ハーマイオニーが続いた。家の中は薄暗く、ダンブルドアのレベリオとルーモスを頼りにすすんでいく。 

 

「ハリー待って!私が先に行くから!」

 

「ハーマイオニーこそ待って。動揺していると罠を見落とすかもしれないよ」

 

 ハリーは気が立っているハーマイオニーを宥めた。

 

 闇の魔法使いが居る可能性のある場所とはいえハーマイオニーの反応は少々過敏なように思われた。

 

(確かにダンブルドアの体調は思わしくないけど……)

 

 ハリーは気付かなかったが、ハーマイオニーはこの時敵を恐れていたわけではなかった。

 

 敵と遭遇したハリーが、デスイーターを殺害してしまうかもしれないという可能性のほうをハーマイオニーは無意識で恐れたのである。

 

「大丈夫だ」

 

 と、ダンブルドアが言った。それだけでハーマイオニーのピリピリとした雰囲気が少し和らいだのをハリーは感じた。

 

「私が見ていよう。二人とも、気付いたことがあれば積極的に発言するのは構わない。気を引き締めるように」

 

(……いざという時はハーマイオニーと二人で離脱してダンブルドアの手を煩わせないよう動くべきだろうか……?でも、今日のダンブルドアは……)

 

 ハリーはダンブルドアと自身との実力差がどれほどあるのか測りかねていた。そのため、体調不良と思わしき現時点ですら、自分が下手に動くことがかえってダンブルドアの妨げになる可能性すら考慮していた。

 

(……そうか。ハーマイオニーは頭がいい。もし敵がヴォルデモートで、ここで僕達を待ち構えていたのだとしたら危険すぎる。だからこそハーマイオニーはあそこまでひりついていたんだ。)

 

 ハリーは内心でそう結論付けた。

 

「流石だね、ハーマイオニー」「……え?」

 

 ハーマイオニーはハリーになぜ褒められたのか解らず困惑していた。

 

 ハリーからハーマイオニーに対する評価があまりにも高かったが故のアンジャッシュであった。

 

 

 ダンブルドアの友人が住む家は見るも無惨に荒らされていた。ハリーはダンブルドアに続いて部屋に入り、その光景に絶句した。

 

 大型の振り子時計、ピアノ、天井から落ちたシャンデリア。ガラスと陶器の破片。それらで部屋の中はぐちゃぐちゃに荒らされ、もはや意味を成さない破片があらゆるものの上に粉のように撒き散らされていた。

 

「……防衛のために物品に魔法をかけて対処した?それとも、デスイーターが物を変身させて被害者を襲ったのかしら?……だけどそれにしては……」

 

 何か違和感を感じ取っているハーマイオニーを尻目に、ハリーは不愉快なものを見つけハーマイオニーに注意を呼び掛ける。

 

「見て、ハーマイオニー。……血痕がある」

 

 ハリーが指差した先には暗褐色のどろりとした液体が染みとなって壁に残っていた。あまりに豪快に飛び散った血は壁に留まらず、壁に飾られた絵画の中身にも飛散しており、飾られた絵画を台無しにしている。

 

「血痕の新しさからいっても……ことが行われてからそう経過してはいません」

 

 ハーマイオニーはダンブルドアに向けて進言した。  

 

「ダンブルドア先生。この状況は不自然です。砕けた物品はコンジュレーションにかけられた形跡も、魔法を受けた形跡もありませんでした。全て『レダクト』で破壊されています」

 

「……レヴィオーソやロコモータでぶつけて盾にしようとしたんじゃないか?」

 

 ハリーが言うと、ハーマイオニーは違うわと断言した

 

「そうだとすると、シャンデリアの砕け方がおかしいの。私、フレッドとジョージが去年アンブリッジ達に嫌がらせをするところを見てきたの。このシャンデリアの落下位置はほとんどそのままよ。動かしてから砕けたのなら、もっと不自然な位置で割れているはず」

 

 ハーマイオニーの洞察にダンブルドアはにこりと笑った。

 

「そのとおり。流石はハーマイオニーだ。今が休暇期間中であるのが惜しい。ハリー、ハーマイオニー、よく見ていなさい」

 

 ダンブルドアは中身が詰まった長椅子のシートに向けて杖を向けた。

 

 プスリ、という音がした。

 

「痛っ!!」

 

 ダンブルドアのつつき魔法に串刺しにされ、長椅子に化けていた魔法使いはその正体を明らかにした。

 

「こんにちは、ホラス。久しぶりだね。」

 

「……少しは加減したまえ、まったく。そんなに強く刺すことはなかったろう?」

 

 刺されたはずのその魔法使いには何の外傷も見受けられなかった。それどころか本気で怒っている素振りすらない。ダンブルドアのことをよほど信頼しているに違いなかった。

 

 その魔法使いはふくよかで禿げ上がっていた。まるでセイウチのような口ひげを持ち、薄紫色のローブを身に纏っている。

 

 ダンブルドアより小柄なその魔法使いはダンブルドアを下からじろりと睨む。ダンブルドアは少し楽しんでいるようだった。  

 

(……友達……なのか?)

 

 ハリーはダンブルドアと目の前の魔法使いがそれなりに気心の知れた仲なのだと思った。ダンブルドアと対等に話をするその魔法使いは、少なくともコーネリウス・ファッジのようにダンブルドアを恐れてはいない。

 

 それがハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーと、かつてトム・リドルや大勢のデスイーター達を育てた元スリザリン寮監、ホラス・スラグホーンとの出会いだった。

 

***

 

 ダンブルドアと太った魔法使いによって家が修復されていくなか、ハリーとハーマイオニーは二人の邪魔にならないように下がった。ハリーは魔法使いの杖捌きをつぶさに観察していた。

 

(……確かに太ってはおられるけれど、魔法の腕は確かだ。あれだけ粉々になって混ざりあった破片の中から、しっかりと元の物体を指定してレパロ(修復)してる……)

 

 ハリーから見てもダンブルドアが勧誘するだけはある腕前だった。レパロは特定の物体を修復する魔法だが、粉砕された物体の破損状態が酷ければ酷いほど、複数の物体が砕けていればいる程にその難易度は指数関数的に上昇する。基本にして、実は最も難しい魔法の一つだ。

 

 太った魔法使いは砕けたシャンデリアの破片と混ざりあった本棚の木片や本を元通りに修復した。そして一息ついたとき、その男はハリーに気付いた。ハリーは深々と頭を下げた。

 

「初めてお目にかかります。ハリー・ポッターと言います。今日はこちらのハーマイオニー・グレンジャー共々、ダンブルドア校長先生の付き添いで参りました」

 

「……ほう、ほっほう……?」

 

 ホラス・スラグホーンはハリーの稲妻形の瞳、眼鏡、そして翡翠色の瞳をまじまじと興味深そうに眺めた。しかし、アルバス・ダンブルドアをチラリと見て言った。

 

「……ふぅむ。それで?彼に私を説得させようと言うのかね、アルバス?答えは否だ」

 

 きっぱりした口調の中には誘惑に抗っているかのような迷いがあるとハリーは感じた。それはハーマイオニーも同じだったようで、軽くハリーに笑いかけた。

 

「ホラス。こちらのハリー・ポッターはスリザリンで一二を争う優秀な六年生となる生徒であり、その横のハーマイオニー・グレンジャーは、グリフィンドールにおいて最も優秀な成績を修める六年生となる魔女だ」

 

「……?」

 

 ホラスはダンブルドアの言葉に怪訝な表情になった。ハーマイオニーの存在を興味深そうに見る。ハーマイオニー・グレンジャーはホラスに深々と頭を下げる。

 

「私はハリーの友人で、ハリーとは……お互いを高め合うことができるライバルであると思っています」

 

 ホラス・スラグホーンはハーマイオニーを見て、次にハリーを見た。何かを思い出すかのような雰囲気になっていた。

 

「ハリーとハーマイオニーには紹介が遅れたね。彼はホラス・スラグホーン。私の旧友であり、私の知る中で最も優秀な教師の一人だよ」

 

「煽てあげたところで私には何も出せないぞ、アルバス」

 

 そうは言うものの、ホラスは明らかにハリーとハーマイオニーに興味を持っているようだった。ダンブルドアはその隙を見逃さない。

 

「君の意思が固いというのであれば私もそれを尊重したいが……久しぶりに会えたのだ。どうだね、ホラス。旧友のよしみで一杯だけ付き合ってくれないか?」

 

 その言葉に、ホラスは頷いてソファーに座った。

 

「一杯だけだぞ、アルバス」

 

 

 アルバスは自分の左右にハリーとハーマイオニーを座らせ、悠々とソファーに腰掛けた。

 

***

 

 ホラス・スラグホーンという魔法使いはハリーに強い興味を抱いていた。が、興味がない風を装って大人としての対応を取った。

 

「ハリー・ポッター。君が、とても優秀な生徒だという噂はいくつも耳に入ってくる。あの不愉快な空に浮かぶ羽虫を撃退したとか、トライウィザード・トーナメントに勝利したとか。しかし、君が魔法省のオーラ-達に対して襲撃事件を起こしたという噂が本当であれば……」

 

「先生。それはドロレス・アンブリッジのせいなんです」

 

 ハーマイオニーはホラスに対してそう弁明してくれた。

 

「ハリーは魔法省やアンブリッジの顔を立てて彼らに尽くしました。でも、彼らはハリーの厚意を踏みにじって無関係の森にまで被害を出そうとしたんです。もう少しで禁じられた森の二割が焼けてしまうところでした」

 

「……馬鹿な。あの森は貴重な研究資材なのに。ユニコーンが現存する貴重な森だというのに?それは本当なのかね、アルバス」

 

「事実だ」

 

 ダンブルドアの言葉にホラスは憤慨した。

 

「アンブリッジめ……あの魔女は昔から良くない生徒だった。傲慢で、ものの価値というものを知らない愚か者だ」

 

「僕は彼女の本質を見抜けなかったことを恥じています」

 

 ハリーはホラスに本音の一部を明かした。人の信頼を得るためには、己の一部を打ち明けることが最も効果的だからだ。

 

「ドロレスはスリザリンのOGでしたから。立場上敵対していても、スリザリン生としてはどこかで通じるものがあると思っていました。ですがそれは僕の願望でしかありませんでした」

 

 ホラスは蜂蜜酒の入ったグラスをおくと、ハリーに聞いた。

 

「……なぜドロレスに……共感したのだね?」

 

「スリザリン生はスリザリンと言うだけで白い目で見られます。彼女にも、そういう経験があったのではないかと思いまして」

 

「……気持ちは理解できる。……私もスリザリンの寮監督だった。……スリザリンの子供達が、ただただそうだと言うだけで嫌な視線をむけられることには憤りを覚えたとも……」

 

 蛇寮出身者の悲哀があった。ハーマイオニーはスリザリン生ではなかったが、ハリー達やホラスが抱いている苦悩の一部は理解できた。

 

(マグル生まれだからと受けた差別の仕返しを、差別をしたわけではない無関係のスリザリン生に向ける。……そういうことは、あるわよね。……誰もが強いわけではない。反撃されるのが怖いから、反撃してこない相手を狙う……)

 

 ホラスの心がハリーへの共感に傾いた隙を見計らってダンブルドアが追撃を仕掛けた。

 

「先程の話にもう一つ付け加えるなら、ハリーは闇祓い達を攻撃はしていない。あくまでも、森や魔法生物を守るために消火活動に入る途中でオーラ-達と遭遇したというだけのことだよ」

 

「……ほっほう……しかし、一体どうやって複数人のオーラ-相手に立ち回ったのだね。とても勝ち目はなかったろうに?」

 

「オーラ-達は僕との交戦を想定していませんでした」

 

 ハリーはホラスに正直に話した。

 

「当時は薄暗くて状況を把握するのも困難な状態でした。オーラ-達には、その場に居るはずの無い人間がいきなり現れたことで動揺していたんです。おまけに出てきた人間が子供だったものだから手を抜いてしまった。それが真相ですよ」

 

(……確かにその通りだわ。でも……)

 

 ハリーの弁明をホラスは謙虚な美徳と受け取った。ハリーの話を聞いていたハーマイオニーも、ハリーの言葉に嘘がないことは知っている。

 

 しかし、本当のことを全部言っている訳でもなかった。本気で激怒したハリーの戦闘能力は、テレポートが使用できない限定的な条件であれば手練れのオーラ-やデスイーターに匹敵するのだ。

 

(……スラグホーン先生が一流の魔法使いなら……ハリーの言葉からハリーの危険性も把握してしまえるはず。……本当に説得が出来るのかしら?)

 

 基本的に、実力と経験のある魔法使いほど戦力の判断は的確だ。『だいたいこれくらいの相手に対応するなら、これくらいの実力が必要』と判断できる魔法使いは単にその知識があるというだけでは足りない。それを成し遂げた経験があってはじめて、漠然とした戦力の把握が可能となる。

 

 ホラス・スラグホーンがダンブルドアの古い友人の一人で先の内戦から生き残ってきた手練れなら、ハリーの危険性も理解している。そう予測したハーマイオニーであったが、ホラスはハリーやハーマイオニーの話を聞きたがった。

  

 ホラスの興味はハリーの友人だというハーマイオニーにも向けられた。スリザリンとグリフィンドールとの間にどんな切っ掛けで友情が芽生えたのかと問われ、ハリーとハーマイオニーはロン・ウィーズリーを交えたハロウィンでのトロル事件について話さねばならなかった。

 

 ホラスはハリーだけでなく、ハーマイオニーにたいしても深い関心を示していた。

 

「君は先程の部屋の荒れ具合でも、違和感を見逃さなかった。アルバスが言うだけのことはある……どんな魔法が得意なのだね?」

 

「そうですね、変身呪文を少しだけ」

 

「ハーマイオニーは占い学以外に出来ない魔法はありません」

 

 ハリーに褒められハーマイオニーは笑った。

 

(……ちょっと複雑な心境ね……)

 

 占い学を受講し、その成績を勝っていれば二人の間で決着がついただろう。しかし、ハーマイオニーは占い学をやめ、ハリーは続けた。結果として二人のどちらがより優秀かについては議論できなくなった。というよりは、ハーマイオニーが先に土俵を降りた。

 

「彼女の最も優れた発明品があったと思う。ハリー、見せてあげなさい」

 

 

「!はい、先生」

 

 ハリーは所持していた偽のガリオン金貨をホラスへと差し出した。ホラスが金貨に興味を示している間、ダンブルドアはトイレを借りると言って席を立った。

 

「……ほう?これを彼女が作ったのかね。……見事な出来映えだ」   

 

 ホラスは秤を棚から取り出して、自分の持っていたガリオン金貨と手渡された偽の金貨を比較した。二つは釣り合っていて全く変わらない重さを示している。それからホラスは幾つかの魔法を使って、偽の金貨にかけられた魔法を解除した。金貨は女王陛下の顔が刻まれたポンド硬貨に戻った。

 

「……素晴らしい。いや、私の教えていた時代にもここまで面白いことを考え付く学生は居なかった!」

 

「そんな。錬金術という訳でもありませんし、むず痒い気分です」

 

 ハーマイオニーはあえて謙遜した。ホラス・スラグホーンという元教師がハーマイオニーのことも高く評価しはじめていることに、ハーマイオニーは何か良からぬ雰囲気を感じ取っていた。

 

「……ミスタ・スラグホーン。先生は、ここで隠れ住む生活を望んではおられませんよね?」

 

 ホラスと打ち解けたタイミングでハリーが説得に当たる。

 

「……この家の表札はスラグホーン家ではありませんでした。貴方は、デスイーター達に狙われないように隠れ住んでおられるのですよね?」

 

「ホグワーツなら……」

 

「いや、いや。私はオーダーに与するほどに勇敢ではない!私はアーサー・ウィーズリーではないのだ!」

 

「わかります、先生。ですが、今の魔法界で、アルバス・ダンブルドア以上に安全と言える環境があるでしょうか?」

 

 ハーマイオニーの言葉にホラスは揺らいでいた。やがてホラスは、ハリー達に写真を示した。大事そうにホラスが保管していた写真は、ホラスが特に目をかけたホグワーツの卒業生達だった。ハリーはその中に、憎い敵の姿を見た。

 

(……トム・リドル……ルシウス・マルフォイ……)

 

「私が偏見を持っているとは思わないで欲しい」

 

 ルシウス・マルフォイの姿を見つけて怪訝な表情になったハーマイオニーに詫びるようにホラスは言った。

 

「……これはシビル・トレローニ。今は、君たちに教えているはずだ。ああ、グウェノグ・ジョーンズもいる。ホリヘッド・ハーピーズのキャプテンだ。」

 

 ホラスが見せた写真の中には、少しだけだがハリーが知っている人間もいた。レグルス・ブラックというデスイーターとなったシリウスの弟もいた。ハリーと同じようにチェイサーとしてクアッフルを持っているレグルスの姿を見て、ハリーはやるせない気分になった。

 

「……ここに居るのは私が目をかけてきた卒業生達だった。シリウス・ブラックも招いたのだがね……彼はスリザリンを理解してはくれなかった」

 

「今は違います、先生」

 

(……上手いわ、ハリー!)

 

 ハーマイオニーはハリーの言葉にホラスが喜んだことを見抜いた。あとひと押しが必要だ。

 

「……これを見て欲しい。リリー・エヴァンズ……ハリー、君のお母さんだ。とても優秀で、それ以上に人の痛みを理解できる子だった。……どうだね、見るといい。ハリーの目にそっくりだろう?」

 

「ええ、本当に」

 

 ハーマイオニーはホラスに同調しながら、リリーの目が穏やかであることに気付いていた。夢で見る神秘部のハリーの瞳とは違う。とても穏やかで、慈愛に満ちた瞳だ。

 

 今のハリーの瞳にも、確かにその慈愛に似たものはあった。しかし、ハーマイオニーにはそれが似て非なるものに思えていた。

 

「……私は、マグル生まれだからという偏見を持っているわけではないのだ。……どうか、それは理解して欲しい……」

 

 ホラスは必死に詫びるように言った。ハリーには、ホラスの苦悩がほんの少しだけ理解できた。

 

 ホラスにとっては、ルシウス達もリリーも等しくお気に入りの、目をかけた生徒なのだ。優秀だから期待し、目をかけ。そうやって成長していった子供達が卒業後に陣営を別れ、殺しあいをする。そんな現実がホラスには耐えられなかったのかもしれないと、ハリーは思った。

 

「スラグホーン先生。先生は、無理をなさる必要はないと思います」

 

 ハリーはホラス・スラグホーンを、シリウスの言う『護るべき普通の人々』としてカウントした。

 

「ホグワーツの教師も、オーダーに入らない教師がほとんどです。……戦争に関わるのは、僕たち戦争をしたがっている人間だけでいいんです。先生はそんなことをされる必要はない、平和に過ごすべき立派な方なんですから」

 

「……立派?……私が……?」

 

 ハーマイオニーはこの瞬間、堕ちたと確信した。ホラス・スラグホーンの心を動かす切っ掛けを作ったのは間違いなくハリ-だとハーマイオニーは確信していた。

 

***

 

 トイレから出てきたダンブルドアがあっさりとホラスのもとを去ろうとしたとき、ホラスは反射的に駆け出していた。

 

(……学年で一二を争うほどに優れたマグル生まれの少女と……)

 

 ハーマイオニー・グレンジャーの姿を、脳内でホラスはリリー・エヴァンスに重ねる。

 

(孤児で。しかし、魔法の腕は優秀で……)

 

 ハリーの姿が重なるのは、ホラスの記憶のなかで最も優秀で、そして最も道を誤った教え子。大切なことを教えたつもりで、何一つ教えることは出来なかった。

 

(……マグル生まれの魔女と親しい、素行不良の男子生徒……)

 

 次にハリーと重なるのは、ジェームズ・ポッターの姿。ホラスの脳裏には、ジェームズとリリーと同じように惨殺されるハリーとハーマイオニーの姿があった。

 

 自分でもなぜ駆け出したのかはわからなかった。しかし、ホラスは、今を逃せば絶対に後悔することになるという確信があった。

 

「分かった、分かった!やる!やらせて貰おうじゃないか!君が、貴重な時間を割いてまで私を勧誘したのだから!」

 

 その言葉を聞いたとき、アルバス・ダンブルドアが勝利の笑みを浮かべていたことは言うまでもない。しかし、ホラスはわかっていてダンブルドアの策略に乗った。

 

(ええい、わかった!解ったよ!お前の思い通りに操られてやろう!その代わりー)

 

「給料には色をつけてくれるんだろうな、アルバスーッ!」

 

 日が落ちた田舎の一軒家に、年老いた魔法使いの声が響いた。

 

 この日、一人の魔法使いがホグワーツに復帰し、教鞭を取るとこに決めた。

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