蛇寮の獅子   作:捨独楽

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今回話の都合で原作キャラのセカンドネームを捏造しています。



受験結果

 

***

 

 ハリーは自分の部屋でダフネへホラス・スラグホーン教授についての一件を話していた。ダフネは時折相槌をうちながらハリーの話を聞いていたが、ハリーの話が終わるとほっと一息ついて感嘆したように言った。

 

「……じゃあダンブルドア先生は、貴方とハーマイオニーを弟子に取ったのね?」

 

『友達、弟子、仲間……ヒトの関係ってヤツは随分と複雑なもんだな』

 

 英語を理解しているアスクレピオスが蛇語でそう話すのでハリーは苦笑した。ダフネにはハリーが微笑んだようにしか見えなかっただろうが。

 

「弟子だなんて大袈裟だよ。単に個人的な指導を受けるだけだ」

 

 ハリーは謙遜のつもりもなくそう言った。ハーマイオニーはともかくハリーがそういう目で見られるのはダンブルドアの名を瀆すことにも他ならなかった。

 

「……良かったわね!ダンブルドア先生が貴方のためにここまでしてくださるなんて滅多にないことだもの」

 

 ハリーはグリモールド・プレイスに帰宅して早々、ダフネから質問責めにあった。

 

 ダフネはハーマイオニーとハリーが特別に目をかけて貰い、ホラス・スラグホーンを勧誘するためにダンブルドアと同行したことを喜ばなかった。

 

 

 もしかしたら自分も同行できなかったことに嫉妬していたのかもしれないとハリーは思った。

 

 が、ダフネはハリーとハーマイオニーがダンブルドアから指導を受けると話すと喜んだ。この差はなんだろうと思い、ハリーは面白がった。

 

「ダフネはダンブルドア先生の個人指導を受けたくはないのかい?」

 

「そんな畏れ多いことできないわ。ダンブルドア校長先生に失礼があってはいけないもの」

 

 ダフネは胸に手を当てて言った。仕草のいちいちにダンブルドアへの畏怖が滲み出ている。

 

 アルバス・ダンブルドアがなぜ一個人でありながら魔法省という組織から警戒されるのか。

 なぜ今世紀最大の善の魔法使いが、オーラーーの最精鋭ではなくダンブルドアなのか。

 ハリー達はそれを神秘部で嫌というほど実感したのだ。

 

 

 ハリーの見るところ、ダフネやハーマイオニーはダンブルドアに対して一種の信仰心に近い尊敬を抱いているように見えた。

 

 特にダフネは元々、追い詰められれば純血思想に傾倒し出したこともある。

 

 頼れる偉大な存在であるダンブルドアを信じ、それに縋ることを依存と言うのは容易い。しかし、最強のハゲとその一派に命を狙われる身であるダフネがダンブルドアにすがることを誰が責められるだろうか。

 

「奥ゆかしいね。君のそういうところが可愛いと思うよ」

 

(……失礼、か。確かに、ダンブルドアと個人的に話すことなんてそんなになかったもんな……)

 

「可愛いだなんて。本気で尊敬している方の前では萎縮するのが普通よ。ハリーと校長先生の距離が近すぎるだけだわ」

 

「……近くはないよ。僕はダンブルドア先生と親しいわけじゃないし」

 

 個人指導と言っても対ヴォルデモートに向けての訓練だとハリーは踏んでいた。だからこそ、粗相があってはいけないとダフネが萎縮するのも解る。

 

(僕にしてもダンブルドアと話したことってほとんどがヴォルデモート関連の話ばかりだな……)

 

「……まぁ……弟子になるかどうかはともかく、世間話でも出来るくらいになれば良いとは思うけどね」

 

 そう言って笑うハリーの瞳をダフネはじっと見ていた。

 

「……ダンブルドア先生から色んなことを学んで……」

 

「私を安心させてね、ハリー……」

 

 ハリーは防音用の魔法のカーテンを取り出し、扉の前に立てた。

 

「……勿論だよ。君のためなら……」

 

 ダフネとハリーの手が触れ、互いの唇が触れ合おうかという瞬間、ドンドンとノックする音が聞こえた。

 

「……どなたですか?」

 

「トンクスよ。ハリー、マッドアイが稽古をつけてくれるそうよ。貴重な時間だから有効活用したいでしょう?早く二階の空き部屋まで来なさい。それからダフネ、そこに居るんでしょう?自分の部屋に戻りなさい。オクルメンシーと対インペリオの抵抗訓練をつけてあげるわ」

 

 ハリーとダフネは顔をしかめた。ニンファドーラ・トンクスは一年前とはうって変わって生真面目なハッフルパフ生らしい性格に様変わりしていた。

 

「解りました。……ムーディー教授は気難しい人だから待たせたらいけないね。……またね、ダフネ」

 

「……!……ごめんなさい、ハリー。はい、私も今行きます!」

 

 ダフネもハリーも互いに顔を赤くしていた。ハリーはトンクスがあまりにタイミング良くやってきたことに何か作為的なものを感じずにはいられなかったが、仕方ないと思ってムーディーのもとを訪れた。

 

 ムーディーのもとを訪れたハリーが目にしたのはシリウスの死体だった。ぎょっとしてリディクラスを使うために杖を構えるハリーの瞳が、ぐるぐると不規則に揺れるムーディーの青い義眼と交錯した。

 

 動揺した心の内に入り込もうとする策。そう理解してしまえばこころを閉ざすことは難しくはない。

 

 ハリーはムーディのレジリメンスによる干渉をはね除けた。

 

「良く来たな、ポッター。……お前は闇の魔術に対して高い抵抗力を有していることは聞いた。そして、先の闘いでは例のあの人の干渉を弾いたとも聞いた」

 

 いいえ、とハリーは言おうとしてムーディーは機先を制した。

 

「しかし、闇陣営がこちらにかけてくる手段は実に狡猾で巧みだ。お前は特に仲間に危害を加えられた時に我を失うとも聞いている。……だからこそ、お前は心を閉じねばならん。誰に対してもだ」

 

 アラスター・ムーディは教官らしくハリーを褒めた。が、内心は違っていた。

 

(レジリメンスで見たポッターの心の色は……)

 

 取り返しのつかないことをした闇の魔法使い特有の色が、ムーディーには見えていた。

 

 長いオーラ-としての経験から、ムーディはレジリメンスが万能ではないことを知っている。オクルメンシーはレジリメンスに対して優位な関係にあり、不完全で未熟なオクルメンシーの使い手でも、レジリメンスに秀でた人間に心の表層までしか読み取らせることは出来ない。

 

 ムーディはハリーの心の奥底に、何か強い使命感があることを感じ取っていた。そしてそれ以上の悪意と虚無が潜んでいることも察した。

 

(……オーラ-を志望していたなら諦めさせる精神状態だ……)

 

「解っています、先生」

 

「良いだろう。……何時いかなる時も平静を保て」

 

 良いだろう、とハリーを褒めたのは、この状態になった若者のケアマネジメントが難しいということをムーディーは良く理解していたからだ。ハリーのことを信じ、支えるとハリーに宣言した以上それを貫くことがムーディーが己に課した役割であった。

 

 ムーディーはハリーに心を強く持ちつつ、心を閉ざす訓練をしろと命じた。一見すれば矛盾している。そうハリーが考えたのを察してか、ムーディは補足説明をした。

 

「……これからお前にインペリオをかけ、さらに併用してレジリメンスを使う。ポッター、インペリオに抵抗するための術は?」

 

「己の内で強い意思を保つことです」

 

「そして、オクルメンシーを使う術は?」

 

「己の内の感情を閉ざし、表層の感情を満たすことです」

 

「そうだ。闇陣営はこういった手を良く使う」

 

(勿論我々も)

 

 ムーディーはあえて後半は口に出さなかった。

 

「……闇陣営が本気でかけたインペリオにレジリメンスを併用されると、心の表層から漏れ出た感情から敵に情報を与えてしまうことになる。当然だ。インペリオに抵抗する手段が感情を抑えず強い意思で立ち向かうことで、レジリメンスは澄んだ湖のように己の心の表層を鎮めることなのだ。どちらかが不十分であれば、必ずどちらかに失敗することになる」

 

 本来、オーラ-としての訓練の最終段階で行う訓練を今ムーディーはハリーに課していた。

 

 はっきり言ってムーディーらしくはない。常識的に考えれば、ハリーに基礎を染み込ませる法を優先する方が先決であっただろう。

 しかし、ムーディーはハリーのオクルメンシーが通常の魔法使いが用いるレベルにはあることを感じ取っていた。

 殺人の罪悪感から魂を壊し、心の器が壊れたことによる副次的な作用か、ハリーは本心をムーディー達に閉ざしている。だからムーディーはハリーに経験を積ませることを選んだ。

 

「これは本来オーラ-が行うべき訓練だ。しかし、お前を信じると言った以上、わしもお前に己の出来うる限りの知恵と経験を与える。……わしを恨むか?」

 

「いいえ」

 

 ムーディーは脅すようにハリーに言った。ムーディーを驚嘆させたのは、ハリーのリリーに似た緑色の瞳が澄んでいたからだ。

 

 本心からかそれとも偽りの心か、ハリーの瞳からは恐怖もムーディーに対する負の感情も感じ取れない。ただあるがままを受け入れるという覚悟があった。

 

「……お前はこれに耐えねばならん。何故なら、ポッター。お前は『例のあの人』に狙われているからだ」

 

 ムーディーはハリーの瞳に一瞬躊躇いを覚えた。インペリオとレジリメンスの併用は、初見では抗うことが難しい魔法でありハリーの自尊心を粉々に打ち砕くだろう。現時点でも壊れているハリーをさらに壊すことにすらなりかねない。

 

(……ええい、恐れるな。無理なら無理でレベルを下げたやり方を考案するだけだ)

 

 が、ハリーはもしかしたら多少は抗えるかもしれないという期待がこの時のムーディーにはあった。だからこそ、ムーディーは杖を構えた。

 

 

 

「……解りました。難しいですがやれるだけやってみます」

 

 ハリーは心を閉ざしてムーディーの魔法を待つ。

 

 が、十秒たってもムーディーの杖からインペリオは撃たれなかった。

 

 

「……どうかしたんですか?」

 

「ポッター。修行は一時中断とする。……何事だ、トンクス!」

 

 ムーディーはハリーから本物の目を離さず、扉へと魔法の視線を向けた。ギョロリギョロリと蛙の瞳のように動き回る青い義眼は、扉の外にいる魔女を見抜いたらしい。

 

「流石ね。気付いてくれたなら話は早いわ。」

 

 ぎぃ、と音を立ててハリーとマッドアイがいる客室の扉が開かれた。くすんだ鳶色の髪の毛の魔女が、ハリーの彼女をインカーセラスでぐるぐる巻きにして浮かせている。

 

「……マッドアイに聞いて貰いたいの。この色ボケカップルのやらかしをね。そしてきつくお灸を据えてやらないと」

 

 そう話すニンファドーラの瞳に陽気さは欠片もなかった。真冬の将軍のような冷たさでダフネを拘束するニンファドーラ・トンクスは殺気すら込められた冷たい目でダフネと、そしてハリーを見下ろしていた。

 

 トンクスがそんな目で他人を見ることはおそらく今後あるとは思えない。とにかく、何かがトンクスの逆鱗に触れたことは間違いなかった。

 

(……まさか……)

 

 ハリーには激怒されるだけの心当たりが、あった。

 

 トンクスにぐるぐる巻きにされて拘束されたダフネは処刑を待つ罪人のように怯えた目でトンクスを見、そしてムーディーに怯えた目を向けた。

 

***

 

「私たちはね、ポッター。グリーングラス」

 

 これまでハリー、ダフネと親しげに名前で呼んでいたトンクスは拒絶するかのように厳しく言った。ダフネは拘束を解かれ椅子に座らされていたが、トンクスの圧に圧倒されて身動ぎ一つ出来なかった。

 

「何も敵に闇の魔術を使うなと言ってんじゃないの。味方に?プロテゴディアボリカを?使う?しかも愛を確かめるために?」

 

 ムーディーは深く溜め息をついた。

 

「……そういう年頃なのは解るけどね。色ボケも大概にしなさいよ」

 

 トンクスの言葉にハリーは反論した。

 

「……待ってください。ダフネが闇の魔術を使った件はぼくが悪いんです。僕は彼女の気持ちを踏みにじったから……」

 

「……うむ。少し黙れポッター。トンクスは今ダフネと話をしている」

 

 弁護しようとするハリーの言葉はムーディーによって遮られた。が、ムーディーの視線にはトンクスほどの厳しさはない。闇祓いとしての経験からか、トンクスが説教役を買って出ている以上、ムーディーはそのフォロー役に回らなくてはならないと己に言い聞かせていた。

 

 

「グリーングラス。もしもポッターが焼け死んでいたとして、あんたはそれに耐えられたの?ポッターが悪魔の炎を使われたショックで、それまで好いていたあんたのことを拒絶するという可能性もあったのよ?」

 

「……ハ、ハリーはそんなことしません」

 

「そうだと信じられなかったから悪魔の護りなんて使ったんでしょう?それはね、愛とは言わないの」

 

「ポッターもそうよ。愛する人間が悪い方に悪い方にと進もうとしているのに、それを止めないなんてことは許されないわ」

 

 トンクスがそう言っている間、なぜかハリーはトンクスがとても苦しそうに見えた。ダフネと、そしてダフネを止めなかったハリーの行動が悪であることはもはや言うまでもない。

 

 しかし、正義や倫理観以上の思いがトンクスのなかにあるのは確かであった。

 

 ムーディーはトンクスとよく組んでいた若白髪の魔法使いを連想した。

 

(…………こればかりはやつがその気にならなければとうにもならんが……)

 

(……根深い、な……)

 

「愛されないなら殺してでも?そんなものを愛とは呼ばないの。いい?あんた達は自分自身のルールを守って生きてるつもりでしょうけどね。それ以前に守らないといけないルールってのがこの世には山ほどあるの。ねぇ、マッドアイ」

 

 冷たくダフネを見下ろすトンクスは、マッドアイにこう言った。

 

「この娘の闇の魔術に関する記憶をオブリビエイト(忘却)させることは出来る?二度とこんなバカなことをしないように」

 

 トンクスが敢えてダフネだけに言ったのは、ハリーは闇に手を染めすぎていたからだ。

 

 闇の魔術をこれまであらゆる場面で行使したハリーには手遅れである。ダフネもハリーに対する殺人未遂となったとはいえ、まだ闇の魔術に触れた期間も、行使した期間も短い。

 

 今ならばまだダフネが取り返しのつかないことをしでかす前に闇の魔術の記憶を消し去り、ダフネを無垢な魔女に戻すことが出来るとトンクスは言っているのだ。

 

「……そ、そんな……」

 

 しかしそれは、ダフネにとっては死刑宣告に等しかった。闇の魔術は神秘部の闘いを経験し無力さを知り、人の死を知り、そして、家族との絆を失ったダフネがすがった拠り所なのだ。

 

「待ってください。ダフネはもう悪魔の護りは使いません。あれは実用性が無さすぎる魔法です。……代替魔法を習得するために、今必死で訓練をしているところなんです」

 

 ハリーは必死に懇願するが、ムーディーは腕を組んで言った。

 

「可能か不可能かで言えば、わしになら人格を保ったまま闇の魔術に関する記憶だけ消去することは可能だ」

 

 ぶるり、とダフネは震えた。

 

「……しかし。今闇の魔術に関する記憶をダフネから消したとして。それでダフネを蝕む脅威が消えるというわけでもあるまい。……ダフネ」

 

「は、はい。」

 

「お前は悪魔の護りを殺人や私欲のために行使しないと誓うか?己か、仲間の命が危機的状況にあり他の手段がないと確信できる場合にのみ、それを使うと誓えるか?」

 

「……はい。私の杖にかけて誓います!」

 

 ダフネはすがるように誓った。

 

「……ハリーとわしがその宣言の保証人になった。トンクス、紙を」

 

 トンクスは杖を振った。一枚の紙が浮かび上がり、ムーディーの手に渡される。

 

「……ならばこの紙に誓え。……ポッターもだ。お前達の行動と宣言が、オーダーの人間から見て不安定極まりないものである以上。もはや口約束で済む問題ではない。お前達の覚悟を示してみろ」

 

 ハリーとダフネは羽ペンを取り出し、名前を書いて契約を結んだ。トンクスは満足げに頷くと、行きな、とハリーとダフネを促した。

 

 ハリーとダフネはとぼとぼとハリーの部屋まで戻った。部屋に帰っていく二人を扉越しに見送り、二人が居なくなったことを確信すると、トンクスは紙をむしった。    

 

「……本当に。好きってだけで動けるならどれだけいいか……」

 

 契約魔法だと脅した紙には実際には何の効果もない。ただ、トンクスの心にはダフネ・グリーングラスへの呆れと、微かな嫉妬が入り交じっていた。

 

「……後先考えず動くことが出来るのは若者だけの特権だ」

 

「そうね。ねぇマッドアイ?私は若者だと思う?それとも大人?」

 

「大人でなくては困る。……オーダーの仲間も、お前のことを大人だという前提で信頼している。学生達とは違ってな」

 

「……ええ、そうよね」

 

 ムーディーはトンクスに対して、子供のように素直に思い人へと思いを打ち明けろとは言えなかった。トンクスが好いている相手が誰なのかは察していたが、それを言えば、相手はトンクスから離れていくだろうとムーディーでも理解していたからだ。

 

***

 

 

 夏期休暇も少しずつ終わりに近付き、グリモールド・プレイスにハリーの仲間であるハーマイオニー、ロン、ザビニ、アズラエル、ダフネが揃った。六人は外出は危険であるため、屋敷の庭を散策しながら話をしていた。

 

 ジニー・ウィーズリーは六人に混ざりたそうにちらちらとハリー達を見ていたが、そろりそろりと近付き、木陰で話を聞いていた。アズラエルはジニーを招き入れた。

 

「別に遠慮することはありませんよ。……ま、あまり楽しい話題じゃありませんけどね……」

 

 そう話すアズラエルの言葉通り、ハーマイオニーが語っていたのは悪化する戦局についてだった。

 

「……エメリーン・バンスが殺されて、何人かの魔法使いにも行方不明者が出ているわ。知り合いの名前があったの」

 

 ハーマイオニーはオーダーの仲間の死と、行方不明者について話題に出した。エメリーン・バンスは前回の内戦の時からの生き残りであり優秀な魔女であった。ハリーの護衛のために、一年前もプリベット通りにやってきてくれたのだ。

 

 ハリーはバンスに黙祷を捧げた。

 

「……行方不明者って誰だい、ハーマイオニー?」

 

 目を開きハーマイオニーへと問いかけたハリーは、ハーマイオニーの顔が暗く沈んでいることを知って一段と暗い気持ちになった。

 

「アグリアス・ベオルブ。ハリーには馴染みがないかもしれないわね。覚えてる?ホグズミードでスリザリンの監督生と一緒にいた先輩の女子よ」

 

「…………待って。今ベオルブって言ったかい?」

 

「まさかザムザの関係者か?」

 

 ザビニが鋭く言った。

 

「ええ。グリフィンドールのザムザ・ベオルブ。彼のお姉さんよ」

 

 ロンはあー、と唸ったあと言った。

 

「……ビルはいまグリンゴッツの英国に戻ってるんだけどな。同僚のガーフィールが落ち込んでたって言ってた。ほら、昔あの人ら付き合ってただろ?もしかしたらまだ付き合ってたのかもな……」

 

 重苦しい沈黙が場を支配した。

 

(ヤベぇ、お通夜だよ。……どうすっかな)

 

「……でも、よ。デスイーターの連中は殺しの後は決まって闇の印を打ち上げる。……ボーンの時みたいに」

 

 ロンは即座にそう付け足す。ザビニは深く頷いた。

 

「それが犯行声明ってことだ。逆に言えば……」

 

「それがねぇってことは、デスイーター関係に巻き込まれたわけじゃねぇかもしれねぇぞ」

 

 ロンは努めて明るく言った。対してハーマイオニーは顔をしかめている。

 

「……デスイーター直属ではなくても巻き込まれる可能性はあるのよ、ロン。人攫い達が活動を活発にしているってマンダンガスが会議で話題にしていたの」

 

「……人攫い?連中人身売買にでも手を出したのか?」

 

 ハリーが聞くと、ハーマイオニーは頷いた。

 

「……デスイーター達の指示を受けて動く下部組織ね。構成員は、フェンリル・グレイバックのような人狼や闇の魔法使い。……数で攻めてこられたら厄介よ」

 

「密猟者達は魔法生物を狙うけど、そいつらは対人専門の無法者ってところか。……嫌な連中だね」

 

「ええ。……魔法省の一斉摘発で主要なメンバーを捕えても、庭小人のようにボコボコと生えてくるの。悪夢のようだわ」

 

「そういう連中への対策としては、やはりこちらも数を揃えて動くしかありません。基本的に数は力ですからねぇ」

 

「流石アズ。……俺たちはまだしも、ぼっちのやつはおちおち買い物にも行けやしねぇな」

 

「橋の破壊には巨人族が関わっていたし、人狼もいる。連中はチンピラだけど、破壊活動という点に絞れば厄介だね」

 

「『純血主義』を掲げてるからな。マグルは基本やつらの食い物だから略奪もし放題。仲間も増やし放題って訳か」

 

 ロンが言うとダフネは反論したそうに口をモゴモゴと動かしたが止めた。

 

「ロン。純血主義者達の是非についてはこの際置いておこう。問題はアイツらデスイーターの活動が魔法界における弱い立場の人間にもメリットがあることだ」

 

 ハリーは言った。ハーマイオニーも悲しそうに頷いた。

 

 闇陣営の厄介な点は、少数のテロリストでありながら数を増やす手段には事欠かないということだ。

 

「密猟者とか人狼とか。巨人族もか、とにかく、魔法界の社会的に認められていない人間にとって連中が魅力的に見えることが問題なんだよ。どうせ先がないなら暴れた方が良いと思わせてしまっているんだ」

 

 

「……ッてもなぁ。普通のやつは自分のことで手一杯で、自分達の外にまで目ぇ向ける余裕なんてねーよ」

 

「経緯はどうあれ闇陣営である以上、粛清対象には違いないでしょう」

 

 きっぱりと割り切るようにアズラエルが言う。

 

「……政治的なあれこれはね。戦争が終わったあとの政治家が考えるべきことですよ。僕らにとっては面倒な敵が増えた。それだけのことじゃないですか?」

 

 その言葉にはロンだけではなく、ハーマイオニーでさえ頷かざるを得ない。人攫い達に擁護できるところなど何もないのだから。

 

 そして話を続けようとしたハリーの肩を叩き、ダフネはある一点を指差した。

 

「……見て……ハリー」

 

「私たちにとっての地獄がやって来たわ」

 

 

 ダフネにとってフクロウは死を告げる天使に見えていたに違いない。マリーダの手で厳重に封の外側が、確認された後、確かに問題ないと各人に封筒が手渡された。

 

「魔法省の追跡システムは流石だね。この場にいるハーマイオニーやロンのことまで把握している」

 

(……ドロレス・アンブリッジのように、役人が闇陣営に与してこのシステムを悪用されたら……)

 

 恐ろしいことになるのは間違いない。ハリーはその可能性に背筋が寒くなった。

 

「透視魔法によって中身を確認した。偽造防止の魔法がかけられてはいたが、それだけだ。じっくりと目を通してみるといい」

 

「……五年間の努力の成果だ。じっくりと味わって咀嚼しろ」

 

 もう卒業し成績に悩むことはないマリーダは、幼いジェームズを背負って高みの見物であった。ジェームズは高みにいるフクロウに手を伸ばしていた。

 

「……いやぁ……緊張の一瞬ですねぇ。まずは誰から行きますか?僕からといきましょうか?」

 

「いや、僕にするよ」

 

「えっいきなりメイン行きますか?」

 

 ハリーは封筒の封を切って中身を見た。

 

 正直なところ、ハリーは預言について聞いてから将来に必要な成績というものに対しての執着が薄れかけていた。真っ先に封を切ったのも成績がどうであれその結果を受け入れられると思ったからだ。

 

「……フーム……」

 

 魔法界の成績は、六段階に別れる。

 

 下から順に、T、D、P。そこまでは、『不可』である。不可を取った人間はOWL基準となる能力を有しているとは見なされず、それに関連する職に就くことは許されない。普通の魔法使いに必要な能力を満たしていないと見られるのだ。

 Pから上の、A、Eと続き、Oが最高基準となる。高度な専門知識を必要とする職業に就きたいならばAがあればよい、というものではなく、要求される基準はより高くなる。最低でもEは必要という職もあれば、OWL の基準であればOは必須という職種も中にはある。

 OWLでよい成績を取った人間が次のNEWT課程に進み、より専門的な知識と実務能力を磨いていくことになるのだ。

 

 ハリーは己に渡された手紙を開いた。ロンとザビニがごくり、と唾を飲み込む音がした。

 

 

ハリー・ジェームズ・ポッター

天文学……A

魔法生物飼育学……O

呪文学……O

DADA……O

占い学……O

薬草学……O

魔法史……O

魔法薬学……O

変身魔法……O

ルーン文字……O

数占い……O

マグル学……O

12科目取得。

 

「……まぁ、その……お疲れ様です」

 

 12科目でOを目指すというハリーの目標を知っていたアズラエルはハリーを労った。ハリーにとってこの結果は敗北であった。

 

 

「予想よりも良かったよ。てっきり天文学はDかPだと思っていたから」

 

 天文学だけAな理由は言うまでもなくハリー自身の気性の荒さに原因があった。ハリーはそれが解っていたからこそ、波立つ心を抑えて笑った。

 

(……本当に、僕は何をやっているんだろうか……)

 

「今日はハリーの好きなローストビーフにするようにクリーチャーには言ってある。気を落とすな」

 

 気を遣ってくるマリーダの視線が痛かった。

 

「……いや……ハリー。お前、Oがこの数で憐れまれてんのおかしいからな」

 

「あ、だよなそう思うよな。いやー、やっぱおかしいわこの成績」

 

 ロンとザビニは互いに頷きあっていた。そんな二人を尻目に、こっそりと自分の成績を見たのはアズラエルであった。

 

ブルーム・ムルタ・アズラエル

天文学……O

呪文学……A

DADA……E

占い学……O

薬草学……E

魔法史……E

魔法薬学……O

変身魔法……E

ルーン文字……E

数占い……O

マグル学……O

11科目取得。

 

「僕は天文と占いと魔法薬はまずまずでしたよ。ま、実技系は思ったより……でしたがね」

 

「ん?アズラエルって天文学得意だったっけ?」

 

 ロンが尋ねるとアズラエルは儚げに微笑んだ。

 

「……ま、激しい闘いの息抜きには丁度いいと思いましてね。星を見るのもたまには良いでしょう」

 

 ハリーとザビニは何故アズラエルが天文学に力を入れたのか察していた。天文学と占い学は、ファルカスの得意科目だったからだ。

 

 自分の成績の詳細を明かさないアズラエルとは違い、ハーマイオニーは見た瞬間に笑みの表情を浮かべて固まった。

 

ハーマイオニー・ジーン・グレンジャー

天文学……O

魔法生物飼育学……O

呪文学……O

DADA……O

薬草学……O

魔法史……O

魔法薬学……O

変身魔法……O

ルーン文字……O

数占い……O

マグル学……O

11科目取得。

 

「ほぼ全科目の点数で僕の負けか。……ちょっと悔しいな……」

 

 ハリーはハーマイオニーにほとんど勝てていないことを悔しがった。DADAではハリーが勝ったものの、他は僅差、或いは大差でハーマイオニーに差をつけられていた。同じOでも当然ながら優劣は存在する。数占いや魔法史学などの座学関連ではハリーはハーマイオニーには完敗していた。

 

「ここから先は点数が意味を成さない戦いよ。これからも宜しくね、ハリー」

 

「こちらこそ」

 

 握手を交わすハリーとハーマイオニーに対してダフネとロンが微妙な視線を向けたが、ハリーとハーマイオニーは気付いていない。

 

 ロンはごほんと咳払いをして言った。

 

「じゃ、次俺な。……おっ?……マジか」

 

ロナルド・ビリウス・ウィーズリー

天文学……E

魔法生物飼育学……E

占い学……P

呪文学……E

DADA……O

薬草学……E

魔法史……D

魔法薬学……E

変身魔法……O

7科目取得。

 

「……いやー、やってみるもんだな……O。変身呪文と防衛術でOかぁ~」

 

「な、な。俺って結構すげぇ?」

 

 自画自賛するロンに対して惜しみ無い称賛を贈ったのはアズラエルだった。

 

「かなり。実技科目でOを取得するのは至難の技ですから」

 

 ハリーはロンの変身術の成績を見た。ハリーよりも、ロンの方が格段に成績が良い。ハリーはもう一度、ロンの杖を見た。

 

(……お下がりの杖でこの成績か。……もしも今のロンに合った杖だったら……)

 

(いや。杖も含めて本人の実力だ。でも、この状況で合わない杖を使っていていいのか?)

 

(……ロンにはいい杖を使ってほしい。だけど、友達に杖を贈るなんておかしいよな。……)

 

 ハリーはもどかしい気持ちに襲われた。シリウスに後で相談してみようと誓った。ロンの生存確率を上げたいのなら、合った杖は必須だからだ。

 

 ザビニもまた、自分の自信のある科目を明かした。ザビニは呪文学が大の得意だった。

 

ブレーズ・ジャック・ザビニ

天文学……E

魔法生物飼育学……E

占い学……P

呪文学……O

DADA……E

薬草学……E

魔法史……P

魔法薬学……E

変身魔法……A

7科目取得。

 

「よう、ハリー。俺はコンジュレーションとはオサラバだ。……マクゴナガル教授によろしく言っといてくれ」

 

「面白い魔法があったら教えるよ。ザビニ」

 

「……魔法薬はどうです?」「E。スネイプの顔を見なくて済むぜ」

 

「……ああ、惜しかったですねぇ……君が居ないと寂しくなりますよ」

 

 魔法薬について話すハリー達は、背後のダフネが灰になって燃え尽きているのを見ないようにしていた。

 

ダフネ・アリアドネ・グリーングラス

天文学……P

魔法生物飼育学……P

呪文学……A

DADA……E

薬草学……E

魔法史……O

魔法薬学……E

変身魔法……E

ルーン文字……P

数占い……E

7科目取得。

 

「……笑いたければ笑いなさいよ。ええ。落ちたわよ。ルーン文字に。分かる?この気持ち。ルーン文字の翻訳に失敗したのは解っていたわよ……」

 

 ダフネは己の成績について詳しくは話さなかった。しかし、その表情からダフネの希望進路に関して良くない成績だったのは明白だ。

 

「呪文学は?」

 

 ハリーは呪文学や変身魔法について問いかけると、ダフネは呪文学はA、変身魔法はEと答えた。

 

「いやはや、実技が今一つですねぇ。ま、Oを取るには才能が必要ですからね。こんなものでしょう。」

 

 アズラエルは敢えて軽く言うことでダフネの気を紛らわすつもりだった。

 

「呪文学は徹底的に手を抜いたって感じですね。ま、フリットウィック教授はAでも受講させてくれますからねぇ」

 

「Aでもと言うけれど……落ちたと思って気が気ではなかったわ。私、手は抜けなかった。全力を尽くしてAだったのよ。だって突然フリットウィック教授が交代になられて、六年生の受講にはE以上が必要なんてことになる可能性もあったのよ?」

 

 A評定のうち、アズラエルは六十点台に対してダフネは七十後半だった。ギリギリまで手を抜いたアズラエルに対して、ダフネは持てる力の大半を苦手な呪文学に注いだのだろうことが察せられた。

 

ハリー達はそれぞれの試験を良い結果で終えたと言えるだろう。ダフネを除いては。

 

 

 

 ハリーはダフネへ慰めの言葉をかけようとして、ロンに止められた。

 

「……お前、落ち込んでる時に自分より出来るやつに慰められてみろよ。嫌味にしか聞こえねぇよ」

 

 ロンはハリーより、ずっと出来ない人間の心が解っていた。ハリーはダフネの努力を知っていただけに、力になれなかった自分が悔しかった。あらゆる手を尽くしてハリーはダフネを支えたが、結果は伴わなかった。スリザリン生としては何よりの敗北だった。

 

(……あれ?もしかして、ロンも含めてこの人らヤバイ?)

 

 ジニー・ウィーズリーは漏れ聞こえてくるハリー達の成績に驚愕していた。ジニーも成績そのものは悪くはない。しかし、Oを取得するには継続的かつ並外れた努力が必要であることは薄々察していた。

 

 一般的に言って、Eを取れれば十分に優秀である。レイブンクローの秀才でさえ実技科目でOを取れるのはごく僅かなのだ。多くの魔法族は適正に合わせて己の才能を磨き、ザビニのように己れの得意分野に特化していく。ハーマイオニーのような器用万能なオールラウンダーは珍しいのである。

 

 複数の、十を越える科目でオーを取る難易度をジニーはよく知っていた。それこそ、あのパーシーがいつも何時でも勉強を欠かさなかったほどなである。

 

 ハーマイオニーの十一科目Oでさえ驚愕する事態なのだ。

 

(……何であたしの上の世代にこんなヤバイ人達が集まっているのよ……)

 

 内に劣等感を抱えながらも、ウィーズリー家の長女は勝負の年を迎えていた。

 

 次はお前だぞ、というロンの視線に対して、ジニーは舌を出して答えた。

 

***

 

 OWLの通知が届いてから少し後、ハリーはダフネがニンファードーラ・トンクスに師事して魔法薬の指導を受け出したのを見た。スネイプ教授の基準では、Oを取得した者しか次の課程に進むことは出来ない。しかし、魔法省の定めるNEWT試験はホグワーツの基準に依らず受講が可能なのだ。

 

 ダフネはヒーラーになるという己の夢を棄てたわけではなかった。ハリーも、ダフネの夢を応援するつもりだった。自分がスネイプ教授の授業で学んだ知識はダフネに教えられるし、ノートを見せることも出来る。ハリーはこれまで通りダフネに接することにしたし、ダフネもそれを受け入れた。




ニンファドーラ→名前がニンフ、母親が実家から勘当されている。
ダフネ→名前がニンフ、実家から勘当されている。
接点できた!
成績の原作との差は原作よりシリウスやフリットウィック教授との距離が近かったからです。
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