この二次創作ではピーターは神秘部の戦いで捕まってアズカバンに居ます。
大変お騒がせしました。
「ベラ。貴方は余計な口を挟まないで!貴女は子供を産んだことも無いくせにッ!!」
スピナーズ・エンド。廃棄された工場周辺の活気のないスラム街は薄暗く、川は澱んでいた。不法投棄されたゴミの山が川を濁し、鰻すら取れないのではないかという程に流れを濁らせている。
そんな荒廃した人気の無いマグルの掃き溜めにはおよそ似つかわしくない2人の魔女がいた。二人の魔女は口論の末、レンガ造りの家の最奥に住む魔法使いのもとを訪れた。
二人の魔女のうち一人は黒髪をプラチナブロンドに染めた魔女。頭頂部から地毛が見えることでまるでプリンのような色合いとなっている。
その魔女は、それなりに整った容姿に隠しきれない皺が見えるとはいえ、年齢相応の老け方をしてきた女性だ。必死の形相であばら家の中、杖を片手に自分と共にやってきたもう一人の女性を睨み付けているのでなければ。
「ベラ。貴方は黙っていて。煩いのよ。交渉の邪魔よ!私はドラコのためにここに来たのよ!」
女性たちが着ているローブは高級品だった。さまざまな魔法の加護を施されたローブは真夏にあっても熱気を感じさせず、多種多様なカースからも着用者を保護する。だから杖を向けたとて脅しにはならない。
近頃表れたウィーズリー・ウィザード・ウィーズの防護製品たちのせいで価値が暴落しているが、それでも一着で競技用の箒が買える。
それほどのローブが汚れるのも構わず、ナルシッサは激昂して姉、ベラトリクスを邪険に扱う。スピナーズ・エンドの主人であるセブルス・スネイプは冷ややかな瞳で事態を静観していた。
世界広しと言えどもベラトリクスに対してこのような口をきけるのはナルシッサだけであろう。
ブラック家の一員として純血主義を信仰し、親の決めた婚約者であるルシウス・マルフォイに嫁ぎ、長男を授かる。シリウスのような放蕩息子ならばさておき、純血主義者として見ればナルシッサ・マルフォイ、旧姓ナルシッサ・ブラックは家に産まれた務めを果たす見事な魔女であった。
「もし私に息子が居たならば帝王に捧げるだろうね!これ以上の名誉はないと!お前はドラコを誇りに思うべきだ!」
(……ベラ。貴女は……)
この瞬間、ナルシッサ・マルフォイの中に芽生えた感情に気付いた者はいなかった。
(邪魔なのよ。昔からずうっとそうだった……)
子供の幸せをナルシッサは願っていた。手を汚さず健康で穏やかでいて欲しいという思いは純血主義とは矛盾しない。マルフォイ家での生活はナルシッサにとっては不便の無いものであり、ルシウスはナルシッサに対して最大限の礼節と愛情を示した。
ナルシッサがそう信じる根拠はあった。
ルシウスはかつてドラコの教育のために、ドラコをダームストラングに入れるとドラコを脅したことがあった。
ホグワーツにせよダームストラングにせよ、重要なのはそこで派閥を増やす能力を養うことだと言うのがルシウスの言い分だった。自分が理事を務めるホグワーツではドラコは駄目になるのではないかと、ルシウスは懸念していたのだ。
ナルシッサは強硬に反対した。カルカロフというルシウスの知人が校長であるとはいえ、ダームストラングは海外で遠すぎた。ドラコに何か不都合があったときすぐに知ることが出来るホグワーツがよいと、ナルシッサはルシウスへと抗議したのである。
ルシウスはナルシッサに折れた。最初からドラコを脅すための演技だったにせよ、ナルシッサの言葉を最大限尊重したのである。
ベラトリクスはナルシッサにとっては姉ではある。しかし、ベラトリクスが見ているのは理想の純血主義であって自分やドラコやルシウスではないことにナルシッサは気付いていた。
現に今、ベラトリクスはドラコを指導と称して拷問し殺人者にまで追い込んだのだ。姉妹の情もこれまでであった。
(私に干渉するだけならまだしも、ドラコに手を出すなんて)
スネイプがルシウスへの恩義を優先し、破れぬ誓いを結んだとき、ナルシッサは自分の選択が正しかったと信じた。
(……ルシウス。貴方はベラより立派な人だわ……)
人は居なくなって始めて居た人間の有り難みというものが理解できる。
都合良く利用するため、後で恩義を返して貰うためとはいえ、ルシウス・マルフォイという男はスネイプを庇護した。対してベラトリクスは主人の命令とはいえ息子のドラコを、あろうことかクルシオ(拷問)にかけて追い込んだのだ。
同じデスイーターであったとしても、ナルシッサの視点で見ればルシウスは家族であり、ベラトリクスは敵であった。
***
一方のベラトリクスはナルシッサに対して言い様のない不快感を抱いていた。
(……なぜだ。なぜシシーを見ていると不愉快な気持ちになる?今まで一度もそんなことはなかったのに)
なぜかナルシッサの姿が、先に始末した裏切り者のキシリア・ザビニと重なったからであった。
(シシーも帝王もなぜスネイプなどを頼る。……あんな品も教養もない裏切り者を…)
セブルス・スネイプは一言で言えば清潔感のない男だった。
ろくに洗っていないべっとりとした髪に、薬品の匂いを染み込ませたかのようなローブ。喋れば歯並びの悪い口。ベラトリクスが不愉快に感じる無法者どもと同じ類いの人間であった。
住んでいるあばら家を見るまでもなくその姿を一目見るだけでナルシッサとの育ちの差が浮き彫りになる。
そしてそれよりも何よりも許せないのが、主人を裏切った挙げ句、宿敵であるアルバス・ダンブルドアに取り入って罪を逃れたという点だ。
(……スネイプがホグワーツに居ることは帝王にとって価値がある。……それだけの理由で裏切り者が生かされているなど……!)
(許しがたい……!)
ベラトリクスがアズカバンの粗末な牢屋で薄布にくるまって凍えた日を送る間、スネイプはホグワーツの暖かいベッドで寝起きしていたのである。出来ることならこの手でスネイプに緑の閃光を撃ち込んでやりたかった。
セブルス・スネイプのような人間を、ルシウス・マルフォイが尊重したという事実が信じられなかった。
「……セブルス。……貴方はルシウスの最も頼りとしている友人で、ドラコの師でもあります。……ドラコは……ドラコのために頼れるのは、貴方を置いて他には居ないのです。どうか……」
ナルシッサは効果的に泣き落とした。目に涙を貯めてスネイプに縋る。スネイプはほとんど無表情であったが、杖を振ってハンカチを出し、ナルシッサの目元を拭った。
「……私はドラコを見捨てるつもりはない。……ルシウスから受けた恩義を忘れたことは一度もない。スリザリンにあって、ルシウスこそ私の最大の理解者だった」
「……特に私のような研究気質の人間というものは他の雑多な感性の持ち主からは理解されない。こと、闇の魔術に関する研究に関しては他人の妨害を厭わしく思ったことは幾度となくあった」
「ルシウスはそれらの干渉のことごとくを排除してくれた……」
ベラトリクスはスネイプの瞳を見た。そしてまた苛立つ。
(……この男……!嘘がない……?バカな!こんな品性の欠片もない蝙蝠が!?)
ルシウス・マルフォイに対する恩義は紛れもなく本心だとベラトリクスのレジリメンスが告げていた。
「……っ!」
ルシウスから受けた恩義について語るセブルス・スネイプの言葉には偽りが感じられなかった。その事にベラトリクスは不愉快さを感じたが、それよりも気にくわないことがあった。
スネイプが闇の帝王からの信頼を勝ち得ているという部分である。
ベラトリクスの立場は副官の地位にある。療養中の身とはいえ、闇陣営においては比肩する者の居ない立場。紛れもなくデスイーターにおいて最強は自分だという自負がベラトリクスにはあった。
だからこそ、ベラトリクスにはない部分で。
研究者としての能力と立ち回りの上手さによって帝王からの信頼を得たスネイプに、嫉妬を抱いた。
ベラトリクスは間違いなく忠臣であり、スネイプを嫌悪するのはスネイプが信用に値せず、帝王にとって害を成す可能性があるから、という理屈であることは間違いない。だがそれだけではないのだ。
スネイプが自分より帝王に信頼されるかもしれないといううっすらとした不安感がベラトリクスの心を苛んでいた。
スネイプはどうやらブラック家出身の人間から嫌悪される宿命にあるらしい。
「帝王からはホグワーツに潜入するよう命令を受けていた。帝王がお隠れになってからも、その指示を継続していただけのこと」
「笑わせるなっ!薄汚い蝙蝠風情が!」
「……貴様が主君の命令を果たす我々の真の同胞であるというなら証を見せてみろ!出来ないだろう?お前には」
ナルシッサはベラトリクスに対して余計なことを言わぬよう願っていた。スネイプを不愉快にさせないよう下手に出る、という本来であれば悪手を取ってまでスネイプに縋る。
「破れぬ誓いを結んで頂けますか?」
「いいでしょう」
さもそれが当然であるかのようにセブルスは節くれた手を差し出した。日常的に杖を振り、魔術の研鑽に明け暮れる男の手は身の回りの一切をハウスエルフに任せきりにしているナルシッサの手とは比べのもにならぬほど汚れている。たとえスゴージファイを使ってもなお拭いきれない汚れがあった。
薬品や毒物が付着せぬよう細心の注意を払っているとはいえ、薬品の香りが染み付いた手を見てベラトリクスは顔をしかめた。アウラのことを思い出したからだ。
研究者という存在に対するベラトリクスが持つ嫌悪感はどうしようもなかった。ベラトリクスは従弟のシリウス同様現場主義者であり、生粋の戦士ではあったものの後方支援者に対する思いやりや理解というものが欠如していた。
魔法使い全体に言えることではあるが、勇敢さを何よりも重視するグリフィンドール派閥と、そしてそれに負けじと対抗するスリザリン派閥の人間は、最前線で命をかける勇敢さは一定の理解と敬意を示す。
しかし、なまじ魔法で身の回りの一切が賄えるからか、ハウスエルフによって不自由しない生活が保証されているためか、レイブンクローにも通じる小賢しさや後方支援といった概念に対する理解が乏しい。
シリウス・ブラックと同じように、ベラトリクスにもその傾向はあった。元々活動的な気質が災いしてか、家で引きこもって研究に没頭するということに喜びを見出だせない。そういう人種に対する理解が乏しいのである。
が、ナルシッサは顔色ひとつ変えずにセブルスの手を取った。ナルシッサもベラトリクス同様純血主義の教育を受けた魔女であり、ベラトリクスに似た価値観を持っている。
しかし、それを全て捨て去って余りあるほどにナルシッサは息子を愛していた。炎の蛇がスネイプとナルシッサの手に絡み付き破れぬ誓いを確固たるものとしたとき、ベラトリクスは忌々しげに、しかし驚いた目でスネイプを見た。
もうなにも言えることはなかった。この契約を破れば、スネイプは命を失う。
いくらベラトリクスであっても、甥と妹を守らんとするスネイプを罵倒できはしなかった。
***
「本当に良くやった、ハリー」
オーダーとしての活動を終えてシリウスが帰宅したのは十二時を過ぎていた。次の日の朝、ハリーはシリウスに呼ばれ書斎で労われていた。
シリウスの性格からする意外なことに、書斎はかなりの頻度で使用されていることが伺えた。様々な魔法の書物が並ぶ書斎は山のように本が積み重なっている。ハリーも何冊か本を借りたことはあるが、ブラック家が長い歴史の課程で収集した書物はそれだけで一つの歴史であり、知の遺産であった。
「……11科目でOを取るのは偉大なことだ。……前学期、色々なことがあったが良く耐えた」
「成績なんて飾りだよ、シリウス」
ハリーはシリウスには本音を打ち明けた。
「たとえOWLでOを取れたとしても、ヴォルデモートを殺せなければ全て意味がない。……今を積み上げることも大事だって解ってはいるけどね……」
「ハリー。将来何になりたいか考えているか?」
「……どうだろう。……僕は……」
「自分で描いた未来を全部自分の手で台無しにしてしまったから。……神秘部に侵入して研究成果を壊して、オーラーに歯向かって……」
罪のないマグルを殺害してしまった。そう言いかけて口をつぐんだ。ハリーは自分が、成りたいと考えた職業のことごとくに唾を吐き足蹴にするような行動を取っていることに気付いていた。
「……とにかく、希望進路に泥を塗ったからね」
成績が多少良かろうと、自分を欲するような職場があるとは到底思えないというのがハリーの本音だった。そもそもヴォルデモートを殺せなければ働くどころではないとも思っていたが。
「そう悲観することはない。俺が魔法省で働くことが可能な以上魔法界の懐はハリーが思っているよりは広くて深い」
シリウスは言った。
「……それにハリーが望むなら別に魔法省に拘る必要もないし、な。……ビル・ウィーズリーとも話したか?」
「ああ。ビルはゴブリンたちと一緒にグリンゴッツに勤務しているんだろう。……でもシリウス。グリンゴッツは今回の戦争では中立の立場だよ。オーダーや戦争の趨勢とは関わりがない」
ハリーは即座に反論した。グリンゴッツは魔法族の中でも特殊な立ち位置に属する。善悪問わず魔法族の金融資産を管理する富の支配者でこそあれ、戦争においてはどちらにも与しない。ゴブリン族は魔法使い同士の争いで血を流したくはないのだ。
「確かにそうだ。だがな。……おれが言いたいのは戦争に関してのことだけじゃない」
シリウスはハリーの将来を心の底から心配していた。預言に振り回され、自分やダンブルドアやヴォルデモートといった大人たちの思惑に振り回された挙げ句将来の就職先まで決めてしまおうとしているハリーに、せめて望む職場を選んで欲しかったのだ。
勿論それが難しいことはシリウスにもわかっていた。シリウス自身、先の内戦では就職せずオーダーとして活動し続けた。叔父から譲り受けた遺産があったからできたことである。
ヴォルデモートが存在し続ける以上、ハリーは否応無くヴォルデモートとの殺し合いをすることになる。真っ当な仕事に就くことすら難しいだろうという確信をハリーも、シリウスも持っている。
それでも、シリウスはハリーには夢を見て欲しかったのだ。
「……戦争に拘りすぎるな、ハリー。例えばグリンゴッツにはスリザリン出身の先輩も勤務しているんだろう?多様な呪いや過去の遺物を探索し保護する。そういう仕事もあるんだ」
「……グリンゴッツか……」
「なんだ?」
「いや……希望したら何だかグリンゴッツにも泥を押し付けそうでね。僕にはどうもそういうジンクスがありそうな気がして」
「バカな。そんなジンクスは聞いたことがない」
シリウスとハリーは少し笑うと、互いに目を交わした。シリウスはハリーの精神が安定していると感じた。
始めて見た時とは大分変わってしまった。そう思いながらシリウスは言った。
「……ひとまず、これまで通り神秘部を希望するということか」
(……俺の目が黒い内は、ハリーやダフネ達の後ろ楯になれる……)
アーサー達と構築した人脈を活用すればハリーが魔法省で望む職場を得ることは難しくないとシリウスは考えている。
「……シリウス。どちらにせよ希望的観測だけど……もしも就職できるとしたらグリンゴッツよりは神秘部の方が価値があると思うんだ」
「何故だ?」
「神秘部は将来的には防衛拠点になると思ってる」
ハリーはシリウスに自分の考えを言った。
「ヴォルデモートとしても神秘部の預言は無くなったけど、そこで行われた研究の成果は欲しいと思うんだ。神秘部に就職して、職員として罠を張りながらヴォルデモートを迎え撃つ……ってことを今は考えてる」
(……戦争のために将来を決める、か……)
ハリーは自分の考えをシリウスに明かした。まだ誰にも話してはいなかった。シリウスは苦々しい思いを閉じ込めていい考えだとハリーを褒めた。
(……神秘部の研究はこの世の闇のようなものもある。……ハリーに闇を近づけたくはない……)
シリウスの本音はそれだった。しかし、それを言ったところで無駄であると理解もしていた。闇祓いであろうと神秘部であろうとハリーが闇に触れることに変わりはない。ハリーが希望している進路がそれであり、その意思を変えることが出来ない自分に歯痒さはあれどハリーの意思そのものは尊重しなければならない。それが、ゴッドファーザーとしての務めなのだから。
「まぁ錬金術は取れないし。神秘部に採用されるかは不透明だけど」
「……錬金術が使えなくても、神秘部に勤めることは可能なはずだ。……卒業してから覚えるという手もあるしな」
(……ただ……魔法省に就職した場合は……ハリーが政治的に利用されることは避けられないが……)
現時点の魔法省が対闇陣営の強硬姿勢を取っていることはシリウス達にとっては追い風だ。政治的に足を引っ張られ、闘いを邪魔されることも救助活動の妨害を受けることもない。
しかしそれは同時に、ハリーを否応なく政治闘争に巻き込むということでもあった。
ハリーにその意思があるならば良い。しかしシリウスとしては、現在のハリーにこれ以上の重荷を負わせたくはなかった。
「ハリー。これからの二年はハリーの将来にとっても大切な時間だ。NEWT課程は単なる猶予期間ではなく、自分が本当に成りたい仕事に就くために、より専門的で高度な知識を学び実践していく。……どんな仕事に就くにせよ、そう考えて取り組め」
「……将来のためにか。将来、将来ね……」
「俺もジェームズも、将来というものを想像は出来ていなかった。……ジェームズは本気で生き残るつもりだったし、俺もジェームズやリーマスや……ピーターには生きていて欲しかった。だが、俺自身はどこかで死ぬだろうと漠然と考えていた」
「だが今……」
「俺はこうして生きている。昔の俺に言えば、何をやっているんだと言うだろうがな。今の俺が過去に戻れたら、昔の俺にこう言うだろう。もっと将来の展望をもって勉強しておけ。……それから、暴れすぎるなとな」
「今のシリウスは立派にやっているよ。昔のシリウスにとやかく言われる筋合いはない」
ハリーは断言した。ハリーにしては珍しいエゴであった。
(……あれ……おかしいな。オクルメンシーが出来ていない……)
ハリーは目の前のシリウスと、かつてスネイプを集団で叩きのめしたシリウスとを同一視することが中々難しかった。過去のシリウスを否定したいがあまり、現在のシリウスを過剰に肯定している面もあった。
シリウスに言ってから、ハリーは自分が心の枷を開いていたことに気付いた。シリウスはそんなハリーを知ってか知らずか、鋭い目でハリーを見た。
「……死ぬ気で闘うことと、生きることを諦めることは似ているようで違う。ハリー。良く考えて決めるべきだ。職業の選択は、お前に与えられた自由な権利なのだから」
「……シリウスを尊重して、ビルに話だけでも聞いてみるよ。……気になっている先輩の近況報告も聞きたいし」
ハリーはそうシリウスに誓った。シリウスは親であり、誰よりハリーが尊敬する人だからだ。たとえ過去に何をしていようとも。
***
(機会を逃すっていうのはこういうことか)
ハリーは新聞の失踪者一覧に、ギャリック・オリバンダーの名前を見てシリウスの言葉を実感した。
オリバンダーは『杖が持ち主を選ぶ』という説を提唱した英国一の杖職人だ。ロンに新しい杖を使わせるならばオリバンダーしか居ないとハリーは考えていた。
が、闇陣営は一枚上手だった。魔法使いにとって一番の武器が杖である以上、最高の杖職人を拉致してしまうことで杖の新調を難しくするというのは妥当な判断なのだ。
「ビルさん。新聞記事を読みました。オリバンダーが行方不明だそうです。オリバンダーの弟子は居ないんですか?」
グリモールド・プレイスを訪れていたビルにハリーは尋ねた。
フルール・ドゥラクゥールは婚約指輪を右手の薬指に嵌め、ハリーを安心させるように笑いかけた。
「フランスにも優れた杖職人は数多く居るわ。こちらに来るように働きかけてもいいかしら?」
ダフネやジニーはそんなフルールを快くは思っていないらしい。フルールが笑う度にハリーやロンが愛想笑いを返すのも悪いのだが。
「確かにフランスの一流職人が来てくれれば心強いわね。英国の木がお気に召せばだけど」
ジニーは皮肉った。
「良い杖職人はその土地の木に合わせた杖を作るものです」
「……絶対それフルールに気があったやつだぜ……」
ロンがにやにやと笑いながらハリーの耳元に囁いた。
「まぁ慣れてるだろフルールはそういうの」
ハリーはそう返した。
フルールの物怖じしない強気な姿勢はアズラエルやハーマイオニーを彷彿とさせる。ハリーにとっては好ましいものだ。しかし、フルールはよくも悪くも珍しい血筋を持つことからデメリットも受けているようにハリーは観察していた。
フルールとウィーズリー家女性陣の折り合いが悪そうなことは端から見ても察することが出来たが、当のフルールが慣れて受け流しているために大事には至っていない。ハリーの見るところ、ウィーズリー家も英国人として、一般的魔法族としての価値観からは逃れられないように見えた。
最愛の兄(息子)をかっさらっていったフランス人の魔女が気にくわない。そこにヴィーラのクォーターという要素も加わって事態が複雑化しそうなところを、ビルとフルールという当事者同士の愛で押しきっているのだ。
「フルールの言う通り、フランスの職人達に来て貰うという手はある。……就労ビザを魔法省が発行するまでには暫くかかるだろう。今年の入学生には間に合わないかもしれん」
シリウスが言うと、ザビニは自分の杖を手にとって言った。
「これは33センチ、リンボクでドラゴンの琴線が使われてるんすけど。オリバンダーのところで杖を見たあと、同じ素材の杖を探したんすよ」
「……で、他のところで全く同じ長さの杖で試しても、どーもコイツほどしっくりこないんですよね。見た目はほとんどかわらねーのに」
(……なるほど、杖は生き物ってことか……)
「つまり、ギャリック・オリバンダーはザビニに最高の一本を提供したってことだね」
「同じ素材で同じ工程で作っても差が出るもんなんだな……」
ハリーはザビニの話を聴きながら、杖職人の成す技というものを想像していた。
オリバンダーは単にその魔法使いの素質を見極める能力だけではなく、その魔法使いに適した杖の中からさらに最も適した一本を選択する目を持っていたのだろう。
「オリバンダーが育ててその技法を受け継いだ弟子は居るし、彼らは今も無事さ。だが、杖を作らせて英国の魔法族に提供するならオリバンダーが一番だった。……無事だと良いんだが……」
杖は持ち主を選び、持ち主は杖を選ぶ。
ハリーにとって最高の一本が、柊と不死鳥の杖だった。この杖の力がなければハリーは変身魔法でOを取得することは不可能だったという確信があった。いついかなるときも、ハリーが本当に力が欲しいとき応えてくれた杖。他の人たちにとっての最高の一本と巡り会えるかどうかで、魔法使いの成長は大きく左右されてしまうのだ。
***
深刻な顔をするビルに対して、ハリーは会議が終わったあと話しかけた。
「……ビルさん。ロンからガフガリオン先輩が落ち込んでいると聞きました。その後お変わりはありませんか?」
「ああ。ガーフは気持ちを仕事に反映させるタイプじゃないからな。ゴブリン達とも至って良好だ。良好すぎて不安になるくらいだと溢していたよ」
「……そうですか……なら良かったです」
「行方不明になったのはたまたまかもしれないし、闇陣営とは無関係の事故にあったのかもしれない。……ただ、浚われたという魔女の目撃者がいない。だからガーフには希望を捨てるなとも言いづらい。……確かなことは何も無いからな……」
ビルは苦々しげに言った。
「……俺としては、単独犯による犯行だと思っている。複数でテレポートして襲う、或いはステルスして奇襲するという場合でも発覚のリスクはあるからな……」
「まだ人通りがない時間帯に、速攻で襲って捕まえて逃げる。ビルさんのお話の通りだと、敵はかなりのやり手ですね。……一人になるのは、危険ですね」
ハリーはビルの考えを肯定して同意した。スリザリンで培った追従のスキルは伊達ではない。ビルは冷静にハリーを観察しながらハリーに言った。
「今度の外出の時は皆護衛つきになるだろう。窮屈な思いをさせるだろうが、怒って飛んだりせず我慢してくれよ?」
「ロンから聞いておられたんですか?」
ハリーは自分がキレたからと言って飛び回ると思われていることが心外だった。そうするしか無いと思ったとき、ハリーは飛び出したのだ。
ビルはニッと笑いながらウインクした。ハリーは胸中に憧れが沸き上がるのを抑えられなかった。
(……あー、本当に魅力的だな……)
ちょっとした茶目っ気がよりビルの洗練された美を引き立てていた。シリウスの、大人としての風格と重さを感じさせる美とはまた違う。
若さを残しつつも大人らしさを感じさせない親しみのある美が、ビル・ウィーズリーにはあった。
「ハリー。ビルは貴方を高く評価しているわ。勿論私も」
フルールはハリーよりやや余裕を持っていた。トライウィザードトーナメントの時と比べ、所作に気品と自信が感じられる。長く伸ばしていた銀髪は肩までに揃えていた。
「フルール。ガブリエラは元気?」「勿論よ。あなたが錬金術の魔法を学んでいると聞いて喜んでいたわ。私も負けていられないと」
「……錬金術の書物の件はありがとうございました。僕も今年受けられるかどうかは解りませんが、本当に参考になりました」
「おいおい、過ぎた謙遜は嫌味になるぞ?」
ビルはまた悪戯っぽく笑った。そう言う時のビルには、ザビニとふざけているロンの面影があった。
「君は十二の科目でOを取って、進路指導でも錬金術の受講を希望したんだろう?なら、錬金術を学ぶ機会はまだあるさ」
事も無げに話すビルもowlで優秀であったと聞いている。しかしハリーはこの時、ビルの言葉を否定した。
「いえ。一科目はAです。受講の要件を満たしてはいませんよ」
「そうかな?錬金術はオウル試験で十二科目をパスして受講希望者が居る時、開講されるんだ」
「希望者が居るならダンブルドアは動くさ。学舎で学びたいという人が居るのに、学ばせないなんてあっちゃいけないんだからな」
ハリーはとても信じられなかったが、後日ビルの読みが正しかったことを知った。
***
「オイオイオイ。マジか……?」
ザビニは副校長のミネルバ・マクゴナガルが生徒一人一人に宛てた手紙を読んでいた。毎年恒例の手紙には、要件を満たした生徒が受講可能な科目と必要な教科書が記されている。
そこには、こうあった。
「六年生において錬金術の受講を希望する人間は、エリザベス・マスタング著『四大元素理論初歩』並びにヴァン・ホーエンハイム著『効率的なブランコの作り方。これで貴方もDIY』を購入すること?……狂ってるぜ」
「……考古学も開講されるみたいだね。オミニス・ピッコリー著『古代建築物の保全とその修繕』と、オリビア・ニコ著『現代における遺物の収益化 社会保全的観点と経済的要件から見た考古学』か……」
数占いが上級数秘術としてそれまでより高度な内容を学ぶ一方、六年生で要件を満たした希望者には新しい科目を学ぶ権利があった。
(……これは……ホグワーツに入って以来最大の敵かもしれないな……)
タイムターナーを無しにどうカリキュラムを組もうかハリーは頭を悩ませていた。時間は有限であり、捨てるべき科目と取るべき科目を選択しなければならないのである。
考古学に関してはゲーム版のネタです。
本作においては魔法史でOを取った希望者が受講できます。オリキャラのマクギリス・カローは受講していたかもしれませんね。