蛇寮の獅子   作:捨独楽

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蛇に憑かれた男

 

 ハリーは箒を加速させて、黒い炎の中を突き進んだ。スネイプ教授の魔法薬は、箒や衣服や眼鏡も含めて、ハリーのものをすべて守ってくれていた。ハリーはスネイプ教授の才能に恐れおののきながら、闇の中を進んだ。

 

 

 唐突に炎の幕が途切れた。ハリーが気付いた時には、ハリーの目の前には、ターバンを巻いた背の高い男の後ろ姿があった。

 

 ハリーは迷わなかった。加速する箒を上空へと上昇させながら、男の右手に握られた杖に向けて魔法を撃った。

 

「エクスペリアームス(武器よ去れ)ッ!!」

 

 ハリーの杖から放出された赤い閃光が、無防備な男の手に直撃する。そして杖は、男の手を離れてふわり、と宙を舞った。飛行するハリーの手に向かっていく。

 

(や、やった……やった!!勝った!!)

 

 エクスペリアームスは、シリウス・ブラックがハリーのために教えたチャームだ。決闘術の初歩で習う魔法であり、難易度もそう高くはない。この呪文の利点は、その難易度の低さにも関わらず、成功すれば相手の武器……魔法使いにとっては命の次に大事な杖を奪えることにあった。

 

(……あとは……攻撃してぶっ飛ばせば……!)

 

「ボンバーダ(爆破)!……何で出ないんだ!!」

 

 ハリーは杖を男に向けて爆破魔法を撃とうとした。しかし、魔法は発動しない。ハリーの杖は、ハリーの願いに応えてはくれなかった。

 

「どうしたポッター。私は丸腰だぞ?撃たないのか?それとも撃てないのか?君が来るのではないかと思っていたが……少々拍子抜けだな」

 

 男は杖を奪われたことに驚愕した視線を見せたが、すぐに笑顔を見せた。

 

「一年生にはまだ早いと教えていなかったな?攻撃のために魔法を発動させるのは、頭の中で魔法の理論を完璧に理解して魔力を制御し、発動後の状態を正しく想像し、そして明確に相手を傷つけるという悪意が必要なのだ、ポッター!スリザリンを十点減点しよう!!」

 

 男……DADA教授のクィリナス・クィレルは、普段の何かに怯えきった冴えない先生ではなかった。ハリーが来たことに驚いた顔を見せたものの、来たのがハリーであったことで落ち着きを取り戻していた。

 クィレル教授はハリーに杖を奪われたにも関わらず、全く動揺した素振りもない。完全にハリーを子供と見なして甘く見ていた。

 

 

「……降参してください、クィレル教授!もう先生に勝ち目はないんだ!!」

 

 ハリーは箒の上から、クィレル教授に降参を呼びかけた。

 

 ハリーは無意識のうちに、無抵抗の相手……それも、人間に強力な魔法をかけることを躊躇っていた。トロールを倒した直後で、トロールのように見知った人を殺してしまうかもしれないという可能性が、ハリーの心に待ったをかけていた。悪意のないちょっとした魔法で懲らしめてやろうと思えるほど、ハリーの精神状態に余裕はなかった。

 

 クィレル教授は、ニンニクの香りを漂わせて常に何かに怯えているような態度から、生徒に好かれてはいなかった。ザビニが影で教授をバカにしていたし、大半のスリザリン生はクィレル教授がマグル学を教えていたことを挙げて彼を馬鹿にしていた。

 

 それでもハリーは、クィレル教授のことが嫌いではなかった。尋ねれば分かりやすく理論を教えてくれるクィレル教授のことは、ちゃんとした大人で先生なのだと思っていた。目の前に出てきたのがクィレル教授だったとき、ハリーはハーマイオニーの言葉からスネイプ教授が彼女に服を燃やされたということを思い出して吐き気がした。スネイプ教授ではないと思っていたが、クィレル教授であってほしくもなかった。

 

 武装解除が成功するまで逃げきり、武装を解除したあとは杖を突きつけて降参させる。

 

 ハリーの想定は言ってしまえばその程度のものだ。だが、ハリーは自分を過小評価していた。ここまで武装解除がうまくいくことも、杖を奪われた相手が降参しないことも、ハリーにとっては想定外だった。

 そのため、自分にもたらされた圧倒的なアドバンテージを生かすことはできなかった。

 

「勝ち目がない?……所詮は子供だな。面白いことを言うなポッター!」

 

 クィレル教授は右手の指をパチン、と鳴らした。

 

「闇の帝王は私に叡知と力を授けて下さった!!これもその一つだ、ポッター!」

 

 その瞬間、箒で飛び回っていたハリーの全身に縄が巻き付いていく。縄は、ハリーの全身を拘束し、そのまま首に巻き付こうと動き回る。クィレル教授は勝ち誇りながら、ご高説を垂れ流していた。

 

「かつての私は世の中に善人と悪人がいるという馬鹿げた理屈を信じた下らない若造だった。深い森の奥で、闇の帝王は私のそんな思い上がりを正し、真実を教えて下さった。この世には力あるものと、力を持つには弱すぎるものがいるだけなのだ!」

 

 勝ち誇り続けるクィレル教授は、ハリーが取った行動の意味を理解できなかった。

 

「……インセンディオ!!」 

 

 ハリーは反射的に、左手で持っていたクィレル教授の杖ごとハリーの首にかかっていた縄を焼いた。ハリーの首にインセンディオの熱気が伝わってくる。それでも構わなかった。自分が怪我をする覚悟も、場合によっては死ぬことだって覚悟してきたつもりだった。

 

 ハリーの視界が煙でぼやけ、ハリーは箒から転げ落ちた。

 

「?!き、貴様ぁ!私の杖を!!」

 

 クィレルにとっても完全に想定外の事態だった。

 英雄と呼ばれようが何だろうが、結局は11歳の子供。まさか自分を傷つけるような手段が取れるはずがないとたかをくくっていた。その慢心が、ハリーではなくクィレル自身の首を絞めていた。ハリーは転げ回って火を消すと、クィレル教授に杖を向け、ハッキリと呪文を唱えた。

 

「ディフィンド(裂けろ)!!」

 

 ハリーの杖からは、今度は呪文の閃光が放たれた。まっすぐにクィレルめがけて、切断呪文が迫る。

 

「……もうよい、愚か者め」

 

 しかし、奇妙なことが起きた。まっすぐに飛んでいた呪文が、突然軌道を変えてハリーめがけて跳ね返ってくる。ハリーは倒れ込むようにしてそれをかわした。その勢いで、服に広がっていた炎が少し消える。

 

「ご主人様!?今力を使うのは危険です!!あなた様はまだ完全ではありません!!」

 

(誰の声なんだ?)

 

 ハリーはぞっと背筋が凍るのを感じた。炎で体が焼けただれているはずなのに、それ以上の何かが感じられた。目の前にはクィレル一人しかいないはずなのに、クィレルとは別の、男の声がした。ハリーはその声を聞いたとき、頭が割れるように痛むのを感じた。

 

「このためなら……使う価値がある……君を試してやろう、ポッター……来るがいい」

 

 まるで教師が教え子に語りかけるような優しげな声で、クィレルからの声はハリーに語りかけた。体勢を立て直したハリーは、ぱちぱちと音を立てる箒を見た。

 

(もう使えない。それなら……)

 

 もうハリーは飛ぶことはできない。ならば、箒を武器として使ってやるとハリーは思った。

 

「ウィンガーディアム・レヴィオーサ!!」

 

 ハリーは箒を飛ばしてクィレルにぶつけようとした。箒は勢い良く回転しながら、クィレルの頭部めがけて加速していく。

 

 クィレルが両手を叩くと、箒は一瞬で砕け散った。あわれな木片と化した箒は、魔法の支配を失って地に落ちていく。

 

「……インセンディオ(燃えろ)!!!!」

 

 ハリーはありったけの魔力を込めて、杖から今までにないほどに大きな火炎を放出した。木片を飲み込んだ赤い火球は、その勢いを増してクィレル教授に迫る。

 

 ハリーは本気だった。クィレル教授の様子は、先程までとは何かが違った。彼はハリーを圧倒しているのに、先程までの高慢な雰囲気はなく、何かに怯えているような雰囲気があった。ハリーはなぜかそれが、たまらなく恐ろしかった。クィレル教授から逃げたかった。

 

 

「……見事だ」

 

 一言、ハリーを誉める声がした。

 

 クィレルは、手を全く動かさなかった。それなのに、クィレルを狙った炎はクィレルを狙わなかった。

 

「モースモードル」

 

 クィレルのものではない声が何かの魔法を唱えた。ハリーはそれが何なのか分からなかった。しかし、それによってインセンディオの炎をハリーは制御できなくなった。杖が何かに引っ張られるような感覚があって、ハリーは炎の放出を止めた。

 

 ハリーのものでなくなった炎は、髑髏のような紋様を浮かべて宙を漂った。ハリーはそれを見たことがなかったが、それに込められた魔力に恐ろしさを感じた。炎はハリーの赤い炎ではなく、スネイプ教授の罠で見た黒い炎へと生まれ変わっていた。

 

「ボンバーダ(爆発)!!!」

 

 ハリーは破れかぶれに黒い炎めがけて爆発を、ぶちこんだ。炎が爆発すればハリーもただでは済まないが、クィレルも倒せるかもしれないというわずかな希望があった。ハリーは、自分に残されたすべての魔力を爆発魔法に流し込んだ。

 

 しかし、ボンバーダの爆炎は黒い炎には反応しなかった。爆風のあとも、髑髏の炎はその場にとどまり続けてハリーを見続けていた。炎がハリーに迫ってくる。ハリーは、壁に向かって必死で逃げようとした。だが、ハリーの足は何かに縛られたように動かない。ハリーは炎に焼かれて殺されると思った。自分の目を閉じた。

 

 

 

「よい戦いだった。君の勇気を称えよう…褒美に、俺様から君に授業をしてやろう。……これは闇の印というのだ、ポッター」

 

「どこにいるんだ!!隠れているなら正体を現せ!!」

 

 謎の声は、ハリーに語りかけるようにそう言った。ハリーはほとんど自棄になりながら怒鳴った。透明マントを使ってどこかに隠れているにしては、声はクィレル教授のところからしか聞こえてこない。

 

「これは失礼した。俺様ともあろうものが、礼儀を欠いていたな……」

 

 そう声がした瞬間、クィレルはハリーに背を向けた。ハリーは背中を狙えると思ったが、ハリーの手は金縛りにあったかのように動かない。

 

(金縛りだ……!魔法をかけられたんだ!!)

 

 一体いつ魔法をかけられたのか、ハリーには分からなかった。分かっているのは、隙だらけの敵を前にして、自分はただ敵の思いどおりに間抜けに見物するしかないということだった。

 

 クィレルが巻いていたターバンがほどかれていく。ハリーの額は、激痛を出して警告を発していた。ターバンがなくなったクィレルの後頭部を見て、ハリーは思わず唾を飲み込んだ。

 

 蝋のように、全く生気が感じられない白い顔に、ハリーの緑色の瞳とは異なる、血のように赤い瞳。そして、蛇のような裂け目の鼻孔。そう感じてしまうのは、ある意味では蛇に対する冒涜だった。目の前に現れたものは人間ではなく、ましては蛇のような神聖で犯すべきではない生き物ではなく、怪物としか思えなかった。

 

 その怪物こそスリザリンを貶めた元凶であり、ハリーの両親を殺した、今世紀最悪の闇の魔法使い。

 純血主義を掲げる人間たちの王にして、神。ヴォルデモート卿その人だった。

 

「……ハリー・ポッター……スリザリンの子よ……」

 

 怪物はハリーにささやいた。自分がハリーのせいで、影のような存在になり身を隠していたことを。ハリーを守るために父親が死に、母親はハリーを守るために死ぬ必要のない死を迎えたことを。

 

「しかし俺様は寛大だ。特にこのクィレルのように才能あるもの……君のように、スリザリンの子供に対してはな。……君の両親に悔い改める機会を与えたように、君にも改心の機会を与えてやろう。君の友人にもだ」

 

「ふざけるな!!お前が父さんと母さんを殺したんだ!今すぐ父さんを返せ!母さんを返せ!」

 

 ハリーは絶対にこいつに屈してはならないと思った。何を言われようと、何をされようと、たとえハリーがここで死んだとしても、こいつにだけは屈してはならなかった。

 

 

 ヴォルデモートに屈するということは裏切りだった。ここまで来た友達に対して、そして、何よりもハリー自身に対する裏切りだった。ハリーはどうして皆がピーターを嘲るのかを、今やっと、心の底から理解した。

 

(こいつは……こいつだけは許せない!!殺さないといけない!!)

 

 他人の一番大切なものを人質にとって、踏みつけて、そしてそれを嘲笑っている。ハリーの一番嫌いなタイプの人間が、最も邪悪な方法でそれをやっているのだ。

 

「偉大になる道を自分で閉ざすのか、ポッター?魔法を自由に使いたくはないのか?己を虐げたマグルを殺したくはないのか?己をその場所に追いやったダンブルドアに復讐したくはないのか?

……スリザリンで、皆から認められたくはないのか?」

 

 悪魔はそう言ってハリーにささやいた。その言葉は、ハリーをますます怒らせた。

 

(こいつがそうしたんだ!)

 

「私に協力すれば君は偉大になれる。君にはカースを扱う才能がある……それを最も正しく導けるのはこの俺様なのだ、ポッター」

 

「お前に協力するくらいなら死んだほうがマシだ!!」

 

 ハリーはもはや、表面上だけでも合わせて機嫌を取るという考えすらなかった。頭の中にあるのは、ヴォルデモートに対する怒りだけだった。ここで炎に焼かれて死んでも、両親を殺した外道に落ちるよりずっとマシだと思った。

 

「泣かせるねえ……クィレル。ポッターを鏡の前に立たせろ」

 

「は、ご主人様!!」

 

 闇の帝王がそう命令すると、クィレルはくるりと振り向いてハリーを鏡の前に立たせた。クィレルはなぜか肩を怒らせていた。

 

 

「鏡を見ろポッター!!何が見える!ここに石があるはずだ!!石を使って火傷した体を治したいだろう?」

 

 ハリーは石を使いたいとは思わなかった。絶対にこいつらに協力などしてやらないと思っていた。

 

(……あれ!?)

 

 しかし、鏡の中のハリーが微笑むと、ハリーは自分の右足のポケットにずしりとした重さを感じた。ハリーはそれが、賢者の石なのだと思った。

 

 

「……狙い通りだ、ポッター。俺様に石を献上しろ……」

 

 闇の帝王は、ハリーが石を手に入れたことを見抜いていた。ハリーは石を渡すまいと、クィレルから逃げようとした。しかし、ハリーの足は思いどおりに動いてはくれなかった。何かの魔法をかけられたのか、ハリーの足は鉄でできたかのように重くなっていた。

 

「待てポッター!!」

 

 クィレルがハリーを追いかけ、ハリーを憤怒の形相で睨み付ける。ハリーは、せめてもの抵抗にと、クィレルを睨み返した。ハリーの目とクィレルの目があったとき、二人は確かに互いのことを心底憎みあっていた。

 

***

 

 ハリーは一瞬、何が起こったのか分からなかった。自分はクィレルと向かい合って、今まさに賢者の石を奪われそうになっていた筈だった。しかしハリーの目の前には、クィレルと、そしてアルバス・ダンブルドアがいた。クィレルはハリーと敵対したときのような表情ではなく穏やかで温厚そうだったが、少しだけやつれていた。

 

「……ダンブルドア校長先生。私に……DADAの教授になれと?」

 

「うむ。君にしか頼めないと思ってな、クィリナス」

 

 ダンブルドアは普段となにも変わらないような調子でそう言っているようにハリーには見えた。しかし、クィレル教授はダンブルドアの言葉に、明らかに怯えを見せていた。

 

「わ……私ではマグル学教授は務まらないと?保護者からのクレームがあったのでしょうか?」

 

 クィレルの声は次第に力を失っていった。

 

「そうではない。クィリナスも知っての通り、DADAは闇の魔術や魔法生物に対する数多くの知識と多彩な魔法を扱う技量が要求される、ホグワーツで最も難しい授業のひとつだ。これを教えることができる教授は限られる。君の魔法使いとしての実力を買って、君にこれを教えてほしいと思ったのだ」

 

(……そうでしょう!!私は本当は、優れた魔法使いなのです!無言呪文も呪文学もトロールの扱いも、他の教授に劣らないと自負している!なのに、なぜ私なのです!!)

 

 この時、ハリーの脳内にクィレルの思考が流れ込んできた。クィレルは、あのアルバス・ダンブルドアが自分の力量を認めてくれたことを喜び、それを誇らしく思っていた。しかし、クィレルは防衛術の教師となることに不安も抱えていた。

 

「……セブルス・スネイプはいかがです?彼は常々、防衛術の教師となることを望んでいましたが……」

 

(……私が先にそれに就任したとなれば、あの男がなんと言うか!……それにこの科目は縁起が悪い。私を信頼しているといいつつ、ダンブルドアは私を追い出したいのか?)

 

 防衛術の教師は、一年もった試しがなかった。大抵は不幸な事故で入院する羽目になるか、不祥事を起こして辞職に追い込まれるかというありさまだ。クィレルは、ダンブルドアは言葉とは裏腹に自分を信頼していないのではないかとも思った。ようは人材の墓場に左遷されるようなものだからだ。

 

「セブルスは君も知っての通り、脛に傷のある男だ。彼がそれを教えることに納得できない保護者は多い」

 

「それは……ダンブルドアが擁護すればよろしいのでは?」

 

「私の擁護で納得するほど、皆が心に負った傷は癒えてはいない。君しかいないのだ、クィリナス」

 

 

(……つまり、つまり私はスネイプ以下だと?元デスイーターのほうが、ダンブルドアは大事だということですか?)

 

「承知しました。……ですが。私はまだ校長先生の期待に応えられるほど、己を知りません。一年、修行して己を見つめ直す機会を頂けませんか?」

 

(必ず……偉大な功績をあげて、ダンブルドアの期待に応えてみせましょう、大丈夫、私は……レイブンクローで培った叡知があるのだから)

 

 クィレル教授は表面上は冷静さを保っていたが、その内心は台風のように荒れ狂っていた。ハリーは不安な気持ちで、クィレル教授を見守っていた。クィレル教授が校長室から出た瞬間、ハリーの視界は暗転した。

 

***

 

(……甘かった。浅はかだった。ここに来るべきではなかった!!)

 

 

 ハリーはクィレル教授が、可能な限りは善良であろうとしている姿を見ていた。一年間の休職期間中、彼は多数の魔法使いたちと交流をもって、魔法の腕を鍛えていた。

 

 ハリーが気がつくと、クィレル教授はトロールを四匹も従えてどこかの森の奥地に潜入していた。クィレル教授は、ヴォルデモートを倒すために、力を失ったヴォルデモートが潜むという森に入ったのだ。クィレルは、正しいことをしようとしていた。

 

 

 しかし。

 

(なんて浅はかだったのだ!!)

 

 クィレルが鍛えた魔法も、引き連れたトロールも、森に潜んでいた闇の帝王には意味をなさなかった。クィレルは気付けば影の前で倒れ、死を待つだけになっていた、

 

(い、嫌だ、死にたくない……私はまだ何も成し遂げていない……)

 

 クィレルの恐怖がハリーに入り込んできた。

 

 ハリーはクィレルが可哀想に思えてきた。だれも知らない森の奥に入り、正しいことをしようとしていたのに……

 

(どうして……)

 

 ハリーはクィレルが、ヴォルデモートに忠誠を捧げたところを見た。その時のクィレルは確かに、自分自身に対して失望していた。

 

***

 

 

「……ポッター!!」

 

 気付いたとき、ハリーは現実世界にいて。クィレルに追い詰められていた。

 

「この世には力あるものと!!力を持つには弱すぎるものしかいない!!力に屈して何が悪い!!なぜ屈しない!」

 

 ハリーは、目の前のクィレルと、ダンブルドアの校長室にいたクィレルが同じ人だとは思えなかった。確かに正しいことをしようとしていたのに。人を殺そうとするなんて。

 

 クィレルは心の底からハリーを憎んでいた。今のハリーにはそれが分かった。あれだけ正しいことをしようとしていた人間が、ここまでハリーを憎悪していることが恐ろしかった。

 

「石を渡せ、ポッター!!」

 

 クィレルはハリーにつかみかかり、石を奪おうとした。だが、物事はクィレルの思いどおりにはいかなかった。

 

 クィレルがハリーに触れた瞬間、クィレルの手は一瞬のうちに焼けただれた。苦悶にうめくクィレルを見ながら、ハリーは涙を流して逃げようとした。鉄のような足を引きずるようにして、黒炎の燃える出口へと向かう。

 

(なんで?)

 

 どうしてクィレルが焼けたのか。ハリーには意味が分からなかった。ただ、ほんの一瞬、隙ができたことは確かだった。ハリーのどんな魔法も例のあの人には通用しなかったのに、今この瞬間。クィレルはダメージを負っていた。

 

「逃がさん……!!」

 

 クィレルはまだ残っているほうの手で、何とか呪文を使ってハリーを転ばせた。ハリーのポケットから、賢者の石と炭が出てきた。

 

「命の水ッ……!!」

 

 クィレルが願うと、石から水が溢れだした。ハリーは這いずって石のうえに覆い被さろうとした。しかし、クィレルのほうが早い。

 

「ご、ご主人様、やりました、これで……!」

 

 クィレルは水を飲もうと手を伸ばしたとき、奇跡が起きた。

 命の水を浴びた炭が、突然生き物のように蔓を伸ばしはじめた。悪魔の罠だ。ハリーが蝶々に変化させるためにいれていた炭は、命の水を吸収したことで本来の力を取り戻していた。悪魔の罠としての力を。

 

「ば、バカな、そんな……バカなぁ!こんなことが!?ご主人様!!お助けください!!」

 

「燃やせ!燃やしてしまえ愚か者め!」

 

 燃え盛る部屋のなかでハリーは泣きながら、クィレルが石に手を伸ばすのを見た。

 

「やめろおおおおお!!!」

 

 ハリーは泣きながらクィレルに体当たりした。石に手を伸ばしていたクィレルは、石を手にすることなく倒れ込んだ。クィレルの腹が焼ける臭いがした。

 

「そいつを殺せ、殺してしまえ!!」

 

 クィレルは必死に石を守るハリーに手を伸ばす。クィレルの手に、命の水の力で燃え残った悪魔の罠が巻き付いていく。ハリーは煙の中で意識を失った。

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