蛇寮の獅子   作:捨独楽

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無遠慮な噂

***

 

「……で。どう思うコイツ。間違いなく闇の魔導書(アウト)だよな」

 

 ザヒニは険しい顔でハリーに『半純血のプリンス蔵書』を差し出した。

 

 半純血、つまり混血であるにも関わらず純血の血を誇っている馬鹿な……もとい、なにかを拗らせたかつてのホグワーツ生が殴り書きをした内容は一見に値するものだった。複雑な魔法薬の製造工程を簡略化出来る書き込みが幾つもある。

 

「……そう決めつけるのは早計じゃありませんか?ロン、闇の物品に詳しい君の見解を聞きたいんですが」

 

 

「詳しいのは俺じゃなくて親父の方だぜ。……でも、そうだなぁ。手軽な知識や魔法を餌として与えてハマらせてから抜け出せなくするってのが一般的な闇の魔術の物品だ」

 

 そう言うロンはまじまじと半純血のプリンスの書を手に取った。パラパラとページをめくり、マフリアートについて書かれたページを開く。

 

 

「…………脳みそが見えないのに考えているように見えるものは危ない、ってのが親父の請け売りだ。この本は知識を俺たちにひけらかしたがってるのは確かだけど、ジニーを操った日記と違って、ザビニのことを聞いてきたりしたことはない。」

 

「知識だけを活用して廃棄してしまう……で良くなくて?」

 

「強欲だね、ダフネ」

 

 ダフネはずずいと進み出て言った。ハリーはダフネの積極性を褒めた。

 

 魔法薬学の知識が得られるとなればヒーラー志望としてはその知識を得ない手はない。同時に闇の魔術の品であれば、ヒーラー志望としては廃棄しない手はない。ハーマイオニーはお気に召さないようだったが。

 

 

「ざっと眺めたらよー。コイツの製作者が考案したっつー魔法が羅列してあんだろ。その中に、『セクタムセンプラ(常に切り裂け)』なんつー糞みたいな呪文の走り書きがあった」

 

「ディフィンドとどう違うんだ?」

 

 ロンが尋ねる。ザビニはわかんね、と首を横に振った。

 

「けど、響きだけでやばさはわかんだろ?」

 

 面白がって教科書を眺めていたアズラエルの表情が強張る。ハリーはセクタムセンプラについて書かれたページを見た。

 

「ディフィンドを閃光系魔法として扱い、射程をあげた上で……対生物に特化した呪いを与える魔法だね。……治癒を阻害するためのカースも乗っていそうだ」

 

 理論式の中には闇の魔術にある魔力の増幅作用の他にも、魔法効果の限定化と増幅作用の理論も組み込まれていた。

 

 例えばレダクト(粉々)のように、生物に作用せず物体のみに効果を発揮することで威力を上げる魔法はある。セクタムセンプラはディフィンドをより殺傷性に特化した闇の魔術と分類することが出来た。

 

「……遺憾だけど……アウトのようね」

「ですね」

 

「だから言ったじゃない。そんなもの頼りにしては駄目よ」

 

 

 

「碌なもんじゃねー。つー訳で、ハリー。これお前にやる。お前なら壊せるか、有効に使えるだろ?」

 

「いやそんな廃棄物を押し付けられてもな」

 

「……わざわざ半純血(ハーフブラッド)の王子を自称する辺り、製作者は根っからの中二病で純血主義だ。お前からダンブルドアかスネイプに渡しといてくれ」

 

 ハリーは押し付けられたプリンスの書を手に取り考える。

 

 

(……マフリアートはシリウスから習った。……レヴィコーパスは、確かルナが使っていた魔法だ)

 

 半純血のプリンスが誰なのかは解らないが、もしかしたらシリウスと近しい世代なのかもしれないとハリーは思った。考えるハリーを見て迷っているとでも思ったのか、ザビニは気軽にウインクをした。

 

「何なら燃やしても構わねーよ?」

 

「……しかし……学校の備品を借りパクした上で燃やすのは気が引けるね、ザビニ」

 

「ホグワーツでこれを突っ込むのは野暮なんだけどよ……こんな危険なもんが人の目につく場所にあるってやっぱおかしいな」

 

 話が終わり解散の流れになると、ロンはうんと背伸びをして言った。ロンの言葉を皮切りにもう大丈夫だろう、という空気がハリー達の間に流れる。

 

「今まではスネイプが教授で、O以外六年生は受講しなかったからね。わざわざ古い備品の教科書を選ぶ生徒はいなかったんだ」

 

「スネイプとスラグホーン教授には感謝しなければいけませんねぇ。僕達でプリンスの知識を独占できる訳ですし、邪悪な魔法の芽は摘むことが出来るわけです」

 

「よく分からない情報を鵜呑みにしては駄目よ、アズラエル。皆も。あのプリンスの書の内容は……」

 

 ハーマイオニーの言葉をあえてハリーはねじ曲げた。

 

「まずは……自分達でリカバリー可能な安全マージンを取った上で試すべきだ」「ハリー!」

 

(いや止めたって知識の活用を止められるわけがないだろ?)

 

「必要なのは先入観による思い込みじゃなく、知識に基づいて使えるものとそうでないものを分けることだ。……セクタムセンプラの検証は任せてくれ。こっちで検証する」

 

 ハリーは宥めるようにハーマイオニーを見たが、ハーマイオニーはそっぽを向いた。彼女が機嫌を直すまで暫くかかるだろう。

 

(僕に比べたらまだ善良なんだけどな、半純血のプリンスは)

 

 闇の魔術の研究をしていたらしいとはいえ、実際に人に向けて撃ったかどうかまではわからない。客観的に見て危険人物であるという事実はハリーを戒めた。半純血のプリンスの書を持ち、ハーマイオニーに笑って言う。

 

「この後ダンブルドアの錬金術がある。そこでこの教科書を渡すつもりだよ。……心配なら着いてくるかい?」

 

「……ええ、そうね。そうさせて貰うわ」

 

 ぷりぷりとお冠のハーマイオニーをいなしつつ、ハリーはダンブルドアの待つ二階の教室へと足を運んだ。

 

***

 

「……あ、ハーマイオニー先輩だわ。……げ、何だかポッター先輩に怒ってる。よくあんな人と仲良く話せるわね……」

 

 フレイ・アレイスターは薬学の授業からの帰りに、スリザリン生の男子に怒りながら歩くハーマイオニーを見た。フレイの胸中に沸き上がるのは、ハーマイオニーに対する畏怖の感情である。

 

 グリフィンドールは勇気ある者、勇敢であろうとする人間を尊重する。とはいえ、ハーマイオニーのそれはやはり異常である。

 

「そうかしら。お似合いだと思うわよ、私は」

 

「え、そう?」

 

 ハリーやハーマイオニーに聞こえないように、ポツリとグリフィンドール生のカテジナ・ルーズが呟いた。そして、綺麗な顔に少し歪んだ笑みを浮かべている。カテジナは最近こういう顔を見せるようになったが、フレイは敢えて気付かないふりをした。

 

 フレイはカテジナがマグル産まれであると知っている。まさに生存競争の只中に居る友人が、多少腹黒くなったからと言ってそれを責める権利はフレイには毛頭なかった。

 

「……反純血主義の旗印になって貰わないといけないんだから。……もっともっと、近付いて貰わないとねぇ」

 

「ポッターと?ハーマイオニー先輩が?冗談でしょ?」

 

 フレイは笑い飛ばした。しかし、数日後のホグワーツでは噂好きの生徒を中心として、『ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーは付き合っている』という根も葉もないうわさが流れることになった。

 

 噂の火付け役はカテジナである。カテジナはフレイとはまた別の、口の軽い友人にハリーとハーマイオニーが並んで歩いていた、という事実を言った。それだけであった。

 

 それから噂は瞬く間に面白おかしく盛られた。人はそう言う噂が出たとき、想像力を働かせ都合のよいストーリーを勝手に作り上げるものだとカテジナは知っていたのだ。

 

 皆が考えた筋書きは、こうである。

 

 『スリザリン生として悪の道に進もうとしていたハリー・ポッターをハーマイオニーが更生させた。さらに、ハリーとハーマイオニーは恋に落ちた……』

 

 本人達が聞けば憤死しかねない噂は、それを面白がる生徒達の手で拡散され広まっていった。

 

***

 

「錬金術の授業を始めよう。……さて、ハリー準備は出来ているかね?」

 

「はい、校長先生」

 

 錬金術の教室にいるのは、ダンブルドアとハリーの二人だけだった。ハーマイオニーはハリーがダンブルドアに『反純血のプリンス蔵書』を渡すことを見届けるとあっさりと教室を辞した。

 

 ダンブルドアは幾らか体調を取り戻しているかのように見えた。黒板にチョークの粉が舞い、錬金術の定義、という文字が走る。

 

「さて。まず錬金術とは、卑金属を貴金属に変えることを目的として発展してきた学問であることは君も知っているだろう」

 

「しかし、ここで一つ疑問が浮かぶ。コンジュレーションによって変化させればよいのではないか。我々魔法族はフラーレンをダイヤモンドに変えることも容易い。何故錬金術を学ぶのか、錬金術という学問に何の意味があるのか。ハリー、君は考えたことはあるかね?」

 

 ハリーはダンブルドアが投げ掛けてきた質問に、こう答えた。

 

「この世の法則に負けない真の物体を造り出すためです」

 

(……本当は、ヴォルデモートの肉体に干渉できる可能性を探るためですが)

 

 ハリーはダンブルドアが説明を求めているので、青い瞳を真っ直ぐ見て言った。

 

「マクゴナガル教授に指導して頂いている変身術は、魔力によってあらゆる物質を変化させ、この世を騙して偽の形に留めるものです。だから、時間の経過と共に魔力は霧散して元に戻ろうとする力が働いてしまいます」

 

「対して錬金術は……産み出したものを全く新しい一つの物体としてこの世に認識させる秘術です」

 

「その違いは?」

 

「錬金術によって産み出した物体は、元の物質に戻ろうとすることはありません。不可逆の変容をもたらし、万物を一つの意志のもとに制御しようとする。それが錬金術で、可逆性の有無が変身術との違いです。」

 

「うむ。ハリーはよく勉強してきたようだ。錬金術は君の言う通り、一方通行。言わば、取り返しのつかない魔法なのだ」

 

 ダンブルドアの持つ圧力がより重さを増したようにハリーには感じられた。それも当たり前である。

 

 変身術にせよ魔法薬学にせよ薬草学にせよ、人体にとって悪影響を与える可能性は常に存在する。にも関わらず錬金術を学ぶことに制約が設けられているのは、錬金術によってもたらされる結果にはそれらよりも重い責任が発生するからだ。

 

「ゆえに錬金術で生み出す物体についても、人は細心の注意を払わなくてはならない。一年生の時に君が受けた被害を考えるまでもなく、錬金術を用いれば魔法使いにとってさえ夢のような秘術にも手が届く。……しかし、悪夢のような悪意をも引き寄せる」

 

(……)

 

 ハリーはクィレルとヴォルデモートのことを頭から追い払っていた。しっかりと心を閉ざせているか確認するために、ダンブルドアの瞳を見た。

 

(解らない。……ダンブルドアからは何も見えない……)

 

 ダンブルドアがハリーの内心を察しているのか、それとも察していてあえて察していないふりをしているのか。ハリーには推し量ることすらできなかった。

 

 ハリーにとって錬金術の授業は、アルバス・ダンブルドアに対する挑戦のようなものであった。

 ハリーは難解な錬金術の知識以上に、アルバス・ダンブルドアという一人の魔法使いそのものを知るために錬金術を受けているようなものであった。




カテジナの流した噂を聞いた関係者

ダフネ「は?」
ロン「は?」
ハーマイオニー「は?」
ハリー「は?」

関係者全員誰も得しない地獄の噂です。まぁザビニは笑い飛ばしましたが。
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