「予想通りセクタムセンプラは闇の魔術だったよ。ポンフリー教授から対処方法を教わったけど修得は難航しそうだ」
「やっぱな。そんなにムズいのか?」
「これまで修得した魔法の中でも最高難易度かもしれないね」
『ハリー。マウスを喰えるって話はどうなった?』
『ごめんよ。鳥の卵で我慢してくれ、アスクレピオス』
『そうか……まぁ良いぜ。タマゴは消化に良いからな』
ハリー、ザビニ、アズラエルの三人とアスクレピオスという蛇一匹だけの会話が続く。寮の部屋内の会話が外に漏れないようマフリアートによって音を塞ぎ、仲間だけの秘密の会議だ。
ハーマイオニーに対して黙って闇の魔術を検証したと言う後ろめたさはあったが、得たものは大きかった。ハリーはベッドで寝転がって『クィディッチ月報』をめくるザビニに対抗呪文の難易度を伝える。
「セクタムセンプラに対して、呪いの進行を止めて治癒をするにはヴァルネラ・サネントゥールしかない。モルモットを使った実験は出来るし、繰り返せばヴァルネラ・サネントゥールの精度は上げられる」
「だけど現実問題として、その訓練では人体の吻合をしているわけじゃない」
「本番そのときになってみないとわからない……ですか。ま、パトロナスも似たようなものですね。難易度の高い魔法であればあるほど、使用する状況は限定的になる」
アズラエルの言葉にハリーもザビニも頷いた。
Newt課程で学ぶ魔法というものは、owl課程で修得してきた魔法より難易度が高いものばかりになる。修得には多大な時間と労力を費やすばかりか、基礎が出来ていなければ修得不可能という事態にも発展しうるのだ。
今のハリーが、エクスペクト・パトローナムを使えないように。早い段階で高難易度の魔法に触れてしまい、その結果その魔法に苦手意識を持つこともある。だからこそ、魔法省は六年生以降に修得してくださいねと規定しているのだ。
五年生までが魔法使いとしての基礎を叩き上げるための汎用性に優れた魔法とすれば、六年生以降は魔法族の中でも特に専門性の高い魔法を学ぶ。当然、『使いこなす』ためのハードルも高いのである。
「実際に闇の魔術によって切断された人体を治癒する時の難易度は想像を絶するよ」
「そういう場合でも基本は練習だろ。……あー、でも人体は無理か」
「自分の体で試すって手もあるけど流石にね……」
ハリーは冗談のつもりで言ったのだが、ザビニとアズラエルは真顔になった。
「それだけはやめてくださいね?何かあっても責任取れませんよ」
「こえーこと言うなよハリー。お前が言うと本当にやりそうなんだよ」
「ごめんごめん、ろくでもないジョークだった」
謝ったあと、ハリーは卵をアスクレピオスに与えてザビニに言った。
「ヴァルネラ・サネントゥールを本気で実用的なレベルまで修得するなら人体実験は必要だろうね。……遺体を使っての臨床実験でもできれば別だけど。ホグワーツでは難しいね」
「それこそ、資格持ちのヒーラーでも無理ですよ。魔法族はマグルとは違います。遺体は原則としてすぐ埋葬しますし……闇の魔法使いでもなければ、死後の解剖実験なんてしていません」
アズラエルは強ばった顔で言った。ハリーもそうだね、と頷いた。
(……死後の解剖なんてマグルでも拒否する遺族が殆どだろうしな……)
ハリーはマグル社会から隔絶して久しい。ゆえに英国における一般的なマグルの常識についてはもはやあやふやだが、魔法族でも遺体を切り刻むなどもっての他だと考えるものが大半だろう。
(……思ったよりぶっ飛んだことやってんな、ヒーラーは。プロのクィディッチ選手もそうだが。……)
ハリーの話を聞きながらザビニはヒーラーの偉大さを想像していた。ごくごく限定的な状況に限定した失敗が許されないような超高難易度の魔法を、長い時間をかけて完璧に修得し、『いざその時』に備えておかなくてはならないのだ。
アズラエルはハリーを激励した。
「今出来ることを可能な限り進めていくしかないですよ。焦っても仕方ありません。……セクタムセンプラは修得したんでしょう?」
「……ああ。」
ハリーは少し戸惑ってから言った。
「なら、良かったじゃありませんか。一つ武器が増えたし、その武器に対抗するための手段も学んでいる。前進の途中というだけですよ」
「ありがとう、アズラエル」
ハリーにとってアズラエルから肯定の言葉を投げ掛けられるのは心地よいことだった。
周囲の人間、特にハリーの名誉が回復されてから掌を返してきた人々の言葉は信用できない。また都合良く掌を返してくることは解りきっているからだ。
親友であったハーマイオニーとの間でさえ、ハリー自身の落ち度によって距離が出来ていることをハリーは察していた。
だからこそ、ハリーが闇の魔術に堕ちようとも態度を変えないアズラエルやザビニやダフネにハリーは依存していた。
ハリーと同じように決して世間から良い目では見られないスリザリン生であるからこそ、世間ではなくハリーを選んでくれているという感謝の気持ちが沸き上がるのだ。間違っていると理解していても、その喜びから逃れるのは難しかった。
「闇の魔術を極めることが後ろめたいですか?」
「……闇の魔術を極めている訳じゃないよ、アズラエル。僕はただ、ヴォルデモートを殺害するための手段とヴォルデモートがもたらす闇の魔術に堕ちようとも対抗するための手段を探しているだけだ」
(……いや……自分で言っててなんだけど嘘くさいなこの言葉)
ハリーは言った。本心からのものではあったが、自分で言ってこれ程説得力に欠けた言葉も無いだろうと思った。
ヴァルネラ・サネントゥール修得のための行為ではあるのだが、これを知ればハーマイオニーがいい顔はしないとハリー自身解っていた。だからこそ、ハリーはダフネにポンフリー校医との訓練をハーマイオニーに話さないよう口止めしていた。
ザビニはパラパラとクィディッチ月報をめくり終え、バタン、と本を閉じた。
「あんま深く考えんなよ、二人とも。闇の魔術について考えすぎると足元がふらつくぜ?」
「でもハリーは飛べるじゃあないですか」
冗談目かしてアズラエルが笑った。ザビニはあきれた様子でアズラエルに苦笑いしたが、続くアズラエルの言葉に顔を驚かせた。
「ハリー。ザビニ。ハーマイオニーが言った、『アバダケダブラによってヴォルデモートを殺すことは出来ない』という事実、覚えてますよね?闇の魔術ではやつを殺せない。それについて僕は少し考えてみたんですよ」
「……ん?」
「考えたって?」
「ええ。いえね、ヴォルデモートはハリーにアバダケダブラをかけた。そして、愛の護りに跳ね返され、一度肉体が消滅した。ここまでは確実ですよね。愛の護りが闇の魔術を跳ね返したというのは」
「……そりゃあ、そうなんだろうな」
ザビニは無表情で頷いた。ザビニの母親、キシリアの愛の魔法によってザビニがベラトリクス・レストレンジのクルシオ・マキシマを跳ね返したことを思い出しているのは明白だった。
「そう。だけど、それだけでは殺せはしなかった。ヴォルデモートは肉体を復活させたんだ」
ハリーは素早くアズラエルに言った。ザビニの心情を慮り、愛の護りのことについてはあまり触れたくはなかった。
「ええ。ヴォルデモートは肉体を取り戻す前でもクィレル教授に取り憑いてホグワーツに入り込んだりしたこともあります。……この事実から、僕はある推測を立ててみたんですよ」
「仮説?」
「ヴォルデモートは肉体と魂を分離させる手段があるのではないか、ということです。ここまでの話で何か疑問はありませんか?」
「疑問?アズラエルの話に矛盾があったってことか?特におかしなところはねーだろ」
ザビニは首をかしげた。
「魂を切り離す魔法を持ってるやつだったからアバダケダブラを受けても生き残れた。……ハーマイオニーも、だからこそ闇の魔術なんてやつには無意味だって言ってる。そういうことだろ、ハリー」
「それは間違いないよ。アバダケダブラは、敵の肉体と魂を切り離すことで肉体を損なわさせずに敵に死を与える魔法だから」
(……ん?)
ハリーは自分で言ってはっとした。
「……ん?ヴォルデモートの肉体は……どうしたんだ?」
「そこです」
アズラエルは真顔で言った。
「ヴォルデモートの肉体は並の魔法では太刀打ち出来ない。しかし、ヴォルデモートのアバダケダブラによって肉体から魂が切り離された瞬間消滅した。アバダケダブラを使っても同じことの繰り返しになる、ということは解りますけどね、僕はここに何かヒントが隠れているのではないかと思うんですよ」
「…………」
「……ヒント。ヒントねぇ……」
ザビニはううんと唸った。
「……俺にはわかんねーや。ハリー、なんか解るか?」
「そう言われてもね。僕に解ることなんて……」
ハリーは考えながら事実から推測を述べた。
「……………魂が切り離された瞬間にヴォルデモートの肉体は消滅した。ということは逆説的に……ヴォルデモートを構成しているのは、ヴォルデモートの魂なのかなってことくらいだ。」
「やはりそう思いますか!やはり君も僕と同じ考えのようですね!」
ハリーの言葉を聞いて、アズラエルは自分の考えに確信を持ったようだった。アズラエルは目を輝かせてハリーの手を取った。
「ヴォルデモートの不死身の秘密は、魂にある。これは間違いありません。……ハーマイオニーは闇の魔術ではやつを殺せないと言いましたし、僕もそれについて賛同しましたが……不死身のギミックはやはり、やつが闇の魔術を極めたことが原因に違いありません!」
「落ち着けよアズ!」
アズラエルは興奮して例のノッた顔になっていた。ザビニが制すると、こほんと咳払いをしてベッドに座り直す。
「いや……そんな興奮することか?帝王が闇の魔術を極めてるなんて当たり前だろ。ダークロードって自称してんだし」
「……いや。やつの不死身の原因を推測できているっていうだけでもかなりの前進だよ、ザビニ」
ハリーも思わず笑みが溢れた。希望が無い闇の中で、一筋の光明に照らされた気がした。
「……闇の魔術の中には、魂に干渉する魔法があることは間違いないよ。肉体に干渉せず殺害するアバダケダブラがあるから。ヴォルデモートはそれによって不死身になった。けれど裏を返せば……」
「……ヴォルデモートの魂に干渉することさえ出来れば。やつの不死性を剥がすことが出来る可能性があるんですよ!」
ザビニは脳内でハリーとアズラエルの言葉を咀嚼していたが、やがてつう、と頬から汗を流した。ごくり、と鍔を飲み込む音が聞こえた。
「………………やベーな。もしかして……ここまで辿り着いたの俺らがはじめてじゃねぇか?」
「……そうだね。皆がヴォルデモートのことを復活した不死身の化物だと思っている。……だけど」
「ハリーがやられた当時の状況知ってるのも俺らだけだ。……ヴォルデモートは俺らが不死身の秘密に勘づくとは思ってねーだろ。やつから見れば、俺たちはどう考えても戦力外の雑魚だからな」
「……あくまでも推測に過ぎません。まだ……ハーマイオニー達にも黙っておきましょう。……ハリー、ダンブルドアへの報告、頼みますよ」
(……ダンブルドアは……この可能性に辿り着いているんだろうか?)
(……クィレル教授のことや、ヴォルデモートが肉体を得て復活したことはダンブルドアも知っている。……ダンブルドアなら、もしかして……)
(……アズラエルの気持ちが良く解る。……この話は……信頼できる人間と共有しておきたい)
ハリーはアズラエルの推測をダンブルドアならば既に検証しているのではないかと思った。同時に、この仮説だけに囚われるのも危険だとハリーは脳内で警鐘を鳴らしていた。
「オーケー。でも、期待はしないでね。ヴォルデモートが僕らの知らない不死身の手段を持っていたとして、それが一つだけとは限らないんだから」
ハリーは笑っていった。
ハリー達は通常のホグワーツ生やグリフィンドール生よりも、闇に触れすぎた。
結果として、ハリー達は知らないうちにヴォルデモートの不死の秘密に手を掛けることになった。敵を知るために蓄積した知識や憎悪は、決して無駄ではなかったのである。
***
週末、ハリーとザビニはスラグ・クラブに招かれた。クラブにはハーマイオニーやジニー、ネビル、カロー姉妹なども招かれていた。
カロー姉妹やザビニの姿を見て、グリフィンドールのコーマック・マクラーゲンは一瞬その尊大な顔に驚きを浮かべた。が、ホラス教授の前では取り繕った笑みを装った。
「集まってくれて非常に嬉しいよ。さぁさぁさぁ、ハリー。君たちの話について詳しく聞かせてくれないだろうか?」
「ああ、そうですね。何から話そうかな?」
「トップバッターは俺っすね。一年の時、俺はハーマイオニーに命を救われましてね-」
「ちょっと、もう、ザビニったら……」
ザビニは先陣を切って場を盛り上げた。スラグクラブへと招かれたコーマックやベルビィ、カロー姉妹は表面上だけでもハリー達と合わせようという努力を見せてくれた。
ハリーもコーマックを立てて『自分の見た中で一二を争うシーカーです』と言うと、コーマックは態度を和らげた。コーマックはプライドの高い男ではあるが、グリフィンドールのシーカーに選ばれチームを優勝に導いた力そのものは本物だった。
スラグクラブに招かれた面々はホラスからもたらされる利益を重視してか、場を乱さず和を重視する面々だった。しかし、ホラスはその中でも才能が見られないと感じた面々に対しては、露骨に興味を無くしていた。ベルビィとネビルは途中から会場の隅で食事を摂っていた。
***
「どうだったかな諸君。パーティーは楽しんだかね?」
「ええ、本当に気持ちの良い人達ばかりでした」
ハリーはホラス相手には最大の敬意と細心の注意を払っていた。ダンブルドアがハリーとハーマイオニーまで使ってホラスを招聘したというのもあるが、今の情勢下でホグワーツへと戻ることの意味はとてつもなく重かったからだ。
ホラスの行動は単に保身や栄光を求めているだけでは絶対に不可能なのである。
「……ボビンは薬問屋を営んでいます。ということは、彼女の一族と交流すればゆくゆくは自分の薬品を世に出すチャンスも増えるだろう。……どうだね、彼女は?」
「将来有望な魔女ですね」
ハリーは愛想良くお世辞を述べると、ホラスは気を良くした。
「コーマックもプロから注目される逸材だ。……君の友人のザビニもプロを目指していると聞いたよ。彼らの交流は将来よりよい刺激を生むでしょう」
「スラグボーン教授が居なければ彼らと知り合うことは出来ませんでした。本当にありがとうございます」
ホラスが集めたメンバーは計らずもハリー達にとっては益のある面々だった。ハリーがその事について感謝を伝えると、ホラスはとても満足げに頷いた。
「……ところで、ハリー。君に……聞いておきたいのだが」
「……………………ミズ・グリーングラスの父は……その。怪しげな団体と関わりがある…」
ホラスはハリーに気を遣ってか、言いづらそうにしていた。
「……スラグホーン教授。僕にとって、彼女の両親がどうであるかは問題ではありません。……彼女をパーティーに招いても構いませんか?」
「う、うむ。きみがそう言うのであれば……」
ホラスはハリーを望む方向へ誘導できなかったことに落胆するような視線を向けた。しかし、ハリーもそこは譲れなかった。
スラグクラブの仲間=高校からの仲間。付き合いも浅い
ロンやアズラエルやザビニやダフネやハーマイオニー=小学校からの仲間。
裏の集会の仲間=中学校からの仲間。
ここのハリーが打ち解けるには時間がかかりそうです。
ホラスはお気に入りのハリーやザビニの改心のためには今の仲間(=アズラエルとかダフネとか)と引き離す必要があると思っていそうです。