土曜日。スリザリンクィディッチチームのレギュラー選抜試験が行われる。スリザリン生達は一様にグラウンドに集まってきた。グラウンドの対角線上にはグリフィンドール生達も集まっている。今日はグリフィンドールも選抜試験を行なうのだ。
ハリーはロンやシノの選抜合格を祈っているかと言うとそうでもなかった。選抜の前というのは慣れていても緊張するものだ。自分を追い落とそうと意気込むスリザリンの同胞達の視線を肌で感じながらハリーはニンバス2001の毛を1本1本まで確認し、先端を筆のように整えてていた。
(二代目とも長い付き合いだな。……今日も、いつも通りに飛べるかな)
箒の確認を終え、ザビニのストレッチを手伝った後ザビニに背中を押して貰う。
ハリーとザビニは無言で入念にアップを取っていた。他にも六年生、七年生を中心とした面々が我こそはとグラウンドに姿を見せウォームアップに取り組む中、一人の生徒は姿を見せなかった。
「……オイ……?どうしてだ……?」
「なんでだ。来てないのか……?」
スリザリン生達に激震が走っていた。その様子をハリーは冷めた目で眺めていた。
(……他人の心配をしている余裕があるなんて。雑だな。……こう考えているうちはぼくもまだまだってことなんだけど)
一人の生徒が姿を見せないことはスリザリン生としては確かに異常事態である。しかし、クィディッチ選抜に気を回す人間としては不適当である。一心不乱にウォームアップに取り組むべきだと、ザビニと共にグラウンドをひた走る。
クィディッチ選手はクィディッチのことを考えていれば良いのだ。自分が思い描くプレーをするために無言でウォームアップし、コンディションを整えているハリーとザビニに駆け寄ってくるものが居た。
「あの。マルフォイ先輩について何かご存知ではありませんか、先輩?」
まるでジニー・ウィーズリーのような濃い赤毛を持つ魔女がハリーとザビニに尋ねてきた。ハリーとは面識の無い下級生だった。
「ワオ。麗しのレディが選抜試験に来るなんて珍しいな。マファルダも選抜を受けるってわけか」
「レディだなんて、社交辞令がお上手ですね、ザビニ先輩?そうやって皆を口説いているといつか本命の方から刺されてしまいますよ?」
その魔女はハリーより頭一つ小さかった。シーカーか、或いはチェイサーを狙っているに違いない。ハリーは油断しないように魔女を観察した。スリザリン生の魔女はハリーとは一切の面識がなかったが、ザビニは彼女のことを知っているようだった。
「おーこわ。俺に限ってそんなドジは踏まないね。……それより?マルフォイが居ないから何だ?俺らがアイツに毒でも盛って来ないように脅した、とかならあり得るかもしれねぇけどな?」
ザビニはおどけて誤魔化そうとするが、赤毛の少女は引かなかった。
「そうやってはぐらかすということは、やはり先輩方が何か……」
(何だこの子は?)
赤毛の魔女ということで最初ジニー・ウィーズリーに近い印象を持ったが、ハリーは歳上に対して物怖じしない態度に少々面食らっていた。
(……この子はどういう子なんだ?見る限りウォームアップは万全の状態だ。……視線からして探りを入れてきたのは判るが……誰の差し金なんだろう)
「マファルダ、だったね?どうして僕らに聞くんだい?僕たちがマルフォイとはあまり仲が良くないことは猿にも判ると思うけど」
ハリーは笑って言うと、マファルダは自信満々に自身の見解を述べた。
「先輩方はここに集まったスリザリン生のなかで、動揺が見られませんでした。この場に居られる諸兄諸氏はみな周囲を気にしておられるのに落ち着き払って居られますわ」
「何かご存知であると考えるのは当然の帰結です」
(ドラコが来ないことは何となく判っていたけどね……)
ハリーはドラコの杖腕に闇の印、デスイーターの刺青が刻まれていると推測していた。もしもそうであるならば、ドラコがグラウンドに来る筈もなかった。
ハリーの心の中にも葛藤があった。単に自分自身の邪推、根拠の無い妄想であってほしいという思いがあった。マファルダ相手に本音を述べる理由はひとつもなかった。
「深読みが好きなんだね、君は。頭が回る子は好きだよ。たとえそれが勘違いだとしてもね。……君、これからポジション争いをする相手同士なんだ。仲良く会話なんてしない方がいい」
ハリーがマファルダへの対応を打ち切ったとき、キャプテンの証である銀色のバッジを着けた男子生徒が笛を吹いた。
「集ー合!……よし、いい反応だ。これからクィディッチ選抜試験を始めるぞ!シーカー希望の人間は前に出ろ!」
新しいキャプテンは七年生のアルフィー・アーカートであった。アーカートは白い肌と面白い大きさの鼻を持つ男子であったが、皆が顔を見合わせながら前に出ないので面食らっていた。
「……?……………オイ、マルフォイ坊っちゃんは?」
アーカートの問いに答える人間は誰も居なかったので、ハリーが答えた。
「腹痛のようですね」
「そ、そうか。……うむ。なら仕方ないか。」
アーカートは目に見えて動揺していた。彼の中ではマルフォイがシーカーで固定だったのだ。こういう非常事態にどう対応するかでリーダーとしての資質が問われる。アーカートは声を張り上げた。
「ならポッター!お前だ!お前が立候補しろ!」
「はい?」「そして!!この俺が!ポッターに勝つと言えるやつだけが立候補しろっ!」
アーカートがハリーの抗議を聞かずまた声をあげると、挙手する手が二つあった。
一人はマファルダ。赤毛を持つ彼女の脳内では、かつてマルフォイとしのぎを削ったハリーを打ち倒しシーカーとして成り上がるシンデレラストーリーが出来上がっているかのように顔を紅潮させていた。
そしてもう一人は、ライデン・マクネア。ライデンは暗く、光を写し出さない目でハリーを見ていた。
マファルダとライデンに触発されてか何人ものスリザリン生が手を挙げる。ハリーはアーカートに利用されたことを不本意に思いながらも、ライデンに申し訳なく思った。
ライデンはセドリック・ディゴリーが特に気にかけていた生徒である。
ハリーはセドリックから、ライデンのことを頼まれていた。しかし、自分のことにかまけていたのと、ワルデン・マクネア逮捕に絡んだのが自分であることの二点からライデンのケアを出来ていなかった。
そもそも、ザビニからも止められていた。
『ディゴリー先輩はお前に任せたって言うけどよー。お前から出来ることなんて何もねーよ。お前は世間的には英雄で、アイツは犯罪者の息子なんだぜ?上から同情なんてされてみろ。ますますグレるだろ』
そうザビニは言った。ハリーも頷けるところはあった。
(……僕に出来るのは、せいぜい彼の壁になって戦うことくらいか)
結果としてハリーが勝てばそれでよし。ライデンが勝てばライデンの溜飲が下がりよし。マファルダが勝てばマファルダにとってよし。ハリーはライデン、マファルダを含めた十人の生徒達とシーカーを決める戦いに望んだ。
***
時を少しだけ遡る。
ブレーズ・ザビニは純血主義者達が集まるサバトに顔を出していた。
「よう。ここにライデン・マクネアってのがいるだろ?ツラ貸せよ」
「げ……」
純血主義のサバトは現在ほぼ活動を停止しかけていた。
マグルの親族を持ち辛い経験をした半純血のスリザリン生や、純血のスリザリン生から気に入られたいスリザリン生達が集まるサバトではあったが、本当に暗黒時代が到来してヴォルデモートによる殺戮が繰り返されてきたとき、サバトに加入していた面々は何人も辞めていった。
恐ろしくなったのだ。これまでの差別が消えたわけではないが、人として真っ当な判断でありまだ早い段階で引き返すことを選べたと言えるだろう。
そしてライデン・マクネアは淀んだ目で無関心そうにサバトの中でヴォルデモートの切りぬきを眺めていた。
「……貴方のことは知ってます。お母様がデスイーターなんですよね?」
「どのツラ下げてポッターの友人なんてやってんです?お母様が殺した人々に恥ずかしくないんですか?」
(あー、コイツ真面目が過ぎて堕ちたタイプか~……)
ライデンの姿を一目見て、ザビニはライデンの胸中を何となく察した。
DAの集会において、ライデンはカロー姉妹などのスリザリン生から可愛がられていた。スリザリン生として純血主義というわけでもなく、ホグワーツ生としての人生をライデンは謳歌していたのだ。
それが、父親のデスイーター発覚と逮捕によって全て一変した。ザビニの元にもたまに吠えメールや誹謗中傷、自称被害者遺族の、ザビニへの死を望む手紙が来るから判るのだ。
ライデンは周囲の手のひら返しにあった。それがデスイーターとの関わりを嫌ったカロー姉妹などのスリザリン生達か、デスイーターの影を恐れたホグワーツ生か、或いはもっと大きな世界そのものか。
とにかく、ライデンは裏切られ自暴自棄になっているのだ。
「ねぇな。生憎その手の皮肉は聞き飽きててな。お前、暇してるみたいだな」
「悪いですか?自分の意思で自分の余暇を使う。これ程有意義なことって他にありませんよね」
「おう、そうだな。あとは休日に好きな女子とデートでもできりゃあ最高だな」
「下らねぇ」
そう吐き捨てるライデンに、ザビニは悪魔のように囁いた。
「そう邪険にすんなよ。俺がここに来たのはよ、お前に頼みがあってきたんだよ」
「頼み?あんたが?僕に?接点なんて無かったじゃないですか」
「無いからいいんだろ。まぁ聞けよ」
「来週の末にクィディッチ選抜試験があんのは知ってるだろ?そこでお前にハリーを落として欲しいんだよ」
「あんた……ポッターの親友じゃあなかったのか……?」
(おっ食いついた!やっぱ言ってみるもんだな)
ライデンはゴミを見る目でザビニを見ていた。こう言えば乗ることはザビニには判っていた。
ハリーを見ているスリザリン生はいくつかの種類に別れる。無視する者、関り合いになりたくないと避ける者、嫌うもの。そしてザビニやアズラエルのように友人になりたいと思うもの。
ザビニは親友であると同時に、なぜ自分だけこんな思いをしなければならないのかと考えたことは一度ならずある。だから似た境遇のライデンがハリーに八つ当たりそのものな鬱憤を貯めていることもよく判っていた。
ハリーから、ライデンがセドリックからクィディッチを伝授されていることも知っているザビニはライデンの得意な要素でハリーを蹴落とせるぞと笑って言った。
「それとは別の話でな。俺はプロになりてぇんだが……ハリーが居るとな。そっちにばかり話題が取られてまぁ邪魔なわけだ。お前がハリーを妨害して蹴落としてくれれば、俺は得点王としてプロ入り。お前はウザイハリーの吠え面が見れる上に、おれの分け前まで貰える。……どうよ?」
そしてライデンは、ザビニの囁きに乗った。
***
「……やー。まさかこんなことになるとはなー。これは読めてなかったぜ」
ザビニは必死になってスニッチを探すライデンの姿を見て笑顔になっていた。
ライデン・マクネアは当初、ハリーを妨害しようとハリーのニンバスに沿うように動いていた。シーカー選抜志望者はニンバス2001への搭乗が許されるので、箒の性能に差はない。
が、ハリーは一瞬でライデンを振り切った。ライデンが面食らったのは言うまでもなかった。
「掘り出し物だったぜ。ライデンにマファルダか。」
ライデンは自分の側を横切ったスニッチを追うことに夢中になっていた。瞳には生気が宿り、マファルダの果敢なタックルには蹴りで応戦する。他の候補者達としのぎを削る彼らは真剣で、そして荒削りだが優秀だった。
(それでこそクィディッチだぜ……!)
ライデンも、ザビニと同じように頭魔法族でありクィディッチバカであったのだ。
候補者達がスニッチを見失ったとき、追う影があった。ハリーの影は黒い線となってスニッチを追う。ハリーは器用に背後から来るブラッジャーをかわした。その一瞬でハリーはスニッチを見失う。
マファルダの真紅の髪が箒のうえでたなびき、スニッチを追う。スニッチは軌道をマファルダの方へと変えた。
ライデンも負けじとスニッチを追う。金髪に染めた髪の毛がたなびき、真紅と稲妻が交錯する。
(上手ぇな……どいつも。俺も真似すっか)
ライデンは流石セドリックから教わっただけのことはあり、マファルダより大柄であるにも関わらずマファルダより速い。空気抵抗を殺せるように身を箒に密着させ進んでいた。
その時、ハリーは空中で動きを停めた。否、止めたようにザビニには見えた。
蹴りによって箒ごと宙返りし、反転、爆速でスニッチへと向かう。
マファルダ、ライデン、ハリーの手が交錯する。否、ライデンとマファルダが手を伸ばしたときにはもう決着はついていた。
この日、スリザリン・クィディッチチームに新しいシーカーが誕生した。
ハリーがシーカーに就任した後もライデンはグラウンドを去らなかった。ライデンはその後も選抜試験を受け、マファルダと共にビーターに就任した。
「おめでとさん。いい飛びっぷりだったぜ」
難なくチェイサーへと就任したザビニはライデンを労いスポーツドリンクを差し出した。ライデンは素直に受け取ろうとして、はっと気付いたように顔を背けた。
「……これでポッター先輩を合法的に殺す手段が出来ました」
そう言いながらも、ザビニにはライデンがハリーを後ろから撃つ姿はどうしても想像できなかった。
マファルダはローリング先生が没にしたウィーズリー家の親戚です。
モリーかアーサーどちらかの一族の親族にスクイブがおり、魔法界を離れ会計士の仕事をしていたそうですが、性格の悪い自分達の娘が魔女であると発覚しました。
その魔女こそマファルダです。