なんかハインケル・アストレアからはロン・ウィーズリーの気配がします(色々なところが大分違うけど劣等感と赤毛だけぴったりとはまる)。ハインケルを見ているとロンを書きたくなってきました。
「ハリー。グリフィンドールの編成が決まりましたよ!シーカーはいつも通りコーマック。チェイサーはケイティに、デメルザ・ロビンズ!そして、何とジニーです!」
聞き覚えのある名前の中に聞き覚えのない名前があった。ハーパーとベイジーが顔を見合わせて誰だっけと思い返す。
「ジニー?」「ほら、ウィーズリー家の……」
「そうか。ロンの妹さんとケイティ・ベルは知ってるけど最後の一人は知らないな……。ありがとうコリン。他のメンバーは?」
「キーパーはかなり競ったけどロン。ビーターは、リッチー・クートとジミー・ピークス。二人とも、かなり良いビーターです。双子ほどじゃないけど」
「それはそうさ。あの二人の代わりがそうそう居てたまるか」
選抜試験を終え、初のチーム練習を終えたハリーのもとに駆け寄ったのは何とグリフィンドールのコリン・クリービーであった。キャプテンのアーカートは怒鳴って追い出そうとしたものの、ハリーを見てすぐに口を引っ込めた。
「グリフィンドールはチェイサーを女子で揃える風潮でもあるんですか?」
「キャプテンがケイティ・ベルだしな。自分の庭であるチェイサーは女子で揃えた方が連携が取りやすいってのはまぁあんだろう。最後の年だし、ケイティワントップの1-2編成で来るかもしれねぇ。頭に入れとけよライデン」
「……わかってます。最上級生の意気込みが違うのは見ていればわかりますから」
ライデンが呆れたように呟くと、ザビニは笑いながらも冷静にグリフィンドールチームを分析し発破をかけた。ライデンは素直に頷く。
ハリーに対しては複雑な表情を見せるライデンであったが、ハリーはあまり気にしていなかった。ザビニの言う通りハリーのことを憎み嫌っているのは確かだろうが、クィディッチに対する熱意は並々ならぬものが感じられたのだ。
スリザリンチームが再始動したように、グリフィンドールチームもまたチームのメンバーが決定した。ハリーの知る面々に加えて、馴染みのない新たな戦力もいる。
今後よほどのことがなければグリフィンドールのオーダーが変わることはない。選手個人の癖を知っておくのは参考になると喜ぶハリーとは異なり、異を唱える者もいた。
スリザリンチーム期待の新人、三年生にしてレギュラーの座を掴んだ魔女のマファルダである。
「いや……どうしてグリフィンドールの癖に堂々とこっちに話しかけて来るんです?偵察のつもりですか?とっとと向こうへ行ってください。迷惑です」
「ええっ?僕はただ新しいスリザリンチームの皆さんに結成記念写真を一枚どうかなあと思って。どうですか!?結構うまく撮れるんですけど」
「撮って頂かなくて結構です!!そこを退かないと呪いをかけますよ!」
「いやー、おこられちゃいました」
「懐かしいやり取りだねぇ」
マファルダに噛みつかれたコリンはおどけながら舌を出した。全く反省の色はない。そしてハリーもコリンを咎める気は皆無である。
(ハリーのやつコリンを身内判定してやがる……まあいいか)
ザビニも最早コリンのことを気にしなかった。ザビニにとってコリンは居てうるさいくらいで特に害はない。写真を撮られることも別に悪い気はしないのである。
コリンはマファルダを意に介さずハリーに話しかけた。
「ハリー先輩。メンバーの練習風景を撮影した動画も撮っておきました。閲覧にはまだ時間がかかりますが……」
「よくやった。……本当によくやったね。いつ見れる?」
「来週の月曜には現像できます。魔法のせいでちょっとバグが起きてますが」
「わかった。じゃあ月曜日に決闘クラブで会おう。……それと、owlの対策でわからないところがあったら聞いてくれ。力になる」
ハリーの言葉はコリンを喜ばせたようだった。
「ありがとうございます!」
「って所属寮への忠誠心はないんかいっ!!」
コリンが嵐のように去っていく中、その背中にブーイングを浴びせていたのはマファルダであった。
「……信じられない。グリフィンドールって帰属意識とか愛寮心とか無いんですか……?」
ジニー・ウィーズリーに少し似た赤毛を持つマファルダはコリンに嫌悪とも侮蔑ともつかない視線を向けた。それはコリンの出自に対してではなく、グリフィンドール寮に対する裏切りに対するものであった。
「マファルダ。彼らグリフィンドール生は自分の信念に忠実なんだよ」
「信念に忠実?『有名人にぞっこん』の間違いでは?」
マファルダはチクリと刺を刺すのを忘れなかった。
「掌返しにかけてはグリフィンドールの右に出る寮は居ないと私は思います」
「コリンやハーマイオニーは僕を裏切ったことは一度もないからね。それは僕には当てはまらないよ」
「貴方を裏切らなくても我々に偽の情報を流すということは考えられますが?」
「マファルダ。君は他人から得た情報を鵜呑みにするのかい?」
ハリーは笑って言うとマファルダは図星をつかれたように一瞬黙った。
「クリービーの撮った内容が正しいかどうかはこれから解ってくることだよ。あくまでも参考情報のひとつとして見ればいいだけのことさ」
まだ納得がいかなさそうなマファルダを嗜めたのはザビニだった。
「ま。クリービーのことは気にすんなよ。あいつが良かれと思って俺らにデータを流してくれるお陰で対策が捗るんだ。……撮られるのが嫌なら俺から言っとくぜ?」
ザビニに微笑みかけられるとマファルダは微かに耳元を赤く染めた。
「いえ。……別に。彼がいきなり来たから驚いただけです」
(解りやすいな)
アーカートやハリーが笑顔でマファルダを見ているので、マファルダははっとして咳をし、ハリーに言った。
「……ポッター先輩とクリービーを先輩後輩の間柄だと思っていましたが訂正します。信者と教祖ですよね?どんな手を使ってあの人を洗脳したんですかポッター先輩?」
「洗脳……?結構とんでもないことを言うねマファルダは」
「あんな奇行をする人間がいてたまりますか。……え、何ですかその顔は?」
ハリーとザビニは意味深に視線を交わした。マファルダはついていけずに困惑する。
「世の中には居るんだよ。自分の常識では推し量れない人が」
「なんつっても、ここは魔法界だからな」
笑いながらも、ハリーは少し気が緩んでいたと思い直した。
(……とはいえこれは僕の責任だったな……)
ハリーがコリンのやり方に寛容になるのはいい。寛容さの敷居を上げるのは人として大切なことである。
が、だからと言ってチームメイトに不快な思いをさせてはいけない。ハリーやザビニの個人的な寛容さと、スリザリンクィディッチチームという集団が許容できる寛容さとはことなる。
これもまた、大切なことである。
ハリーはマファルダに謝った。
「マファルダ。コリンに関して不快な思いをさせたのなら僕の落ち度だ。グリフィンドール生がいると練習に集中できないとか、写真を撮られるのが嫌だっていう気持ちはよくわかる。コリンには僕から言っておくよ」
「よろしくお願いしますね?」
「……これは怪我の功名かな。助かったよポッター」
皮肉とも賛辞ともつかない言葉にハリーは思わず聞き返した。
「何がですか、アーカート先輩」
「あのマファルダとかいう生徒の評判を前に聞いたことがあったんだ。彼女は誰彼構わず上から目線で噛みつく狂犬だと評判でね。だが、この分なら問題なさそうだ」
アーカートは自分とハリー、そしてザビニしか周囲に居ないことを確認してから話していた。リーダーが容易く本音を明かせるはずもないし、マファルダに関する評価を鵜呑みにする気もないハリーではあったが、アーカートがチームの運営について考えを持っていることを確認し心を穏やかにする。
「……正直、ルーキー達のコントロールに苦労すると思ったが……」
アーカートは、意気揚々と引き揚げていくマファルダに視線を向け、ふっと口の端を上げた。
「思ったより楽になりそうだ」
「頼みますよキャプテン。部内の不和を締めるのはキャプテンの仕事っすよ?」
ザビニがアーカートを嗜めるが、アーカートは気楽そうに首を横にふった。
「内部統制ってのは難しい。叱りつけて俺がヘイトを買うのは別に良いが、言って聞く相手かどうかは接して見なければわからない。それに締めるにしても、ルーキー達の個性を潰さずに団結できるならそれに越したことはない」
ハリーはアーカートに追従することにした。アーカートが後輩たちに寛容な方針であることはハリーにとっても有り難かった。
「僕もそう思います。これから先のスリザリンチームのためにも、マファルダやライデンには色々と学びながら成長できる雰囲気であった方が良い」
「ええかっこしぃだな。そんなに甘くねーってのはハリーもよく解ってんだろ?体育会系ってのは締めるところは締めねーと」
ザビニの指摘にはハリーも思い至る部分はあった。
「それでも、だよザビニ」
(……まぁ、ザビニの言葉も一理はあるんだけどね……)
(……優しいだけでは何も成すことはできない。それは解ってる。問題は締め方だ……)
去年ハリーは裏の集会においてラベンダー・ブラウンやパールヴァティー・パチルに甘い対応をし、事実上の離反を招いた。
二人がグリフィンドール生でハーマイオニーの友人であったために強く出られなかった、という政治的事情はあった。
それでもリーダーは全体のためには時に己への批判や非難を恐れず強く出るべき時というものはある。最初から二人を切り捨てその意見を却下するような態度であればまだ結果は違ったかもしれない。
「心配は要らない。俺に任せておけよ」
七年生であるアーカートは自信ありげに微笑んだ。
「いつの時代も、内部を結束させるのは外部からの侵略者さ。クリービーへのヘイトがあるうちはそれがグリフィンドール寮生へのヘイトになり、『でしゃばりのマファルダ』も部内に不和は持ち込まない」
(……部内に不和……?あの娘は一体何を……?)
こうしてスリザリンクィディッチチーム結成初日はコリン・クリービーという異分子に振り回されて終えた。当初マクネアやマファルダをどう使いこなすべきか思案していたアーカートは、不安要素コリンという外部からのインパクトにかき消されたことを密かに喜んでいた。
ハリーはマファルダという後輩がここまで言われるほどの行いをしたのだろうかと気になったが、ダンブルドアの特別講義が近づいていた。ハリーは急いでシャワーを浴びて着替えると、ザビニに箒を預けて素早く校長室に向かった。
***
ロン・ウィーズリーはグリフィンドールの談話室で落胆する心を落ち着かせていた。
苦戦したものの、PK戦の末に同期のシェーマスやディーンに勝ってキーパーに就任した高揚感は今はない。選抜試験の結果今グリフィンドールチームでもっとも期待されているのは妹のジニー・ウィーズリーであった。ジニーに圧倒的な得点力によって、キャプテンのケイティ・ベルすら抑え真っ先にチェイサー合格したのだ。
ウィーズリー家は優秀だ。ただ一人自分を除いては。
それがロンのコンプレックスとなって常に付きまとっていた。しかし、無事選抜試験に合格したことで、家族に対するコンプレックスはひとまずは落ち着いていた。
今のロンにあるのは、これからダンブルドアの個人指導を受けるハリーとハーマイオニーに混ざれないという落胆だった。
ロンはハーマイオニーと共にハリーに課せられた運命を聞いていた。ハリーがヴォルデモートによって特別に『させられた』ことも、ヴォルデモートを倒すためにこれからダンブルドアの個人指導を受けることも。
それに貢献できないことが悔しい。
否、否、否。それは取り繕った感情だった。親友としてそう思いたい気持ちはある。決して偽りではない。親友の仇として……そしてハリーやハーマイオニーら親友達を守るために、闇陣営やヴォルデモートに立ち向かいたいという正義の心は紛れもなくロンの中にも煮えたぎっている。
しかし、それだけではなかった。
対ヴォルデモートの特別授業に混ざれないことが妬ましい。
自分は要らないのだと言われているような気がする。
『特別』にはなれず、どこまでいっても普通の域を出ない。そんな自分がひたすらに情けなく思えてくるのである。
ハリーやハーマイオニーやザビニ、果てはジニーすら誘われたスラグクラブにも自分が誘われることはなかった。
自分は第三者で、誰かのおまけでしかない。
ウィーズリー家に居た時と同じように。
ロンはそんな自分自身がひたすらに憎かった。
(落ち着け、俺。……ちゃんと笑顔を作れよ。笑ってハーマイオニーを送り出せ。出来るだろ?)
(昔からずっとそうだったじゃねぇか……)
そんな負の感情を圧し殺し、ロンはハーマイオニーへと最高の笑顔を作って見せた。
自分に言い聞かせる言葉すら実は正しくはない。
一年生、二年生、三年生の頃は、確かに対等だった。ロンはロンなりに出来ることを精一杯やりきったという自負があった。
だが、置いていかれたのだ。ロンは無意識に、成長する二人から自分だけが取り残されてしまったかのように感じていた。
「ダンブルドアの授業だよな。頑張れよ、ハーマイオニー」
「ええ、行ってくるわね。……ロン……」
ハーマイオニーはロンを振り返ると、何か言おうと口をモゴモゴと動かした。
「え、何て?」
「何でもないわ!私、行くわね!」
「お、おう……頑張れよ」
急に怒り出したハーマイオニーに呆気を取られながら、ロンは大口を開けてハーマイオニーを見送った。
(……なんか……悪いこと言ったのかな俺?)
後でザビニにやり取りを話してアドバイスでもロンは貰おうかと思ったとき、ロンは自分に駆け寄る女子生徒に気付いた。
「ロン!聞いたわよ、キーパーに合格したって!凄いじゃない!」
「え?あ、ああ……ありがとな、ラベンダー」
ロンは見知ったブロンドの女子に褒められ満更でもなさそうに頷いた。
(……まぁ……考えねぇようにしよう。俺は俺の出来たことを認めればいいんだし。試験には実力で受かったんだし……)
ロンは知らない。グリフィンドール寮生達もまだ知らない。
キーパーを決定する試験の際に、ハーマイオニーが密かにチェイサーに対してコンファンド(錯乱)の呪いをかけたことを。
それを知れば、ロンは平静を保つことは出来なかっただろう。自分の努力で得たはずの結果や自尊心ですら仮初めのものでしかないと思い知らされることほど、男子の……否、人としてのプライドを傷つけるものはないからだ。
その事実を知っているのは今のところ不正を働いたハーマイオニーと、ビデオカメラを回して試験の様子を撮影し、映像を超速確認する途中で気付いたコリンだけであった。
コリンは先輩達の名誉を守るために貴重な時間を割いて映像に隠蔽のための魔法をかけることになる。
***
(チャンスだわ)
と、ラベンダー・ブラウンの中の何かが囁いた。
それは敬愛するトレローニ教授とフィレンツェ教授の教えによる真眼によるものか、それともラベンダーのそうあってほしいという妄想か。
選抜試験を終えて少しだけ上気した顔のロンとハーマイオニーの様子はぎこちない。そう、普段よりも少しだけ。
ハーマイオニーと付き合いの長いラベンダーには何があったのかまでは解らなくとも、微かな壁があることは解る。
とにかく、選抜試験を終えて帰ってきたロンに労いの言葉をかけるのは自分しか居ないと思った。
「ロン!聞いたわよ、キーパーに合格したって!凄いじゃない!」
「え?あ、ああ……ありがとな、ラベンダー」
ロンは陽気に笑って談話室から部屋に戻ろうとする。ラベンダーはチームのメンバーや戦術について盛んに尋ねた。ロンが喜ぶ話題を選びながら、少しずつロンを褒めていく。
(……私だってロンのことが好きなんだから……!!)
ハーマイオニーがロンのことを意識しているのはラベンダーも知っている。近くで見ていれば一目瞭然で、好意に気付いていないのはロンだけだ。
だからこそ……だからこそ、ラベンダーは勝負に出たがった。
ロンのことを意識し始めたのは五年生からだ。ラベンダーにとってロンはそこそこ仲のいいクラスメートでしかなかった。五年生のある時期までは、授業中に盛大なセクハラをかましてくる男子であった。少しだけ気になるという気持ちはあったが、どちらかと言えば少し反りが合わないハーマイオニーに対する牽制のような意味合いが強かった。
それが変わったのはDAに参加し、裏の集会に参加してから。ロンは慣れないラベンダーやパールヴァティーのことを気にかけてあれこれと話し掛け、手とり足とりラベンダーのために尽くしてくれたのである。
それこそ、自分に好意があるのではないだろうかと錯覚するくらいに。
その態度はラベンダーとパールヴァティーが密かにハリーによって裏の集会を追い出されても変わらず続いた。それがラベンダーにはとってどれだけ嬉しく心強かったかは筆舌に尽くしがたい。
ロンが神秘部に突入して医務室に担ぎ込まれたと聞いたときは自分でも訳が解らなくなるほど動揺したものだ。
「……けどまぁ、俺がスゲーって訳じゃあねぇんだけどな。去年だって誇れる成績じゃなかったし……」
(ここよ!!)
「そんなことないわよ。少なくとも私はロンのこと凄いと思っているし、期待してるから」
「凄い箒を持っているスリザリン生達相手に上手く立ち回るなんて私じゃ絶対無理。勝てっこないって諦めちゃうから。……でもロンはちゃんと試験に通って、あの恐ろしいポッター相手でも恐れず立ち向かってる」
ラベンダーにとってハリーは天敵であり、ある意味ではヴォルデモートよりも恐ろしい存在であった。ハリーが知るラベンダーの弱味が暴露されれば、ホグワーツにおける自分達の生活は地獄と化すのである。
「ロンは凄いことをやってるのよ」
だからこそ、ラベンダーは一切の偽りなくロンを称賛できた。もう自分にはハリー一味に立ち向かう勇気など残ってはいないからだ。
「私がロンのファン一号。ロンのこと見てるからね」
(わ、わざとらしい?あざとかったかな。話すことはパールヴァティーと相談しておけば良かったかも……?)
言っていてラベンダーは自分の頬がかあっと燃え上がるように熱を帯びるのを感じた。おそるおそるロンの顔を見る。
ロンは……とびっきりの笑顔で嬉しそうにラベンダーを見ていた。
「そう言われたら、
「……!!」
そう言って自室に戻るロンを見送りながら、ラベンダーはえもいわれぬ高揚感に身を任せていた。
(私のために……!)
今のラベンダーには世界は少しだけ輝いて見えていた。
『ラベンダーのために
ラベンダーはロンの言葉を、自分が最も言われたい言葉へと書き換える。
『
(…………私
ラベンダー・ブラウンの中で何かの火がついた。それは恋というべきか、愛と言わざるべきか、それとも別の何かか。
いずれにせよラベンダーがロンの言葉を脳内のものから現実のものにしたくなったのはこの瞬間であった。
***
「……何ニヤついてんだよ。気持ち悪いぞ」
「俺、笑ってた?そうか……」
寮の部屋に戻ったロンはシェーマスに指摘されて自分が笑っていたことに気づいた。
「試験に合格したからって油断するなよ。ロンが試合でダメだったらすぐにとって変わるんだからな……ディーンが」
「その流れでディーンなのか?」
ザムザがあきれた様子で突っ込みを入れるとロンは思わず吹き出した。
「笑ってる場合かよ。……初試合はスリザリンとの公式戦だろ?」
呆れるシェーマスを軽くいなしながらロンは笑みを崩さなかった。
ロンが無意識にラベンダーに一番言ってほしい言葉をかけたように、ラベンダーもまたロンの心に響く言葉を与えたのである。
劣等感が払拭されたわけではなかった。
それでも、たった一人でも自分に期待してくれている。それがロンにとっては堪らなく嬉しかったのである。
勝つためにチームの動きをどう組み立てるか。グリフィンドールのキーパーとして、そして裏の集会の潤滑油として。ロンは自分が考えるのはそれで良いと、少しだけ思えたのである。
***
「ハリー。そして、ハーマイオニー。今日ここに君達を招き入れたのは、ボブ・オグデン氏の記憶を見て貰うためだ」
「ボブ・オグデン氏……?その人は何をされていた方なのですか、校長先生?」
ハリーは即座にダンブルドアに聞き返した。
ほぼ毎年のように校長室に呼び出される経験があるハリーは慣れたものだった。しかし、ハーマイオニーは違う。じろじろと値踏みをするように自分を観察する歴代校長の肖像画を前に完全に恐縮している。
「オグデンは魔法省法執行部の職員だった。しばらく前に亡くなられたが。彼はその日、執行部の関知した魔法の不正使用に対応するためある村を訪れた。君達にはまずは彼の記憶を確認して貰いたい」
ダンブルドアはペンシーブの栓を手で抜くのに苦労していた。ハーマイオニーは栓を抜こうと杖を構えたが、ハリーは先生、と言ってハーマイオニーの手を止めた。
「ダンブルドア先生。アズラエルが推測していたことがあるんです。ヴォルデモートに関する話です。少しだけお時間を頂けませんか?」
「……ふむ、それは構わない。君達の疑問に全て答えられるかどうかはわからないが」
そしてハリーはダンブルドアに憶測を話した。ヴォルデモートが肉体と魂を分離できること、アバダケダブラによって肉体と魂を分離しても意味がないという二つの解っている事実。
そして、魂に干渉する何らかの魔法であればヴォルデモートを殺せるのではないかという考察について。
「………………ハリー。ミスタ・アズラエルがそう推測したのかね?」
「はい。ヴォルデモートの肉体を滅ぼした場合、ヴォルデモートは配下や無理矢理乗っ取った手下を操って復活することが出来ます。ですが、ヴォルデモートの魂そのものを殺害……或いは消滅させるすることが出来れば、ヴォルデモートは復活できなくなる」
「……肉体ではなく、魂……」
ハーマイオニーの呟きが校長室に響いた。気付けば口々にお喋りをしていた校長室の肖像画は口を閉じ、視線をハリーやハーマイオニーへと向けていた。
ダンブルドアは顎髭を撫でながら何か思案するようにハリーの瞳を見ていた。
「…先生、魂に干渉する魔法はあるのでしょうか。もしもあるとすれば、先生ならそれを御存知なのではありませんか?」
「知らない、と言っておこう」
(……本当に?)
ハリーは嘘に違いないと思った。ダンブルドアの瞳は澄んでいて、ハリーの話を聞いても動揺する様子は欠片もない。
「現段階ではまだ推測の域を出ない。ヴォルデモートが魂のみの状態から復活したことは紛れもない事実ではある。しかし問題は……彼が『どうやって』そこに至ったのか」
「どういうことですか?」
ハリーは思わず聞き返したが、ハーマイオニーは即座にダンブルドアの言葉を理解した。
「……魂を操る魔法には種類があるんですね、ダンブルドア先生。魔法界には無数に魂に関わる魔法がある。その魔法の細部を特定しなければ、私達は習得すら困難な対抗魔法を一つ一つ会得するためにあまりにも膨大な時間をかけることになる……」
「流石はハーマイオニー。私の説明不足を補ってくれてありがとう。ハリー、いささか迂遠にも思えるかもしれないが、理解してほしい」
「物事には手順を整えることが必要だ。敵の正体が明らかではないうちから憶測のままに動けば、神秘部の戦いのように手痛いしっぺ返しを喰らうことになる。……君達の推測は非常に興味深いものだった。だが、もしも許されるならまずは敵を知ることから始めたい」
「……オグデン氏の記憶は、リドル・ハングルトンに駆けつけた時のものだ」
「リドル……?」
ハーマイオニーは聞き覚えのない響きに困惑する。ハリーははっとして思わず言った。
「……トム・リドル……!!」
ハリーが墓地の夢を見るたびに、トム・リドルの名前を想起していた。
トム・リドル・シニアの遺骨を使い復活したヴォルデモートを名乗るあの骸骨のような悪魔の本名であり、忌まわしく忘れがたい記憶。ハリーの脳裏にはトム・リドルの名前は決して忘れがたいほどに刻みついていた。
「承知しました。貴重なお時間を割いていただきありがとうございます、先生」
(……僕たちはかなり核心に近いところまで迫った。……けど、まだ先があるんだ……!)
ハリーが素直にダンブルドアの言葉に従ったのはダンブルドアの言葉が妥当なものであったからだ。現状では情報が不足していて、ヴォルデモートがどのような魔法によって不死性に至ったのかまるでわからない。
「……この記憶は……オグデン氏も見せることを躊躇っていた。あまり気分の良いものではないとだけ警告しておこう。……ハーマイオニー、頼めるかね?」
「はい、校長先生。グリセオ(滑れ)」
ハーマイオニーの魔法によって、栓は容易く開かれた。ペンシーブの栓が開けられ、ハリー、ハーマイオニー、そしてダンブルドアはかつてのボブ・オグデン氏の記憶に飲み込まれていった。
***
「……このペンシーブの中の記憶について、僕はふと疑問に思ったことがあるんです」
ハリー、ダンブルドア、そしてハーマイオニーはほとんど整備されていないような道を歩く縦縞のつながった水着の上にフロックコートとスパッツという喜天烈な組み合わせの男性をつけていた。その男性こそ、この記憶の主であるボブ・オグデンである。
魔法使いの中にもマグルの知識が豊富でありマグルに擬装出来る人間と、マグルと普段関わらず興味がないために擬装できない人間がいる。後者であるオグデンの後ろを歩きながら、ハリーはダンブルドアに問いかけた。ハーマイオニーは記憶の中にある建築物やオグデン氏に興味津々で、ハリーの話を聞く気はないようだった。
「ふむ、何かなハリー」
「……ペンシーブの記憶は本人が認識していない情報すら写し取っているように見えます。僕たちが今歩いているこの風景や音は……本当に正しい記憶だと言えるんでしょうか」
ハリーはペンシーブによって保存された記憶のなかに入り込んだことがあった。その場でも、そして今回もハリーは記憶のあるじの背後や周囲の空間を見ることが出来ていた。ダンブルドアはウズウズと答えたそうにしているハーマイオニーを名指しで指名した。
「それについて答えるのは私ではなくハーマイオニーがよいだろう。答えてあげなさい」
「……はい、先生。ハリー。この記憶の持ち主は死角であるはずの世界を認識できていない。それなのに、背後に鮮明な道が広がっているのはおかしいと言うことね。あなたの認識は正しいわハリー。こうやって切り取られた記憶は、オグデン氏が一度は認識した、過去の世界。この瞬間のオグデン氏が知覚している世界ではないわ」
「確かに今我々は、この時点のボブが認識していないはずの世界に立っている」
ハリーはハーマイオニーとダンブルドアの言葉に耳を傾けながらオグデン氏の後ろを歩いた。オグデン氏の足取りはだんだんと確信を持ったものに変わっている。目標が近づいているのだ。
「この『取り出された記憶』のなかには、ボブの視界の範囲外。つまりは知覚している前方や、聴覚や嗅覚で認識できる周囲以上の情報が載せられている。しかし、ボブをよく見なさい。ボブは時々道が正しいかどうか確認するために周囲を見渡している。ボブの脳はこの世界を一度は認識したというわけだ」
「……つまり、僕たちが居るのはオグデン氏が認識した世界の継ぎ接ぎ。オグデン氏の視界内部やそのごく周辺は、リアルタイムで信頼できる情報……ということかな、ハーマイオニー」
「そうよ。理解が早くて助かるわ。こうした記憶を閲覧する場合はその全てを鵜呑みにするのは不味いけれど、記憶の持ち主、この場合はオグデン氏の見聞きした情報は信頼できるはず……」
ハーマイオニーはそう話し終えかけたところで口を閉じた。オグデン氏がある家に向けて進み始めたからだ。
「……何かしらあれは……廃墟……?」
「……人が住んでいるようには思えない……ね」
ハリーもハーマイオニーに同意した。
それは家というにはあまりにも荒れ果てた小屋に見えた。
太陽の視界を遮るような木々に遮られ、周囲の干渉を拒むかのようにその家は存在していた。壁は苔やイラクサの蔓で覆われ、瓦は所々が剥がれ落ち、もう何年も手入れがなされていない窓ガラスには埃が見えた。
「………………」
ハリーは自らの背後に立つダンブルドアが無言であることが気になった。が、それより目の前の光景が気になり、ハリーの視線は謎の家に釘付けになった。
ダンブルドアはハリーを見ていた。ハリーはほとんど無意識のうちに杖を構えていたのだ。
『誰だ!』
鋭く警告する声がした。ハリーは微かに額の傷跡が痛んだような気がした。
しかし、オグデン氏は警告を無視して突き進む。ハリーは不用心すぎると思った。警告しているというのに。
「……不用心な人ですね、オグデン氏は。視界を遮るような木々があるのにそのまま進むなんて」
「え?何を言ってるの。オグデン氏は役人よ?」
ハリーが思わずそう呟くと、ハーマイオニーは不思議そうにハリーを見た。
「ハーマイオニーこそ何を言ってるんだい。あそこから話しているじゃないか……」
『お前を呼んだ覚えはない!立ち去れ!』
ハリーが指を指すのとほぼ同時に、オグデン氏は木から飛び下りて目の前に現れた男に驚いていた。
オグデン氏が驚くのも無理はなかった。男は魔法族の基準でも明らかに危険人物そのものであった。右手に杖を、左手に血塗れのナイフを持っていたのである。
小太りで一般的なマグルの服装とはかけ離れた装いのオグデン氏は、しかしその表情や立ち振舞いそのものは紳士の品格が感じられた。装いがおかしいとはいえ、身に付けているものはどれも小綺麗であった。
対する男はあまりにも荒れ果てていた。髪の毛は纏まらず歯の何本かは欠けており、視線も左右を彷徨っていて焦点が合っていない。ハーマイオニーは思わず男から目を逸らしていた。ハリーはこの時点であることに気付いた。
「!?な、なんです!?し、失礼ですがわたくしは魔法省のものです。事前に通告はさせていただきました。杖を……あとその危険なナイフを下げて頂けるとありがたいのですが…」
『魔法省?通告?知ったことか!』
「そうか……この男は蛇語を話しているんですね」
「そうなの、ハリー!?何て言ってるの!?」
「……見たままだよ。男はオグデン氏や魔法省の法律を聞く気はない。脅して威嚇している」
「……パーセルタングの持ち主がこんなところに?先生、これはどういうことですか?」
ハーマイオニーの問いにダンブルドアは答えなかった。まだ答える時間ではなかった。
『モーフィン。何をしている』
小屋の扉が開く音と、老いてしわがれた声がした。よく見れば小屋の扉には蛇の脱け殻が打ち付けられていた。
「ナイフの男はモーフィンと言うらしいよ」
ハリーがそう言ったところで、小屋から出てきた老人の全貌が明らかになった。モーフィンよりさらに一回りも小柄で、肩幅が広い。ハリーはその老人を一目見て年老いた猿を思い浮かべた。
『魔法省だとよ!俺達を捕まえるんだそうだ!穢れた血の分際で!穢らわしい!思い知らせてやる。そうだろう、親父!!』
『黙れ』
オグデン氏には目の前で繰り広げられるやり取りが理解できなかった。それはハーマイオニーもそうだったのだろう。彼女は老人とモーフィンが狂っているように見えたに違いない。
事実、ハリーの目にもモーフィンと老人は狂気に呑まれているように見えた。蛇語によってかろうじて会話しているとはいえ、モーフィンは英語すら話す気がないように見える。
(……ま……まさかコイツら……い、いや失礼だ。この人たちは……)
否、必要なかったのだろう。モーフィンは老人としか会話していないに違いないとハリーは思った。
モーフィンも英語を認識は出来るのだろう。しかし、話さなければ使うこともない。思わず目を背けたくなるような恐ろしい想像が頭をよぎり、ハリーの掌から汗がじわりと染みだした。
***
家に入ることを許されたオグデン氏は、モーフィンが法律を破ったことを粛々と説明した。
「そちらに居られるモーフィン・ゴーント氏は昨夜遅くマグルの前で魔法をかけたと信ずべき理由があります。私どもも、その詳細を確認しております。任意での同行に同意していただけるのであれば……」
「何だと?ふざけるな!我々がお前たちに従わされると言うのか!?」
そこから繰り広げられたやり取りの一部始終は醜悪で、哀れで、滑稽極まりないものであった。老人は激昂して自らのつけたゴーント一族の指輪を見せ、純血であることをことさらに主張した。
指輪が効果を発揮しないとわかると、ゴーント氏は自分の娘を引っ張り出してきた。娘もこの世の全てに絶望しきったような顔で、あまりにも薄汚い服装をしていた。目の焦点はあっていない。絶望のあまり世界をまともに見る気力すら無いのだ。
「これを見ろ!サラザール・スリザリンのロケットだ!我々こそあのスリザリンの正当なる末裔であり真の純血なのだ!」
その姿はどう見ても常軌を逸していた。ハリーは憐れみの感情が沸き上がってくると同時に、偽善でしかないという葛藤とで半々になった。
(……何だ、これは。僕は何をしているんだ)
ハリーの中でメローピーの姿が一瞬自分に重なった。老人はバーノンとペチュニアに、モーフィンはダドリーに。
人が、家庭が崩壊している様というものは不愉快なものだった。それを第三者が目撃するというのもまた不愉快極まりなかった。
ハリーの額は心の傷に反応するかのようにずきずきと痛みを発していた。
あまりにも無情すぎる光景だった。ハーマイオニーは絶句していた。
衝撃のあまり言葉も出せない。スリザリンの関係者だから、という話ではない。人が壊れている様をその目に見せられたのだ。ハーマイオニーには刺激が強すぎた。
ただひとつ人間の善意というものを感じられたとすれば、オグデン氏は如何なる脅しにも屈しなかった、という部分だろうか。
「あなた方が純血であるかどうかとこの話に関連性はありません。」
そうオグデン氏が答えたとき、小屋の外から声がした。
「オイオイセシリア。この場所は僕の領地じゃないんだ。ここに住んでるのは嫌われもののゴーントさ……」
そんな若者の声を聞くと、メローピー・ゴーントの頬に赤みが差した。それは家を恥じているに他ならなかった。
「何だその顔は?」
ゴーント氏はメローピーに怒り、暴力を働こうとした。あまりにも生々しい虐待にハーマイオニーは目を背けていた。
「……ここまでで、よいだろう」
ゴーント氏の手がメローピーの首に伸びた瞬間にダンブルドアは記憶を打ち切った。
「………………」
ハリーもハーマイオニーも無言だった。ふたりは目の前で繰り広げられた光景を受け入れるのに時間がかかっていた。
「……以上が、ゴーント家の顛末だ。……あの時、虐待されていた魔女が………………トム・リドル・ジュニアの産みの親だ。そして……ゴーント家のモーフィンが魔法をかけた相手が、トム・リドルシニア。トム・リドルの……遺伝上の父親だ」
ダンブルドアの言葉にハーマイオニーは驚きで目を丸くした。
「二人は結局、結婚したんですか?」
「法的には。……実態はことなる。あの後に魔法省によってゴーント家のマルボロとモーフィンが刑を受けて収監されると、メローピーは魔法によってトム・リドルシニアを手に入れた。」
「……インペリオ?」
「或いは、愛の妙薬であった方がロマンチックであったかも知れぬ」
「それだけはあり得ません」
ハリーはダンブルドアの言葉にはっきりと断じた。ハリーの額には明確な痛みがあり、ハリーの脳裏には二年生の時の苦い記憶が頭を過っていた。
二年生の時ハリーは愛の妙薬によってパンジー・パーキンソンに偽りの恋心を抱いた。恐ろしいことに、ハリーはそのままパンジーのいいなりになってハーマイオニーに『穢れた血』と言おうとしていたのである。
到底受け入れられるものではなかった。理屈ではなく感情がせめぎあい、ハリーはメローピーを悪と断ずることで平静を保った。
「…………そう思うかね?」
ダンブルドアは慈悲深い人間であった。ハリー自身、メローピーを哀れむ気持ちが湧かないわけではなかった。
「はい。メローピーの行いは間違いでした」
「……そうだ。それが正しい」
ダンブルドアもそれ以上にかける言葉が見つからないようであった。
ハリーの言葉にダンブルドアとハーマイオニーは何を思ったのであろうか。
寮へとハーマイオニーを送る間、ハーマイオニーもハリーも無言だった。ただ、ハリーは去り際に声をかけた。
「……ヴォルデモートの出自がどんなものであったとしても、それは……今のヴォルデモートの行動とは関係がない。そうだよね、ハーマイオニー」
「魔法で愛を手に入れようなんて間違ってる」
薄暗く、ハーマイオニーがどんな顔をしていたのかハリーには見えなかった。
「……ええ、その通りよハリー」
ハリーはハーマイオニーの言葉を信じて去った。ハリーが居なくなったことを確認すると、ハーマイオニーは呟いた。
「……綺麗事だけで恋が叶うわけないじゃない」
その言葉を聞くものは誰も居ない。ハーマイオニーは虚しい思いを抱いたまま、ラベンダーたちの待つ寮へと戻った。
リドルの境遇に同情はする。
……それはそれとして死んでくれ(英国魔法族)。
トムは根っからのサイコパスでありながらソシオパスである部分もあるのでダンブルドアも苦しいと思います。