「なるほど。まさかあのヴォルデモートが没落貴族出身であったとは……」
ハリーとハーマイオニーは裏の集会の開始前にザビニ、アズラエル、ロン、ダフネへダンブルドアの個人講義の内容について話した。
話を聞いたダフネが青ざめる。ザビニは俯いて何も言わなかったが、ダフネは違った。
「……なんて……愚かな人なの」「……」
ダフネは言ってから後悔したように口をつぐんだ。ハリーは無言でダフネに座るよう促した。ハリーが考えていた以上に、ダフネにとってこの話は衝撃的であったようだった。
ザビニやダフネとは対照的に、アズラエルは少し興奮した様子だった。没落貴族というワードにハリーは顔をしかめた。
生活に困窮している、という意味ではファルカスの実家やロンの実家も近い。しかし、ゴーント家はもはやその二つの家と比べるの憚られるほどの闇があったのだ。
「……これは……チャンスじゃあありませんか?」
アズラエルの言葉にダフネとザビニが怪訝な視線を向けた。ロンはハーマイオニーとハリーから語られたゴーント家の実態について理解しようとしていたのか、腕を組んで考えを巡らせるのに必死だ。
「チャンス?一体何を言ってるんだ、アズラエル」
ハリーは内心の苛立ちを抑えながら言った。心底面白そうに語るアズラエルの姿を不愉快に思ってしまったのである。
(おかしいのは僕の方なんだろうが……)
ハリー自身は気持ちの整理がついてはいない。所詮敵の話だと割りきってしまおうとしたが、それでもメローピーやメローピーの所業の被害者とも言えるリドル・シニアやジュニアに思うところはある。
だが、ハリーはそんな自分の感情に見て見ぬふりをしなければならないのだと言い聞かせていた。
「鈍いですよハリー。ヴォルデモート……いえ、トム・リドルの出自を公表するんです。」
浮き立つように話すアズラエルは貪欲な笑みを浮かべた。
「名目の上だけでも血筋を誇っているマルフォイ家などはさぞや腹立たしいでしょうよ。自分達の君主が純血でも馬の骨なんですから」
「ヴォルデモートの求心力を削ぎ落とすきっかけになるとは思えませんか?」
「……私もダンブルドア先生から話を聞いてそれは思ったわ。でもね、アズラエル。ダンブルドア先生もそれをしないだけの理由があったはずよ」
ハーマイオニーは驚くほど素早くアズラエルへと反論した。聡明なハーマイオニーは、そういうことを言う人はいると予想していたのかも知れなかった。
「ダンブルドアの考えることはいっつも解りづらい……つっーか。俺たちとは見てるものが違うと思うんだよな。ハーマイオニーは解るのか?」
ロンはハーマイオニーの話を聞きたがった。ハーマイオニーは少しだけロンへと微笑んで話し始める。
「……シリウスが前に話していたことは覚えてる?『強いだけの禿頭』『知性を置き去りにして力だけを得た怪物』。……それが、例のあの人だと。御輿にするのには都合が良いと、シリウスは言っていたわ」
「ヴォルデモートの武力を利用して反対する勢力を弱体化させ、或いは議員を脅し服従させて自分達に有利な法律を通す。……それが十数年前の純血主義者の狙いだったし、今もその基本方針は変わらないはずよ。どうしてかわかる?」
ハリーはハーマイオニーに尋ねた。
「……ヴォルデモートに対抗できるのがダンブルドアだけだから?」
「ハリーも居るだろ?」
ザビニはそう言ったが、ハリーは苦々しく言った。
「僕のことを大人は本当の意味では信用していない。それは去年散々思い知ったよ」
ハリー自身、自分が心の底からヴォルデモートを殺したいと思っていることを撤回するつもりはなかった。
「世間では実力が伴わない意思は単なる無謀だととらえられる。僕に利用価値があるとすれば、『何かやってくれるかもしれない』っていう願望くらいだろう?」
「……そうとも言いきれないわ。あの人に狙われて、生還しているだけで偉大なことよ」
ダフネの言葉は惚気に違いないとハリーは思ったが、信じられないことにアズラエルも、それだけではなくロンでさえそう思っているかのような目をハリーに向けていた。
ハーマイオニーは内心で焦れったさを感じていた。
(……やっぱりハリー次第で持っているグループね、私達……)
ヴォルデモートという歴代最悪の闇の魔法使いに対抗する。その旗印になれるのはハリーだけである。ハーマイオニーにとってその事実はあまりに歯痒い。
ハーマイオニー自身、DAの発足や裏の集会の立ち上げにハリーを使った。友達としてハリーを支えたいという思いと、自分では人を集めることができないというジレンマからハーマイオニーはハリーをリーダーとして立て、最後の最後で手痛いしっぺ返しをくらった。
個人のカリスマに依存し、それをコントロールすることのなんと危険なことか。ハーマイオニーは危うさを理解してはいたが、現状うてる手はなかった。
「……話を戻すわね。ハリーも言ったように、問題は例のあの人よ。あの人の出自を公表した後、あの人は公表した新聞記者を放っておくかしら?」
「記事が世に出たその瞬間にヴォルデモートは公表した新聞社と記者を殺害するだろうね」
ハリーは簡潔に言った。アズラエルは顎に手を当てて唸る。
「……しかし……この手のゴシップめいた記事に真っ当に怒るのはかえって悪手ですよ。ヴォルデモートもそれは理解しているはずです。表立って対応はせずに、別のゴシップを用意して放置するのが上策なんです。やる価値はあると思いますが……」
「僕がヴォルデモートの立場なら笑い者にされたまま黙って放置することは避けたいと思うだろう」
ハリーは額の傷跡を見せた。不思議なことに、ハリーは話しながらもそうに違いないという確信があったし、それを疑いもしなかった。
「あいつにとって一番大切なのは何よりも自分自身なんだ、アズラエル。自分以外大切なものがないから、『自分の出自が笑い者にされた』と判断した時点で間違いなく暴発するよ」
「…………私が言おうとしたことは、大体ハリーが言ってくれたわね」
(……ハリーの言葉も理由としてもっともだと思うわ。でも……)
ハーマイオニーの脳裏にはダンブルドアの顔が浮かんだ。あの澄みきった青い瞳ですら隠しきれないほどの苦悩するような陰りがあった。
(……この事実を公表したとき、一番立場を危うくするのは誰か。……そう、純血主義者。でも……ダンブルドアはそれをしたくはなかった?)
ハーマイオニーはダンブルドアの意図を汲みかねていた。自分達にヴォルデモートの過去を話したのは、ヴォルデモートの行動パターンや思考回路を読み解く手懸かりになるからだ。
そして世間にヴォルデモートの過去を明かさないことにもまた、必ず意味がある。ハーマイオニーはそう考えていた。
(……ヴォルデモートの生い立ちは……つまりは、ヴォルデモートになる前の……そう、まだ彼がトム・リドルであり、少なくとも本人には何の罪もなかった頃の話。)
(この世で誰より優しいダンブルドア先生なら、それを公に出すことは避けたかったはず)
ハーマイオニーがそう考えたところで、アズラエルは納得したように言った。
「……重要なのはまずは敵を知り行動のパターンを理解することと、軽挙妄動は慎むべきだということですね。」
アズラエルが納得し落ち着きを取り戻したことによって裏の集会の集合時間五分前となった。
ロンはぽつりと呟いた。
「……でも、さ。メローピーも大概だよな。やったことを羅列すると正直マグルの方に同情しちまうよ」
「……それは……そうなんだけど。これ以上は死体蹴りになるよ」
ハリーはメローピーの境遇への憤りと愛の妙薬への嫌悪感がないまぜになっていた。一刻も早く話題を切り上げたかったが、ザビニはロンの話しに乗った。
「メローピーは賭けに負けた。そんだけだよ」
ザビニはドライに切り捨てた。
「リドル・シニアと結婚したかったのは人生を変えるための手段だったんだろ」
「……結婚で人生をって……まぁ、そういうもんなんだろうけど」
ロンはまだ結婚について漠然としたイメージしかもってはいなかった。ザビニはニヤニヤと皮肉った。
「何だよー。ちゃんと考えといた方がいいぜ~?「変な男に捕まると女子は損どころじゃあすまねーし、ヤバイ女に捕まると男子は死ぬからな」
ザビニのブラックジョークにハリーとアズラエルは笑ったものの、ロンとハーマイオニーは引いていた。
(ミスタ・ザビニが笑えるラインを読み違えるなんて。彼も動揺しているのかしら)
(……私と同じくらい……)
ダフネが冷静に観察する中、ザビニは失敗を悟ったのか話をうちきった。
「まぁそれは良いだろうよ。そのために手段を選ばねーのも俺達スリザリン生が責められることじゃねーよ。……まぁ、メローピーが自分の子供にやったことはリドルにとっても迷惑だったな」
「メローピー?それはどんな種類の鳥なの?」
裏の集会の空き教室に入ってきたルナたちに、ハリーは笑って言い訳をしながら集会を始めた。ルナやコリンたち受験生にとっては裏の集会は訓練の場であると同時に実技試験の練習の場であり、去年よりも訓練に身が入っていた。
***
「……ハリー。少しだけ時間を貰える?……話したいことがあるの」
「ダフネ?」
裏の集会を終えて、時刻は午後八時を回った。ハリーはダフネに誘われ、空き教室に残った。ダフネは髪を手で弄くっていたが、その手を止めてハリーを見た。ダフネの顔にはありありと怒りが浮かんでいた。
「ダンブルドア先生の話は……どこまで真実なの?」
「……それじゃあ、ダフネはダンブルドアが嘘をついたと思うのかい?この期に及んで、あんなつまらない嘘を?」
ハリーが言うとダフネは怯んだが、彼女は頑固さを見せた。
「あり得ないわ。だってそうでしょう?純血主義として教育を受けるなら、関連する家や魔法族の歴史くらいは叩き込まれるし教育も受けるのよ。家というシステムを維持管理するのだってハウスエルフが必要だし、居なければ自分で魔法を使わなくてはならない。それくらいのことも出来ないような魔法族が純血である筈がないわ」
ダフネは最初、ダンブルドアの話を誇張の入ったものだとみなした。
「そもそもゴーント家等という一族聞いたこともないわ。セイクリッドトゥエンティエイトでもない。そんな馬鹿がスリザリンの末裔である筈もないわ」
ダフネは猛然とゴーント家に関する話を否定し、そのような一族が純血である筈はないと言った。
ダフネの話は丸々二十分は続いたであろうか。ハリーは相槌をうちながら、ダフネが本当はそう思っていないことに気付いていた。
ダフネ自身も、純血主義の犯してきた罪の重さに気付いている。その重さに耐えきれず逃避的な思考に耽ったとして誰が責められるだろうか。
「……だって。ねぇ、ハリー。貴方なら解ってくれるでしょう?私達が、その立場を維持するためにどれだけ努力してきたか!」
「……資産とか今の立場が血統だけで維持されるなんてバカな話あるわけがないじゃない!それが解っているから、皆で団結して、努力して。取り入ろうとしてくる人を見極めるように教わるのよ!」
「そんなバカな家ひとつのために全部が台無しになるなんて。そんな……そんなことあり得ないわ。……あって……あっていい筈がないわよ……」
ダフネの声は最後には弱々しくなっていった。
ダフネが憤っていたのは光陣営としてではなかった。また、メローピー・ゴーントに対する同情心からでもなかった。
ダフネは純血主義的な面からゴーント家に、そしてダンブルドアに怒っていた。ハリーはその怒りの中に彼女の家族に対する複雑な愛情を感じ取った。
(……ダンブルドアへの怒りは八つ当たりだな……)
『ダフネ。ダンブルドアがこの件に関して嘘をつく意味は無いよ』
と、言いたい気持ちを堪えてハリーはダフネの話に付き合った。ダフネにとってダンブルドアの話の衝撃がそれほど大きかったということでもあるのだ。
(……覚悟は何度だって決めてきた。けどこれは……)
ハリーには今まで直面したことのない覚悟が要求されていた。敵を倒すとか生き延びるのとは違う。目の前に居る愛すべき人にどれだけ寄り添えるかという覚悟だった。
「…………ダンブルドア先生が……」
何分も怒りを吐き出した後、ダフネは少しだけ冷静になった。
「……この戦争の後で。純血主義の負の面を暴いたら……」
「負の面か。家長主義かな。それとも近親婚?」
「……どちらもよ」
ダフネはヒーラー志望である。当たり前であるが近親婚の弊害は常識として知っている。だからこそ、純血主義の負の面は素直に負の面だと認めざるを得ない。
皆があえて配慮してそれを言わないだけで、近親婚には多大なリスクが存在する。
近親婚で生まれた子供が血縁関係ではないマグルと婚姻したのにヴォルデモートという悪魔が産まれたという事実は、どれだけ純血の家を追い詰めるであろうか。
「………………皆が白い目で見られるわ。スリザリンの名誉回復どころではなくなるわよ」
ハリーはダフネの手を取って、その甲にキスした。レディへの信愛を示す作法だとアズラエルから教わった通りに。
「ダフネ。君は今、恐怖に直面しているんだ。君は怯えている。でも、僕は必ず君の傍に居るから」
「……っき、恐怖?私が怖がっているって言うの?何に対して?」
ダフネはハリーの行動に面食らった。少しだけ舌をかみながら尋ねてくる。
「君が怖いのは、ダンブルドアに純血主義のあれこれを暴かれることじゃない。死ぬことでもない。君が本当に恐ろしいのは、この戦いの果てに家族や友達の幸せを奪ってしまうことになるかもしれないことだ」
「…………それは」
「ダンブルドアの話が公表されたら……スリザリンは恐れられる。皆近親婚が悪いなんて解ってるけど、暗黙の了承で触れないから」
「そうよ。だけど好きでそう産まれた訳じゃないわ」
「……ダンブルドアほどの人がそのタブーを侵したら、皆がスリザリンは愚弄してもいいものだと思い込むわ。……人って強い方に流されやすい生き物だもの」
ハリーも黙って頷いた。
ダンブルトアがことここに至るまでトム・リドルの生い立ちを秘匿した一番の理由。それはスリザリン生に対する配慮に他ならなかった。
家の都合で純血主義となるように養育され、純血とされる力のある人間と結婚する。そうやって利権を維持してきた人間達にとって、婚姻そのものが過ちであるという風評は……致命的だ。
「僕の気持ちは変わらない。もしも世間がどうなったとしても、僕は君を護るために力を尽くすよ」
ハリーは演技ではなく本心から言った。だが、ハリー自身も恐ろしさで掌が震えた。
「……」
ダフネは少し押し黙った後目を伏せ、そしてハリーを見上げた。
「…………グリーングラス家は……?」
「それはグリーングラス家次第だよ。でもダフネ」
ハリーは希望を込めてダフネを見た。
「君を育て上げた家は、先がないと解った思想に固執するほど弱くはないよ。それは、君を見れば解る。……きっと拾い上げられる」
ハリーの言葉は祈りにも似た願望だった。純血主義を信仰することで恩恵を得ていた一族がそれなしで生き延びるなど不可能に近いだろう。
だが、ダフネにとって一抹の希望になったことは確かであった。ハリーはこの言葉を嘘にする気はなかった。
ダフネと解れて寮の部屋に戻ったハリーはこれまでにとは異なる怒りを抱いた。それは己自身に対する怒りであった。
(……あんなに動揺させてしまうくらいに。未来が信じられなくなるくらいに僕は頼りなかったんだな……)
ハリーは力を求めていた。愛すべき人たちを護れるような、戦争に勝てるような力を。
もちろん、それで純血主義の歪みを解決することはできない。しかし戦争を終わらせないことには、ダフネを護るスタートラインにすら立つことすら出来ない。ハリーはそれを、この瞬間はっきりと認識したのである。
ハリーにとって真の戦いは戦争が終わった後から始まるのである。
***
スカビオールは日によって変わる上司の機嫌を取るのに必死であった。
ベラトリクス・レストレンジが病気休養に入ってから、デスイーターやスカビオールのような人攫いを指揮する人間は現在、一人の男になっていた。
「……ロウル様。本日はどちらまで?」
へりくだるように腰を低くして接した相手は、闇の印を持つデスイーターである。その男が暫定で指揮官を任された、闇陣営のNo.3でありベラトリクスの代理ということになる。
スカビオールのように闇の印を持たない闇の魔法使いはデスイーターの命令には絶対服従。それが闇陣営で生き残る秘訣である。
スカビオールはそれを自分自身と、自分の部下に徹底させることで、なんとか己の立場を守っていた。
「ゴドリック村東通りの3ー9へとテレポートしろ」
スカビオールへ指示するロウルの頬は痩せこけ、目は落ち窪んでいる。
「はっ、直ちに!遅れるなよ、ケビン、スタンリー!!!」
新入りを叱咤し、クロのローブに身を包んだ闇の魔法使いたちが己の身を跳躍させる。
空間を超えて瞬時に目的地へとテレポートするのは慣れていなければ難しい。スカビオールを含めた八人がテレポートしたものの、スタンリー・シャンパイクはテレポートするのに4秒遅れて出てきた。
「……まずまずだな。良くやった」
新入りを折檻するということもなく、ロウルは粛々と勤めに入る。スカビオールはこのまま何事もなく終わってくれと考えていた。
「殺れ」
そうロウルが指示を出すと同時に、スカビオールたちは杖から閃光を解き放った。赤、緑の閃光が標的の家に向かう。スカビオールの部下の一人が放った魔法は、レンガ造りの整った防壁を粉々に打ち砕いた。
「良くやったゲンスルー!行けケビン!!手柄を立ててみろ!」
防壁を……つまりは、身を守るための城壁を破壊された家に、スカビオールは部下を突っ込ませた。
保身感情はスカビオールが何より優先しているものだ。こういう場は間違いなく罠か応戦の魔法があると決まっている。プロテゴすら覚束ないスカビオールが取れる最善策は、部下を突撃させることだけだ。
ケビンはスカビオールの指示に従い敏速で駆ける。人攫いに堕ちた面々は一芸にだけは秀でていたりする落ちこぼれの巣窟だが、ケビンはその中でも抜きん出た腕を持っていた。
「ステューピファイ!!」
赤い閃光がケビンへと降り注ぐが、ケビンはそれを無言呪文のプロテゴで防ぐ。スカビオールから見て、無言でプロテゴを使えるというのは相当の上澄みだった。
(よし。終わったらあいつに飯でも奢ってやるか。ケビンは出世しそうだ……)
閃光を撃ったのは魔女だった。既に周囲を何人もの敵に囲まれていることを悟ったのか、魔女の表情が絶望に染まる。
「帝王様に忠誠を誓え。純血の一族として務めを果たすならば、帝王様はおまえたちを受け入れる用意がある」
「だ、誰がそんなことをするもんですか!この穢らわしい殺戮しか殺し屋が!恥を知りなさいっ!!」
この家の主たる魔女は恐怖に怯えながらも泣きながら叫ぶ。その声に答えるかのように、パシッという音と共にテレポートしてきた人間がいた。
否、人間達だ。
四名のオーラーである。スカビオールは知るよしもないが、キシドラ・アンビシャス率いる精鋭部隊であった。思わぬ援軍にスカビオールは青ざめる。パシッという音と共にスカビオールの側から一人が消えた。怖じ気づいたのである。
(ま、不味い……!ロウル様から叱責を受けてしまうっ!)
スカビオールはステューピファイを撃ちながら上司に対する恐怖で冷や汗を流した。真に恐ろしいのは敵ではないのだ。
真に恐ろしいのが何なのか、その後スカビオールはその目で見ることになる。
「マダムを逃がせっ!!」
そうオーラーの隊長、キシドラの怒号が飛んだ次の瞬間。
「アバダケダブラセプテットォォオオオ(七回死ね)!!!!!」
七つもの緑色の閃光が、出現したオーラーたちへと降り注いだ。
掠りでもすれば死ぬ最悪の闇の魔術、アバダケダブラ、それが同時に七発。本来あり得ない筈の光景に、ベテランであるキシドラの反応は一瞬遅れた。それほど予想外、初見殺しの出来事であった。仮にこの場にいたのがキシドラではなく、シリウス・ブラックやアラスター・ムーディであったとしても対応できたかどうか。
アバダケダブラは一発撃てば、手練れの闇の魔法使いであったとしても何十秒かの悪意のチャージを必要とするはずの魔法だからだ。
ソーフィン・ロウル。彼は闇陣営において取り柄のない男である。
ラバスタンのような忠誠心もなく、ルシウスのような立ち回りの上手さも。ノットのような研究成果もない。
ベラトリクスのような決闘の才も、ルックウッドのようなインペリオの上手さも、ロウルにはない。
そうしたあらゆる劣等感が、ロウルの中の負の感情を増大させた。
彼にあるのはただただ殺し、壊すこと。ただそれのみであった。
セイクリッドトゥエンティエイトのロウル家らしくはない。名家を自称する家の人間にあるまじき、あまりにも無鉄砲で破滅的、反社会勢力の鉄砲玉のような思考回路である。
敵を殺せさえすればそれでよいというロウルはなんと、七発ものアバダケダブラを連射してみせた。
ただし、その照準には……ブレがあった。
ロウルはアバダケダブラを使える。使えるが、魔法使いとして熟達しているわけではない。
優秀な魔法使いと比較して、ロウルのエイムが上手いわけではない。しかし、身動きの取りづらい家屋の中でアバダケダブラは乱射された。
結果。
七本の緑色の閃光は、現れたオーラー四人のうちの三人に1本ずつ突き刺さり。
1本は見当外れの場所に向かい。
標的であるこの家の主……ハマーン・アボットの胸に2本が突き刺さり。
そしてなんと、味方であるケビンの頭にも突き刺さった。先行して突撃していた仲間に待っていたのは早すぎる死であった。
「……う……うわあああああっ!!」
最後に残った比較的若いオーラーは狂乱しながらテレポートによって姿を消した。
「……安らかに眠れよ、ケビン……」
スカビオールはケビンの遺体に駆け寄ると、仲間だったモノの遺体をマントでくるみ己のトランクに収納した。
その行為は仲間への敬意や慈悲からではなかった。
スカビオールはケビンに安らかな眠りなど訪れることはないと知っていた。今の言葉は自分の中の罪悪感を和らげるための、単なる願望に過ぎない。
遺体は遺体でインフェリとして再利用できる。デスイーターのアウラに遺体を献上し、引き換えに代金をせしめるためだ。だが何か勘違いしているのか、若い部下はスカビオールに尊敬の眼差しを向けてきていた。
(……なんて殺意だ。疑似生命の盾ってやつを貫通してやがる……)
(…恐ろしい……こんな化け者共に歯向かうくらいなら従った方がマシだ)
アバダケダブラを防ぐため、コンジュレーションによって擬似的な命を造り出すことはままあるらしい。スカビオールにそんな腕はないが、精鋭たるオーラーたちはあの一瞬で梟を造り上げ、緑色の閃光から守る盾にしていたのだ。
「目標は達成した。……退くぞ」
しかし、効果はなかった。
持てる資質の全てをアバダケダブラに注ぎ込み、それを乱射する。
中途半端な腕で。
ソーフィン・ロウルはスカビオール達闇陣営の底辺にとっても、光陣営にとっても最悪の男であった。
ロウルの手によって闇の印がまたひとつ打ち上げられた。髑髏の中から蛇が這い出る悪趣味なマークを眺めながら、スカビオールは部下に略奪の命令を下した。
「すぐに魔法省かオーダーの増援がくるだろう。奪うなら1分以内にさっさと奪え!」
スカビオールの指示を守らず欲を出して金庫に手を掛けた部下は還らぬ人となった。アボット家はこの事態を予測でもしていたのか、金庫に爆発魔法をかけていたのである。
浴にまみれ金庫に触れた部下は爆発によって果てた。爆発を称賛していた悪趣味な部下の独り言を聞かなかったことにして、アボット家を離れた。
「ペスティス・インセンディウム(悪霊の火よ 穢れを清めろ)」
一人残ったソーフィン・ロウルは、アボット家の中で悪霊の火を熾し、コントロールすることなくテレポートした。
ロウルには悪霊の火をコントロールする技術などない。アントニン・ドロホフと比較してもその技術は稚拙なのだ。
したがって悪霊の火を戦闘に使うこともロウルにはできない。ロウルは己が無能であることを嫌というほど自覚していた。
だが、ただ何かを破壊するだけならば無能であっても可能なのだ。ヴォルデモートはそれを見越してロウルにこの任務を与えていた。
ハマーン・アボットは執行部所属の役人であり、セイクリッドトゥエンティエイトであるアボット家の傍系の魔女でもある。かつての内戦でヴォルデモートがアボット家に多大なる被害を与えて以降、ハマーンはダンブルドアを支持し、純血派閥とは距離を置いて故アメリア・ボーンのもとで働いてきた。
そういう中間層は魔法界に多い。表立って闇陣営に反抗する気力はないが、裏から着実に純血派閥の力を削ごうとするものたち。ヴォルデモートは、そうした層へ恐怖を植え付けるためにロウルを差し向けた。
説得が成功するとは思っていない。インペリオで服従させられるような器用さもロウルにはない。しかし、必ず殺すだろうという信頼がヴォルデモートにはあった。ロウルにはそれしか出来ないのだから。
力を持たせてはならない人間というものは確かに存在する。例えばトム・リドルのような、己以外に愛するものをもたず社会に迎合する気のない無敵の人。ソーフィン・ロウルもまさにその無敵の人に該当していた。
アボット家の、そこに住んでいた魔女や子息の思い出を焼き付くさんと悪魔の火は蛇の形を作った。蛇の口からまるで龍の息吹の如く青白く発光する炎が吐き出されていく。
指示はされていなかった。ロウルは帝王の勧誘をはね除け抵抗したハマーン・アボットに対して並々ならぬ憎しみを抱いていた。しかし、ロウルが放火に至った直接的な原因は帝王への忠誠心からではなかった。
ロウルは部下を二名も余分に死なせたという己の過失に対する怒りを、アボット家のせいだということにしたかったのである。
この行為は部下に対する贖罪であり、無駄な抵抗をして血を流させたアボット家の責任である。そんな手前勝手な思考回路から、ロウルはアボット家を焼き付くすという凶行に及んだ。
己の過失によって部下を死なせたことに対する憎悪を解消したいがために、ほとんど衝動的なものだった。
数分後。
逃亡したオーラー、アンドリュー・クォーツの報告を受けて駆けつけたオーラーの援軍は、燃え盛る火のなかに飲み込まれるアボット家を目の当たりにした。
「中に人は!?」「……魔法で視認していますが……生存反応はありません!」
「クソッタレ!火の勢いが強すぎます!これじぁあ俺たちまでステーキになっちまう!」
「ご遺体の回収は不可能です!」
部下の進言をオーラーの部隊長は聞き入れた。仲間や被害者の遺体を回収するよりやるべきことはある。
「仕方ない、家を壊すぞ!周囲の家屋への延焼を防ぐにはそれしかない!ディアッカは周囲の警戒に当たれ!背後から奇襲を受ける可能性もある!」
周囲の家屋へ被害を出さないために、オーラーの隊長はアボット家の破壊を決断した。アボット家のみならずゴドリック村を炎で焼失させるわけにはいかなかった。
焼け付く息吹を繰り出す蛇は勢いを止めず、アボット家の全てを燃やし尽くすまで消えなかった。空にはオーラー達を嘲笑うかのように闇の印が炎を放っていた。
魔法使いの戦いにおいて何かを守るということは至難の業であり、光側に立つ善人達は常に死と隣り合わせなのである。
一度に3名もの同僚を失い、恐怖から逃げ帰ったことで一人生き残った若きオーラー、アンドリュー・クォーツは皮肉にもその事を証明してしまった。
***
「オーラーの戦死は隠蔽しましょう。箝口令を敷いて、遺族には黙って貰うのです」
会議の場でそう発言したのはパーシー・ウィーズリーであった。反対意見は出なかった。ルーファスに代わり闇祓い局局長の座を引き継いだガヴェイン・ロバーツは一も二もなく頷いた。
「それしかあるまい。国民に不安感を与えてはならない」
「逃げ帰ったアンドリュー・クォーツの様子はどうですか?」
元オーラーのステファンはかつての同僚の死に心を痛めていた。真っ先に仲間の安否を確認したステファンに、ガヴェインは苦い顔で答えた。
「ひどく動揺してメンタルを崩している。あれは若く経験も浅かった。……暫くの間は使い物にはならないだろう」
「……今月に入ってもう三人も政府の役人が殺されています。殺されたマダム・アボットはそう高位ではありませんが…………末端の役人を狙う理由は何でしょうか?」
浮かない顔で発言したのはセドリック・ディゴリーであった。答えたのは同じく末端の役人であったオードリーである。
「こちらの中間層を威圧して士気を下げるのが目的ですね……」
「大変恐縮ですが、高位の役人や局長のような雲の上の存在は、末端にとってはある種他人事のような存在です」
言いづらそうに語るオードリーに対して、無言で発言を促していたのはルーファス・スクリンジャーであった。獅子は動揺を表情に見せることはない。ただ、腕を組み目を閉じてじっと話を聞いていた。
スクリンジャーがあえて若手のパーシーやオードリーらを側に置いたのは、末端の感覚を直に知り、かつそれを忘れていないからであった。オードリーはスクリンジャーの期待に応え、末端の本音を話した。
「……しかし、大して高位でもないアボット家などが狙われるとなると話は変わります。次は我々かもしれない……と不安に駆られ、動きが鈍くなる。そういう効果を敵は狙っているのだと思われます」
「……何か」
目を閉じていたルーファス・スクリンジャーははじめて口を開いた。場の役人たちに激震が走った。
「対策をうたねばならない。末端の士気の低下は死活問題である。案はあるか?」
(対策?対策と言っても、そんな急には……?)
セドリック・ディゴリーは助けを求めるようにパーシーを見た。パーシーは眼鏡を直して発言をする。
「……愚考ではありますが……敵の前に餌をぶら下げるのはいかがでしょう」
「餌を?囮役を用意するということか」
「でも……そんな都合のいい存在があるかしら?」
「……アーサー・ウィーズリー。或いはシリウス・ブラックはどうだ?」
ステファンが名を挙げたとき、微かにパーシーが唇をを噛んだのをセドリックは見た。
「彼らはオーダーの一員であり、純血でありながら反純血主義者でもあります。敵にとっては目障りこの上ない存在です。彼らをプロパガンダで祭り上げて囮にし、闇祓いを配置して迎え撃つのはいかがでしょう?」
「……それはいい考えだが……」
ガヴェインは横目でパーシーを見た。パーシーは咄嗟に即答できない。
「……!」
囮役を立てるとパーシーは言った。しかし、囮役の身の安全は保証できないのである。それを察したセドリックは、追従しつつシリウス・ブラックを囮役に立てるのはどうかと提案した。
「素晴らしい考えです!ブラックを立てるのはどうでしょうか!シリウス・ブラックが正義感の強い人間であることは知れ渡っています!ブラックなら協力を惜しみはしないはずです」
「ブラックを囮役に立て、オーラーで護衛しながら敵を迎え撃つ!成功率の高い作戦の筈です!」
(どうだ……?)
上司であるパーシーに対する情も、そしてシリウスの義理の息子であるハリーへの義理もセドリックにもあった。
その上でシリウスを立てるべきだと提案したのはパーシーを選択したことに合理的な意味も、情の優劣もない。ただそれでも選択する必要はあったのだ。
人間は誰しも選択を繰り返して生きている。代案を立てられない人間は、このように限られた選択肢の中から望まざる結論を選ばざるを得ない。
(……どうしたパーシー・ウィーズリー。先程までの威勢はどこへ行った?)
ステファンは冷めた目でパーシーの様子を観察していた。ステファンがアーサーを立てるべきだと言ってから、パーシーの発言はなくなった。
(それでも作戦を立てる立場か、お前は?)
ステファンには長く現場で働いてきたオーラーだという自負があった。上の決定に従い手を尽くしてきたし、嘘を重ねて手を汚してきた。
だからこそ作戦を立てる立場の人間に対して、ステファンは……否、オーラーは冷めた不信感を持っている。
己の身の安全が保証されていて、身内を危険に晒す覚悟がないから平気で自分達の命を犠牲にできるのではないかと。
パーシーの父親の名を挙げたのはパーシーの器を測るためであった。そしてパーシーはこの瞬間、自身の器の限界をさらけ出していた。
(……まぁ……こんなものだろう。所詮人の命を数字でしか考えていない。それに振り回されるのは現場のオーラーであるというのに)
(案を出すのであればまず自分が身を切ることを覚えろ)
ステファンが内心でそう毒づいてパーシーの器を見切っていたところで、ルーファスは言った
「……そのブラックは囮役には向かないだろう」
スクリンジャーはセドリックの提案を却下した。セドリックが驚いて理由を尋ねる。
「どうしてですか?ブラック以上の適任は居ない筈です」
「ブラックは既に何度も闇陣営の襲撃を撃退している。あれは反社会的で融通がきかないが戦闘能力だけはある男だ。闇陣営もブラックのことは警戒して慎重になるだろう」
「なるほど……仰るとおりです……」
(ま、不味いぞ。これじゃあ候補はアーサー氏になってしまう……)
セドリックは内心で冷や汗をかいた。幼少期からの付き合いがある人間の死の可能性が跳ね上がることに、セドリックは自分でも意外なほど動揺していた。
戦争である以上、何か作戦を立てる度にオーラーや魔法省職員の死は避けられない。それを覚悟はしていても、その事態が目の前に迫るとなると話は別であった。
(だ、代案は……)
セドリックは代案を探すが思い付かない。そんな中で声をあげたのはパーシーではなく、オードリーであった。
「お待ちください大臣。囮役にはもっと適任が居ます。……ハリー・ポッターです」
(!?)
「ポッターだと?気でも狂ったのかオードリー?」
「未成年ではないか!」
ステファンとガヴェインが口々に抗議する中、鉄面皮でオードリーはハリーでなくてはならない理由を挙げた。
「……イグネイシャスの提案には幾つかの穴がありました。まず、敵の出方をコントロールするために囮役を対闇陣営の英雄として祭り上げるという点です」
「メディアを操り工作して功績をでっち上げるというのはかえって国民の不信感を煽ることになります。……病み上がりのアーサー・ウィーズリー氏が華々しい功績を立てたなどと喧伝しても信じる国民は多くはありません」
「失礼ですが、アーサー氏は多くの方から慕われる人柄であって、けして英雄的な評判ではなかったと記憶しています」
オードリーは淡々と話す。ガヴェインは未成年を囮役に立てることによほど腹を据えかねたのか、腕を組んでいた。
(……パーシーさんのためなんだろうか。やたらと饒舌だぞ、今日のオードリー先輩は……)
「ブラック氏は確かに英雄と呼ばれたこともありますが、先程の大臣の話からも囮役には不向きです。……自らその役目を投げ出したこともありますし」
オードリーはあえて皮肉を付け加えると、微かにガウェインが笑った。笑い事ではなかったが、それを指摘する人間はここには居ない。
「対してポッターは現在、メディアに持ち上げられています。『選ばれた子』と呼ばれていますからあえて工作する必要もありません」
「………………しかし、ポッターを我々がコントロール出来る保証はない」
ステファンはやれやれと肩をすくめた。
「先の神秘部の一件はポッターの暴走が原因だと記憶している。未成年らしい青さゆえの過ちだと。ポッターはアルバス・ダンブルドアの指示すら聞かず神秘部に乗り込むような自制心のない少年だ。囮役にはブラック以上に向かないと思うが」
「そのような言い方は……!」
「黙っていろ、セドリック。解らないのか?これはステファンの優しさだ」
セドリックが思わず反論しようとしたのをパーシーは止めた。セドリックはパーシーに少しだけ苛立ちを覚えた。
(あなたのためにオードリーさんは悪役を買って出ているんでしょうが!)
セドリックは短い付き合いではあるが、オードリーとパーシーの仲がよいことを見抜いていた。オードリーが誰のためにこんな提案をしているのかは明らかであったのだ。それなのに自分だけ正義面すると言うのはどういう了見かとセドリックは憤った。
優しさ、というパーシーの発言そのものも間違ってはいない。囮役に選ぶということは死亡のリスクが跳ね上がるということである。ステファンの言い方は悪いが、未成年であるハリーの身の安全を優先しているのだ。
「ポッターを選ぶメリットはもうひとつあります。ポッターを我々が保護できるという点です。」
オードリーはステファンの発言に反論しなかった。むしろ、ポッターを護るためにポッターを囮役に選ぶべきだと主張した。
「保護?政治的に利用するの間違いだろう?」
ガヴェインは露骨に嫌悪感を示した。が、ステファンは一考するように顎に手をあてて考えている。
(一考の余地はある。現時点でさえホグワーツがポッターを庇護できていたとは言えない……)
(その原因の何割かは我々にあるが……)
「現時点でもポッターはダンブルドアの傀儡です。そして……ポッターはホグワーツに在籍している間、一年として安らぎを得たことはありません。違いますか、ディゴリー?」
「……!?わ、私から見てですか?」
「ええ、貴方よディゴリー。ポッターを見てきた貴方から見て、ホグワーツがポッターを庇護できていたと断言できる?」
「………………出来ません。闇陣営はあまりにも彼の周囲に湧きすぎました」
セドリックは正直に応えた。
クィレルとの戦闘。
バジリスクの殺害。
デスイーターとの遭遇。
ヴォルデモートの復活。
そして神秘部の戦い。
ハリーがホグワーツで遭遇した難事件のうち、原因の何割かは魔法省の不手際によるものだ。
しかしながら、闇陣営がホグワーツに干渉しながら、周囲の大人がハリーを庇護できなかったたことで起きた事件もまた多々ある。バジリスクやクィレルとの戦闘はその最たる例だった。
それを責めることは本来出来はしない。ホグワーツは本来は闇の魔法使いとの戦闘を想定してはいない。単なる教育機関の筈なのだから。
「ポッターは幼少期の経験から常に闇陣営に狙われる立場にあります。ほぼ一年ごとに闇陣営は彼の生命を脅かしていて、今年も接触してくる可能性は高いと思われます」
だからこそ、とオードリーは語気を強めた。
「だからこそ……彼を英雄と持ち上げるメディアを利用します。彼を魔法省で庇護しながら、闇陣営への対策をしていると報じさせる。我々魔法省の精鋭でもってハリー・ポッターを庇護していれば、しびれを切らした闇陣営はポッターを狙うでしょう」
オードリーは空中に緑色の眼鏡をかけた駒を浮かび上がらせた。それを魔法省側を示す青色の駒で囲う。
「あえてポッターをこちらで確保し、敵にポッターを狙わせ、そしてオーダーと共に戦力を確保した状態でデスイーターを迎え撃つ。……この作戦のメリットは二つ」
魔法省側を示す大量の青色の駒に、黄色いオーダーの駒を付け足す。赤色のデスイーター達は一網打尽になっていた。
「そんな都合よくことが進むものか」
「いや。説明を続けたまえ」
ガヴェインは笑って済まそうとしたが、魔法大臣、ルーファス・スクリンジャーは違った。
「ひとつ。ポッターを護ることで、現場のオーラーの士気が高揚します」
「なぜそう言いきれるのかね?」
ガヴェインは説明を求めたが、オードリーはにこりと笑った。
「ポッターは未成年で、我々大人に利用されているだけの子供だからです。現場のオーラー達は被害者であるポッターに対しては好意的になるでしょう。ですよね、ステファン?」
「…………ええ。素行に問題があるとはいえ、子供を護りたいという思いは皆持っています」
「……いや。現場の人間の正義感を刺激するというのは解るが…………しかしだな。……余計な負担を増やすのは得策ではないぞ」
ガウェインは難色を示しながらも少しだけ迷いを見せていた。ガウェイン自身、オーラーとして功績を立てて今の地位にいる。現場のオーラーの気持ちには心当たりがあったのだろう。
「心ある善人ならポッターの境遇に思うところはあるでしょう。昨年の魔法省の対応に苦々しい思いを抱いていて当然です。ポッターを護衛するということは過去の行いに対する償いであり、そして正しい行いをしているというアピールにもなります」
(!!)
セドリックははっとしてオードリーの言葉に聞き入っていた。
(……そうだ。これはハリーを護れるということでもある……)
セドリックはハリーの実力を誰よりも認めていた。自分を打ち負かし屈辱を与え、トライウィザードトーナメントに優勝したその日から、セドリックにとってハリーは後輩ではなく対等なライバルとなっていた。
セドリックは昨年の9月にハリーにDAのトップに立ってほしいと頼まれた日のことを思い返していた。
『どうかお願いします。僕はもう……友達に死んでほしくは無いんです』
あれは紛れもない本心だとセドリックは信じている。その友達を戦いに巻き込むというハリーの心理的負担も察している。
ハリーを魔法省で護衛するということは確かにハリーにとってはリスクもある。しかし、裏を返せばハリーの友人達を危険に巻き込むことを避けられるということでもある。
「待ちたまえ。ポッターはブラック氏やウィーズリー氏と異なり、まだ民間人だ。少年だぞ?」
ガヴェインは信じられないという目でオードリーと、そして長い付き合いの上司、スクリンジャーを交互に見ていた。
スクリンジャーは目でオードリーに発言を促した。オードリーは確かな手応えを感じて説明を続ける。
「彼を護ることが正義でない筈はありません。仮に我々を警戒して、闇陣営がポッターに手を出さなかったとすれば我々の勝ちです。現場のオーラーの努力によって民間人を護ったということですから」
「…………しかしだ。…………民衆が納得せんだろう?」
ガウェインはしかめ面のままオードリーに尋ねる。
「まだ十五だか十四歳の子供を祭り上げるなど正気の沙汰ではない。たった一人の少年に出来ることなどあってないようなものだと皆解りきっているだろうに」
(……いや……皆は貴方程良識的ではないんです)
(皆はもっと無責任で、残酷なんです、ガウェイン局長)
セドリックは心中でガウェインの言葉を否定した。
セドリックの後輩であるザカリアス・スミスのように、英雄視されるハリーに嫉妬するおめでたい人間も世間にはいる。
しかし、彼らが気付かない事実がある。
大半の魔法族にとってハリーは厄介者なのだ。それは去年ハリーを叩いたことが証明していた。
だれもハリーの境遇を哀れに思えど、自分がその立場になりたいとは思わない。当たり前だが、殺人鬼から理不尽に命を狙われて耐えられる人間の方が少ないのだ。
皆は……大多数の人は、ハリーがどこか知らないところで死ぬか、知らないところで戦って勝っていう欲しいと願っているのだ。身の回りさえ平穏無事であればそれでいいというのが戦時下にあっては多数なのである。
(英雄であるハリーが魔法省に協力して出入りするとなれば、少なくない市民は安心するだろう。これで自分達が狙われることはないと……)
セドリックはそう予想した。
実際のところ、セドリックの考えはまだまだ浅かった。
ガヴェイン局長やスクリンジャー、オードリーやステファンやパーシーは、ハリーを利用することの意味をしっかりと理解している。
ハリーを魔法省で護衛し、作戦行動を取っていると報じさせることは。ハリーに民衆からのヘイトを押し付けることになるとしっかりと認識しているのだ。
言うまでもなく戦況は不利である。アバダケダブラとテレポートを駆使するテロリスト相手に完全な防衛など不可能であり、必ず損害は生じる。
そんな時責めを追うのはだれか。それはオーラーであり、オーラーのトップであるガヴェインであり、最高責任者である魔法大臣スクリンジャーである。
が、そこにハリーが居れば話は変わる。
英雄と呼ばれながら何もできない。民衆にとって都合のよいサンドバッグ。オードリーの提案が採用され、ハリーがそれを承諾した場合は、そんな未来がハリーに待っている。
オードリー自身その事に後ろめたさはあった。
しかし、オードリーは自分自身の行動が正義であると信じることにした。
オードリーにとってハリーは面識の無い後輩であり、他人である。対してパーシーやその父親はオードリーにとっては死んで欲しくない愛すべき隣人であるというのがまずひとつ。これは正義というよりは愛であった。
もうひとつの理由。それは、魔法省大臣の官僚としてこの戦争への勝利を何よりも優先するべきであるという責任感から来るものであった。
現在闇陣営によって命を脅かされているのは何もハリーだけではなかった。名もない、顔も知らないマグル生まれや、マグルを親族に持つ魔法族。何千何万というマグルや魔法族。その一人一人の命を護るためにオードリーは官僚として仕事をしているのである。
今さらハリー・ポッターという少年一人の命や人生を利用することに構っている暇はないと、オードリーは割りきることにしたのである。
スリザリン出身者らしい合理的判断であった。自分が切り捨てられる側であったとしてもそれを許容できるのであれば。
「大臣もお考え直して下さい。いくらメディアがポッターを英雄視していると言っても、我々はそれほど余裕がないのかと他国のいい笑い者になるでしょう……」
それからガヴェインは説得を続けたものの、ルーファス・スクリンジャーはひとつの決定を下した。
セドリックは発言を差し挟む余地がなかった。
「パーシー・イグネイシャスとオードリー・ザビの提案を採用する。……至急、ブラックとコンタクトを取れ。ダンブルドアともだ。……私の名前を出して構わん。……次の議題は?」
そう話を打ち切って会議は次の対策へと移った。セドリックは予め用意していた資料をスクリンジャーへと渡し、その説明に入った。
「こちらは先の事件に荷担した闇の魔法使い達のリストです。ソーフィン・ロウルがハマーン・アボット家殺害の実行犯で……」
***
この日以降、セドリックはオードリーとパーシーとの間にある種の何かが芽生えたように感じた。それは、共犯意識のようなものであったのかもしれないし、或いは別の何かであるかもしれない。
とにかく、セドリックはパーシーとオードリーの邪魔はしないことにした。適度な付き合い方というものをセドリックは心得ていたのである。
ヴォルデモートだのその親に同情するより被害者遺族の怒りを考えてくれ(現場で働くオーラーやオーダーや被害者遺族の本音)。
しかしヴォルデモートの謎を解くためにはヴォルデモートの過去を知らなくてはならないという。
あとオーラー三名の死亡は魔法省にとっても普通に痛手です。運が悪かった。
時期によっては原作のハリーさん以上(スネイプがOの子供しか教えないため)の成績を持つ魔法族のエリートがこの段階で三人も死んだのは痛い(五巻によるとここ数年採用者なしだったと言う話もありました)。
闇陣営の人攫いと違い、闇祓いは死んでも代わりの人材を補充することはなかなか出来ません。乱世はかくも残酷なり。