なんか本作のハーマイオニーは原作の倍くらい負担がかかってる気がしますね。スリザリン生が増えたせいか。
***
「ザビニ」
「ハリー、俺はスーザンと話をしてくる」
ホグワーツに暗黒時代が到来していた。
スーザン・ボーンの傍にいつも居たブロンドの女子、ハナ・アボットがホグワーツから去った。ハッフルパフのテーブルには覇気がない。
ヴォルデモートの復活が公に認められて以降、闇の印が夜空に打ち上げられ生徒達の父兄が死亡することも多くなってきた。
社会において最も闇陣営の被害を受けていたのは、勇敢さを重んじ、公然と闇陣営に反旗を翻すグリフィンドール出身の魔法族。
そして次に闇陣営の被害を受けているのは、日々を一歩一歩積み重ねて善き人であろうとするハッフルパフ出身の魔法族であった。
新聞はゴドリックの村において殺人と放火が発生し、闇の印が打ち上げられたことを端的に報じていた。放火されたのは、かつての戦争においても闇陣営の被害を受けた魔法界の旧家、アボット家。
ハナ・アボットの実家であった。ハッフルパフ生達はスリザリン生と目を合わせないように怯えながらテーブルについていた。
この暗黒時代において闇の印が打ち上げられることはままあった。闇陣営はマグルを標的とした破壊活動に勤しんでいて、一週間のうちに闇の印が撃ち上がらない日はなかった。闇祓いやその家族が標的となったこともあった。
(……仲間の身内が犠牲になるのは今に始まったことじゃない。ザビニだってそうだ。……だけど、ホグワーツから居なくなるのは……これが初めてだ)
ハリーはアーニーに視線を向けた。アーニーは完全に気落ちしていた。
(……下手な慰めなんて……)
ハリーはアーニーに立ち直って貰いたかった。アーニーは突然の事態に理解が追い付いていないように見えた。
生徒達の父兄が殺され、昨日まであった筈の日常が崩れ去ることはハリーにとっても他人事ではなかった。ハリーは魔法薬学の実習を終えて、アーニーへと近づいた。
アーニーは鍋を己のバックの中に収納しようとしていた。
大鍋の中に薬を残したまま。
「やぁ、アーニー。……鍋を見た方がいいよ」
「え、ああ、ハリー?」
ハリーに言われてアーニーは精製した骨伸薬を消し忘れていたことに気付いた。
「次はコンジュレーションの授業だろう?一緒に行こう」
「ああ。……君の友達の……アズラエルとかは?」
「もう先に行っているよ。その薬、少し分けて貰ってもいいかな?」
「ああ……」
ハリーはお礼にアーニーから薬を少し分けて貰った。小瓶に骨伸薬を入れて密封し、アーニーと共に教室を出た。
「君が大鍋の整理を怠るなんて相当なことだ。……今日の集会は休んだ方がいい。今はそれどころじゃないだろう?」
アーニーは少し意外そうな顔をした。小太りの顔には迷いの色があった。
「いや……でも。集会を休むなんてよくないよ。今だからこそ、頑張るべきなんじゃないかと僕は思う……」
「……皆で……闇陣営に立ち向かわないといけないんだし……」
アーニーが持ち前の義理堅さを発揮しようとしたので、ハリーは昔監督生のガーフィールから言われたことを思い出した。
(『限界を超えて頑張らないといけない時と、自分を甘やかすべき時ってのはある』)
(『その見極めをしながら自己管理をしていくのも大事だ』)
(『だがダメだと思ったら思いきって休め。なにもすんな。』だったかな。……本当に。あのときは納得できていなかったけど、そうするべきだ)
「そうだね。僕にとって君はその皆の一人だ。だからこそ君自身を大切にして欲しい。……あくまでも、僕の意見だけどね」
ハリーは教室に着くまでの間アーニーへ言った。廊下を浮きながらハリーや周囲の生徒達に水を撒いてくるピーブズを無言グレイシアスで凍らせ、アーニーに言う。
「立ち止まって考えたり休んだりすることは恥じゃない。特にパフォーマンスが落ちている時は『休みたくなくても頑張って休む』のも必要だと思うけどね」
「君はときどき変な言い回しをするよね?」
「ロンの言い回しがうつったんだよ」
ハリーが冗談めかして言うとアーニーは空笑いをした。ハリーは今日はじめてアーニーの笑顔を見た気がした。
「裏の集会は自分達のためにやっているんだ。体調が思わしくないなら時には思いきって休むのもアリだ。今の君は休息を必要としているように思うよ」
ハリーの言葉にアーニーはまだ納得できていないようだった。
(……出来れば心を休ませて欲しいんだけどな……)
アーニー・マクミランはハリーの知る限り最もハッフルパフ生らしい生徒だった。ハリーはアーニーが授業を欠席しているのを見たことがなかったし、昨年は一日十二時間は勉強していると豪語しているのを聞いたこともある。
それを聞いてハリーは思ったものだ。
眠れよと。
勤勉なのは良いことだ。だが、限度というものがある。アーニーが苦労を苦労と思わない努力家で、努力そのものにやりがいを見出だしているのだとしても。その努力を発揮するのは今ではないとハリーは思った。
特に環境に大きな変化があり、その事を受け入れられていない不安定な時期に頑張るのをハリーは努力とは言いたくはなかった。
それは心の悲鳴から逃げているだけなのだ。
「……そ、そうだね……ありがとうハリー。そうさせて貰うよ」
それでもアーニーが承諾したのはリーダーであるハリーが命令したからなのか、休みたかったからなのか、それとも怖かったからなのかはわからない。
ハリーはスーザン・ボーンに対しても休むように連絡しようと思っていた。身内を失い親友の親族も殺された今、心には休息が必要だ。
ハリーは拙いなりにリーダーを演じようと心掛けていた。前学期に二名の造反者を出した経験は、ハリーにひとつの教訓を与えていた。
ハリーには他人の……それこそ、仲間の心を救うことは出来ない。そもそもハリー自身どうやって立ち直ればいいのか分からないのだ。今のハリーは闇の中でひたすらに彷徨っている最中なのだ。
しかし、たとえ心のケアが出来ないとしても。
心が病んでいく前に休ませるくらいの配慮はしてあげるべきだとハリーは考えていた。
***
アーニーはハリーの指示に従って裏の集会を休んだ。休むという行為に対して罪悪感はあったが、実際に休んでみてアーニーの心を満たしたのは安堵感だった。
じっくりと教科書を読み返したり、ジャスティンとトランプゲームをしたりして余暇を過ごしている間はアーニーは恐怖心を忘れることが出来た。今日はポーカーのディーラーをザカリアスが勤めてくれていた。
トランプゲームは本来魔法界には存在しない。ウィーズリー・ウィザード・ウィーズの店頭に並べられるまでは、トランプを知っているのはマグル出身者や混血の魔法族だけであった。
アーニーはジャスティンに教わったルールを覚えてトランプゲームに熱中した。物珍しかったのもあるし、魔法界のゲームに比べるとルールがしっかりとしていて公平性が担保されていたこともトランプゲームに嵌まる一因であった。
しかし、ハッフルパフの談話室には十一歳の時から苦楽を共にしたハナがいない。それだけでアーニーの心には否が応にも恐怖心がぶり返してくる。
あと二年で卒業するということはアーニーもわかっていた。暗黒時代の大不況の余波で就職氷河期が始まっているのはアーニーだって知っているが、ホグワーツに残る気はなかった。だから残り少ない仲間達との時間を大切に過ごしたかった。
その願いは叶わなかった。社会に出るよりも先に、時代はアーニーから日常を奪い取ってしまったのである。
「アーニー。スーザンはどんな感じなんですか?……ハナの代理じゃなくて……正式な監督生になったんでしょう?」
「スーザンはあくまでもハナの代わりになろうって思っているみたいだよ。……真面目だし、よく頑張っているけど……」
ジャスティンに対してアーニーはうっかりと本音を漏らした。
「ただ、なんか……頑張って監督生らしくしようとしているから一緒に仕事をしていると息苦しくて。もしかしたら去年の僕もハナに対してはそうだったのかなー……って思ったり」
「去年のアーニーはストレスで壊れてましたからね。」
「…………」
そう言った後、しばらく黙ってからジャスティンは付け足した。
「また……会えた時は謝ればそれでいいじゃないですか。きっと、戦争が終わったら会えますよ」
そんな日が来るかどうかはわからなかった。ただ、そういう日が来たときに喜べるようにしたいとアーニーは思った。黙ったままジャスティンに頷いた。
ザカリアスは二人の会話を見守りながらカードを配る。アーニーと違ってザカリアスにはトランプゲームの経験があったのか、その動きはこなれていた。
アーニーとジャスティンは互いの手札を出し合った。フルハウスのジャスティンに対してアーニーはクラブ、ダイヤ、スペードの5が揃ったスリーカード。悪くない手ではあったがアーニーの敗けだった。
「もう一回やるかい?それとも、今度は別のゲーム?」
「そうだね……僕は敗けが込んでいるし、ザカリアス、交代する?」
アーニーはむっつりと黙ってトランプを切っていたザカリアス・スミスに声をかけた。ザカリアスはいや、と肩をすくめて魔法でカードを回す。
「いいのか?なら俺とアーニーでやろう。ジャステイン、代わってくれ」
アーニーとザカリアスは向かい合ってジャスティンから配られた手札を確認し、ゲームを進めていく。
アーニーはコミュニティカードを見て今回はいけるのではないかと思った。フルハウスが狙えるのだ。ザカリアスはまだ役が揃ってはいないはずだ。
「俺が勝ったら質問に答えてくれよ、アーニー」
「よーし。それじゃ勝負するんだね?」
自信満々に勝負したアーニーは肝を冷やした。大方ブタだと予想していたザカリアスはダイヤが揃ったフラッシュを披露したのである。アーニーはあわやというところで勝ちを拾ったのであった。
それからザカリアスは何度かポーカーに興じた。いつもは負けると機嫌を悪くするザカリアスは、何故か今回はアーニーやジャスティンに負けても態度を変えなかった。
最後に二回、立て続けにザカリアスに負けたときザカリアスはアーニーに質問をした。
「……お前さ。ハリー・ポッターとかと交流があるんだろ。これ以上アイツに付き合ってて大丈夫なのかよ」
「大丈夫って……」
反射的にハリーの一味であることを認めてしまったアーニーはしまったと思った。これまでアーニーはハリーと関わりがあるということは、ザカリアスやジャスティンには隠していたのだ。
「やっぱりな。去年から時々居なくなるから何かおかしいとは思ってた」
呆けたようにアーニーを見るジャスティンとは異なり、ザカリアスは渋い顔でアーニーを見ていた。ザカリアスにも確信はなかった。かまをかけられたのだと気付いたアーニーは開き直ることにした。
「……仮にそうだとして。大丈夫かって言われても。……今の時代だと安全圏なんてどこにも無いだろう?」
苦々しい顔でアーニーは弁明した。ジャスティンは怒ってアーニーに言う。
「いや……それならどうして僕に言ってくれなかったんですか!言ってくれたら僕だって参加していたのに!」
ジャスティンから責められるのはアーニーにとって心が痛かった。言い返せないアーニーに代わってアーニーを弁護したのは、なんとザカリアスであった。
「ポッターは例のあの人と抗争してる。巻き込みたくなかったんだろ?アイツはヤバイって……闇の魔法使いだって噂があるしな。オーラーに喧嘩を売ったところを見ただろ?イカれてる」
「……」
アーニーはハリーを弁護する言葉が思い付かなかった。いくらアンブリッジが横暴であったからといって公権力に対して喧嘩を売るのは度が過ぎていた。
ハッフルパフ生であるからこそ、アーニーはハリーを信じては居なかった。
アーニーが信じているのは闇の魔術の行使を躊躇わないハリーではない。
グリフィンドール生としてまず邪道な手段は取らないだろうと思われるハーマイオニーであり、唯一ヴォルデモートに対抗できると教えられているアルバス・ダンブルドアであった。
「……レイシストに目をつけられたらどうなるかはジャスティンだって四年前によく分かったろ?アーニーはお前を巻き込みたくなかったんだよ」
「……そう……だったんですか?アーニー」
「……いや……その……」
アーニーは返答に窮した。まさかよりによってザカリアスに本音を言い当てられるとは思ってもみなかったからだ。
「……なぁ、アーニー。ポッターに近付くのは止めた方がいいんじゃないか。お前はまともな……一般人なんだ。これ以上戦争に関わったってろくなことにはならないだろ?」
(お前は俺と同じだろ?)
そんな願いを込めてザカリアスは言葉を発していた。
アーニーやジャスティンから見て、ザカリアスは友情から純粋に心配してアーニーを説得してくれているように見えた。
事実、ザカリアスは友情からアーニーを説得していた。不良と関わるのは止めた方がいい、戦争に行くのは止めろと言うのは全くの正論であった。
しかし、ザカリアスには一割の願望も含まれていた。
それは、勇気を出せない自分に対する情けなさ、劣等感。危険視されながらも英雄視されているハリーに対する嫉妬心である。
クィディッチチームに居る間、ザカリアスは尊敬するセドリックからしばしばハリーを参考にするように言われた。
セドリックはハリーのことを対等に評価していた。あくまでも後輩の一人でしかない自分とは違って、注目するべき敵であり尊敬すべき相手だと認められていたのだ。
ザカリアスがハリーに嫉妬心を抱くのは、そういった経験の積み重ねが原因だった。
ザカリアスは、己自身のそういった感情を誤魔化すために仲間が欲しかった。
ここでアーニーがザカリアスの提案を受け入れてハリーから距離を取れば、アーニーは戦争から逃げたという負い目を抱えることになる。
その負い目はザカリアスにとっては見ていて心地のよいものだ。勇敢ではないのは自分だけではなく、普段立派なことを言っているアーニーだって同じなのだと自分を慰めることが出来るし、友達を戦争の魔の手から遠ざけたのだと自分に言い聞かせることも出来るからだ。
アーニーはしばし目を伏せた。額から汗を流して考え込んでいた。
(……確かに、ポッターは危ないやつだけど……)
(それだけでも……ない。ポッターはリーダーとして僕たちのことを気にかけている……)
自分に対して優しい言葉をかけてきたハリーの顔がアーニーに浮かび上がった。
曲がりなりにも監督生となっていたアーニーには、ハリーの気苦労というものが想像できる。リーダーはその立場上簡単には弱音を吐くことは出来ないし、何か困っている仲間には手を差し伸べなくてはならない。
その余裕がない時は往々にしてあるし、目が行き届かないことだってある。それでも可能な限りは仲間を気にかけるのがいいリーダーなのだとアーニーは思っていた。
「……ポッターが危険なところがあるのは僕も知ってる。……でも、ザカリアス。それだけじゃないんだ」
アーニーは真っ直ぐに本音を述べた。ハリーに疑心があるのは確かなのだが、だからといって今更見棄ててどうしようというのか。
「お前、騙されてるぞ、アーニー」
ザカリアスは少し苛立ちを込めながら言った。騙されている、という悪意のある言い回しにアーニーとジャスティンは目を丸くしてザカリアスを見る。
「他人を戦争に巻き込むようなやつがまともなわけがねぇだろ。……綺麗事とか都合のいい美辞麗句を並べ立てて、利用しようとしてるだけだぞ」
「いや……待ってくださいザカリアス。その理屈はおかしいと思います」
即座に反論したのはアーニーではなくジャスティンだった。
「ポッターは……僕らと同じように友達を闇陣営に虐げられたんですよ?トライウィザードの最後にあんなことがあって……」
ザカリアスはその事を言われて露骨にばつが悪そうに目をそらした。ハリーの友人が巻き込まれて死んだことは誰もが知っている。
「学校中……どころか、魔法使い全体が彼を迫害して」
反論しようとしたザカリアスは反論の言葉が思い浮かばないように口をぱくぱくと震わせた。水槽に入れた観賞用の魚のようだとアーニーは思った。
「立ち向かう勇気があっただけ勇敢じゃないですか。彼の立場なら、危ないから皆で努力して自衛しようと思うのは当たり前じゃないですか?」
「……ポッターがそれだけ立派なら、何でさっさと『例のあの人』をやっつけないんだ?」
ザカリアスは論点をそらすことにしたようだった。アーニーは黙ってザカリアスの言葉を聞くことにした。
「……自分が勝てないから周囲を巻き込んで戦わせるなんて最悪じゃねぇか。スリザリン同士の抗争に、何でスーザンのおばさんやハナの母さんが巻き込まれなきゃいけねぇんだ」
「ポッターが例のあの人を始末してたらこんなことにはなってないじゃねぇか!」
沈黙を場が支配した。丸々一分か経ってから、ジャスティンは辛うじて言葉を絞り出した。
「……いや……幾らなんでもそれは……」
ジャスティンは少し引いていた。マグル出身のジャスティンにしてみれば、スリザリン生でありながら例のあの人に立ち向かおうとするハリーに対して悪感情は持ちにくかったのだ。
付け加えるなら、ザカリアスの論理が破綻していた。
ハリーが危険な存在であることを危惧しながら、ハリーが闇の帝王ことヴォルデモートを殺せていないと非難する。それはどう考えてもおかしいのではないか。
テロリスト……否。危険きわまりない猛獣を駆除するために銃を使ったからといって猟師を非難する人間が居るだろうかとジャスティンは思った。
もちろん、躊躇いなく銃をぶっぱなす人間とお近づきになりたいかというとそれはそれで違うのだが。
対してアーニーにはザカリアスの気持ちが少しだけわかった。
(ザカリアスはハリーに期待していたんだ)
と、アーニーは解釈した。
アーニーは幼い頃から、ハリーは偉大な英雄だと両親に聞かされて育った。
ハリーが例のあの人を退治したお陰で平和な今があるんだ、と。
(でもそうじゃなかった。例のあの人は滅んでなんかなくて、魔法界は平和になったわけじゃなかった……)
ザカリアスもそうだったのだろう、とアーニーはぼんやりと想像した。
「ザカリアスの言いたいことは分かるよ」
「ポッターは危険だし、やったことを考えたら全面的に信用するのが不味いっていう理屈も分かるよ。僕もパーセルタングは危険だって父さん達から教わったからね」
「じゃあ……」
「でも」
アーニーは自分が何に迷っていたのか理解した。
確かに闇陣営に立ち向かうことは恐ろしい。しかし、自分は何を信じるべきなのかとアーニーは悩んでいたのだ。
「ダンブルドアはハリーを信じている。あのハーマイオニー・グレンジャーもだ。だから僕はダンブルドアが信じるポッターを信じるよ」
ハリーの身内を最優先する気質や、ひいてはハリーが持っている闇の魔術をアーニーは恐れていた。確かにハリーはこちらに対して友好的だが、仮にハリーの地雷を踏んだとき何をしてくるかはわからなかった。
パーセルタングの使い手はまともではない、とアーニーの父はかつてアーニーに言っていた。そのジンクスに従うなら、ハリーもどこかがおかしいのかもしれないとアーニーは偏見を持っている。
単にヴォルデモートがパーセルタングの使い手だったからというわけではなかった。
何でも昔、とある村にいた魔法使いが狂気に毒されていたのだと言うが、詳しくは教えてくれなかった。
「戦争は向こうからやってくるんだ。僕らが普通にしていたって、闇の魔法使い達は平気でこっちを踏みにじって虐げてくるんだ。それに立ち向かうポッターを否定するなんて僕には出来ないよ」
アーニーはハリーを見捨ててフェードアウトしようという気にはならなかった。戦争に加担して死ぬのは恐ろしいが、今立ち向かわなければより酷いことになるのは目に見えていた。
「スリザリン生はそうやって甘い顔をして信用させてから、後戻り出来ないようなことをやらせるって聞いたぞ。ポッターが違うってどうして言いきれるんだ?」
アーニーは深く深呼吸してから言った。
(……もしそうだったら……)
「その時は……自分が間違っていたと認めるよ。でも、今は違う」
ハリーは神秘部の戦いに赴くとき、アーニーを呼び出したが来いとは言わなかった。
それは単にハリーがアーニーのことを今一つ信用しきれていなかったというだけではある。しかし、アーニーにしてみれば、無理強いせずにこちらの意思を尊重してくれたという恩になる。
少なくともアーニーはハリーに感謝していた。
「何を言っても無駄みたいだな!お前がそこまでバカだとは思わなかった!」
ザカリアスは怒って立ち上がると振り返りもせずに部屋へと戻っていった。ジャスティンはザカリアスには付き従わず、アーニーのところに残って、言った。
「アーニー。僕も……参加させてください。あの人に目をつけられて差別されるなんて、僕は絶対に嫌です」
そして小声で付け加えた。
「……本当に、ハリーは大丈夫なんですよね?噂されているような危険人物ではないんですよね?」
アーニーは深く頷いた。
「うん。ハリーの言ってることややっていることは過激だけど……それだけじゃないんだ」
表情を曇らせるジャスティンを見て、アーニーは付け加えた。
「ハーマイオニー・グレンジャーはそうじゃない。ハーマイオニーに君のことを紹介するよ。ハーマイオニーなら、過激なことはやらない。過激なことをやろうとするハリーを止めようとするはずだから」
そのアーニーの言葉に頷きながらも、ジャステインは内心でそうだろうか、と思った。
(グレンジャーさんは……SPEWをやっている過激な人だったような気が……)
(本当に大丈夫なんだろうか……?)
一抹の不安を抱えながらも、アーニーは裏の集会に再度参加することに決めた。ジャスティンという相棒を連れて。
***
アーニーが裏の集会を休むという選択をした一方で、裏の集会で闘志を滾らせているものもいた。
ハナ・アボットの親友、スーザン・ボーンである。
「アーニーは今日も来ないのね。……見損なったわ。怖じ気付くなんて」
スーザン・ボーンの目には暗い怒りが宿っていた。ハリーはザビニを見た。スーザンは休むどころか瞳に有り余るばかりの闇陣営に対する殺意を滾らせ訓練に励んでいる。
(……こうなったか……)
ザビニがどういうケアをしたのかはわからない。が、どうやらザビニはスーザンの戦意を肯定することを選んだらしい。ハリーのときそうだったように。
ハリーにはスーザンの気持ちがよく解る。
一度に大切なものを失いすぎて、何かに八つ当たりしなければ気が済まないのである。昨年のハリーがそうだった。
「アーニーはアーニーの都合があるんだ。休むと連絡をくれたから問題ないよ、スーザン」
ハリーがたしなめるとスーザンは渋々ながら頷いた。スーザンは真面目なハッフルパフ生であるだけのことはあり、リーダーの指示には従ってくれる。
スーザンは殺気を込めてステューピファイ・デュオを目標物めがけて撃っていた。何本もの赤い閃光を受ければ受けた相手はただではすまない。しかし、スーザン・ボーンの辞書から手加減という言葉は消え去っていた。
スーザン・ボーンは一年前の面影はなくなっていた。彼女の胸元には監督生であることを示すPのバッジがある。ハナ・アボットの代わりに彼女が監督生に任じられたのだ。
それはスーザンにとっては不本意で、自分の親族や親友の親族を殺されたという事実が重くのし掛かるだけであったのだろう。その雰囲気を感じ取っているのか、裏の集会ではやや緊張感が漂っていた。
場の空気を和ませようとしたロンのジョークも滑り、そろそろお開きの時間となったところでスーザンは残り、2人きりとなったことを確認するとハリーへと提案をしてきた。
「ポッター。私に闇の魔術を教えてくれ。私も戦力になりたい。……迷惑はかけない。ハーマイオニーには黙っておく。……私にも対抗できる力が必要なんだ」
ハリーに因果応報が訪れようとしていた。
ダンブルドアが闇の魔術をことさらに否定し、己の手を汚すことを厭うのは、士気を保ち自分が率いるオーダーの統制を取るためである。
リーダーの手が清く保たれていれば、部下はリーダーの顔を立て、あるいは見習って悪しき手段から遠ざかろうとする。しかし、リーダーが邪な手段を躊躇わなければ部下はリーダーを見習って悪しき手段を肯定する。
生真面目なハッフルパフ生であるスーザンが闇の魔術を肯定するような発言をしたのは、クラウチ氏の手で命の危機の場合において、闇の魔法使いに対する闇の魔術の行使が法律で肯定されているからでもあった。
ハリーもスーザンがそれを提案してくることに意外な気持ちはなかった。ダフネがそうであったからだ。
ただ、ハリーが闇の魔術を教えてくれと言われるのはこれで二度目である。ハリーはダフネに闇の魔術を教えたことを悔やんでもいた。
(間違いなく僕のせいだ……)
と。ハリーが安易に闇の魔術をダフネの前で使わなければ、ダフネもそこまで追い詰められはしなかった。
もっとも。ハリーがダフネの前で闇の魔術を使わなければ、ハリーとダフネは二人とも死んでいたのであるが。倫理とは必ずしも正しいものではないのだ。
だからハリーは闇の魔術を教えないための方便を用意していた。
「……待ってくれ、スーザン。君が持つべきものは武器じゃない」
「……待つ?何を待つと言うんだ?」
きっと自分を睨んでくるスーザンに、ハリーは身に付けていたペンダントを渡した。
「……これは……?」
スーザンに渡されたペンダントは蛇のエムブレムが刻まれたなんの変哲もない安物だ。
「……君が……いや、君たちが持つべきものは……武器じゃない。適切な防具だ。レベリオを使ってみてほしい」
「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ、剥がれろ)」
ハリーがそれをまだ皆に配らなかったのは、まだ実験段階であったからだ。スーザンは言われた通りに自分の左手に持つペンダントにレベリオをかける。
「うぎゃあっ!!」
レベリオをかけた瞬間、スーザンは悲鳴をあげた。ペンダントだったはずのものはもくもくと煙をあげて真の姿を明らかにした。白い体毛に、手に乗る程度の大きさのモルモットがスーザンの手に出現し、スーザンは慌ててモルモットを取り落とす。
ハリーのレヴィオーソによってモルモットはふわふわと宙に浮いた。モルモットはふわふわと浮きながら短い手足をバタつかせている。
「い、一体君は何をしているんだっ!?」
ほとんど悲鳴をあげながらスーザンはハリーから後ずさった。ハリーはスーザンの頭を冷やす試みが成功したことに内心で一息をついた。
(……目に正気が戻ったな……)
「……神秘部の戦いで。敵は人間を防具に変えてこっちの魔法をガードしていた。生きたまま姿を変えて装備しておけば、その部分にステューピファイやアバダケダブラが当たったとしても一回は耐えられる」
「……このモルモットはそのためのものだよ」
「生物を無機物に変化させる……高度だが理論上は可能……か」
「でも……」
スーザンは話を聞きながら複雑そうな顔をした。生命を弄ぶような行為に忌避感を持っているのだから、スーザンはまだ真っ当な感性を有していると言えた。
それが冒涜的な行為であるとしても、スーザンはハリーの行為を非難する気にはなれなかった。当然だ。
スーザンはハリーが本気であることを感じ取っていた。そして、その重さを感じとる度に震えた。
「スーザン。僕は君達には生き残って欲しいと思っているし、手を汚して欲しくもないと思っている。この防具は今しがた君が暴いて見せたように、完璧じゃない」
ハリーは倫理的な不満には取り合わなかった。闇の魔術を使う人間に師事したいと言うなら、倫理的な拘りには目をつむって貰わなくてはならない。
「この防具がレベリオでも暴かれないように改善すること。この防具が時間が経過しても問題なく機能するようにすること。それが出来たら君達にこれを渡すつもりだった」
スーザン・ボーンの表情には明らかに迷いや嫌悪感があった。生命を盾にすることには抵抗があったのだろう。
「僕の弟子になりたいと言うなら、まずはこの防具作成作業を手伝って貰いたい。君にその覚悟があるのかい?」
ハリーはあえてスーザンを突き放すことにした。
スーザンはダフネの時とは状況が違った。ハリーの目の前で闇の魔術を披露し、制御可能になるまで見なければ危険だったダフネとは異なる。
スーザンはまだ引き返すことが出来るのだ。怒りと正義感に駆られて暴走しているだけで、ラインを踏み越えてはいないのだから。
「……君たちがまず手に持つべきは武器じゃなくて。敵の攻撃を防ぐことが出来る防具だ。どうかな」
淡々と話すハリーに対して、スーザンは少しだけ震えていた。
「あの……その防具がアバダケダブラに対して効果があるかどうかは、どうやって検証するんだ……?」
ハリーは答えなかった。答える必要はなかった。
「……すまない……忘れてくれ……」
スーザン・ボーンは逃げるように空き教室を去った。その後、彼女は二度とハリーに闇の魔術を教えて欲しいとは言わなかった。
ハリーにとって意外なことに、スーザンはハリーを強く支持する態度は変えなかった。スーザン・ボーンはアズラエルの意見を最も支持し、またハリーの意見は全肯定したが、己の手を汚すという覚悟だけはなかった。
***
ハリーはモルモットを見ながら、モルモットを見てはいなかった。ハリーは自らが殺害するべき忌まわしい骸骨のような男の顔を思い浮かべた。鼻もなく目も赤く染まり、この世のすべての憎悪と怨嗟を煮込んだかのような宿敵の姿を思い浮かべながらハリーは杖を振った。
「……アバダケダブラ(死ね)」
ハリーが右手に持つ柊の杖から放たれた緑色の閃光は、寸分たがわずモルモットを撃ち抜いた。
日曜日。禁じられた森の片隅、聖域の中でハリーは実験に勤しんでいた。周囲には人払いのための魔法、レペロ・イニミカム(隠蔽せよ)で森の木陰に己の姿を溶け込ませ、音が周囲に聞こえないようにしている。
スーザン・ボーンが危惧した通り、ハリーがドロホフの使用していた防具の性能を検証するためには、実際にアバダケダブラを使う人間が必要である。
魔法によってモルモットを服に変化させ、その変化させた服を着たモルモットに向けてアバダケダブラを撃つ。
予めモルモットがアバダケダブラによって殺害できることを確認した上で、モルモットに服を着せ、服に向けてアバダケダブラを撃つ。そして服だけが壊れ、服を着ていた方のモルモットが生きていてはじめてこの実験は成功と言えた。
防具を作成するのも、アバダケダブラを使うのも。全てハリーは一人でやっていた。効率の面で言えばロンやハーマイオニーにモルモットを変えて貰った方がよかった。二人はハリーよりもコンジュレーションが上手いことをハリーはよくわかっていたからだ。
ハリーがその作業を思い付いたのは今学期に入ってからである。たまに見るドロホフの悪夢の中で、ドロホフが身に付けていた人を変化させたペンダントのことを思い出した。
ハリーはロンとハーマイオニーの二人に頼るわけにはいかないと思った。二人はハリーが闇の魔術を行使することを決して喜ばないとわかっていたからだ。
ハリーはロンやハーマイオニーや、裏の集会の仲間の全てを護りたかった。戦えば必ず犠牲が出るとわかっていても、一人でも多くの仲間に生きていて欲しかった。だから会議の場でも自分の考えは明かさず、一人で検証することを選んだのである。
ダフネやアズラエルであればハリーを肯定し喜んで協力しただろう。しかし、ダフネのコンジュレーションにはまだむらがあり、ハリーと大差はなかった。ハリーはダフネとアズラエルを頼るという選択肢を除外した。
研究気質でコンジュレーションが不得手ではない魔法使いの仲間、ザムザ・ベオルブを頼るという選択肢もハリーにはあった。しかし、ザムザには永遠の炎という無理難題の魔法理論を共同で研究して貰っていた。これ以上負担をかけるのはハリーとしても気が引けた。
否。そうではなかった。ハリー自身気付いてはいないが、心の奥底ではハリーは孤独感を抱えていた。
ハリーは恐れていた。闇の魔術のことを明かして人が離れていくのが怖かったのだ。
スーザン・ボーンに対して明かしたのは無意識の試し行為であった。自分のことを裏切らず共犯者になってくれる心の用意があるのかとハリーは問いたかったのである。
(……死んでいる。……良かった。成功した)
ハリーはモルモットを触る。まだ微かに暖かみのあるモルモットの身体にはあるべき脈がない。
(これで第一段階はクリア。……ちゃんと効果があるかどうか検証できる)
ハリーは心の底から安堵していた。ダンブルドアからヴォルデモートの母親の話を聞いて以来、ヴォルデモートに対して同情するような気持ちがハリーの中で沸き上がっていたからだ。
その気持ちに流され、殺意を風化させてしまってはならない。そんな思いがハリーを支配していた。
ハリーは生きたモルモットを粒のように小さな服に変え、それを生きたモルモットに被せた。緑色の閃光を撃ってから一分とかからずに、ハリーの杖からは緑色の閃光が解き放たれる。
「アバダケダブラ(死ね)」
緑色の閃光を受けたモルモットは倒れず、怯えたようにケージの中を駆け回る。
「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ剥がれろ)」
動き回るモルモットにハリーは追い討ちをかけた。モルモットの背にのし掛かるようにぐったりとしたモルモットが現れる。ハリーはすぐにアクシオでモルモットを呼び寄せた。
(……これで第二関門はクリア。だけどやっぱりレベリオで解除されてしまう。今の僕の腕だとこれが限界か……)
ハリーはモルモットの遺体を検分し、アバダケダブラの効果によって死亡していることを確認すると、ケージを片付けようとした。
「……エバネスコ(消えろ)」
ポンフリー校医から教わった通りにモルモットの遺体を消去したハリーはその場を引き払ってハグリッドの小屋に戻った。
ハリーの心には疲労感があった。ダフネやザムザと共にヒーラーとしての訓練や、永遠の炎の研究をしていたときは、こうではなかった。
ハリーは疲れていた。友達と共に学んだり何かをすることは楽しくても、一人で殺戮と検証を繰り返すという作業はハリーの想定よりずっとハリーに疲労感を与えていた。
ハリーには去年まで使うことが出来ていタイムターナーの恩恵はなかった。ハリーには、去年までは不正使用によって取れていた休養の時間がなかった。それゆえに心には少しずつ疲労が蓄積されていた。
錬金術。クィディッチ。裏の集会でのコリンやシノら後輩たちの指導。ヒーラーとしての訓練。そして、スラグクラブに加えてダンブルドアの個人授業。
六年生に入り、ハリーの負担はそれまでより増していると言ってもよかった。ハリー自身は気付いてはいないが、身体は確実に悲鳴をあげている。それまで取っていた休みを取っていないのだから。
当然ながら、ダフネとのデートの時間などはない。ハリーにもそしてダフネにもそんな気持ちの余裕はなかった。
ハリーがいま抱えている案件のうち、何かを捨ててスケジュールを空けるべきである。客観的にハリーを観察しているザビニはそう思っていた。
当然ながら、側で見ていたザビニとアズラエルはハリーが仕事を溜め込みすぎていることに気付いていた。
ザビニは休んだ方がいいんじゃないか、とアズラエルに相談した。しかし、アズラエルは違った。気の済むまでやらせましょうというのがアズラエルの主張だった。
アズラエルはハリーにワーカーホリックであるとの診断を下していた。ハリーにとっては、休みなく働いて闇陣営のための対策を練り己の技量を高め、仲間を護ることが神秘部で犯した愚行の贖いであり、ハリーの心を慰める唯一の方法であるとアズラエルは信じていた。
***
ハグリッドの小屋に戻ると、いつもならば見ないはずの顔があった。オルガ・ザルバッグとオーガスタ・ミカエルである。ますます背が高くなり、ロンを超えるほどの長身となったオルガに対してミカエルはそこまで身長が伸びてはいない。
二人は仲のいいシュラークと共にスクリュート達に殺されぬようプロテゴを展開し、餌を与えていた。ルナとコリンが森でグロウプの相手をし、ザムザがキメラの小屋の掃除をしている間は三人がハグリッドの小屋の前に居座っていた。
「お疲れ様です、先輩。本日はもう城にお戻りですか?」
「そうだね。ハグリッドが居たら挨拶だけしておこうかな」
「ハグリッドのおやっさんは留守です。詳しくは話してはくれませんでしたが……」
「オーダーの任務かもしれませんね。我々が詮索するのを拒んでいましたから」
「だとしたら詮索するのは止めた方がいい。ハグリッドとしても情報が漏れるのは避けたいだろうし」
シュラークが怪しく目を光らせるのでハリーは釘を刺した。シュラークがレジリメンスの達人であることをハリーはシュラークから打ち明けられ知っている。オーダーの機密を無闇に知ることはシュラークにとっても危険だとハリーは思った。
(ほどほどにしておきなよ)
という思いを込めてシュラークを見た。シュラークがどう思ったかは知らないが、フッと笑って肩をすくめた。
「実は俺たち……折り入って先輩にお願いしたいことがあって来たんです」
「……僕に?オルガが頼みごとなんて珍しいね。聞けるかどうかは内容によるけど……」
ハリーはオルガを真っ直ぐに見て言った。オルガの胸に輝くPのバッジは夕焼けに照らされて赤く輝いていた。
オルガはスリザリンらしく抜け目の無いところと、壮大な野心家であるところを感じさせるそつの無さがあった。
スリザリンにおいて相手に借りを作ることは禁物で、大抵の人間は何か恩を受けたらその場で返すように心掛ける。でなければ、返済できない借りに縛られて身動きが取れなくなってしまうからだ。
それをよくわかっているオルガがハリーに頼みごとをするというのはただ事ではない。ハリーはマフリアートを使い、周囲に声を漏らさないようにしながらオルガの言葉を待った。
「本当は裏の集会で頼もうと思ったんですけどね。会議の場でこんなことを言っても、場を混乱させてハーマイオニーの姉さんに迷惑をかけるだけなんで、先輩個人に頼もうと思いまして」
「悪事の相談かい?君がそういうことを言うなんてよっぽどだ。……それで、何がしたいんだい?」
ハリーが促すと、オルガはそれこそ直角になるほどに身体を折り曲げて礼をしてきた。これまでハリーが見たなかで最も整った礼であった。
「先輩……俺たちに、インペリオをかけて下さい!」
「……詳しく話を聞かせてくれ、オルガ」
オルガの頼みはそれこそ裏の集会を崩壊させるような頼みであった。ハリーはオルガ達から事情を聞くために、座って話を聞くことにした。
***
数日後。
ハリーは対アバダケダブラ対策のためのペンダント改良の手段を模索していた。
図書館で探した資料やハリーがかき集めた知識の中に、改良の兆しになるものはなかった。しかし、思わぬところに切っ掛けがあった。やっと得た知識はペンダントの欠点を改良するための発想の手助けにはなった。
しかし。発想があっても今のハリーではそれを実現できるだけの知識がなかった。そのための具体的な理論についてはまだ闇の中であった。
(………………フリットウィック教授に教えを乞おうか?……いや、どうせなら……)
ハリーが真っ先に思い浮かべたのはフリットウィック教授であった。決闘クラブで教わった日々から、ハリーはフリットウィック教授には全幅の信頼をおいていた。
それこそ本来の担任で、現在の闇の魔術の防衛術担当であるスネイプ教授よりも。
本来真っ先に尋ねるべき存在に聞くという発想はハリーには存在しなかった。元々スネイプ教授からは好かれていなかったが、前学期のオクルメンシー取得訓練の経緯は二人との間にマリアナ海峡よりも深い断絶を産み出していた。
対して、フリットウィック教授の魔法全般に対する知識と、その実証経験は広く、そして深い。
教授ならばハリーの単なる思いつきにも明確な理論を示してくれることは想像にかたくなかった。
(待てよ)
……しかし、ここでハリーは思いとどまる。
(……スラグホーン教授と学術的な話をしたことは数回あった。教授もどうせなら自分を頼って欲しいと常々言ってくださったし、ダンブルドアも……僕かハーマイオニーがスラグホーン教授と親しくすることを望んでいる……)
ハリーはホラス・スラグホーンをまず頼ることにした。フリットウィック教授は真っ先に自分に相談しなかったことを怒るかもしれないが、学術的質問のために幅広い教授の意見を聞きたいと説明すればフリットウィック教授は説得できる自信があった。
***
「魂の物質化……?」
ハリーから告げられた単語にホラスは震えた。そんなことをホラスの前で話した生徒はかつて一人しか居なかったからだ。
「ええ。或いは……『物体への魂の付与』。それについて興味がありまして。スラグホーン教授の見解を伺いたいのです」
「ほーう……なぜそんなものに興味を?」
「ダンブルドア教授の錬金術の講義をより深く理解するために東洋の魔術書について調べるうちに、面白い理論を見つけたんです」
「魂魄理論。人は肉体を司る魄と、精神を司る魂に分けられる、と。錬金術が物体や魂を錬成して、より完全なる存在へ至ることを追求する学問であることを考えると、発想が似ていると思ったんです」
「ほほう」
「例えば動物の魂を、完全な物質に付与する。そういうことも出来るのではないかと思いまして。教授の見解をお尋ねしたいのです」
そう語るハリーの瞳に嘘は感じ取れなかった。しかし、ホラスはハリーの中にかつての己自身の過ちと、ホラスから見てまだ若い者特有の危うさを感じ取った。
(危うい)
ホラスに直感が働く。五十年ぶりの汗がホラスの頬を伝っていた。
「ですがおかしなことに。図書館のどこを探してもそういった類の概念に関する記述はありましたが、具体的な魔法の手法については一文の記載もありませんでした。…スラグホーン教授ほどのお方なら、そのような魔法でも何か御存知ではと思いまして」
ホラス・スラグホーンはハリー・ポッターが己を頼ってきたことをとても喜んだ。
ホラスはハリーに対しては負い目があった。
というよりも、己が目をかけた才能ある若者全てに対して負い目があった。
かつて目をかけた教え子のシビル・トレローニなどは大成せず燻っているがまだいい方で、ルシウス・マルフォイのように闇陣営に与したものも少なからずいる。そして、ホラスを責め苛むのはその元凶を己が産み出してしまったのではないかという後悔だった。
(魂の……付与……まさか、まさかこの子もあれに辿り着いたというのか。あの魔法に……)
(……あり得ることだ。不老、不死の手段はあらゆる魔法族の夢だった。若い魔法使いが陥りがちな過ちだ。この子がそれに辿り着いてもなんの不思議もない……)
オルクメンシーで感情がハリーに伝わらないようこころを閉ざしながらも、ホラスの内面は湖の下に潜む白鳥の手足のように暴れ狂っていた。
ホラスが教授として長年ホグワーツに勤めたのは、才能ある生徒を見出だし、その生徒を導き、そしてその進路の手助けをすることでちょっとした見返りを得るためだ。
だが……その気持ちが。私利私欲が、最悪の道に進ませる後押しをしてしまったのだとしたら。
ホラスはずっとそんな葛藤を抱えていた。
そして今まさに贖罪の機会は訪れたのである。
「そんなもの私は全く興味はないっ!」
ハリーに己の持つ知識を与え恩を売りたい。そんな欲求を頭から追い出してホラスは正しいと思える選択をした。
「先生?どうかなされたのですか?」
ホラスははっとした。ここまで我を失うつもりはなかったのだ。これでは、暗に物体への魂の付与が出来ると認めたようなものではないか。自分がそれを知っていると言っているようなものではないか。それはとてつもない不名誉だった。
ホラスは己の記憶を改竄することでなんとか罪悪感から目を背けていた。だからこそ、あの時ああすれば良かったという行動をハリーに対して取ってしまったのである。
誤魔化すようにグラスをテーブルに置き直すと、こほんと咳をひとつ入れる。
「……いや、なに。……私には……そういった魔法は専門外であるので見当もつかない。ミネルバであれば何か解ることもあるかもしれないが」
(ダンブルドアの命令で私のことを探りを入れに来た……というわけでは無さそうだ。……そう……そんな雰囲気は感じられなかった)
ハリーの様子を観察しながらホラスは落ち着きを取り戻した。
(そもそも……ダンブルドアが生徒が闇の魔術に身を落とすことを望む筈もない)
ダンブルドアがどれだけ闇の魔術との戦いに苦しめられてきたか。どれだけ生徒が闇の魔術に堕ちることに心を痛めながら、伝統のためにそれを放置してきたか。ホラス自身も、何十年もの間それを放置し続けてきた。
仮に若者が闇の魔術に興味を持ったとして。
過度な純血主義に傾倒していたたとして。
それは若いうちにかかる麻疹のようなもので、大人になれば誰もが頭を抱えてなかったことにする。一種の通過儀礼なのだと思っていた。
だから自分の目の前にその予兆があった時は指導する。するが、自分の前でそれを出さなければ見逃す。
若者の過ちを笑って許すのも大人の務めだと信じていたし、実際、ホラスの姿勢はホグワーツの伝統からいってなんの問題もなかった。
(大丈夫、大丈夫だ。なんの問題もない……)
そうやって自分に言い訳をし続けながら、スリザリン内の純血主義も放置した。
いやむしろ、純血主義そのものはホラスにとっても都合がよかった。親から子へと然るべき教育を受けた子供達の学力は高い傾向にある。勿論その中でも本人の持つ資質や環境によって優劣はつくのだが、純血の家庭で育った子供達の方が平均的には優秀であるという驕りはあった。
そしてその歪みが、トム・リドルをヴォルデモートに変えてしまったのではないかと……ホラス・スラグホーンは己を責め続けてきた。
ハリーはホラスに対して含みはない様子であった。ホラスの様子に何か怪しいものを感じ取っても、ハリーはそれを見なかったことにした。
「ありがとうございます、スラグホーン教授。今後とも宜しくお願いします」
「……ああ。……君の研究が進展することを……祈っているよ、ハリー」
ホラスは一抹の不安と、自分は今度こそ正しい選択をしたという安堵感に包まれていた。
ハリーが去った後、ホラスはお気に入りの蜂蜜酒に手を伸ばそうとしてやめた。酒は楽しむために飲むべきもので、逃げるために飲むものではなかった。
ローリング先生
「ホラスはリドルに関して責任を感じる必要はありません。リドルはホークスラックスについて既に到達していて、必要なのは完全なる不死に必要な数はどれだけかという部分だけでした」
スラグホーン教授は不憫な人です。
何が不憫って本作のハリーはもう闇堕ちしてるというね。
ハッフルパフ生のアーニー、スーザン、ザカリアス達も『都合のいい正解』なんてないけど自分の路を進んでほしいなあと思いますね。この先に何が待っていようとも、それが大人になるということですから。