ハリーとロンのコンパートメントに出てきたドラコは、ハリーのとなりにいる赤毛の少年を見て、明らかに機嫌が悪くなった。
「……やあ、久しぶりだねポッター」
「うん、久しぶりドラコ。マルキンさんの店以来かな」
「ああ。後ろの二人の紹介がまだだったね?左はクラブ、右はゴイルだ。僕や君と同じように、スリザリンに入るだろう」
「……はぁ?」
こう言ってハリーがドラコと挨拶を交わすと、ロンは困惑してハリーを見た。
ドラコの家は、ドラコ本人が自慢してハリーに聞かせたように、魔法界で有数の金持ちだった。魔法界とマグルの世界に土地を持ち、いくつもの大会社の株主として多くの安定した資産を持っている。
それだけなら、ドラコの家はいけすかない金持ちというだけですんだ。だが、この話には続きがある。
ドラコの父親は、史上最悪の闇の魔法使いであるヴォルデモードの右腕として、大勢の魔法使いや罪のないマグルを傷つけ、時には残酷に殺した。そんな人として最低最悪の外道であるにもかかわらず、金持ちで有力者との間に人脈があったという理由で、見え透いた言い訳のもと、罰も受けずに今日までのさばっているのだ。
ロンが堂々と自慢げにしているドラコに対して、呆れとも嘲りとも取れる声を漏らすと、ドラコはロンに対して侮辱的な態度を取った。
「そっちの君の紹介は要らないなあ。ポッター、僕が君の立場なら付き合う人間は選ぶね。
ウィーズリー家みたいな、子沢山で没落してるような貧乏臭い連中とは付き合わない。君も、こんなところに居て辛かっただろう?僕のコンパートメントに行こう。スリザリンは君のことを歓迎するよ」
ドラコはマルキン婦人の洋服店でハリーと出会ったことを、自分の父親に伝えた。ハリーがマグルに対して、敵意を向けていることも。
その情報を得たルシウスは、自分の後輩であるセブルス・スネイプのことを思い浮かべ、ハリーをスネイプのように利用できるかもしれないと思った。
普通に考えれば、純血でもない魔法使いが純血を尊ぶスリザリンに受け入れられるはずもない。ましてや両親をそのスリザリン出身者に殺されている子供が。しかし、マグルの血が混じっていても、マグルに恨みを持つ子供は、自らの出自を否定するために純血主義に傾倒することがある。
現在スリザリン寮で寮監をしているスネイプも、そしてルシウスの主である闇の帝王ですら。魔法界に馴染もうとして、悪の道へと手を染める魔法使いは多い。
(ポッターは使える)
ドラコの友人として囲い込み、恩を与えて闇の魔法使いとして育て上げてもいい。かつてルシウスが恩を着せたことで、スネイプはルシウスにとって非常に都合のいい友人になったのだから。ハリーもやがてそうなるだろう。闇の帝王から生き延びた子供は、神輿にする価値があった。
さらに、万が一闇の帝王が甦れば、ハリーを帝王に差し出すことでマルフォイ家は安泰になる。ハリー一人を所持するだけで、善の側にも悪の側にも立つことが出来るのだ。
そんな都合のいい未来を期待して、ドラコの父親はドラコにハリーと友達になるように焚き付けた。
親の教育と愛をたっぷりと受けたドラコは、なんとしてもハリーと友人になりたかった。だが、ドラコには、対等な友人と言える対人経験があまりなかった。
セオドール・ノットのような同年代の魔法使いの子供は、ルシウスの交友関係から出来た友人だった。ルシウスのお陰で難を逃れた父親の影響か、セオドールがドラコに配慮することはあっても、ドラコからセオドールの気持ちに配慮することはなかった。ドラコは王であり、孤独だった。
生まれながらに恵まれ、持てる者だったドラコは、持たざる者であるロンを侮辱されたときのハリーの気持ちを理解できなかった。ハリーは生まれこそ持てる者だったが、境遇は持たざる者だったのだ。
「……悪いけど。ドラコ、誰の友達になるかは自分で決めるよ。スリザリンだからって、ロンを邪険にすることなんてないだろう」
ハリーは、少しの逡巡のあと、ドラコが差しのべた手を断った。
ピュウ、とロンの口笛が響く。
ドラコがロンに投げ掛けた言葉は、ロンの家族に対する明確な侮辱だ。スリザリンに対するロンの偏見はハリーにとって不安要素だったが、会話して、ロンと意見を交わして、議論する余地があった。
だが、侮辱と罵倒で得られるものは何もないことをハリーはダーズリー家での十年間で学んでいた。
ロンの貧乏に対する侮辱は、間接的にハリーに対してもぶっ刺さるのである。
クラブとゴイルは、ぽかんと口を空けてハリーを見た。今の今まで、ドラコに対してここまではっきりと意見する子供は居なかった。
「今なら僕の聞き間違いってことにしてやるぞ、ポッター。それとも君も、君の腐った両親と同じ道を歩みたいのか?」
両親を侮辱するような言葉に、ハリーも黙ってはいなかった。
「ドラコ。僕は君の社交的でユーモアのセンスがあるところは凄いと思ってる。でも、悪意で人を傷つけて平然としているようなところは嫌いだよ」
ドラコに対してあまりいい印象がなかったハリーだが、彼になんの美徳もないとは思わない。少なくとも二人も、人間の友人がいる時点でハリーと同じか、少しだけ上の社交性があるということなのだ。
だからこそ、ドラコに人を侮辱してほしくはなかった。その姿はダドリーを思い出させ、ハリーに対してドラコへの嫌悪感を掻き立て、美徳を見えにくくさせたからだ。
「仲良くする必要があるのは、純血の魔法使いだけなんだよポッター」
「僕は、そうは思わない」
ロンもクラッブも固唾を飲んで二人のやり取りを見守るなか、ハリーとドラコは互いの目をにらんだまま動かない。
先に折れたのは、ドラコだった。
(どうしよう……ポッターと友達になったって父上に言ったのに。このままじゃあ、父上に叱られる……)
ドラコの脳内に、ルシウスの失望したような顔が思い浮かぶ。ルシウスに誉めてもらいたくて、ポッターと仲良くなったと話を盛ってしまったのだ。
(ここでポッターと完全に敵対したら、父上は僕になんて言うだろう?)
だが、ドラコは振り上げた拳を降ろせない。よりによってウィーズリーを相手にそれをしたとなれば、クラッブやゴイルからなんと言われるか分かったものではない。
ドラコ自身、クラッブやゴイルが両親に義理立てして自分についてきていることは何となく気付いている。ここでウィーズリーと和解なんてすれば、彼ら二人に対して示しがつかない。
気まずい沈黙を破ったのは、そのゴイルだった。
「腹が減ったなぁ。お菓子、あまってんだろ?俺にもくれよ」
「え?お菓子?別にいいよ。何がいい?」
ドラコの後ろに控えていた大柄な男子、グレゴリー·ゴイルは、家同士のマウントの取り合いやドラコの葛藤など知ったことではない。彼にとって重要なのは、己の空腹感を満たすことだけだった。
ハリー自身、ロンとの話題作りのために買っただけでお菓子には何のこだわりもない。ハリーがゴイルにお菓子を渡そうとしたとき、ハリーの側を風が吹き抜けた。
「ギャ!?」
風だと思ったのは、ロンが飼っているお下がりのペット、スキャバーズだった。スキャバーズはゴイルの指先にかじりつき、指を食い破らんばかりに前歯を突き立てていた。
「いてえっ!」
「指はだ、大丈夫、ゴイル君?」
ゴイルが指からスキャバーズを振りほどいたとき、ゴイルの指にはうっすらと歯形がついていた。
「こ、こんなところに居られるか!行くぞゴイル!クラッブ!」
「でも、お菓子が……」
「宴まで我慢しろ!僕にこれ以上恥をかかせるなよ!」
ハリーに対する態度を有耶無耶にし、ロンに謝罪することもなく、ドラコはこれ幸いにハリーとロンのいたコンパートメントを後にした。
「ナイススキャバーズ。……いい仕事だったぜって、こいつ、グースカ寝ちゃってるよ」
「ゴイル君には悪いことしたね」
「ほんとか?ホントに悪いと思ってるか~?」
自分のペットを見て誇らしそうに笑っているロンに、ハリーもニヤリといたずらっぽく笑った。
そんなハリーに、ハリーの耳にだけ届く声が聞こえた。
『ハリー。おい、ハリー。聞こえてるよな?俺への返事は要らねーからそのまんま聞けよ』
「なんだ?」
「すきま風かな?」
ロンに対してシラをきって、ハリーは何事もないようにロンとの雑談に興じた。その間にも、ハリーの愛蛇であるアスクレピオスは言葉を続ける。
『そこの赤毛に飼われてる鼠。スキャバーズだがよ……そいつは鼠じゃあねえなあ。小さい鼠を喰ってる俺が言うんだから間違いネーゼ?ハリーなら俺の言葉に嘘がないって分かるヨナ』
ハリーはかぼちゃのジュースを吹き出しかけたが、ぐっとこらえてジュースを飲み干した。
『おおかた、闇の魔法使いってやつがネズミに化けてそいつん家に入り込んでんだろうなぁ。早いとこ、大人の前につきだしちまいな。じゃねえと怪我じゃすまねーぞ』
アスクレピオスはクスシヘビであり、爬虫類でしかないはずだが、魔法界で育った動物は魔法の影響か、人間に近い知能を持つ。言語を完全に理解しているわけではないが、人間の細かい動作に込められたニュアンスを感じとる能力はあるようだ。
ハリーは迷った。
アスクレピオスの勘違いで、単にスキャバーズが賢いだけの、魔法界で生まれた鼠という可能性はある。
しかし、もしもそうではなかったら?
(どうしよう……今すぐ社内販売の大人に言って捕まえてもらう?スキャバーズがホントに人間だったら、そっちの方が安全で確実……いや、大人はダメだ。信用できない。どうにかして証拠を見つけてつき出さないと)
ハリーがダーズリー家の十年間で学んだことは、大人は嘘をつくし信用ならないということだった。大人に話をしても信用されなければ、ハリーは単なる狼少年でしかなくなり、ロンとの友情を失うことになりかねない。
しかし、スキャバーズをこのまま捨て置くことはできない。もしもスキャバーズが闇の魔法使いなら、ロンに危険が及ぶかもしれないのだから。
ハリーは頭のなかで、自分がすべきことを思い浮かべ、有効そうな魔法を反芻する。
どうやってスキャバーズの正体を暴こうかと考えている間ハリーはロンとの雑談に興じた。ドラコたちの乱入で有耶無耶になっていた、自分の入りたい寮についての話だ。
「ハリーはさ、スリザリンに入りてーの?」
「……うん、そうだよ。ロンは僕がスリザリンには合わないって思う?」
その時ハリーは、ロンのペットがハリーの言葉に頷いたように見えた。
(落ち着け……動揺するな。そう見えるってだけかもしれないし、もしも本当にそうだったら、気付いたことに気付かれるのもまずい)
もしかすると、アスクレピオスの言葉で疑いを植え付けられてしまっただけかもしれないし、そうではなくスキャバーズは本当に人間で、ハリーの言葉も理解しているのかもしれない。
いずれにせよ、ハリーの内心の緊張感を鼠に悟られるわけにはいかなかった。
「そっか……俺は、ハリーはスリじゃなくてグリフィンドールが合ってるって思う。勇敢だったぜ、さっきのは」
グリフィンドールの重んずるべき価値観は、強大な敵にも臆することのない勇気であり、弱者に手を差しのべる騎士道精神だった。
ロンから見ても、ドラコ相手に堂々と啖呵をきったハリーの行動は、騎士道精神と勇敢さがあるものだった。
「ありがとう。そう言ってくれるのは凄く嬉しいよ。
……でも、ぼくは立派な魔法使いになりたいんだ」
ハリーはロンの賛辞にくすぐったい思いになりながら、しかし自分はグリフィンドールではないと思っていた。
「……勇気があるやつなら、ぼくはここにはいないよ」
「勇気はあるよ!じゃなきゃ。マルフォイに喧嘩なんて売れないぜ」
「あれはあれで、ドラコを信用したから言えたんだよ。言ってもわからない、聞いてくれないやつじゃないと思って言ったんだ」
(……たとえば、ダドリーたちみたいな奴らとは違うって)
ロンの賛辞に、今度は弱々しい笑みで返した。
ハリーに、もしも必要な勇気があるとすれば。
ダーズリー夫妻に、ダドリーに、小屋を吹き飛ばしたことを謝る勇気。それがハリーには必要だった。だが、明らかにもう時を逸していた。
ハリーは自分のなかで、どうしてもその勇気を持つことができなかった。
グリフィンドールの誇る美徳である勇敢さは、何かと悪い意味合いが混じるスリザリンの狡猾さとは異なる。己自身に対して嘘をつかず、なすべきことをするという、正直さや素直さというハッフルパフの精神にも近い美徳だ。
対して、ハリーが求めているのは栄光だった。
スリザリンに入り、偉大な魔法使いになる。
そうならなければ、自分の命を捨ててまでハリーを生き残らせた両親に申し訳ない。
せめてそれくらいできなければ、自分を育てたバーノンやペチュニアを裏切ってまでマグルの世界を捨てた意味がない。
ハリーは栄光と名声で、己の中の空白を埋めようとしたのである。
だが、ハリーは強欲でもあった。
「でも、もし。もしも僕がロンと違う寮でも、ロンは僕と友達でいてくれるかな?」
強欲だから、そんな虫のいいことが言えた。なにかを選ぶということは、同時に他のなにかを切り捨てるということでもある。このときのハリーには、それがわかっていなかった。
「当たり前だろ!」
ロンは反射的にそう言った。このときのロンには、スリザリンへの嫌悪感や不信感はない。ただ、友達になった子と、また友人でいたいという気持ちがあるだけだ。
そんなロンの胸元で、スキャバーズがせせらわらったような気がした。
ロンは勢いでそう言ってから、気恥ずかしくなったのか。ボソボソと言葉を付け加えた。
「あ、でも、俺は本当にハリーにはグリフィンドールが合ってると思うんだよ。本当に、悪い意味じゃなくてな」
「グリフィンドールには、ロンの方があってるよ」
ロンの耳が少し赤くなった。ロンにとっては、なんだかんだ言ってグリフィンドールに入ることが夢であり、グリフィンドールに選ばれることこそが最大級の賛辞なのだろう。
だが、ハリーはその勇敢さを選ぶことはできなかった。というより、選ぶ資格がないと思っていた。
「……まぁそれでも、まずあり得ねえとは思うけど、万が一ハリーがスリザリンだったら、それはたぶん、スリザリンも思ったほどには悪いとこじゃないってことなんだろうな」
そんなロンの言葉で、ホグワーツ特急の旅は終わりを告げた。
ホグワーツ特急を降りたハリーたちの目に飛び込んできたのは、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた湖と、湖に写し出されるホグワーツ城の雄大な姿だった。
その偉大な景観に見とれ、上級生たちが馬のいない馬車に乗っていく中、ハリーはロンと一緒に渡し船を待った。そして、ハリーは思いもかけぬ人と再会を果たした。
「おーい、イッチ年生!イッチ年生はおるか!こっちじゃ!」
「ママに連れられてダイアゴン横丁に行ったときに見たなあ。ハグリッドが出迎え役なんだ……」
ハリーに魔法を教えた恩人であり最初の友達、ルビウス・ハグリッドだ。彼は、新入生を迎えに来るという大役を仰せつかっているのだという。
「ハグリッド!会いたかったよ!」
親しげにハグリッドへ話しかけるハリーを見て、ドラコや、ドラコ以外の何人かの生徒はハリーのことを見下すようにヒソヒソと言葉をかわしあった。
「おおう、元気にしとったかハリー!お前さん、ちいっとだけ背が伸びたか?」
「ハグリッドのお陰でね。ハグリッド、この船でホグワーツに行くの?」
「おう。イッチ年生のみんな、危ねえからしっかりとしがみついとれよ!」
「待って、ちょっと待ってください!トレバーがいないんです!」
ハグリッドがそう言って船を動かそうとしたとき、泣きべそをかきながら訴える男の子がいた。
「トレバーって……」
「居なくなったっていうヒキガエルか?」
ハリーとロンは顔を見合わせる。彼のペットはまだ見つかっていなかったのだ。しかし、ハグリッドのお陰で事態はすぐに解決した。
「あー、さっきヒキガエルがオールにはりついとった。もしかしてこいつか?」
「トレバー!……ありがとうございます、ハグリッド!」
ハリーはもっとハグリッドにお礼を言いたかったし、久しぶりに会ったので色々と話をしたかったが、流石に自重した。
今はそれよりも、ホグワーツに行くことを優先するべきだ。
そうして、ハグリッドが動かす船の上で、湖に浮かび上がる古城の姿と、目の前に悠然とそびえ立つホグワーツの壮大な城を見ながら、ハリーたち一年生はホグワーツへと足を踏み入れた。
はじめてみるホグワーツ城の大広間は、赤、青、緑、そして黄色の、ホグワーツの四つの寮を誇示するかのような飾り付けが至るところにあった。
ハリーたちは、魔女らしい装いをした副校長のミネルバ・マクゴナガルからホグワーツの四つの寮についての説明を受けた。
……誠実さと勤勉さを重視するハッフルパフ。ハリーは、自分は誠実でも善良でもないことを知っていた。
……知恵を重んじ、探求をよしとするレイブンクロー。ハリーにとって知識は使うもので、勉強も自分の将来のためにやっていることだ。ここもハリーの求める寮ではないと思った。
……勇敢さと騎士道精神を持つグリフィンドールについては今さらいうまでもなかった。
……そして、狡猾さと伝統を重んじるスリザリン。秩序と伝統を重んじる考え方は、ダーズリー家のそれにも似ている。
ハリーは、自分がどの寮に入りたいかを今一度深く考え直した。
(……でもその前に、やらなきゃいけないことがある)
ハリーは、チラリとロンの胸元を見た。ロンのペットであるスキャバーズは、胸元のポケットに入り込んで寝息を立てている。
組分けの儀式が始まるというので、新入生の生徒たちにアルファベット順に並ぶよう伝える。大人の教師たちの目が新入生に集まったその時を狙って、ハリーはロンの胸元に杖を向け、ひとつの呪文を唱えた。
「スペシアリス・レベリオ(化けの皮よ剥がれろ!)!」
原作プロットが崩壊してしまう~