描写されてないだけでロンとお互いに掛け合ったりしていたんでしょうか。ラベンダー・ショックが起きる前に。
「……しかしコリン。君はじつにいい働きをしてくれた。俺にとって君は名誉スリザリン生だと言えるだろう」
「えっ……?どういう意味?僕なんかやっちゃいました?」
コリンは聞き捨てならない言葉を聞き流した。
コリンはグリフィンドール生としてグリフィンドールに誇りを持っているが、自分の出身寮が一番だと言うのは当たり前のことだ。
スリザリンに名誉なんてあったっけと突っ込んではいけない。コリンにもそう思うくらいの分別はあった。
「ああ。君がミス・グレンジャーの弱味を握ってくれたことは大いに意味がある」
シュラークがニヒルに笑ったのを見てコリンに嫌な予感が走る。
悪巧みしているときのシュラークがどういう雰囲気になるのかコリンにはよくわかる。露悪的かつ攻撃的な顔で戦闘態勢に入るのだ。
シュラークを通してコリンはスリザリン生との付き合いを学び、そして気付いたことがある。
スリザリン生は平均するとカタログスペックは確かに高い。昔からしっかりと勉強をしてきたからか、優秀でありがり勉……もとい、勤勉でもある。
しかしながら、シュラークやドラコ・マルフォイを筆頭に一部のスリザリン生はしばしば露悪的な行動に走る傾向にあるとコリンは学んでいた。
なぜ正攻法ではなく露悪に走るのであろうか?
露悪的に過剰な手段に走るその理由は自分に自信がないから、というだけではない。コリンはシュラークとの付き合いでそうなるまでには段階を踏んでいることは知っている。
スリザリン生はギリギリまでは規則を順守する。なぜならその方が都合がいいからだ。
それなのに露悪的な手段を取るということは。
正攻法を取って駄目だったという結果があってのことだとコリンはこれまでの付き合いでわかっていた。
「いや、何でそっちなんだよ。喧嘩の仲裁をした方じゃないの?」
「ないな。グリフィンドール生とスリザリン生が揉めて、一方的な虐めの構図になりかけたところをそれを助けた……君の判断は美徳だが、はっきり言って甘すぎる」
「ええ……」
「純血主義者など次からは見捨てても構わないよ。たとえそれが先輩の親族であろうと……その方が正義をアピールする上では都合がいい」
あまりにも露悪的な言葉だった。正義とは一体何だとコリンは思う。
「いや……まぁ後からレイシストだったと聞いてなんか損した気にはなったけど……それとこれとは別だろ?」
「……グリフィンドール生には政治的なセンスはないな」
皮肉すらなく直球でシュラはコリンをそう評した。
(…………政治的なこととかを気にして人助けしないのが正義なら、政治なんて気にしなくていいや。そういうのはハリー先輩とかハーマイオニー先輩に丸投げしよう)
コリンは心の中でそう誓う。シュラークはそんなコリンの目を見て、笑いを堪えきれなかった。
「……どうしたの?」
コリンの脳内警報は目覚まし時計のようにがんがんと鳴り響いていた。
「まさか先輩を
半信半疑のまま直感に従い尋ねる。コリンとしては『見損なうなよ。俺はそこまで落ちぶれてはいない』という返事が来ることを期待していた。
その期待は見事に裏切られた。
「察しがいいな。勿論そのつもりだ」
コリンの慌てふためく顔が面白くて仕方ないという風にシュラは笑う。コリンにとっては笑い事ではなかった。
「いや何を考えてるのさ!?止めなって!冗談だろ!?」
「至って真面目だ。グレンジャー先輩を『説得』し……会議の場で彼女にインペリオ対策の承認をして貰いたいんだよ」
「……インペリオ対策って……具体的には何をするの?」
コリンは動揺の最中に最悪の闇の魔術の名前を聞きぎょっとする。
かけられた人間が、かけた人間の操り人形となる魔法。それがインペリオである。熟練の闇の魔法使いに操られた人間は、人格や能力は本人のまま従ってしまうと言われる、最悪の魔法だ。
「……ハリー先輩にインペリオをかけてもらい、抵抗しながらインペリオへの耐性をつける。本格的に闇陣営へ対抗するならそこまでやらなければ意味がないだろう?」
「いや……待って。君は先輩をアズカバン送りにしたいの?」
コリンは即座に突っ込んだ。
「正義のための訓練であれば闇の魔術の使用は黙認されるさ。神秘部がそうだっただろう?」
(いや……)
されはしない。
コリンは内心でそう思いながらシュラを見る。危ない橋を渡ろうとしているのを責めるよりは心配する気持ちの割合が大きかった。
言うまでもなく、ヒトに対してのインペリオはご法度である。そんな案が通ると思っているシュラークの正気をコリンは疑った。
そしてシュラークはどこか壊れていた。シュラークの脳裏には神秘部でのハリーの醜態は、活躍として都合よく好意的に解釈されていたのである。
闇の魔術であれ何であれ、生き残るためにあらゆる手を尽くし手を汚すことも厭わない。グリフィンドールにとっては手を汚すことは恥であるが、シュラークにとってはそうではない。
手段を選ばず仲間の身の安全を護ることだけを考えて全力を尽くす。シュラークはそんなハリーだからこそ忠誠を誓ったのである。
「そもそもハリー先輩がそんなことをするとは思えないし……」
(というかこんな提案ハリー先輩も却下するだろ……)
コリンはハリーが仲間や後輩にインペリオや闇の魔術を使うことは想像できなかった。使うとしても敵に対してだけだろうと信じていた。
コリンは仮にハリーがコリンに対してプロテゴ・ディアボリカを使ったとしても無傷で悪魔の護りを受けられるほどにハリーを信じきっていた。
そんなコリンだからこそ、シュラークの提案をハリーが呑むとは思えなかった。ハリーはハーマイオニーが闇の魔術を肯定したと知れば必ず違和感を持つだろう。そして、脅したシュラークに激怒する。
(そもそもハーマイオニー先輩だって、そんなことで後輩にインペリオをかけるような人じゃない……)
ハーマイオニーは勿論論外である。だからこそ恐喝してでもハーマイオニーを味方に引き入れようとしたのだろうとコリンは予想した。
「ねぇ、シュラ。考え直そうよ。インペリオ対策の基本は精神修行だろう?なら僕らは皆ちゃんとやってるじゃないか」
コリンは去年からやっている精神訓練を思い返す。
「基礎的なメンタルトレーニングに、闇陣営に対抗するための心の支えを持つこと……少しずつ積み重ねてきたことは無駄じゃないし、僕らの地力になってる」
裏の集会はこれでも、闇陣営に対抗するために必要な手段を取ろうとしてきた。コリンは自分がやってきたことは無駄ではないと強く信じているし、実際にそう信じることが闇の魔術に抵抗するための力となるのだ。
勇気。ホグワーツの四寮が信じる美徳のうち、グリフィンドールのそれは精神面に寄っている。
しかし、シュラークは勇気を信仰しているわけではない。シュラークのようなスリザリン生が信じるのは狡猾さだ。
目的達成のための現実的かつ具体的な手段であって、理想ではなかったのだ。
「しかし実際にインペリオを受けたことはない。偽物のムーディーは僕たちにはインペリオをかけなかったからな」
シュラは即座に切り返した。
インペリオを訓練のために偽物のムーディーから実際に受けたことがあるのは、ハリー達の世代だけである。三年前のホグズミードでの騒動には当時二年生だったコリン達は参加しておらず、コリン達は本物の闇の魔法使いが放つインペリオを知らない。
「俺達は本物のインペリオを知らない。知らないということは……いつでも操られる可能性があるということだ。違うか?」
「確かにそうだけど……」
コリンはううんと唸った。
インペリオはヒトに対して使用した場合、アズカバンの終身刑が下される最悪の魔法である。
インペリオに対する抵抗訓練をしてもよいと許可されているのは、闇の魔術に対しても高い知識と経験を持つ手練れのオーラーが、魔法界でもトップクラスに優秀なオーラー候補生に対して行なうのであれば許可される。
「……後遺症とか依存性があるかもしれないし。どう考えても駄目だよ」
現在ハリーや裏の集会は闇陣営に対して敵対関係にあり、インペリオに対する抵抗訓練を受けておきたいというシュラークの意思そのものは否定できるものではない。
それでもコリンは首を横に振った。シュラークはどこか寂しそうな顔になった。
(……グリフィンドール生はこれが限界か……)
(……コリンにも俺と同じ闇に堕ちて欲しかったが……)
シュラークは孤独であった。
シュラークはその能力も容姿も魔法使いと何ら変わらない。しかし、シュラークはホムンクルスとして産まれた。
差別が横行する英国魔法界において、親の顔すら知らないようなホムンクルスという出自は明るみに出すことは出来ない。ダンブルドア以外の誰かに明かし、その事が広がったときシュラやシュラの育った孤児員のホムンクルス達は呪いの子達となり差別的な扱いを受けるのではないかという懸念は常にシュラークの頭の片隅にあった。
だからこそ、シュラークは血の繋がり以上の仲間を欲していた。
他人に誇れる血筋ではない自分が誇れるのは、何よりまず実績である。シュラは手段を選ばず結果を出すことによって己れの存在価値を証明したかった。
手段を選ばなくても着いてきてくれる仲間が欲しかったのである。
事実、ルナはシュラが闇の魔術を知っていると言っても驚きもしなかったし、実用的だと言ってあっさりと受け入れた。シュラークはコリンもそうなってくれることを期待していたのである。
「ハリー先輩もそう言った。我々を不用意な魔法で壊したくないとな。……だが……」
「やれることは出来るうちにやっておく。でなければ、我々と大人達との差は縮まらないぞ?神秘部の戦いを思い返してみろ」
シュラークはそう言って揺さぶりをかけてきた。
「あの戦いの時、我々はオーダーが来るまで劣勢だった。ディゴリー先輩やハリー先輩は健闘していたが、敵のベラトリクスには手も足もでなかったと言ってよい。闇の魔術そのものに抗った経験値が彼らと我々とではっきりと差があるからだ」
「それはわかってるよ。でもやり方が良くないよ」
コリンとしてもシュラの意見には理があった。
ハリーやセドリックにあって、コリンやシュラにないもの。それは体験であった。
本物の闇の魔法使いや、闇の魔術に対抗するプロであるオーラーの勲等を受けた経験。インペリオを受けても操られないようにするための経験。それらが不足していて、いざというときに足を引っ張ってしまうのではないかという懸念は正しいとコリンも思う。
「シュラークの話には一理はある。でも、ハーマイオニー先輩を脅すのは止めた方がいい」
「何故だ?」
「ハリー先輩を怒らせるから」
コリンが至って真面目に言うと、シュラは想定外だという風にぱちぱちと瞬きした。さらに前髪をかきあげる。整った顔立ちにしか許されない仕草である。
「……、君の目から見てそう思うかい?」
「うん。シュラはさ……そうだな、デニスがルナを脅してきたとしてデニスを許せると思うかい?」
「!………………」
数秒、間があった。
認めればシュラはルナに好意……つまり、友情か愛情かは定かではないが、区別しがたいものを持っていると認めることになる。
プライドの高いシュラが好意を持っている都はおいそれと言えない。端から見ればバレバレであるとしても、そこは思春期の男子なのだ。
「インペリオみたいな魔法は……少なくとも戦闘の最中には使ってこないみたいだし。僕たちみたいな末端がインペリオにかけられる可能性は低いよ?」
コリンの頭からファルカス・サダルファスの例は抜け落ちていた。シュラークはやれやれとため息を吐いて言う。
「……俺が敵の立場ならば、まだ弱い敵の末端を誰でもいいから何人かインペリオにかけておくがな」
コリンはルナについては触れずに言葉を続ける優しさがあった。シュラはすかさずコリンの言葉を否定して、ルナに関する話題からは遠ざかった。
思春期の男子が好意を持った異性に対してどう振る舞うかは個人の自由である。
シュラークはコリンが異性としての告白をした後、ルナとの関係が一時的に破綻したことを見て、無意識のうちに恐怖した。
(もしかしたら俺も、今の居心地のよい関係のままでは居られなくなるのではないか?)
(……俺がルナから異性として意識されていなかったとして。……異性としての好意を持たれていない俺から告白してしまえば。ルナを傷つけてしまうのではないか?)
と。スリザリン生であるシュラークにはグリフィンドール生のような勇気を出すことは難しかった。シュラのインペリオの話題はコリンの興味をひき、コリンは更にシュラに聞いた。
「誰でもいいから?それは無駄なんじゃないの?」
コリンはよく考えてみた。
「狙うならもっと上の……オーダーとか、オーラーからじゃないかなあ」
「そうか?敵にしてみれば、弱い人間から狙うのは当たり前だろう?僕たちは敵から見れば、最も与し易い少年兵なんだぞ」
そう話すシュラではあったが、実はこの発想はシュラのものではなかった。シュラークは自信家で自分の力量も大人と引けを取らないと思っていた。自分達の力量を謙虚かつ、正しく評価していたのはオルガとミカエルであった。
「少年兵……?」
「そうだ。それなりに強く、しかし正しい訓練を受けたわけではないからやっていないことには弱い。俺たちの訓練は、闇祓いがやっているような本格的なインペリオに対する抵抗訓練とは違う」
「……そんな奴らを敵がわざわざ狙う意味はあるの?放置しても問題ないじゃないか」
「意味はある。インペリオによって予め支配した上で、僕らのうちの一人でも光陣営のなかで出世したり幸運なりで重要な情報を得れば御の字だ。何かの機会に支配した駒を使うことも出来るだろう?……ファルカス・サダルファスのようにだ」
ファルカスの名前を出されてやっとコリンはことの重大さに気付いたように呻く。
「敵にとってのインペリオは、有用な情報を手に入れるための先行投資になる」
(……インペリオはそこまで万能なんだろうか?……なんだろうけど……)
コリンはインペリオはそこまで都合が良いものではないと思った。シュラの論理は確かに一部正しい。ハリーの親友の一人、ファルカス・サダルファスが操られたように、裏の集会のメンバーがインペリオによって操られれば思わぬところでハリーの害になるかもしれない。
(……闇陣営には人を操るノウハウがあるんだ。シュラの懸念も間違ってるわけじゃない……)
コリンは少し考えた上で、結論を出した。
(……けど……)
(やり方が不味すぎる)
「でもシュラ。インペリオは持続時間があるんだ。裏の集会でも習ったけど、術者は僕たちを完璧に支配しようと思ったら長時間に渡ってインペリオをかけて支配した上で、その後も効果が途切れないように継続的にインペリオをかけなくちゃいけない。」
(……というかシュラを犯罪者にしたくない……)
コリンは腕を組みつつ考えて言った。
(何とかしてシュラの暴走を止めないと、どんどん変な方向に行きそうな気がする……!)
「……今即効でやっていくよりも、焦らずじっくりと心を鍛えてからの方がいいと思うんだ。ねぇ、シュラ。急ぎすぎたって心は鍛えられないよ」
「今はシュラ自身のためにも、回り道でもいいから地道にやっていくべきだよ」
「……心か。そう言えば、それは設計されていなかったな……」
「……うん?」
「いや。……コリンの言葉に従おう。ハリー先輩を怒らせるのは良くはない。あの人に見限られたら俺も行き場を失うからな」
「約束しろよ?」
「……わかった。俺の杖に誓って恐喝はしない。インペリオを掛けあうべきだという案も取り下げる」
シュラはコリンの喜びに満ちた顔を見て少し思いを馳せた。
(……俺は一時の感情に絆されて判断を誤ったのではないか?この先、裏の集会のメンバーがインペリオによって操られないと言い切れるか?)
(……もし操られたとき、俺は無理にでもインペリオの抵抗訓練をしておくべきだったと後悔するのではないか?)
そういう葛藤がシュラにはあった。
目の前のコリンにシュラは友情を感じていた。一切の忌憚なく自分を心配して忠告してくれるというのはシュラにとってもあまりないことで、そんな友人の助言を無碍にするのは流石のシュラであっても気が引けた。
シュラークはコリンとの約束に従い、以後二度とインペリオについて口に出さなかった。ふとした時に不安が頭に過ったときは、こう自分に言い聞かせた。
(……そうだ。……これは復讐だ)
自分は今最善を尽くしていないわけではない、とシュラークは己に言い聞かせた。
(コリンやハーマイオニー・グレンジャーのようなマグル産まれが信じる勇気が闇陣営に勝つ手段となったのなら)
(…………あの女や純血主義者がやろうとしている選民思想や、純血主義による排他など何の意味もなかったということになる)
自分は決して絆されて判断を誤ったのではなく、信じたいもののために道を選んだのだとシュラークは信じた。この先に何が待ち受けていようともそれを受け入れると。
人がすべき選択には、正解というものが存在しない場合がある。それでも人は自分の意思で手段を選び、決めなくてはならない。
暗黒時代にあって正しい道を選択できた人間は少ない。なぜなら、最善最良と信じた道が最良の結果をもたらすわけではないからだ。彼らはまだ、この先に待ち受けている運命を知るよしもなかった。
***
セドリック・ディゴリーは眼前の魔法使いに圧倒されていた。魔法族らしいローブ姿ではなく機能的なマグルのビジネススーツに身を包んだ魔法使いは、椅子に腰掛けながらも杖を手放しはしなかった。
その魔法使いは公には『英雄』として扱われていた。以前の戦争において純血一族の長男でありながら公然と純血主義を愚弄し、グリフィンドール閥の正義漢としてたった一人の親友のために全てを捧げた悲劇の英雄。魔法省においての役職はアーサーを補佐する次長という立場であるが、反純血主義者達の希望となる存在は、魔法大臣ルーファス・スクリンジャーを前にしても泰然としていた。
シリウス・ブラックは魔法大臣の執務室に招かれ、魔法大臣ルーファス・スクリンジャーと対峙している。ルーファスの左腕として、セドリックはシリウスを観察していた。ルーファスの右腕として控えるパーシーの額からは汗が滲んでいる。
(……きっと上手く行くはずだ……!)
質の良い椅子に腰掛けながらルーファスからの『提案』を黙って聞くシリウスの姿には育ちの良さが滲み出ていた。シリウスの皺の刻まれた顔には老いと疲労の影が垣間見える。
一切口を差し挟むことなくルーファスの提案……ハリーを公的に魔法省の旗印にするという作戦を聞き終えたシリウスの口から肯定の言葉が出ることをセドリックは疑っていなかった。
「大変申し訳ございませんが、大臣閣下。この話は無かったことにしていただきたい」
シリウスの口から放たれた言葉を聞いて、セドリックの思考は一瞬止まった。
(……え?)
セドリックには期待があった。じわじわと闇陣営の攻勢が続く情勢であるが、自分達魔法省もなにもしていないわけではない。
闇陣営の隠れ家がフランスに本家を置くレストレンジ家やカロー家である可能性を考慮しての仏国との折衝。
この機会に英国への進出を図ろうとする他国の犯罪組織の排除に、英国への渡航の規制。
市場に流通する闇の物品の取り締まりに、貴重な薬品の管理と規制。
その他にも、魔法省は挙げ出せばきりがないほどの仕事に追われている。本腰を入れるのがあまりにも遅く、その皺寄せが現場にいってしまっているとはいえ全力で対応しているのだ。
外国の捜査協力の取り付けや、英国に対する干渉の調整。国際魔法連盟への援軍要請。それらの交渉にはどうしても時間がかかる。ファッジが無駄にした時間の分だけ英国魔法省への信頼は失墜しており、とにかく体勢を整えるための時間が足りなかった。
それは魔法省の都合でしかない……と考える余裕は今のセドリックにはない。僅か数ヶ月ではあるが、誰より真摯に官僚としての任務に励むうちにセドリックもまた魔法省に染まっていた。
「……発言しても宜しいですか、ブラック次長」
ルーファスに代わってクチを開いたのはパーシーであった。ルーファスの右腕として奔走してきたパーシーの声にも微かな動揺が見えた。
「この作戦はご子息のミスタ・ポッターにも利があるものです。我々魔法省の手で彼を庇護し、また彼の立場を保証することで、彼に関するあらゆる不名誉を取り除くことが出来るのです」
「ハリーの命を囮として危険に晒して、という言葉が抜けているようだが」
シリウスの声には不快感はなかった。むしろそれが、隠しきれないシリウスの苛立ちを顕にしていた。
「ハリーを英雄と認めていただくのは結構なことだ。闇陣営に対してハリーが受けてきた仕打ちを思えばそれくらいは当然のことだ……」
だが、とシリウスはルーファス・スクリンジャーに真正面から殺気を叩きつけた。
「政治的な立場のためハリーを利用しようと言うなら、そんな提案は御免被る。俺は息子をそんなことのために巻き込ませるつもりはない」
「お、お待ち下さい、ミスタ・ブラック!」
セドリックは動揺しながらもシリウスを説得しようとした。何がなんだかわからなかった。
(どうしてだ!?どうして対立しなければならないんだ!?)
魔法に関する卓越した能力と、個人としての類いまれな善性を持つセドリックにはこの期に及んでオーダーと魔法省で揉める意味がわからなかった。
「魔法省には……オーダーでは賄えないあらゆる用意があります。ここでしか得られない情報、行けない場所、そして質が伴った優秀な人材達の数。どれも、ハ……ご子息を守る上で何不自由ないものの筈です」
「青いな」
とシリウスは一蹴した。そしてルーファス・スクリンジャーに対して深く頭を下げて提案を断る。
「……何度言われようとも俺に息子を差し出すつもりはありません。……どうか、この話は無かったことにしていただきたい」
自分に対して深く頭を下げるシリウスを見たルーファスは。
「……そう言って君は、息子をダンブルドアの傀儡にするわけだな?」
怒りを隠しきれずに声を震わせた。
(ダ、ダンブルドア……!?ダンブルドアの意志だって言うのか?ハリーを危険に晒すことが……?)
セドリックは息を飲んだ。これまでルーファス・スクリンジャーが感情を表に出すことはなかった。そのルーファスがこれほどまでに激怒するのだ。ハリーを魔法省から引き離してまで、ダンブルドアがさせたい何かがハリーにはあるとでも言うのだろうか。
「……ダンブルドアは関係ありません。これは俺の意志であり、俺の判断です」
そう言って去るシリウス・ブラックをルーファスは睨み続けていた。
シリウスはその日、魔法省職員として業務に携わった後、オーラーと共に闇陣営の人さらいを捕らえた。
***
「……大臣がそんなことを?」
「……ああ、そうだ。」
数日後。何週間かぶりにグリモールド・プレイスへと帰宅したシリウスは、マリーダに大臣とのやり取りを話していた。自分にもたれてくるジェームズの頭を撫でながらシリウスは言う。
「ルーファスは誠実で真摯な男だった。権力者ならば、俺達の許可を得ずにハリーを巻き込む手段は幾らでもあるが……やつはそうしなかった。外道だが下衆ではない」
そうルーファスを評価するシリウスの言葉に偽りはなかった。
「……やつにとってハリーは駒のひとつでしかないというのは確かだが、超えてはならない一線というものはあったのだろう。……恐らくは、ルーファスの中にはハリーを巻き込みつつ勝つための手段もあったと俺は思う」
「……しかし……それで勝てるとは……」
マリーダは歯切れ悪く言った。そもそもルーファスはハリーに関する予言の全貌を知らないのだ。ハリーを犠牲にしても勝つという手段は、シリウスやマリーダにしてみれば到底受け入れられるものではなく、といってルーファスに予言の全貌を明かすことは出来ない。
「……ああ。ルーファスには、シリウスから道化として踊ってもらわなくてはならない。勝つために」
シリウスはハリーのために、ルーファスや他の魔法省職員を見捨てるという選択をしなければならなかった。マリーダはシリウスの抱えている葛藤が、見た目からは想像もつかないほどに重いと察した。
マリーダはある時、シリウスからこう話されていた。
『ジェームズと昔話したことがあった。俺達マローダーズはろくでなしだ。だが、真っ当に生きてる善人を守るためなら命だってかける。だから俺たちは光陣営でいられるんだ』
その言葉はシリウスにとっても重い信念であった筈だ。マリーダはシリウスに慰めの言葉をかけた。
「……ダンブルドアが私達にハリーのことを明かしたのは……私達に機会をくれたのかもしれない」
「ハリーを護ることが魔法界……いや……罪のない人々全てを護ることに繋がると予め俺達に伝えておくことで、私達が良心の呵責を感じないようにしてくれたんだと思う。シリウスの判断は……正しい筈だ」
「世界広しといえども魔法大臣にノーと言える保護者はシリウスだけだろう」
マリーダの慰めの言葉はシリウスの気持ちに区切りをつけたのであろうか。シリウスはジェームズが指し示す玩具をふわりと浮かせつつ、静かに頷いた。
「ジェームズもリリーも、見知らぬ誰かの為に命を懸けられる人間達だった。……勝ちの可能性が1%でも増えるなら魔法省の傀儡にでも何でもなったろう」
「その二人でも、ハリーが魔法省の思惑に利用されることを望むはずはない。俺の判断は……違っていない」
マリーダはシリウスに高い高いと持ち上げられたジェームズが高笑いをしながら鼻をすするので、ティッシュで息子の鼻水を拭き取った。
(………ジェームズ・ポッターとリリー・ポッターは怒るだろうか?私達の判断を……)
ハリーがポッター家に育ち過ごした一年と、ブラック家で過ごした期間。その二つを比較しても長さにはほとんど違いはない。
マリーダにわかるのは、ジェームズ・ポッターやリリー・ポッターがハリーのことを愛し、他の何に代えてでもハリーを選んだという事実だけである。
彼らは自分自身の信念や大義よりもハリーを選んだのだ。ならば、後見人であるシリウスやシリウスの妻が世界よりハリーを選ぶことは間違いではない。
だが、彼らはこう思ったのではないだろうかとマリーダはふと想像した。
その判断の是非がどうであれ、ハリー自身に選択して欲しかったのではないだろうかと。
シリウスは根底には自分に自信がないから闇陣営相手に暴れて死ねたらそれで満足だったんだと思います。第一次魔法戦争の時は。
第二次では親としてのつとめを果たして貰いましょう。社会人(公僕)の身としてはアレですが。