蛇寮の獅子   作:捨独楽

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ドラコにダンブルドア暗殺の指示を出すお辞儀の心境=ベラミーに旗を貸し与えるドフラミンゴの心持ち……と私は解釈しています。
部下を罰するには罰するだけの理由が必要ということでしょう。
君主として一応の手順は守るだけまだ偉いですね。


狡猾なる蛇

 

 

「……ダフネ。落ち着いて聞いて答えて欲しい。…………グリフィンドールの下級生に報復するつもりかい?」

 

「なぜそう思うのかしら?」

 

 ハリーは薬学の授業中はダフネと話す余裕がなかったので、薬学が終わり次の呪文学の講義へ向かう途中でダフネを牽制した。

 

 アストリア・グリーングラスが純血主義ゆえにヘイトを買うことは仕方のないことであった。もう少しだけ上手く取り繕い隠していればスリザリン生だからと目をつけられることもなかったが、アストリアは家や家の教えを忠実に守っていた。

 

 それこそ寮の外であっても、家名がデスイーターの汚名によって地に落ちてもアストリアの振る舞いは変わらなかった。

 

 というよりは、変えられなかったのだろうとハリーは推測していた。

 

 

 父親が逮捕され姉が家を去り、グリーングラス家当主の座も落ち着かないという状況において、アストリアは家に残り教えを守るという選択をした。せざるを得なかった。

 

 周囲の人間の目というものは時代と状況によって変わる。暗黒時代に入り不幸な家庭が増え続ける中で純血主義であることを公言した人間がどういう扱いを受けるかは、過去のスネイプを見ればよくわかる。

 

 ハリーはスネイプが吊し上げられた記憶を思い返して胸が傷んだ。その痛みから逃げるかのようにハリーはダフネを気遣った。

 

(……ダフネは責任を感じているんだ。自分のせいだと……)

 

(……自分が家を出たからアストリアは引くに引けなくなっているんだと……)

 

「僕にあれ(悪魔の護り)を見せたときと同じ表情をしていたよ。もう少し殺気を隠した方がいい」

 

 ダフネはハリーから視線を外すことはなかった。優雅に微笑みながらフリットウィック教授の待つ呪文学の講堂へと足をのばす。

 

 呪文学の講堂では誰も彼もが友人達とのお喋りに夢中で、フリットウィック教授が説明するとき以外は皆が口やかましく雑談に興じていて、誰もハリー達のことなど気にも留めていない。

 

 

 無言呪文による魔法の訓練は当然呪文学でも行われているのだが、皆が無言呪文を完璧に習得できるわけではなかった。

 

 無言呪文の習得をあきらめたグループは気にせず詠唱しながら魔法を使って学友とのお喋りに興じ。

 

 真面目に無言呪文の練習をしているグループですらぶつぶつと呟いてズルをしている者が居るという始末だ。友人と話すのにこれ程都合のよい授業はなかった。

 

「……心外だわ。私はこの状況でアストリアの加害者に何かするほど愚かではなくてよ」

 

 ダフネは落ち着いて答えた。

 

「……本当に?無理をしていないかな」

 

 ハリーはまじまじとダフネを見る。ダフネの顔はうすい化粧で整えられているが、魔法薬のアイラインでも誤魔化しきれない隈が出来ていた。

 

「純血主義者なんて今のホグワーツ……いいえ、魔法界においては敵。何をしてもいい存在だと思われている。……私が何かしても、余計な混乱を生むだけよね」

 

「……………もっとも私は勘当された身だからアストリアの身内ですらないけど」

 

 苦々しく付け足した言葉にはダフネの苦悩が滲み出ていた。ハリーはダフネに古美術店の無料券を三枚渡した。コリンから勉強の御礼にと手渡されたものだった。

 

 

「匿名でアストリアに贈ってみるのはどうかな。……ホグワーツの中は居心地が悪くても、外なら気分が晴れるかもしれない」

 

「そうね、ありがたく頂くわ。もっともアストリアはクィディッチ鑑賞の方が好みだけれど」

 

「そうなのかい?意外だね」

 

「ええ。躍動感のある試合を見るのは楽しいのよ、あの子は。……クィディッチの試合に出たときのドラコの事も熱っぽく語っていたわ」

 

「じゃああまり役には立たないかな?」

 

「それは分からないわ。あの子ならより良い使い方をするかもしれない」

 

 ダフネはありがたくハリーの渡したチケットを受け取った。ハリーの渡したチケットはアストリアにとっての慰めになったかどうかはともかく、ダフネにとっての癒しにはなったようであった。

 

 ダフネの表情は少しだけ和らいでいた。

 

***

 

(……ハーマイオニー、ハリーの方を見てボーッとしてんな……)

 

 ロンは呪文学の講義中、無言呪文でプロテゴ・マキシマを成功させたハーマイオニーがハリーの方を見て所在なさげにする姿を見て胸をざわつかせた。

 

(……ハリーのことが気になってる……いや、まさかな)

 

 それはあり得ないとロンは思う。思うが、そう思うだけで胸のざわつきが抑えられなかったロンは、ハーマイオニーへと思わず話しかけた。

 

「ハーマイオニー。ハリーとダフネの二人、今日はかなーり長く話し込んでるな。週末の予定でも相談してんのかな?」

 

 ハーマイオニーは上の空であった。ロンは少しだけ声量を上げた。

 

「……ハーマイオニー?俺の話聞いてるか?」

 

「……?……!ええ、そうね……」

 

 ロンから話しかけられたことに気づいたハーマイオニーは思わず聞き返した。ハーマイオニーは先日処罰を与えた女子のことを思い返していたのだ。

 

 ハーマイオニーは処罰したグリフィンドール生のフレイがハーマイオニーに告げた言葉を反芻していたのだ。

 

 フレイはアストリアに対して行った行為に悪びれもしなかった。憎悪と狂気に染まった顔でフレイはハーマイオニーへと言ったのだ。

 

『スリザリンのレイシストなんか、皆死んじゃえばいいのよ!』

 

『噂で聞いて!皆知ってるのよ!ポッター先輩だって奴らを殺すために好き勝手やってるって!私だって、私だって同じことをして何が悪いのよ!』

 

 

 そんな言葉を思い返しながら、ハーマイオニーはハリーを見ていたのだ。

 

(……ハリーやアズラエルが憎悪に身を任せるのは仕方のないことだと、放置していたわ。……他にハリーの心を癒す術を知らなかったから……)

 

 父親を喪ったばかりのアレイスターが正気の思考回路であるとは言えない。単に己の行為に対する言い訳として、ハリーの素行を挙げたに過ぎないとハーマイオニーは察していた。

 

 ハーマイオニーは監督生として、フレイには二度と同じ過ちを繰り返さないようきつく言い含めた。直接的に何かしたわけではないスリザリン生を排斥する理由にはならないと諭した。

 

 貴女の立派なお父様は、言葉によって人と人との間を繋ぐ立派な外交官だったのではないか。一方的な偏見から相手を悪と断じて排斥することを、亡くなられたお父様が喜ぶのかと。

 

 その言葉が悲しみに向き合えず憎悪に身を焦がす人間に届いたとは思えなかった。ハーマイオニーは苦悩していた。

 

(私はいつから選択肢を間違えたのかしら?神秘部に入る前?)

 

 喪ったものがあまりにも大きく、悲しみが強すぎる人間は、考えることを放棄してしまう。

 

 ハリーやアズラエルやスーザンのように憎悪から道を踏み外す者達に増えて欲しくないのに、ハリーの存在がそういう憎悪を肯定してしまっているのだ。

 

(……いいえ。きっともっと前、……裏の集会を結成すると決めたとき。DAを組織すると考え始めた時から……?)

 

 ハーマイオニーの中で自問自答は止まらない。後悔と自責の念はとどまることなくハーマイオニー自身を責め立てていた。

 

(……間違いだったと言うの?いっそハリーを頼らずに自分だけでやった方が良かった?)

 

(……馬鹿ね。それは結果論だわ。……そもそも、私では人を集められない。……誰も私の話を聞いてはくれなかったから……ハリーやセドリックを頼ったんじゃないの)

 

 ハーマイオニーはつうと嫌な汗を流した。頭の中の意地悪な自分自身が憎らしいほどに冷淡な声で自分に囁いてくるのだ。

 

 この事実はハーマイオニーにとっても、そしてハリーにとっても由々しき事態ではあった。

 

 デスイーターによって大切な人を喪った者が復讐心を滾らせるのは当たり前のことである。皆必死で耐えているが、その復讐心が『レイシストの純血主義者』から『スリザリン寮そのもの』へと向かうことはあまりにも容易い流れだ。

 

 辛うじてスリザリン生であるハリーが光陣営として立ち向かっているから、スリザリンはけして敵ではないとハーマイオニーはフレイを叱責できる。

 

 しかし、復讐心ゆえの行為を全て統率することは出来ない。ハリー自身が復讐者として感情のままに振る舞い、時には闇の魔術すら行使し、ついに敵の故意の殺害にまで至ってしまったからだ。

 

(……今までファルカスのために。ハリーやアズラエルの復讐には強くは言えなかった。でも……)

 

(これ以上は統制が取れなくなる……)

 

 どこかで区切りをつけさせなくてはならないとハーマイオニーは思った。でなければ、復讐を理由にした蛮行は止まらなくなるだろう。 

 ハーマイオニーの知る中でも理性的で合理的な判断が下せる魔女、スーザン・ボーンでさえハリーに傾倒し、過激な魔法や過激な手段を躊躇わなくなったのだ。これ以上ハリーに好き勝手に動かれ、裏の集会メンバーの統制が取れず神秘部の愚行を繰り返すことをハーマイオニーは何より恐れていた。

 

(……ハリーに頼らず、私にもっと求心力があれば……)

 

 ハーマイオニーにある悔恨の念は深い。重要な選択肢のことごとくで悪手を選んでしまっていて、今も間違いかもしれないと思いながら道を突き進んでいるような不安が拭いきれない。

 

 全てはあの神秘部から始まっていた。あの忌まわしい記憶は今でもハーマイオニーの心を蝕み、ハリーへの疑念と不信感を訴えてくる。

 

 こちらがどれだけ言葉を尽くそうともハリーが自分の進言を聞き入れることはない。

 

 ……ならば、同じ組織でやっていく意味はあるのかと。

 

 グリフィンドールとスリザリンが別たれ分断されていたのをハーマイオニーは閉鎖的だと考えていた。しかし、むしろそれは正しかったのではないか。

 

 手段も考え方も異なる者同士が無理に歩調を合わせようとしても、かえって互いの長所を殺しあい歪みを生むだけではないのかとハーマイオニーは無意識のうちに自問自答していたのである。

 

 ハーマイオニーを責めることは出来ない。

 

 ハーマイオニーが無意識での諦感を抱くようになった原因はハリーにあった。神秘部の一件である。神秘部の件は根が深く、ハリーが謝罪した、というだけで済む問題でもなかった。

 

 優れたリーダーの条件として、仲間の進言を聞き入れ、すべきではないことを自制するというものがある。

 

 端的に言えば、リーダーとは働くべき時とそうでない時の区別をし、判断する力を持っている人間でなくてはならない。一線を超えて動く才能と同じくらいに、一線の内側に踏みとどまる才能も求められるのだ。

 

 何故ならば。上の立場にいる人間が大事なときに踏みとどまらず軽々しく動き、過激な手段をよしとすれば。下の立場にいる人間や、心が弱った人は軽々しく動くことや手段を選ばぬ過激な攻撃性こそ正しいと誤解してしまうからだ。

 

 この視点で見れば、ハリーは、短期的に結果を出さなくてはならない現場指揮官などの立場においては優秀でも。象徴として皆を導く指導者と言う観点から見ると、落第点となる。中期的、長期的観点から戦争をコントロールしたいのであれば、感情的な行動は控え一線を超えないように自制することこそ必要であったのだ。

 

 ハリーが模範とすべきであった正しいリーダーの在り方としての例を示すのであれば、例えばジェームズ・ポッターが挙げられる。もっとも不幸なことに、ハリーは五年生のある時期を境に、いやもっと言えば、スリザリン寮を選んだ時点で、ジェームズに対する尊敬の心というものを失っていた。皮肉なことに、ハリーが無意識のうちに模倣していたのはジェームズではなく、身内のためならば手段を選ばないシリウスであった。

 

 ジェームズ・ポッターは学生時代のある時期までは思い人の言葉にさえ耳を傾けず、シリウスと共に過ちを繰り返す傾向が見られた。シリウスがジェームズに黙ってリーマスによるスネイプ殺害未遂事件を起こすに至ったのはジェームズの不徳の致すところであった。

 

 当時のジェームズはまさしく今のハリーと似た状況にあると言える。下の立場の人間は、上の立場の人間を見て行動を決めるのだ。

 

 しかし、ジェームズは踏みとどまった。ギリギリのところで友を殺人者にすることはなかった。長じた後はリリーの言葉を聞き入れて態度を(彼女の前では)改めた。親しい人間の進言を聞き入れ、踏みとどまるべき時に己を律する。それはリーダーに求められる資質である。

 

 ジェームズ・ポッターと比較したとき、現在のハリーはとても褒められたものではなかった。

 

 ハーマイオニーはこの年齢にあって類い希なほどに、自分達の置かれている状況を俯瞰的に状況を判断することが出来る稀有な魔女であった。そんな彼女であっても、重要な進言に耳を傾けないハリーに対する心証は、彼女自身がハリーを友人の一人だと思っていたとしても無意識のうちに悪くなるのである。

 

 そんなハーマイオニーの不安を察したというわけではないだろうが、ロンはいつもの調子でハーマイオニーを誘った。あくまでも友達として。

 

 

「おいおい、ハーマイオニー。魔法の練習に力入れるのもいいけどさ。たまには息抜きも必要だろ?俺たちも週末にどうかな?三本の箒でファイア・ウイスキーをぐいっとさ」

 

「まぁ、そんな。悪いことを言わないで、ロン。まだ一応未成年よ私達は。それに……」

 

「「監督生」」

 

 一気飲みの仕草でジョークを飛ばすロンを見てハーマイオニーは言う。ロンの声とハーマイオニーの声が重なり、ハーマイオニーもようやく笑うことができた。

 

(……会議の場でハリーに過激な発言や手段は慎むよう釘をさすとしても。今は考える必要はないわね。……考えすぎは美容と健康に良くないわ)

 

 ハーマイオニーは心の中の不安を忘却することができた。ハーマイオニーの側には、ロンが居たのだから。

 

 

***

***

 

 小柄で筋肉質な黒髪のスリザリン生、オーガスタ・ミカエルは、やや気弱そうなブロンドのスリザリンの三年生と共に温室で作業に勤しんでいた。

 

「身体を引っ掻けないように。耳栓もしておいて。……ハッシュ。そっちにマンドラゴラの栽培エリアがあるから」

 

「ハイ、わかりました!」

 

 マンドラゴラの叫び声を直に聞けば、マグルより遥かに強靭な魔法使いであっても命の保証はない。ミカエルの後輩であるハッシュは深く頷いてミカエルの指示に従い除草作業に精を出していた。

 

 ハッシュ。ハッシュバルド・ローエングラムはミカエルの指示をよく聞く。スリザリンにおいて異端な立ち位置にいるハリー派閥に近付いてくるこの少年に、ミカエルは特別の関心を向けてはいなかった。例えばアズラエルやシュラであればスパイの可能性を疑っていたであろうが、ミカエルはそこまで警戒するつもりはなかった。

 

 まずは受け入れる。受け入れた上で問題が起きたら対処する。それがオルガの判断であり、ミカエルもそれに同意していた。

 

 どうしても同意できないときはオルガに聞く。

 

「レヴィオーソでの除草にはコツがいるから。慣れるまでは必ず手作業でやること」

 

「手作業で、ですか?なぜですか?」

 

 まるで重い罰則を受けたかのように言うハッシュに対してミカエルは淡々と頷いた。

 

「でないと雑草と一緒に本命まで引き抜くことになる」

 

 魔法使いの作業は基本的に魔法によって行なう。しかし、魔法による省力化が出来ない分野も存在する。

 

 生き物の世話や繊細な魔法植物の管理は魔法が上達したというだけでは不可能だ。魔法を使わず手で触り、力加減を理解しておかなければ必ず痛い目を見る。ミカエルは感覚でそれを理解していた。

 

(……ネビル先輩やスプラウトのお婆ちゃんなら敢えて失敗させて分からせるんだろうけど)

 

(俺はハッシュのために時間をかけられないし)

 

 ミカエルは最初に忠告をしておいて失敗する前に止める。或いは、失敗によるロスを少なくする心積もりでいた。

 

 ある日唐突にふらりと温室に現れたハッシュはミカエルに教わりたいと言ってきた。ミカエルとしては他人にものを教えられるほどの成績でもないし、そんな時間的余裕もないと断ったが、ハッシュはなぜかミカエルについて回った。

 

 仕方がないのでミカエルは説明をしている。ミカエルはハッシュがなぜスプラウトやネビルではなく自分を慕うのか解らなかった。

 

 

 その日の作業は手早く済んだ。ハッシュはスリザリン生にしてはとても素直で呑み込みも速い。この日も、最初に驚いた顔をした時以外はミカエルの手を止めさせることはなかったし、ミカエルが説明するとその通りに指示を守った。

 

「お疲れ様。よく頑張った」

 

 ミカエルはハッシュが整えた土を触って合格点を出した。ミカエルの指示をしっかりと守ってくるハッシュのことを、ミカエルは良い後輩として認識していた。

 

「……あの……オーガスタ先輩。相談に乗っていただいても構いませんか……?」

 

「良いよ」

 

 なので、ミカエルはハッシュからの相談を受けた。ハッシュは過去に虐められた経験でもあるのか、やたらおどおどとした態度ながらミカエルに悩みを打ち明けた。

 

「僕には、幼馴染みが居たんです。家が近所で、一緒に遊んだりもしてて……」

 

 

「……な……仲の良い友達……だった……と思うんです。僕たちは。……でも、バズは……グリフィンドールに入って……」

 

 ハッシュの話はありふれたものだった。スリザリンに入った自分と、バズール・キルヒアイスという少年とで少しずつ話が合わなくなっていった。それでも友人関係は続いていたらしいのだが。

 

「……バズの誘いで今年から決闘クラブに入ったんです。僕は弱かったからバスのお陰でなんとかやっていけていたんですけど……」

 

「へぇ」

 

「たまたま……まぐれで勝った時にロン・ウィーズリー部長に褒められて。それからバズが僕と話してくれなくなったんです」

 

(……ねぇハッシュ。それ本当に友達?)

 

 言いかけた言葉をミカエルは何とか飲み込んだ。ミカエルの頭を過ったのは、ハリー・ポッターとロン・ウィーズリーの関係であった。

 

(…………友達……友達だな。そういう関係もある……)

 

 グリフィンドールとスリザリン生との間に友情が成立するとして、互いを対等の友人だと見なしているかと言えばそれはかなり怪しい。

 

(話を聞く限りハッシュとバズは弟分と兄貴分みたいな関係だったんだろう)

 

 ミカエルは後輩二人の関係を自分とオルガやハリーとロンとの関係に当てはめて想像してみた。

 

(……弟分が下の立場にいてあれこれと言ってくるのも、迷惑をかけるのも構わない。けど……自分の上を行かれるのは嫌なんだな)

 

 ミカエルは言葉を話すとき言わなくて良いと思ったことを略したり、言わなくてはならないことを敢えてきつく言う癖がある。それゆえに人間関係の機微に疎いと思われがちだが、人の心の機微に関しては同期のシュラーク・サーペンタリウスなどよりはよほど優れていた。

 

「……そ……その。先輩は……グリフィンドールの先輩とも親しくされていますよね。僕は……バズ以外のグリフィンドールの友達も居なくて。何がバズの気に入らなかったのか、わからなくて……ど、どうしたら元に戻れると思いますか?」

 

(……あー……)

 

 

 ハッシュがどうにかしてバズに着いていきたいと思っていて。バズが……ハッシュに妬みや焦りを抱いていることをミカエルは察した。

 

「ハッシュ」

 

 ミカエルは干し葡萄を巾着から取り出してハッシュに渡した。

 

「前にも言ったけど。ビクビクしながら話されるのは気持ちが良くないから。それを食べて少し落ち着いてから話して」

 

「は、はい……う」

 

 ハッシュは干し葡萄の味に顔をしかめた。渋さと酸味だけを抽出したような干し葡萄はミカエルの好物だ。味を楽しめるからではない。

 葡萄の糖分と強烈な酸味で頭と身体をリフレッシュできるからだ。

 

 

 

「……で。ハッシュ。どうしたら戻れるかって言ったけど?どうして俺に聞いているの?」

 

 

「え……」

 

「話すなら俺じゃなくて、バズとだよね」

 

 ズバリと核心を突くとハッシュは目をそらした。

 

 ミカエルには知るよしもないが、ハッシュの話にも一部誤りがある。

 

 ハッシュがロンから褒められ、決闘クラブで大切にされて魔法を教えられた後。バズはハッシュに決闘を挑んだのだ。しかし、ハッシュはそれから逃げた。温室に逃げ込んだのである。

 

「……バズって子と話はしたの?」

 

 沈黙が答えだった。ミカエルは待っても埒があかないと思い、なおも言葉を続ける。

 

「ハッシュはどうしたいの?」

 

「えっと、それは……昔みたいにバズと一緒にやりたいです。…………もう一度。だけど、……もしダメだったらと思うと」

 

 

(…………昔みたいにか。……それはどうかな)

 

 ミカエルは少し思いを馳せた。

 

 学年が上がりオルガは監督生になり、ミカエルにはハッシュという後輩ができた。ミカエルは温室に通い詰めているが、オルガにはオルガで監督生としての仕事があり、新しい人間関係がある。

 

 自分とオルガも全く昔のままではない。自分自身に変化はなくても、少しずつであるが周囲の環境が変わってはいる。それは目の前のハッシュと、ハッシュの話が全て正しいと仮定するならばバズも同じはずだ。

 

 ハッシュの話を聞く限り、ハッシュの本質はさほど変わってはいない。ハッシュは人に頼りたいという弟気質は全く変わっていないのだ。現に今ミカエルを慕ってミカエルに尽くすことで精神的な安定を図ろうとしている。

 

(……決めるのはハッシュだけど。……オルガやネビル先輩やポッター先輩ならこういう時、ケツは持ってやるんだろうな……)

 

 この二人の関係に寮の区別というものは関係がなかった。根本的なところで、互いの成長というものを受け入れることが出来るかどうか。これまでと違う互いを、それでも友達だと言えるかどうかなのだとミカエルは考えていた。

 

「ハッシュはさ。俺のところに来て温室で作業をしていたけど、その時間でバズと話す言葉とか考えたりしてた?」

 

「……はい……」

 

「なら、これは俺の考えなんだけど。お互いに言ったらいい。怒ってることとか謝りたいこととか、それとも下らない笑い話でもなんでもいい。取り繕わずに言えばいい」

 

「でも……だけど。それが難しいんじゃないですか」

 

(素が出たな)

 

 と、ミカエルは思った。ハッシュという後輩は、傷つくことを恐れるあまり現状を保留することにしたのだ。本当は傷つきたくないから、バズと話すことから逃げたのだとミカエルは見抜いていた。

 

「そう。だから」

 

「お前がやりたくないなら俺はそれでもいいと思う。逆にお前が話がしたいって言うなら、誰にも邪魔されない場所を知ってるから教えてやる。俺に出来るのはそれだけだ。大切なことはお前が、自分で決めるんだよ」

 

 そう言ってミカエルはハッシュを突き放した。途方に暮れたような顔のハッシュは捨てられた仔犬のように縮こまっていた。

 

***

 

(……嫉妬と依存か)

 

 ハッシュの話を聞いていたミカエルには思うところもあった。自分とオルガや、ハリーとロンなどの関係にも刺さる部分があると感じられたのだ。

 

 特に、ロンとハリーが四年生の時に一度決裂したという話はあまりにも有名だった。コリンも察していたが、ミカエルの目から見てもロンがハリーに嫉妬していたことは明らかであった。

 

 ミカエルの目から見て、最近のロン・ウィーズリーには四年生の頃見た姿と似通った部分はある。

 

 ハリー・ポッターとハーマイオニー・グレンジャーはホラス・スラグホーンに見出だされ、クラブへと招かれたという話はあまりにも有名だ。そして、ロンが見出だされなかったことも。

 

 口が悪いスリザリン生の一部が、ハーマイオニー・グレンジャーのヒモだと嘲笑っていることもミカエルは知っていた。

 

(……こればかりは当人同士で解決して貰うしかないけど。……本当に何とかなるのかな、オルガ)

 

 ミカエルに出来るのはそんな不名誉な罵声がロン・ウィーズリーの耳に入らぬように黙らせることだけだ。未来に対して一抹の不安を抱えながらも、ミカエルは己の栽培したマンドラゴラを収穫していった。

 

***

 

 

 その後もハッシュは温室へと通い続けた。ハッシュがミカエルに対して友達と話がしたいから場を整えてほしいと頼んだのは、それから2ヶ月も後のことであった。

 

 

***

 

「……何をしてるの?」

 

 ミリセント・ブルストロードは親友のパンジーを思わず制止した。パンジーは手元にある薬瓶の中身を、ダフネ・グリーングラスが机に放置した化粧品の中身と入れ換えようとしていた。

 

 この日ダフネはホグズミードへと出掛けている。何とハリーとのデートである。ダフネの行動はこのご時世にあって狂気におかされているとしか言えなかった。

 

「簡単な話よ。この薬でダフネの目を醒まさせる。ダフネは己の使命を思い出して、ポッター達は破滅。私たちには輝く未来が待っているのよ」

 

 ミリセントに見つかったとき、パンジーは微かに怯んだ。しかし、すぐに虚勢を張った。

 

「これはダフネのためで……」

 

「嘘ね」

 

 即座にミリセントは否定した。パンジーが自分より下の立場だと思っていたダフネの成り上がりを許せる性格だとは思えなかった。

 

「輝く未来ですって?同期に毒を盛ることが?だとしたら私達のお先は真っ暗ってことね」

 

(……私は何を正義面してるんだろう……?)

 

 ミリセントはほとんど反射的にパンジーを止めた自分に驚いていた。

 

 パンジーがダフネへと何らかの干渉を試みているのは明らかであった。それが、例えば人死にに関わるような悪事であるとは思えない。性根が腐っていたとしても、パンジーは発覚した場合のリスクを考えてまさか死ぬような毒を盛ったりはしないと、止めた後で気付いたのだ。

 

 そもそも実は、ミリセントにもパンジーを止めるような資格はなかった。ミリセントは五年生の時はパンジーと一緒になってダフネやハーマイオニー・グレンジャーへと嫌がらせを繰り返し、六年生になってからは、トレイシーと同じように、パンジーが居らずダフネがいる時はダフネにつき、ダフネが居らずパンジーだけの時はパンジーに着くという蝙蝠ムーヴをしていたのである。どの面下げて正義面しているのかという自覚は充分にあったが、それでも反射的に止めなくてはならなかった。

 

 原因はパンジーの素行にあった。パンジーはスリザリンの寮内にあって、未だにドラコに心酔していたのである。

 

 ドラコの父親はデスイーターとして逮捕され、スネイプはDADAの教授に就任した。そして、新しく薬学教授となったスリザリンOBのスラグホーンはマグル出身者にも融和的であると示している。

 

 スネイプが一年持たずにホグワーツを去り、スラグホーンの時代となることは誰の目にも明らかだった。

 

 勿論暗黒時代の中にあって、スラグホーン政権だって長続きするとは言えない。言えないが、デスイーターを支持するドラコと親しくするメリットはなくなった。誰だって出来るなら闇とは関わりたくないのである。

 

「そうよ?」

 

 パンジーは開き直ってか少なくとも表面上は悪びれずに言った。狂気すら感じられるような目でパンジーはミリセントを見てくる。

 

(……う……)

 

 ミリセントは圧倒されかける自分を奮い立たせた。ここで止めなければ、パンジーは取り返しのつかないようなことをしてしまうのではないかという予感があった。パンジーに対しても共犯者としての情があったがゆえに、ミリセントは言い返す。

 

「聞き間違いかしら?」

 

「いいえ、違わないわ。私達に救いがあるとすれば、それはハリーが敗北して死に闇陣営が英国を掌握することよ」

 

 深く息を吸い込んでから話すパンジーの瞳には、自分の言葉に陶酔しているかのような雰囲気が感じられた。それは純血主義と自分達の家に対する愛の成せる技であった。

 

 

 

「……ねぇ、ミリィ。歴史のお勉強は腐るほどやってきたわよね、私達ならわかるでしょう?」

 

 そのパンジーの言葉に嘘がないことは明らかであった。

 

「今更、純血主義や私達の家が許されるような未来があると本気で信じているわけじゃないでしょう?貴女も、アストリア・グリーングラスが狙われたって話は耳に入っているはずよ」

 

 そうパンジーは言い切ると、優しくミリセントの肩に手を置いた。ミリセントは手を払いのけることは出来なかった。

 

「庶民は私達よりずっと残酷よ。持ち上げるだけ持ち上げるけど、それは自分達にとって都合がいいから。ハリーがどれだけ掌を返されてきたかを見れば、連中が私達スリザリン生個人のことなんて見ていないのは明らかよ。あいつらは不満の捌け口を求めてる」

 

「……………………家族を殺された怨みを受けるのと、有名人が謂れのない妬み嫉みを受けるのとは違うわよ」

 

 ミリセントには学がある。同情を誘うようなパンジーの素振りや仰々しい演技に惑わされることはない。

 

 しかし、ミリセントは内心ではパンジーの言葉に同意していた。

 

(……わかってるわよ、この地獄から逃げらんないなんてことは……!)

 

 スリザリン生でありながら反純血主義として戦うハリーでさえ民衆から迫害を受けたのだ。

 

 デスイーターとして民衆を殺戮してきた純血主義者がどれだけの怨みを買っているかなど考えずともわかる。

 

「そうかしら?奇跡が起きてポッターが勝利したとしても、その先にあるのは地獄よ。私たちは権力を失うわ。お父様や一族の地位だって維持できなくなる。純血主義だった、スリザリン生だったという理由だけで吊し上げるには充分だもの」

 

(でしょうね。……私が政治家の立場でもそうするもの)

 

 ミリセントの純血主義者として、教育を受けた人間としての部分がパンジーの言葉に同意していた。

 

 戦争とは、始めるのも大変だが終わらせる方がずっと難しい。

 

 デスイーターの被害を受けた遺族の悲しみと怒りが癒えることはない。同じように、自業自得とはいえ戦死したデスイーターの遺族が逆恨みを向けることもある。

 それでも世界は戦争し続けられるようには出来ていない。都合のよい悪役を造り出し、責任を押し付け、民衆の怒りを鎮めるように政治家達は動くだろう。

  

 その怒りの矛先となるのは誰か?

 

 闇の帝王か?

  

 ……否、である。

 

 弱い立場の人間というものは、自分よりさらに弱い立場の人間を求める。それは恐ろしい恐怖と力の象徴である闇の帝王ではない。

 

「私達が今の生活を維持するためには、闇陣営が勝たなきゃならない。それをわかってよ……!」

 

 反撃される恐れがない無関係のスリザリン生と、明確な加害者である純血主義者の家々。つまりは自分達なのだ。

 

「……そうだとしても、パンジー。本当によく考えてよ……」

 

 ミリセントはパンジーの手をきつく握り、薬の入った化粧瓶を床に叩きつけて粉々に砕いた。

 

「あんたが加害者にまで落ちたら、私だって巻き添えを受けるんだよ。ねぇ、頼むから。傍観者で居ようよ。自分は、闇の陣営とは無関係ですってさ」

 

「……あんたが私達のクインビーなんだから……」

 

 パンジー・パーキンソンには友人がいた。その友人は現状を打破する才能や良心に従う善意があるとは言えなかったが、友を想うスリザリン生らしい気質は持ち合わせていた。

 

 そして、もう一人。

 

 二人の姿を遠目に眺めていたスリザリンの女子がいた。

 

 トレイシー・ディビスである。

 

(……凄いなぁ、ミリィもダフネも。私にはあんな風には出来ないよ……)

 

 トレイシーは嫌な汗がつたいながらも、ミリセントやダフネを尊敬していた。なんて立派なのだ。自分には出来ないと。

 

(……ごめんね、ダフネ。ミリィ。私……加害者になっちゃったよ……)

 

 自分の将来が暗いものになるかもしれないと奮えながら待つなんてことは、噂好きのトレイシーには到底不可能だった。

 

 トレイシー・ディビス。彼女は既に行動を起こしていた。

 

 ハリー・ポッターが大広間で食事を終えた後。

 

 彼の去った席から無言呪文によるアクシオで髪の毛を集めた。

 

 ハリーの髪の毛を、である。

 

 ブロンドの髪の毛や、ザビニの黒髪とは質の違う黒髪はすぐに見分けがついた。

 

 トレイシーはハリーの髪の毛をフクロウを使いマルフォイ邸に送り届けた。髪の毛がポリジュース薬の材料になる可能性があると、トレイシーは知っていた。知っていたからやったのだ。

 

 世界のためにではない。純血主義のためでもない。

 

 見返りとして就職先を世話して貰うためにである。

 

(……私は諦めない。世界が闇に覆われたって、私だけは勝ち組になってやる!)

 

 スリザリン生は狡猾な者が集う寮である。パンジーやマルフォイが幅をきかせるスリザリンにあって、トレイシーをマークする人間は皆無と言ってよかった。それゆえに、トレイシーの行動は誰にも気付かれなかった。

 

 理想的な狡猾さを備えた人間は、時に誰にも知られることはないのである。

 




悪意と愛から暴走するパンジーも悪ですが、保身と欲望から悪の道にすすむトレイシーも悪ですね。お坊ちゃんお嬢様を利用して成り上がろうというガッツに満ちている。
まぁこの時代だとこの手の悪は山程居るわけですが。いやぁ乱世乱世また乱世。
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