蛇寮の獅子   作:捨独楽

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あえて知れ

 

***

 

「……先々週出した課題のレポートを受け取った。提出率は100%。流石はホグワーツ……と言いたいところだが、非常に残念なことに十四名もの学生がレポートを丸写ししている痕跡が見られた」

 

(……でしょうね)

 

 ハリーはホエール教授の話を聞いても不思議には思わなかった。

 

 考古学の講義は六年生から追加された選択科目であるが、それなりに多くの学生が受講している。受講するためには魔法史のowlで優秀な成績を修めていればよく、魔法の腕は関係なく受講できるというところから、単位目当てで受講する学生は多いのだ。

 

 当然、学友のレポートを転写、或いは改竄して提出する学生は後を絶たない。

 

 何もこれは考古学に限った話ではない。

 

 魔法史にせよ変身呪文にせよ呪文学にせよ、ホグワーツ教授陣の出す課題レポートの全てを独力で提出している学生というのは全体の二割にも満たない。ハリー自身、最初のうちはアズラエルの話を聞きながら請け売りのレポートを提出していたものだ。

 

 当然ながら、ホグワーツ教授陣もそういった学生に対する評価は低くなる。低くなるが、自分の評価を下げないためにも、そういう丸写しした寄生虫の評価も必要以上に低くすることはできない。

 

 が、英国とは縁もゆかりもない外国人、かつホグワーツとは無関係の外部から招聘され、指導するのはこの一年限りと決まっているニッグ教授には遠慮する気は更々ないようであった。

 

「丸写した者の課題は0点だ。悪く思うなよ、そういう仕事なんでな」

 

「第一回目の講義でも説明したが、この講義の単位はレポートの提出が必須だからな。しっかりと自分の頭で考えて再提出するように」

 

 講堂内の空気がみるみるうちに冷えきっていくのがハリーにはわかった。講義を受ける学生の中で動揺していないのはハーマイオニーやアズラエルなどのごく一部だ。

 

 

 しかし、ニッグ教授の言葉はそこで終わらなかった。

 

「そしてここから先が俺の個人的な裁量でやる採点だ。レポートを丸写しした生徒が居た寮は、一人につき五十点の点数を引かせてもらう。悪く思うなよ」

 

「五十点……?」「……えっ?えっえっ!?」

 

(やるなぁ。今この瞬間にホエール教授はホグワーツの六年生と七年生を敵に回したぞ…………)

 

 ハリーは内心で驚嘆した。ニッグ=ホエール教授は外部から招かれた人間である。そのため、ホグワーツ生が優勝杯にかける熱意については理解が及ばないのだ。

 

 一人につき五十点減点。それはつまり、ほとんどの寮の得点がこの瞬間に0点になったことを意味していた。

 

 ニッグ教授の言葉が終わると同時に、スリザリン、グリフィンドール、そしてレイブンクローの点数がごっそりと転げ落ちた。グリフィンドールなどは0点にまで落ちていたし、意外なことにレイブンクローも減点数はスリザリンより多く、なんと0点にまで落ちていた。

 

「………なん……だと……?……嘘……だろ……」

 

 アンソニー・ゴールドスタインは我が目を疑うかのようにごしごしと目を擦っていた。

 

 ハッフルパフだけはまだ点数を保っていたが、それでも今朝よりも五十点分低かった。

 

 これは異常事態などではなかった。ホグワーツのシステムに従えば、ニッグ教授は正当な裁きをしたということになる。

 

 萎縮した雰囲気が漂う生徒達の表情を一人ずつ見回し、ホエール教授は言葉を続ける。

 

「まー考古学に対して熱意がないという学生はこの講義を取る必要はないということだ。……理解して貰えたところで、今日の講義に入るぞ。教科書は開いても開かなくても構わんが、メモの用意だけはしておけ」

 

 

 

「今日の講義内容は『未開の地を探索するチームの運営について』だ。ミスタ・アズラエル、未知のダンジョンを攻略する上で、まず考えておくべきことは何だ?」

 

「チームメンバーの規律を保ち、チームの秩序を維持することです」

 

 指名されたアズラエルは起立して滔々と答えた。アズラエルの自信を示すかのようにワックスで固めた前髪が金色に輝いているようにハリーには見えた。

 

「ん、正解だな。よく勉強している。教科書通りの模範的解答だ。スリザリンに五点。……では、その規律を保つために必要なことは?……ミズ・グレンジャー」

 

「集団におけるリーダーが明確であること、集団におけるルールが明文化されていることです。未開の地を探索する場合にも、まずは考古学の三原則の周知徹底させることがそれにあたります」

 

「その通り。何事も、基本を抑えておくべきだ。グリフィンドールに五点。……だが、お前らなら解ってると思うが、あえて言うぞ。これをやろうとするなら、しっかりと自分の頭で考えて動けよ?」

 

「ルールを守らせるために、賞罰がある。ルールを破ったものには罰を与えるのが上の立場に居る人間の仕事だ。……例えば今回のケース」

 

 ニッグ教授は一人一人をじっくりと見渡した。ハリーやアズラエル、ハーマイオニーやアーニーらは何とも思わなかったが、後ろめたく思っている生徒にとっては長く感じたであろう。

 

「他人のレポートを複製した学生の点数が0になるのも、寮がペナルティを受けるのも当たり前のことだ。未開の地の探索を行う上では、まず『何をしてはいけないか』を教えることが大切だからな。覚えておけよ?あと二年足らずでお前達は社会に出るんだからな」

 

「……だが、今俺がやったような真似は実際にやるとまず間違いなく全員から反感を喰らう。下の立場に居る人間は、上の都合を考えて行動するとは限らない。大多数の意思が反発に傾けば、上の人間の指示など聞かなくなる」

 

「という訳で、現実的にはお役所の考えるようには物事は進まない。隊員同士、或いは隊員と上司とのトラブルが頻発するケースがほとんどだ。そうだろ?」

 

 

 意地悪く付け足した言葉に納得した生徒は居なかっただろう。ハーマイオニーでさえ空気を読んでホエール教授の言葉には頷いていない。ホエール教授に同意して追従した瞬間からこの場の全生徒を敵に回すことになるからだ。

 

 この場の生徒達は、ホエール教授の処罰が重すぎると感じているのだ。仲間のレポートを複製したことを棚に上げて、ではある。しかし学生とは大なり小なりそういう側面を持っているのだ。

 

(この人、ここに馴染む気はないな?考古学を取ろうって学生を減らす気だ)

 

 ハリーはホエール教授のことを真っ当すぎる教師だと思った。まるで鯨やイルカの生息する海のようにホエール教授の瞳は澄んでいる。

 

 アンブリッジのように生徒達を学ばせないことを目的とした教師とはまた違う。教育論を持っているからこそ苛烈になるタイプの教師だとハリーは思った。

 

「未開の地の探索においてはこのジレンマを抱えながら、リーダーとして隊員たちを管理、或いは隊員としてリーダーの指示に従って探索を行なう。そこには、感情面のジレンマが存在する。未開の地じゃどうしたって双方の間でやりたくない仕事は出てくるからな」

 

「自分の能力の限界を知っていれば、『出来ない』と解っていることはどうしたって出てくる。自分が隊員の立場だとして、『出来ない』ことを素直に認めて言い出せるか?見栄を張って手を出して、チームを危険に晒すことがありはしないか?……お前らにはそういうことを今のうちに考えておいて欲しい」

 

(っ……!)

 

 ハリーの心がずきずきと傷んだ。

 

(……耳が痛いな。いつだって正論ってものは……)

 

 ザボエラ・ベオルブに指摘されたように、永遠の炎がヴォルデモートを打倒できる可能性は低い。ハリーは力を求めて魔法に手を伸ばしたが、結果として上手くいったというわけではなかった。

 

 失敗という過程を得た、とフリットウィック教授ならば言うだろう。大切なのはそれを教訓に代えられるかどうかなのだと。

 

(……でも、いつまでも結果から目を背けるわけにはいかないんだ)

 

「考古学者は言うまでもなく、過去の遺産を保持し、次代へと引き継いでいくことがその大きな役割だ。自然と社会に存在する商業的意識……納期、コストの問題とぶち当たることになる」

 

(……納期、か。確かにそれはいつも僕たちにとっての壁になる……)

 

 メモを取りながらハリーの頭に浮かんだのは考古学の三原則やホエール教授の話ではなかった。自分が今直面している課題……つまりは、ヴォルデモート打倒のための『武器』と『防具』。これを身に付けられるかどうかも、時間との戦いになるとハリーは感じていた。

 

「しかして……であるからして……」

 

 焦りすぎている、とはハリーは思わなかった。そう思える根拠はあったのだ。

 

(……明らかにホグワーツの周囲で怪しい動きがある。闇陣営が何かを仕掛けようとしている……)

 

 ケイティ・ベルは危うく命を落としかけたものの、ハグリッドの迅速な対応とスネイプ教授の懸命な治癒もありどうにか一命をとりとめ、セント・マンゴへと移送された。

 

 ホグワーツの周辺にも、死の影は刻一刻と近付いている。

 

 自分達を脅かす悪意に対して無防備で居るわけにはいかなかった。ハリーは裏の集会の仲間を安心させるために……否、ハリー自身が、仲間を失いたくないがために、武器と防具を欲していた。

 

 その研究にはハリーはハリーなりに最善を尽くしたつもりで居た。

 

(僕は今足踏みしていて、目的地までの中継点にすら到達できていない。ザボエラ・ベオルブの言葉を借りるなら失敗しているという事実から目を背けているというわけだ……)

 

 そんな風に考えていて、ハリーが話を聞いていないことに、ホエール教授は気付いていたのだろう。

 

「ポッター、俺の質問に答えろ。エレクト(立ち上がれ)」

 

「……はい?」

 

 考え事をしていたハリーは、自分が指されていたことに気付かなかった。ホエール教授のエレクト(起立)によってハリーの腰は自然と浮き上がり、起立の姿勢を取らされた。ダフネがクスクスと笑った。

 

「……ほれ、答えてみろ。チームの規律を維持する上で必要なことは?」

 

 ハリーはこの問いに関して考古学的視点から答える必要を感じなかった。反射的にハリーの喉元から出たのは、昨年の苦い経験がまだハリーの中に戒めとして残っていたからだった。

 

「リーダーが規律を守る姿勢を見せることです」

 

「……ほう、なぜそう思った?」

 

(本当にどの口が言っているんだろうか……)

 

 苦い思いを持ちながらも、ハリーは説明を続けた。

 

「ルールよりリーダーがまず上にあり、リーダーの都合でそれがねじ曲げられる……という状況は、下の立場の人間の不信や不和をを招きます。昨年のホグワーツには一人、そういう魔女が赴任して来られましたので」

 

ハリーがそう言うとアズラエルを筆頭としてホグワーツ生は沸いた。ホエール教授はえ、何?困惑しながら面白そうにハリーの話を聞く。

 

「……ほう……ソイツは端から眺めている分には面白そうな魔女だな。一度会ってみたかった」

 

「それはないです。先生は彼女がどれだけ横暴な独裁者であったのかをご存じではないから言えるだけです」

 

 アーニー・マクミランが言うとクラスのほとんどが頷いた。

 

 ハリーはあえてアンブリッジを例として挙げたが、この時意識していたのはアンブリッジにグロウプの存在を密告したグリフィンドール生達であった。

 

 彼女たちにはハリーへの敵対心が存在した。それは、ハリーが彼女たちの恩師を失職の憂き目から救えなかったが故の恨みであったが、同時に、ハリーが特権的な立場に居たことも理由の大半を占めていた。

 

 裏の集会では、リーダーであるハリーの裁量で物事を進められる。形式上ハーマイオニー達の同意がなければ集会で案を通すことは出来ないが、本当にいざという時、緊急事態だと判断したときハリーを止められる者は、いない。

 

 神秘部でアントニン・ドロホフとドロホフに従わされた罪もないマグルを殺めてしまったからこそ、ハリーは自分の責任が重いことを自覚していた。

 

 自覚した上でなお止まるわけにはいかない。ハリーはそう考えているのだ。

 

 ハーマイオニーの視線を背中に感じながら、ハリーの言葉を聞いたホエール教授はよし、と言った。

 

「集団行動を取る上でポッターが今言ったことは重要な意味を持っている。リーダーは大きな権限と責任を負う。そのルールは、時としてリーダーの命やリーダーの面子より優先されるべきものだ……歴史的価値や、隊員たち全員の命を守るためにルールがあり、リーダーのためにルールがあるという訳ではない。ポッター、座れ。スリザリンは2点減点で済ませてやる」

 

 座ることを許されたハリーはクスクスと笑いを堪えるダフネに勘弁してくれと苦笑いした。思考の海に溺れ現在を蔑ろにするのは褒められたことではなかった。

 

***

 

(……以上の観点から、英国魔法界の真の主は魔法省ではなくアルバス・ダンブルドアに他ならない。そのダンブルドアが重要視している、『生き残った男の子』ことハリー・ポッターについても報告の通り、平均的な十六歳の若者が身に余る力を得たことによる増長の傾向こそ見られるが、差別主義的傾向は見られない。引き続き監視を続ける。報告を待たれよ)

 

 考古学教授のニッグ=ホエールはメッセージを乗せた己のパトロナスを杖から解き放った。白く輝く鷹は誰にも気付かれないような速度で大空へと舞い上がった。

 

 ニッグ教授から見た英国魔法界は、滅びの中にあった。彼はホグワーツにおいて見たこと、感じたこと、ホグワーツ教授陣の動向や、大魔法使いアルバス・ダンブルドアとの会話を通して得た所感の全てを日記につけていた。しかし、その内容を外部に漏らす術はない。ホグワーツから外部に出す手紙は検閲にかけられているのだ。

 

 だからニッグ教授はパトロナスに報告内容を載せて空へと放つ。エクスペクト・パトローナムは本来、魔法使いの通信手段として用いられた由緒正しき魔法なのだから。

 

(……英国は……魔法界は今歴史の転換点にあるな。あの

ダンブルドア(ジジイ)がポッターを英雄として扱っているということは、ポッターに利用価値があるからということだが……)

 

(……ポッターを利用しなければならないほどに現状が切羽詰まっているということでもある。……つくづく間の悪い子供だな。前時代のツケを支払わされることになるとは……)

 

 ニッグ教授の心を満たすのは考古学者として歴史の転換点に立ち会えるという高揚感ではなかった。千年という単位で英国魔法界に積み重なったホグワーツという学校の膿そのもの、英国魔法界という歴史そのものが産み出した闇を、ハリー・ポッターという己の半分も生きていないような少年が背負うことになるのだから。

 

***

 

「考古学の授業はそんなことになってたのかよ。俺取らなくて良かったーっ」

 

「お前魔法史に落ちてるじゃねーか。受けられねーよ」

 

「ナイス突っ込み!でもそれはザビニもだぜ?」

 

 ザビニとロンの漫才を聞き流しながら、ハリーはボウトラックルの回復液を瓶に詰めていった。薬草学の授業も呪文学に負けず劣らず私語が許される科目であり、ロンとハーマイオニーと行動を共にしても気にする者はいない。

 

「考古学教授のせいで寮杯がメチャクチャだって皆騒いでいたわね。……一部の生徒はダンブルドアに罷免するよう直訴するそうよ」

 

 ハーマイオニーが言うとハリーはそれは無理だと言った。

 

「いや、確かホエール教授もダンブルドアが承認して任命した教師だろう?この程度のことでクビにはしないと思うよ」

 

 ハリーにとっては自分が責められたという訳ではない上、処罰の理由もドロレスとは異なり筋が通っている。これで身内が不利益を被ったのなら話は別だが、そうでないことにいちいち心を留める気はなかった。

 

 それはアズラエルも同じ気持ちだったようで、ひとしきりロンとザビニとの戯れで笑い終えたアズラエルは瞳を強く輝かせてロンに尋ねた。

 

「……そんなことより、ロン。ケイティ・ベルはインペリオによって操られていたんですね?彼女について何か聞いていますか?」

 

「ああ。ケイティの友人の証言からもそれは間違いねぇよ。あの人は誰かに呪いがかけられたネックレスを届けようとしていたそうだ」

 

「……ベルのことは本当に残念だったね。彼女がまた飛べる日を願っているよ」

 

「……ああ。帰ってきたらスリザリンなんかボコボコにしてやるぜ」

 

 ハリーの気遣いの言葉にロンは曖昧に笑って、頷いた。ダフネの見立てではケイティにかけられた呪いは重く、長期の入院とリハビリを必要とする。それでも復帰できると信じたいのが人情というものなのだ。

 

 

 

「………………闇の魔法使いがホグズミードに潜んでいる。それは確かね。」

 

 ハーマイオニーが言う。重苦しい沈黙があり、ハリーは心配ないよと言った。

 

「ぼくたちはインペリオに対する抵抗訓練も積んでいる。奇襲への対応も出来る。過剰に恐れる意味はないよ」

 

 そう言いながらも、ハリーは仲間を失うことを強く恐れていた。インペリオによってハリーの友達は命を落としたのだ。

 

 ふと、ハリーの視線は仲間ではなく、ドラコの方へと向いた。ドラコは己の手を汚すことを嫌ってかゴイルに瓶詰めの作業をやらせ、自分はノットと何事かを話していた。

 

「……君も気になりますか、ハリー?」

 

 ハリーの肩を叩くものがあった。アズラエルであった。

 

 アズラエルは思案するようにペロリと己の唇を舐めた。アズラエルの瞳もまた、手元のボウトラックルではなく、同じスリザリン生である一人の男子生徒に向けられていた。

 

 授業の後、アズラエルはハリーにこう言った。

 

「……僕はね、ハリー。マルフォイのことを疑っているんです。ハリーも気になるでしょう?彼が、クィディッチの時間を何に割いて居るのか」

 

「……なので……裏の集会を欠席して、しばらくの間やつを監視しようと思います。いいですよね?」

 

「それは構わないよ。でも、一人でやるのは危険だ。オルガやミカを使って何人かでやった方がいい」

 

 ハリーが心配してそう言うと、アズラエルはそれは目立ちます、と首を横に降り、ハリーに透明マントを貸して欲しいとねだった。

 

 ハリーは父の形見を親友へと貸し出した。

 

 ハリーの直感が的外れで、ドラコに何もないことを願っていた。しかし、万が一何かあったときアズラエルの命を守ってくれるのは、敵から身を隠せるこのアイテムに違いないと思ったからだ。

 

***

 

「……じゃあ……今までのことをフリットウィック教授とダンブルドアに報告するんだね、ハリー?」

 

「ああ。……暫定的に今できている魔法についても報告しようと思う。……名前をつけておこうか?」

 

 ハリーは現時点の進捗の全てをダンブルドア教授と、そしてフリットウィック教授に話すとザムザ、そしてダフネに言った。永遠の炎を習得しようと足掻いた過程で出来た魔法があり、その命名をどうするかでハリーとザムザは盛り上がった。その雰囲気にあてられたのか、ダフネも乗りに乗った案を出してきた。

 

「セラフィム・インセンディオ(熾天使の炎)というのはどうかしら。魔法の効力は闇の魔術のそれとは真逆だし、悪くはないと思うのだけれど」

 

 色々な名前の案が出てくる中で、直感的に解りやすいネーミングがいいと言ったのはダフネである。

 

「ヘルフレイム(地獄の炎)というのは?」

 

 対して、ザムザの案は物騒な名前であった。少し過激な命名に驚いたハリーは興味深くザムザの顔を見た。

 

「地獄の炎か。ザムザはどうしてそう思ったんだい?」

 

「……地獄に落ちるべき人間がこの世に居るとすれば、犯罪者……の元締めである『例のあの人』に違いないだろう?」

 

 ザムザが一呼吸置いたのはデスイーターを父に持つダフネに対する配慮か。それとも生来の優しさ故か。

 

「デスイーターや、『例のあの人』に対抗する魔法としては物騒だろうか?」

 

 気弱そうに言うザムザはすぐに自分の案を取り下げようとした。

 

「僕はサペレ アウデ(あえて知れ)っていう名前を思い付いた」

 

「ラテン語か。ハリーも人のことは言えないね」

 

 ザムザの茶化しにハリーは肩をすくめた。ハリーの言葉を聞いたダフネは少し考えた後でハリーへと尋ねる。

 

「……どうしてカントなの?」

 

「……この魔法はヴォルデモートを殺害するためだけの魔法だと言ってもいい。やつに、自分が何をやったのかを思い知らせてやりたいというのがまず理由のひとつ。もうひとつは自分への戒めのために」

 

「戒め……か」

 

 ザムザはチラリと自分の杖に視線を落とした。

 

(……強い力を持ったとき……僕は、父やデスイーターのように傲慢になってしまうのだろうか?)

 

(……いや……)

 

「……この魔法は、威力だけなら悪霊の火すら理論上は越えかねない魔法なんだ。ヴォルデモート以外には無害とはいえ危険だし、闇の魔術と遜色ないことをやっているという自覚は持っておきたい。だから戒めを込めてこの名前にしたいと思ったんだ」

 

「戒めか……分からないな」

 

 ザムザは腕を組んで唸った。

 

「正しいと思うことを成すならそこに疑問を差し挟む余地はないだろう?そこまで自虐的になる必要は無いと僕は思うんだが……」

 

「……正しいことをしたとして、結果が最善になるとは限らない。そういう戒めも込めているんだ」

 

 ハリーが言うとザムザはううんと唸った。

 

「私はハリーの案に従いたいわ。もちろん、ミスタ・ベオルブの提案も魅力的だけど……私も、強大な力を得てしまって調子に乗ったって自覚はあるの」

 

「決闘クラブでフリットウィック教授に魔法を教わりだしてから、それまで漫然とやっていた基礎の魔法が面白いと思えたの。決闘で勝てるようになってからはもっと……」

 

「でもよく考えたら、私はその力を誰かのために使ったことはなかったわ。だから、戒めのためにという案はいいと思うの」

 

「……それなら、僕も案に乗るよ。ハリー、最後に試しうちしておこう。フリットウィック教授に成長したところを見て貰いたいだろう?」

 

「解った。」

 

 ダフネの言葉もあり、ザムザもハリーの提案に頷いた。新しく出来た魔法を使うために、ハリーはモルモットに向けて杖を振り上げた。ダフネもザムザも、既にプロテゴ・マキシマとフレイム・インセンディオを起動している。

 

 ハリーの脳裏にあるのは、墓地での記憶だった。

 

 自分と、友達を取り囲む髑髏の面を着けたデスイーターと、骸骨のように痩せ細ったヴォルデモート。自分達を拷問にかけ、そして、友達を殺害したヴォルデモートの言葉。

 

 その全てが、ハリーに尽きることのない憎しみと殺意を与えてくれた。

 

「サペレ アウデ(あえて知れ)」

 

 瞬間、緑色の炎は轟音と共にハリーの杖から吹き出た。

 

「な、なんて炎だ!!」「ほ、本当に制御できるの!?」

 

「……くっ……!」

 

(思ったよりも……勢いが強い!悪霊の炎以上だ……!)

 

 轟音はハリーの制御したいという意思を受け取ったのか、次第にその形を蛇へと変えていく。

 

 魔法空間内を埋め尽くさんばかりの熱量が突風を巻き起こす。

 

 蛇の形を留めた緑色の炎は、息吹と共にモルモットへと襲いかかった。モルモットは音を立てて逃げる。が、炎の方がはるかに速い。

 

 炎の中にあっても、モルモットには熱傷一つ見当たらなかった。

 

「……炎が弱まっていく……最大出力は確かに悪霊の火以上………ね……」

 

「……?どうしてそんなことがわかるんだい?」

 

「……アントニン・ドロホフに襲われたとき見たことがあるのよ」

 

「そうなのか……。しかし、持続時間は2分程度か。これは使い物になるのか?」

 

「虚仮威しにしかならないかもしれない……が、使いこなせば強力な武器になりそうだ。見なよ、モルモットが気絶している」

 

 

 

「……対象を限定することで危険性を抑えつつ、火力そのものは向上させる、という試みはまずは成功か。問題はこの魔法が本当にデスイーターやあの人に通用するかどうかは試してみなければ分からないということだね……」

 

 そう話していた瞬間、緑色の蛇の瞳が怪しく揺らめいた。蛇は、クスシヘビのような小ささからだんだんと形を変え、やがてニシキヘビのような太さ、長さへと変わっていく。

 

 ヴォルデモートの側にいたニシキヘビを思い出し、ハリーの背筋に嫌な汗がつたった。

 

「……何っ!?」

 

 ニシキヘビはハリーの方を向き、炎をハリーに向けた。

 

「プロテゴ・ディアボリカ!!」

 

 ハリーは咄嗟に悪魔の護りで己の身を守った。漆黒の炎と、緑色の炎は均衡を保っていたが、やがて漆黒の炎によって緑色の炎が飲み込まれて消えていく。

 

 ハリーがプロテゴ・ディアボリカを解除したとき、黒い炎に飲み込まれたモルモットは骨だけになっていた。

 

「ハ……ハリーがコントロールを間違うなんて珍しいわね。」

 

 辛うじてそう溢すダフネに対して、ザムザはサペレ アウデの挙動を分析していた。

 

「それほど難解な魔法なんだ……」

 

「そもそも魔法使いが魔法に形をつけて指向性を持たせるのは珍しいことじゃない。パトロナスだってそうだし、悪霊の火という魔法があるんだけど……それも炎を任意の動物の形に整えてコントロールするためにそうしているんだ。……暴走するリスクがあるのは仕方ないか……」

 

「……そうね。私達は……まだ学生だもの。そんなに素晴らしい魔法なんて、作れないわよ」

 

(いや……?今のは……本当に、暴走……?暴走だったのか……?)

 

「……?…………何だ、今のは?」

 

 ハリーは杖がぶるぶると震え、右腕に痺れを訴えかけていることに気付いていた。

 

(……まるで、エクスペクト・パトローナムを使ったときみたいじゃないか?)

 

 ハリーは嫌な汗が背筋を伝うのを感じ、気のせいだと深く深呼吸をした。

 

 まるで、ハリーのなかの聖なる意志が悪意を持った主を襲ったときのような感触があった。

 

 ハリーは直感的に理解していた。

 

 自分達は決して間違った魔法を産み出した訳ではない。むしろ、正しく機能する魔法を造り上げてしまったのだと。

 




今回出てきたオリジナル魔法は発想としては既存の魔法の継ぎはぎです。ダフネはほとんど関与しておらずハリーとオリキャラであるザムザの合作です。
簡単に言えば、発動条件が憎悪のエクスペクトパトローナムに悪霊の火以上の火力を持たせたのがサペレ アウデです。
この魔法が効く相手がヴォルデモートとデスイーターに限定されているので危険はない……筈でした。
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