「……流石に変だな……」
「私が使ってもミスタ・ベオルブが使ってもハリーを襲うなんて。何の冗談かしら……?」
ハリー、ザムザ、ダフネはダンブルトア教授とフリットウィック教授に全てを打ち明ける前に、ある課題に直面していた。
新しく開発した魔法の誤作動についてである。
「……サペレ アウデ暴走の原因として考えられる可能性としては、三つある」
「…………」
ハリーはザムザが話し始めたとき、誤作動ではないという直感を述べることは出来なかった。ハリー自身も認めたくはないが、ダフネの炎のフクロウも、ザムザが放射した燃え盛るネズミもハリーを襲ったという事実は、魔法が誤作動ではなく正常に機能したに違いないというハリーの直感を確固たるものにしていた。
「僕達の魔力操作が未熟であるため、というのがまず第一の原因だ」
「……それが尤もらしい理由ね。客観的に私達を見れば、学校も出ていない未熟な魔法使いですもの」
「僕も最初はそう考えたよ。理論上は悪霊の火すら凌駕するような過剰な威力を発揮するように計算して造り上げた魔法なんだ。コントロールを間違えたり、悪霊の火のように術者すら飲み込んでしまうことはあり得た」
「しかし、これが原因ならまず真っ先に術者が襲われないとおかしいが、僕の出したネズミも、ミズ・グリーングラスの出したフクロウもハリーを襲った。魔力操作のミスというのは……考えられない」
ザムザは当初は魔力制御が難しい魔法だから仕方ない、と思っていた。しかし、自分自身でサペレ・アウデを使い、さらにダフネがサペレ・アウデを使ってもなおハリーへと炎の守護霊(或いは悪霊)が向かっていくに至り、魔法そのものの挙動がおかしくなった原因について考えを巡らせていた。
ハリーもダフネもこの問題について放置するつもりはなかった。ハリーは嫌な予感を表に出さないようにつとめて冷静に言った。
「ザムザもダフネも魔法そのものは成功したように見えたよ。杖から放射された炎はしっかりとその人にとって制御しやすい動物の形になった。そしてモルモットを攻撃したけど、モルモットはデスイーターではないから焼けなかった」
「熱と酸欠で失神はしたわ」
ダフネは言うが、検体のモルモットはもう既に起き上がっている。サペレ・アウデが外傷を与えた訳ではないのだ。
「つまり、二つ目の可能性としては、魔法そのものの挙動がおかしくなる条件があるということだ。」
ザムザはとんとんと人差し指で自分の杖を叩き、杖に不調がないかを確認しながらダフネに言った。
「…………僕とハリーがこの魔法を開発したとき、『デスイーター』と『例のあの人』のみを対象とするように条件を組み込んだんだ。……だから、その条件設定が間違っていた……という可能性があると僕は思うんだよ」
「条件設定の間違い?ハリーが襲われたからかしら……?」
「…………」
ハリーは沈黙しながらザムザの推測を聞くことにした。ザムザはハリーに若干の申し訳なさを滲ませつつも饒舌に己の推測を言った。
「……その……気を悪くしないで聞いてほしいんだ。サペレ・アウデはハリーを闇の魔法使いだと誤認してしまったのだと僕は見ている……」
ザムザは杖で空にサペレ・アウデの説明図を書き上げた。ダフネの頬からは一筋の汗が流れ落ちた。
「僕やダフネは襲われず、しかし、ハリーは襲われた。これはつまり、デスイーター、そして『例のあの人』以外にもハリーを襲った。……そう誤認する条件がハリーにあったということになる」
「……条件か。僕は闇の魔術を使ってデスイーターを殺害しようとしたし、実際に人を殺めてもいる。……デスイーターと変わらないと判断されても仕方ない」
ハリーは今更否定する気もなかった。
「そんなことは……」
ダフネはザムザに対して敵意と恐れの入り交じった視線を向けていた。
(……でも本当にそうか?)
ハリーの直感が、そうではないかもしれないと警鐘を鳴らしていた。
(……ダフネはどうだ?ダフネは僕の愛を確かめるためにプロテゴ・ディアボリカを使った。闇の魔術で人を殺害したわけではないけれど、ある意味害意を持って人にそれを向けたという事実は変わらないぞ?)
ザムザはじっと目を閉じて、たっぷり1分以上は沈黙していた。ダフネは恐る恐るミスタ・ベオルブ?とザムザに呼び掛けようとしたがハリーは視線でダフネを制した。
「今は好きにさせてあげよう。この魔法について考えるのは大事なことだし、ザムザは僕と一緒に開発した。僕とザムザ以上にこれについて理解できる魔法使いはいない」
ザムザはさらに一分は思考の海に沈み戻ってこなかった。ハリーとダフネの声も耳に入っていなかったのか、ザムザはパッと目を見開いて言った。
「…………ハリーの推測通りだとすると、少し考えなくてはならない矛盾が生じる」
ザムザは熟考の末に言葉を発した。
「この魔法は永遠の炎を習得する課程で産まれたものだ。敵にも種類がいて、心の底から例のあの人に忠誠を尽くすデスイーターや、『例のあの人』にのみ害を成すように作った。インペリオで支配させられた人は、ハリーの希望で対象には含めていない」
ザムザは空中にデスイーターを示す骸骨の図と、操られた魔法使いを示す杖の図を示した。
「それは……随分と悠長ではなくて?」
「インペリオで操られた魔法使いは……殺さず無害化すれば味方につけられるし、情報を得るための資源にもなり得るからね」
ハリーはダフネには優しく言った。
操られてヴォルデモートを利してしまった人まではハリーは責めたくはなかった。それを責めてしまえば、ハリーは今はもう居ない親友まで責めることになるからだ。
「そして……戦闘の課程で、デスイーターを殺害したとする。その瞬間に術者である僕らが闇の魔法使いとして認定されるような仕様にはしていないんだ。僕はあくまでも、正義のためにこの魔法を作ったと自負している」
(……正義。正義ね。そう言って貰える間は、ましかしら)
熱っぽく語るザムザに対して、ダフネは少し冷めたような羨ましそうな視線を向けた。
「……だから、ハリーが襲われた理由には、第三の……何か、僕の見落としている理由があると考えられるんだ」
「……具体的にはどんな理由があるのかしら。……ねぇ、そもそもこの魔法はどうしてあの人の支持者とそうではない人間とを区別したの?私は漠然と、『例のあの人』への憎しみを八つ当たり気味に込めただけよ?それなのにハリーが襲われるのはおかしいわ」
しかし、ザムザはダフネの問いには答えなかった。
「……」
ザムザは既に熟考するために目を閉じていたのだ。ザムザに代わって、ハリーはダフネに魔法の仕様を説明した。
「……判別法方は色々とあるよ。デスイーターに刻まれた闇の印(モースモードル)の魔力波長や、ヴォルデモートの魔力をかぎ分けるように作ってある」
ハリーは淡々と語った。ドロホフに襲われ、クィディッチ・ワールドカップでは直にモースモードルを見た。闇陣営が自分達の活動を誇示するためにしてきたことが仇となって、敵と味方を区別することに成功する……筈だったのだ。
「……闇の印?ハリー、貴方は本当に炎の扱いが上手いのね……」
そんな雑談をしていたとき、ザムザはかっと目を見開いた。
「……ハリーが襲われた理由を判明させておくためにも、ハリーとミズ・グリーングラス、そして僕とで条件に違いがないかを確認しておこう」
「……ミズ・グリーングラス。君は闇の魔術を使うことが出来るかい?僕は知識としては知っているが、使ったことは無い」
「使ったことは無いし使おうとも思わないわ」
(こら。)
ダフネは息をするように嘘をついた。ハリーは突っ込みを入れるかどうか迷ったが、そのままザムザの話を待った。ザムザはダフネと自分、そしてハリーの条件をメモしておき、次に聞いてきた。
「……次。ハリーはパトロナスは出せるかい?」
「僕は出来ない。出来ちゃいけないと思っているよ」
ハリーは断言した。パトロナスを使えるということは、己に一切の曇りなく正義のために行動できる人間だと思い込むということだ。ドロレス・アンブリッジのように開き直ることはハリーには出来なかったのである。
現に今もこうして、ハーマイオニーやロンに黙って人殺しのための技術を仲間と研鑽しているのだ。
「そうか。……エクスペクト・パトローナム(パトロナス召喚)」
ザムザは己の杖から銀色の霧を放射した。まだ完全な有体ではないが、霧は何かの形を取ろうとしているようにハリーには見えた。
「凄い!やったじゃないか!もう少しで有体だ!」
「……あ、ああ。……自分でも驚いているよ。成長しているってことなのかな……」
ザムザは満更でもなさそうに言うと、視線でダフネに披露するように懇願した。
(……ダフネは今それどころじゃない。プロテゴの準備をしておくか……)
ハリーはダフネの心中を思い、難しい結果になることを予想してプロテゴ・マキシマの準備をした。
これを過保護と取るか、ダフネを見くびっていると取るかは人それぞれである。
客観的に見ると、ラドン・グリーングラスの一件でダフネの受けた心理的ダメージは大きい。それに加えて、スリザリンの女子達からの嫌がらせもある。
何よりも、闇の魔術を人に行使している。
ハリーから見て、ダフネにはハリーのように暴走する可能性があったのである。
ダフネはコホン、と一つ咳をしたあと、優雅に杖を振った。
「エクスペクト パトローナム(パトロナス召喚)」
ダフネの杖から放射されたパトロナスは、白く輝く羽を持つフクロウだった。
「おおおっ!」
有体のパトロナスを見たザムザは声を弾ませていた。
『どうかしら?私もやるようになったでしょう?』
「……本当に凄いよ、ダフネは。僕が思っていたよりもずっとね」
ハリーは心の底から言った。どうやらハリーの認識よりもダフネの神経はずっと図太かったらしい。
フクロウはダフネの心情を反映するかのように嘶いたあと、ハリーとザムザの間を飛び回り、ダフネの掌に止まると雪のように消えた。
「……つまり……ミズ・グリーングラスと僕は闇の魔法使いではない。だから、襲われなかった……という認識でも筋が通る……か……?」
ザムザはカリカリと頭をかいて言った。ハリーは落ち着かせるように言った。
「結論を急ぐのは良くないよ。落ち着いて考えよう」
「そうだね。確かにハリーの言うとおりだ。ミズ・グリーングラスもありがとう。もう少しで答えにたどり着ける気がする……」
ふうっと息を吐くとザムザはダフネ、それからハリーの目を見て尋ねた。
「……あと、僕達とハリーとの違いは何かあるかな。上手く言えないけど、まだ情報が足りない気がする。……欠けているパズルのピースに手がかりがある気がするんだ」
(……その認識は恐らくは正しいよ、ザムザ。そしてこれでハッキリしたこともある……)
「……僕はパーセルタングだ」
「知っているよ。しかし、それは君のギフテッドであって闇の魔法使いかどうかとは無関係だろう?」
「そうよ。ハリーがスリザリンに選ばれるべくして選ばれた証よ?けして悪いものではないわ」
そうダフネがフォローをくれるとハリーの心は痛んだ。言いたくはなかったが、言わねばならなかった。
「いいや。僕のこのギフテッドは、ヴォルデモートとの繋がりによるものだ」
ハリーの言葉に二人の表情は凍りついた。言ってはならない名前を言ったことと、まだ言っていなかった事実を明かしたことで固まる二人に、ハリーは己の推測を言った。
「……三つ目の原因。……僕がヴォルデモートの力を持っていたために、サペレ・アウデは僕をヴォルデモートだと認識して動いた。……誤作動ではなく、正常に動作したのかもしれない」
「それは……気の毒だとしか言えない……。僕は、この魔法は君のために……君の力になるかと思っていたんだが……」
ザムザは青ざめてハリーから視線を外したが、ダフネはいきなりハリーへと抱きついてきた。
「!?ちょっと、ダフネ!?」
ザムザの居る前で抱きつかれたことにハリーは驚き離れようともがいたが、ダフネは離さなかった。ハリーは救いの手を求めてザムザを見た。
青ざめていたザムザは呆気に取られたあと、にやりと笑って口笛を吹いた。
「……じゃあ、僕はフリットウィック教授に報告に行くよ。二人も落ち着いたら教授の研究室まで来てくれよ?叱られるのが僕だけなんていうのは不公平だからね」
「!?」
ハリーとダフネが魔法空間から出てフリットウィック教授の研究室へと着いたのはそれから十数分後のことであった。
***
フィリウス・フリットウィックはこんこん、と薬学の研究室をノックした。
「おおフィリウス。君からわざわざ足を運んでくれなくとも此方から出向いたのに」
「私の研究室はあれこれと騒がしいものがあって、長話には向かないので。今回は此方から入らせていただきます」
フィリウスはこの十年余りセブルスの部屋であった薬学教授の研究室へと足を踏み入れた。酒に合うブラックナッツの乾煎りも持参していた。
再びホラスのねぐらとなった研究室には厳重に保管された薬品の他にも、ホルマリン漬けにされた蛇の脱け殻や、雷を放電しながら水晶に保管されたサンダーバードの羽など、希少薬品の製造に欠かせない逸品が散りばめられていた。
「サンダーバード!?」
フィリウスの反応にホラスは満足げな表情を浮かべた。見る者が見ればその希少さと素晴らしさが解るように目に留まるところに展示するのもコレクターの性である。
「これは米国の冒険家から交渉して買い取ったものでね、いやぁごうつくばりの男だったので苦労した!しかし、なぜ交渉に応じたと思う?」
そこからのホラスの話は長かった。たっぷり一時間以上もかけて語られた自慢話を要約すると、米国にいない希少な英国原種のヒポグリフの巣に行き、冒険の末にその尾羽を持ち帰って交換したと言うのである。
酒を酌み交わし上機嫌で語らうホラスとフィリウス。ホラスは形の上ではホグワーツに復帰したばかりではあるが、フィリウスにしてみればセブルスなどよりよほど話しやすい相手であった。
他人を寄せ付けず人と語らう気もないセブルスと違って、ホラスは他者からの賛辞や質問、敬意や妬みを求めていたからである。
「……それで、ホラス。私に尋ねたいことと言うのは……?」
フィリウスは長い長い前置きを終え、互いに酒も一段落したところでしっかりとホラスの顔を見据えて言った。
ホラスはうーむ、と唸った。
ホラスもフィリウスも酒量は過剰ではない。ホラスの復職を祝い和やかに酒を酌み交わしても、英国人の基準で言えば素面そのものと言って良かった。
「……いや……君から見て、ポッターについてどう思うか聞きたいと思ってね。実を言うと、セブルスにも尋ねたのだが……あれはいかん。自分の寮生という意識すらない」
(……!)
ポッターと聞いてフィリウスの内心に痛みが走った。
ザムザ、そしてハリーとダフネから告げられた研究中の魔法。それは、フィリウスから見て完成度が高い魔法だった。
構造に穴はない。ヴォルデモートやデスイーターに対する憎しみがあれば、悪霊の火より強く、悪霊の火より使いやすい魔法。それを学生が開発したことに怒ればいいか、悲しめばいいかフィリウスはわからなかった。
社会人としてフィリウスは三人を叱った。君達が用いているのは人を殺害するための魔法であり、まだ学校を卒業していない人間が扱ってよいものではないと。
しかし、フィリウスの中の知識欲と研究欲はハリー達の成長を喜んでしまっていた。誰の手も借りずに教え子が新しい魔法を作り上げたことが誇らしく、それが人殺しに関わるものでなければ両手を挙げて褒め称えたい気分だったのだ。
ハリーへの複雑な心中を抱えながら、フィリウスは言った。
「……ポッターはセブルスにとっては厄介な生徒であって、セブルスのお気に入りというわけではなかった……というのは確かです」
「セブルスがポッターに一体何をやってきたのか……と言うと、ほとんど何もやっていなかったように私は思えるのだ」
かつての教え子を貶すホラスの心中には複雑な怒りが込められていた。
セブルス・スネイプはホラスのお気に入りというわけではなかった。
フィリウスが記憶するセブルスの学生時代の素行は模範生とは言い難く、デスイーター予備軍と呼んで差し支えないものだった。
ホラスがセブルスの素行に対して何を思い、そして何を言ったのかはわからない。しかし、卒業後セブルスはデスイーターとなり大勢の罪のない人間の殺害、或いは拷問や支配に関与したことは確かである。
「……セブルスは去年何かポッターに指導をしていました。……彼なりに手は尽くしていたように思います」
「そうか……セブルスが」
フィリウスのフォローを聞いて、ホラスは神妙な面持ちで杯を煽った。
教え子が闇に落ちる苦しみを誰より味わっていたのが、目の前に居るホラス・スラグホーンであることをフィリウスは知っている。
ルシウス・マルフォイ。ベラトリクス・ブラック。レグルス・ブラックやソーフィン・ロウル。ギボンやエイブリー。さらに、バーテミウス・クラウチ。
語り尽くせぬほどに大勢のスリザリン生がデスイーターになった。ルシウス・マルフォイなどはホラスのお気に入りの一人でもあったのだ。
「人は変わる……とダンブルドアは言います。私から見てセブルスが善人に変わったと言えるかは疑問の余地はありますが。……灰色ではあるでしょう」
「……うむ……」
かつての教え子に裏切られたという怒りと、己の見る目のなさや教師としての不甲斐なさを責める気持ち。ホラスがそれらの葛藤をずっと抱えていることは想像に難くない。フィリウスはホラスが自分にハリーのことを聞きたがった理由を察した。
ホラスはハリーを信じたいのだ。しかし、あまりにも闇の要因が多すぎてハリーに対する警戒心を拭いきれないのだとフィリウスは察していた。
教師としてのキャリアでは圧倒的にホラスの方が上である。そんなホラスが頭を下げて教えてくれとは言えない。フィリウスはそんなホラスの立場や心情を理解していたから、ホラスの顔を立てた。
フィリウスは私から見たポッターで良ければお話しします、とホラスに言った。
「……ポッターには私は大きな借りがありました。……一年生の頃、ポッターを襲ったクィレルは私の教え子でした。二年生のときにポッターを襲ったロックハートもです」
「……ロックハート?」
どうでもいい生徒の名前を覚えないホラスはクィレルの名前には反応を示さなかったが、ロックハートと聞いてあることを思い出した。
「あの自分宛に何百通ものラブレターを出した……!」
「あのとんでもない目立ちたがりです。ポッターは、彼らが更なる過ちを重ねる前に彼らを止めてくれました」
恥じ入るようにフィリウスは言った。フィリウスの脳裏には決闘クラブを訪れた時のハリーの姿がふと浮かび上がった。
友達の紹介で決闘クラブに来た少年は、小柄でまだ何も知らなかった。確かに栄養不足で小柄ではあったが、今のように厳しく冷徹な顔ではなかったし、豊かな笑顔があった。
「……だから……ポッターには目をかけたのかね?」
ホラスは注意深くフィリウスを観察しながら尋ねた。
ホラスがわざわざフィリウス・フリットウィックにハリーの過去を聞いたのは、ハリーともっとも多く接したのがフィリウスであったからだ。ハリーを半ば放置していたセブルスとは異なり、フィリウスは決闘クラブでハリーを見守ってきたのである。
「……だからというわけではありません。……ポッターは……」
「……思いやりのある生徒でした。……個人名は伏せますが、我がレイブンクローには人付き合いの苦手な生徒が居ました。孤立しがちで、友人に飢えている。けれどレイブンクローに馴染めない。……ポッターは……そんな生徒の最初の友人になってくれました」
ハリーが聞けば恥ずかしさから頭を抱えて否定する言葉をフィリウスは紡いだ。そんな言葉を聞きながら、ホラスは内心でこう考えた。
(……似ている。やはり……トムに……)
ホラスの知るトム・リドルもまた、寮の区別なく他者に手を差しのべる生徒だった。だからこそホラスも監督生にはトムをと推したし、自分のクラブにも招き入れたのだ。
(評判のためか、それともフィリウスの心証を良くするためか。いずれにせよ、トムと似ている。あまりにも……)
(……しかし、違うところもある。トムならば、もっと巧妙に己を隠す……)
「……そんなハリーに君は決闘術を教えたのだね。何故だね?」
「教えた……のではなく、ハリーが学んだと言った方が正しいですね。……決闘に熱心な友人や、ちょうどグリフィンドールにライバルのウィーズリーも居ましたから。……ポッターはみるみるうちに力を着けていきました」
フィリウスは悔恨の念を隠しきれなかった。ホラスはフィリウスの姿を見ながら、レイブンクローの寮監もまた自分と同じ苦悩をしていることに気付いた。
「今となっては自分でも……正しい指導であったのかどうかはわかりません。ただ……ポッターが闇の魔術を使わず、闇に抗うために私が教えられることがあるならと思ったことは確かです」
(……確かにポッターは途中までは闇に抗ってくれました。しかし今は……それどころではなくなりました)
フィリウスはオクルメンシーを使っていたので内心の苦悩はホラスには伝わらない。
しかし、言葉にせずとも解ることはある。ホラスは深く溜め息を吐き出しながらフィリウスの持つグラスになみなみとワインを注いだ。
「君の判断は間違ってはいない。……私が君の立場でもそうしただろうから」
ホラスの言葉のうち、後半は嘘であった。戦闘技術を教えるということはつまり、自分の手の内を晒すということでもある。人一倍保身に敏感な自分ではフィリウスと同じようにハリーを指導することは不可能だとホラスは己を理解していた。
二人の教授はどちらもハリー・ポッターに魅せられていた。
教育に人生を捧げてきた教師にとって、才能ある魔法使いというものは珍しくはない。才能ある魔法使いも、そうではない魔法使いも、受け入れて七年で縁が切れる。自分の寮の生徒でないならば責任を感じることはないし、忘れるのが普通だ。そうしなければ、今受け持っている生徒のことが疎かになってしまうから。
しかしそれでも、二人の教授はハリー・ポッターのことを気にかけていた。
二人は恐れていた。
その境遇にしては真っ当な善性と、そして才能を持っていた魔法使いが。
己の行動によって闇に埋もれるか、或いは命を落としてしまうことを何よりも恐れていたのである。
進行役のハーマイオニーがいないからハリーとザムザがハーマイオニーの代わりになるんだよぉ!