ダドリー→幼稚園から小学校までの付き合いがある殺意すらある腐れ外道
ザビニやハーマイオニーやロン→中学からの親友
セドリックやフレッド→部活の尊敬する先輩
ザムザ達裏の集会メンバー→高校から出来た友達
***
「ちょっといいかい、ハリー」
「……ああ構わない。ダフネ、済まないが先に帰ってくれるかい?」
フリットウィック教授に報告した帰りに、ハリーはザムザに呼び止められた。ハリーはダフネに謝りながら先に帰らせザムザに向き直る。
「話っていうのは?」
「……その前に……マフリアート(防音)」
「……ミズ・グリーングラスについて確認したいことがあるんだ。彼女、口では闇の魔術なんて使ったこともないと言っていたけれど……本当は使ったことがあるんだろう?」
「ザムザはどうしてそう思ったんだい?」
(流石に気付くか)
「……彼女が炎の扱いに長けていたのがまず一つ。僕とハリーの開発した魔法にも何の嫌悪感も示さなかった。君が彼女を魔法の実験に付き合わせたのが二つ目の理由だ。君なら、覚悟のない子に人を殺害できる魔法を教えようとは考えないだろう?」
ハリーは言い逃れが出来ないと惚けることを諦めた。なるべくザムザの理解を得られるように慎重に言葉を選ぶ。
「……ダフネは悪意をもって闇の魔術を学んだ訳じゃない。ヒーラーになるためには、まずは闇の魔術を知った上で対抗呪文を学ぶ必要があったんだ」
ザムザはグリフィンドールらしい正義感のある人間であった。これで柔軟さが無ければ難儀したであろうが、ザムザは父親の影響か、本人が研究者らしく多角的に物事を見るように心掛けているためか、ハリーの言葉に頷いた。
「なるほど、そういう訳か。……皆将来への努力を重ねているんだね」
「……ああ。そうだよ」
ハリーはサムザに答えた。
(将来に向けての努力……か)
ハリーにとっての将来は不確かで、まるで海に浮かぶ木片のように揺蕩っていた。後ろ向きになる思考を振り払うかのように笑うと、ハリーは意地悪く言葉を付け足す。
「ちょっと悪い子だと思ったかい?」
ザムザはきっぱりと否定した。ハリーにとって意外なことに、そのザムザの態度には怯えや恐れといったものが感じられなかった。
「……勘違いしないでくれ。僕はヒーラーとしてのの活動のために闇の魔術を使ったからと言って変な目で見たりはしない。より大きな善……正義のためなら、綺麗事に目を瞑る必要は出てくると思う。今はまさにそういう時代だろう?」
そのザムザの言葉に偽りはなかった。少なくともハリーの目には本心からそう言っているように思えた。
「時代や環境のせいにすることはダンブルドアは嫌がるだろうね」
ハリーは探るようにかまをかけてみた。
「……だとしても僕は気にはしない。アルバス・ダンブルドアは偉大だ。けれど、その考えをトレースすることに意味はないと思う。特に僕は研究者志望なんだ。他人の思想ではなくて、己の考えで動こうと思う。ミズ・グリーングラスが闇の魔術を使えることは問題じゃない」
(……急に生き生きとしだしたな、ザムザは……)
ザムザはどうやら親しくなった相手に対しては饒舌になるタイプであったらしい。ダンブルドアを尊敬はしつつも共感はしないというザムザの態度は、ダンブルドアに複雑な思いを抱いているハリーにとって好ましいもので、ハリーはザムザを立派だと褒めた。
「……そう言って貰えて嬉しいよ」
ザムザはハリーに言われた言葉に面食らっていたが、少しだけ頬を染めた上で本題に入った。
「……とにかくだ、ハリー。僕が問題視しているのは……魔法の検証をしているときに嘘を織り混ぜられることだ。今回はミズ・グリーングラスの偽証に気付けたから良かったけど、正しくない情報が混じっていると考察のノイズになってしまう」
「……それは……済まなかった。ダフネを責めないであげてほしい。……彼女に悪気はなかったんだ」
ハリーは平謝りに謝りつつ、ダフネを許してほしいと言葉を重ねた。ザムザは納得しつつも首を傾げた。
「……そうか……。でも……そんなに気にすることなのかな?ヒーラーとしての訓練の一環であったのなら、ミズ・グリーングラスが気に病むことは全く無いのに」
まさかハリーに使ったなどと言うわけにはいかない。ハリーはザムザには悪いと思いつつ嘘をつくことにした。
「……色々と気を遣わせて済まない、ザムザ。……ダフネの事情も汲んであげてほしい」
「……どういうことだい?」
壁に寄りかかって話を聞くザムザの表情は真剣そのものだった。
ハリーは、ザムザがアーニー同様真面目すぎるところはあるが真摯な性格であることは承知している。だからこそ同情を引くように仕向けた。
「ダフネには今、僕や裏の集会以外の拠り所がないんだ。スリザリンの女子達はヴォルデモートに反旗を翻したダフネを恐れるか、憎んでいる」
「スリザリンの内部で孤立しているというのかい?」
ザムザの口調に同情的なものが混じる。ハリーはすかさず畳み掛けた。
「……理由は言わなくても分かるだろう?スリザリン寮のに皆は家族や一族を守るために純血の支持を表明するか息を潜めているというなかで、ダフネだけは女子で唯一僕についた」
「……どんな群れだって、異端者は排除されるものだ。目の敵にされるなんて分かりきっているだろ」
ハリー自身にもダフネへの負い目があったため、強い口調になってしまう。ザムザは言葉を失って口をつぐんでいた。
「……異端者……」
「僕だって女子のことまではフォローはしきれていない。この上、闇の魔術を使ったなんてことが広まれば……ダフネに居場所はなくなってしまうんだ」
ハリーの言葉は功を奏したようであった。グリフィンドールらしい騎士道精神が宿ったのか、ザムザはこれ以上ダフネについて聞くことはなかった。
「……そうか。……そういう事情があるのなら僕からミズ・グリーングラスを責める気はないよ。そんなことをしても、彼女の心象を悪くするだけだろう?だからハリーからグリーングラスに話してほしいんだ。今後同じことが起きないように」
「ああ。……気を遣わせてすまないね、ザムザ」
「いや。大したことじゃ……そうだな……」
ザムザは笑って話を終わらせようとして、はっと何かを思い出したかのようにハリーの目をまじまじと見た。
「……いや……ハリー。僕に悪いと思っているのなら一つ聞いてもいいかい?彼女はなぜ、君に『例のあの人』の力があると聞いて喜んでいたんだ?その……失礼だが、それは君にとっても決して喜ばしいことではないだろう?」
「それは……」
ハリーとしてはどう答えたものか迷った。
「それは?」
「……逃避だよ。言うまでもなく僕らは『例のあの人』と戦っている。やつより強いと言いきれるのは現時点ではダンブルドアだけだ。でも……」
ザムザに配慮してヴォルデモートという単語を避けつつハリーは言葉を選んだ。
(ダフネはヴォルデモートを最強だと思っている……とザムザに思われるのはよくないな……)
「僕の中に『例のあの人』と同じ力があって、僕がほんの僅かでもやつに対抗できる戦力になるなら。今よりも勝率は上がる。ダフネはそう思ったんじゃないかな」
実際のところ、ハリーの中にヴォルデモートの力があることが勝利に繋がるかと言えば、それは違うとハリーは思っていた。
ハリーはシビル・トレローニによって下された預言を知っている。
預言を鵜呑みにするならば。
ヴォルデモートに対抗できる預言の子は。
『ヴォルデモートが知らない力』を持つ者なのだ。
ヴォルデモートのよく知る力、パーセルタングや闇の魔術では闇の帝王を自称する男に対抗できるわけはない。ダフネの……そしてハリーには知るよしもないが、アズラエルが持つ希望は的はずれと言ってよいものである。
しかし、ハリーの立場で見たとき現時点でそれをザムザやダフネに明かす意味はなかった。自分から味方の士気を下げる理由はないのだ。
「……!」
心を閉ざし希望的観測を得意気に語るハリーの姿は、ザムザから見て狂人のそれに見えたであろうか。
(な……なんて……)
(……なんて度胸……!なんて勇気なんだ……!!ヴォルデモートと戦うつもりだなんて……!!)
アンジャッシュである。
マグルの世界で生まれ育ったハリーと、魔法族のザボエラに育てられたザムザとでは埋められない価値観の差がある。
それは、ヴォルデモートという圧倒的驚異に対抗することの意味である。
ヴォルデモートに立ち向かった時点で、アルバス・ダンブルドア以外死は避けられない。それが英国における魔法族の共通認識である。『死の飛翔』という異名は伊達ではないのだ。
立ち向かい、運良く生き延びることが出来た時点で英雄である。
その圧倒的驚異を知った上で勝つ気でいるということがどれだけ頼もしく見えるであろうか。ハリーには分からないことである。
「……ハリー、君から僕に頼みたいことがあったら何でも言ってくれ。僕は君の力になりたい」
「どうしたんだザムザ。急に畏まって?」
ハリーの姿は、グリフィンドールのそれに勝るとも劣らぬ勇敢さとしてザムザの目には映った。
ザムザから見たハリーは、ヴォルデモートの力という不名誉にも腐らず、それどころか、その力を正しいことのために使おうとしているのである。立派な人間に違いなかった。
「……いや……そうだな……。永遠の火もサペレ・アウデも君の力になれたとは言えないだろう?僕はまだ君や、光陣営のために何も成し遂げてはいない。だから頼りなく思えるだろうが……それでも、君の役に立ちたいんだ」
「……ザムザは頼れる人間だよ。それは僕が保証する」
ハリーは少しむず痒くなった。それらしい嘘を重ねるのは得意であった。しかしそういう経験を重ねれば重ねるほど、本心から相手に褒められるというのは気恥ずかしいものになる。ハリーは自分自身を認めて貰えたという嬉しさと、そんな目で見られるような人間ではないという負い目からザムザの顔をまともに見れなかった。
「……ハリー、しかし……君の話を聞いてみてもまだ分からないことがある。君に『例のあの人』の力があるという発想はどこからきたんだい?」
ザムザはじっと目を閉じて考えたあと唐突に口を開いた。ハリーは正直に答えるべきかどうか迷ったが、父も母もパーセルタングではなかったからだと答えた。
「才能は遺伝するものらしいけど、ポッター家も母さんもパーセルタングは使えなかったんだ。僕も、僕の力のルーツが何処から来たのかは疑問だった」
「……しかし……遺伝子というのは僕たち魔法族にとって未知の部分が多いだろう?君の母方のマグルの血が突然変異を起こして、君の代でパーセルタングとして発現した……という発想はなかったのかい?」
「……それは……」
(……無い……というのは良くないな。スリザリン生として優生学を明言するのは避けたい……)
(……根拠の無い勘?いや……)
ハリーには正直なところ、その線は無いと思っていた。母方の血であるダドリーも、そしてペチュニアも魔法族ではなくパーセルタングでもなかったからだ。
しかしそこに触れるとマグルを見下しているという解釈になりかねない。ハリーはザムザの発言を肯定しつつ、自分の直感だと言うのは避けた。
「ザムザの言葉にも一理ある。けど、ダンブルドアも僕の力は『例のあの人』由来だと考えているんだ」
「!?ダ、ダンブルドアが!?……意外だね、あの人が。根拠は教えて貰ったのかい?」
「……いや……具体的な根拠は何も。……そういえばなぜダンブルドアが僕にヴォルデモートの力が移ったと判断できたのか、僕は聞いていなかったな……」
(……これは……聞いておくべきことなのか?)
そう考えたとき、ハリーの額は痛みを訴えた。
「ど、どうしたんだい?」
「いや、なんでもないよ。……きっと疲れているんだ。根を詰めすぎたから」
「そうか……ハリー、今日はもう休もう。どうか体を労ってくれ。……また明日会おう」
「そうだね、ザムザ。また」
ハリーがザムザと別れてからも額の痛みは続いた。
それは何かを知ることを恐れるが故の本能的なものであったのか、それとも、遠く離れたヴォルデモートの感情の揺らぎに呼応したものであったのか、ハリーには知るよしもなかった。
***
「なぜこの場に呼ばれたのか、改めて理由を尋ねる必要はないだろう」
ハリーはダンブルドアに、ヴォルデモートの力がハリーへと引き継がれた原因を尋ねるどころではなかった。
フリットウイック教授に永遠の炎の研究と、サペレ・アウデを打ち明けた次の日。時計の針は七時を指していた。
ハリー、ザムザ、そしてダフネは皆が夕食を終えたか、これから夕食を取ろうという時間帯に校長室へと呼び出されていた。成鳥となったフォークスはダフネとザムザの間をぬうように滑らかに飛ぶと、そっとダンブルドアの肩に着地した。鮮やかなオレンジ色の火の粉がハリーにかかったが、何の痛みも訴えることはなかった。不死鳥の炎は害意や敵意の有無によって燃焼の有無を変えられるらしい。
穏やかな不死鳥の赤い炎とは異なる、冷徹な青い瞳がハリー、ダフネ、ザムザの顔を順番に射貫いた。ダフネは思わずうつむき、ザムザは必死に顔を逸らさぬよう身構えていた。そしてハリーは、いっそ挑戦的と言えるほどダンブルドアの瞳を見返していた。
ハリーが無言で、意識的にレジリメンスを用いても、ダンブルドアの心は凪いでいた。あまりにも平静であるのに、言葉に込められた感情の一つ一つは真に迫っていて、ハリーはダンブルドアの演技力に舌を巻いていた。
「私としては、君達がホグズ・ヘッドにおいて自分達の研究の過ちを認識した時点で私にそれを打ち明けてくれることを期待していた。……どうやら、その判断は誤りであったらしい」
「ご……御存知だったのですか?」
ダフネが上ずった声で尋ねるとダンブルドアは冷静に答えた。
「あの店の主人とは古い馴染みなのだよ。……しかし、あのように不特定多数の人間が出入りできる環境では秘密の話などすべきではない。そういう意味でも、私は君達に落胆している」
(……そうか……あそこの店主とダンブルドアは懇意なんだ。……それに……預言はあの店で漏れたんだ)
ハリーは己の軽率さをなじった。あまりに迂闊であった。
「で、ですが校長先生。永遠の炎という武器があれば、『例のあの人』に対抗することも可能なのではありませんか?」
一縷の望みをかけてすがるようにザムザが尋ねる。
「永遠の炎というのは決して武器にはなれない。そういう条件でしか存在を許されない魔法なのだ」
ダンブルドアはフォークスの羽根を労るようにまだ綺麗な腕の方で撫でた。フォークスの羽根から広がる炎はは尽きること無く燃え広がるが、決してダンブルドアを傷つけることはない。
「……こ、これは……まさか」
ザムザはフォークスの炎を凝視した。フォークスの炎はフォークスの体を覆いながら尽きること無く燃え続けている。
「……先生は……不死鳥の炎を再現されたのですか?」
ハリーが問いかけた。ダンブルドアは否定しない。
「永遠の炎。……あれはこのフォークスの炎のように。人を傷つけるのではなく暖めるためのものだ」
ダンブルドアの言葉は穏やかで、正しく。そして何処までも絶望的であった。
「凍えそうな雪山の、夜の闇のなかに佇む巨人族に一抹の明かりと、ほんの少しの暖を取れるようにと贈ったものだ。他者を傷つけ殺めるためにその効力を発揮することはない」
闇の魔術に頼らずヴォルデモートに対抗できうる力。それを夢想して目指した先には何もなかった。
「……!!」
「……君のお父さんの見立ては正しかったね、ザムザ。流石は君の父さんだ」
ハリーはそうフォローしたが、ザムザは愕然とした表情で呆けていた。ハリーも言葉とは裏腹に爪を掌に食い込ませていた。
当たり前である。分かっていたこととはいえ、研究の方針そのものが無駄であったということを改めて突きつけられるのは辛い。
それでも、ザムザは足掻いていた。
「……校長先生……。確かに私の発想が軽率であったことは確かです。ですが校長先生であれば、もうひとつの可能性……対デスイーターに特化した魔法についてアドバイスを頂けるのではないかと……」
「あの闇の魔術もどきについてかね?」
ダンブルドアの声は恐ろしいほどに冷たく、いっそ突き放すような響きがあった。
「……!?」
ダフネもザムザも思わず口をつぐむ。ハリーはダンブルドアから視線を外すことが出来なかった。
ハリーがダンブルドアのこの声を聞いたのはかつて一度。前学期に、神秘部に駆けつけたコーネリウス・ファッジに対して投げ掛けた時だけである。
ダンブルドアはザムザに怒っていたわけでも、ダフネを責めていたわけでもなかった。ただ、ハリーに対して深い失望を込めた視線と言葉を投げ掛けていた。
「ハリー。対象を限定した超攻撃魔法。理屈の上では失敗の可能性はない。しかし、悪霊の火を越えるほどの魔法にもし万が一があれば君や君の親友達が命を落とすと僅かでも考えなかったのかね?」
「私は君達の『裏の集会』では、危険な魔法については使用しない方針だと聞いていた。だから黙認もしてきた。しかし、私は思い違いをしていたらしい。考え直す必要があるようだ……」
ハリーは思わず口を開いた。何も反論せずおっしゃる通りですと己の過ちを認めるべきだと分かっていたが、その前に二人だけは守りたいという思いが働いた。
「待ってください。校長先生、集会のことは関係ありません。これは僕が勝手に……無理やり二人を巻き込んでやらせたことです」
フォークスはハリーとダフネの間を進み、入り口の扉の前にそっと浮かんだ。魔力を発揮したのか、羽根の羽ばたきすら聞こえない。ダンブルドアは冷たくハリーを見つめていたが、ハリーから視線をそらすと一言呟いた。
「……と、ハリーは言っているが。どうしたものかなハーマイオニー」
ダンブルドアの視線の先をハリー、ダフネ、ザムザの三人は見た。
「……えっ!?」
ダフネは凍りついたように驚きの声を漏らす。
ダンブルドアは透明化の魔法を使っていた。
つい先ほどまではディペット校長の肖像画が見えた場所。そこに、ハーマイオニーは立っていた。ハーマイオニーの瞳には怒りと、微かな軽蔑と、そして哀れみの色があった。
***
「ハリー、君は……君の友人達と共に自分達でルールを決めたのだろう」
「そのルールを破ってまですべきことであったのかね?掛け替えのない親友との約束を二度も破ってまで、君は力を求めるのかね?」
ダンブルドアは冷徹に……否、淡々と言った。ハリーは一瞬言葉に詰まる。
しかし、答えないわけにはいかない。
「……それが勝利のために必要だと考えたならば、僕は……手を伸ばします。……前学期から、僕はザムザに共同研究を持ちかけていました。……皆やハーマイオニーを裏切っていました」
「……」
パン、という乾いた音が校長室に響いた。ハリーは頬の痛みよりも、もっと心がざわついた。ハリーの頬をぶったハーマイオニーの方が傷ついていたからだ。
「どうして話を聞いてくれないの……」
ハーマイオニーは必死で訴えた。
ハリーはハーマイオニーに預言のことを話している。だからハーマイオニーにはハリーの置かれている状況の異様さと力に固執する理由を、ダフネやザムザより正しく理解している。
理解しているからこそ、裏切りに対する怒りも大きい。
ハーマイオニーが受けた裏切りはハリーだけではない。会議の場ではハーマイオニーに賛同していたザムザも同じようにハーマイオニーを裏切っている。人間不信に陥ってもおかしくないほどの仕打ちをハリーはしているのだ。
ダンブルドアが敢えてハーマイオニーをこの場に呼び寄せたのは、ハリー達の裏切りの罪深さをハリーに突きつけるために他ならなかった。
「……私はニッグ教授を通して君にそれとなく己を顧みる機会を与えたはずだ。ハリー、ミズ・グリーングラスと共に秘密の部屋を悪魔の守りで焼いたとき、なぜいち早く報告しなかったのかね?」
「……えっ……」
ダンブルドアの追及は緩まなかった。ハーマイオニーは呆然とダフネを見た。ダフネは怯えたように身を縮こまらせる。
「ち、違うのよ。あれは……ただ……私にも戦える力が欲しくて、それで……」
「…………ダフネに闇の魔術を教えたのも、僕だ、ハーマイオニー」
しどろもどろになるダフネをハリーは庇った。
それは残酷な仕打ちだった。一年生の頃からの友情は主にハリーの仕打ちが原因で少しずつひび割れていたが、決定的となったのはこの段階であっただろう。
端的に言えば、ハリーはハーマイオニーとの友情よりダフネとの愛情を取ったのだ。
(……ま……不味い。何か……何か……二人の間を取り持たなくては……)
全てを覚悟の上で罪を認めて関係を終わらせようとしたハリーを端から見ていたザムザは愕然とした。そして咄嗟に言葉を紡いだ。
ザムザから見て、ハーマイオニーもまたグリフィンドールの大切な同輩である。決して付き合いのある友人とは言えない。しかし、大切な仲間ではあると思っていたのだ。
ザムザはハリーの力がハーマイオニーには必要だと感じていた。そしてまたハリーにとっても、ハーマイオニーとの友情が必要だと感じていた。それは神秘部の一件からも明らかであった。
同年代の中でヴォルデモートに立ち向かった経験があるのも、ヴォルデモート相手に生き延びた経験があるのもハリーだけである。
同年代の中で神秘部の一件のきな臭さを感じ取り、皆が熱に浮かされる中で踏みとどまろうとしたのはハーマイオニーだけである。
相反する水と油。決裂するのが当たり前のような二人。だからこそ、少なくともヴォルデモートを倒すまではその友情は続かなくてはならないとザムザは直感で確信した。
「まって!ちょっと待ってください!」
「僕からも弁明をさせていただきたい!」
いきなり大声で叫んだザムザにハーマイオニーは鼻を鳴らして軽蔑の視線を向けた。ザムザは内心で怯えつつ、脂汗を垂らしながらダンブルドアとハーマイオニーに訴えた。
「……僕たちがしてきた研究は……確かに危険極まりない愚かなものだったかもしれません!ですが、その魔法にはハリーの優しさがありました!」
「ザムザ、君は何を言ってるんだ……?」
優しさという単語に真っ先に顔をしかめたのはハリーである。およそ自分にはそぐわない言葉だとハリーは思っていた。
「永遠の炎も……『例のあの人』とデスイーターに特化した攻撃魔法も、本質は同じです。根底は、この戦争を終わらせて皆を守るための力だったんです!」
「人殺しが後ろ暗いことは重々承知しています!ですが、だからこそ!ハリーは敵だけを殺せるように魔法を造りました!僕の考えたバカみたいな理論にも付き合って、危険なデバッグ役を引き受けてくれたんです!」
「残念だが、ミスタ・ベオルブ。それはハリーが君達の間での約束を違えたことの言い訳にはならない。そして、危険な魔法を監督者無しに訓練したことの理由にはならない。死人が出る可能性のあることを自分達だけでやることは許されないのだ」
ダンブルドアの正論を受けて一瞬ザムザは怯んだ。
(……い、いや……まだだ……せめてハーマイオニーとハリーとの友情だけでも……!)
「ですが!僕たちで開発しているサペレ・アウデが理想的な挙動をすれば、敵の視界の外からも攻撃を加えることができます!」
「……神秘部で戦ったみんなの話は聞きました!敵は当たり前のようにアバダケダブラや闇の魔術を使ってくると!ハリーの言った通りでした!」
「それに対抗するために、皆で正しい訓練を積んでいるのよ?」
「それは解っている!僕が言いたいのは、死なずにすむ手段を考えるべきだと言うことだ!」
ザムザは勢いを止めなかった。ハリーもザムザがここまで言ったのならと止めることをあきらめた。
「アバダケダブラの射線上にむざむざ出向いて運悪く死ぬという事態がいつだって起こり得るだろう!敵を倒すために近づかねばならないのに、当てられないという思いをしたことはあるだろう!?」
「……否定は、しないわ……」
ハーマイオニーは苦々しく言った。
有視界範囲での近接戦闘。それが闇の魔法使いの基本戦術である。アバダケダブラを最大の武器としている以上、アバダケダブラが効力を発揮する範囲……つまりは、閃光が届く範囲がデスイーター達の必殺の間合いになる。
「自動操縦で、高い攻撃能力があり……敵だけに害を成す魔法があれば敵に近付かず戦える。もちろん、そんな魔法はなかった……」
ハリーはザムザの言葉を補足した。
「だからこそ!新しい魔法が必要だったんだ!ハーマイオニーも解っているだろう?皆が死にたくはないって思っていることを!」
「味方が死ぬ可能性を極限まで減らして!効率よく勝つ!そんな都合のいいものがなかったとしても、それに近付ける努力はする!それがリーダーってものじゃないのか!?ハリーはそれがしたくて……」
「ザムザ、もういい。……君がそう思ってくれているだけで充分だよ」
ザムザの必死の訴えが届いた、というわけではなかっただろう。ハーマイオニーは、グリフィンドールの同窓生の中でも寡黙で目立たないザムザのことは意識すらしていなかったに違いない。
そんなザムザだからこそ、この中でもっとも一般人に近いザムザだからこそ、死にたくないから頑張ったという訴えには響くものがあったのだろう。ハーマイオニーはマクゴナガル教授が見せるように、唇をぴったりと閉じて冷徹にハリーやザムザ、そしてダフネを見つめていた。
「……お願いします、ダンブルドア校長先生……!
「君達の造り上げた魔法について私から君達に出来ることは何もない、とだけ言っておこう」
「!」
(……それって……?)
ダフネは思わず探るようにダンブルドアを見た。
危険な魔法だから使うな、とも、失敗作であるとも言わない。ダンブルドアはハリー、ダフネ、ザムザを見守ると、冷徹に言い渡した。
「……ミズ・グリーングラス。他人の人生に相乗りするのが楽な気持ちはよく分かる。他者の産み出した熱に乗り、己もそれに浸るという時間は……」
「……その熱狂は、確かに何物にも代えがたいものだ」
ダンブルドアの言葉にダフネは恥辱で顔を真っ赤に染めた。
「……しかし、最終的に己の進むべき道を決めるのは、君自身なのだ」
「安易な熱に浮かされる前に、まずは己がすべきことは何なのかを考えなさい。ポピーに頭を下げるように」
「はい……」
恐縮しきるダフネから視線を外し、ダンブルドアは次にザムザへと視線を向けた。
「……ミスタ・ベオルブ。敢えて言うが、大義が行為を正当化することはない」
ダンブルドアがザムザに言葉をかけたとき、がたりと肖像画が動いた。フィニアス・ナイジェラスの肖像画がくしゃみをしたのである。
ザムザは何か言い返そうとして口をつぐんだ。ダンブルドアの瞳にある光が、これまでのどのダンブルドアとも違う湿気を帯びていたからだ。
「君が向ける熱意や研究欲というものは本来、戦闘だけではなく広範な分野に発揮されるべきものだ。……己の産み出した魔法で人の命が失われたとき、それでも君は己を正しいと言い切れるのかね?」
「……そうでなければ……正しいと言えなくてはならないと思います」
「……自分だけではなく、友達や……顔も知らない人たちを守るためにしてきたことが間違いであったなら。その課程で……研究のために失われた命が報われません」
「報われない努力など星の数ほどある。星の数ほどの努力のなかには当然……間違った努力も山程ある」
ダンブルドアがここまで残酷な言葉を投げ掛けたことに、ハーマイオニーもハリーも驚きを見せた。
「……だからこそ……」
ダンブルドアは何かを言いかけて、そして口を閉じた。
「……君はまだ若い。安易に命を預かる魔法に手を出すべきではないと私は思う。それでも何かを学びたいというなら、ミネルバを頼りなさい」
そしてダンブルドアはハリーを見た。ハリーもダンブルドアを見た。互いの瞳が視線を交わらせる中、ダンブルドアはハリーに淡々と言った。
「殺さずに済む道を選ぶ気はないのかね?」
(……それが……)
出来るわけがないでしょう、と叫ぶのを堪えた。ハリーはにこりと笑いながら言った。
「……命の選別を行うのは罪深い行為だと仰るなら、校長先生。僕は罪人で構いません。少なくとも……敵よりも、仲間を護りたい」
「ならばここに来る必要はない。君への私からの個人授業は必要ない。……フィリウスを頼りなさい」
ダンブルドアははっきりとそう言い切った。流れだけ見れば売り言葉に買い言葉という解釈も出来る。しかし、ダンブルドアは最初からそうすることを決めていたようにも思えた。
「なっ!?」「……えっ?」
ザムザが驚き、ダフネは言葉の意味がわからないと思わず呆然とした。
「……!?先生……!?いったい……」
ハーマイオニーはハリーとダンブルドアを交互に見た。ハリーはダンブルドアに深々と頭を下げると、何も言わずに校長室を後にした。ハリーに続いて逃げるようにダフネが校長室を去った。
その後暫くの間抗議のためにザムザが声をあげた。が、ダンブルドアの決定が覆ることはなかった。
***
ハーマイオニーはハリーが帰った後もダンブルドアの個人授業を受けていた。トム・リドルの幼少期、孤児院でダンブルドアと始めて対面した少年はハーマイオニーの心を痛ませるには充分だった。
孤児院の仲間を魔法によって傷つけ、仲間のものを奪い、ダンブルドアに箪笥を燃やされるという躾を受けた。そんなトム・リドルの姿はハリーに重なって見えた。
「……先生、あの子は……」
(……まるでハリーのような……)
口から出掛けた言葉をハーマイオニーは飲み込んだ。思わず浮かんだ言葉はハリーに対しても、そしてトム・リドルに対しても失礼な考えであっただろう。それでもそんな考えが浮かんだのは、ハリーを突き放したダンブルドアの姿が、リドルに対して躾を行うそれと重なったからだ。
ザムザは元アコライト(アコライトとはゲラート・グリンデルバルドの信奉者)のザボエラ・ベオルブの子供です。まぁグリフィンドールでは名もなきモブです。
ザボエラが『より大きな善(このワシ)のためには倫理的に非道な研究も許されるんじゃあ!』とか都合のいいことをほざいていたのを聞いたのが心に残っていたのかもしれません。
グリンデルバルドの意思は時を超えて受け継がれたということですね!
……ごめんなさいダンブルドア先生。改心後のグリンデルバルド。でもね大体若くて正義感のある魔法使いならこういう思考に走るやつは時代や寮を問わず出てくるものだと思うんです。